( ^ω^)ブーンの妄想が現実になってから1年後

672: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:30:42
その足音は、思いのほか近かった。
内藤はモニュに向いていた視線を上げ、まるで散歩を楽しむかのような足取りで近づいてくる男を眼に写す。
はじめてみる男だった。

金色の髪、頬には一つ星がある。
その男の静かな瞳が、真っ直ぐ内藤を見つめていた。

( ^ω^)「誰だお…?」
川 ゚ -゚)「あれはな、少年」
(;^ω^)「ふぉ!?」

よほど金髪の男に気を取られていたのか、内藤は突然かけられた声に慌てて振り向く。
ついこの間、自分を打ち負かした女。それと止血のためだろう、右手にシャツを巻いたショボンが居た。
二人とも明らかに満身創痍だ。女のほうに至っては左腕が無い。

( ^ω^)「て、鉄腕バー…と、ショボン先生」
川 ゚ -゚)「誰が鉄腕だ」
(´・ω・`)「どっからどうみても鉄腕だろうが。内藤、あれはFOXっていうラウンジの支配者らしいぞ」
( ^ω^)「ラウンジの一番偉いやつ…?」

FOX「…別に支配もしていないし、偉くもないがね」

声の届く距離まで近づいてきたFOXは、ため息まじりにそう吐き出した。
立ち止まったFOXは天を仰ぎ、空に浮かんだ月を見る。
穏やかだった眼がとたんに厳しくなり、しかし再び内藤に視線を戻す頃には、穏やかな眼に戻っていた。

FOX「…今日も満月か」
( ^ω^)「………?」
FOX「あの日も満月だった」
( ^ω^)「…なに言ってんだお?」
FOX「私がラウンジを作ろうと思った日…組織の力を欲したあの時、見上げた空には赤い月が浮かんでいた」

ラウンジの支配者と聞かされ警戒を強める内藤を無視して、FOXは再び歩き出す。
その足の向く先で、先の爆発で転がってきた車の残骸にモニュがもたれかかっていた。
FOXはその隣、屋根がはずれてむき出しになったシートの前で立ち止まる。

FOX「ひとつ昔話をしよう」

くるりと振り返り、口の端を吊り上げて。
FOXは語りかけるように両手を広げながら、そのままシートに腰を落とした。

FOX「まだ私が若かった頃の話だ」



673: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:31:07
どんな時代にも、どんな場所にでも。
それが人の形成する世である限り、善行を為す者と悪行を為す者がいる。
その時代の価値観がどちらに味方するにせよ、だ。

FOX「自分で言うのも何だがね。若い頃の私は多分、正義の味方だった」

FOXの周囲にいる内藤達、あるいは距離を置いてその様子を見ている市長達、それにペニサス達。
現在病院に集まっている関係者は、その全員が敵の首領であるというFOXを警戒し、観察していた。
その3組の中で、FOXの声の届く距離にいた内藤達はもっとも精神に緊張を強いられていた筈だったが。

( ^ω^)「……先生こいつマジキチだお」
(´・ω・`)「この間までお前も似たようなこと言ってたけどな」
(;^ω^)「一緒にしないで戴きた、い…ですお?」
(´・ω・`)「しっかり疑問系じゃないか」

FOXの出だしの一言で緊張は解かれた。
張り詰められていた糸は弛緩し、たるみ絡まって別のものに変わっていく。

FOX「私が生まれたのは今のイギリス。ちょうど100年戦争をやっていた最中でね。本物のジャンヌ・ダルクを見たこともある」
( ^ω^)「あぁ…よくアニメとか漫画に出てくる」
(´・ω・`)「神風怪盗とかな…いや違うんじゃないか?」
( ^ω^)「けど本物のジャンヌっていつの人だお?」
(´・ω・`)「600年か700年前の人」

その感情を明確に文言化すると何になるだろう。
猜疑心だとか疑惑といった言葉に近いのだろうが、こういう時、日常には曖昧かつ非常に便利な言葉がある。
ありていに言えば、内藤とショボンはドン引きしていた。

FOX「あの頃は我々ホルダーの力を人々が必要としていた時代だ。私もイギリス国王の要請を受け軍に随伴したホルダーの一人だった」
(=゚ω゚)ノ「ちょっと待った。旦那よ…あんまり面白くねーぞ、その話」
川 ゚ -゚)「ホラを吹くにも程があるな。何をしに来たんだ一体」
FOX「そうは言うがな、ホルダーの中にはその能力によって長い時を生きる者もいる。何なら専門家に聞いてみたらどうだね」

自分側であるはずのモニュにさえ突っ込まれては仕方なし、FOXは已む無く独演を中断し、顎で内藤達の背後を指す。
FOXの隣にいるモニュ以外が一斉に振り向いた。



674: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:31:39
世界でも指折りのホルダー能力転用化技術の権威。
かつてラウンジで数々の発明を残し、今は亡き恋人と共にラウンジと戦った科学者。
ドック・オーの組み立てをした作業着姿のままのペニサスが、集まった視線に耐えるように腕組みをして立っていた。

('、`*川「可能性で言うと確かに存在するわね。プライマルホルダー…まさかハインリッヒ高岡以外にも居るとは思えないけど」
( ^ω^)「ペニサス先生!それにツン!?ちょ、ここは危ないお!」
ξ゚听)ξ「…あんまり危なそうじゃないけど」

驚く内藤と返事を返すツンの温度差が激しい。
遠目に観ていたツンとペニサスだったが、戦闘が始まる気配がないので近づいてきたのだ。
二人がこの場に来ていたことを知らなかった内藤が慌てる様子に苦笑して、ペニサスが口を開いた。

('、`*川「多分大丈夫よ、内藤君。私の予想とこの人の話が正しければね」
( ^ω^)「この人って…誰だおそのおっさん」

内藤はペニサスに言われて初めて、二人の後ろにいる初老の男に気がついた。
目の前にいるのに気配を感じない。敵意殺意の類どころでなく、存在しようとする気さえ感じない。
まるでこの世界の人間ではないのではないかという気さえする程に。

( ̄ェ ̄)「私はウローンと申します。しかし…頭でわかってはいても同じ方に二度名乗るようで変な気がしますなぁ」
( ^ω^)「…?どこかで会いましたかお?」
( ̄ェ ̄)「いえ失礼、何でもありません。それよりも…」

ウローンは内藤から視線を外し、FOXを見つめた。
意外にもFOXは驚いているようだった。
FOXの表情はすぐに平時のそれに戻り、ウローンが口を開きかけた時。

爪゚ー゚)「お師匠さま!!」
爪゚∀゚)「マスター!!」

病院入り口で市長と共に休んでいた双騎士が駆けてきた。
互いに普段とは違った、幾分か幼くなったような表情だ。

( ̄ェ ̄)「ん?おや…てっきり1年前に死んだものかと…」
爪゚ー゚)「いや!生きておりますよ、ちゃんと!!」
爪゚∀゚)「それより何故ここに…」
( ̄ェ ̄)「貴方たちに昔したお話の懐中時計があったでしょう。あれを返しに来たのですよ。しかし…困りましたな」
爪゚∀゚)「困った?」
爪゚ー゚)「というと…」
( ̄ェ ̄)「てっきり死んだものだと思ってもう貴方たちの墓を立ててしまいまして…これは無駄な出費をしてしまった。はっはっは」

絶句する双子の耳に、朗らかな育ての親の笑い声が木霊した。



675: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:32:04
やりとりが一段落して、ウローンはFOXに向き直る。
力の抜けた双子と、周りで事態を飲み込めずにぼんやりしていた内藤達がウローンにつられてFOXに向き直った。

( ̄ェ ̄)「さて…お話を中断させてしまいましたな」
FOX「構わんよ。役者を揃えてくれたのだろう?」

FOXは眼前に集まった面々を見て嘆息する。
訳知り顔のウローンは無言で話の続きを促したが、FOXに先んじてペニサスが口を開いた。

('、`*川「…内藤君や私をここに連れ出したかったと?」
FOX「君以外もだよ、ペニサス博士。そこのお嬢さんもね。ウローンの娘二人は予定外だったが、関係者には変わりない」
ξ゚听)ξ「私も?」
( ^ω^)「やっぱりツンを連れ去ってあんなことやこんなことをしようと…!」
FOX「微塵も思っていないね。もう君達の能力を奪おうだとか、仲間に引き入れようだとかはまったく考えていない」

FOXの言い様は、まるでホルダースキルそのものの略取に興味がないように聞こえた。
だが、それならば何故この街を。

('、`*川「説明して頂こうかしら。何の目的でこの街を封鎖し、目的の不明瞭な戦いを仕掛けてきたのか」
FOX「不明瞭か…まったくもってその通りだ。予想もつかんだろう」
(´・ω・`)「…最初はレアなホルダースキルを手に入れるためと聞いたがな」

聞いた、という単語に反応したFOXが、半眼を閉じたような笑みを浮かべてクーに視線を向ける。
同時にクーは顔を背けた。

FOX「いじらしいじゃないか?」
川 ゚ -゚)「……下世話な物言いをする」
( ^ω^)「えぇい…結局何をしに来たんだお!もったいぶらずにさっさと白状するお!」
FOX「意外と短気だな君は。私はさっきからその説明をしようとしているんだが」
( ^ω^)「さっきからって…!ん…?何の話してたっけお?」
FOX「…まぁ良い。続きを話そう」

かくして、FOXはホラ話を再開した。



676: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:32:22
FOX「私は百年戦争にイングランド側で参戦し、私の随伴した部隊は勝ち進んだ。そして…」

数百年前。
気の遠くなるような昔、時代の壁が現実と幻想を隔てた向こう側。
FOXは、一人の英雄を打ち倒した。

フランス側で後に救国の英雄と呼ばれることになる男を、確かにFOXは自らの手で討ち取った。
だが。

FOX「私が確かに仕留めたはずの男は、生き返った」

敗北した兵士達の屍の中から起き上がった男は、死体と成り果てた部隊を引き連れフランスに凱旋したのだ。
やがてその男は英雄と呼ばれ、さらにその後、数百数千の少年を誘拐し虐殺したとして処刑された。
少なくとも歴史上は。

FOX「誘拐が発覚した際、フランス軍が調査隊を派遣することになり…私は奴が生き返った謎を解こうと密かに後を追った」

そしてFOXが調査隊に追いついた時、調査隊は全滅していた。
隊員達の血の海に立つ男は、生前とは違った。
本人ではあるが別人。彼は、確かに死んでいた。

FOX「皆殺しにされた調査隊の死体が、飾られていた甲冑が動き出し、私に襲い掛かった」

それは、人の形であるものを操るスキル。
俗にポルターガイストと呼ばれる現象は主にこの系統のスキルを持つホルダーの仕業といわれている。
つまりは所詮、軽い心霊現象に思われる程度のスキルのはずだった。

FOX「奴の力は常軌を逸していた。私のスキルは進行する概念に対する規制の能力だが、当時の私の力ではどうしようもなかった」

ホルダーのスキルにも系統があり、さらに熟練度や才覚による優劣もある。
生まれついての優秀なホルダーであったFOXの力の絶対量は、敵の力の足元にも及ばなかった。
身体強化の出来ないFOXのようなタイプは、スキルが通じなかった場合は余りにも無力だ。

FOX「そして私は、殺された」



677: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:32:36
余りにも突拍子がなく、脈絡も説得力もない話を大人しく聞いていた内藤達だったが、ついに待ったをかけた。
尚も続けようとするFOXに片手をあげて静止を訴えつつ、内藤がうんざりしたように声を上げる。

( ^ω^)「もう何処から突っ込めば良いのかわからんお…ていうかあんた生きてるじゃねーかお」
FOX「死ぬ間際というのはありがたいことに限界を超えた力が出るものでね。規制したのだよ」
( ^ω^)「…??敵をかお?」
FOX「いいや。死だよ。私自身が死ぬという事象を規制し止めた」

その場にいる全員が言葉を失った。
つまりそれは、時間を止めたに等しい。
確かにそれならば数百年の間、老いず朽ちずで居るのも可能なのかもしれないが。

('、`*川「…信じる信じないは置いておいて、だとするとその時あなたが戦ったのは…」
FOX「そう。世界で唯一、最もホルダーが強力だったという太古の力を維持し、長い時を生き続ける存在」
('、`*川「ハインリッヒ…」
FOX「あれはもはや人ではなく現象だ。奴本人の体はとうの昔に失われ、死体や人形に乗り移り存在し続けてきた」
(´・ω・`)「ふん…随分詳しいな?」
FOX「当然だ。私は奴を滅ぼすために生きながらえてきたのだからな」
( ^ω^)「ふぬ…?」
FOX「奴に殺され倒れ伏し、何とか命を繋ごうとしていた時、血に染まった私の視界に上った赤い月を見ながら私は考えた」

一人ではハインリッヒを倒せない。
そう思ったFOXは何とか動けるようになってから、世界を巡り仲間を集めた。
人を助け、村を助け、街を助け、あるいは国を救った。

FOXに恩を感じた者。FOXに拾われた者。
少しずつ仲間は増え、長い時の中で彼らの子孫たちが組織をさらに大きくした。
それが、ラウンジ。

FOX「…元々ラウンジは、奴を倒すための組織だ。そのために我々は世界中で戦ってきた…はずだった」
(´・ω・`)「だから正義の味方、ね」
川 ゚ -゚)「初耳だな。とてもそうは思えなかったが?」
FOX「私は時を掛けすぎた。私が集めた仲間の子孫達はいつしか組織内で派閥を作り対立し、それぞれの思惑のためにラウンジを運営しはじめた」
ξ゚听)ξ「なっさけないわねー…あんたが作ったんでしょ」
FOX「耳が痛いな」
( ^ω^)「なら、1年前ツンをさらったのはあんたの仲間が勝手にしたってことなのかお?それで許してくれとでも?」

FOXは押し黙る。
1年前。それは、大きく世界が動く決定的なきっかけであったことを、内藤達は知らなかった。

FOX「何とも言えないな。だが…1年前の君達の戦いは、私の命運を決めたよ」
( ^ω^)「…?どういうことだお?」

FOXはすぐには答えず、何かを思い出すように瞑目する。
ぎこちなく右手を握ったり開いたりしているのが、やけに内藤の目に引っかかった。



678: 名無しさん :2008/11/30(日) 05:32:53
FOX「1年前、ハインリッヒを倒すための手立てが整った私は奴のいるメルボルンに攻め入る直前だった」
(=゚ω゚)ノ「…どうしても必要だってんでぇ俺とヒッキーに声かけたのもそのためかぁ」
FOX「ヒッキーの結界能力がないと奴は再現なく戦力を増やすのでな。だが…奴を倒すのに必要なもう一人、ジョルジュ長岡は揃わなかった」
( ^ω^)「ジョルジュ長岡が必要だった…?」
FOX「そうだ。決戦の前にジョルジュは倒された。君のおかげで私はジョルジュ抜きで奴に挑むハメになったのだよ」
川 ゚ -゚)「…だが、勝ったではないか」
(´・ω・`)「なんだ、お前まで参加してたのか?」
川 ゚ -゚)「一応精鋭なのでな」

1年前、内藤達がジョルジュ長岡を倒したほんの数日後。
FOX率いるラウンジの精鋭はヒッキーの張った結界によりメルボルンを封鎖し、ハインリッヒと戦った。
長い戦いを続けてきたFOXのスキルは以前とは比べ物にならないほど成長し、ハインリッヒが操る膨大な数の人形を無力化するほどにまでなっていた。

川 ゚ -゚)「もっとも私は雑魚の掃除をしていたから詳しい事は知らないが…」
(=゚ω゚)ノ「俺はヒッキーの護衛してたしなぁ…けどよぉ、旦那がタイマン張って生きて帰ってきたんだから勝ったんだろ?」
FOX「それは違う」

クーやモニュ達がFOXの規制を逃れた人形を足止めしている中、FOXはメルボルン中心でハインリッヒと戦ったのだ。
1対1での対決だったが、生きて返ってきたのはFOXだった。

FOX「奴本体を含む人形の動きを全て封じた私は、疲労に耐えながら一体ずつ人形を破壊していった」

ハインリッヒが操れるのは人形、つまり人の形をしたものだ。
破壊されれば人の形では無くなる。
意思を定着させる体がなければ、さしものハインリッヒも消滅するしかない。

FOX「そして、最後の一体になった時…奴は最後の力を振り絞り、私の規制を受けながらも動いた」

FOXがとどめを刺そうとした近づいた時。
規制を跳ね除け、一瞬とはいえ動いた人形の右手がFOXの心臓を貫いた。

FOX「私の体はとうの昔に死んでいる。死体の心臓を潰した所でどうにもならんが…この時ばかりはそれが裏目に出た」
( ^ω^)「死体…まさかあんた…」

内藤はFOXの言葉を思い返す。確かにFOXは言った。
全滅した調査隊の死体に襲われた、と。

FOX「そうだ。奴は私の中に居る」



714: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:51:04
FOX「私は…私は、世界で唯一ハインリッヒと並ぶ力を持っていたが、奴と引き分けるに終わった」

FOXがゆっくりと立ち上がった。
肩を回す。拳を握る。
淡々とした、自分の体が正常に動作するのを確認するための作業。

FOX「だが諦めん。なんとしても奴を倒す。それが私の手によるものではなくとも」

体は動く。まだ動く。
ならばまだ、思い知らせることが出来る。
ハインリッヒの力を。

( ^ω^)「…お?」

次の瞬間、FOXは内藤の目の前に居た。
身体的な強化は何もないはずなのに、一瞬で10メートル以上の距離を移動したのだ。
一直線に、内藤に向かって。

(;^ω^)「…おぉぅ!?」

無造作にFOXの左腕が振るわれた。
鎌のように大きな円軌道で襲い掛かる腕を、内藤の右腕が受け止める。
衝撃を受け止めきれず、内藤はたたらを踏んだ。

ξ゚听)ξ「内藤っ!!」
(;^ω^)「こ、この力…紅夜叉より…!!」
FOX「私は君に執念を押し付けにきた。現状で唯一、今の私を倒せる可能性のある君に」



715: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:51:24
攻撃を受け止めた内藤の右腕が軋む。
信じがたいことに、FOXの腕力は紅夜叉を着ている内藤を上回っていた。
内藤の脳裏に、嫌な考えが浮かんだ。この膂力は腕力などではなく何か別の力ではないか。

(;^ω^)「あんた…まさか規制を…!」
FOX「その察しの良さはさすがにVIPの能力者だな」

完全に死んではいないとはいえ、物理的に死体であるFOXの体は常にハインリッヒの支配を受ける危険を孕んでいる。
もしも規制を解けば、FOXという個人はあっけなくハインリッヒに飲み込まれる。
先刻のFOXの話を、内藤はそう解釈していた。

(;^ω^)「意識を保ったまま体だけをわざと明け渡す…!そんな器用な真似が出来るならあんたの勝ちじゃないのかお!」
FOX「最初は私も勝ったつもりだったがね」

どこか自嘲めいた言葉とともに、FOXの残る右腕が跳ね上がった。
狙いは内藤の首。無造作に、抉り取るように。大きく開いた手が迫る。
その手を咄嗟に受け止めた。内藤は折れた左腕で防ぐしかなかった。

(;^ω^)「ぐぎっ!!ちょ、っとタンマ…」
FOX「世の中やはり…生き汚いほうが勝つ…!」



716: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:51:41
FOXが体重をかける。
紅夜叉の補助で、折れているとはいえ内藤の左腕は確かに機能している。が、痛みは消えていない。
折れた骨がずれて、左腕が捩じれた。

(;゜ω゜)「〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」
FOX「ハインリッヒは諦めない。私と違い奴にはもう、とうの昔に疲弊を感じる知性がなかった」
(;゜ω゜)「ぐ…ど、け…このぉっ!!」

切羽詰った怒号と共に、内藤は渾身の力で組み合ったままのFOXを振り回した。
FOXの言葉を理解する余裕すらない。
それどころではない痛みに、生存本能が警鐘を鳴らした。火事場の馬鹿力という奴だった。

大きくスイングして、引き剥がすようにFOXを投げ飛ばす。
折れた左腕が引き抜かれて一緒に飛んで行くかと思ったが、左腕は変な方向に曲がっただけで済んだ。
地面と水平に吹っ飛んでいったFOXは、無表情のままさっきまで自分が座っていた車の残骸に突っ込み、残骸ごと1回転して沈黙した。

(;^ω^)「あぃたたたたた…」
ξ゚听)ξ「ちょっ大丈夫!?って…うわぁ…痛そうっていうかキモッ」
('、`*川「人工筋肉を引き締めて。それで当て木の代わりになるから」

駆け寄ってきたツンとペニサスが蹲った内藤の左腕を見て顔をしかめた。
紅夜叉がある分まだ良いが、その内部の損傷を想像すると生理的な悪寒が走る。
続いて、クーと肩を貸し合ってショボンが歩いてきた。

(´・ω・`)「それ中身千切れてんじゃねぇの」
(;^ω^)「縁起でもないこと言うんじゃねぇおボゲ!」
(´・ω・`)「おま…この野郎ぶち殺すぞ」
川 ゚ -゚)「馬鹿者。怪我人をからかうな」
(´・ω・`)「心配してるのに…」
(;^ω^)「ウソこけお」



717: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:51:59
立ち上がろうとした時、内藤は首筋に小さな痛みを感じた。
首からヘルメットにかけてのラインに赤い光が奔り、薄い明滅を繰り返す。

(;^ω^)「んっ…おぉ?」

内藤の首筋のアタッチメントが使用者の損傷を察知し、ストックされた極小機械群の投与を開始したのだ。
にわかに痛みが緩和され、内出血による腫れが引いていく。
人工筋肉の収縮率が調整され、折れた骨が完全に固定された。

( ^ω^)「……動く?」

内藤が左腕を振ってみても、痛みは感じなかった。
ペニサスがアタッチメントの作動に気付く。

('、`*川「あらま。まだ在庫あったのねソレ」
( ^ω^)「…左腕、治ったのかお?」
('、`*川「治癒はしないわよ。動くようになっても損傷はそのままだから、出来るだけ動かさないほうが良いけど…」

ペニサスはFOXが突っ込んだ車の残骸を見やった。
残骸にもたれかかっていたモニュが、FOXごと吹っ飛んだ残骸を見て固まっている。
ひしゃげたフレームの一部が鋭く突き出し、FOXの胸を貫いているのが見えた。

('、`*川「そういうわけにも、ね。…あれ、生きてるだろうし」
( ^ω^)「止める手段は…?」
('、`*川「んー…もし駆動方式がハインリッヒの能力そのままなら…」

ペニサスにも、FOXが内藤に向けていた言葉が届いていた。
規制の能力をもってハインリッヒを封じ込め、さらにその力を行使できる。
その仕組みが、研究者であるペニサスには何となく理解できていた。

('、`*川「…止める手段ないわねぇ」
川 ゚ -゚)「手足を使用不能にすれば良いのでは?」
(´・ω・`)「使用不能って誰がやるんだそれ…内藤できるか?俺にゃ無理だが」
( ^ω^)「いやいやいや僕も無理ですお」
ξ゚听)ξ「みんな怪我してるんだし今のうちに逃げ…」

逃げよう、という言葉の途中で、ツンの表情が凍った。
FOXが既に立ち上がっていたのだ。
穴が開いた胸からは、ほんの少しの血しか流れ出ていない。

('、`*川「ゾンビね、まるで」
( ^ω^)「ツン、先生、下がるお。あいつが襲ってくる前に…!」
(´・ω・`)「ん?そうか、すまんな」
( ^ω^)「いやアンタじゃねぇお」
(´・ω・`)「……お前最近冗談通じないなぁ」



718: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:52:15
モニュは、ついさっきまで自分が持たれかかっていた車の残骸をぼうっと眺めていた。
車体はぐしゃぐしゃに潰れていて、激突したFOXも無事ではないはずだ。
しかしFOXは何でもないように立ち上がった。胸に綺麗に穴を開けて。

(=゚ω゚)ノ「おいおい、旦那あんたぁ…平気なんかいそれ」
FOX「問題ない。出来るだけ私の間合いに入るなよモニュ。今の私は自動操縦だからな」
(=゚ω゚)ノ「あぁ?…ああ……」

FOXはモニュに見向きもせずに、内藤達に向かって歩いていく。
自分のそばを横切った時にモニュは確かに、FOXの心臓付近を貫通している傷穴を見た。
どう考えても致命傷だ。

(=゚ω゚)ノ「自動操縦…?ていうかなんで生きてるんだありゃぁ…」

いくらか遠くにいたモニュには、内藤とFOXの会話が聞こえていなかったのだ。
首を捻りながら煙草に手を伸ばすが、弾切れだったのを思い出す。

(=゚ω゚)ノ「チッ…どうでもいいか。おーい旦那ぁ、俺ぁこれからどうすりゃいいよ?」
FOX「適当に帰って良いぞ。後のことはヒッキーに聞け」
(=゚ω゚)ノ「うぉ味気なっ!…ホントに帰っちまうぞー」

モニュが何やら抗議の呟きを漏らしていたが、FOXはそれを無視して歩みを進める。
その途中で胸の傷を確かめた。

FOX (我が身ながらおぞましいな…いや、もう我が身とも言えんか)

血も流れない肉の切れ目は、紛れも無く自分の体にある。
そしてそれを喜ぶ声もまた、自らの内から聞こえるのだ。
ハインリッヒが近付いている。

(=゚ω゚)ノ「おーい旦那ってばよー…あいつぁあんたが相手するほど強かねぇぞー」

最後に一応、モニュは声をかけた。
やはりFOXは止まらず歩き続ける。
モニュはしばらく固まった後、ため息と共に立ち上がった。

(=゚ω゚)ノ「…帰ろ」



719: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:52:35
FOX「強くなくては困るのだがな…」

胸の傷を隠さしもせずに、FOXが近づいてくる。
あくまでゆっくりと、無表情で。
背後を確認する。ツンとペニサスはある程度後退していた。

( ^ω^)「…ショボン先生、ツンの所に…」
(´・ω・`)「おまっ、言うの遅いよ!」

そう言いながらも、負傷した右腕を庇いながらショボンは後方に短く跳躍した。
それが合図。
FOXは、地を蹴った。

(´・ω・`)「言わんこっちゃない…」
( ^ω^)「くっ…!」

後退を諦めてショボンが構えた。
内藤がショボンを庇うように前に出る。
左腕を一振るい、動く。戦える。

FOX「話の続きだ、内藤君…!」
( ^ω^)「話すだけなら座ってしてくれお!」

突進するFOXは、全体重をのせた手刀を繰り出してきた。
・・・華奢だ。FOXの腕は、なんら鍛えていない普通の青年の腕だ。
だというのに、やはり。

(;^ω^)「ぐっ!?」

重く、鋭い。
左腕での廻し受け、痛みを抑えられている腕に消しきれない痛みが走る。
理不尽なまでに、見た目と裏腹な力。



720: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:53:22
FOX「座って話す時間はもはや無い。君は戦わざるを得ない!このハインリッヒの力と!」

内藤によって軌道をそらされた手刀を引き戻さずに、FOXはむしろ振りぬいた。
FOXの背中が見えた瞬間、内藤はとっさに後方に飛びのいた。
一瞬遅れて遠心力たっぷりの肘が顔面数センチを通り過ぎる。

(;^ω^)「ふうっ…!」
(´・ω・`)「まだだ内藤!止まらんぞ!」

そう、止まらない。
FOXはさらにもう一回転して回し蹴りを繰り出してきた。
内藤はその蹴りを避けずに右腕でガード、回転を止める。

衝撃を受けながそうと内藤の左足が屈伸し、半身が沈む。
FOXは、止まらなかった。
受け止められた足を軸に巧みに体重移動、体を捻りながら縦回転。

(;^ω^)「なんっ…!?」

相当な速度の回転を止めたのは、地面を掴んだFOXの両手。
内藤は思わず地面に視線を向けた。アスファルトに突き立った指を見て、顔をあげる。
逆立ちになって大きく開かれた両足が、目の前にあった。

(;^ω^)「っじゃそりゃあ!!」

反射的にFOXの胴体を蹴りつけると、ほぼ同時にFOXの両の踵が鋏のように閉じられた。
頭部を挟み込むはずだったであろう一撃は、内藤のあご先をかすめた。
紅夜叉のヘルメットごしとはいえ、わずかに脳が揺れる。

(;^ω^)「お、おぉ…?」

不味い。
よろめきながら何とか踏ん張るが、FOXが既に体勢を立て直し立ち上がるのが見えた。
揺らぐ視界にFOXを捉える。自分に向かう拳が見えた。



721: 名無しさん :2009/03/30(月) 04:53:40
避けられない。思わず目を瞑ろうとするのを堪えたせいで、顔が引きつる。
景色が引き伸ばされたように、FOXの拳がゆっくりと見えて。
そして、その拳にそっと誰かの手が添えられた。

FOX「!!」
(;^ω^)「―――っ!?」

その手はFOXの手首を取って、綺麗な下弦を描いた。
FOXの体が手首を軸に回転し、冗談のように宙に舞う。
引き伸ばされた景色が瞬時に戻った。

頭上を通り過ぎていくFOX。
内藤の見開かれた眼に、綺麗な円を描いた土埃の軌跡が映る。
その終点はFOXを投げ飛ばした主、ショボンの左手に向かっていた。

( ^ω^)「ショボン先生!!」
(´・ω・`)「………むぅ」
( ^ω^)「すごいお!伊達に歳くってねぇお!よく今のに合わせ…!」
(´・ω・`)「待て。…俺はまだピチピチだ。それより内藤」
( ^ω^)「お?」
(´・ω・`)「手首折れた」
( ^ω^)「うん…うん?」
(´・ω・`)「超痛い」

FOXを投げた形のまま保たれていたショボンの左手がだらんと垂れた。
指先がかすかに震えている。
柔よくFOXの力を利用した合気の一手は、しかし完全にその膂力を吸収できなかったのだ。

(;^ω^)「……え、いや、マジですかお」
(´・ω・`)「マジで痛い。泣くぞ」
( ^ω^)「淡々と言わないでくださいお。何か怖いから」



727: 名無しさん :2009/04/01(水) 05:03:57
ショボンはにわかに晴れ上がってきた左手首からFOXへと視線を移した。
受身を取らなかったのか、FOXは仰向けに倒れている。

(´・ω・`)「…ところで内藤。もしかしてお前ちょっと変わったか?」
( ^ω^)「ん?いや…今でも冗談くらい通じますお」
(´・ω・`)「それそれ、そういう所だよ。その余裕が…っ?」

言いかけてショボンが腰を落とし身構えた。
FOXがブレイクダンスのように立ち上がり猛然と突進して来ている。今までよりも速い。
しかし、内藤はそれほどのプレッシャーを感じなかった。

ショボンの顔を見る。
一瞬だけ紅夜叉のバイザー越しに、ショボンと内藤の視線が交差した。
弾かれるように、内藤はショボンの前に躍り出る。

( ^ω^)「先生狙い…!」

感じた。内藤を貫通し背後のショボンを狙う、突き刺すようなプレッシャー。
凄まじい速度で突進しながら、FOXがステップを踏んだ。
勢いを殺さず、むしろ一点に集中するように身を翻す。

(;^ω^)「っ!跳ぶお先せ――」

それは単純な回転ではなく、まるでプロ野球投手がボールを手放す時のような、レールに乗った力をリリースする動きだ。
内藤はそれを知っていた。自分が同じことを出来ることも。
十字に交差した腕に、FOXの肩が突き刺さった。

(;^ω^)「ぐぅ!!」

内藤の足が地面から離れ、留まろうとする踵が地を擦る。
そのまま内藤は玉突き事故のようにショボンにぶちあたった。
おかげで何とか踏みとどまるが、当然、代わりにショボンが吹っ飛んだ。



728: 名無しさん :2009/04/01(水) 05:05:07
ショボンの顔が珍しく苦痛に歪んだ。
紅夜叉を着ている内藤が激突してきたのだ。単純に人一人+高密度の人口筋肉と金属の塊が。
とっさに後方に跳んで衝撃を吸収できていたが、それでも紅夜叉の背面装甲は巨大なハンマーのようだった。

(´・ω・`)「うぅ…!!」

地面の上を仰向けで滑空するように、ショボンの体は内藤から離れていく。
両腕をかばい胴体に衝撃を受けたため、肺の中の酸素が吐き出されて、それで空を飛んでいるような気分だった。
やがて背中から墜落し、今度は頭でも打つかと思っていたが、

(´・ω・`)「って……ありゃ?」

予想外に優しい感触が、ショボンの後頭部を包み込んでいた。
体も崩れかかるようにではあったが、しっかりと何かに支えられている。
ショボンは、上等な枕のような膨らみに頭を埋めたまま、頭上を見上げるように視線を動かした。

川 ゚ -゚)「大丈夫か」

冷淡と言える眼差しが、くっつくくらいの至近距離でショボンを見下ろしていた。
クーの前髪が撫でるように鼻をくすぐり、とたんにショボンが変な顔になった。
血の巡りがすっかり悪くなっている右手で自分の頭を受け止めている何かを触ってみると、ふにふにした感触が帰ってきた。

(´・ω・`)「やけに柔らかい地面だと思ったら。―――お前の乳か」
川 ゚ -゚)「……もう少し言い様がないのか?」
(´・ω・`)「素直なのは美徳だと思うぞ」
川 ゚ -゚)「それが夫婦円満の秘訣という訳だな」
(´・ω・`)「そんなもん俺は知らん」

逃げるように起き上がろうとして、胸の痛みに諦めた。
疲労に加えて肋骨にダメージがあるようで起き上がれない。
無くなっているクーの両腕に抱きしめられているイメージが沸いて頭を振ったが、それに反応して頭の後ろで柔らかな振動がして、もう動けないと思った。



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