( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

5: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:32:33.10 ID:fnLGIBZ20


     登場人物一覧 ・逃亡軍 

( ^ω^) 名=ナイトウ 異名=無し 民=??? 
       武器=短剣・戦爪 階級=兵奴
       現在地=ギムレット 状況=遂に自らの戦う理由に気付くが、戦闘終了後気を失う
       特徴=銀髪の青年。記憶を無くしている。記憶の手掛かりは首から下げた鈴?

ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=アルキュの至宝 民=リーマン
      武器=鉄鞭 階級=王女
      現在地=ギムレット 状況=徐々に王族としての自覚を持ち始めている?
      特徴=金髪の少女。

ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=無し 民=リーマン
      武器=無し 階級=付き人
      現在地=ギムレット 状況=ツンに代わって倒れたナイトウの看護中
      特徴=医学・栄養学などに精通。髪飾りを集めるのが趣味らしい。



7: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:34:41.23 ID:fnLGIBZ20
( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン
     武器=大鎌 階級=元・千騎将。薔薇の騎士団団長
     現在地=ギムレット 状況=戦闘終了後、飲めや歌えやの大騒ぎ
     特徴=熊を思わせる大男。愛用の抱き枕が無いと眠れない。

(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン
      武器=鉄弓(轟天) 階級=バーボン領の馬鹿息子。黄天弓兵団団長
      現在地=ギムレット 状況=ペテンの連続でキュラソー解放に成功。
      特徴=白眉の青年。ジョルジュとは義兄弟。馬鹿。

从 ゚∀从 名=ハイン(ハインリッヒ) 異名=天駆ける給士(闇に輝く射手・心無き暗殺人形) 民=???
     武器=仕込み箒・飛刀 階級=給士長
     現在地=ギムレット 状況=戦闘で傷を負い治療中
     特徴=黒髪が美しい黒衣の給士。料理以外の仕事は完璧
8: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:36:07.50 ID:fnLGIBZ20
ノパ听) 名=ヒート 異名=燃え叫ぶ猫耳給士(自称) 民=リーマン
     武器=鉄弓・格闘 階級=副給士長
     現在地=ギムレット 状況=愛すべき姉のストーキング
     特徴=癖が強い赤髪を持つ赤い給士。料理だけなら完璧。

(*゚ー゚) 名=しぃ 異名=紅飛燕(三華仙) 民=リーマン
     武器=細身の剣と外套 階級=キュラソー解放戦線主将
     現在地=ギムレット 状況=念願かなってキュラソー解放に成功
     特徴=灰色の髪と神秘的な瞳を持つ、無口な少女。

(‘_L’)  名=フィレンクト 異名=白鷲(七英雄) 民=リーマン
      武器=長剣 階級=キュラソー解放戦線副将
      現在地=ギムレット 状況=念願かなってキュラソー解放に成功
      特徴=隻腕の几帳面な老将。ジョルジュとヒートの師にあたる存在。



11: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:39:29.93 ID:fnLGIBZ20
〜超手抜き地形説明・スキャナ修理終了。次回までに何とかしたいよなぁ編〜

             Aギムレット高地
@キール山脈     
                         Bニイト自治区

=====大地の割れ目==========     
                               Cネグローニ地区
         Eバーボン地区

              Fローハイド草原      Dデメララ地区

Gモスコー地区
   
                 Hシーブリーズ地区

※島の高度は、@→A→B→C…と番号が大きくなるにつれて低くなる。
人々の暮らしは温暖なD〜Fに集中している。
また、南から西南に抜ける風の影響でGHは北部とは比較にならないほど気温が高くなっている。

大地の割れ目を流れるのはマティーニ河。
そこから枝分かれしてEとFの境目を流れるのがバーボン河。
バーボン河は更にGとHの境を抜けて海に出る。

@…どこにも支配されていない。
ACDE…リーマン支配下。ただしAは厳しい気候の為か半ば放置されている。
B…ニイトの自治が認められているが、実質的にはリーマンの支配下。
F…中立帯だが、リーマンの力が強い。
G…メンヘル支配下
H…中立帯だが、この地区を占拠する【海の民】とメンヘルが同盟関係にあり、メンヘルの力が強い。



16: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:42:13.37 ID:fnLGIBZ20


     第13章 枯れ枝の誓い


( −ω−)『……』

落ちていく。
高く暗い空に向かい落ちていく。
それは決して上昇しているのではない。
何者かに手繰り寄せられるようにして『上に向かって』落ちているのだ。

やがて雲を抜ける。
見上げていた時は甘い菓子のように見えた雲も、その実は粒子のように細かい氷の群れで少し落胆した。
やがて呼吸が苦しくなってくる。酸素が薄すぎる。
青かった空が暗くなり、星が近づいてくる。
全身を霜が覆い、指先から徐々に凍りつく。
凍りついた髪の毛がガラス細工の花の様に脆く砕け散り宙を舞った。



17: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:44:20.95 ID:fnLGIBZ20
そして遂には。
何とか全身に血液を供給しようとしていた心の臓までが鼓動を停止する。
最後に残した。
引きちぎられるような…それでいて握りつぶされるような痛みは、最後の抵抗か。
それとも、断末魔の叫びか。

しかし。

( ^ω^)『……お?』

銀髪の青年はその痛みで目を覚ました。



19: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:47:57.39 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『……ここは……?』

ナイトウはまだ曇りがかった目で周囲を見渡した。
ぼやけた視界が瞬きをする毎に鮮明になっていく。

( pωq)~゜『……』

動こうとしない両手を必死に動かし目蓋を擦る。
それでようやっと視界が鮮明になった。

( ^ω^)『……?』

石造りの部屋である。
小さなサイドテーブルと簡素な腰掛。それに自分が横たわっている寝台以外は何も見当たらない。
テーブルの上には木製の桶とギヤマン製の水差し。
その寂しい光景と、開いた窓から聞こえてくる賑やかな嬌声が一層彼を混乱させた。
抵抗する筋肉を叱咤激励しながら身体を起こす。
埋まるほど柔らかい布団に寝慣れないせいか、全身の関節が酷く痛んだ。
いや。異変はそれだけではない。

(;^ω^)『…なんだお、これ』

左胸。心の臓が狂ったように暴れていた。
にもかかわらず全身が冷たい。
あの夢はこれらの体調不良が見せた物か。
悴んだ指先は、雨が降る冬場に野営をした時の事を思い出させた。



20: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:51:55.25 ID:fnLGIBZ20
(;^ω^)『えっと…僕は……』

一人語ちながら頭をフル回転させる。
自分は……キュラソー解放作戦に参加していた。
ショボンの命を受け、軍船に潜入した。
合図と共に軍船に火を放った。
もう一方の軍船に潜入したハインと合流し、敗残兵の処理に当たった。
その途中、ツンが自分を呼ぶ声が聞こえた気がして……。

(;^ω^)『……それから……どうしたんだっけかお?』

頭に手をやると、包帯が巻かれた感触。
後頭部に大きなコブが出来ている。
そうだ。ツンの声に気をとられた隙に後頭部を強打されたんだった。
しかし、その後の事が全く思い出せないのである。
自分は確かに戦場にいた。それが何故このような所で一人寝ているのか?

(;^ω^)『それにしても…寒いお』

そこでやっとナイトウは自分が一糸纏わぬ姿でいるのに気がついた。
掛け布団を引っぱりあげて包まり込む。
水鳥の羽でも入っているのか、厚いわりには驚くほど軽い。
野営地で使っている、重くて埃臭いだけの毛布とはえらい違いだと彼は思った。

と、其処へ。
蝶番を軋ませながら扉が開き、入ってきた人物がいる。

ミセ*゚ー゚)リ『あ。ナイトウさん!! 気づかれたんですか!!?』

髪飾りの少女。ミセリである。



23: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:54:59.33 ID:fnLGIBZ20
ミセ*゚ー゚)リ『良かった。あの戦いが終わってから3日も目を覚まさなくて…皆さん心配してたんですよ』

当然ボクもですけど。
などと言いながら、ミセリは手にした水壺の中身を桶に流し込んだ。
中には薬湯でも入っていたのだろう。
すぅと爽やかな刺激臭が鼻についた。

(;^ω^)『3日…も? つか、ここはどこだお?』

違う。問題は其処ではない。
いや、そこも確かに重要な問題なのだが。
それよりも大切な事があった筈なのだ。
伝令に化けた男と…助けを求める金髪の少女……。

( ゚ω゚)『戦い!! そうだお!! エクストは…ツンはどうなったんだお!?』

突然大声を荒げたナイトウに、桶に浸した手拭いを絞っていたミセリはビクリと身を震わせる。
が、瞬時にして全てを理解した少女は優しく微笑み彼に告げた。

ミセ*゚ー゚)リ『そんな事まで覚えてらっしゃらないんですね。
      ここはキュラソーの宮殿です。
      ご安心下さい。エクストは死にました。
      姫も…当然ご無事ですよ。本当にナイトウ様には感謝しています』

言ってペコリと頭を下げる。
それから、『姫様がここにおられるとナイトウ様のお怪我が悪化しますので…』
と続ける少女を見て、ナイトウはようやっと肩を降ろした。
その姿がよほど面白かったのか、ミセリは口に手を当ててクスクスと笑っている。



27: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 19:58:39.09 ID:fnLGIBZ20
(;^ω^)『いや、笑い事じゃないお』

ミセ*゚ー゚)リ『すいません。あまりにも可笑しかった物ですから』

しばらく笑っていた少女は目元に浮かんだ涙を手の甲で拭き取ると、再びナイトウに向き直った。

ミセ*゚ー゚)リ『それじゃ、お薬塗りますね』

(;^ω^)『お?』

言うや否やミセリはナイトウの包まる布団を引き剥がしにかかる。
当然その下は全裸なのであって。

(;^ω^)『お、お、お、ちょっと…ちょっと待つお!!』

ミセ*゚ー゚)リ『何言ってるんですか!! 体を拭いて薬を塗らないと…』

(;^ω^)『いや、でも、その、なんだ、せめて服を着てから…』

ミセ*゚ー゚)リ『これから体拭くのに服を着る人が何処にいるんですかっ!!』

(;^ω^)『頼むお、後生だお!! 自分でやるから勘弁…』

                                                        プチン。



ミセ#゚ー゚)リ『…………黙れよ粗チン野郎』

(;^ω^)『……お?』



31: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:02:42.32 ID:fnLGIBZ20
思いもしなかった反撃にナイトウは言葉を完全に失う。
そんな青年の姿をよそ目に、ミセリは寝台に腰を下ろすと足を組みナイトウの顔前にずい、と顔を接近させた。

ミセ#゚ー゚)リ『アンタさぁ。アンタがぐーすか寝てる間、誰が面倒見てやったか分かってるの?
      それはもう、上の世話から下の世話までぜぇ〜んぶ』

(;^ω^)『それは…ミセリが…』

ミセ#゚ー゚)リ『ミィ〜セェ〜リィ〜?』

(;^ω^)『いえ、あの、すいません。ミセリさんですお』

完全に目が据わっている。
抵抗は無意味……否。下手な抵抗は火に油を注ぐと本能で察知したのか、ナイトウは身を強張らせた。

ミセ*^ー^)リ『大変良く出来たお返事です。ところで。姫様は戦が終わってからずっとナイトウ様の事を心配しておいででした。
     ナイトウ様には姫様にお会いする義務があります。
     ところでまさか。体も拭かずに姫様にお会いしようなどと考えてはおりませんよね?』

万事休す。
小さく『お願いします』と言う青年に少女は満足げに頷いてから……。

ミセ#゚Д゚)リ『だったら最初っから大人しくそう言えやボケがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

( ;ω;)『アッー!!』

怒号と共に布団が剥ぎ取られる。

……しばらくして。青年はフラフラとよろめきながら部屋を出た。
その背に『姫様に変な事吹き込んだらタマ擂り潰すぞ!!』と言う、有難いお言葉を頂きながら。



36: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:05:52.61 ID:fnLGIBZ20
(;^ω^)『とんでもない目にあったお』

呟きつつ宮殿の廊下を歩く。
キュラソーの宮殿は3階建ての外壁内部に沿って廊下が作られている。
防寒対策にもよる物か、外界に繋がっているのは小さな窓のみ。
宮殿の外廊下が全面を壁に覆われているのは、当時の宮殿には珍しい。
通常、領主が住民に顔を見せる時などは解放された廊下から眼下の広場に向けて言葉を告げるのが常であったが、
閉鎖されたこの宮殿ではそれが出来よう筈も無く、代わりに3階部分にセレモニー用のテラスが作られていた。
石造りの廊下は、ところどころに練炭を放り込んだストーブが置かれているにもかかわらず凛と冷たく寒い。
それでも、解放された窓から差し込む冬の陽光と人々の笑い声が彼の心を暖めてくれた。

そして何より、効果的だったのはミセリによるマッサージだ。
『クソ!!』だとか『ボケが!!』だとかの罵声と共に、薬湯に浸した手拭いで力任せに体を擦る。
そのおかげか、冷え切った体は血行を取り戻しポカポカとしていた。
だがしかし。

( ^ω^)『……』

左胸に手を添える。
その中では鼓動する度に心の臓がチクチクと痛みを訴えていた。

( ^ω^)。oO(何だお、これ)

気候の変化か、蓄積された疲労による物か。もし、続くようなら薬師に見てもらったほうがいいのかもしれない。
そんな事を考えながら歩いていると、聞きなれた怒声が耳に入った。

???『ばっきゃろーーーーーっ!! 出てけって言ってるだろっ!!』

声の発信源は、廊下を曲がったすぐの所らしい。
続いて何かが割れる音。ナイトウは『またか……』と思いながら、そこを覗き込んだ。



38: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:11:02.56 ID:fnLGIBZ20
まず、壁に背を預けてへたり込んでいるのは白眉の青年だ。
戦で負った傷だろうか。
その頬に青い痣が出来ている。
が、この男に似つかわず乱れた竹冠と頭髪は戦とは全くの無関係であろう。

そして、巨体を丸め込むように四つん這いになった開城の立役者。
鎧を脱ぎ平服に身を包んだ彼の尻を黒髪の女性が何度も蹴りつけている。

(;´・ω・)『ハイン!! ホントに、ホントに大丈夫なの!?』

从#゚∀从『大丈夫だって言ってるだろっ!! 薬くらい自分で塗るから出てってくれよっ!!』

なるほど、確かに彼女は自身の治療を行なおうとしていたようだ。
給士服のエプロンドレスと背中のボタンを外し、肩がもろ肌脱ぎになっている。
そのままではずり落ちそうになる衣服の胸元を、両手で押さえるようにしていた。

(;゚∀゚)『おっぱいの!! おっぱいの香りがして飛んできましたっ!!』

从#゚∀从『うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!』

そこへ登場したのは赤毛の給士。
頭上に持ち上げているのは、大人がすっぽり隠れられるほど大きな白磁の花瓶。

ノハ#゚听)『御姉様、そこどいて!!!!! そいつ殺せない!!!!!!』

その重みで全身を震わせながら、『御姉様の柔肌に触れていいのはあたしだけだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』
などと吼えるヒートに、とうとうハインの怒りは臨界点を突破した。

从#゚∀从『いいからお前ら全員出てけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!』



44: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:14:31.66 ID:fnLGIBZ20
(;^ω^)『……』

ほうほうの体でその場を逃げ出した三人。
割れた花瓶やらの欠片。
散乱する飛刀。
そして、片手で胸元を隠しながら大きく肩を上下させる黒衣の給士の右手には4本の飛刀が。

从#゚∀从『あいつら…今日中に殺す…』

ナイトウから見える、ハインの大きく開いた背中には袈裟状に布が貼り付けられている。
刀傷による物なのだろうか。はっきりと血が滲んでいた。

(;^ω^)。oO(早く部屋に戻ってくれないかお?)

ナイトウが寝かしつけられていた部屋は、宮殿の最奥にあったらしく
ツンを探しに行くにはどうしてもこの部屋の前を通る必要がある。
それでも、今ハインの前に姿を出すのはあまりにも危険であるように思われた。

が。

Σ(;^ω|壁|            『おっ?』从∀゚ 从ミ クルッ

最高の隠密ハインの前ではどんなに意識して気配を殺しても無駄だったようだ。
呆気なく見つかってしまう。
どうする。このままでは間違いなく寝台に逆戻りだ。
必死にこの場を取り繕う言い訳を考えるナイトウ。
しかし、黒衣の給士はあまりにも意外な言葉を発する。

从 ゚∀从『ナイトウじゃねーか。そろそろ目ぇ覚ますと思ってたぜ。
     ちょうどいいや。ちょっと薬塗るの手伝ってくれよ』



45: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:19:08.61 ID:fnLGIBZ20
(*^ω^)。oO(これなんて淫靡遊戯姿絵本?)

銀髪の青年ナイトウは、そんな事を考えていた。
遊戯姿絵本とは、当時メンヘル地区の一部で流行していた文化の一つ。
簡単に言えば、選択チャート付きの姿絵本だ。
それに【淫靡】と言う単語が付くのだから、18禁のノベルゲームを本にした物と言えば
諸兄らの理解も早いのではないだろうか。

給士ハインの部屋は先程までナイトウが寝かせられていた部屋に負けず劣らず簡素な造りになっていた。
それでも、椅子の背に無造作にかけられた給士服の下に着込むスリップドレスや、
部屋の隅に吊るされた洗濯物━━━人の目に触れぬようタオルがカーテン状にかけられている━━━
が、嫌でも【異性の部屋】を意識させる。

そして、ハインは寝台の中央に座り込んでいた。
薬を塗布する邪魔にならぬよう、立てた膝で服の胸元を器用に押さえながら長い髪を後頭部でまとめあげている。

从 ゚∀从『おっしゃ、出来た。それじゃナイトウ頼むぜ』

それが終わると給士は膝を下ろし、両手を袖から抜き取ると包み込むようにして胸元を押さえ込んだ。
無防備にさらけ出した素肌。
給士服の裾からこぼれ出た細い太股。
数本の後れ毛を残した白いうなじ。

( ^ω^)『……』

だが、それを見てもナイトウ青年の劣情が刺激される事は無かった。
なぜなら。
嫌が応にも目に入る真新しい刀傷。
それだけでなく、彼女の体は…全身細かい傷で覆われていたのである。



49: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:23:17.40 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『……ちょっと痛みますお』

最初に軽く詫びると、給士はぎゅっと身を硬くした。
のんびりじっくりやるのは苦痛の時間を長引かせるに過ぎない。
まずは一息に傷口に張られた布を引き剥がす。
『んっ』と小さくハインが漏らすのが分かった。

途端に傷口から血が溢れ出す。
それを丁寧に拭き取りながら傷を確かめた。

( ^ω^)『化膿はしてないようですお』

言いながら、初めてギムレットの厳しい寒さに感謝する。
南部の戦では小さな傷を化膿させ命まで失う事になった仲間を何人も見てきたからだ。
すりおろした薬草を手早く塗りつけて清潔な布を貼り付ける。
その間ハインは一言も痛みを訴えなかったが、やはり痛むのだろう。
胸を隠す両の手を肉に食い込ませんばかりにぎゅうと握って耐えていた。

( ^ω^)『次は脇腹の傷を治療しますお』

そう告げるとハインは固く体に密着させていた腕をおずおずと持ち上げる。
左脇腹の傷は小さいが深く、おそらく槍で突かれた物らしかった。

古傷に上に新たな傷を重ねるハインの体。
諸兄らは、それを思い描いてどう感じるだろうか。
汚らしいと感じるだろうか。
しかし、現存する数少ないナイトウの手記には確かにこう書かれている。

━━━━━傷だらけのハインさんの体。女性特有の流れるような腰のライン。持ち上げた脇の下から見える控えめに膨らんだ胸。
微かに赤く染まった頬と小さくて柔らかそうな耳たぶ。これを見て僕は無意識のうちに『綺麗だお』と漏らしていた━━━━━。



55: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:29:12.22 ID:fnLGIBZ20
『馬鹿言ってんじゃねぇぇぇっ!!』

(#)゚ω゚)『おぶっ!!』

ワケも分からずナイトウは寝台から叩き落された。
逆さまになった景色の中、目に入るのは寝台の最奥でこれでもかと身を固くするハインの姿。
それで彼はこの給士によって寝台を蹴り落されたのだと悟った。

(#^ω^)『な、何するんだお!!』

起き上がりつつ、堪らずあげた抗議の声は

从#゚∀从『うるせぇ!! 綺麗とか…変な事言うな!! バカバカ!! あんぽんたん!!』

一撃の下に叩き潰される。

(#^ω^)『そんな事言ってないお!!』

从#゚∀从『言ったんだよ!! ハインちゃんの地獄耳舐めんな!!』

(#^ω^)『だったらきっと無意識のうちに言ったんだお!! そんな事まで責任取れないお!!』

从*゚∀从『無…意識って……このオオバカっ!!!』

ハインの投げた陶製の薬壺が、ナイトウの眉間を直撃した。
勢いで大きく反り返った青年の体は、ゆっくりと背後に倒れ込む。

从#゚∀从『ワケ分かんない事言ってねーで薬だけ塗ってればいいんだよ!! 次変な事言ったら頭カチ割るぞ!!』

とっくに割られてますお。そんな呟きは給士の耳には届かなかった。



56: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:31:58.85 ID:fnLGIBZ20
作業再開。
ハインは両手で胸を隠し、身をぎゅうと丸めるようにして。
ナイトウはむっつりと眉をしかめながら。お互いに不自然すぎる沈黙の中治療は進む。
いや。

(*^ω^)

不機嫌を装うように眉をしかめてこそいる物の、青年の鼻の下はこれでもかと伸びていた。
平民服の股間部分が山になっているのは気のせいではあるまい。
しかし、だからと言って青年一人を責めるのは酷と言う物だ。
先程まで彼に無防備な背中を向けていたのは、傷だらけになりながらも戦場に立つ戦乙女だった。
が、ナイトウの口から漏れた一言にうなじまで真っ赤に染め上げている今の彼女の表情は、間違いなく彼と同年代の少女のそれである。
更に、人肌に温められぬちゃりと粘度のある薬湯が青年の劣情を倍化させた。

(*^ω^)。oO(これはもう駄目かも分からんね)

ところどころに古傷の痕があるにも関わらず、せせらぎの様にすべらかな給士の肌に触れながらナイトウは思う。

(*^ω^)。oO(これが終わったらツンを探す前に厠にGOだお)

最低な事を考えるナイトウ。
と、そこへ沈黙を守っていたハインが唐突に口を開いた。

从*−∀从『なぁ、ナイトウ。大事な話があるんだけどよ』

(*^ω^)『お?』

一瞬青年の胸が高鳴る。

从*−∀从『馬を……限界以上に速く走らせる方法って知ってるか?』



60: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:37:52.41 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『知ってるお。牝馬をやればいいんだお』

青年は答えた。
彼が言っているのはアルキュに伝わる故事【駄馬を走らすに牝馬を用いる】の事である。
どのような駄馬であっても目の前を美しい牝馬が走っていれば必死にその尻を追いかける、
と言うまこと男性諸君には耳の痛い話だろう。
が、この故事は古くから求愛の際にも用いられていた。
面白いのは、男性が使う場合は求婚時に。女性が使う場合は艶町の客引きに使われるという事だ。
前者は『俺と言う駄馬を必死に走らせる存在になってくれ』と言う意味で。
後者は『自分は貴殿を満足させられる女だ』とアピールする際に使われた。
要は『やらないか』をオブラートに包んだ言い方が【駄馬を走らすに〜】なのである。

だが、この時ハインが問うたのは故事は全く関係なく、そのまま文字通りの問い掛けであった。
ふるふると首を横に振り、『違う』と一言答えるとその手が閃き━━━━━。

从#゚∀从『こうやってやるんだよっ!!』

( ゚ω゚)『ほわっ!?』

次の瞬間にはそそり立つナイトウの股間部分をかすめるように、飛刀が布団に突き立てられていた。
それがあまりにも衝撃的だったのか。
真夏の向日葵が如く直立していたナイトウのシンボルは、まるでおじぎ草のようにヘナヘナと萎んでしまった。

从#゚∀从『こうやって!! こうやって!! こうやって!!』

( ゚ω゚)『おぅっ!! のぉっ!! のぉっ!!』

尻餅をついて後退するナイトウを追いかけるように、給士は何度も何度も飛刀を突き立てる。
やがて、哀れな青年が再び後頭部から床に転落したのを見て
満足そうにハインは飛刀を給士服の裾に戻し入れた。



62: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:41:11.10 ID:fnLGIBZ20
(;゚ω゚)『し…死ぬかと思ったお』

部屋を出たから即座に厠に行っていた事が幸いした。
もし、行っていなければ間違いなくこの場で漏らしていたであろう。

从#゚∀从『死ね!! 市ねじゃなくて死ねっ!! ハインちゃんは真面目な話をしてるんだ!!
     【駄馬を走らすに〜】とか言うんじゃねぇ!!』

即座に薄手のシーツをすっぽり頭から被ったハインは、寝台の下に置かれた籠からロール状に巻いたサラシを探り出した。
そのままの格好でゴソゴソ始めたのは、サラシの意味など無いほど控えめな胸にそれを巻きつけているのだろう。

(;^ω^)『真剣な話ですかお?』

むくりと起き上がって床に胡坐をかく。
それを見て流石にやりすぎたと思ったのか、鼻の頭をポリポリと人差し指で掻きながら給士は口を開いた。

从 ゚∀从『あ、あぁ。どんなに疲労困憊した駄馬でも、今みてぇに尻をナイフで軽く刺してやると嘘みたいに速く走るのさ。
     命の危険に晒された生き物の本能…なのかな。東の方で言うトコの【火事場の放火犯】って奴だな。
     もっとも、そんな事をされた馬は堪ったもんじゃない。結局ツケが回ってきて死んじまう』

( ^ω^)。oO(もしかして【火事場の馬鹿力】の事かお?)

思うが口にはしない。ハインのその表情が、あまりにも真剣だったからだ。

从 ゚∀从『……それでな。無理矢理肉体の限界を超えた力を引き出すってのは、ハインちゃんやナイトウの瞬歩法も同じだ。
     身体がぶっ壊れるギリギリの所での綱渡り。
     ナイトウ。お前、もしかして体の何所かに異変がねーか? 例えば…左胸とか』

左胸。
その単語を聞いた青年は咄嗟に自身のそれに手をやった。



64: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:45:12.75 ID:fnLGIBZ20
从 ゚∀从『…やっぱりな』

言いながら身体を覆ったシーツを払いのける。
青年の色情を無駄に刺激しないようにと気遣って被ったのだろうが、上半身をサラシ一枚の姿では意味が無い。
しかし、のんびりと給士服に袖を通すハインを前にして、それでもナイトウは性欲どころではなかった。

(;^ω^)『…どうしてそれが分かるんですかお?』

从 ゚∀从『舐めんな。ハインちゃんが何年修行してきたと思ってやがる。
     お前の今の状況なんかとっくに経験済みなんだよ』

給士服の背ボタンを器用に留め終えると、ハインはナイトウを真似るように寝台に胡坐をかく。
見えた。

从 ゚∀从『いいか。クドくなるが、瞬歩は人間の身体が耐えうる限界を無理矢理引き出す裏技…
     いや、そんな甘いもんじゃねぇ。外法の技だ。決して。何があっても全開で使うな。約束しろ』

( ^ω^)『…それじゃ…僕はどうすればいいんですお?』

从 ゚∀从『見極めろ。限界を超えないギリギリのライン。自身の身体を破壊しないラインを見極めるんだ。
     もし、これ以上ラインを超えたら…三度を待たずお前の身体はぶっ壊れる。忘れるんじゃねぇぜ。
     御主人もナイトウには将として期待してるんだ。それを裏切らないでやってくれよ』

それで話は終わりだった。
青年はペコリと給士に頭を下げると、部屋を後にしようと立ち上がる。
が。

从;゚∀从『あ。ちょ、ちょっと待った』

扉に手をかけたところで背後から呼び止められてしまった。



66: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:47:35.35 ID:fnLGIBZ20
振り返るが、ハインはわざとらしく窓の外に視線を向け、目を合わせようとしない。

从*゚∀从『あの…その…あれだ。ありがとな。うん、それだけだ』

( ^ω^)『? どういたしましてだお』

たかが薬を塗っただけで礼を言われると思っていなかった青年は一瞬首を傾げる。
むしろ、礼を言わねばならないのはこちらの方なのだ。
だが、青年は知らない。ハインの言葉にはもう一つの意味がある事を。
もし、あの瞬間ナイトウがハインを弾き飛ばしていなければ、彼女は我を忘れたまま再び凶刃を振るっていたはずなのだから。

从 ゚∀从『……でよ。もしもだぜ。ハインちゃんがお礼に一晩身体を預けるって言ったら…お前どうしてた?』

悪戯っぽい笑みを浮かべながら問いかけるハイン。青年は少し考えてから、

( ^ω^)『遠慮しておきますお。怪我人を押し倒すのはやっぱり僕の趣味じゃありませんお。それに…』

从 ゚∀从『それに?』

( ^ω^)『もし、そんな事したらヒートさんやショボンさんに何回殺されるか分かりませんお』

二人の脳裏に、簀巻き状で逆さ吊りになったナイトウに暴行を加えるヒートの姿が思い浮かぶ。

从 ゚∀从『違ぃねぇやwww』

そうして顔を見合わせると、ナイトウとハインは大声で笑いあった。


ちなみに。
部屋を出たナイトウが厠に直行してしばらく出てこなかったのは諸兄らの想像どおりである。



68: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:50:32.20 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『おぉ』

宮殿を出たナイトウが目にしたのは、大通り狭しと建ち並ぶ屋台の群れ。
それに、どこから湧いて出たのかと疑いたくなるほどの雑踏。
大通り中央にある円形の広場。その中央にはやはり円形の噴水が鎮座しているのだが、
冬場と言う事もあり凍結防止の為に水は抜かれていた。
その外周に腰かけ、何人かの老人が古びた弦楽器を演奏している。
どことなくリズムのおかしいその曲に合わせて少女達が踊り、酔っ払いが更に調子の狂った歌声を併せていた。

昨日の今日まで戦時下にあったキュラソーである。
屋台に並ぶ売り物は、デメララやネグローニのそれと比べると明らかに質で劣る。
空腹を覚えて立ち寄った屋台で買った粥は流し込めるほど薄くて味がしなかったし、菓子の類も見るからに貧相であった。
だが、それでも不平不満を言う者は誰一人としていない。
エクストの圧政で疲弊し苦しんでいた住人達は、解放の日を文字通り寝る間も惜しんで祝っていた。

( ^ω^)『それにしても…』

青年は身体を震わせる。空は雲一つ無い晴天。冬の濃い青空が見上げる一面に広がっている。
しかし、如何に人々が熱気に溢れていようとも通りの所々には積もった雪が掻き集められ、子供達の遊び場になっているのである。
どうしても人目についてしまう銀色の頭髪を隠す意味も込めて外套のフードを深く被るが、それでもちくちくとした寒さが身を襲った。

(*^ω^)『冷えた身体を暖めるのは…やっぱりお酒が一番だお』

どこかの駄目人間のような言い訳を口にしながらナイトウは周囲を見渡す。
このままでは夢のように凍り付いてしまってもおかしくない。
と、広場の片隅で生酒(きざけ。蒸留したての酒で、非常にアルコール度数が高い)を売る商人を発見した。

( ^ω^)。oO(踊りを見ながらお酒ってのも悪くないお)

そんな事を考えながら広場に向けて足を運ぶ。



69: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:52:30.99 ID:fnLGIBZ20
商人『へい。お題は銀一片になりやす』

円柱形の酒壺になみなみ注がれた生酒と日干しした林檎を購入したナイトウは、広場の片隅に陣取る。
腰ほどの高さの石垣に腰を下ろし、まずは酒を一口。

( ^ω^)『おぉ。これは凄いお』

思わず声が漏れた。
生酒は凍るほど冷たいにもかかわらず、飲み干すと焼けるように熱い。
その液体が食道を通過して胃に納まるまでのルートが手に取るように分かった。
しかし、決して飲みづらい酒ではない。
冷凍寸前でねっとりした酒は甘味を増し、それでいてすっきりと淡い後味を残してくれる。

更に彼を感動させたのは、肴として購入した日干し林檎との相性の良さである。
厳しい気候のギムレットで栽培された林檎だ。
本来、そのまま口にすればあまりの酸っぱさに顔をしかめる事になるのだろう。
が、スライスして日に当てたそれは酸味の中にもほど良い甘味を蓄えている。

( ^ω^)『寒くて、何も、無い、土地か、と、思ったら、意外と、いい場所、だお』

酒と林檎を交互に口に入れながら思わず呟いた。
どのような人物、土地であろうともすぐに馴染めるのは彼の美点と言えよう。
と、しばらくそれを繰り返していたナイトウは噴水を挟んでちょうど広場の反対側。
やはり石垣にちょこんと腰を下ろしている少女に気付いた。
神秘的な瞳。ざっくりと短い灰色の髪。
こちらには全く気がついていない様子で広場の奥を見つめている。

( ^ω^)『おぉ、しぃさんじゃないですかお!!』

大きく手を振りながら、青年は少女に駆け寄った。



72: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:55:36.69 ID:fnLGIBZ20
(*゚ー゚)『おはよう』

駆けて来た青年に向け、少女はただ一言そう口にした。
傷の様子を訊ねるワケでもなければ、祭を楽しんでいるか問うワケでもない。
しかし、そのぶっきらぼうな言葉の中に幾つもの意味が込められている事を
最近ようやく彼は気付きつつあった。

しぃは人付き合いが嫌いなのではないし、人間嫌いというのでもない。
攻城の陣中でも用も無く将官用の幕舎に顔を出しているのをナイトウは度々目にしていた。
ただ純粋で不器用過ぎるのである。
だから、その澄んだ瞳は向かい合う者の心底まで見通すような輝きを持っており
だから、自分の意思をどう伝えるか分からない彼女は愛想の無い単語を口に出すしか出来ないでいるのだ。

しかし、少女がキュラソーの民から避けられているのかと言えば、そうではない。
彼らも少女を困惑させるのは本意ではないのだし、
それを証明するように【解放の英雄】の周りには住人が置いていった差し入れが山の様に積み重なっていた。

( ^ω^)『ありがとうですお。もうすっかり元気ですお』

(*゚ー゚)『そう』

並んで腰を下ろす青年に、しぃは手元にあった干し杏を差し出す。
生酒との相性を確かめたくて、遠慮もせずに青年はそれを受け取った。
林檎の持つ酸味とはまた違った、優しい酸っぱさ。
ねっとりした甘味と舌ざわりを酒が洗い流してくれる。
先程の林檎は酒の甘味を引きたててくれたが、今回の杏は酒のすっきりした端麗さを際立たせてくれた。
果たしてどちらが美味いかと問われれば、どちらも美味いとしか答えようが無く
その時その時の気分で楽しむのが正しい飲み方と言えよう。



74: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 20:58:16.01 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『で、何を見てたんですお?』

その言葉にしぃは無言で広場の奥を指差す。
そこでは数人の女性が嬌声をあげ、騒いでいた。

町1゚ー゚)『きゃっ!! お尻触った!!』

町2゚ー゚)『この…変態騎士!!』

町3゚ー゚)『ちょっと!! 調子乗るのもいい加減に…きゃーーっ!! おっぱい触った!!』

(;^ω^)『……』

絶句するナイトウ。しぃは眉をひそめ『最悪』と呟く。
この場合逃げない娘達も娘達でありどちらかを一方的に責める事など出来ないのだが、
それでも放置しておく訳にも行かないだろう。

(;^ω^)『す、すいません。僕ちょっと止めてきますお』

言うや青年は腰を下ろしていた石垣からぴょこんと飛び降りた。
幸いな事に、このような行為をしても女達から許されてしまう騎士には心当たりがある。
どこか愛嬌のある顔つきと、熊を思わせる巨体。
死神の代名詞たる大鎌までは流石に持っていないだろう。

(*゚ー゚)『無理だと思う』

少女の漏らす声を背中に受け、ナイトウは人の合い間を縫うようにして女達の所に駆け寄る。



76: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:00:37.17 ID:fnLGIBZ20






(*‘_L) 『うっひょーーーーーっ!! ちちしりふともも、ちちしりふとももーーーーーーっ!!』






( ^ω^)『ねーよ』



81: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:04:46.46 ID:fnLGIBZ20
(;^ω^)『…僕では無理そうですお』

(*゚ー゚)『うん』

スゴスゴと引き返してきたナイトウを慰めるかのように、少女は彼の肩をポンと叩く。

(*゚ー゚)『馬鹿フィル。酒乱』

言って溜息を吐く少女の声には微かな怒りが感じ取れた。

( ^ω^)『……もしかして怒ってますかお』

(#*゚ー゚)『怒ってない』

明らかに怒っている。
今日は女難の日だ。自分は何か悪い事をしただろうか?
そんな事を考えていると、しぃは彼が来たのとは逆方向。城門へ続く大道路を指差した。

(*゚ー゚)『王女』

( ^ω^)『? ツンがあっちにいるのかお?』

コクリと頷く。

(*゚ー゚)『心配してた。行ってあげて』

そう言って干し杏の詰まった手の平大の紙袋を押し付けてくる。
それをありがたく受け取ったナイトウは、軽く頭を下げて赤い燕の元を立ち去った。



82: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:07:30.78 ID:fnLGIBZ20
片手に下げた陶の酒壺をちびちびと口元に運びながら歩く。
往来の人口密度は許容量を遥かに突破し、最初こそ歩きづらくて仕方がなかったが、
上手い具合に左右に分かれた人の流れにさえ逆らわなければ、さほど気になる物ではなくなった。

(;^ω^)。oO(それにしても何処からこんなに人が湧いてきてるんだお)

おそらくはキュラソー城の住人全てを集めでもしない限り、
ここまでにはならないであろうと思えるほどの混雑振りである。
しかし、彼の疑問はすぐに解決する。
祭の会場となっているのは、城門から宮殿へと続く大通りのみ。
まさしく本当にキュラソー中の民がここに集っているのだ。

その中を、金髪の少女の姿を探して歩を進める。
しかし、当然のようにツンは見当たらなかった。

( ^ω^)『そりゃそうかお』

思わず一人語ちた。
考えてみれば、王女たるツンが付き人であるミセリを伴わずに出歩くこと自体おかしな話であり、
もしこの中に彼女がいたらそれこそ大騒ぎになっているはずだ。
であれば変装でもしているのか。祭の中にはいないのか。

( ^ω^)『全く見当もつかないお』

やれやれと頭を振って酒壺を口に運ぶ。
が、そこからは二・三滴の雫が垂れ落ちただけだった。
それで青年は目に付いた酒場の暖簾を潜る。
と、そこで。

???『おーい。ナイトウじゃねーか!!』



84: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:10:22.76 ID:fnLGIBZ20
背後から唐突に声をかけられ、思わず振り向いた。
そこに立っていたのは、素朴な平民服の上に真っ白い雪鼠の毛皮を着込んだ男だった。
よほど寒がりなのか、室内にもかかわらずやはり雪鼠の帽子とマフラーまで着用している。

(兵゚∀゚)『お前も生きてたんだな!! 悪運の強い奴め!!』

その声に聞き覚えがあった。
バーボンからの旅路を共にした下級歩兵の一人だ。
何度か兵舎を同じくし、その度に寒い寒いと溢すのを耳にしていた。

( ^ω^)『おっ、おっ、お互い様だお』

ギムレットに入ってからの日々は平穏無事な毎日ではなかった。
山賊との小競り合いで命を落す者もいたし、厳しい気候を甘く見て凍傷から世を去る者もいた。
朝起きたら仲間の姿が荷物ごと兵舎から消えていた事もある。
【天智星】ショボンの巧妙な策によりキュラソーは短期決戦で解放されたが、
それでも数百を超える兵士が戦死しているのである。
だからこそ、こうして生きて再会を祝う事が出来るのは本当に嬉しかった。

(兵゚∀゚)『こりゃ、神様に感謝しねーとな』

( ^ω^)『神様?』

この男が神を信じているなど初耳だった。
メンヘル族は唯一神マタヨシを厚く信仰しているし、モテナイの傭兵は出身地の土地神を信じている者もいる。
が、リーマンの兵士。特に【戦士の街】ネグローニで訓練を受けた者は、己の剣こそを信仰の対象にしている者がほとんどなのだ。
しかし、首を傾げるナイトウに向け、その兵士はニヤリと片唇を持ち上げて言った。

(兵゚∀゚)『勝ち戦の後に感謝する神様って言ったら酒の神様以外にいねーだろうがw
     こっちに来いよ!! ジョルジュ将軍達も一緒に飲んでるぜ』



85: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:13:03.59 ID:fnLGIBZ20
???『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ナイトウじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

(;^ω^)『叫ばなくても聞こえますお』

顔を見なくても誰だか分かってしまう。
所構わずこのような大声をあげる女性など、一人しかおるまい。

ノパ听)ノシ『こっち!! こっち!! こっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!』

思わず回れ右して酒場を後にしたい気持ちを堪えてナイトウは店の奥に進む。
はたして、最奥の座敷には十人ほどの男達が思い思いに座って酒を酌み交わしていた。

(;^ω^)『……』

まず目に付くのはやはり、少し癖のある赤い頭髪。
裾の短い給士服にもかかわらず、だらしなく片膝立ちで座っており、必死にこちらを手招きしている。
その足を隠すように【薔薇の騎士団】団長の外套が掛けられていた。

それにしても酷い有様である。
卓上には川魚の氷造りや、鶏の炒め物等の肴が所狭しと押し並び、空になった酒壺が卓を追い出されて床に転がっている。
この状況では、誰がどの碗を使っていたか一人として把握できていないのではないだろうか。
更には早い時間から酔いつぶれてしまったのか、下半身を裸に剥かれている者すらいる。
しかも、同席している町娘に一物を箸で突かれているのだ。
折角生きて帰ったのに、これでは報われない。
正気に返った彼が自ら命を絶たない事を祈るしかないだろう。
と、同時に自分もミセリによって似たような辱めを受けた事を思い出しナイトウは思わず身震いした。
そんな考えなどお構いなく白酒の入った碗を彼に押し付けると、ヒートはやおら立ち上がる。

ノパ听)『お前らぁぁぁぁぁぁぁっ!! 大逆人エクストを討ち取った英雄殿のおでましだぞぉぉぉぉぉっ!!
     杯をとれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』



86: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:14:47.37 ID:fnLGIBZ20
それを合図に、おそらく何十回目かになる乾杯が為された。
ぶつかり合う杯から、大量の酒が零れ出し宙に水滴が舞う。
それを一息に飲み干すと、町娘達の手によってすかさず碗に酒が注ぎ足された。

(A゚∀゚)『でよ、ハイン給士長にがばって両足広げられてよ。股間に右足を…』

(B゚∀゚)『あるあるwwwwww』

( ^ω^)『ねーよ』

ろくでもない大騒ぎである。
しかし、決してキュラソーの住人は彼らを白い目で見たりなどしない。
むしろ共に祝いたいと思ってくれているらしく、自発的に給士を買って出ている町娘達がそれを証明している。
特に、エクストを討ち取ったのがナイトウだと分かると住人は挙って彼の元を訪れ乾杯を求めた。

ノパ听)『うらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! これで12連勝だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』

あちらではヒートが複数相手の飲み比べで圧倒的な勝利を収めている。
死屍累々と倒れ込んだ男達こそ哀れと言うべきで、
これが戦場であったらあまりの実力差に【虐殺】と表現しても良かったかもしれない。

彼女は特にキュラソーの住人から好かれていた。
その人気たるや解放戦線の将たるしぃとフィレンクトに勝るとも劣らない物である。
それもその筈。
彼女の【宣戦布告】は長い圧政に苦しんでいた彼らを元気づけるに十分な物であったし、
この祭の中でも語り草になっていた。
幼い子を持つ親達は、意味も分からず彼女の真似をして『チンカス』『粗チン』と連呼する
子供達を苦笑いを浮かべて見ているしか出来なかったと言われている。



88: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:18:41.30 ID:fnLGIBZ20
( ;∀;)『ナ〜イ〜ト〜』

突然背後から圧し掛かられ、青年は『ぐえっ』と潰れたカエルのような声を漏らす。
あと少しで腹に詰めた酒を全て戻すところだった。
流石にこのような無礼講の場でもそれは不味い。
喉まで逆流してきた酒を何とか再び胃に飲みこむと、ツンとした酸味が喉を焼いた。

(;^ω^)『な、何するんですかお、将軍』

( ;∀;)『聞いてくれよ、ナイトウ…』

筋骨隆々たる肉体の上に乗った親しみやすそうな顔。
その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。
彼の記憶では【急先鋒】ジョルジュは笑い上戸であった筈なのだが……

( ;∀;)『あれだよ、あれ』

( ;^ω^)『あれって何ですかお?』

指差す先にいるのは、今もまた新たな【挑戦者】を返り討ちにした赤毛の給士ヒートの姿。
ナイトウ達の視線に気付くと、彼女は見慣れない二つの首飾りを指で摘みあげ叫んだ。

ノハ*゚听)『どうだ、ナイトウ!! いいだろう!! ジョルジュが戦勝祝いに買ってくれたんだ!!
      なんと御姉様と御揃いなんだぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

成る程、確かに彼女の首から下げられた飾り物は、
その頼りないほど細い銀の鎖の先に揺れる石の色を除いて全く同じ物の様である。
一つは彼女の髪の色に合わせたのであろう。見るも鮮やかな紅玉石。
もう一方では桃色の玉が控えめな自己主張と共にそこで揺れていた。



89: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:20:05.29 ID:fnLGIBZ20
だが、しかし。
もしもそれが黒衣の給士ハインの為に用意された物ならば。
そこで揺れている石は夜空に星を散りばめたような輝きの黒曜石でなければならないわけで。

( ;∀;)『ナイトオォォォォォォォォォォ〜』

そして。
【急先鋒】ジョルジュの旗印は白地に桃色の乳首。
彼直属の兵である【薔薇の騎士団】の所属を表す腕章の色も、薄い桃色であるわけで。

( ;^ω^)『いや…将軍、あれを取り返すのは不可能ですお』

( ;∀;)『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん』

ナイトウの言葉にジョルジュは悲痛な泣き声をあげ、壺ごと酒をあおりだした。
自称【燃え叫ぶ猫耳給士】ヒートは、主の義兄であり元の上官であるジョルジュを実の兄のように慕っている。
そして、彼は時折複雑な苦笑いを浮かべながら彼女に接していた。
戦場では大胆な用兵術の反面、細かい気配りの聞く将として知られるジョルジュであるが
一旦私生活に戻ると浮いた噂の一つも聞こえてこない無骨者である。
『キュラソーの全ての乳は俺様の物』と豪語しているくせに、真面目な色恋事になると途端にその大胆さは鳴りを潜めてしまう。

彼は王都に居を構えていた時も妻を娶る事もせず、広い官舎に年老いた庭師と二人で暮らしていた。
その庭師も、戦で家を空ける事の多いジョルジュが『人の住まない家は荒れやすいから』との理由で住まわせているに過ぎない。
もっぱら彼は一兵卒が常用するような酒場で飯を食い、艶町で男を解放してやってから、ただ寝るためだけに家に帰っていた。
金で女は抱けるが真剣な色恋事になると轍を踏むとなると、どこか捻じ曲がった臆病さであると言わざるを得ない。

真剣になるのをどこか恐れている。
真剣な表情を隠す為に道化の仮面を被っている。
とは先代の薔薇の騎士団団長である【白鷲】フィレンクトの言であり、それはおそらく正解なのであろう。
だからこそ、あの首飾りはジョルジュのなけなしの勇気の産物の筈であり、ナイトウは居た堪れない気持ちになった。



92: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:23:11.21 ID:fnLGIBZ20
ノハ*゚听)『おぉっ!! いい飲みっぷりだなジョルジュ!! よし、あたしと勝負だ!!』

言うや人をかき分けやって来たヒートがドッカとジョルジュの前に腰を下ろす。

( ;∀;)『うぅ…俺が勝ったらその首飾りは返しt』

ノハ*゚听)『だが断る』

( ;∀;)『……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん』

だからと言ってジョルジュも勝負を断るような真似はしない。
休む事なしに杯を空けると、それに比例するかのように大人の掌大の酒壺が次々と床に放り出された。
そんな二人の姿に周囲の歓声はエスカレートし、店の給士は酒を満たした壺を持って走り回る。
しかし、ジョルジュの飲む酒はさぞかし涙の味がした事だろう。

現代と違い、室内暖房などたかが知れていた当代の事である。
肌を刺すような気候のギムレットでは、飲酒も身体を暖める一つの手段として認知されていた。
いや。むしろ、大人への通過点である一種の儀式として見られていたふしすらある。

それを証明するかのように、この飲み比べは正式な『作法』が文献に残されている程なのだ。
それによれば、【決闘者】は互いに向かい合って座り右手に碗を。左手に酒壺を持つ。
そして、互いの碗に酒を注ぎこみ同時にそれを飲み干す…と言っただけなのだが、
酒は必ず同じ物を使うと決められていた。

もし、相手が持つ物より度数の高い酒を注いだ場合は『卑怯者』の烙印を押されたし、
相手のそれより度数の弱い酒を注いだ場合は『真剣勝負を見下した愚か者』の誹りを受けた。
その者は一年に渡りどこの酒場でも酒を分けてもらえないと言う罰を受けたと、伝えられている。



94: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:25:37.86 ID:fnLGIBZ20
( ;^ω^)『……それじゃ、僕はそろそろ行きますお』

勝負に熱中している一人の兵士の背中に声をかけ、ナイトウは席を立った。
自分はツンを探さなくてはならないし、これ以上ジョルジュの姿を見ているのはあまりに忍びない。
だが、しかし彼女の居場所に全く見当がつかないのも現実なのだ。
【紅飛燕】しぃは、ツンがこちらの方向に来たと言った。
ありがたいヒントではあるが、それだけでは雲を掴むような話であるのは変わり無い。

と、その時一つの『泥酔死体』がムクリと起き上がった。
下半身丸出しで寝ていた、あの男である。
乱れた頭髪。ずり下がった竹冠。真っ赤に染まった顔。焦点の定まらない目の上には━━━━━。













━━━━━垂れ下がった白い眉。

(*´゚ω゚)『うぇっぷ……おや。ナイトウ君じゃないか』

( ;^ω^)『いや、挨拶はいいからまずは股間を隠せお』



95: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:28:24.97 ID:fnLGIBZ20
ナイトウは走っていた。
日頃の彼の全力疾走から考えると、到底比較の対象にもならない。
それ程の速度である。
ようやく落ち着いた心の臓が抗議の声をあげた。
しかし、やっと【天智星】ショボンから得た王女の居場所の答えである。

行かねばならない。
伝えねばならない。

城門まで辿り着き、城壁沿いに右折するとそこはもう住人を祭りに奪われた住宅地。
人気の無い通りにちらほらと甲冑を着込んだ兵士の姿が見受けられる。
彼らの顔に酒気はなく、それがこの先にいる人物こそ【至高の存在】だとナイトウに教えてくれた。

やがて彼が辿り着いたのは、城壁の陰になって日も当たらない暗い空き地。
遠くから聞こえる祭囃子が、いっそうその寂しさに拍車をかけた。
積もっていた雪は取り除かれ、不規則に盛り上がった土山。
その頂上部分には剣や杭が突き刺され、中の『住人』が誰なのか表札代わりになっている。
凍りついた土の下はさぞかし寒く冷たいのだろう。
そんな彼らを慰めるかのように、辺りには紫がかった香の煙が漂っていた。

そう。ここは……墓所だ。

( ^ω^)『……ツン』

そしてその中に。

ξ゚听)ξ『……ナイトウ』

金髪の少女は一人立っていた。



96: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:30:25.72 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『おっおっおっ。ツン、お尻が泥だらけだお』

何気ない素振りをして近づく。

ξ#゚听)ξ『うるさいわねっ!!』

少女も平素を保ちながら答える。

ξ#゚听)ξ『人間の身体はね、凍った道を歩くようには出来ていないのよ!!
      全く。今日だけで三回も転んだわ』

( ^ω^)『いや、その理屈はおかしいお』

眉を吊り上げ一人勝手に怒り出す少女にナイトウは思わず反論した。
少なくとも彼はここに来るまでに一度も転んだりなどしていないのだから。

( ^ω^)『多分ツンがドジなんだお』

言いながら青年は手にした酒壺を彼女に手渡す。
箸でつまめそうなほど眉間に皺を寄せ、何かを言い返そうとしていた彼女は酒壺を受け取るとすっと表情を無に返した。
くるりと身を返してナイトウに背を向けると、そこにあった土山の前に両膝を合わせて座り込む。
手にした壺を、そっと名も無き墓標に供えた。

ξ゚听)ξ『……たくさんの人が死んだわ』

そしてボソリと呟く。



97: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:32:12.31 ID:fnLGIBZ20
ξ゚听)ξ『……アタシの決定一つで。アタシの掛け声一つでこんなに人が死んだの。
      もし、アタシが何も言わなかったら……誰も死ななかったのかもしれない』

( ^ω^)『でも、もっと多くの人の命が助かったお。
       それに、ツンが何も言わなかったらもっと沢山の人が死んでたかもしれないお』

少女は何も答えない。聡明な彼女にとって、それはとうに理解している事だったのだろう。
おそらくは幾度も自身の中で繰り返された葛藤だったに違いない。
一人も死ななかったかもしれない。
一人も生きられなかったかもしれない。
そんな答えも意味も無い『もしも』の狭間で悩み苦しんできたのだ。

かつて青年には友がいた。
その陰気な友は『全ての恨みを身に受けても島を救う』と言い残して去っていった。
かつて少女は一人の英雄の話を聞いた。
その指導者は『万人から罵られようとも傷ついた同胞を救う』と決意して戦っていると言う。

キュラソー解放を誓ったあの日、少女は選択した筈だった。
自身を待つ者がいるならば。自身の為に傷つき戦う者がいるならば。
己も己の歩むべき道を進もうと。
しかし、今彼女の前に押し並ぶは数知れぬ墓標の群れ。
彼女の歩む背後には無数の死者が地に臥せっているという現実。

ξ )ξ『アタシね。もしかしたらナイトウも死んじゃうんじゃないかな……って思った。
     アタシの言葉一つで皆を殺してしまうのかもしれない。そう思った』

立ち上がり振り向くと答える。
キュラソー解放を誓ったあの日、少女は選択した筈だった。
しかし、何かが足りない。その足りない何かが今少女の心を縛り付けていた。



102: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:36:15.72 ID:fnLGIBZ20
( ^ω^)『……僕は死なないお』

ξ )ξ『そんなの分からないわよ』

( ^ω^)『分かるお。僕が決めたんだお。そして、ツンが命じてくれればそれは絶対になるんだお』

言って青年は手近にあった枯れ枝を拾い上げる。
それをわざわざ腰紐の左脇に挟み込むと、彼女の前に片膝をつく格好で座り込む。
ポカンとする彼女を前に枯れ枝を引き抜くと、それを両手で掲げるようにして頭を下げた。

( ^ω^)『僕…じゃなくて、我は汝が剣。我は汝が盾。我ここに絶対の忠誠を誓う。
       汝、我が半身たる剣を受け取りたまえ。そして命じたまえ』

言い終えてから顔を上げ悪戯っぽく笑うナイトウ。それを見てツンはハッと気付く。
それはアルキュに住む男子なら誰もが憧れる正騎士の誓い。
そして、剣を献じられた者はそれに口づけをし、こう答えるのだ。

『我ここに汝が忠誠を認める。我が剣として生き、我が盾として生涯を終えよ』

と。
しかしナイトウは言った。
自分は死なない。ツンが命じてくれれば絶対になる。

━━━━━ならば。返すべき言葉はそうじゃない。

彼女は震える手で枯れ枝を受け取ると、それにそっと口づけて答えた。

ξ゚听)ξ『……アルキュが王女ツン=デレ。我が名においてここに汝が忠誠を認める。
     我が剣として生き……そして我が友として生きよ。
     何があっても……どんな事があっても生き抜きなさい!!!!!!』



105: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:39:47.12 ID:fnLGIBZ20
ξ゚听)ξ『……』

( ^ω^)『……』

ξ*゚ー゚)ξ『ぷっ』(^ω^* )

あはははははははははははははははははは

どちらとも無く吹き出し、笑い出した。
ナイトウは腹を抱えて。ツンは目に涙を浮かべて。

そこには儀式を見守り祝う観衆も無い。
陽光を受けて輝くステンドグラスも無い。
煌びやかな剣も、古来より継がれてきた儀礼も無い。

二人っきりの。
陰鬱な日陰に並び立つ剣の墓標に囲まれた。
枯れ枝による、全てが無茶苦茶な誓いの儀式。

その景色を滑稽だと笑う者もいよう。
だが、そこには彼らが求める全てがあった。
ツンに必要な物。
それは己の決意を。理想を。折れそうな心を支えてくれる、ただ一人の友。
ナイトウが欲しかった物。
それは護ると決めた、ただ一人の少女の笑顔。

やがて涙を拭き取りながらツンが笑いを押さえ込む。
それを確認してナイトウは口を開いた。

( ^ω^)『ツン』



107: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:41:36.09 ID:fnLGIBZ20






( ^ω^)『君の道を僕が照らす。
       だから…だから君は信じた道をどこまでも駆けて行けお』






111: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:45:54.38 ID:fnLGIBZ20
ξ゚听)ξ『……』

( ;^ω^)『お?』

暫しの静寂。そして、何の前触れも無く少女の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。
そのまま両手で顔を隠して泣き出した少女に、思わず気が動転する。
何しろ周囲に助けてくれそうな者は無く、彼女に涙を流させたのは間違いなく自分なのだ。

( ;^ω^)『ど、どうしたんだお? なんか悪い事したんなら謝るお!?』

静かに首を横に振るばかり。ようやくしゃっくりあげながら顔を上げる。

ξ;凵G)ξ『ナイトウ……貴方はアタシの剣。アタシの光。貴方は何があってもアタシを護り……照らしてくれるのね?』

( ;^ω^)『と、当然だお』

それを聞いた少女はしばらく瞳を閉じていたが、やがてゆっくりとそれを開いた。
そこに浮かんでいるのは強い決意を込めた獅子の如く黄金の輝き。

ξ゚听)ξ『我が騎士ナイトウに命じます!! 一刻の後、全ての民を宮殿前に集めなさい!!
     万事火急が如く!! 律令が如く厳守せよ!!』

言うや、ナイトウの横を通り抜けてズンズンと進んでいく。
全身から燃え上がるは、真の王たる者が持つ黄金の炎。
今までの彼女に欠けていた眩いばかりの光を放つその背に、『これが王か』とナイトウは思わず嘆息する。
だが、それは。

ξ;><)ξ『キャッ!!』

数歩後に彼女が足を滑らせて凍った石造りの道に尻餅をついたため、全て台無しになってしまった。



117: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:49:12.51 ID:fnLGIBZ20
从 ゚∀从『ったく。いきなりなんだってんだ』

治療を終え一休みしてから、祭に新しい茶葉を探しに来たところで宮殿前に呼び戻されたハインがぼやいた。
腕を組み、唇を尖らせている。
そして、その胸元には当然のように黒い給士服に映える桃色の首飾りが揺れていた。

(´・ω・`)『ちょっと呑みすぎたかな。水を被ったのにフラフラするよ』

(‘_L’) 『同じくです。祭とは言え記憶が無くなるまで飲むとは…修行が足りませぬな』

(*゚ー゚)『最悪』

副官の声を聞いてしぃが呟いた。
見ると、硬く握られた拳はフルフルと震えている。

王女ツンによる突然の収集に人々は首を傾げていた。
兵達の多くは彼女が王としての立場に納得していないとまことしやかに囁きあっていたし、
キュラソーの民もそれを聞いて数日遅れの解放を祝う挨拶であろうと言い合っている。
が、何にせよめでたい事には変わりは無い。
袋の中の豆が如くみっしりと宮殿前に集まった人々の中には、
挨拶を終えた後に乾杯でもするのであろう酒樽が所々に置かれていて、キュラソーの民の住人性がそこに現れていた。

そんな中銀髪の青年は笑みを隠せないでいた。
すぐ横に立つヒートに怪訝な目で見られても、それは押し隠せる物ではない。
彼の予想が正しければ……この場にいる者達の全てが良い意味で期待を裏切られる事になる。

そして。
金髪の少女が宮殿のテラスに姿を現した時。
それは現実となった。



119: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:52:19.33 ID:fnLGIBZ20
その瞬間。
宮殿前広場は色を失ったかのように一斉に静寂に包まれた。
王族たるツンは日頃でも高貴な絹服を纏っている。
が、彼らの頭上に現れたのは━━━━━。

孔雀の羽を飾りつけた黄金の兜。
竜鱗を模った鎧は真冬の太陽に燦々と輝き。
手にするはデレ王家による支配の象徴たる禁鞭。
身に纏うは艶やかな黒地に黄金の竜鳳が刺繍された外套。

その姿に三十年前を知る老人達は思わず膝まづいた。
三十年前を知らない者達も、その姿が何を表しているのか瞬時に理解する。

そう。
それこそは戦場における王家の正装。
かつてこの地よりアルキュ統一に立ち上がった一人の男と全く同じ姿をした少女がそこにいた。
背後にやはり宮女の正装に身を包んだミセリを従えたツンは
群集の数を確かめるかのようにゆっくりと右から左へ視線を動かすと、
やがて中央に視線を戻し静かに。だが力強く口を開いた。

ξ゚听)ξ『キュラソーの民全てにアルキュの王たるツン=デレが告げます。
     まずは、我が王家の逆臣たるエクストによる長きに亘る支配。これに耐え生き延びた事。
     真に大義でありました。
     また、長きに亘り苦痛から救い出せなかった事。遺憾に思うと共にここに謝罪します』

この時。
初めて彼女は。確かに彼女は民衆の前で宣言したのだ。

━━━━━自分こそアルキュの王である、と。



121: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 21:56:29.98 ID:fnLGIBZ20
ξ゚听)ξ『ここにいる全ての者が知ってのとおり。我が父の死後、再びこの島は戦乱に包まれています。
     北のラウンジ。南の神聖ピンク。これらの大国は貿易の中間点たるこの島を我が物にせんとし、
     愚かな者達がそれに踊らされている。悲しいかな、それが現状です』

彼女は続ける。

ξ゚听)ξ『アタシには何の力もありません。どうしたらいいのか悩むし、今も頭がゴチャゴチャだし…駄目な王です。
     でも、我が父が挙兵したこの地を解放したのは……きっとこれも全て運命と言うべきでしょう』

そこまで言って彼女は言葉を区切った。
閉じた瞳の奥に思うは、
全てを捨ててまでこの島の為に立ち上がった一人の男。
人道を外れてまで己の同胞の為に戦い続ける一人の女。
そして━━━━━押し並ぶ剣の墓標。

怖かった。恐ろしかった。
全身が氷のように冷たい。震えが止まらない。この先を言えば後戻りは出来ない。
しかし、全ての民は続く言葉を待っている。

やがて、黄金の少女は恐る恐る静かに瞳を開いた。
その先に見つけたのは━━━━━彼女を護り照らすと誓った銀髪の青年の笑顔。
何を怖がってるんだろう。
ナイトウがいてくれれば……アタシに怖い物なんて一つも無いんだからっ!!
自嘲気味にふっと笑うと、真の王は声高に宣言した。

ξ゚听)ξ『今ここに!! 我が名において誓います!! 統一の旗を再びこの地に!!
      麻の如く乱れたこの地を一つにし……今度こそアルキュに永遠の平和を!!!!!』

その声を終えると同時に広場は地の果てまで届くような大歓声に包まれる。
ナイトウ。アタシやったよ…。少女が見つめる先では銀髪の青年がにこやかに微笑んでいた。



125: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:02:35.34 ID:fnLGIBZ20
それからの日々は火事場のように慌ただしかった。
なにせ、この地はエクストと言う一人の男によって政が為されていたのである。
それを【政】と呼んでもいいかは別問題として、この地を拠点に新たな政を行なうとしてはやるべき事は山のようにあった。

まず為されたのはキュラソーと言う土地の改名だった。
【悲しみの地】としての異名を持つこの地は新たな旅立ちに相応しくないと街の長老達が進言してきた為である。

壁|∀゚)『【おっぱい城】なんてどうだ?』

壁|∀从『なんだよ、センスねーな。ここは【ブーム君城】で決まりだろ』

壁|ー゚)リ『いえ、ここは【姫と愉快な下僕達の城】でよろしいのでは?』

など、真剣実の欠片も感じられない匿名の声を全て粉砕して決定したのは

(´・ω・`)『遥か北の古い言葉で【集い選ばれし者】って意味なんだ』

とショボンが提案した【ヴィップ】と言う名であった。

後述するように権力が一点集中した【統一王】とは異なり、
新たな王は立法・行政・司法の三機関を全て分別する事を強く主張した。
彼女の父は全ての実権を一人で握っており、その為彼の死後全ての権力は評議会。ひいては評議長ニダーに集中してしまった。
元々、司法権は元帥である【常勝将】シャキンが握っていたのだが、
南部【海の民】による反乱鎮圧の為に彼が都を離れているので、それも評議長が兼任している。

ξ゚听)ξ『権力の一点集中は崩れた時酷く脆いわ。それが今のこの島の原因の一つだと思うの』

とは、正史にしっかりと残る彼女の言である。
政治システムの大掛かりな改善と、当座とは言え首都の名称変更。
これらの事もあって、この新たな王朝を【統一王】による物とは全く異なる物と分類する歴史家も多い。



129: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:07:27.20 ID:fnLGIBZ20
次に行なわれたのは、司法・行政・司法三部門の最高責任者の任命である。

立法機関である中書省の長官である中書令には【天智星】ショボンが。
実務行政を司る尚書省の長官である尚書令には【白鷲】フィレンクトが着任した。

ノパ听)『まぁ、御主人は机に向かって考え事してれば人に迷惑かけないからな』

とは、彼の為に随分と被害を受けてきたヒートの言葉であり、
それを聞いた一同はこの適材適所にひどく感銘を覚えた物である。

【天駆ける給士】ハインは中書門下(副官)としてショボンを補佐する。
島中の情報を集めるのも彼女の役目だ。
ミセリは尚書門下として、フィレンクトを補佐しながら主に食糧問題を担当する事になった。
彼女の勤勉さを影で買っていた老将はおおいに喜んだが、
密かに彼女の裏の顔を知るツンはこの人事を発表する際『ごめんなさい』から伝えたと言う。

ミセ#゚ー゚)リ『オィオィ、ナイトーさんよぉ。口が軽い男は嫌われるぜ』

( ;^ω^)『お?』

後刻、この話を人から聞いたミセリによって全く無実のナイトウが実害を被ったのはまた別の話だ。

【急先鋒】ジョルジュは万騎将に昇格し、軍部の最高責任者に着任。
今だ新しいこの国では千を越える騎兵を指揮した経験がある者は限られており
その一人であるフィレンクトは尚書省長官な訳だから、これは至極当然の人選と言えよう。
だが。

(‘_L’) 『軍部は司法機関である司書省も兼ねます。精進なさい』

今後、書類の山に囲まれると知ってジョルジュは早くも頭を抱え込むのであった。



130: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:09:16.01 ID:fnLGIBZ20
続いて軍部の構成である。

【薔薇の騎士団】は司書令ジョルジュ直属の兵として。
【黄天弓兵団】は中書令ショボンの直属の兵として。
新たに防衛戦に長けた部隊として設立された【青雲騎士団】が尚書令フィレンクト直属の部隊となった。
【青雲騎士団】はその多くが役目を終えて解散した【キュラソー解放戦線】の戦士達である。
教本ではこの3つの部隊を『赤・青・黄』と憶える様指摘している物も多いから、ご存知の方も多いだろう。

騎兵部隊の責任者は司書門下であり千騎将の【紅飛燕】しぃ。
歩兵部隊の責任者は同じく司書門下であり千人将の【赤髪鬼】ヒート。
それぞれ、第一〜第三まで軍を分け訓練・指揮にあたる。
城内や領土内の警邏の任に着くのも彼女らの役目だった。

兵糧の管理には尚書門下であるミセリが兼任する。

また、ショボン・フィレンクトは千騎将の。
ミセリとハインは千人将の位を与えられた。

そして。

( ;^ω^)『おっ、おっ、おっ』








将になるべくを約束されていた筈の銀髪の青年ナイトウはどの官職にもつく事は無かった。



132: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:13:19.59 ID:fnLGIBZ20
( ;^ω^)『一体…何だって言うんだお』

数日後の夜。
ナイトウは【天智星】ショボンに呼び出され、宮殿地下牢へ続く階段を下っていた。
元々彼は官職などに興味は無い。
ただ、ツンを護れればそれで良いと思っている。
しかし、伍長の位すら与えられないのであっては今までの訓練も全く意味が無い物であった事になるわけなのだし
何より納得できないのは、至高の存在たるツン直属の兵がいない事である。
一言くらい文句も言ってやろうかと思っていたところでの呼び出しであった。

エクストによる支配時代、凄惨な拷問が行なわれていたと言う地下牢の空気はじっとりと湿って冷たい。
暗い階段を照らしているのは手にしたランタンの灯りのみで、
それはあまりにも心細かったが壁を濡らす水滴の正体が罪も無く殺された人々の血かも知れないと思うと
手を触れる気持ちにもなれず、一段一段確かめるように降りていく他は無かった。

やがて辿り着いたのは、看守室と思しき小さな一室である。
彼が潜ってきた扉の反対側に、所々を鉄で補強した頑丈そうな樫の扉が付いていて
今は解放されているとは言え、その暗闇の奥が監獄であると聞かなくても教えてくれた。

そう言えば、ツンも王都にいた時は幽閉されていたと聞いている。
そこももしかしたらこのような場所だったのだろうか?

そんな事を考える彼の目に、机の上無造作に置かれた『ある物』が飛び込んできた。

( ;^ω^)『何だお、これ』

??( ;^ω^)つ( ゚ ゚)

それは白塗りの仮面である。
何の紋様も無い、ただ目元に穴を開けただけの仮面がぽつねんと置かれていた。



134: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:17:08.95 ID:fnLGIBZ20
その時である。

???『我は…猟犬なり』

( ;^ω^)『!!』

暗がりの奥から何者かの声が響いた。
咄嗟に身構えるナイトウであったが、やがて浮かび上がってくるその姿格好。
暗闇で映える白眉を見れば、その正体は一目瞭然である。

( ;^ω^)『ショ、ショボンさん!! 脅かさないでほしいですお』

しかし、ショボンは答えない。
まるで吟ずるかのような抑揚で、悲しい詩を謳い続ける。

(´・ω・`)『…引き千切る爪 貫き穿つ牙なり。
       我が命は我が物に非ず 我が魂は我が物に非ず。
       我ら 群れを成すとも一人。
       届かずを知るも ただ月に吼える。
       残すべき名も無きは 人ざるを捨てた身であるが故。
       我が身かえり見ざるは 誇るべき毛皮も持たざるが故。       
       ならば今 猟犬として我が死を望まんとす』

詠み終えると同時に、ショボンは暗闇から染み出でるように姿を見せた。
そして、

(´・ω・`)『やぁ、ナイトウ君。こんな夜分に呼び出してすまない。
       驚かせてしまって。いや、まずは官職の件から詫びるべきだろうね』

普段と変わらぬ調子で語り出す姿に、すっかりナイトウは毒気を抜かれてしまった。



137: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:19:51.23 ID:fnLGIBZ20
側にある木製の椅子にショボンは腰を下ろす。
湿気で痛んだ椅子がギシリと不気味に鳴った。

( ;^ω^)『あ、いや…別にいいですお。それより、今の詩……じゃなくてこの仮面はなんだお?』

ショボンはスッと暗闇に手を差し入れる。
その手が戻ってきた時、そこには茶の注がれた白磁の碗が握られていた。
そうとなれば、闇の中に彼女がいるのは間違いないだろう。

(´・ω・`)『それは統一王が英雄クリテロが着けていたのと同じ【白面】だよ。
      僕が吟じたのは、彼とその仲間である【白衣白面】が戦に望む際に謳ったと言う【突撃の詩】さ』

( ;^ω^)『は、はぁ…』

言ってショボンは茶を啜る。
ほぅ、と満足げに吐く息が白い。

(´・ω・`)『【白衣白面】は死を怖れなかった。
      【白衣白面】は民族の隔てが無い部隊だった。
      それは何故か分かるかい?
      彼らは憎んでいたんだよ。戦争を。歴史を。そして……己自身さえも』

淡々と語るその声からは、この男が何を考えているか分からない。
が。
胸元から小瓶を取り出し、机に置きながらショボンは言った。
それはかつてツンが自害を図った時のあの小瓶。

(´・ω・`)『これは相談……って言うか。僕からのお願い…いや、命令なんだけどね、ナイトウ君』



139: ◆COOK.INu.. :2008/01/18(金) 22:21:37.76 ID:fnLGIBZ20
(´・ω・`)『君に死んで欲しいんだ』

( ;^ω^)『は?』












正史に曰く。

王女ツン=デレの宣言から数日後。

銀髪の青年ナイトウはキュラソー解放戦で負った傷から高熱を発症。

看護する間も無く息を引き取った。

その遺体は衆人の見守る下、棺に納められ墓所に葬られたと言う。

墓標には彼の愛剣が突き立てられ、真の王たるツン=デレは数日に渡って墓の前で泣き続けた。

この記述を最後に。

『ナイトウ』の名は正史に一度として登場しない。



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