( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

3: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:04:10.85 ID:jh/Is8O50


     登場人物一覧


・アルキュ正統王国
 首都は【獅子の都】ヴィップ。王位正統継承者ツン=デレがリーマンから離れる形で建国。
 国旗は黒地に黄金色の獅子。


ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン
      武器=禁鞭 階級=アルキュ王
      現在地=ギムレット 状況=北の地で自国内乱に手を焼いている。
      特徴=金髪の少女。感情がすぐに眉に表れる。
         旗印は国旗と同じく黒地に黄金獅子。

ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=無し 民=リーマン
      武器=無し 階級=尚書門下(行政次官)・千歩将 ツンの付き人
      現在地=ギムレット 状況=ツンに従って戦場へ
      特徴=医学・栄養学などに精通。髪飾りを集めるのが趣味らしい。

( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン
     武器=大鎌 階級=司書令(司法長官)・万騎将・薔薇の騎士団団長
     現在地=ギムレット 状況=北の内乱、緒戦において戦死?
     特徴=熊を思わせる大男。愛用の抱き枕が無いと眠れない。
        旗印は白地に桃色の乳首



7: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:06:38.58 ID:jh/Is8O50
(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン
      武器=鉄弓(轟天) 階級=中書令(立法長官)・千騎将・黄天弓兵団団長
      現在地=ギムレット 状況=ツンに従って戦場へ
      特徴=白眉の青年。ジョルジュとは義兄弟。戦略の天才にして馬鹿。
         旗印は白地に太陽を背にした弓兵

从 ゚∀从 名=ハイン(ハインリッヒ) 異名=天駆ける給士(闇に輝く射手・心無き暗殺人形) 民=???
     武器=仕込み箒・飛刀 階級=中書門下(立法次官)・千歩将
     現在地=ギムレット 状況=ショボンに従う
     特徴=黒髪が美しい黒衣の給士。料理以外の仕事は完璧
        趣味は茶器収集と茶を淹れる事。

ノパ听) 名=ヒート 異名=燃え叫ぶ猫耳給士(自称)・赤髪鬼 民=リーマン
     武器=鉄弓・格闘 階級=司書門下(司法次官)・千歩将
     現在地=ギムレット 状況=ショボンに従う
     特徴=癖が強い赤髪を持つ赤い給士。料理だけなら完璧。
        趣味は御姉様のストーキング。
        旗印は白地に燃え上がる炎

(*゚ー゚) 名=しぃ 異名=紅飛燕(三華仙【花】) 民=リーマン
     武器=細身の剣と外套 階級=司書門下(司法次官)・千騎将
     現在地=ギムレット 状況=ギムレット南のアマレット砦に駐在中
     特徴=灰色の髪と神秘的な瞳を持つ、無口な少女。騎兵運用の才に長ける。
        旗印は青地に赤い燕

(‘_L’)  名=フィレンクト 異名=白鷲(七英雄) 民=リーマン
      武器=長剣・鉄棍 階級=尚書令(行政長官)・千騎将・青雲騎士団団長
      現在地=ギムレット 状況=進行してきたメンヘル軍を撃退し、アマレットに戻る
      特徴=隻腕の老将。白髪を丁寧に後頭部に流している。ジョルジュとヒートの師にあたる存在。
         旗印は青地に白い鷲



9: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:09:44.23 ID:jh/Is8O50
白衣白面
 【天智星】ショボンが過去の伝説を再現させた、最強の強襲部隊。
 その強さの秘密は、全ての隊員が命を捨てる事を惜しまぬ事にあり、
 【突撃】と呼ばれる捨て身の特攻を得意とする。
 総勢300の白衣白面を率いるのは【王家の猟犬】を名乗るブーン(旧ナイトウ)であり、
 その柔らかな性格が白面の戦士をまとめあげていると言っても過言ではない。
 その意味では【白衣白面】とはヴィップから完全に独立した私兵集団である。

( ^ω^) 名=ブーン(旧名ナイトウ) 異名=王家の猟犬 民=??? 
       武器=拐(刃の映えたトンファー) 階級=白衣白面隊長
       現在地=白面の村 状況=ショボンの命を受け、ニイトにて陽動作戦に動いている
       特徴=銀髪の青年。過去の記憶を持たず、ただ生きる為だけに戦争に参加していた。
          死んだと思われていたが生存。陰でツンを支える。
          天性の瞬歩使いであり、瞬間的爆発力ではハインをすら上回る。
          かつて名乗っていた『ナイトウ』の名は、首から下げた銀色の鈴に掘り込まれていた文字から
          彼が創作した物である。

(,,^Д^) 名=プギャー(旧名タカラ) 異名=鉄牛 民=モテナイ
     武器=拐 階級=白衣白面副長
     現在地=白面の村 状況=ブーンに従う
     特徴=常に自嘲するかのような笑みを浮かべた筋骨隆々たる大男。
        貴族の陰謀により愛する妻子を失った過去があり、
        家族を守れなかったと言う罪の意識が彼を戦場へ駆り立てる。



11: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:11:40.66 ID:jh/Is8O50
モテナイ王国
 【狂戦士】ダイオードが永年の雌伏の末、リーマンから独立する形で建国。
 その中心はかつてヒロユキに滅ぼされかけたモテナイ族である。
 【戦士の街】ネグローニを首都とするこの国は、小さいながらも強力な軍事国家だ。
 国旗は赤地に黒犬。

/ ゚、。 / 名=ダイオード 異名=狂戦士 串刺し公 黒犬王 民=???
      武器=二本の短槍 階級=モテナイ王
      現在地=ネグローニ 状況=自国内政に励む。メンヘルとの同盟も
      特徴=仮面で顔を隠し、厚いフードを被った戦士。
         愚者との噂が絶えなかったが、現在は全領民の信頼を受ける賢王。
         旗印は赤地に黒犬。

(=゚ω゚)ノ 名=イヨゥ 異名=繚乱 民=モテナイ
     武器=斧槍 階級=黒色槍騎兵団長
     現在地=ネグローニ 状況=ダイオードに従う
     特徴=頬に傷を持つ小柄な戦士。長すぎる外套を常に引きずっている。
        政治家としての一面もあり、長きに亘ってネグローニを支えてきた。
        旗印は黒地に舞い散る桜の花びら

川l.゚ ー゚ノ! 名=ナナ 異名=??? 民=モテナイ
      特徴=イヨゥの妹。春風を思わせる笑顔を持つ。
         少女らしくさっぱりと切り揃えられた黒髪は兄譲り。
         争いを嫌う優しい女の子。



12: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:13:13.56 ID:jh/Is8O50
(.≠ω=) 名=ロシェ 異名=一枝花 民=モテナイ
       武器=??? 階級=軍師・赤枝の騎士団長
       現在地=ネグローニ 状況=???
       特徴=ボサボサの長髪を気にもしない女軍師。常に気だるそうにしている。
          流浪の戦術家として知られ、ダイオードによって召喚される。
          旗印は黒地に赤い柊の枝

( ´ー`) 名=シラネーヨ 異名=??? 民=???
     武器=??? 階級=領主補佐
     現在地=ネグローニ 状況=???
     特徴=弛んだ二重顎の文官。自称知識人。

??? 第三の男。
    ダイオードに仕える影の存在。
    全てが謎とされているが……
    
('A`) 名=ドクオ 異名=??? 民=モテナイ
    武器=短槍 飛礫 階級=???
    現在地=??? 状況=???
    特徴=寡黙な戦士。友人ナイトウを裏切り袂を分かつ。
       現在ネグローニに潜伏中?



14: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:14:43.29 ID:jh/Is8O50
メンヘル族
 島の南西部・モスコー地区を居住区とする信仰深い民族。
 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
 唯一神マタヨシを崇め、直接的争いを嫌い、智を深める事を好む。

(*゚∀゚) 名=ツー 異名=不敗の魔術師 民=メンヘル
     武器=三本の山刀(かみつき丸・つらぬき丸・なぐり丸) 階級=メンヘル十二神将・第二位
     現在地=ギムレット 状況=ギムレットで起こったクーデターに参戦するも敗北
     特徴=踊り子のような衣服に身を包んだ女戦士。
        真正面から心中を読み取る心理戦を得意とし、分析力に優れる。
        戦士としても一流であるのだが、残念な事に思考は腐りきっている。
        左耳の上で縛り上げたサイドポニーと褐色に焼けた肌がトレードマーク。
        旗印は桃地に白百合

lw´‐ _‐ノv  名=シュー 異名=光明の巫女 民=メンヘル
        武器=??? 階級=メンヘル十二神将・第三位
        現在地=ギムレット 状況=ギムレットで起こったクーデターに参戦するも敗北
        特徴=東方の神子装束に身を包んだ巫女。膝丈まで伸ばした黒髪を赤いリボンで縛っている。
           フッサールの弟子であり、ツーの義妹。
           『腹が膨れてさえいれば争いなんか起こらない』が持論であり、
           食料関係全般を任されている。

( ・へ・)名=ジタン 異名=打虎将 民=メンヘル
      武器=鎚鉾(メイス) 階級=メンヘル十二神将・第六位
      現在地=ギムレット 状況=ギムレットで起こったクーデターに参戦するも敗北
      特徴=虎を素手で殴り殺した猛将。
         外套は身に着けず、当時打ち殺した虎の毛皮を腰に巻きつけている。
         短気で喧嘩っ早いが、平地での短期集中決戦では抜群の強さを発揮する。
         フッサールを政敵として憎んでいる。



16: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:17:10.92 ID:jh/Is8O50
MAP〜来年から本気出す編〜

             Aヴィップ(旧ギムレット高地)
@キール山脈     
                         Bニイト王国(旧ニイト自治区)

=====大地の割れ目==========     
                               Cモテナイ王国(旧ネグローニ地区)
         Eバーボン地区

              Fローハイド草原      Dデメララ地区

Gモスコー地区
   
                 Hシーブリーズ地区

※島の高度は、@→A→B→C…と番号が大きくなるにつれて低くなる。
また、南から西南に抜ける風の影響でGHは北部とは比較にならないほど気温が高くなっている。
大地の割れ目を流れるのはマティーニ河。
そこから枝分かれしてEとFの境目を流れるのがバーボン河。
バーボン河は更にGとHの境を抜けて海に出る。

@…どこにも支配されていない。
A…【金獅子王】ツン=デレによる正統王朝本拠地。
B…【無限陣】クーを王とする新政府。経済力を武器とする。
C…【黒犬王】ダイオードがリーマンから独立する形で建国。
DE…リーマン支配下。現在バーボンの領主代理を務めているのは【鉄壁】ヒッキー。
F…中立帯だが、リーマンの力が強い。
G…メンヘル支配下
H…中立帯だが、この地区を占拠する【海の民】とメンヘルが同盟関係にあり、メンヘルの力が強い。



18: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:18:42.42 ID:jh/Is8O50


     第19章 九竜の剣士


(‘_L’) 『…誤報と言う訳ですか』

結局その日は、日が暮れるまで情報の真偽を探るだけで終わってしまった。
実務室に置かれた専用の座。
その背もたれに深く寄りかかり、老将は肺の中の空気全てを吐き出すような溜息をつく。
情報とは言うまでも無く、【急先鋒】ジョルジュ戦死の知らせである。

(兵;゚Д゚)『……』

今、彼の目の前では最初に『ジョルジュ戦死』の報を告げた兵士が全身を脂汗で濡らして立ちつくしている。
緊張のあまり足に力が入らぬのか、まるで振り子のようにユラユラと揺れていた。
惑兵。
つまり、誤情報を味方に流し軍を混乱させる者は100の杖刑と定められている。
そして、フィレンクトの怪力で杖を打たれよう物なら20を数えずして骨を砕かれ死亡するだろう。
言うなればこの兵士は今、首にロープをかけて絞首台に立っているも同じなのである。

厳格をもって知られるフィレンクトも人の子だ。
部下を好んで処罰する事など到底出来ぬ。
それが頬に赤みを残した若い兵士ともあれば尚更であろう。
が、かと言って処分せねば軍規に泥を塗る事になる。

(兵−Д−)『……』

それが分かっているのだろう。
その若い兵士は覚悟を決めたかのように瞳を閉じる。



19: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:23:33.65 ID:jh/Is8O50
(兵;゚Д゚)『え?』

(‘_L’) 『聞こえませんでしたか? ならばもう一度告げます。
      下級歩兵ヘイホー。誤った情報を伝え我が軍を混乱させた罪は許される物ではありません。
      よって貴方…いや、貴方達には肥室の清掃を命じます』

(兵;゚Д゚)『は、はぁ』

肥室とは、厠に置かれた糞便壺を仕舞いこむ専用の離れの事である。
糞便は醗酵させた後、肥料として田畑に撒かれるのだが、それを一時的とは言え安置する場所が必要となる。
そこの清掃は誰もが好まない仕事とは言え、死罪と比べれば遥かに軽い処分と言えた。

(‘_L’) 『聞こえませんでしたか?』

(兵゚Д゚)『い、いえっ!!』

(‘_L’) 『ならば即刻作業に取り掛かりなさい!!』

そう一喝すると、その兵士は雷にでも撃たれたかのように実務室を飛び出した。
それを確認してから再び背もたれに深く寄りかかり、天井を仰いで深く息を吐き出す。

(*゚ー゚)『フィル』

(‘_L’) 『? あぁ、しぃ。居たのでしたね』

と、彼の背後から声がかかり老将は座を回転させて振り返る。
そこでは物言いたげな女騎士が彼を見つめていた。



22: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:28:23.38 ID:jh/Is8O50
(;*゚ー゚)『〜〜〜』

もごもごと口を動かす。
言いたい事、問わねばならぬ事があるのは分かっていても言葉が見つからないのだろう。
彼の愛弟子であるジョルジュやヒート。そしてしぃ、とどうもフィレンクトの周辺にはどこか不器用な人間が多い。
いや、もしかしたら人は全て不器用な生き物なのではないだろうか。
器用に生きているように見える者でも、それ自体が不器用さを隠す仮面である可能性は否定しきれまい。

(;*゚ー゚)『〜☆◆〜○$〜〜%#〜&!!!』

今にも頭から煙を噴出させそうな彼女を見てフィレンクトは優しく微笑む。
不器用なのは自分も同じだ。
成人したにも拘らず幼名を名乗る彼女は、以前ならただじっとこちらを見つめてくるだけであっただろう。
が、今では少しでも自らの意思で考えを伝えようと努力していて。

(‘_L’) 『……』

強くなったのは黄金の獅子だけではない。空を舞う燕も本当の意味で強くなったのを感じる。
それがフィレンクトには堪らなく嬉しかった。

(#*゚ー゚)『フィルッ!!』

ここでしぃが癇癪を起こす。
まぁ、ここいらが限界であろう。そう思い、フィレンクトは口を開いた。

(‘_L’) 『よいですか、しぃ。何事も規定通りに済ませればよいというわけではありません。
      確かにヘイホーは軍規に従えば杖刑にするべきなのですが…物事には全て例外と言う物が存在するのです』

(*゚ー゚)『…?』



24: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:33:45.57 ID:jh/Is8O50
(‘_L’) 『まず。あまりにも情報がバラけすぎています』

(*゚ー゚)『?』

ジョルジュ戦死の報を受けてからフィレンクトが情報収集に走った結果。
あまりにも多くの誤報が飛び込んでくるのに彼は辟易した。
実は無傷である。
彼だけでなく複数の将官が戦死した。
いや、戦死したのは【金獅子王】ツン=デレである。等、様々な報告が伝えられたのである。

そして、ヘイホーの報告はその中でも最も真実に近い物であった。
つまり真相は『【急先鋒】ジョルジュは一騎討ちに敗れ誰が見ても死亡したかと思うような深手を負った。
その彼が一命を取り留めたのは、【天翔ける給士】ハインの活躍あってこそである』という物であったのだ。

(‘_L’) 『おそらくは我が軍を混乱させる為に故意に撒かれた誤情報。
      今回はたまたま運悪くヘイホーが巻き込まれましたが、それが無くとも何らかの形で私の耳に入った事でしょう。
      ならば我々がそれに付き合い、貴重な人命を失う必要はありません。ただ、己が為すべきを淡々とすべきなのです』

甘すぎる判断である事は彼自身分かっている。
が、この時誤情報に踊らされたのは、ヘイホーと言う名の若い兵士一人ではない。
経験の少ない兵士ほど混乱し、慌てふためいてしまった。
ならば。これを期に次なる失敗を重ねぬ糧としてくれれば良い。
命さえあれば、今回の経験がが後の戦力拡大に必ず繋がる時が来よう。そう思っての結論である。
分かりましたか? そう訊ねるフィレンクトに、しかし灰色の髪の騎士はフルフルと首を横に振り。

(*゚ー゚)『でも、フィルが凄く良いヤツで良かった』

そんな事を言い出すので、老将は思わず驚愕した。
彼女が彼を褒めると言う事自体は勿論の事。
このような長台詞を吐く事自体がかつて無かったからである。



25: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:37:04.65 ID:jh/Is8O50
(‘_L’) 『…そして。もう一つ、大切な情報が入手できました』

(*゚ー゚)『……』

一瞬、一瞬であるがポカンと口を開けてしまったフィレンクトであるが、再び眉間に皺を寄せて口を開いた。
それを見てしぃもまた表情を固める。

(‘_L’) 『分かりますね?』

(*゚ー゚)『……』

今度こそ、しぃはコクンと首を縦に振る。
【急先鋒】ジョルジュ。
愛用の大鎌を欠くとは言えヴィップ軍指折りの猛将である彼を討ち破った男。
伝えられる全ての情報で、その姿成は一致していた。

すなわち、身の丈を越える黒身の長刀を持ち。
ボロボロに擦り切れた戦外套を左半身を片肌脱ぎにして。
その顕わになった半身に九頭の龍を彫りこんだ流浪の剣士。

【紅飛燕】しぃや【無限陣】クーと同様、三華仙の一人。

(*゚ー゚)『……九紋竜』

(‘_L’) 『そう。【九紋竜】ギコです』

頷いてフィレンクトは苦々しげに奥歯を噛みしめた。



26: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:41:23.97 ID:jh/Is8O50
【九紋竜】のギコ。
【三華仙】雪月花のうち【月】を司る彼は、当時謎多き者として知られていた。
まず、『キュラソー解放』と言う理念を持っていたしぃや、表面上とは言え『ニイト解放』を謳っていたクーと違って
彼は特定の陣営に身を置く事を是としない。
その行動理念は『仁義』であり、嵐の夜に軒先を貸し与えただけの人売りに加勢していた時すらある。
もっとも、その人売りどもはギコが『恩義に報い終えた』と判断した直後、壊滅させられているのだが。

(‘_L’) 『ギコが本当に反乱軍に手を貸しているとすれば…これは厄介ですね』

言いながら不愉快そうに人差し指で机をトントンと叩いた。
そんなギコであるから、肩を並べて戦った日もあれば剣を交えた日もある。
そして、ジョルジュを斬って捨てた腕から見ても、彼の剣士の実力はフィレンクトとほぼ互角。
それも【砂漠の魔女】と違い、小手先の技術に頼らずして【七英雄】フィレンクトと互角であった。

己が武のみを頼りに道を貫き生きる孤高の剣士。
その生き様に貧窮する北の民は憧れと希望を覚えた。
故に、九竜の剣士は人々の敬意の対象。【三華仙】に名を連ねるようになったのである。

(‘_L’) 『しぃ。私はアマレットを動く事が出来ません』

もし、ギコの参戦がメンヘルの策略によるものだとしたら。
北伐軍は大打撃を受けているとは言え、そこにはまだ【不敗の魔術師】ツーが控えているのである。
どのような奇策でアマレットを狙ってくるやも知れず、
また、アマレットを失えばメンヘルにギムレット侵攻の足がかりを与えてしまう。
そう考えればアマレットを空ける訳にはいかなかった。

しかし、その言葉だけで二人の間は十分だった。
しぃは踵を返すと、実務室を後にする。
命こそ助かったとは言え、ジョルジュも暫くは安息を必要とするであろう。
ならば、流浪の剣士をかつて知る女騎士の助けは、王軍にとって必要不可欠となる筈だった。



27: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:44:33.53 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

( ・へ・)『メンヘルまで退却!? 馬鹿を言うな!! ここは追撃あるのみだ!!』

lw´‐ _‐ノv 『…………はぁ?』

アマレット砦南方。
島の南北を分ける【大地の裂け目】に架かる大橋。
その北岸側にメンヘル軍は陣を構えていた。
以前に偽エドワードの訪問を受け、隊を分けたのと全く同じ場所であり、
日数的な意味では双六で言う所の『10マス戻る』程度の被害しかでていない。

が。
物質的損害と言う意味で見ると、メンヘル軍は莫大な損失を受けてしまっていた。
【不敗の魔術師】ツーの機転によって全滅だけは免れたものの、
キール方面に進行した1500の兵は200が戦死。それに数倍する兵が負傷したのである。
そして何よりも、生き残った兵士達の間に厭戦ムードが漂い始めている。
ツー本人も戦いを続けるつもりは無く、陣を張っているのも
長期輸送に耐えられぬ怪我人の回復と、本隊とはぐれ未だ帰還しない兵士の為であった。

多くの者が命を失い、更に多くの者が負傷した。
本来得る物が少ない戦いで。これ以上は全く得る物が無いとすら言える。

(#・へ・)『だからこそだっ!!』

それでも虎殺しの猛将は主張した。

(#・へ・)『アマレット軍は砦を出たのだろう!!
       ならば、その背面を突き殲滅すべきだ!! それでこそ英霊の魂は慰められるのではないか!!』



30: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:49:24.46 ID:jh/Is8O50
lw´‐ _‐ノv 『…………はぁ』

思わず全く同じ言葉を二度続けてしまったが、そこに含まれる意味合いは全く異なっていた。
死んだ兵の復讐を名目にしてはいるが、本心はそうではあるまい。
狙うは【白鷲】フィレンクトとの再戦。そして、その首。

(#・へ・)『確かに一度は敗れた!! しかし、それは奇襲によってのものだ!!
       平地決戦なら俺は誰にも負けん!!』

とどのつまりは、敵軍の策に嵌りむざむざとツーに手柄を奪われたのが悔しいのだ。
確かに『時間限定』と言う条件下であればジタンはメンヘルでも有数の猛将だ。
が、それも兵の状態が万全であってこそ。
ほうほうの体で逃げ帰ってきたばかりの者達を率いてフィレンクトに勝てるとは到底思えず。

(#・へ・)『ええい!! 貴様に言っても埒があかん!! ツーはどうした!!』

ついにはこの場にいない魔術師にまで当たり始めた。
今、この男に北伐軍総兵権は無い。
キール山道を撤退する際、気を失っている間に『緊急事態だから』とツーに奪われてしまったのだ。
それもまたジタンの気を荒げている一因にもなっているのだろう。

lw´‐ _‐ノv 。oO(……でも、まぁ。落ち込まれるよりはマシか)

ただ一度の敗戦で『らしさ』を見失われるより、遥かに良い。

lw´‐ _‐ノv 。oO(暑いお茶と干し餅が欲しいなぁ)

そう思い込む事を決めた巫女は、この場を収める事が出来る唯一の人物が現れるまで
現実から逃避する事に決めたのだった。



31: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:52:26.73 ID:jh/Is8O50
(*゚∀゚)ノシ『にょろ〜ん』

lw´‐ _‐ノv 『……遅すぎるよ』

結局ツーが軍議用の幕舎に姿を見せたのは月が高く昇ってから。
つまり、しぃが騎兵と共にアマレットを出立してからの事だった。
精神を肉体から遊離させていたとは言え、ほぼ半日に亘ってジタンの愚痴に付き合わされた
シューこそ哀れというべきかもしれない。

(#・へ・)『貴様!! こんな時間まで何処をほっつき歩いていた!!』

(*゚∀゚)『ん〜? 治療さね。あとちょっと調べ事かなっ!?』

lw´‐ _‐ノv 『治療?』

見ればその褐色の肌にはいたる所に白い包帯が巻きつけられている。
キールでの一騎討ちの際、フィレンクトの鉄棍がかすめた痕だ。
直撃こそ受けなかった物の、荒れ狂う荒鷲の翼はその羽風だけで彼女の柔肌を痛めつけていた。

そもそもの地力が違うのである。
戦闘スタイルの相性こそ良い物の、実際ツーの実力はフィレンクトどころかジタンやジョルジュにも及ばない。
ただ、それを自身でも良く理解しているからこそ自らのアドバンテージを生かした戦いが出来る。
更に言えば、『勝利する為』に戦う者と『負けないように』『生き延びられるように』戦う者の違いもあった。
前者と比べ、後者には当然広い選択肢が与えられる。
それに徹底できる事がツーと言う戦士の強さであり、
それ故に『無敵』でも『最強』でもなく『不敗』を名乗っているのである。



33: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:56:02.40 ID:jh/Is8O50
(#・へ・)『で。魔術師殿は貴重な時間を使って何を調べていた、と言うのだ』

腕を組み座の背もたれに全体重を預けるようにしながら、苛々を隠そうともせずに言う。

(*゚∀゚)『あ、うん。ちょっと2つばかりね』

言いながらツーはわざわざ座を180度回転させ、背もたれを跨ぐ様にして腰を下ろした。
拍子で薄い腰布に隠された内腿がちら、と見えて猛将は更にこめかみに青筋を浮かび上がらせる。

(#・へ・)『……』

これが嫌なのだ。
政敵フッサールの娘とは言え、彼は酷く彼女を敵視する理由はない。
父娘とは言え━━━━━父娘ゆえ、というべきだろうか━━━━━
どうにもツーはフッサールから一歩離れた位置に身を置いている風にも見える。
言わば中立派、独自派と呼んでも過言でない存在だ。

ならばもう少し歩み寄りがあってもおかしくないのだが、淫らな服装とふしだらな発言がそれを拒絶する。
北の住人はモスコーなどの南部に住む女性が、肌を露出した服を好むと思い込んでいるが、それは大きな間違いだ。
信心深い彼らにとって異性を無闇に誘惑してしまうような服装は御法度であったし、
男達も貞淑な女を求めた。
吹けば飛ぶような薄布を身体に『貼り付けている』者は、踊り子か娼婦。それにこの魔女だけと言っても良い。

ともかく。
そんな猛将の冷たい視線などどこ吹く風。
ツーは静かな威を込めて口を開いた。

(*゚∀゚)『現北伐軍総兵、十二神将・第二位【不敗の魔術師】ツーの名において命ずる!!
     明朝。日の出と共に軍をメンヘルに引くよっ!!
     これは決定事項だっ!! 異論反論は許さないよっ!! いいねっ!!』



35: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 00:59:57.88 ID:jh/Is8O50
(#・へ・)『反対だッ!!』

lw´‐ _‐ノv *゚∀゚)『空気読めっ!!』

精一杯の威厳を見せたつもりだった。
が。
当然と言うべきか、予想通りと言うべきか。
虎殺しの猛将は一人反対の声をあげる。

(#・へ・)『このまま多くの兵を失っただけでおめおめと帰れるかっ!!
       アマレット軍は今、我らに背を向けているのだぞっ!!
       ならば、そこを襲いフィレンクトの首を取って帰るべきだっ!!』

(*−∀−)。oO(……はぁ。全く面倒な子だねぇ)

そう思わずにはいられなかった。
奇抜な行動。腐敗した言動。破廉恥な服装。
これらの点から当代でも現代でもメンヘルのトラブルメーカー的存在に思われている彼女だが、
歴史書を紐解くと意外な程に苦労人な一面があったようだ。
事実、彼女による実害を被っているのは九割方【砂漠の塵】フッサールであり、
どうにも日頃の鬱憤を彼で晴らしていた節がある。

今も彼女はジタンによる反対意見を完全に予測していた。
それであれば、それに対する反論の筋書きも準備出来ている。

(*゚∀゚)『そりゃ無理ってもんだ』

( ・へ・)『? 何故だ? アマレット軍は砦を出たのだろう?
      ならば、その後背を襲いフィレンクトの首を取る。なんらおかしい事はあるまい』



38: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:03:01.51 ID:jh/Is8O50
lw´‐ _‐ノv 『……後背を襲う……耽美な響きね。うっとり』

不穏な声は聞き流した。
やはりこの男の頭の中には『アマレット軍=フィレンクト』の図式しか描かれていない。
であれば、それを上手く覆してやれば良いだけだ。

(*゚∀゚)『そりゃ残念。フィレンクトは砦に残ってるみたいだよっ!!
     隊を率いてるのは愛しの宿敵【紅飛燕】しぃ。誘い受けの天才さっ!!
     強気攻め一本槍のアンタにはちょっと相手が悪かったねっ!!』

(#・へ・)『誘いとか、強気とか意味が分からんわっ!!
       フィレンクトが砦に篭もっているのならば、その燕とやらを血祭りにあげる!!
       それだけの話であろう!!』

lw´‐ _‐ノv 『哀れ、猛将の心は白鷲に届かず。
       相手にされない強気攻めってすでにヘタレ攻めだと思う今日この頃』

怒鳴りつけたい気持ちをグッと堪える2人。
この巫女は間違いなく故意に彼らをおちょくろうとしている。
おそらくは散々ジタンの愚痴に付き合わされたささやかな復讐と言うべきところか。

(*゚∀゚)『……言っとくけどねぇ』

そして、これだけでジタンが引かぬ事は魔術師には想定内であった。
決定的な一言を口にする前に静かに言葉を溜め込みながら。
『小悪魔受けに転向するの?』などと言う声を必死に無視しながら。

(*゚∀゚)『言っとくけどねぇ。しぃはあたし様以上にワケ分かんないよ?』

(;・へ・)『……………………………………………………………………………………………は?』



41: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:07:13.45 ID:jh/Is8O50
絶句とはこのような状態のことを言うのだろう。何とか目の前に突きつけられた現実を否定しようと猛将は声を荒げた。

(;・へ・)『バ、バカな!! この女以上に意味不明な存在などいる筈がない!!』

(*゚∀゚)『あ。ちょっと傷ついたかも』

(#・へ・)『黙れ、この歩く腐敗思想が!!』

(*゚∀゚)『……表出ろ』

と、話の流れは魔女の思惑通りとは行かぬまでもアマレット軍追撃の方向からずれていく。
ただ、彼女がしぃを強敵と認めている事もまた事実である。

【紅飛燕】しぃ。
控えめな性格と、併せ持つ無口さから誤解されがちだが、彼女もまた創生期のヴィップを支えた人物の一人だ。
突出した戦術家を欠く当時、戦場での細やかな部隊運用は全て彼女が担っていた。
言わば彼女は脳からの命令を身体各部に伝達する神経。
その正確かつ無駄の無い働きがあったからこそ、少数の兵でギムレットを治める事が出来たのである。

そして、その本質は『柔』。
その澄んだ湖のような瞳が如く、兵を率いる将としても一人の剣士としても、常に柔軟であったとされる。
【打虎将】ジタンは将としても剣士としても『剛』の存在の代表例のような人物だ。
【白鷲】フィレンクトは将としては『柔』だが剣士としては『剛』。
【魔術師】ツーですら剣士としては『柔』でも将としては速攻を得意とする『剛』の存在。
つまり、表情を出さない状態から外套というトリッキーな攻撃を繰り出し、
軍を率いては自在に陣形を操る彼女は、ジタンにとって天敵のような存在とすら言えた。



42: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:10:30.00 ID:jh/Is8O50
(#*゚∀゚)『とにかくっ!! 上手いコトしぃの背後をつけたとしても、
      砦にフィレンクトが残ってる以上挟撃される可能性は高いんだっ!!
      追撃は認められないからねっ!!』

( メ)へ・)『むぅ』

しばらく幕舎の外でじゃれあった後、戻るや否やツーはそう宣言した。
互いに埃塗れではあるが、ジタンが顔に引っかき傷を作っているのに対し、ツーはケロリとしている。
おそらく一方的に憂さを晴らしたのだろう。

lw´‐ _‐ノv 『……』

これはジタンが弱いのではない。
おそらく、手を出さなかったのだ、とシューは読み取る。
粗暴で短気で喧嘩っ早い男だが、戦場以外で女に手を上げる男ではない。
要は古臭い男なのだ。
時代に流される事を頑なに拒み、我を貫こうとする者。
一昔前の『武人』のイメージをひたすらに追及する者。
多少行き過ぎた嫌いはあっても、どこか憎みきれないタイプなのであろう。

(*゚∀゚)『と、に、か、くっ!! この話はこれで終わりだよっ!!
     問題はもう一つの話だっ!!』

lw´‐ _‐ノv 。oO(あ、忘れてなかったんだ)

ここに来てようやっとツーは本題に入ろうとする。
それは事と次第によっては今後メンヘルの運命を左右しかねない重要事項であった。

(*゚∀゚)『ネグローニのダイオードが独立を表明し、即位した。
     今後メンヘルはネグローニ……いや、モテナイ王国と同盟を結ぶ事になったさっ!!』



43: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:13:24.69 ID:jh/Is8O50
( ・へ・)『ふむ。その話か』

(*゚∀゚)『ありゃ? 知ってたのかい?
     ダイオードと手を組むとなれば、今後のギムレット・リーマン対策も大きく変わってくる。
     それを踏まえての撤退、ってトコさね』

( ・へ・)『うむ』

モナーからダイオード陣営との同盟案を出された時、賛成の票を入れたのは彼自身であるのだから是非も無い。
あの時は同盟反対を訴えるフッサールへの反抗心もあって賛成に票を入れたが、
元々ジタンは一人の戦士としてダイオードという人物が嫌いではない。
武人としてどこか通じる物があるのだろう。

lw´‐ _‐ノv 『…って事は、モテナイとの共同作戦を練る為に帰国するって事?』

これはシューにとって少々意外な事であった。
例えモナーやフッサールの命令であろうとも、己で納得できなければ首を縦に振らないのがツーという人物だからである。

(*゚∀゚)『あ、うん。つか、ぶっちゃけ考えをまとめたいと言うか…』

( ・へ・)『ぬ?』

どうにも歯切れが悪い。
いや、思い返せばわざわざ姿を眩ませたり、アマレット軍追撃を反対したりと何やら回りくどいのだ。
ツーが行動に移る時、事前の分析から全てが決まっているのが常である筈。
それが今回に限って一人考えを決めかねている節がある。
やがて、もごもごと口を動かしていた魔術師は意を決したかのように声を発した。

(;*゚∀゚)『馬鹿な事言うなって言わないでおくれよ。
      あのダイオードは本当にダイオードなのかねっ!?』



44: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:17:03.90 ID:jh/Is8O50
( ・へ・)『何を馬鹿な事を』

(#*゚∀゚)『あ、言ったねっ!! 言うなって言ったのに言ったねっ!!』

言うなと念を押されれば言わざるを得ないのが人情という物。
こればかりはツーにも非があるのだから、流石に暴れだしはしなかった。
が、その憂さを晴らすかのように、ダンダンと地を踏み叩く。

(#*゚∀゚)『あたし様にだって分かんないんだよっ!! ただ、どう分析しても違和感が消えないんだっ!!
      【狂戦士】とまで呼ばれた男がっ!! どうにも結びつかないんだよっ!!』

ついにはキーッと叫びつつ髪を掻き毟り始めた。

【狂戦士】ダイオード。
統一革命後期に参戦したこの戦士は、ただひたすらに個の武に頼った戦を得意にしていた、と彼女は伝え聞いている。
自軍が全滅しようとも、最後に一人己だけ戦場に立っていれば勝ち戦、と言う理屈である。
にも拘らず、今のダイオードは策を張り巡らしての戦を好むようで【鉄壁】ヒッキーを2度にわたって討ち破ったとも伝え聞いている。
歳を経て老獪になったと言えばそれまでなのだが、鬱々とした不安は消えてくれない。
そうなると、北部から侵入した山賊を尽く串刺しにして街道に並べた、と言う話も己のイメージを崩さぬ為の策略にも思えてきてしまうのだ。

lw´‐ _‐ノv 『……確かに言われるとそんな感じがするかも。かも』

(*゚∀゚)『あたし様はね、不安なんだよ。
     モナーはダイオードをメンヘルの先兵として利用したいのかもしれない。
     でも、今のダイオードがモナーが知るダイオードと全くの別人なのであれば…
     逆にあたし様達が上手く利用されるだけかもしれない。
     だから、それを確かめたいんだ。その為には、こんな利の無い戦はとっとと終わらせたいんだよ』

それがすなわち、彼女が撤退に拘る本当の理由。
そして、残る2人は彼女が抱え込んでいた疑念に対して声をかける事すら出来なかった。



47: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:19:48.31 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

(#゚∀゚)『うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 死にたい奴だけ前に出ろぉっ!!!!!!!!』

一人の騎士が戦場を駆けていた。
その跨った白き愛馬とは対照的な、青みがかった黒髪。
全体的に短く刈り込んではいるが、ただ伸ばし放題で無造作に縛っただけの後ろ髪が風に踊る。
貼りつけたかのように太い眉は、かの者の意志の強さを代弁しているかのようでもあり、
熊のような巨体は理想を妄想に終わらせないだけの力を確かに秘めていた。

戦乱の世の常として『我こそは最強』と声高に叫ぶ者は多い。
例えば、負け知らずの戦車隊を率いる【常勝】シャキン。
この世に居並ぶ者無しと断言する【国士無双】ロマネスク。
幾たびの戦場を越えて【不敗】ツー。
そして、その背に【無敵】の文字を翳したこの男である。

今、彼は頼りとする死神の大鎌を失っていた。
今、彼が鍛え上げた騎士達は反逆者に幽閉されていた。

しかし、だ。
それが何だと言うのだろう。
だからと言って後方に下がるような真似はしない。
常に軍の先頭にある。故についた呼び名が【急先鋒】。

どのような苦境に立たされようとも、無人の野を行くがように戦場を駆け抜ける。
正に『敵など存在しない』が如し。
それ故に許された『無敵』の二文字。



49: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:27:14.89 ID:jh/Is8O50
が。
この時、一人の男が彼の前に立ちはだかった。
左半身もろ肌脱ぎの体には九匹の竜が踊っている。

???『……』

男は、背負った長刀。
己の身長を超える漆黒の獲物を鞘抜くと、何を思ったかその剣先を地に突き刺した。
そのまま、大地を切り裂くようにして騎士に向かって突っ込んでいく。
それを視界の端に捕らえた騎士もまた、馬首を剣士の方に向け手にした槍を振り上げた。

(#゚∀゚)『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!』

???『ゴルァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!!!』

形は違えど、その長さをほぼ同じくする騎士の槍と剣士の長刀。
しかし、剣士はその刀先を地に引き摺らせながら駆けている。
そのような構えからでは最短距離を突く騎士の槍の速度に到底及ばないだろう。
故に互いの距離が獲物の射程圏内に入った瞬間、全ての者達が騎士の勝利と剣士の敗北を脳裏に思い浮かべた。

だが。

(  ∀ )『…………か……はっ』

その槍が剣士の身体を貫こうかという瞬間。
その長刀が稲光もかくや、という速度で跳ね上がり。

地にどう、と倒れ伏せたのは騎士の方であった。



52: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:30:20.97 ID:jh/Is8O50
从 ゚∀从『……居合いの一種だな。そりゃ』

【急先鋒】ジョルジュ敗れる、の報を聞き軍を引いたツン=デレ一行。
その一部始終を見たと言う兵士が幕舎からの退出を許され、
最初に口を開いたのは今の今までジョルジュの治療に当たっていたハインであった。

ノハ;゚听)『居合い?』

从 ゚∀从『東洋に伝わる抜刀術だ。鞘走りの反動を利用して剣速を倍化させる荒技だよ』

ノハ;゚听)『? ?? ???』

猫を模した戦装束に身を包んだヒートは心なしかいつもの元気を失っているように見える。
原因はハインの説明が理解できなかったから……ではなく、兄のように慕っていた無敵の【急先鋒】が
呆気なく敗れ去ったと言う事の方が大きいだろう。

(´・ω・`)『……』

一方ショボンは垂れた白眉をいつも以上に垂れさせて悩んでいた。
自身を除いて現在唯一とも言える騎兵の将を序盤で欠いたのはあまりにも痛い。
更に言えば自分の『本職』はあくまで頭脳戦だ。
騎兵運用については彼自身の子飼いである【黄天弓兵団】あっての物。
後方支援を得意とする彼にはジョルジュの様に軍の先頭に立って戦場を駆け抜ける事など出来ないであろうし、
率いるのが自らで鍛え上げ意思の疎通が取れた部下でない事も不安だった。

(´・ω・`)。oO(今は我慢の時か)

とは言えそれは数日で終わるだろう。
それまでは陣を固めておけばいい。



53: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:32:54.76 ID:jh/Is8O50
ξ;゚听)ξ『ほえ〜。鞘から抜くだけで剣速が上がるなんて…東洋は凄いのね』

ミセ*゚ー゚)リ『おりえんたるまじっくってヤツですね』

ゆるい会話である。
おそらくはジョルジュの傷が命に別状無い物が分かって気が抜けたのだろう。
が、それでいい。国の頂点自ら気落ちされるよりずっと良い。

从;゚∀从『おい。居合いの原理はそんなんじゃねーぞ。その認識はおかしい』

そんな2人に口を挟んでいるのは彼の給士だ。
飛刀術の名手であると共に【高岡流小太刀一刀術】の使い手でもある彼女は、当然居合いに対する知識も兼ね備えている。

ノパ听)『おりえんたるまじっく!? って事はお姉様も魔法を仕えるのかっ!!
     惚れ直したぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!』

从;゚∀从『使えねえよ!! 話をややこしくするんじゃねぇ!!』

そこへ赤い給士が割り込んで話をこじれさせた。
そこに広がっているのはいつもの風景だ。
ジョルジュと言う軍の要を失っても彼らは動じない。命さえあれば必ず戻っていると信じて疑わないのだろう。

(´・ω・`)。oO(やれやれだ。僕の悩みなんてどうでも良い事だったか)

その悩みが杞憂と知っても気落ちする事は無かった。
彼らは強く成長している。
これならばいずれ彼の本当の目的を明かす事が出来るかもしれないし、
何より誰もが気づかない影で頭を動かす事こそが彼の本領であったからだ。
それでも、今は気を休めても良いだろう。
そう判断した彼は静かにキャンキャンと姦しい輪の中へ歩を進めた。



54: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:36:09.41 ID:jh/Is8O50
(´・ω・`)『つまりはこういう事だよ』

ノパ听)『、テッ!?』

無駄に盛り上がる一同の中に加わったショボンは、人差し指と親指で輪を作り
人差し指を弾いてヒートの額を打った。
所謂、子供がやるデコピンと言うヤツである。

ノハ#゚听)『いきなりなんだ御主人っ!! 喧嘩売るなら買うぞっ!!』

(´・ω・`)『いや、今のが居合いの理屈さ。鞘から抜けば剣速が上がるなんて不可思議なもんじゃないよ』

それを聞いて察しの良いツンやミセリは『あぁ、成る程』と手をポンと叩き、
説明する時間とそれに数倍するであろうgdgd話をする手間の省けたハインがホッと胸を撫で下ろした。
一方ヒートは一人ポカンと口を半開きにして額を両手で押さえている。

つまり、居合いの正体とは『抑圧された力の反動』だ。
鞘に押さえ込まれていた刀身が、解放された瞬間に反動で凄まじい速度を生み出す。

ノハ;゚听)『で、でも、報告では鞘とか何とか一言も……』

从 ゚∀从『あぁ。鞘走りの変わりに地滑りを利用したんだろうな。
     押さえ込んだ力を瞬間的に解放するって意味合いでは変わらねぇし、
     そもそも身の丈を超える長刀だっけか? そんなもん鞘走るなんて不可能だからよ』

ミセ;゚ー゚)リ『……そんな事出来ちゃうもんなんでしょうか?』

ミセリの言うとおり、理屈上では可能であっても現実的に実行できるとも思えない荒技だった。
ただ、ジョルジュ程の将がその前に倒れた事は確かであり、そうなれば必然的に対策を練る必要性が出てくる。
まずはその剣士の正体を知る事から始めねばならぬのだが……。



55: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:39:10.50 ID:jh/Is8O50
(´・ω・`)『まぁ、敵さんの正体は十中八九掴めてるんだけどね』

言ってショボンは黒の給士をチラと見た。
騒動も治まり、一同の為に茶を点てるその背中。
一見してか細く頼りない彼女だが、【天翔ける】の異名を許された者が齎す(もたらす)情報に間違いはない。
それを知っているからこそ、ショボンの視線に気付いた彼女らは静かに続く言葉を待った。

(´・ω・`)『このギムレットに我が義兄を斬れる長刀使いなど一人しか存在しないよ。
      三華仙が一人。【九紋竜】のギコ。それが敵さんの名前さ』

ξ;゚听)ξ『九紋……竜……』

呟くツンの心境は複雑であった。
北の大地が誇る三人の英傑【三華仙】。
そのうちの一人である赤い燕こと、しぃは自軍に参加して剣を振るっていてくれている。
が、白き狼【無限陣】クーはニイトの地で王を名乗り、事もすれば今回の反乱に便乗する可能性すらありえる存在だ。
そして月下の剣士【九紋竜】のギコは反乱軍に手を貸し、よりによってヴィップ軍の中軸たるジョルジュを負傷させている。

ξ゚−゚)ξ。oO(……)

彼女とて、自身の持って産まれた血から逃げていた、いつかの彼女ではない。
己と。そして数え切れぬほど多くの人々と向かい合い、
何故人は戦うのか? 何の為に人は戦うのかひたすらに問い続けてきた。
だから、だからこそ『戦う理由』に正解など無く、正義が一つではない事も今では理解している。
それは愛国心であり、復讐であり、思想であり、我欲であり、ただ生きる為であり……。
どのような理由であれ、是を持って己の芯とするならば、人は戦わねばならない。
そして、それこそが生きると言う事だ。



58: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:42:14.04 ID:jh/Is8O50

      『僕…じゃなくて、我は汝が剣。我は汝が盾。我ここに絶対の忠誠を誓う。
       汝、我が半身たる剣を受け取りたまえ。そして命じたまえ』

かつて彼女の前にはそう誓った友がいた。
陽光を浴びた雪の色をした髪の青年。
対して彼女はこう答えた。

      『我が剣として生き……そして我が友として生きよ。
       何があっても……どんな事があっても生き抜きなさい!!!!!!』

ξ゚−゚)ξ。oO(……)

その彼も呆気なく生を終え、今はいない。
そして、突如姿を現した【王家の猟犬】を名乗る白面の剣士ブーン。
銀色の髪を持ち、風よりも早く走る。あまりにも死者との共通点を持ちすぎる者。

ξ゚−゚)ξ。oO(……もしも。もしも、人が戦う為に理由が必要なのであれば……)

仮面の剣士は言った。

       僕らは【持たざる者】。名前も。魂も。生きる意味も全てを亡くした者。
       けど。
       僕らは王家の猟犬。黄金獅子の剣にして盾。
       我ら皆君の為。掲げる理想の為に戦う事を誓うお。

もしも、人が戦う為に理由が必要なのであれば。
あの青年は何故戦うのだろう。何故彼女の為に戦おうと言うのだろう。
彼女には分からない。答えてくれる者はこの場に存在しない。
だからであろうか? 彼女の細い指は、そっと首から下げられた黄金の鈴に添えられていた。



60: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:45:00.26 ID:jh/Is8O50
……か?

ξ゚听)ξ。oO(……)

……いか!?

ξ゚听)ξ。oO(……)

つ(     ´   ・ω・   `     )⊂『陛下っ!?』

ξ;゚听)ξ『……………………………………………………………………………………………ひゃうっ!?』

ふと我に返れば目の前には巨大な【何か】がある。
それが人の顔だと理解した瞬間、至高の存在はワケの分からぬ叫び声と同時に座から転げ落ちた。

从 ゚∀从『? 何考え込んでんだ? さっきから呼んでんだぜ』

つ(     ´   ・ω・   `     )⊂『……君が呆けてるから僕がこんな目にあってるんだけどね』

ξ;゚听)ξ『!! ご、ごごぎょご、ぎょめんなしゃいっ!!』

男物と大差無い戦服を着込んでいるとはいえ、気分がさせる物なのか?
慌てて乱れた服の裾を直す彼女を見て、ようやく給士は主の頬を解放した。
そのショボンは赤く腫れた頬を撫でながら言う。

(´・ω・`)『で。今後我らが取るべき作戦なのだけれども……』



62: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:47:35.52 ID:jh/Is8O50
【急先鋒】ジョルジュの離脱と言うアクシデントで【金獅子王】一行らが思わぬ足止めを喰っていた頃。
彼女達が陣を構える、その更に北に地に陣を構える一団があった。
この王がおわす地において、だがしかし彼らは黄金の獅子ツン=デレの臣下ではない。
その陣門は南。つまり、王軍に向けて展開され、甲冑を着崩した兵士達が見張りに立っている。
『若く政道を知らぬ王を誑かす姦臣を討つ』を御旗に掲げ、正史上『反乱軍』と明記される者達であった。

その中央、設置に10の兵士が半日を費やしたと言う無駄に豪奢な幕舎の上には、
これまた煌びやかな旗が風に踊っている。
アルキュ島に住まう四民族の中でも最大級の勢力を誇るリーマン族。
その中において19代に亘り繁栄を続けてきたテネシー公の旗印である。

が、残念な事に。
このテネシー公の旗印を現在に伝える資料は存在していない。
時を空けずしてテネシーの血筋は絶たれ、微かながらにそれを受け継いだ者達も『風に戸板』とばかりにその事実を隠そうとしたからだ。
正史においても
『その幕舎は木を解いて織った布を五重に重ねあわせ、陽光を防いだ。
 外装は金箔で竜討の絵巻きが描かれ、内部に熱が篭もらぬよう常に複数の兵士が巨大な扇で風を当てていた。
 その風が内部に届く事は無かったが、熱を冷まし快適な空間を作り上げるには十分であった。
 頭上にはテネシーの公旗が掲げられ、これは戦を終えた頃には影も形もなくなっていた』
と、記述にあるだけである。

それでもこの旗が戦乱のアルキュにおいて一際絢爛であったのは間違いないようで、
アルキュ戦乱の数年後を舞台にした【金剛後記】にはテネシー公の旗から抜き取った金糸銀糸で
一財を築きあげた商人の話が登場する。
【金剛後記】はあくまで史実の二次創作、後年になってから民が作りあげた作品に過ぎないのだが、
その細やかな史観調査の点から当時を知る貴重な資料の一つに数え上げられている事は、皆も知る通りである。



63: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:50:01.85 ID:jh/Is8O50
その不必要なまでに豪奢な幕舎の中では、三人の男が酒宴を楽しんでいた。
中央に座る男はぼろきれと間違えるような戦外套を身にまとい、ぶすっとした表情で酒を飲んでいる。
その両脇、身に着けた衣服の一枚だけで平民の家族が一年生活出来ようというほどの贅を尽くす者が二人。
前者の名をギコ。人呼んで【九紋竜】。
後者の二人の名をテネシー公ジャックとダニエルと言った。

( `貴´)『いやはやwwwあのジョルジュめを一撃とはwww流石はギコ殿ですなwwwww』

( ・貴・)『いよっwwww憎いよwwwww色男wwwwww』

( ,,−Д−)『けっ』

両脇から順に注がれる酒は、専用の酒米を研ぎ澄ました高級品なのだが、ギコはそれをさも面白く無さそうに飲み干していく。
酒の質云々よりも、見え見えのおべっかが気に喰わないのが明らかなのだが、二人の貴族はそれに気付く素振りも見せない。

( `貴´)『ジョルジュのいない王軍などwwww我らの相手ではないでしょうwwwwwwww』

( ・貴・)『机上の空想家【天智星】や女子供に戦の何が分かるのかwwwwwwこの戦wwwww勝ちも当然wwwww』

実際にジョルジュを斬ったのはギコであるし、戦を知らぬのは二人の貴族も同一なのだが
そのような事はお構い無しと騒ぎ立てる男達には呆れるしかあるまい。

( ,,゚Д゚)。oO(そんな簡単に事が運ぶかねぇ)

早くもお祭り気分のジャックとダニエルを横目に、ギコは無精髭に覆われた顎を撫で回しながら考える。



66: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:52:59.86 ID:jh/Is8O50
【急先鋒】ジョルジュ。
当時のアルキュに住む者で、その名を耳にした事のない者は存在しないと言っても過言ではあるまい。
【七英雄】の後釜と言われたリーマン五虎将の一人。
無敵の旗印を背負った死神。
攻撃、特に近接戦闘に特化した【薔薇の騎士団】は最速をもって謳われ、一介の戦士としても超一流。
猛将と呼ばれるにも関わらず戦術に通じ、弁も立つ。
部下を可愛がり、多くの将兵が彼の為に命を捨てる事を誇りに思っている。
言動は兎も角、将官としては非の打ち所が無い人物であろう。

( ,,゚Д゚)。oO(確かに【急先鋒】が王軍の支柱である事は間違い無いんだろうけどよ……)

今でこそ最果ての地まで落ち延びているとは言え、ジャックもダニエルも嘗てはこの島の中枢、
【王都】デメララに居を構えていたのだ。
故に。いや、だからこそある意味において彼ら以上にジョルジュを知る者はいないと言っても良い。
出陣する度に戦果を挙げるジョルジュと、日に日に減っていく彼らの蔵の財産。
高みに昇っていくジョルジュと反比例するかのように落ちていく名家の誇り。

悔しかっただろう。
妬ましかっただろう。
が、その感情があったからこそ、この没落貴族たちは【急先鋒】と言う将を知り尽くす事が出来た。
今回の革命(、と号していたと正史にはある)においても、まずは彼を警戒しつくした。
愛用の大鎌を奪い。
子飼いの部下達と切り離し。
北の最強剣士と名高いギコを使い、エドワード軍壊滅と言う犠牲まで払って。
遂には合戦から退場させる事にまで成功した。
この執念に限っては褒めざるを得まい。



68: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:57:13.63 ID:jh/Is8O50
だが。
それでもギコは考える。

( ,,−Д−)。oO(どうにも……視界が狭すぎやしねぇかゴルァ)

確かにジョルジュは恐るべき将であり戦士だ。
が、それに捕らわれすぎてはいまいか?

( `貴´)『ジョルジュさえいなければwwwww王など世間知らずの小娘にすぎませんwwwww』

( ・貴・)『正にwwwww正にその通りwwwwwwwww』

主と崇めるべきツン=デレに対する軽率な言動も気に喰わぬが、
それ以上にジョルジュ以外の将官を軽く見すぎている傾向がある。
それが何より不安だった。
事実としてこの北の地に足を踏み入れて以来、王軍は敗北の二文字を知らない。
【天智星】ショボンは本来専門外の戦術においても才能を如何なく発揮したし、
【赤髪鬼】ヒート率いる歩兵隊の士気の高さは目を見張る物がある。
そして、これに限ってはギコの預かり知らぬ所だが、
【天翔ける給士】ハインによってもたらされる情報の正確さは全土をあげても類を見ないほどの物だった。
そして何よりも。

( ,,−Д−)。oO(……)

天空の王【白鷲】フィレンクトと大空を自由に翔ける【紅飛燕】しぃの存在。
没落貴族達に言わせれば『老いぼれ』と『小娘』に過ぎないのだが、彼らの恐ろしさは誰より彼が良く知っている。
彼らが最も恐れた【急先鋒】の師は厳格な用兵術で岩山が如しであったし、
型に囚われないしぃの用兵術は剛に頼る彼にとって天敵とも呼べる存在であった。
もし、彼らのうちのどちらかが戦場に出てくれば苦戦は免れず。
それだけは避けたいところであった。



69: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 01:59:57.02 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)。oO(……)

少し冷静になれば、貴族達の考えなど砂糖菓子のように甘く脆い物である事は容易に想像できる筈なのだ。
しかし、目の前の彼らはそうはしない。
この場を何処ぞの艶町であるかと勘違いしているかのような馬鹿騒ぎに興じている。

ギコはかつて一度だけツン=デレを目にした事があった。
宮殿の二階部分から張り巡らされたテラスより階下の民衆に手を振っていた。
先の春に子が生まれたと報告する街女に笑顔で賛辞を贈っていた。
身を包む衣服は、庶民からすれば豪奢でも、至高の者とすれば最低限の物であろう事は一目で予想できた。
素直に美しい王だと思った。

それが、目の前にいる者達はどうだ?
着ている衣服こそ彼女のそれ以上に絢爛を極めているが、そこから気品は微塵も感じ取れない。
身に着けている物の価値を知る者ならば、それに見合った生き様を歩むだろう。

しかし、それがない。
ただ価値も分からず身にしているだけだから、所々に皺や食い物の染みがこびり付いていた。
これが顔にニキビの痕を残した青年貴族であれば、『若さゆえ』で片付けられる問題であったろう。
が、中年を過ぎた男のそれは醜さすら感じ取れる物であった。

( ,,゚Д゚)。oO(もしも……もしも俺が王軍に参加していたら……)

かつて肩を並べ、剣を交えたフィレンクトやしぃを敵に回す事に頭を悩ませる必要は無かっただろう。
【急先鋒】ジョルジュという敵ながら天晴れな男を不意打ち同然に討つ様な真似をせずに済んだだろう。
当然、あの美しい王女の側にいられただろう。



70: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:02:45.49 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)。oO(……)

未練だと分かっている。
が、思わずにはいられない。
と、そこへ。

( `貴´)『ほれwwwwwwギコ殿wwwwww酒が進んでおりませぬぞwwwwwww』

( ・貴・)『酒じゃwwwwwww酒を持てwwwwwwwwwwww』

両脇からかけられた声で現実に引き戻された。

( ,,゚Д゚)。oO(そうだ。今の俺はテネシー公の臣だぞゴルァ)

彼らには恩がある。
その恩を返すまで、戦い生きる事が仁義の道。男の道と言う物だと思う。

( ,,゚Д゚)。oO(何があろうと勝ってみせるぞゴルァ)

そう心に誓い、酒を飲み干した。
強いアルコールがカッと食道を焼きながら流れていく。
どんなに不器用でも、これがギコと言う男の生き方だった。




そして数日後。
ギコの一つの懸念は的中する。
沈黙を破って陣を出た王軍の片隅に、見慣れた赤い燕の旗印を見つけたのである。



73: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:05:15.69 ID:jh/Is8O50
( ,,−Д−)『あ〜、やっぱり援軍待ちだったかよゴルァ』

言いたくはないが、つい愚痴がこぼれた。
襤褸切れを巻きつけた頭を掻き毟る。
それはメンヘル族の男達が、自身の階級を示すのと直射日光を避ける為に着用しているターバンに似てはいたが、
ギコのそれは汚れ色褪せて、元の色も分からなくなっていた。
単純に伸びざらしになっている髪を押さえられるのであれば何でも良かったのかもしれない。

王軍は主力となっている歩兵1000を前線に出し、横長に陣を構えている。
その背後には数少ない弓騎兵隊200。
ギコから見て左側、つまり弓兵の東側には援軍と思わしき騎馬隊が集を為し、頭上には赤い燕の描かれた旗が揺れていた。
先のぶつかり合いで【急先鋒】ジョルジュが率いていた騎兵100は最後方にある。

援軍を率いているのは間違いなく【紅飛燕】しぃであろう。
中央の弓騎兵はヴィップ城で難を逃れた【黄天弓兵団】の一部。であれば【天智星】ショボンはそこにいる筈だ。
前線の歩兵はおそらくアマレットでフィレンクトに鍛え上げられた一軍で、
その中央で腕組みをしてこちらを睨みつけている猫を模した簡易武装の赤毛が【赤髪鬼】のヒート。
となれば、最後方の騎兵隊の中にツン=デレがいると見てよいだろう。
かの騎兵は前戦において王軍の主軸を為した精鋭部隊。
王の身を護る、と言う意味でもこれ以上の適任は無いと思われた。

( `貴´)『将軍、将軍』

と、そこへ甲高い声でジャックが声をかけてくる。
これは男性ホルモンの分泌とか、小難しい理屈でそうなっているのではない。
単に酒の脂でそうなっているだけなのだ。
戦に生きる日々の中で必然的に質素倹約を良しとしてきたギコには、それが本能的に不愉快でならない。

( `貴´)『将軍は王軍の陣構えを見て、どう動くとお考えですかな?』



74: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:08:25.80 ID:jh/Is8O50
( ,,゚Д゚)『まずはこっちの出方を伺う…って感じだなゴルァ』

( `貴´)『それはそれはwwwwww私と全く同じ意見のようですなwwwwww』

( ,,−Д−)。oO(嘘つくんじゃねぇゴルァ)

思うが口には出さない。
王軍の前線にある歩兵部隊。その最も前に立つ者達は、2人がかりで扉ほどのサイズを誇る大盾を構えている。
文字通り、人をもって盾を為しているわけだ。
そして、その背後二列目には釣竿を思わせるような長槍の穂先を天に向けている兵士達。
ずらりと並ぶ長柄の列は、何処と無く櫛を連想させた。

( ,,゚Д゚)。oO(ありゃあ、フィレンクトの部隊と見て間違いねえな)

そう確信する。
【金獅子王】ツン=デレの一行はヴィップ城を脱出する際、足の速い騎馬隊のみを選出した為
歩兵は全くと言ってよいほど連れ出せていない。
そして、あの大盾と長槍は間違いなくメンヘルの襲撃、特に【不敗の魔術師】ツーと【打虎将】ジタンに備えての物だ。
速攻と強襲。
タイプこそ異なれど、二人は共に騎兵を率いた戦闘を得意とする。
メンヘルからの襲撃に備える目的で設立されたアマレット砦の将がその対策を練っていないとは思えず、
そしてあの兵装は騎兵に対する歩兵の採る物として基本的かつ的確な物であった。
つまり、最前列の大盾で騎兵の突進を喰い止め、長槍で威嚇し、騎兵の届かぬ距離を保つ。
そして、出足の弱まった所を弓兵が射殺すのである。
繰り返そう。王軍の歩兵部隊兵装は騎兵に対して最も基本的かつ的確な物。
そしてテネシー公軍の主力は━━━━━。

( ,,゚Д゚)。oO(ついてねえな)

自由騎士団によって編成された騎馬隊であった。



76: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:11:47.56 ID:jh/Is8O50
自由騎士(フリーナイト)。
『騎士』の名を語ってはいるものの、彼らのそれは称号を表す物にはあらず。
それは文字通り『騎乗の者』という意味に他ならない。

彼らは主に家督を継げず幾ばくかの金銭と共に家を放り出された貴族の三男坊主や、
幸運にも度重なる戦を生き延び、ある程度のまとまった金を手にする事に成功した傭兵・兵奴でなりたっている。
愛馬と共に島中を渡り歩き、ある時は村の護衛。またある時は港まで『商品』を輸送する人売りの護衛、と
節操無く磨き上げた腕を金銭で貸し与える。
つまりは私兵集団のような物だ。

頭領の実力や性格によって、その規模は大きく左右する彼らだが、どんな『自由騎士』にも共通する特徴が一つある。
それが『戦闘における拘り』だ。
長く生きてきた自由騎士であれば。いや、あれば尚更己を生かし続けてくれた『経験』に固執する。
それは彼らにとって譲る事の出来ぬ一線。己を支える誇りだ。
そのような集団であるからこそ例えば【薔薇の騎士団】等のように多人数をもって一つの『個』を為す事が出来ない。
あくまでも彼らは、目的が共通するだけの個人の集団なのである。

そして、今回のテネシー公ら『旧勢力貴族』の反乱において、公軍の主力となったのがこの自由騎士達だ。
連隊行動こそ不得手だが、個々の実力はピカイチとされる私兵団。
ジョルジュの【薔薇の騎士団】に対抗できる勢力として集められた彼らであるが……

( ,,゚Д゚)。oO(本当についてねぇそゴルァ)

その特性が騎上戦闘である以上、集団で訓練を受け鍛え上げられた対騎馬戦の熟練者達が相手となれば。

ギコがそう思ってしまうのもやむを得ない話だった。



77: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:14:01.94 ID:jh/Is8O50
そうなると、次なる思考は王軍がどう陣形を展開させてくるか、と言う事になる。

( ,,゚Д゚)。oO(鶴翼はねぇな)

鶴翼陣は、その字の如く『羽ばたく翼のように左右から敵軍を叩く』のが基本となる。
あくまで『羽ばたく』わけだから、その用兵は前進のみにあらず、押しては引いての繰り返しだ。
敵軍を左右から圧殺する【鉄壁】ヒッキーの【岩鶴陣】ならまだしも、
王軍歩兵が持つ大盾は前進と後退を幾度も繰り返すには不向きに思える。
あれは一つ場所に根を下ろし濁流を防ぐ為の武装と見るべきだ。
以上の材料からギコは即座に『鶴翼』は無いと判断する。

更に言えば、王軍は全軍をもって1つの機能を為す構えを取っている。
つまり、後方の騎兵はともかくとして、大盾・長槍・弓騎兵はその三隊をもって『騎兵潰し』と言う
機能に特化した部隊だ。
これらだけで騎兵を殲滅させるつもりなのであれば、わざわざ【紅飛燕】の援軍を待っていた意味が無い。
この戦い、王軍の切り札は赤い燕である事は間違い無く。
前線の三隊は『騎兵潰し』よりも、しぃの為に敵軍を牽制する目的が強いと考えるべきであった。

そうとなれば、おそらく王軍の初動は限定されてくる。
戦が始まれば王軍は左翼を後方に、右翼を前方に展開してくるだろう。
それは騎兵の突進を受け止めるのではない。
一つの力に対して斜に構える事で、受け流す為の陣構え。
『鶴翼』と並ぶ、もう一つの対騎兵陣。

( ,,゚Д゚)『……斜陣で来るだろうなぁゴルァ』

ボソリと呟くと同時にギコの元々細い目が眇められた。



78: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:17:29.32 ID:jh/Is8O50
ギコは将として軍を率いた経験を持たない。過去、仕官の誘いは数多くあったが全て断ってきた。
何故なら彼は将ではなく剣士だからだ。一介の剣士である己にこそ誇りを持っている。
だからギコには七面倒臭い用兵術の理屈など全く分からない。
が、自身が生き抜いてきた経験から王軍の動きを読み取って見せた。

( ,,゚Д゚)『……』

『T』型に陣取った王軍は戦が始まると共に『イ』型に軍を展開させるだろう。
前線の歩兵隊が自由騎士団の突進を喰い止めている内に、
中右翼に控えていたしぃ隊が自軍右翼を大回りする格好でテネシー公軍の後方に進出してくる。
狙うは公軍総将ジャックとダニエルの首だ。
緒戦でエドワード軍が壊滅し、その彼も逃走した今となってはこの2人を失う事は即敗戦を意味する。

対して、公軍はツンを討つ事が出来ない。
彼らの目的はあくまでも王都における評議会の再現、つまりは傀儡政権の樹立であるからだ。
その為に、その勝利条件に『ツンを殺す』と言う物は含まれない。
しかし、王軍は違う。
最上は反乱の首謀者を生きたまま捕らえて刑に処す事だろう。
が、ベストに拘らなくともベターな選択肢として首謀者を討つ、という選択肢は十二分にありえる。
いや、【急先鋒】ジョルジュという最強の手札を欠く今。
一発逆転の手段として考えれば、それこそが最上級の戦術と言えなくもない。

( ,,゚Д゚)『……ちっ』

兎にも角にも、これでギコは自由を奪われた。
当初は合戦のドサクサに紛れて単身ツンの身柄を押さえようとも考えていたが、それも叶わぬ。
王軍がテネシー公兄弟の首を狙ってくるならば、その近辺を離れる事は出来ないからだ。
そして。
双方の陣から銅鑼が鳴り響き、合戦の火蓋が切って落とされる。



80: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:22:28.76 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

北の大地にて、獅子が身中の虫に手を焼かされていた頃。
過ぎた祭の興奮も冷めやらぬまま、日々を送る者達が住む都市があった。
翻るは赤地に黒犬の国旗。
今はモテナイ王国を名乗る新興国家が首都。【戦士の街】ネグローニである。

市ではその土地に住み慣れた古い住人に混ざって、ちらほらと粗末なボロを纏って馬を引いている男達の姿が見て取れる。
用心深く腰に下げた剣の柄に手をかけ、襲撃に備えている。
痩せこけた愛馬の背にはやはり何時から着っ放しなのか分からぬほどに擦り切れた衣服を纏う妻の姿。
ギラギラと輝く瞳も、初めて見る市の喧騒にはしゃぎ回る子の姿を見る時だけは自然と細められた。

彼らは失地の民モテナイの戦士達だ。
【黒犬王】ダイオードは新たな王国の礎として、この住まうべき土地を失くした民族の復興を掲げた。
現代におけるイスラエルの例を見るまでも無く、このような場合新旧住人の間で諍いが起こる事は珍しくない。
しかし、彼の地においてそれは全くの皆無であった。
それは何故か?

答えの一つに、宗教的対立が地盤として存在しなかった事がある。
むしろ【戦士の街】として名高いこの街は『力こそ正義』と言った考えが人々の中にあり、
優れた戦士であれば民族の垣根を越えて尊敬するのが当然となっていた。
更に、生産に向かぬ土壌を逆に生かし、各地に傭兵や兵奴を商品として送り出していたネグローニは
闇市の本拠と言われ島中の商人が集まるニイトと同様に人の入れ替えが激しい。
つまり、生活観のズレが原因で起こる軋轢が起こりづらい環境にあるのだ。

今も商人から形の崩れた飴玉を貰った子供達が、初めて味わう甘味に感動して目を丸くしている。
それを見たモテナイの夫婦は慌ててペコペコと頭を下げ、商人は新たな住人と商売相手を歓迎するように右手を差し出した。
最初こそ戸惑っていた戦士であったが、固く握られた手の温もりにようやっと肩を降ろした。
そして、遂に安住の地に辿り着いた事を実感する。
そんな彼らの横を通り過ぎる、二人の男の姿があった。



81: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:25:43.18 ID:jh/Is8O50
一人は女かと間違えるかのような艶やかな黒髪の男である。
阿片のパイプを吹かし、身を包む外套は黄金で唐草が刺繍された鮮やかな紺色。
遊女の好む薄絹を首に巻きつけたその姿は、どこぞの貴族か成りあがり商人の放蕩息子といった風だった。
この男がその青春を統一王の革命時代に終えたなど、誰が信じられようか?

彼こそは【隠の王】。
キールを根城とする隠密集の棟梁にして統一王七英雄が一人。
【人形遣い】の異名を持つ男、フォックスである。

爪'ー`)y‐『ふぅ。良い街です。そうは思いませんか、オワタ?』

\(^o^)/『はい。おもいますフォックスさま』

フォックスの言葉にオワタと呼ばれた男が答える。
阿片の煙によって蕩けるような瞳のフォックスは、とても幾多の戦場を越えてきた英雄には見えない。
そして、それはこのオワタも同じだ。
ニコニコと笑みを絶やさない顔は、市の片隅で童向けの人形芝居でも開いていた方が似合うように思える。

しかし、だ。
暗殺人形が壊れて以来、フォックス率いる人形衆の頂点にあるのはこの男である。
その異名である【帝雲天君】の響きを聞いてなお、その事実を人々は信じられぬだろう。
そのような者達は、彼が背に交差させている青竜刀を鋏のように使って人体を切断していく様を。
今と全く同じ笑顔で人を生きたまま解体していく姿を見て、ようやく事実を事実として認めるのである。

爪'ー`)y‐『しかし、あまりに良い街すぎます。あのダイオードには似合わない。
      そうは思いませんか?』

\(^o^)/『はい。おもいますフォックスさま』



83: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:29:04.02 ID:jh/Is8O50
オワタの声に抑揚は無い。
それもその筈。
抑揚とは、心の揺れが起こさせる物。
そして彼もまた哀れな暗殺人形と同じ【心無き人形】なのだ。
ただ、話しかけられた言葉に相応しい答えを返すだけの、血の通った玩具にすぎない。

爪'ー`)y‐『ふふ。やはり貴方もそう思いますか』

\(^o^)/『はい。フォックスさま』

それを知ってなお【人形遣い】はオワタに声をかける。
オワタもまた、瞳の奥に虚無を湛えた笑顔で答えた。

おぞましい風景である。
これは既に人と人の関係ではない。
玩具と玩具の所有者との関係だ。

だがしかし、この関係こそ彼らにとっての『当たり前』の風景。
死ねと命じられれば即座に己の首を刎ね飛ばし。
殺せと命じられれば幼子であろうと容赦なく殺し。
主の命であれば、四肢が?げようと完遂する。

それこそが【隠の王】によって作られた隠密集団。
人として産まれながらも、心を持たず人形として生無き生を歩む者達。

━━━━━後の世に【生き人形】と呼ばれる者達である。



85: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:33:20.84 ID:jh/Is8O50
         ※          ※          ※

爪'ー`)y‐『お久しぶりですね、ダイオード。いや、これからは【黒犬王】とお呼びした方がよろしいのでしょうか?』

/ ゚、。 /『……』

新王朝モテナイの宮殿は、旧ネグローニ領のそれをそっくりそのまま流用したものである。
【戦士の街】の名に相応しく、四角く切り出した岩を組み合わせて建てられた宮殿は、
一領主の住居としては十分すぎる物だが一国の王の物としては随分とこじんまりした物だった。
領主の宮殿をそのまま王の住処に変えると言うのはヴィップの首都でも行なわれているのだが、
統一革命後に王であるヒロユキ自ら再興を命じたヴィップとネグローニでは余りに条件が違いすぎる。
そのささやかな謁見の間で両雄は静かに睨みあっていた。

背に腹臣オワタを控えさせたフォックスは座も与えられず、立ったままで。
しかし、その応対に不満を漏らす事も無く阿片の煙を燻らしながら、残った手は外套のポケットに突っ込んでいる。
対するダイオードは石畳に直接敷いた絨毯に片膝を立てて座り込んでいる。
その背後には槍斧を手にした小柄な騎士が立ち。
ダイオードの脇に置かれた肘掛に体重を任せて座る姿と、仮面の下に覗く眠たげな瞳は
如何にも『義務だから仕方なく此処にいます』と言った風で、歓迎の意思など微塵も感じさせぬ物だった。

爪'ー`)y‐『貴方が【繚乱】イヨゥですか。武人でありながら政にも長けているとか。
      今後は是非良いお付き合いをしていきたい物です』

(=゚ω゚)ノ『丁重にお断りさせていただくヨゥ』

ダイオードの背後に立つ騎士が答えた。
一見して少年かと間違えるような体格と顔つき。それにはそぐわない右頬に刻まれた二本の刀傷。
漆黒に桜舞い散る柄の外套の裾を常に引きずって歩き、既知の者はそれを『イヨゥの床掃除』と呼んでからかった。



86: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:36:23.57 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『おやおや。つれないですねぇ』

言って肩をすくめる。
大袈裟に芝居がかったその姿がイヨゥの癇にさわった。
挑みかからんとばかりに声をあげる。

(=゚ω゚)ノ『…っ!! 当たり前だヨゥ!! お前達リーマンの人間は自分達が何をやったか分かっているのかヨゥ!?』

先の統一革命において、モテナイの民はリーマンの尖兵として統一王率いるニイト・メンヘル軍と戦った。
しかし、革命後期においてリーマンは前触れも無くモテナイとの同盟を破棄する。
これは戦が優勢になった事で勝利を確信したリーマン上級貴族達が、戦後の土地分譲条約を蔑ろにする為に行なった物なのだが、
それが原因となってモテナイは統一王に滅ぼされた。
この事件は統一王が参謀【全知全能】スカルチノフによって計画された離間の計であったのだが、
この時の勝利で勢いづいた統一王は最終的にアルキュ統一に成功したのである。
つまりは、モテナイの民にとってリーマン族や統一王の後継を名乗るツン=デレ、ニイト=クールは憎むべき仇、という事になるワケだから
モテナイの出身である小柄な騎士の怒りも当然と言えば当然なのだが……

爪'ー`)y‐。oO(ふむ)

ここでフォックスは微かな違和感を覚える。
【繚乱】イヨゥと言えば、かつてのダイオードによる暴政と一人戦った名臣であると聞いている。
先の見えぬ戦いを根気強く続けた彼にしては、随分と短気に過ぎる…という訳だ。

対し、目の前のダイオードは興味なさげにこちらを見据えてくる。
ダイオードと言えば【狂戦士】の異名を持つほどの男だ。
七英雄達を退けネグローニの領主になるなど、ただ凶暴なだけでなく狡猾さも持ち合わせていたと言う記憶もあるが、
やはり基本的な性格は餓えた狂犬であるはず。
それがただ座しているだけ、それどころか興味なさげな風をしてその実は値踏みするかのような視線を向けてくるというのは、
ただ歳を取ってより老獪になったと言うだけでは説明できない不気味さがあった。



88: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:51:51.79 ID:jh/Is8O50
それでフォックスは話の方向を変える事にする。
懐に一物も二物も潜ませての腹の探り合い。
これが彼は大の好物だった。
まるで闇夜に針山を歩くような高揚感を与えてくれる。

爪'ー`)y‐『ところで……【一枝花】のロシェ殿は何処に居られるのかな?
      黒犬の王が自ら足を運んで召喚した智謀の士。
      その顔だけでも拝見したいと思っていたのですが……』

(=゚ω゚)ノ『無駄足だったヨゥ、フォックス。ロシェはここには居ないヨゥ』

嘲るような物言いが、わざとフォックスを怒らせようとしているような、そんな気すらしてくる。
では、何故?
【七英雄】【隠の王】と呼ばれた自分を怒らせて何の得がある?
答えが知りたければ更に踏み込む他無い。
【人形遣い】は、華奢なパイプを口元に運び数秒の後に毒々しい煙の輪を吐き出した。

爪'ー`)y‐『……どちらに?、と訊ねて答えて頂けるのでしょうかね?』

(=゚ω゚)ノ『知りたければ教えてやるヨゥ。ロシェは王命によりメンヘルに行ってるヨゥ』

爪'ー`)y‐『……』

表情は変わらない。
が、心中では自身の選択が正しかった事を知ってニタァと笑っているところであった。



91: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 02:57:30.55 ID:jh/Is8O50
新国家ネグローニとメンヘルとが同盟を結ぼうとしていると言うのは、王都でも実しやかに囁かれている噂である。
それは両陣営のメリット・デメリットを考慮しても、真となる類の噂話だろう。
そして、誰もが信じるであろうが故に断言できる事がある。
イヨゥは嘘を言っている。
ロシェはメンヘルになど行っていない。この【戦士の街】のどこかにいる。

爪'ー`)y‐。oO(上手いリードの仕方ですね)

素直にそう思った。
会話の主導権を握りたい時、最も簡単なのは『対象の希望を叶えてやる』事である。
例えば、戦時の和平交渉においてこちらから一歩身を引いてやる。
例えば、逢引の際に着飾った相手の服を褒めてやる。
そうする事で相手の警戒を解き、後々の展開を進めやすくするのだ。

今、イヨゥはフォックスを挑発しようとする余りに口を零した風を見せかけている。
が、それこそがありえない事だ。
いずれ発覚する事とは言え、怒りに身を任せて機密を口外するなどあってよい話ではない。

爪'ー`)y‐。oO(芸達者な事です)

彼が頭に血を昇らせているのも間違いなく芝居であろう。
であれば自然フォックスが選ぶべき道も限られてくる。
【人形遣い】は苛立ちを押さえ込むように阿片の煙を吸い込んだ。
無論これは『挑発に乗っている』風に見せる為である。
そして。

/ ゚、。 /『用は済んだか? ならば去れ。目障りだ』

此処に来て沈黙を保っていた仮面の王が口を開いた。



92: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:03:20.88 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『ふふ……ふふふ……』

それでフォックスは理解する。自分は彼らが導きたいと思うゴールに辿り着いたのだろう。
耐えて忍んだ堪忍袋の尾をズタズタにする、最後の言葉がその証。

爪'ー`)y‐。oO(さて。どのような素晴らしい御褒美が待っているのでしょうね)

ここまで付き合ってやったのだ。つまらぬ褒美で満足する気はない。
フォックスは外套のポケットに突っ込んでいた左手を、だらんとダイオードに向けて差し出す。
脱力加減から見ても、ちょうどピアノの演者がするような腕の姿勢だ。
そして、怒り頂点に達した風にして口を開くのだ。

爪#'ー`)y‐『随分と……生意気な口をきいてくれるではありませんか、ダイオード。
      その仮面の下のやけど傷……誰がつけたものか忘れたと見えますね』

/ ゚、。 /『……』

瞬間、空間がひび割れたかのような緊張が走る。

爪#'ー`)y‐『一生治らぬ傷をつけて差し上げたつもりでしたが…勘違いでしたか?
      それとも、その事実すら記憶に無い……もしくは知らない、とでも言う様に見えますが?』

/ ゚、。 /『煩いぞクズ。今すぐ私の前から消えて失せろ』

爪'∀`)y‐『ちょうど良い。【一枝花】に会えなかった憂さ晴らしです。
      我が【九尾】でその仮面を打ち壊し、私の知らない貴方と対面させてもらうとしましょうか。
      【黒犬王】ダイオード、いや。━━━━━【三番目】よ』

言うと同時に差し出した左手の中指をくい、と折り曲げた。
それと共にフォックスの外套の背がゾワリと膨れ上がって━━━━━



94: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:07:43.50 ID:jh/Is8O50
(=゚ω゚)ノ『…………』

\(^o^)/『…………え』

/ ゚、。 /『…………』

爪'ー`)y‐『……まるで虚無のようなお方ですね』

否。
フォックスはダイオードに襲い掛かることも無く、その場に立ち尽くしていた。
【隠の王】の背から飛び出した凶器が、ダイオードの仮面をズタズタに切り裂く。
オワタがその光景は錯覚だと気付くまでに数秒を要した。

何故、フォックスは動かなかった。いや、動けなかったのであろうか?
何故なら。
二人の上級隠密に悟られるまでもなくフォックスの背後に迫った男が、その背に短槍の刃先を突きつけているから。
フォックスが例えたよう、まるで虚無が如く静かに潜んでいたであろう男は、
今や野の獣ですら逃げだすような殺気を放っている。

爪'ー`)y‐『お顔を拝見してもよろしいですかな?』

振り向かず、背後に向けて声をかけた。

???『…………』

二、三度呼吸をするだけの時間の後にフォックスの背から槍が引かれた。
それを許可の合図と受け止めた【人形遣い】はゆるりと背後を振り返る。
そして、そこにはやはり一人の虚無を思わせる陰鬱な男が立っているのだ。



95: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:11:53.70 ID:jh/Is8O50
痩身猫背。まず、それがその男の全体像だった。
が、決して骨と皮と言う訳ではあるまい。
細身の外套に包まれた肉体は、無駄な贅肉を全て削ぎ落とし必要な筋肉を凝縮した物である事が見て取れる。
肩まで伸びざらしの髪の色は黒。
外套の色も同じく黒で、黄金の邪竜がその身に巻きつくように刺繍が成されている。
襟元までピッタリと閉じられたそれは、鼻の先まで隠してしまっていた。

左の手にはこの世の全ての呪いを煮詰め合わせたような赤い短槍。
右の手には童女向けの姿絵本。
そのような身形であるが、フォックスの注目は彼の瞳に集まっていた。

爪'ー`)y‐『……失礼ですが、その瞳で私の動きを読んだと言う事でしょうか?』

???『…そうだ。俺の目は未来を見る』

長すぎる前髪の奥で白炎が輝きを見せている瞳。
男の答えを聞いたフォックスの顔が邪悪に歪んだ。
そう。
まるで、堕ちた聖人を前にした悪魔のように。骨格から歪んだかのような笑みを浮かべる。

爪'∀`)y‐『お名前を聞かせていただけますかな?』

その言葉に男は右手の姿絵本を左腋に挟みこむと、空いた手で邪魔な前髪をかきあげながら答えた。





('A`)『…俺の名はドクオ。お前らには【三番目】って答えた方が分かり易いかもな。
    さぁ、それよりも我が主の命令だ。今すぐこのネグローニ城からご退出願おうか』



98: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:15:58.22 ID:jh/Is8O50
\(^o^)/『……』

それから。
一人の槍兵によって城を追い出された隠密達は再び市中を歩いていた。
先程ネグローニに初めて足を踏み入れた時は頭の真上に輝いていた太陽が、今では西の城壁に足をつけようかとしている。
夕餉の食料を買出しに来ている者たちの影も一つ方向に向けて長く伸びていて。
昼時と対して変わらぬ人の数が、まだまだ新しすぎるこの国の治安の良さと領主に対する絶対の信頼を語っていた。

爪 ー )y‐『……』

\(^o^)/『……』

フォックスの『所有物』にすぎないオワタが、彼と肩を並べて歩くなどと言う事はない。
だから、オワタには前を歩くフォックスの肩が小刻みに揺れている理由が分からない。
分かる事は一つ。

爪 ー )y‐『ふふ……ふふふふ…………』

時折漏れ聞こえてくる笑い声から、城を追い出された屈辱に怒っているのではない、という事である。
しかし、何が愉快でずっと笑っているのか?
それがオワタには分からないでいた。

そして、やがて。

爪'∀`)y‐『あーーーーーーーーーーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ
      はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっはっはっ
      はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっっはっはっ!!!!!!』

突如フォックスが狂人のように笑い出した。



101: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:21:42.11 ID:jh/Is8O50
爪'ー`)y‐『素晴らしい!! 全く今日はなんと素晴らしい日なのでしょう!!
       この私の背後を取り、尚且つこの【隠の王】を試そうとする者が現れるとは!!』

振り返ったフォックスの顔は愉悦その物だ。
興奮気味に叫ぶ男を、人々が避けて通る。

爪'ー`)y‐『なるほど!! あれが【三番目】ですか!! ならばダイオードの正体とは……!!
      そして、彼らの目論見とは……素晴らしい!! 全くもって素晴らしい限りです!!』

一人勝手に納得し、子供のようにはしゃぐ主にオワタが声をかけた。

\(^o^)/『殺さなくてもよかったのですか?』

爪'∀`)y‐『殺す!? 殺せる筈がないでしょう!!
      あれは貴方や暗殺人形だけでなく、私ですら殺しきれぬであろう存在!!
      いや、正攻法に限ればあの者に勝てる者などこの世にいないでしょう!!
      そのわけを聞きたいですか!?』

\(^o^)/『……』

オワタに興味はない。
彼を動かす物は、ただ主の命令だけだからだ。
しかし、彼にはフォックスがオワタに教えたいのではなく、ただ自分の考えを吐き出したいのであろう事は
理解できた。
自己愛の強い者にありがちな行動。
【帝雲天君】の異名を持つ者は静かに主の声を待つ。



102: ◆COOK./Fzzo :2008/12/30(火) 03:28:59.92 ID:jh/Is8O50
爪'∀`)y‐『夜見!! 直死!! 透視!! 模倣!! 悟り!!
       鷹の目!! 邪気眼!! 完全記憶!! 絶対魅了!!』

\(^o^)/『……』

爪'ー`)y‐『この世に邪眼魔眼の類は数多けれど、あれこそはその頂点たる存在!!
      今や御伽噺の中ですら見る事のない失われた神話の片鱗たる力!!
      未来視、時詠みと呼ばれる存在です!!』

フォックスは言う。
そう。
戦場において相する者の未来を読み、攻撃を避け回避不能な後の先を叩き込む。
それが【三番目】と呼ばれる男の力。
かつて友による必殺の一撃を掻い潜り、自身の命を繋いだ力。
神速を誇る瞬歩の使い手すらも捕らえるであろう魔眼の輝き。

爪'ー`)y‐『先を急ぎましょう、オワタ。この感じですと、この先もっと面白い事が待っていそうです』

言ってフォックスは外套を翻し歩き出す。
目指すはニイト=クール治める商業国家ニイト。
彼の地で待つ己の旅の目的の成功を思い浮かべながら、フォックスはまたしても邪悪に顔を歪めるのであった。








そして舞台は再び北の内乱に戻る━━━━━。



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