( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/09(木) 11:29:15.25 ID:1aJD2XM10
アルキュ正統王国
 首都は【獅子の都】ヴィップ。王位正統継承者ツン=デレがリーマンから離れる形で建国。
 国旗は黒地に黄金色の獅子。
 王都の評議会派と差異を明らかにする為、国号は首都名と同じくヴィップを使用している。

ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン 武器=禁鞭 階級=アルキュ王

(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン 武器=鉄弓(轟天) 階級=中書令(立法長官)・千騎将・黄天弓兵団団長

从 ゚∀从 名=ハイン(ハインリッヒ) 異名=天駆ける給士(闇に輝く射手) 民=??? 武器=仕込み箒・飛刀 階級=中書門下(立法次官)・千歩将

白衣白面
 【天智星】ショボンが過去の伝説を再現させた、最強の強襲部隊。
 その強さの秘密は、全ての隊員が命を捨てる事を惜しまぬ事にあり、【突撃】と呼ばれる捨て身の特攻を得意とする。
 総勢300の白衣白面を率いるのは【王家の猟犬】を名乗るブーン(旧ナイトウ)であり、
 その柔らかな性格が白面の戦士をまとめあげていると言っても過言ではない。
 その意味では【白衣白面】とはヴィップから完全に独立した私兵集団である。

( ^ω^) 名=ブーン(旧名ナイトウ・本名ニイト=ホライゾン) 異名=王家の猟犬 民=??? 武器=拐(刃の映えたトンファー) 階級=白衣白面隊長

(,,^Д^) 名=プギャー(旧名タカラ) 異名=鉄牛 民=モテナイ 武器=拐 階級=白衣白面副長



4: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:31:31.05 ID:1aJD2XM10
ニイト王国
 戦に破れ荒廃したニイトの地を復興させた【無限陣】クーが民の声に応える形で独立。
 卓越した戦術と共に経済・流通を武器にする。専守防衛が基本思想であり、覇権には興味を持たない。
 国旗は青地に白い狼。

川 ゚ -゚) 名=クー(本名ニイト=クール) 異名=無限陣(三華仙【雪】) 白狼王 民=ニイト 武器=??? 階級=ニイト王

爪゚ー゚) 名=レーゼ 異名=神算子 民=ニイト 武器=??? 階級=???(財務担当)

爪゚∀゚) 名=リーゼ 異名=金槍手 民=ニイト 武器=ランス 階級=???(騎士団長)

( ´_ゝ`) 名=兄者 異名=金剛阿 民=メンヘル(元海の民) 武器=手斧・兄者玉 階級=???(元メンヘル十二神将・第五位)

(´<_` ) 名=弟者 異名=金剛吽 民=メンヘル(元海の民) 武器=手斧・弟者砲 階級=???(元メンヘル十二神将・第九位)

メンヘル族
 島の南西部・モスコー地区を居住区とする信仰深い民族。
 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
 唯一神マタヨシを崇め、直接的争いを嫌い、智を深める事を好む。

(´∀`) 名=モナー 異名=預言者(七英雄) 民=メンヘル 武器=??? 階級=指導者

(*゚∀゚) 名=ツー 異名=不敗の魔術師 民=メンヘル 武器=三本の山刀(かみつき丸・つらぬき丸・なぐり丸) 階級=十二神将・第二位

??? 名=??? 異名=雷獣 民=海の民 武器=??? 階級=十二神将・第十位



5: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:34:31.68 ID:1aJD2XM10
MAP

http://up2.viploader.net/pic3/src/vl2_117926.jpg

@キール山脈 未開の地。
 
Aヴィップ(ギムレット高地) 首都は【獅子の都】ヴィップ城
 現在、テネシー公らが起こした反乱の鎮圧中

Bニイト王国 首都はニイト城。 ニイト族の居住地。メンヘル・リーマン両陣営と同盟関係にある。
 メンヘルと画策し、ヴィップの内乱に乗じる筈であったが今も尚沈黙を守っている

Cモテナイ王国 首都は【戦士の街】ネグローニ
 失地の民モテナイの再興を謳う。メンヘルとは近く同盟を結ぶ事がほぼ確定している。

Dバーボン地区 首都はバーボン城。 本来は中立領だが、リーマンの影響下にある。
 領主は【元帥】シャキン。現在は【鉄壁】ヒッキーが領主代行を務めている。

Eデメララ地区 首都は【王都】デメララ
 リーマン族支配化にある、アルキュの中心とも言える土地。もっとも気候がよく住みやすいとされる。

Fローハイド草原
 中立帯だが、リーマンの力が強い。

Gシーブリーズ地区 首都はシーブリーズ。
 海の民の根城であり、表面上は中立地帯。だが、メンヘルとの繋がりが強く同盟関係にある。

Hモスコー地区 首都は【神都】モスコー。
 メンヘル族の居住地 その大半が岩と砂に覆われている。 
 旧ギムレットの山賊やデメララを追われた貴族階級、ニイト、モテナイ、シーブリーズと数多くの勢力と密接な関係にある。



6: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:37:32.60 ID:1aJD2XM10


     第23章 しあわせなひび


(*゚∀゚)『いやー、やっぱモスコーは暑いねぇ』

【神都】モスコーの大通り。
色鮮やかな果実や、羊肉を炙り焼く露店が建ち並ぶ市に一人の女がいた。
明るい髪を左耳の上で縛りあげ、身に着けた衣服は申し分程度に“貼りつけた”、踊り子を思わせる物。
褐色の肌に薄く汗が輝いている。

モスコーの女達は例外なく【唯一神】マタヨシを崇めていると言って良い。
その教義に従い、皆が皆目元以外を白いヴェールで隠している。
そんな中で彼女の格好は異質であったが、それ以上に女を目立たせている物があった。
彼女は、砂亀と呼ばれる巨大な亀の甲羅の上に行儀悪く胡坐をかいて座っていたのである。

(*゚∀゚)『本格的に夏が来たって感じであたし様はワクワクしちまうよっ!! そう思わないか、ペニス丸っ!!』

甲高い声で一人はしゃぎながら、卑猥な名を持つ愛亀の頭をバシバシと叩く。
多くの場合、彼女のような異端分子は口煩い老人や生真面目な神教徒によって矯正されるものだが、
この都市にそのような行為をしようと思う者は一人としていない。
多くの者が奔放な彼女を温かく見守っていたし、
残る僅かな者も彼女の実力と功績。そして家柄を考慮して、苦々しく思いながらも手を出せずにいた。

彼女の名はツー。
【不敗の魔術師】の異名を持つ者にして、メンヘル族がアルキュ全土に誇る【十二神将】が第二位。
砂漠の強襲兵団【砂亀部隊】の総長。

そして、【十二神将】第一位・【天使の塵】フッサールの娘である。



7: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:40:50.36 ID:1aJD2XM10
でっぷりと太った女から放り投げられた、売り物の果実を皮ごと齧りながら市をのんびりと進む。
瑞々しい果汁が垂れてツーの顎を汚したが、そのような事を気にする素振りも見せない。
汚れたら洗えばいいだけ、程度にしか考えていないのだ。

【唯一神】マタヨシが人の子として地上に降り立った時、磔刑にあって天に帰ったのがここモスコーの地とされている。
そのような理由から、【神都】の別名を持つこの都市には、ドーム型の屋根を持つ石造りの数多く建設されていた。
また、建ち並ぶ家々も直射日光を避ける為に厚い石を組み重ねて作られており、
通りの両脇に掘られた溝には、汲み上げた地下水がサラサラと流れて、高すぎる気温を抑える一役を担っている。

男『よっ、ツーちゃん!! 今日も“お勉強”かいっ!?』

(*゚∀゚)『いやいやっ!! 今日は“乙女道”にはいかないよっ!! 教会に用があるのさっ!!』

乙女道とは、ここモスコーにおいて彼女が管理を任されている一角の通称だ。
その名の示すよう、通りには女性が溢れ男は足を踏み入れるのも躊躇するような場所だが、
そこで売られているのは衣服や飾り物の類ではない。
姿絵本。それも、同性どうしの睦みを描いた所謂春画が主である。

今もなお、当時のモスコー周辺からは数多くの春画絵本が見つけ出されている事は、諸兄らもご存知の通りだ。
その殆どが完璧な姿で発見されており、当代に暮らす人々が如何に文化の保護に心血を注いでいたかが見て取れる。
それは空想の描写化という形での性表現であり、宗教と言う重石に圧迫されたからこそ生み出された独特の文化だ。
同性愛が異端視されるようになったのは近代以降であり、中世では珍しい物でもなかったが、
ここまで同性による性の絡みを一つの文化として扱うのは、世界的に見ても稀有な例である。

閑話休題。
やがてツーは市を抜け、一つの教会の前に辿り着いた。
彼女より頭一つ高い石壁の奥からは、複数の子供達の笑い声が聞こえてくる。
門の前に置かれた水甕で顔と口を軽く洗い流し、よく響く声で中に呼びかけた。

(*゚∀゚)『おーい、アサピー!! いるかーいっ!? 居なくても勝手に入っちまうよっ!!』



9: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:43:32.45 ID:1aJD2XM10
???『やれやれですね。勝手に入るならわざわざ大声を出す必要はないでしょう』

門を潜った彼女は、数歩と歩かぬうちに目当ての人物を見つけ出した。
丁寧に芝を刈りそろえた庭に、十数枚を超える白いシーツが風に揺れている。
その影から、男は現われた。

短く切り揃えた金髪の下に、分厚い銀縁眼鏡。渓谷を思わせる深い顔に柔和な笑みを浮かべている。
が、何より人目を引くのがその身体つきだ。
銀糸で縁取った黒い聖職者の衣に覆われた肉体は【急先鋒】ジョルジュより高く【九紋竜】ギコより厚い。
おそらく、特注品であろう衣服が、はちきれんばかりである。
胸元に輝くのは正十字と円を組み合わせた聖印(ホーリーシンボル)。

(-@∀@)『ポルカ・ミゼーリア』

(*゚∀゚)ノ『ミゼーリア!! アサピー!!』

アサピーと呼ばれた男は胸の前で手を組んで。ツーは片手をヒョイと挙げて女神を讃える挨拶を交わす。

(-@∀@)『北からはいつお帰りで?』

(*゚∀゚)『あぁ。つい昨日さねっ!! 全く、失う物ばかりの戦いだったよっ』

(-@∀@)『それはそれは残念な事です』

ヴィップ国内で起こった内乱に乗じて出兵したメンヘル軍は、【白鷲】フィレンクトの前に大敗した。
総将である【打虎将】ジタンも老騎士に敗れ、それでも軍の形を保って領内に撤退できたのはツーの力による所が大きい。
聖職者は、彼女を護った神に感謝を。戦いで散った英霊に安らぎを祈ってから口を開く。

(-@∀@)『全く残念な事です。私が同行していれば異教徒など一人残さず叩き殺していた物を』



11: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:46:30.50 ID:1aJD2XM10
聖職者アサピー。
彼もまた、メンヘルが島内に誇る【十二神将】が一人だ。
【金剛阿吽】流石兄弟がニイトに身を投じ、第七位の座は同盟国であるシーブリーズの妹者に与えられている。
第八位の座も数年前【双頭蛇】デミタス将軍が戦死して以来、先日まで空座のままであった。
メンヘルを去った【金剛阿吽】の地位は“穢れを清める”として数年間は空座にされる為、
実際メンヘルにある神将の座は十。
アサピーはこのうち第九位を与えられているから、決してその地位は神将の中では高いとは言えない。

だがしかし。
彼は南方、神聖ピンク帝国の教皇から直々に【悪魔祓い】の資格を与えられた聖人でもあるのだ。
独自の判断で罪人を裁く権利を与えられている彼の格は、【預言者】モナーや【天使の塵】フッサールと互角。
彼が高位に身を置かないのも、権力に縛られ自由に動けなくなる事を怖れてにすぎず。
【断罪の聖印】。
それがこの男に与えられた異名である。

かのような恐ろしい異名を持っていても、基本的にアサピーは善良な市民の味方だ。
花嫁を祝い、懺悔を聞き、戦乱で親を亡くした子供達を保護する。
中には何を勘違いしたのか、私怨で同胞の罪を訴える者も居るのだが、彼はその者をこう諭すのだ。

(-@∀@)『振り上げた拳を下ろしなさい、人の子よ。隣人の罪を許さぬ者を神は迎え入れません。
     許しを与える者こそが死後救いを得るのです。握り固めた拳を開き、隣人の手をお取りなさい』

聖書の言葉を引用し、非難するのではなく、あくまで正し導こうとする姿に、多くの者は感動を覚えるだろう。
そして、彼は瞳を滲ませる同胞の肩に優しく手を置き、続けるのだ。

(-@∀@)『よろしいですか?
     暴力を振るって良いのは化け物と異教徒に対してだけです』



12: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:49:03.31 ID:1aJD2XM10
(-@∀@)『ところで、ツー。本日はどのようなご用件で?』

(*゚∀゚)『あぁ、これだよ、これっ!!』

言って砂漠の魔女は、腰につけた紐を摘み上げた。
そこには通常じゃらじゃらとギヤマンの玉が飾り付けられているのだが、今は2・3個が寂しく揺れているだけである。

(*゚∀゚)『焔星を貰おうと思ってねっ!! 【雷獣】は居るんだろっ!?』

(-@∀@)『はい。裏庭のいつもの場所に』

(*゚∀゚)『了解っ!!』

アサピーの言葉が終わらぬうちに、ツーは庭を横切り、建物の脇を抜ける路地に駆けて行く。
あまり礼儀正しいとも言えぬ行いだが、この程度で目くじらを立てるほど聖職者は狭量ではない。
若さゆえの性急さと笑って受け流す。

(-@∀@)『そうだ。今日は夕食を食べていくのでしょう?』

(*゚∀゚)ノシ『おー、飛びっきり香辛料効かせておくれっ』

振り返り、後ろ向きに走りながら路地の影に消えていく姿を、満足そうに見つめた。
それから彼は急な来訪者に中断させられた、洗濯物との格闘に戻っていく。
風に靡くシーツの影に隠れた籠から、洗ったばかりのタオルを引き出し、パンと皺を伸ばした。
先に乾していたシーツは、南の陽光に晒されて早くも渇きはじめており。

(-@∀@)『夜から雨が降り出すとの事でしたが、この分では洗濯物は全て乾きそうですね』

一人、そんな事を呟くのだった。



13: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:51:39.52 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

(*゚∀゚)『やぁやぁ、ガキンチョどもっ!! ちょっとあたし様も混ぜとくれっ!!』

路地を抜け裏庭に回った彼女が見つけたのは、甕球と呼ばれる球技に興じる孤児達の姿だった。
甕球とは、羊の睾丸を膨らませて乾燥させたボールを使って行なわれる遊戯だ。
コートの両脇に置かれた甕にボールを蹴り入れて得点を競いあい、手を使ってはならぬ所はサッカーに似ている。
ただ、ゴールキーパーを置かない事、シュートを放った位置によって得点が変わるなど異なるルールも多い。
サッカーとバスケットボールの中間と言うくらいの感覚が、最も分かりやすいかもしれない。

少年『あーっ、ツー姉が来たぞっ!!』

(*゚∀゚)『アヒャヒャ、久し振りだね、元気だったかいっ!?』

子供達の輪に飛び込んでいく頃には、彼女の頭から来訪の理由などとうに抜け落ちている。
何事にも手を抜かず全力で立ち向かうのが、彼女の流儀だからだ。

少年『///』

(*゚∀゚)『ヒャヒャヒャ、どーしたーっ!?』

ただ、堪らないのは少年達の方である。
甕に球を蹴りこむ、と言う事からも分かると思うが、遊戯に興じているのは少年後期。
つまり、第二次性徴が始まりかけた年齢の子供達だ。

そんな事など気にもかけず、砂漠の魔女は日に焼けた足を伸ばし、剥き出しの肌を押し付けてボールを奪いにくる。
彼女が駆けるたび、巻きつけた腰布が翻って紐のような下着や尻が丸見えになる。
香浴を欠かさぬ身体から染み出す汗だけでなく、髪の一本一本までもが芳しい香気を放っていた。



14: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:53:55.59 ID:1aJD2XM10
(*゚∀゚)『ヒャヒャヒャ、だらしないねぇっ!! また、あたし様の勝ちさっ!!』

少年『……うるせーよ』

そんなワケで、高下駄のようなサンダルを着用しているにも拘らず、勝負は常にツーの加わったチームの圧勝に終わる。
芝の上に胡坐をかき、不貞腐れた風にそっぽを向く少年を見下ろして、彼女は心底満足だった。

(*゚∀゚)『精進しろよっ、少年っ!!』

少年『///』

言って竹筒の栓を抜き、果汁を絞った水を口に注ぎ込む。
細い喉が動くたび、口から溢れた液体が顎をつたって豊かな胸に垂れていく。
それを見た少年は、また顔を赤らめて明後日の方に視線を向けるのだ。
かわいそうに、彼は今日悶々と眠れぬ夜を過ごす事になるのだろう。

少年『……ところで、今日は何しに来たんだよ』

(*゚∀゚)『あ、そーだっ!! 【雷獣】いるかいっ!?』

ようやく自分の目的を思い出した彼女は、むすっとした表情で少年が指差した井戸の方へ向かう。
それから、井戸の中を覗き込み、大きく息を吸い込んで。

(*゚∀゚)『出て来いっ!! あたし様が会いに来たよっ!!!!!!!!!!!!!』

ありったけの大声で、井戸の底に向け叫んだ。
すると……



16: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 11:57:53.98 ID:1aJD2XM10
━━━━━━━━━━ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ

砂漠の魔女の大声と、井戸の底から響いてきたか細い悲鳴。
それと、どんがらがっしゃんと盛大な物音が鳴りわたったのは、全くと言って良いほどに同時であった。

それから、小屋一軒を叩き壊したような一際大きい轟音。
数瞬遅れて、井戸からもくもくと土煙がたちのぼる。

(*゚∀゚)『ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!相変わらず可愛いねぇっ!!』

少年『……可哀相だからあんまりいじめてやるなよ』

呆れたような物言いは、明らかに井戸の中の人物が日頃からどのような扱いを受けているのか、
知っているからこそ口から出る物であろう。
やがて、土煙が晴れる頃、井戸から這い出るようにして一人の女が姿を現した。

柳のように細い身体は純白の聖職衣につつまれ、肌は透けるように白い。
生を受けて以来切った事が無いのかと疑いたくなるほど長い黒髪は絹糸の様に細くしなやかで。
埃にむせかえる涙声もまた、小鳥のように小さいものである。

川;д川『けほっけほっ。何するんですかぁ。私がいったい何をしたって言うんですかぁ……』

(*゚∀゚)『ヒャヒャッ。挨拶だよ、挨拶っ!!』

彼女の名は貞子。
海の民出身者にして、アルキュ全土においても類を見ない異形の天才。
与えられた地位は【十二神将】が第十位。

【雷獣】の異名を持つ者である。



17: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:00:52.43 ID:1aJD2XM10
(-@∀@)『貴女もたまにはやり返してやれば良いのです』

(;*゚∀゚)『いやいや。あたし様死んじゃうから』

その日の晩。一日の業務を終えた彼らは、アサピーの私室でささやかな宴を開いていた。
まだまだ遊び足りぬと騒いでいた子供達を寝かしつけてからの夕餉ゆえ、時刻はすでに翌日を迎えている。
日没と同時に降り出した雨が、少し空気を冷やしすぎているように感じた。

川;д川『やめてくださいよ〜。私がツーさんに勝てるわけないじゃないですか〜』

(-@∀@)『謙遜は美徳と言いますが、度が過ぎると己を過小評価する愚者になります。
    貴女はもう少し自信を持ったほうが良い』

(;*゚∀゚)『いやいや、本気で煽らないでおくれ』

ぼやきつつもツーは香草を塗して炙った羊のあばら肉に齧りつく。
口の周りが脂でべとべとになるが、気にかける素振りも見せないのが彼女らしいと言えよう。
その向かいでは、生野菜に葡萄酢と塩をかけただけの物を、貞子がちまちまとフォークで突いている。

アサピーが言うように、神将の中で最も低い地位にいながらも貞子の戦闘力はツーに劣る物ではない。
確かに、この場で取っ組み合いの喧嘩でも始めれば貞子はツーに一瞬でのされてしまうだろう。
が、それが戦場となれば話は別だ。

【金剛吽】弟者の義手や【無限陣】クーの義足。ツーの愛用する焔星を作り出した異形の天才は、
戦場において【闘神】と呼ばれる巨大な兵器を乗りこなす。
単体で万騎と互角にわたり合うと言われる【闘神】の主である彼女の力は、他の神将と比較しても決して見劣りする物ではない。
にも拘らず貞子が神将の第十位などと言う地位に甘んじているのは、
単に彼女が争い事を嫌い、控えめな性格であるが故に過ぎなかった。



20: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:05:35.05 ID:1aJD2XM10
(-@∀@)『ところで。ヴィップとニイトの衝突はもはや避けられぬところまで来ているようで。
     どうやら、この度の出兵は本格的に無駄足だったようですね』

子供の腰周りほどありそうな巨大な陶のグラスを手にして、腰を下ろした聖職者が言う。
中に注がれているのは、南部でよく飲まれている麦酒であろう。
彼の言葉を耳にした砂漠の魔女は、これ見よがしに眉をしかめた。

(#*゚∀゚)『全くだよっ!! いい迷惑だっ!!』

北で起きた内乱の首謀者と影で繋がっていたメンヘルの最高指導者モナーは、
この内乱が失敗に終わった時に備えてテネシー公の兄弟やエドワードらに“ある策”を与えていた。
その内容をツーが知ったのは、つい先日。【白鷲】フィレンクトに破れてモスコーに撤退してからである。
もっとも、彼女自身『モナーがこのままで終わる訳が無い』と判断して兵を引いたのであるが、情報があるのと無いのとでは戦術の幅が変わってくるのは当然。
その事に彼女は腹を立てていたのである。

ただ、ヴィップとニイトの衝突が避けられぬ理由も、今となってはエドワードの身柄をニイトが保護しているから、というだけでは無い。
それはヴィップ側の理由であり、ニイトの方にも国家の生命線たる商業の妨害をされたと言う口実がある。
そして、メンヘルの地にいる彼らが知る余地もないのだが、【王家の猟犬】ニイト=ホライゾンという一人の青年の存在がまた、問題をさらに難しくしてしまっていた。

(-@∀@)『兎に角。我らは両国の争いをじっくりと拝見するとしましょう。
    異教徒どもが互いの喉笛を噛み千切り合う。これは聖書にもある“メシウマ”と言う状態に他ならないのですから』

言ってアサピーは巨大なグラスを傾ける。
それだけで、琥珀色の液体は半分が彼の胃に流し込まれていった。

川д川『雨……北でも降ってるんでしょうか』

見ず知らずの者達。足を踏み入れた事も無い土地の争い事でも、貞子にはとても悲しい出来事のように思える。
冷たい雨は、天が嘆いているように思えて。
【雷獣】と言う恐ろしい異名を持つ女は、ボソリと呟くのだった。



22: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:08:57.49 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

从;゚∀从『……ニイト=ホライゾン……だと?』

時は、南の地に置いて【不敗の魔術師】が市を歩き回っていた頃に遡る。
遥か北、ニイトの地において【天駆ける給士】ハインは予想だにしなかった事実に息を飲んでいた。

从;゚∀从『記憶どころか名前すら覚えてねぇ“持たざる者”の正体が、世が世なら王子様だったって事かよ』

川 ゚ -゚)『その通りだ。そして、ホライゾンは男子でもある。その意味が分かるな?』

(;^ω^)『……』

当代において、アルキュと言う小島以上に女性が地位を確立している国家は存在しなかったと言っても、過言ではあるまい。
世界的に見ても、ようやく銃器が真価を発揮しだした頃で、騎士文化真っ盛りとも言える時代であるから、随分と異質な存在である。
理由としてあまりに戦乱が長く続きすぎたせいで、女性が家を守っているだけでは国が動かなくなってしまった事に起因するのだが、
それはさて置き。

それでも、国の最高権力者ともなれば話は変わってくる。
リーマン。メンヘル。ニイト。モテナイ。
俗に言うアルキュの四大民族であるが、その歴史の中で女性が重職についた事はあっても指導者の地位に就いた事はない。
【金獅子王】ツン=デレが王を名乗っているのも、統一王の後継が彼女の他にいないからであり、
それ故に彼女は少女期を幽閉されて過ごす事になったのだ。

しかし、ここに新たな王族の血を統く者が現われた。
王妹ペニサスが一子、ニイト=ホライゾン。
父モララーは統一王の死後、王の座を狙って謀反を起こしたとされる人物だが、その罪を帳消しにして余りある価値が青年の名にはある。
もし、彼のもとでニイトがアルキュを統一したとなれば、後世においてモララーこそが悲劇の英雄。
評議会や他の民族だけでなく、統一王の血統上正式な後継者であるツンですら王の座を詐称する者としてしまえるだろう。



23: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:11:43.31 ID:1aJD2XM10
川 ゚ -゚)『分かったか、薄汚い暗殺者よ。貴様がどれだけ身の程を知らぬ行いをしてきたのか、を。
     そして、ホライゾンが真に生きるべき場所とは何処なのか、を』

从;゚∀从『……っ』

クーの言うよう、ブーンがペニサスの子であるのなら、白面の長としてヴィップに戻る理由はない。
それどころか、大きな壁としてツンの前に立ち塞がる事になる。
そしてそれは給士と猟犬。そして白い狼。
三人の過去にまつわる因縁が存在すると言う事でもあり━━━━━

川 ゚ -゚)『貴様は言ったな。“ハインリッヒと言う名は捨てた”と。
     しかし、その名前がそう簡単に捨てられる物だと本当に思っているのか?』

从;゚∀从『あ……うあ……』

給士はいますぐにこの場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られていた。
それでも、その足はピクリとも動かない。動けない。
罪の呪縛は今もなおハインの身体を絞り上げる。

川 ゚ -゚)『ならば聞かせてやろう。貴様に全てを奪われた者の昔話を。
     辛い話だが、ホライゾンの記憶を取り戻す切欠になるやもしれんしな』

前置きしてから、静かに【無限陣】ニイト=クールは語り出す。
そう。それは彼女がまだしあわせ“だった”頃の思い出。

どんなに過酷な事実であっても、歴史の真実を追い求める諸兄らならば全てを知ろうとするであろうと思う。

だが、忠告しよう。
心弱き者はこの先の領域に決して足を踏み入れてはならない、と。



24: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:14:27.31 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

o川*゚ー゚)o『ほら、行くよーホライゾン!!』

( ^ω^)『おっおっおっ、ちょっと早すぎるおー!!』

草原を二人の子供が駆け回っていた。
両腕を翼のように広げ、その手の中で風を受けくるくると回っているのは竹とんぼ。
先を行く少女の柔らかい黒髪は風に泳ぎ、やはり黒髪のやや幼い少年がそれを追いかける。
春の草原は大地を覆う若草も柔らかく、子供達のむき出しになった足を傷つける事も無い。

乾いた土の匂い。青々とした草木の香り。そして、微かに甘く漂う花の薫り。高い空は青く、厚みのある白い雲が浮かんでいる。
草原は駆けるのが大好きな子供達にとって世界の全てと言っても良いほどに広く、その中央には桜色の花に包まれた大樹が根を下ろしていて。
その全てが一体となって少女と少年を包んでいた。

駆け回るのに疲れると、子供達は若草の絨毯に身を横たえて空を見上げる。
そして、風に流れる雲が形を変えていく様を楽しむのだ。

o川*゚ー゚)o『ほら、見てホライゾン!! あの雲、お菓子に見えない!?』

( ^ω^)『おっおっおっ、クー姉様は食べ物のお話ばかりだお』

o川*゚ー゚)o『あーっ!! 言ったなホライゾン!!』

陽光をたっぷり浴びた大地はポカポカと暖かく、風で二人の身体を冷やしすぎる事も無い。
そうして休むのが退屈になってきた頃、二人は追いかけっこを再開するのだ。



25: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:16:08.48 ID:1aJD2XM10
やがて、太陽が西の果てに沈む頃。
二人の世界は美しい夕焼け色に染め上げられる。
背後には、くっきりと長い影が足元から伸びていて。
子供達は手を繋ぎ、飽きる事も無く巨大な夕陽が消えていくのを眺めた。

夕焼けは子供達にとって、幸せな遊びの時間が終わる合図だ。
どんなに楽しくても、日が沈めば今日と言う日はお終い。
だから、美しい夕陽はどこか寂しく。
二人はいつも、日が沈まなければ良いのに、と願っていた。

???『おーーーーーーーーーーーーーい。二人とも、ご飯だよーーーーーーーーー!!』

それでも、城門を潜ってきた男が二人を呼ぶと、そんな寂寥感など消え去ってしまう。
競う様にして男の下に駆け寄ると、少女はその逞しい腕に。少年は広く厚い背中に飛びつくのだ。

( *^ω^)『ご飯だおー、ご飯だおー』

o川*゚ー゚)o『違うよホライゾン!! “だおー”じゃなくて“だよー”だよ!!』

( *^ω^)『だおー、だおー』

1つしか離れていないくせに年上風を吹かす少女と、舌っ足らずな少年。
その姿を目を細めて見ていた男は、やがて二人を肩に乗せて歩き出す。
子供達は高くなった目線が楽しくて、それでも少しだけ怖くて、男のゴツゴツした大きな手にしがみつき。
男は、そんな二人に嬉しそうに問いかけるのだ。




( ・∀・)『二人とも、今日も一日楽しかったかよ?』



27: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:18:49.24 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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━━━━━━

川 ゚ -゚)『……貴様にとってはつまらない話でしかないだろうな。
     父はニイト公モララーとは言え、幼い姉弟には関係のない話だ。
     だが、このつまらない日常こそが私達の世界の全てだった』

静かに語るクーの顔は幸せに満ち溢れていて。
それはまるで、贈り物の包み紙を丁寧に剥がす少女のようだった。

思い出とはいつか色褪せてしまう物。
しかし、彼女が語る思い出は美しく色鮮やかで、きっと大切に守り続けてきたのだろう。
何故なら、それがクーと言う人間を支えてきた大切な人生の道標だったから。

川 ゚ -゚)『だが、統一王の死を機に世界は大きく変わり始めた。
     父が王の死後、中央を支配しようとしていた【評議会】に向けて兵を挙げたからだ。
     父は王にとっては義理の弟でもあるし、【評議会】台頭の影で多くの【王室派】貴族が暗殺された事も
     出兵を決意させた一因だったのだろう。
     もっとも……この辺りの事は実際に王都で凶刃を振るい続けてきた貴様の方が良く知っているだろうがな』

从 ∀从『……』

ハインの沈黙を肯定の返事と受け止めたのであろう。
クーは言葉を続ける。

川 ゚ -゚)『それでも、私達は父が敗北するなどと微塵も思っていなかった』



29: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:22:41.85 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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o川;゚ー゚)o『うぅ〜、漏れちゃう漏れちゃうよ〜』

明かりの消えた宮殿の廊下を一人の少女が足早に歩いていた。
夜になれば官女が灯して回る、壁に取り付けられた松明の火もすでに落とされてしまっている。
それでも開いた窓から差し込む星の光が、少女の視界を照らしてくれていた。
夕食後に母が剥いてくれた梨を食べ過ぎてしまった事を少し後悔しながら、廊下を進む。

o川;゚ー゚)o『あれ?』

そこで彼女は、両親の寝室の扉が僅かに開いているのを見つけた。
隙間から漏れる灯りがくっきりと戸の形を映し描いている。
普段の少女であれば、そのような物に気を惹かれる事もなく厠へ急いだであろう。

が。
その日は父モララーが戦に出る最後の晩だった。
だからこそ、母も長期に亘って子供達の笑顔と離れ離れになるモララーが
少しでも多く子供達と触れ合えるよう、いつもより多く梨を剥いたのだ。

o川;゚ー゚)o『……』

まだ幼い彼女には、父が何故戦に出るのかなど全く分からぬ。
理解できるのは、大好きな父親と暫くの間会えなくなってしまうと言う事だけである。
微かに漏れてくる両親の声に好奇心を抑えきれなくなった彼女は、こっそりと扉の隙間に顔を近づけた。



31: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:24:50.33 ID:1aJD2XM10
('、`*川『モララー……本当に行ってしまうのね』

( ・∀・)『ゴメンよ、ペニサス。でも僕はもう我慢できないんだよ』

部屋の中を覗き込んだ少女の目に入ったのは、まず父の広い背中だった。
身に纏うは白地に赤で縁取りされた戦外套。
背には少女の背丈をゆうに超える長大な両手剣を襷掛けにしている。

それはこの世のどこを探しても同じ物がないと思えるほどに風変わりな両手剣だった。
まず、鞘らしき物がない。
父はそれを剥き出しのまま革のバンドで背に固定していた。
刃は二等辺三角形で、色は海の色を思わせる青。金竜を模した唐草飾りが巻きつけられている。
少女の胴体ほどの幅を持つ刃の付け根からは、それと垂直に補助柄が備え付けられていた。
そして、それこそが父の異名となった聖剣。ラウンジの遥か北、神話の国に住む湖の妖精から父が与えられた神器。
【勝利の剣】と呼ばれる物である事を、少女は知っている。

('、`*川『でも……モララーの身に何かあったら私はどうしたら良いか……』

( ・∀・)『大丈夫だよ、ペニサス』

言って父は母の髪をそっと撫で付ける。

( ・∀・)『僕には持ち主に勝利を約束する聖剣【勝利の剣】と、持ち主を死から守る鞘があるよ。
      アルキュに伝わる究極の剣技【夢幻剣塵】もあるよ。僕は決して負けない。信じて欲しいよ』

そのままモララーはペニサスを抱き寄せた。
母もまた、抵抗する事無く胸に顔を埋める。

そこまで見た所で、クーは扉を離れた。
子供心に、これ以上は見てはならぬと感じたからかもしれない。



33: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:27:58.62 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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川 ゚ -゚)『……そして、これが私が父の姿を見た最期となった』

从 ∀从『……』

(;^ω^)『父さんは……そんなに凄い人だったのかお』

四輪車に座すクーの瞳はハインを見据えて動かない。
対して、ハインの目は虚ろで怯えているように青年には感じられた。

事実、当代においてモララーは誰よりも強かったとされている。
手にした聖剣の加護があるのは勿論。
個人技では【白鷲】フィレンクトや【狂戦士】ダイオードと互角に渡り合い。
戦術では【全知全能】スカルチノフに引けを取らない。
【預言者】モナー以上のカリスマを持ち、用兵術では【常勝将】シャキンや【天使の塵】フッサールと比肩する。
統一王の義弟と言う立場もあり、多くの者達がモララーの勝利を信じて疑わなかった。

川 ゚ -゚)『父は本当に強かったよ。カンパリに兵を集め南下した父は、
     瞬く間にネグローニ・アイラ・カリラの三都市を陥とした。デメララの北東・バカルディは戦う事無く降伏し、
     遂に父はシャキン率いる戦車隊との決戦に臨もうとしていた』

そこでクーは言葉を区切った。そして、吐き捨てるような口調で声を続ける。

川 ゚ -゚)『だが、父は敗れた。何故だか分かるだろう?
     そうだ。バカルディの降伏は偽りに過ぎず。そこから山道を北に抜けた別働隊がニイトを陥としたからだ』



36: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:31:48.93 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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o川*;ー;)o『うわ〜ん!! 怖いよー助けてー父様母様ーーーーーーっ!!』

('、`;川『やめて!! 子供には手を出さないでっ!!』

从 ゚−从『……大人しくしていれば今はまだ殺さない』

たとえ生き長らえたとしても、その光景を生涯忘れる事はないだろう。
恐怖に怯え、泣き叫びつつも幼いクーは何処か冷静にそんな事を考えていた。

連戦連勝を重ねる父からの朗報に心を躍らせながら布団に包まったある晩。
見張りの兵を殺し、城門を開いた隠密は彼女と大差ない年頃の少女だった。
隠密は石畳に仰向けに倒れるクーの胸を片足で踏みつけ、首筋にべっとりと血で染まった小太刀の切っ先を押し当てている。
それはまるで、娘の身柄さえ確保してしまえば母親の抵抗もなくせる事を計算しているかのようであった。

暴れようと思えば、それも可能であっただろう。
が、圧倒的なまでの恐怖がそれを不可能にさせていた。
路地裏の浮浪者のようにボサボサの赤い髪。
硝子細工を思わせる虚ろな瞳。
そして、血を滴らせるボロボロの黒外套。
その全てが両親に温かく見守られ育ったクーには未体験の恐ろしさを秘めておリ。
どれ程の罪を重ね続ければこのような悪鬼が生まれ出るのか?
彼女には想像する事も出来なかった。

???『おっ!? 上手くやったみてぇじゃねぇか』



37: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:34:41.08 ID:1aJD2XM10
o川*;ー;)o『ひぃっ!?』

ぞろぞろと室内に入って来た男達を見て、クーは小さな悲鳴をあげた。
叫び声をあげなかったのは、本能的に男達を刺激してはならぬと察知したから。
それでも、声を押さえ込む事は出来なかった。
何故か?

何故なら、男達は手に手に血に濡れた剣を下げていたからである。
彼らは罪人で構成された部隊。
元より規律も法律も存在せず、勝利の興奮に自身を押さえ込む者など殆どいなかったのであろう。
先頭を歩く男が引き摺っているのは、クーもよく見知っている官女。
青い月明かりが、全身を赤く染めグッタリとした彼女の裸体を照らし出していた。

兵『へっへっへっ……後は俺達が面倒見てやるよ』

言って一人の兵士が隠密の少女を押しのける。

从 ゚−从『……何をするつもりだ?』

兵『決まってるだろ? 命令は殺しちゃならねぇ、ってだけだからな。その前に高貴な方々の身体の味を堪能するだけさ』

从 ゚−从『……』

その言葉を聞いた少女の目が大きく見開かれる。
そして。




━━━━━ああああああああああああああああああああああああああああああああああ



39: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:37:15.28 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

(;・∀・)『何っ!? ニイトが陥落したっていうのかよ!?』

爪;゚Д゚)『はっ!! 只今、早馬が伝えてまいりました!!』

ニイト落城の知らせは日を跨がずに戦場のモララーの下へ伝えられた。
副官ラーゼの言葉に、思わずモララーは声を荒げる。

(;・∀・)『妻は!? 子供達はっ!?』

爪;゚Д゚)『恐れながら…宮殿が焼け落ち、消息は掴めておりませんっ!!』

(;・∀・)『……そんな馬鹿な』

糸が切れた人形のように座に腰を落としたモララーは、背を丸め頭を抱え込んだ。
そのような主の姿など見た事も無かった副官は慌てふためきつも策を献じる。

爪;゚Д゚)『こうなれば、至急ニイトに引き返し城を奪い返しましょう!!
     この事が兵に知れ渡れば【常勝将】との戦どころではありません!!』

(;・∀・)『それは出来ないよ。そんな事をすればシャキンに背を見せる事になるよ。
      その機を見逃す奴じゃない。僕らは間違いなく全滅する事になるよ』

言ったままピクリとも動かず。
永遠とも思える数十秒が過ぎ去った後、彼は意を決したように立ち上がった。
背負った聖剣を取り外し、副官に差し出してから言う。

( ・∀・)『ラーゼ。お前はこの【勝利の剣】を持って兵と共にニイトへ戻れ』



41: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:40:05.82 ID:1aJD2XM10
爪;゚Д゚)『なっ!? まさか、モララー様!!』

( ・∀・)『大丈夫。心配いらないよ。勝利を約束する刃も、この身を護る鞘も無くても、
      僕には【夢幻剣塵】がある。決して負けないよ』

部下の言葉を先読みして妨げてから、声を続ける。

( ・∀・)『だから、ラーゼ。お前は万が一の時の防衛線だ。
      お前に預けた【西方の焔】と僕の【勝利の剣】をニイトに持ち帰り、我が民を護る人材を育ててくれ。
      たしかお前には双子の姉妹がいただろう? あの子達なら次世代のニイトを託せる者になってくれる筈だ』

その言葉はきっと、子を持つ部下を死地に送るまいとしての物。
決して言を反さぬだろう事を察したラーゼは、ただ一言告げる。

爪 ゚Д゚)『……分かりました。御武運を、モララー様。貴方に仕える事が出来て私は幸せでした』

( ・∀・)『ありがとう、我が友ラーゼ。僕もお前と知り合えて楽しかったよ』

二人の男は最後に固く握手を交わす。
永遠の別れとなると知っていても。いや、だからこそ表情は柔らかく微笑んでいて。
手を解いてからは互いにすぐさま踵を返し、二度と目を合わせる事は無かった。

そうして、西の果てに燃えるような夕陽が沈んでいく頃。
それが男達の友情が本当に終わる時間。
部隊が北に戻っていくのを見届けたモララーは、追撃に向かわんとするシャキンの戦車隊に単身飛び込んでいく。
その剣技は凄まじく、一人で評議会軍を殲滅させんと言うほどであった。

彼の戦意を打ち砕いたのは、戦場に届けられ敵陣高く掲げられた妻の首。
捕らえられ、【評議長】ニダーの前に引き出されたモララーは最後にこう叫んだと言う。



45: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:43:05.96 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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━━━━━━

川 ゚ -゚)『“おのれ、薄汚い略奪者め!! 友を裏切り、何を得ようとするのか!?
     だが、忘れるな!! 僕が死んでも我が智を引いた娘がいる!! 我が武を継いだ息子がいる!!
     幾星霜の時を越えようとも、貴様らを討つ者は必ずや僕達ニイトの民であろうよ!!!!!”』

从 ∀从『……』

(;^ω^)『……それが父様の最期』

そこまで話してクーは再度言葉を止めた。
それが彼女と青年の両親の物語。話を区切るにはちょうど良いと判断したのだろう。

(;^ω^)『凄く……強い人だったんだお』

川 ゚ -゚)『当たり前だ。父にとっては私やホライゾンに継がれた瞬歩法など小手先の技法に過ぎない。
     そのような物は、【夢幻剣塵】の一環にしか過ぎないのだ』

(;^ω^)『……嘘みたいな話ですお』

それ以上話を逸らせる必要は無いと思ったのか。
クーは過去の話を再開する。

川 ゚ -゚)『まだ幼すぎたホライゾンは私と母が逃がした為、難を逃れた。
     もっとも、そのせいで記憶を失い、ずっと離れ離れになってしまったがな。
     だから、これから語るのは私自身の話だ』



47: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:47:21.93 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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o川* - )o『……』

気付けば少女は暗闇の中にいた。
どんなに泣いても叫んでも、何処からも助けの手も伸びず。声もかけられない本当の暗闇。
一欠けの光も差し込まないその場所で、何時しか彼女は声を出す事すら出来なくなっていた。
うつ伏せの身体に、土の感触が酷く冷たい。
湿った大地からは温かみをまるで感じず、ただただ恐怖だけを彼女に与えていた。

そんな中で、全身に残る痛みだけが彼女の生命を繋いだのは皮肉と言うほか無い。
疲労。孤独。衰弱。絶望感から気を失う。
そのまま眠ってしまっていれば、時を待たずして両親の待つ天界に旅立てただろう。
が、稲妻のように走る痛みが彼女を覚醒させてしまうのだ。
ヒリヒリとした痛みは火傷で、骨が折れているであろう痛みも多々にあった。
両足は膝から下の感覚が一切失われており、そろそろと腕を伸ばすと固い何かの下敷きになっている事が分かる。

o川* - )o『……怖いよ……父様母様……助けて……ホライゾン』

それでもクーは自ら命を絶とうとは考えなかった。
どこから入り込んだのか、傷口に沸いた蛆を喰って飢えを凌ぎ、湿った小石を舐めて喉の渇きを癒す。
そして。

男の声『おい!! 手を貸してくれ!! こっちにまだ生きている子供がいるぞ!!』

幾日が過ぎたのであろうか。飛び込んできた白い光と人の声を合図に、クーは意識を手放した。



49: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:50:47.09 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

/;3『……やっと気がついたかい、クーちゃん』

o川* - )o『……スカルチノフおじ様?』

意識を取り戻した少女の目にまず飛び込んできた物。
それは、父の友人でもあった老軍師の後姿。
牡丹や椿を刺繍した派手派手しい外套の背中だった。
思わず漏れた声に、【全知全能】と呼ばれる老人は思わず飛びついてくる。
頬に触れる長い白髭が、少女には少しこそばゆかった。

/;3『良かったよ。もう目が覚めないかと何度も思ったくらいだ』

老人は王都でも穏健派で知られ、父とも親しくしていたのを少女は覚えている。
この度の戦でも彼は一人和解案を主張し続けてきた。
そのせいで彼の部隊は唯一傷を負わず、皮肉にもそれによって未だ抵抗勢力の残るニイトへの派遣が決定したのである。
それはニイトの今後を案じる老人には渡りに船の出来事であったが、もっともそこまで少女が知る事は無かった。

o川* - )o『……』

クーは静かに首を持ち上げる。
それだけで全身が弾け飛びそうな痛みが走り、顔を歪めた。
まず視界に入ったのは全身を包んだ白い包帯。
そして、永遠に失われた……毎日のように草原を駆け回った……大切な大切な……




o川* - )o『いやああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!』



50: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:55:15.67 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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从 ∀从『あ……ああぁ……』

川 ゚ -゚)『それから私は【全知全能】スカルチノフの下、カンパリで数年を過ごした。
     彼に弟子入りしてからも何度も彼は私に“足を切断するほか命を救う道は無かった。すまなかった”と言っていたよ。
     その後私はこのニイトに戻ってくるわけだが……その後の話は蛇足と言う物だろうな』

そこでクーの昔話は。
一つの家族の“しあわせなひび”が終局を迎えるまでの悲しい話は終わりを告げた。

从 ∀从『ち、違ぅ……違うんだ……俺……ハインちゃんは……』

川#゚ -゚)『何も違わない!!』

从 ∀从『っ!!』

突如鋭くなった白い狼の声に、ハインは一瞬身体を震わせる。
その表情に色は無く、死者同然の姿がそこにはあった。

川#゚ -゚)『貴様が奪った!! 貴様が私から全てを!! 私の世界を壊したんだ!!』

从 ∀从『ちがう……いや……いやだ……』

川#゚ -゚)『奪った者は忘れることが出来よう!! 捨てる事が出来よう!!
     だが、奪われた者は忘れない!! 壊された者は許す事などしてやらぬぞ!!』



52: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 12:58:55.43 ID:1aJD2XM10
言ってクーは立ち上がる。
白い鶴縫と下半身を覆い隠していた長布を脱ぎ捨てた。

(;^ω^)『……クー様?』

その下に纏っているのは、童女が着るような空色の衣だ。肩と太股まで顕わになるそれを、藍色の帯で縛っている。
長身のクーがそのような衣服を身に着けていれば、劣情を掻き立てられる者もいるかも知れぬ。
が、それを見た青年が興奮を覚える事は無かった。それどころか、見てはならぬ物を見てしまったかのように、はっと息を飲む。

何故なら、姉の肌には至る所に赤黒く捩れたような火傷の跡がついていたからである。
そして、彼が初めて見る、クーが地に両足を着けた姿。
膝から下に装着された、血を煮詰めたように赤い円錐形の義足。

川 ゚ -゚)『見るが良い、暗殺者よ。これが貴様に全てを奪われた者の姿だ』

从 ∀从『……あ……あぁぁぁぁぁ……』

ガシャンと重い音を立ててクーが足を踏み出した。
同時にハインはよろめく様にして後退する。

川 ゚ -゚)『この義足の名は【斬見殺】と言う。
     貴様に奪われた“駆ける力”は例えメンヘルの【雷獣】と言えども甦らせる事は出来なかった』

だが。
そう前置きしてクーは続ける。

川 ゚ -゚)『だが、私はもう一つの力を手に入れたぞ!!
     身に刻むが良い!! これが貴様を滅ぼす為に手に入れた、瞬歩に代わる力だ!!』

言葉を吐き終えると同時に地を蹴った。



55: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:07:10.24 ID:1aJD2XM10
从 ∀从『っ!!』

まず最初に見舞われたのは、何の造作も無い前蹴りだった。
が、給士はそれを避けようとも出来ず、まともに腹に受ける。

川 ゚ -゚)『一撃で終わらせると思ったか?』

前のめりに倒れこまんとするハインの髪を掴み、鳩尾に鋼の膝を叩き込んだ。
何度も。何度も何度も。何度も何度も何度も。被害者の身体が浮き上がるような膝蹴りを繰り返す。
そして給士の腕はダラリとぶら下り、それを防ごうとはしなかった。
意識が無いのではない。
クーの打撃は確実に意識を刈り取らぬよう腹部に集中していたし、もとより闘う前から戦意など失せ果てていたからである。

从 ∀从『……』

川 ゚ -゚)『……何故抵抗しない? 大人しく殴られていれば許されるとでも考えているのか?』

言ってハインの身体を軽く突き飛ばす。

川 ゚ -゚)『だが、それは間違いだ。貴様には死すら生温いと知れ』

从 ∀从『……いやだ……ごしゅじ…………』

川 ゚ -゚)『息を吐くな。臭い』

距離が開いたところで身を捻り、後ろ回し蹴りを放つ。
鉄の義足の重量を遠心力に上乗せした一撃は、容易くハインの身体を弾き飛ばした。
その身体は土煙をあげながら大地を転がり、城壁を囲む堀の直前で静止する。

从 ∀从『……あ』



56: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:11:56.41 ID:1aJD2XM10
給士の視線が目の前の堀に注がれた。
戦う意思を持てぬ今、彼女に出来る事は逃げる事しかない。
そして、両の足が動かぬとあっては為すべき道は一つしかなかった。

川 ゚ -゚)『逃がすと思うか!?』

地に爪を立てて這う姿を見て、クーもハインの考えを読んだのだろう。
逃亡を阻止せんと地を蹴った。
堀までの距離はハインの方が圧倒的に近いとは言え、勢いではクーに分がある。
逃がす事はない。
クーがそう判断した瞬間。

(;゚ω゚)『ハインさんっ!!』

川;゚ -゚)『ぬっ!?』

クーの身体が大地に倒れこんだ。
記憶を持たぬ青年が、背後から姉を押し倒したのだ。

(;゚ω゚)『クー様、駄目だお!! お願いだから……!! ハインさん今のうちにっ!!』

川#゚ -゚)『何を馬鹿なっ!? 離せホライゾン!!』

身を捻りブーンを弾き飛ばして立ち上がると、再びクーはハインに駆け寄った。
だが。

从 ∀从『ナイ……ごめ……んな』

その鋼の一撃が給士を捕らえるよりも僅かにだけ早く。
ハインの身は堀に向けて飛び込んでいた。



58: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:16:08.32 ID:1aJD2XM10
川 ゚ -゚)『くっ』

クーの緑色の瞳は、給士の身体が水柱と共に消えるのを確かに見届けた。
そして、そのまま浮かんでくる事はなく。
おそらく、水中を泳ぐか流れに身を任せて逃げ切るつもりなのだろう。

川 ゚ -゚)『くそっ……』

嘆息し、空を見上げる。
いつしか空は灰色に濁り、空気も冷たく湿り出していた。

(;^ω^)『クー様……あの……その……』

おずおずと話しかけてきた青年の声を聞いて我に返る。
永年の仇敵を討ち逃した後悔はあった。
だが、それ以上に弟の前で己を見失い醜態を晒した自分自身に苛立ちを覚える。

川  - )『……汚い身体だろう、ホライゾン』

古い火傷痕に覆われ、無骨な義足をつけた己の姿。
この醜い身体だけは愛する弟に見せたくはなかった。

川  - )『私は……ニイトを取り返す為に、ありとあらゆる手段を使ったよ。
     だが、それでも純潔だけは失わなかった。誰もこんな汚い身体の女を求めようとはしなかったからな。
     それだけは射手に感謝せねばならぬのかもしれぬ』

自嘲気味に呟く。
しかし、青年はその言葉に首を横に振った。

(;^ω^)『……そんな事ありませんお』



61: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:19:59.92 ID:1aJD2XM10
真名を取り戻した青年が思い出すのは、いつかキュラソーの宮殿で見たハインの傷だらけの背中だ。
古傷の上に新たな傷をつけるようにして覆われたその肌を、ブーンは醜いとは思わなかった。
感じたのは気高さ。
何十年と畑を耕し続けてきた老人の手に触れた時のような。
犯しがたい畏敬の念を覚えた。
この時もまた、青年は姉の傷だらけの身体に己の人生を戦ってきた者だけが見せる美しさを感じ取っていたのである。

(;^ω^)『それよりも……怪我はありませんでしたかお?
       でも、僕はハインさんにも沢山助けてもらって……。
       ハインさんが昔大変だったのは知ってるけど、それでも嫌いになれなくて……』

ゴニョゴニョと漏らす青年は、まだ自分が何を言えば良いのか。頭の中が纏まっていないのだろう。
彼に仇敵を討つ妨害をされた事には、不思議と腹が立たなかった。
むしろ、その優しい心を嬉しく思う。
同時にクーは、記憶こそ失っているものの、彼こそ生き別れた弟であるとの確信を強くする。

川 ゚ー゚)『気にするな。帰ろう、ホライゾン』

だから彼女は振り返り、笑うのだ。
憎き仇を討つ事は出来なかったが、彼女には愛して止まぬ存在がいてくれる。
失った時を取り返すには、時間は幾らあっても足りないくらいなのだから。

川 ゚ー゚)『雨が降ってきそうだ。市の探索は中止だな。
     その代わり、今夜はレーゼに思う存分腕を振るってもらおう。
     レーゼが作る焼き菓子はふんわりとしていて絶品だぞ』



62: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:23:30.54 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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━━━━━━

キールの山奥。
鉄扉で外界から遮断された洞窟の最奥に、一人の少女がいた。
壁に打ち付けられた鎖で、身体が十字になるよう絡めとられ自由は一切利かない。
衣服は一切身に纏わず、その下半身は氷のように冷たい地下水に沈んでいた。

???『……』

ガラス玉を思わせる虚ろな瞳は、微かに彼女の魂がその身から抜け切っていない事を伝えてくれる。
微弱ではあっても小さな胸は呼吸に合わせて規則正しく動いている。
生きている。
いや、見せしめの為に生かされているのだ。

彼女の養父は裏切りを許さない。
それがどれほど理不尽な要求であっても、こなせぬ者は裏切ったと見なされる。
おそらく少女は生きたまま身体が腐り果てるまでここで生かされ続けるのだろう。

???『……』

しかし、それでも構わなかった。
与えられる罰はどのような物であっても身に受けようと決意した。
多くの罪を犯し。掌は血に染まり。身体からは血臭が漂う。
そんな自分には、お似合いの末路だと思った。



64: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:27:50.59 ID:1aJD2XM10
類稀な才能と失ったものへの愛情。それに、幼い正義が少女の人生を狂わせた。
繰り返される流血の毎日。
彼女を煽り、影で笑っていた者はいただろう。
それでも、実際に罪を重ねたのは少女自身だ。

己の身に降りかかった悲劇を誰にも味わせたくなくて。
ひたすらに凶刃を振るい続けた。
それが何時しか理想に繋がるのだと信じこんで。
ただただ心を殺し続けた。

そして。
己の行為がかつての己自身を量産しているだけに過ぎないのだと知った時。

少女の心は粉々に砕け散った。

???『……』

洞窟の天井から垂れる水滴が、一定のリズムで身を浸す池に滴り落ちる。
それで彼女は外では雨が降っているのだと気付いた。
と、同時に鉄扉が開かれ、中に誰かが足を踏み入れて来た事を知る。

???。oO(……?)

この雨の中、見せしめになっている少女の見物に来る酔狂者がいるとは思えなかった。
彼女を生かし続ける為、腐った残飯を口に詰め込んでいく生き人形が来る時間でもない。
だとすれば、おそらく道に迷った旅人が雨宿りにでも立ち寄った物だと考えるのが自然であった。

その者は、備え付けの火打石を使って壁にかけられた松明に火を飛ばし始める。
常用されている松明は幾ばくかの時間を置いて赤々と燃え上がり、侵入者の姿を映し出した。
頭に乗せた冠からすると、おそらくは男のようである。



66: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:33:16.65 ID:1aJD2XM10
もしも、この世に神がいるならば。
何故この少女に過酷を背負わせたのであろうか。

そして。
少女の養父が“見せしめの為”として鉄扉に鍵をかけさせなかったのは。
この侵入者が父についてキールの山奥にやってきたのは。
退屈を紛らわせる為に出た散策の途中で雨に降られ、この洞窟を見つけ出したのは。
全て運命の神の思し召しによるものなのだろうか。

侵入者『あれ? 奥に誰かいるのかい?』

思わず発せられた声から、少女はその者が男であると確信する。
その声は、少年と言うにはやや低すぎて。青年と呼ぶにはやや幼すぎる風に聞こえた。

???『……』

男は、壁につけられた松明を外すと、洞窟の中に歩を進める。
おそらく、好奇心を抑えきれぬ性格なのだろう。
やがて、男は十字に吊るされた少女の下に辿り着く。
その顔に生やされた、太くて白い毛の塊が彼の垂れた眉である事を、彼女は少しの間理解する事が出来なかった。

???『……』

男『……きみは一体……?』



69: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:36:19.82 ID:1aJD2XM10
それから。少女は男に引き取られる事になる。
廃人同然になっていた少女を、養父はまるで子供が壊れた人形を捨てるように呆気なく手放した。

日の光の下で見れば、男は少女より幾らか年上のように見える。
彼は寝台から起き上がる事も出来ぬ彼女に甲斐甲斐しく尽くした。
薄めた粥を口に運び、床擦れを起こさぬよう、小まめに身体を動かしてやる。
用足しや汗拭きなどは老いた女がしていたが、それ以外の時間は常に少女の側にいた。
表情を一切変えぬ彼女が、一度つまらぬ駄洒落で僅かに微笑んだのを見ると、
それ以来子供ですら呆れるような駄洒落を考えついては口にするようになった。

???『……』

一年の後。
ようやく一人で歩けるまでに回復した少女に、男は一枚の衣服を手渡す。
それは、北の大国ラウンジで貴族層に仕える女が着用する物。黒い給士服だった。

???。oO(……やっぱりか)

思ったのはそんな事だ。
凶刃を振るっていた一年前。
少女は、己の未熟すぎる身体を男の前に晒す機会を幾度も経験していた。
そして、その中には少女に風変わりな衣服を着せたり、加虐趣味を剥き出しにする者も少なくなかったのである。

???『……いいぜ。どうにでも好きにしてくれ。殴ろうが刺そうが。何なら火あぶりにしてくれても構わない』

この一年。男の暇潰しだったのだと思えば納得がいった。
側を離れず世話をしてくれた彼に身を汚されるのは辛かったが、これも罰だと思えば受け入れる事が出来た。
しかし、男は悲しそうに首を横に振る。

男『何を勘違いしているんだい? 暗殺者      よ』



70: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:40:46.20 ID:1aJD2XM10
???『……知ってたのか』

男『まぁね』

男は申し訳無さそうに頬を掻く。

男『僕は君の身体が欲しくて君を助けた訳じゃない。
  僕は僕の為に君を助けたんだ』

???『何を言ってやがる』

少女が問うと、男は一層表情を落として立ち上がった。
言葉を練る様にしてゆっくりと歩き出す。

男『王都の政変。つまり、         。それに我が父が関与しているとしたら……?』

少女は答えない。

男『君の罪は我が父によって齎された物でもある、と言う事さ。
  何も知らずにいた……君が罪に染まっていくのを知らずにいた僕も同罪だ。それに……』

???『それに……?』

男『いや、それはどうでも良い話さ。とにかくこれは僕が僕の為にしなければならない贖罪でもあるんだ』

言って男は少女の手を取る。

男『僕は君を導きたい。幸い、僕には誰にも負けない知識がある。
  君を罪と言う名の牢獄から救い出したいんだ』



72: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 13:45:55.48 ID:1aJD2XM10
???『……ふざけるなよ』

吐き捨てる。
それでも、少女は男の掌から確かな温もりを感じ取っていた。
柔らかく、豆一つ無い。それだけで苦労知らずのお坊ちゃんである事が分かる掌。
それでも、その温もりが。一人の男の体温が堪らなく嬉しくて。
己の罪を自覚してから初めて、彼女の瞳からは熱い涙が零れ落ちていた。

???『優しくなんてしないでくれよ!! お前の手が温かいほど、あとで傷は深くなる!!
    俺みたいな人間をどうして何も知らないお坊ちゃんが助けられる!? 
    どうせ離す手なら最初から掴まないでくれたほうが良いんだ!!』

男『約束する!! 僕は君の手を絶対に離さない!!』

???『この掌は赤い血に染まっている!! 拭いきれない罪に穢れている!!
    それでも……それでもお前は俺を……導けると、救い出せると言うのか!!』

男『何度だって言ってやるさ!!』

男は握った手の力を思わず強めた。
ハッとして少女は男の目と視線を合わせる。
この時、彼女はこの一年で初めて本当に彼の瞳を見たような気がした。

男『例えこの身が紅蓮に焼かれようと構わない!! この名が地に落ちようとも構わない!!
  僕は君を必ずや導いてみせる!! だから……だから……』

固い決意を秘めた。真の男の瞳だった。

(´・ω・`)『今日この日をもって暗殺者ハインリッヒの名は捨てよう。
      今この瞬間から君は【天智星】ショボンの給士。━━━━━【天翔ける給士】ハインだ』



75: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 14:00:24.72 ID:1aJD2XM10
         ※          ※          ※

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━━━━━━

その日の晩。
アルキュ島全体を包み込んだ雨雲は、ニイトの地においても例外なく強い雨を降らせた。
針のように鋭く、死のように冷たい雨が、人気の無い裏通りの石畳を穿つ。
そんな自身の足元すら見えない雨の中を、一人の女がよろめく様にして歩いていた。

いつもであればフワリとしているであろう黒い給士服や髪はベットリと肌に纏わりつき。
沈み込んだ瞳は生気を感じさせない。
いや、実際に二本の足で立つ事も侭ならないのか、壁に身体を預ける様にして歩を進めていた。

从 ∀从『……』

【天駆ける給士】ハインである。
数刻前、この地の王である【無限陣】クーに手酷く痛めつけられ逃げ出した彼女は、
保護を求めて娼室に身を潜める【鉄牛】プギャーの元へ向かおうとしていた。
が、彼女と別れてからプギャーが娼室を引き払ったのか、警備兵に発見されたのか、彼の姿はそこに無く。
どうする事も出来ずに街の中をさまよい歩いているのである。
こうなると、強すぎる雨足がかえって彼女には幸いしていた。
もし、雨と言う隠れ蓑が無かったら、とうの昔にハインは身柄を取り押さえられていただろう。

从 ∀从『……』



78: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 14:05:09.94 ID:1aJD2XM10
身体は至る所に傷を負っており、特に右肩の負傷が酷いようでピクリとも腕が持ち上がらない。
おそらく、最後のクーの蹴りで大地を転げた時に傷めたのだろう。
よくもまぁ、左腕一本で泳げたものだと彼女自身でも思う。
だが、身体の傷よりも心の傷がハインの生命力を奪っていた。

从 ∀从『……ごしゅじ…ん……たすけ……』

自らの犯した罪の被害者が、ついに刃を剥いて目の前に現われた。
それも考え付く物でも最悪の姿を為して、である。
自分がヴィップに属している限り。いや、主であるショボンがいると言うだけでも狼は獅子に牙をむく。
そして、その隣には友が。恐るべき力を持った猟犬がいるはずである。
どれほど頭で覚悟を決めたつもりでも、心がそれについて行けなかった。

从 ∀从『いやだ……いやだよぅ……』

絶えず口から漏れる、救いを求める声は己の主に向けられた物。
しかし、その主は遥か離れた地にいるわけで。
届かない。
決して届く事はない。

かつて、血に染まった手に温もりを与えてくれた男。
穢れた名に変わる名前を与えてくれた者。
以来、彼女は彼が渡した給士服以外を纏った事はない。
“俺”と言う一人称を捨て、主が与えてくれた名を自身を指しての呼び名に選んだ。

殺戮の日々の後遺症か、成長を拒否しているかのような身体も。
極度に味覚が薄くなって何処を如何すればこのような味に出来上がるのか分からぬ料理も、全てショボンは受け入れてくれた。
しかし、その主はここにはいない。
伸ばした手を掴んでくれる者など、ここにはいない。



81: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 14:09:15.80 ID:1aJD2XM10
从; ∀从『うっ』

突如、彼女は口元を押さえ膝から崩れ落ちた。

从; д从『おぇっ……ぐ…げぇっ……』

そして、そのまま臓物を吐き戻すかのような嘔吐を始める。
しかし、口からは切れた喉からの血が唾に混じって出るだけで。
この場に来るまでに何度も繰り返したその行為で、胃液すらも全て吐き出してしまっていた。
それでも給士は嘔吐を繰り返すのだ。

男『いやー、満足した。また遊びに来るぞオッパイちゃん』

女『もー、やだー!! お兄さんの助平w』

男『何を言うか。男が助平だからこそ世界は正しく動いているのだ』

女『ふふ、面白い人。また遊びに来てね』

すぐ側の娼室の戸が開き、家に帰るのであろう男とそれを見送る女の声が聞こえてくる。
まさに人生の楽しみを全て満喫したかのような男の笑い声が、自身の惨めな立場を嫌が応にも教え込ませてくれた。

冷たい雨と動かない身体が思い出させるのは、悪夢の記憶。
鎖に絡め取られ水の中で死を待った己の姿。

手を伸ばしても誰にも届かず。
声を出しても誰にも気付かれない。
ただ、ただ絶望だけを身体に刻み込ませたあの日の自分が、ここにいるようで。



83: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 14:15:48.36 ID:1aJD2XM10
男『む?』

その時、男がハインに気がついた。
油紙を貼った傘を手に近づいてくる。

男『どうした? 酔っているのかもしれんが、この雨に身体を打たれるのは毒というものだぞ』

言って手を差し出してきた。
このような夜更けに。このような雨の中、このような場所にいるのは商売女以外にありえない。
そう思って声をかけてきたのだろう。
しかし、その手を伸ばしてきた姿がいつかの主の姿と重なって。

从; д从『……るな』

男『む?』

从; Д从『その汚ぇ手でハインちゃんに触るなって言ってんだよぉっ!!!!!』

思わず手を払いのけていた。
そして。








从; д从『……え?』



85: ◆COOK./Fzzo :2009/04/09(木) 14:22:22.34 ID:1aJD2XM10
視線が重なる。









从; д从『……兄者……?』






(;´_ゝ`)『……ハインリッヒ……か?』









実姉との再会によってついに動き出した【王家の猟犬】ニイト=ホライゾンの運命。

そして、給士ハインの運命もまた一人の隠密との再会によって。大きく動き出そうとしていた。



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