( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

3: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:01:10.03 ID:HZI3Yr7m0
登場人物紹介

アルキュ正統王国

ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン 武器=禁鞭 階級=アルキュ王

ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=花飾り 民=リーマン 武器=槍 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税)・千歩将 ツンの付き人

( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン 武器=大鎌 階級=司書令(司法長官)・万騎将・薔薇の騎士団団長

(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン 武器=槍 階級=中書令(立法長官)

从 ゚∀从 名=ハイン 異名=天駆ける給士 民=キール隠密 武器=仕込み箒・飛刀 階級=太府門下内部官(情報・流通)・千歩将

ノパ听) 名=ヒート 異名=赤髪鬼 民=リーマン 武器=鉄弓・格闘 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・千歩将

(*゚ー゚) 名=シィ 異名=紅飛燕 民=リーマン 武器=細身の剣と外套 階級=司書門下刑部官(刑罰・警備)・千騎将・黄天弓兵団団長

(‘_L’)  名=フィレンクト 異名=白鷲(七英雄) 民=リーマン 武器=長剣・鉄棍 階級=尚書令(行政長官)・千騎将・青雲騎士団団長

( ,,゚Д゚) 名=ギコ 異名=九紋竜 民=メンヘル 武器=黒い長刀 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・万歩将

|(●),  、(●)、| 名=ダディ 異名=第六天魔王 民=??? 武器=直槍 階級=中書門下法部官(法の公布)・千騎将・戦鍋団団長

( ̄‥ ̄) 名=フンボルト 異名=??? 民=??? 武器=直槍 階級=中書門下法部官(法の公布)・千歩将



5: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:02:45.31 ID:HZI3Yr7m0
白衣白面

( ^ω^) 名=ブーン(本名ニイト=ホライゾン) 異名=王家の猟犬 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=近衛侍中(王の警備)・千歩将・白衣白面隊長

・ニイト公国

川 ゚ -゚) 名=クー(本名ニイト=クール) 異名=無限陣 民=ニイト 武器=斬見殺 階級=軍務令(軍務長官)・ニイト公主

爪゚ー゚) 名=レーゼ 異名=神算子 民=ニイト 武器=長剣 階級=太府令(財務長官)

( ´_ゝ`) 名=兄者 異名=金剛阿 民=海の民 武器=手斧・兄者玉 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税担当)・千歩将

(・∀・) 名=モララー 異名=勝利の剣 夢幻剣塵(七英雄) 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=元・ニイト最高指導者。鬼籍

('、`*川 名=ペニサス 民=リーマン ※ 統一王と母を異にする妹。モララーの妻。鬼籍



9: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:04:19.24 ID:HZI3Yr7m0
・メンヘル族
 
(´∀`) 名=モナー 異名=預言者(七英雄) 民=メンヘル 武器=??? 階級=指導者

ミ,,゚Д゚彡 名=フッサール 異名=天使の塵・砂漠の涙(七英雄) 民=メンヘル 武器=天星十字槍 階級=司祭。神聖騎士団団長(十二神将・第一位)

(*゚∀゚) 名=ツー 異名=不敗の魔術師 民=メンヘル 武器=三本の山刀(かみつき丸・つらぬき丸・なぐり丸) 階級=十二神将・第二位

lw´‐ _‐ノv  名=シュー 異名=光明の巫女 民=メンヘル 武器=??? 階級=十二神将・第三位

( ゚∋゚) 名=クックル 異名=神の巨人 民=??? 武器=??? 階級=十二神将・第五位(モナーの護衛)

( ・へ・)名=ジタン 異名=打虎将 民=メンヘル 武器=鎚鉾(メイス) 階級=十二神将・第六位

・リーマン族

<丶`∀´> 名=ニダー 異名=翼持つ蛇 民=リーマン 武器=??? 階級=評議長

爪'ー`)y‐ 名=フォックス 異名=狐・人形遣い(七英雄) 民=??? 武器=九尾 狐火 飛刀 階級=無し

从'ー'从  名=ワタナベ 異名=一丈青 民=リーマン 武器=狼牙棍 階級=評議長近衛部隊隊長



16: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:07:02.41 ID:HZI3Yr7m0
・MAP 〜ステカセキングのエロ画像下さい編〜

http://up3.viploader.net/news/src/vlnews002639.jpg

@キール山脈 未開の地。
 隠密の故郷とも呼ばれる。
 
Aヴィップ(ギムレット高地) 首都は【獅子の都】ヴィップ城
 北部からの寒風の影響で気候は厳しいが、地熱に恵まれている。

Bニイト公国 ヴィップの副都【経済都市】ニイト城を有する
 ニイト族居住地。ヴィップほど寒風の影響はなく、比較的なだらかな地形である。 

Cモテナイ王国 首都は【戦士の街】ネグローニ
 モテナイ族居住地。山岳地帯。メンヘル族と同盟している。 

Dバーボン地区 首都はバーボン城。 本来は中立領だが、リーマンの影響下にある。
 領主は【元帥】シャキン。現在は【鉄壁】ヒッキーが領主代行を務めている。

Eデメララ地区 首都は【王都】デメララ
 リーマン族居住地。アルキュの中心とも言える土地。もっとも気候がよく住みやすいとされる。

Fローハイド草原
 中立帯だが、リーマンの力が強い。

Gシーブリーズ地区 首都はシーブリーズ。
 海の民の根城であり、表面上は中立地帯。メンヘル族と友好関係に有り、リーマンとは度々諍いを起こしている。

Hモスコー地区 首都は【神都】モスコー。
 メンヘル族居住地。その大半が岩と砂に覆われている。



17: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:07:46.73 ID:HZI3Yr7m0
・アルキュ正統王国(ヴィップ)
 国主は【金獅子王】ツン=デレ。国旗は黒地に黄金の獅子。
 王都の評議会派と差異を明らかにする為、国号は首都名と同じくヴィップを使用している。
 ※女王ツン=デレの生誕祭を祝った夜、【評議長】ニダー、【天使の塵】フッサールの訪問を受ける

・ニイト公国
 公主は【白狼公】ニイト=クール。公旗は青地に白い狼。
 “天に二王無し”の考えから、王家の正統後継者であるツン=デレに王位を返還した。
 とは言え、ヴィップの繁栄はニイトなくしては成らなかった物であり、事実上クーはツンと比肩する実力者である。

・モテナイ王国
 国主は【黒犬王】ダイオード。国旗は赤地に黒犬。
 小さいながらも【黒色槍騎兵団】【赤枝の騎士団】と言う強力な騎士団を持つ軍事国家。
 ※現在、特に動きは見せていない

・メンヘル族
 指導者は【預言者】モナー。
 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
 ※現在、特に動きは見せていない(?)

・海の民
 指導者は艦長【小旋風】妹者。
 島の南部シーブリーズ地区を占拠し、島で唯一塩の製造権を持つ。
 ※領境を巡ってリーマンと争っている 

・リーマン族
 指導者は【評議長】ニダー。
 北の大国ラウンジ王国の支援を受け、今もなお最も栄える民である。
 ※領境を巡って海の民と争っている



20: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:10:26.00 ID:HZI3Yr7m0


     第31章 南の分裂


(;‘_L) 『っ!! ニダー!! 何故あなたがっ!?』

<;丶`∀´>『フッサール!! その怪我はどうしたニカ!?』

隻腕の老将と評議長。二人の声が重なった。
そこに、石畳に膝をつく砂漠の老将軍の絶叫にも似た懇願と
諸将のざわめきが入り混じって、王座の間は恐慌状態にも等しい状態に陥る。

ミ,,゚Д゚彡『陛下!! お助け下さい!! このままではメンヘルは……アルキュは滅ぶほかありません!!』

ξ;゚听)ξ『へ……? え? ほぇ?』

lw´‐ _‐ノv 『いきなり言われても分からないと思うよ、パパ様。ひくわー』

東方の巫女服に身を包んだ女が言うように、フッサールの要求はヴィップの将官にとって分からない事だらけであった。
分かる事と言えば、砂漠の老将が酷く傷ついている事。
そして、冷静沈着で知られる彼が、見る目も無い程に慌てている、と言う事だけである。

(;‘_L) 『ま、まずは落ち着きなさい、フッサール!!』

ミ#,゚Д゚彡『黙れフィレンクト!! これが落ち着いていられるか!! この、むっつり助平め!!』

(#‘_L) 『……ちょっと表に出ましょうか?』

(;//∀゚)ハ;゚听)『先生、落ち着いて!! これ以上、話をややこしくしないでっ!!』



22: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:13:04.71 ID:HZI3Yr7m0
ル∀゚*;パ⌒『え〜と、それじゃ何も伝わらないよ、フッサール。
      まずはあたしが説明しておくから、その間にもーちょいマシな手当を受けたらどうかにゃー?』

ミ;,゚Д゚彡『だが……しかしっ!!』

ル∀゚*#パ⌒『“だがや”も“かかし”もないっ!!
      あんたが騒いでると話が先に進まないにゃっ!!
      大人しく治療を受けて……ついでに頭から水被ってきにゃっ!!』

ミ;,゚Д゚彡『むぅ……』

それでも抵抗する素振りを見せていたフッサールであったが、女の言葉に理があるのを認めたのだろう。
ミセリとヒートに付き添われて、一旦王座の間を退出していった。

ル∀゚*;パ⌒『にゃはは。流石に吃驚させちゃった……よねぇ?』

( ,,゚Д゚)『全くだゴルァ。馬鹿は見てる分には愉快だが、巻き込まれるのは勘弁して欲しいぜ』

ルω-*;パ⌒『だよにゃー。ごみんごみん』

フッサールの連れてきたカスタード色の髪の女が前に出た。
葛篭のような荷を背負い、身を包む衣服はまるで大道芸人のよう。
『まずは自己紹介が必要かな?』などと呟いてから、
スカートの裾を摘みあげ、ちょこんと頭を下げた。

ル∀-*パ⌒『初めまして、アルキュ王。あたしの名はアリス=マスカレイド。
     トマス=マスカレイドが末の娘にして、
     この度父の命を受けこの地を踏ませて頂いた者にてございます。にゃ』



25: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:17:05.85 ID:HZI3Yr7m0
(;´・ω・)『マスカレイド!? まさか、あのマスカレイド家か!?』

爪;゚ー゚)『評議長、七英雄と続いて今度はマスカレイド家? ……これまた、随分な大物が出て来たわね』

( ;^ω^)『お?』

ノハ;゚听)『マスカレイド……うん、当然知ってるぞ!! 肉につけると辛いけど旨いよなっ!!』

銀髪の青年や、何故か知ったかぶる赤毛の給士は当然として複数の将官がポカンと口を開けている。
それも決して無理は無く、姓を持っていると言う事からアルキュ島の者では無いくらいが分かれば上出来だろう。

(´・ω・`)『ヒートが言っているのは多分マスタードだね。いいかい、マスカレイド家って言うのは……』

( ,,゚Д゚)『マタヨシ教の法王を選出する12枢機卿家の一つだゴルァ。
     つまりは、神聖ピンクの最高位権力者……ついでに言えば小乗派のトップだぞゴルァ』

九竜の剣士は意外な所で博識さを披露してみせた。
が、ショボンの少しだけ寂しそうな顔を視界の端に捕らえて、首を傾げる。

( ,,゚Д゚)『どうかしたかゴルァ?』

(´・ω・`)『……いや、なんでもないさ。とにかく、マスカレイド家は格で言ったら大司教級。
     というか、トマス=マスカレイドと言えば、先の選定会議で神聖ピンク法王の座を勝ち取った実力者だよ。
     辺境の小島の司祭であるモナーやフッサールなんて比較にならない。
     その末っ子で、陛下がようやく肩を並べられる程の権力者だと思ってもらって間違いない』

ルω<*パ⌒『んにゃ〜、そんな事無いよ。……でも、もっと褒めて♪』

言いながら、彼女はくすぐったそうに身をよじらせる。
小動物のように唇を尖らすのが、どうやら癖のようだった。



27: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:19:16.10 ID:HZI3Yr7m0
( //∀゚)『で、こっちの不思議ちゃんは確か……』

(*゚−゚)『シュー。神将の第三位』

lw´‐ _‐ノv 『あ、よろしく』

やはり泥にまみれた巫女服の女が、抑揚に無い声と共にぺこりと頭を下げた。
彼女はアリスと違い、ヴィップの者達全てと面識を持っていない訳ではない。

ジョルジュとは二年前の内乱の際、キールの山道で。
シィやフィレンクトとは彼女らがまだキュラソー解放戦線を率いていた頃、
北征を狙ったツーの副官として何度か対峙している。
慌てふためいていたフッサールと比べて、淡々とした口調の彼女はどこか独特の雰囲気を漂わせていた。

ξ;゚听)ξ『それで……その、マスカレイド卿やフッサール司祭の訪問の用件なのですが……』

ルω-*パ⌒『にゃ? あぁ、アリスでいいよ。あまり恭しくされるのは好きじゃなくてね』

ξ;゚听)ξ『は、はぁ……』

どうやら、独自の世界を築いてしまっているのは、彼女も同様らしい。
【天智星】ショボンや【急先鋒】ジョルジュ。【金剛阿】兄者と言った“代表例”だけでなく
言動が斜め上を行っているハル、一見常識人だが守銭奴のレーゼなど特異な人材には事欠かないヴィップであるが、
彼女もまた彼らに負けず劣らずの“逸材”であるようだ。

しかも、その彼女が南の大国・神聖ピンク法王の娘だと言うのだから、
世の中には変人しかいないのかと、頭を抱え込みたくなる。



29: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:21:27.84 ID:HZI3Yr7m0
川 ゚ -゚)『そう言ってもらえるのはありがたいが、事は急を要する。そうではなかったのか?』

またもや道を外しかけた会話を、クーが強引に方向転換させた。
緑色の瞳は薄っすらと不機嫌な光を灯している。

(;^ω^)『ね……姉様、ひょっとして怒ってるのかお?』

川 ゚ -゚)『もし、そう見えるのであれば……原因はそこの珍入者達にあると思ってほしい物だな。
     私にはこのような夜更けに漫談を興じる趣味は無いのだ』

( ;^ω^)『お……』

やはり、先のニダーの話を信じても、納得し切れていないのだろう。
感情が思考を上回ってしまうのは、クーの美徳でもあり欠点でもある。
特にそれは戦術家としてはあまりに大きすぎる欠点でもあり、自覚しているからこそ一層機嫌が悪くなる。
かつては【人形遣い】フォックスの姦計に嵌まり、その欠点を突かれてヴィップとの決戦に臨む結果になったのだが、
それでも簡単に修正できる欠点であれば苦労は無い。

更に言えば、連夜の徹夜で睡眠が足りていない事もあり、どうしても起きていなければならないと言うのであれば、
自室に篭もって菓子でも齧りながら好きな書物を紐解いていた方が、はるかに建設的な時間の過ごし方であると思える。

が、彼女の一言は、その厳しい表情もあって非常に効果の高い物だった。
緩みかけた空気は引き締まり、南の大国の淑女も面持ちを真剣な物に戻す。
給士ハインが運び込んできた座に腰を下ろし、まずは己の場違いな言動を詫びてから
アリスはゆっくりと事の顛末を語り始めた。

ル∀-*パ⌒『あれは一年前……いや、二年前。マタヨシの法王が病に倒れた時から始まったんよ……』



31: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:24:07.76 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

南の大国、神聖ピンク帝国。
豊かな塩の輸出で栄えたこの国は、西部に皇帝。東部に法王を頂点に置く貴族層によって統治された封建国家である。
東西の境に建設された【聖都】ヤオイこそ法王が統治しているが、その実それは西部に都合よく監視できるからに他ならない。
12枢機卿の中から選定される法王の座も、ここ数代に亘って西部地区に身を置く者の中から選ばれている事からして、
西部が東部より高位に立っているのは明らかだった。

そもそもからして、宗教を政治の道具として利用する事に一抹の躊躇も無い西部諸国に、
各々の国通しで意識に違いのある東部諸国が勝てる筈も無いのだ。
皇帝という絶対権力者の下で、教義を民衆を束ねる為の手段として扱う西部。
対して法王の下で、教義とは個を高める為の手段として存在すると考える東部。
そこにあるのは、やはり大乗思考と小乗思考の差であろう。
選定会議が数の勝負である以上、組織的に行動する西に東はどうしても及ばない。
祖マタヨシの死後、十二人の弟子の中から後継者を選び出した事に発祥する選定会議も、この時代には政治上の駆け引きと言う俗物精神に浸りきってしまっている。

爪 ,_ノ`) 『いや、参ったぜ。冗談じゃねぇよ』

とある、西部諸国の港町。
日も高いうちから酒場の戸を潜った男が、座にどかっと腰を下ろしつつ、ぼやいた。
分厚い石を積み上げて作られた店内は陽光こそ遮ってくれるものの、外気までは完全に遮断できぬ。
男の剥きだしの上半身に浮かんだ汗は、引く素振りすら見せなかった。

ζ^ω^ζ『あら、シャオランさんいらっしゃい。いつもので良いんでしょ?』

言いながら女が運んできた、麦酒をなみなみ注いだジョッキを奪うように手に取る。



33: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:28:15.96 ID:HZI3Yr7m0
大きく喉を鳴らしながら琥珀色の液体を胃に流し込んだ。
きつく栓をした壺ごと井戸に沈めてあった麦酒は、腸がきゅっと縮こまる程、良く冷えている。
両手で包み込めぬほどに大きなジョッキを一息で空にして、男は息を吐き出した。

爪 ,_ノ`) 『法王様のご病気は、今度こそ先が長くねぇそうだ。選定会議も近く開かれるだろう。
     お偉い連中は、会議資金を掻き集めるのに必死だ。来月からまた、新しい税法が施行される事になった』

ζ^ω^ζ『出港税……でしたっけ? 国有商船以外が港を出る際に税金が徴収されるとか言う……。
     でも、新しく法王様がお決まりになったら、貴族様に協力した商人さんには恩賞金の形で還元されると聞きましたが』

空になった陶のジョッキに、新たな麦酒を注ぎ込む。
女の言葉を聞いても、男の顔色は晴れなかった。
頬まで伸ばしたもみあげをいじりつつ、忌々しげにわめき散らす。

爪 ,_ノ`) 『そんなもん、貴族様と繋がりのある一部の大商人だけさ!! 
     俺達自由商人の懐には、この麦酒一杯ほどの金も戻ってこねぇんだ!!』

ζ;^ω^ζ『あらあら……それは困りましたね』

爪 ,_ノ`) 『どうせ、今回の選定会議も出来レースだ!! 
     ジョーンズ家のストーン卿が、時期法王に選ばれる事は西部諸国の中で約束されている!!
     あとは、東部の7枢機卿家を一とする貴族連中を脅迫なり買収なりで丸め込むだけ。
     足並みの揃わぬ東部は団結せず、どこかの2枢機卿家が東になびいた所で決着さ』

政治の腐敗と経済の低下が密接な関係にあるのは、古今を問わず例外は無い。
一部権力者が己の経済力を政治力に置換しようとした時、必ずと言って良いほど起こるのが、富の集中化と税制の悪用である。
シャオランと呼ばれた、おそらく個人商人と思しきこの男に代表されるよう、人々は情勢悪化に不満を覚えている。
が、日々の生活を守るだけの収入を得るのがやっとの彼ら一人一人に、政治を動かすだけの力は無く。
貴族達は弓矢を金貨に持ち替えたパワーゲームに興じているのが現状であった。



36: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:31:05.63 ID:HZI3Yr7m0
爪#,_ノ`) 『いつもの話さ!! お偉い様方は俺達が汗水流して稼いだ金を、政治の道具としてしか考えていないんだ!!
     そもそも、アルキュ島のメンヘル族支援をこれ以上続けて何になる!?
     あの島で統一王の娘さんが挙兵した事は末端の見習いだって知ってるぜ!!
     どうせ神聖ピンクがあの島を領土に加える事は、ラウンジがいる限り不可能なんだ!!
     だったら、回収の見込みが無い投資を続けるより、いっそ単なる友好国として付き合っていった方が万倍賢いだろうさ!!』

男の愚痴は止まらず、やがて政治批判へと変わっていく。
立て続けに流し込んだ麦酒と、慣れ親しんだ酒場の空気。
日も高く、店内にいるのは隅の席でもそもそと卵のソースを絡めた練り麦(小麦の粉に少量の水を加えてボソボソにしたのを蒸した物)
を食べている男が一人だけ、と言う環境もあったのだろう。

ζ;^ω^ζ『あらあら、シャオロン様……お上の悪口は困ります』

爪#,_ノ`)『知った事か!! このままじゃ、俺達個人商人の行く末は3つ!!
     西の国のどっかに身売りするか、大商人に吸収されるか、潰されるかだ!!』

ζ;^ω^ζ『……あらあら』

爪#,_ノ`)『商人の自由はどこにある!? 国に金の鎖で縛られるのが、商人の生き方なのか!?
     天井の梁からロープでぶら下った個人商人達の死体を、宮殿のシャンデリアにでも吊るせば良い!!
     さぞかし、立派なオブジェが出来上がるだろうさ』

興奮した商人の声が店外に漏れるかどうかと言う所まで大きくなった所で、練り麦を食べていた男が立ち上がった。
商いに携わる身分である事を証明する黄色いターバンを巻き直し、シャオランの占領するテーブルまで歩いて来る。

爪 ,_ノ`) 『あ?』

斥 'ゝ')『なかなか面白い話をしているじゃないか、兄弟』



40: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:35:22.93 ID:HZI3Yr7m0
ζ^ω^ζ『こちら、アイン……なんちゃらさん。たまにこの店を使ってくれるのよ』

斥 'ゝ')『アインハウゼだ。東から果実類を卸す事で生業としている』

爪 ,_ノ`) 『塩商人のシャオランだ。よろしく』

給士女の紹介で、二人の男は麦酒を注いだジョッキをぶつけ合った。
日が沈めば、様々な商人が集まり情報交換の場となるのが、市街の酒場だ。
初めて見知った者同士が杯を重ねあう景色は決して珍しくない。

アインハウゼと名乗った男は、顔つきこそ幼いが瞳の奥には只者ならぬ輝きを秘めている。
例えるならば、牙を隠し持った羊のような男。
それだけで、随分と修羅場を掻い潜ってきた商人である事が分かった。

斥 'ゝ')『西には普段、奉公の者だけを送っていたのだが……随分と荒れているのだな。
     どこへ行っても政治批判ばっかりだ』

ジョッキが空になってから、羊肉の塩焼きと赤葡萄酒を女に運びこませる。
南の陽光をたっぷり浴びた葡萄で作られた酒は飲み頃を迎えるのも早く、それほど値も張らない。
ジョッキに注いだ麦酒では、商売の話に夢中になりすぎて気付くと生温くなってしまっている事が多く、
商談などの際には麦酒より葡萄酒を頼む者が多かった。

斥 'ゝ')『今日だけで何度も耳にした言葉だが……首を吊るとは穏やかでは無いな。
     死をもってお上に抗議するなんて言うのは、俺達商人の戦い方じゃない。
     第一、死んだところで……銀の一枚も儲からない』

爪 ,_ノ`)『そりゃ、違いねぇや。でもな、東の兄弟。
     俺達が望もうが望むまいが、世の中がどんどん変な方向に進んでるのは事実なんだ。
     噂じゃ、既に首を括った連中が出たって話もある』



43: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:37:37.86 ID:HZI3Yr7m0
シャオランの語る“噂”とは『実は〜』とか『友人の知人が〜』等の決まり文句で始まる、信憑性の低い物の類に過ぎない。
が、目利きのきく商人達にとっては、それすら世情の流れを読み取る材料となるのだ。
駆け出しの小僧でも『不況を苦に自殺する者が出た』という噂話がまことしやかに囁かれる状況が、
まともでないくらいの答えを導き出せるだろう。

爪 ,_ノ`)『で、東の方はどんな塩梅なんだい? こっちに比べりゃ荒れていないんだろうけどよ』

斥 'ゝ')『安定しているよ。悪い意味でね』

童顔の商人は、心底困り果てたという風に肩をすくめた。

斥 'ゝ')『俺の爺様が産まれた時から、ずっと東部7国は浮き足立ちっぱなしだ。
     選定会議恐怖症なんて陰口を叩かれているくらいだからな』

そこで一口葡萄酒を口に含む。

斥 'ゝ')『正しき教義を広めようと、一時的であっても団結を訴える者。
     我関せずと、あくまで世俗から外れた日々を過ごし続ける者。
     どう転んだら一番自分を高く売りつけられるか、機を窺う者。
     各々の主義主張がまだら模様に塗りたくられ、今日出した結論が明日の朝にはひっくり返りやがる。
     まぁ、西の連中が持っているイメージそのままって感じだよ』

爪 ,_ノ`)『けっ。東だけが頼りだと思ってたのによ。どうしようもねぇじゃねーか』

言って、シャオランは椅子の背もたれに全体重を預け、天井を仰いだ。
木製の椅子がギシリと悲鳴をあげる。

が、この時彼は口で言うほど悲観してはいなかった。
それどころか、今の幸運を今すぐ神に感謝したい、とまで感じている。
押さえ込まれていた熱い感情が、反発と打算を燃料に胸の奥で再び燃え上がるのを、確かに感じた。



46: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:41:08.45 ID:HZI3Yr7m0
何故なら、己の向かいに座る童顔の男の顔色に、一切の焦りや翳りが見当たらなかったからである。
それどころか、世の中全てを見下だすような皮肉めいた口調の中に、確信めいた余裕すら感じ取れる。

試されている。もしくは、確かめられようとしているのだろう。
だが、どちらでも構わなかった。
とうの昔に腹構えは決めている。
そうでなければ、どうして日も高いうちからお上の批判など出来るだろう。
男が最初に近づいてきた時に感じた、言葉では言い表せぬ不思議な高揚感を、彼は信じる。

斥 'ゝ')『ところが、そうでもないぜ。実を言えば、俺は今マスカレイド領の一角に身を置いているのだがな』

爪 ,_ノ`)『っ!! ちょっと待ってくれ、兄弟』

アインハウぜからは見えぬであろう、卓の影でグッと拳を握り、西の塩商人は男の声を遮った。
東の商人は一見して大胆に見えるが、その実慎重なタイプだ。
探りを入れるかのように、話を小出しにしているのがその証拠。

けれども、冗談じゃあないと思う。
自分は早く話の結論を聞きたくてウズウズしているのだ。

東部7国で最大勢力とも言われる、小乗派の雄・マスカレイド枢機卿家。
今の世情下でその名を聞いて、興奮しない商人がいるだろうか?
だから、シャオランはアインハウぜの話を妨げた。
己の意思を表明し、ほんの少しでも話を先に促すために。

爪 ,_ノ`)『そいつは当然……思い切りスリリングで儲かる話なんだよな?』

斥 'ゝ')『……っ!!』



50: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:45:37.29 ID:HZI3Yr7m0
予想外の行動に思わず、僅かに腰を持ち上げた東の商人であったが、
シャオランの言葉を聞いて、脱力した風に椅子に尻を落とした。
それから、これでもかと口を開いて大笑する。

ζ;^ω^ζ『あらあら……どうなさいましたの?』

突然笑い出した彼を見て、どこか気遣うような視線を送る女も気にならなかった。
やはり、商人とはこうでなくてはいけない。
とびきり不敵で、頭の回転が速く、冒険的でなくてはいけない。
更に、己の人を見る目が確かであった事もアインハウゼには堪らなく嬉しい事であり、
目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭き取って、愉快そうに彼は答えた。

斥 'ゝ')『あぁ。女を抱くよりもずっとスリリングな大冒険へのお誘いさ。
     もっとも、儲かるかどうかは兄弟次第だけどな』










数日後。
西部諸国のある港町から、一人の塩商人がひっそりと店を閉じた。
一夜にして彼の姿は街から消え、人々は経営悪化を原因とした夜逃げだろう、と結論づける。

そして、その話にやがて尾ひれがつき『友人の知り合いの猟師が、港に浮かぶ彼の水死体を目撃した』
という噂に変化するまで、大した時間は必要とされなかったのである。



53: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:49:32.16 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

|゚ノ ^∀^)『僕には……このレモナ=マスカレイドには夢がある!!』

爪;,_ノ`)『はぁ……』

東部7国の雄・マスカレイド家の宮殿に案内されたシャオランの前に現れたのは、一人の男。
いや、男風の人物であった。
腰まで伸ばした絹髪は、力強い陽光の色。
くりっとした瞳、小犬のような鼻、ふっくらした唇は一目で“美女”のカテゴリーに加え入れられるであろう物である。

が、その身格好がよろしくない。
糸杉のような肢体を、表面に銀を貼り付けた皮鎧で全身隙無く包み込んでいる。
藍色の外套。腰からは柄に金銀珠玉を埋め込んだ長剣を下げ。
東部改革に燃える才女と言うよりは、戦場に立つ騎士のいでたちであった。

ル∀゚*パ⌒『にゃはは、ごめんね。父様はずっと男の子が欲しかったみたいでさぁ。
     姉様も子供の頃からずっとあぁしてきたから、ちょっと変なんよ』

爪 ,_ノ`)『……僕っ子ってレベルじゃねぇぞ』

ル∀゚*パ⌒『ん?』

爪 ,_ノ`)『い、いえ。少し驚いただけですから。
     ですが、軽い衝撃は毎日を愉快に過ごすために必要不可欠な香辛料の一つゆえ……』

何とか取り繕い、懐からハンカチを取り出して額の汗を拭う。
マスカレイド家の末妹・アリスと自己紹介してきた女は、目鼻立ちこそレモナに似ているものの、やや幼く見える。
彼女が身に纏っているのも市街広場の片隅で人形芸でも披露している者のそれであり、
その上何が入っているか分からない巨大な葛篭に片膝を立てて座っているのだから、姉を“変わり者”扱い出来ないだろう。



55: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:52:45.96 ID:HZI3Yr7m0
|゚ノ #^∀^)『お前達!! 僕は男だぞ!!』

ル∀-*パ⌒『はいはい。で、姉様はどんな風に男らしいのさ?』

肩を怒らせていたマスカレイド家の長女様であったが、妹の一言で『まってました』とばかりに顔を輝かせた。
自分の事を男と呼ぶくせに『姉様』と呼ばれる事に不満は無いらしい。

|゚ノ ^∀^)『こう見えても、剣の腕には自信がある!!』

爪 ,_ノ`)。oO(こう見えても……って、見たまんまじゃねぇか)

|゚ノ ^∀^)『それに、料理など一切出来ない!! 今朝もパンを炙ろうとして炭にしてしまった!!』

爪 ,_ノ`)。oO(……それは男らしいとは言わねぇよ)

言ってやりたい気持ちを、グッと押し堪えた。
一人鰥夫(ひとりやもめ)のシャオランとて、懐が心許ない時は外食を控え、肉を焼いたりパンを温めたりはする。

|゚ノ ^∀^)『掃除や洗濯など一切出来ないぞ!! どうだ、凄いだろう』

爪 ,_ノ`)。oO(あぁ、ある意味凄ぇよ)

どこぞの亭主関白様でも、己が家事を出来ないのを誇らしげに語るような真似はしないだろう。
つまり、シャオロンからすればレモナはがさつなだけ。単なる男社会に憧れるお嬢様でしかないように思われた。

爪 ,_ノ`)。oO(そーいや、アルキュ島の北部には男装の女を長とする国があるって聞いたな)

おそらく、レモナのそれも似たような物なのだろう、と判断する。
そもそも、そこまで女である事を否定したいのであれば、長い髪を切り、
甲冑胸部の膨らみもどうにかして隠せばよいのだから。



57: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 22:56:58.14 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

ル∀-*パ⌒『こうやって、何年も前から、姉様は政に不満を覚える個人商人を領内に掻き集めていったんだ。
     ついでに、西部諸国内に不安を掻き立てるような噂を流しながら、ね。
     いくら西部の大商人が貴族層に繋がりを持っていたとしても、全ての仕入れから自分達だけでこなしているワケじゃない。
     兵隊……つまり、下請け孫請けの自由商人達を走り回らせて、初めて商売が成り立つんだ』

( ;^ω^)『……はぁ』

ル∀-*パ⌒『ところが、その自由商人達がこぞってマスカレイドに流れていくから、思うように物資が集められなくなった。
     それでも、来たる選定会議に備えて西部は領内に物と金を集めようと躍起になっていたし、
     今まで甘い蜜を吸わせてもらってきた以上、大商人達も「出来ない」なんて泣き言や言い訳は許されない。
     多少強引な手を使ってでも、領内に残った自由商人達から物資を掻き集めようとした。
     結果、更に不満は高まり、自由商人はマスカレイドに流れていく。悪循環だにゃー』

この頃には、アインハウゼのような者を使わなくとも、
マスカレイドに自由の天地があるという噂は広まっていたのだろう。

当時の大商人と自由商人。そして西部貴族層の関係は、現代で言えばそのまま大きなデパートや
ショッピングモールに置き換えるのが、最も分かりやすいかもしれない。
大商人がデパートで自由商人がテナントのような物である。
事業者の立場を上手く使って強気に出ていたデパート側であったが、
それに愛想をつかせた店子側がライバル事業主に移ってしまった。
それでも地主。つまりは、西部諸国は家賃を払えと突いてくる……といった感じである。



60: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:02:36.18 ID:HZI3Yr7m0
『ちょっと待って。それはおかしいわ』

と、そこで堪らず口を挟む者がいた。

爪;゚ー゚)『それだけの情勢変化が起こって、この島に何の影響も出さないなんてありえないわ。
     ラウンジにしろ神聖ピンクにしろ、南北の大国で起きた動きは必ずアルキュの経済や流通に影響を及ぼす筈よ。
     少なくとも、私はこのような騒動があったなんて情報は掴んでいない』

【神算子】のレーゼである。

今でこそ【金獅子王】ツン=デレの下、太府令として財務の長に立つ彼女だが、
元々はヴィップとニイトが連合化するより5年も前から、クーと共にこの島の経済を裏で掌握してきたのだ。
経済の専門家として、アリスの話は実に興味深い物であり、更に言えばこの分野では誰にも劣っていない自信や矜持がある。

そして、だからこそ自身の知らぬ情報をそっくり信じる事が出来ないし、
南北の騒動がこの島に影響を与えるという考えを曲げる事も不可能であった。
あの統一王ヒロユキの死ですら、情勢悪化を恐れたラウンジの陰謀が絡んでいた、と知らされた今では尚更である。

(´・ω・`)『ところがどっこい。もし、この島に入る物資やラウンジへの塩の輸出に変化が起きれば、
     それは北に自国の政治不安を宣伝するような物。
     ただでさえ選定会議を目前にしてラウンジを隙を見せたくない時期だろうし、
     ラウンジの監視が厳しくなる事も予測している筈だ。
     と、なれば何が何でも貿易上には影響を出さぬようにして自国の平穏をアピールするだろうね』

爪;゚ー゚)『……』

レーゼに答えたのは、戦略と悪だくみの天才【天智星】ショボンだ。
彼もまた、政治の専門家として経済には深く通じているし、重みも置いている。
ハインやハルトシュラーの情報網を掻い潜るほど重要視せねばならぬ問題であったと理解していれば、取るに足らない問題である。
自身の意見の答えあわせを求めるかのようにアリスに視線を送ると、彼女はコクリと首を縦に振った。



64: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:10:33.61 ID:HZI3Yr7m0
ルω-*パ⌒『その通りだにゃー。
      西が物資の掻き集めに躍起になっている頃、マスカレイドは次の行動に移っていた。
      まず、姉様は父上に献策して、港町を丸々一つ非課税都市として解放したんだ。
      更に、神聖ピンク全域で強制的に施行された出港税から商人を守る為に、
      自由商人達の船を国有財産として差し押さえる手段に出たにゃー』

( ;^ω^)『? お?』

(´・ω・`)『出港税が国有商船にはかからないと言う法の抜け穴を潜る為の口実……という所かな?
     実際に船を使うのは自由商人だし、運ぶ物資も稼ぎも商人の物。
     でも、表面上はあくまで国有商船だから、税の対象外だとしてもどこの国からも文句を言われる筋は無い。
     加えて、賃料と言う形で出港税の税率より安く金銭を回収すれるのであれば、
     誰でもマスカレイドの港を使いたくなるだろうし、収入も馬鹿には出来ない数字になるだろうね』

銀髪の青年が疑問を挟むより早く、ショボンはアリスの説明に補足を加えた。
どこか一つの国が有利になる事が無い様、神聖ピンクの全域で同一税率で施行された出港税であるが、
マスカレイド領内の港から船を出すのであれば、幾らか出費はある物の、税は徴収されない事になる。
つまり、マスカレイド家は一国だけ、その税率を下げたような物。
本来、神聖ピンク全域で徴集される筈だった税の大半が、マスカレイド家に流れ込んだのだ。

( *^ω^)『おぉー、なるほどだお。一人にご飯を奢ってもらうより、
      皆から少しずつ奢ってもらった方がご馳走を楽しめるお』

川 ゚ -゚)『うむ。広く浅く……というわけだな』

爪゚ー゚)『その結果、産業や流通が発展し、国庫を潤わせる事を狙ったわけか……。
    なるほど、上手い手段ではあるわね』

青年の例えは意地汚くはあるが、本質は捉えている。
要はマスカレイド家は“ご飯を奢ってくれる友達”を独り占めしたわけだ。



66: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:13:53.83 ID:HZI3Yr7m0
一口に商人と言っても、彼らは皆人間であり、当然家族を連れている者も多い。
市街に“人”が増えれば、それを目当てとして更に別の商人が“物”を手に集まり“金”を落とすようになる。
国内流通が栄えれば税率を高めずとも、相乗曲線を描いて税収入は増加するのだ。
人。物。金。この3つが経済発達の重大要素である事は古今東西、違いは無い。

ル∀゚*パ⌒『やがて、領外では銀一片で3個しか買えないパンが、領内では5個・7個と買えるまで差が開いた。
     やがて、先代法王が崩御なされ、選定会議の招集がかかる頃には
     その日に売り切れなかった食料を、毎夕市場の外で焼かなくてはならぬ程になっていたんよ』

先代法王、ユリアン4世。
彼は、在位中に一つの功績も残さなかったにも拘らず、歴史上の重要人物に数え上げられる哀れな男の一人である。
若かった先々代法王が後宮の正室争いと言う、とても聖職者とは思えないいざこざに巻き込まれて急死し
際立った法王候補者が決まっていなかった時代。
無能ゆえに無害と言う理由だけで、彼は至高の冠を抱く身となった。

与えられた仕事といえば、季節の節目にバルコニーに立ち、眼下を埋め尽くす信者に向けて手を振ってみせる事だけ。
時折、気まぐれのように発案した改革案は全て黙殺され、尽く最初から無かった物として扱われた。
神の代理人として読み上げるありがたい宣誓文は、誰が書いているのかすら分からぬ物だったし、
教会の最高権力者として皇帝と連名で捺すべき印も、彼のあずかり知らぬうちに誰かに捺されていた。

晩年、糖尿病を患ってからは更に悲惨であった。
1年のうち10ヶ月を寝台の中で過ごすようになり、『次は決まっているから安心しろ』と言う
ありがたくて涙が出てくるような言葉だけが、彼を見舞った。
悪化と回復、昏睡と覚醒を数年に渡って幾度と無く繰り返し、諸侯をやきもきさせたのは、
彼なりの最後の抵抗だったのではないだろうか。

至高の座に着きながらも、不遇を絵に描いたような長い人生を彼が終えると、
諸侯らは飾り立てた美辞麗句で彼らの法王を天に送り、その裏で選定会議に向けた最後の資金集めに奔走する事になる。
政に疑問を覚えず、生活の一部であるかのように神を信仰していた農民の、素朴な喜捨まで貴重な資金となった。
そして、ユリアン4世の死から1月後。選定会議が幕を開ける事になる。



70: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:22:44.62 ID:HZI3Yr7m0
川 ゚ -゚)『全ての基本である経済の分野で完全優位に立ったのだ。選定会議の結果などさぞかし圧倒的であっただろう?』

言葉の中に皮肉の針を大量に混ぜ込み、問いかけた。
呆れ果てる、と言うのはこのような時に使うのだろう。
彼女は戦術・戦略の面から、宗教の存在を決して軽視していない。
宗教とは人心を一つにするのにこの上ない“武器”であり、だからこそ本来は個を救う為の存在である宗教が、
国家に依存する形で成長してきた。国の基盤を作りあげる“人”をまとめあげるのに、これ程優れた手段はあるまい。

だからこそ、話を聞けば聞くほど西部諸国の無能さに腹が立つ。彼らは自分の手でみすみす権力を失ったのだ。
自分で掘った落とし穴に自ら飛び込むような者を、愚者と呼ばずして何と呼べばよいのだろう?

ル∀-*;パ⌒『うん……まぁ、そうなんだけどにゃー』

( ^ω^)『お?』

アリスの顔に翳りがさすのを、居合わせた者達は見逃さなかった。
けれども、感情が声に表れぬよう話そうとする辺りがいじらしい。

ル∀-*;パ⌒『西部にだって意地もあれば、自分達の領地から新法王を選出した後の絵図もあっただろうからねぇ。
      分かっちゃいたけど、簡単に負けを認めようとはしなかったのよ。
      ありもしない金銀をちらつかせて買収工作を企むなんていうのは当たり前。
      中には、軍事演習と銘打って東部との国境沿いに軍を動かす者まで現れる始末。
      会談は一年近くも続く事になっちゃったにゃー』

川 ゚ -゚)『……言葉も無い、とはこの事だな』

アリスが気落ちしているのは、自国の行なった政策に対して、ではない。
南の大国・神聖ピンク帝国を支える12枢機卿家がこのような愚行を晒していたと告白するのは、
己の恥をひけらかしているような物だからである。
この程度の者達と同じテーブルについていたと言う事実さえ、恥じているかのようだった。



74: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:27:41.63 ID:HZI3Yr7m0
実際にどうであったかは別として、取り決め上では12枢機卿家とは言え選定会議の場に私情を持ち込むのは勿論許されてはいない。
彼らは国内貴族のまとめ役。投票の代理人でしかない、というのが建前なのだ。
領内貴族達の意見が一致したところで、代表者たる枢機卿家が票を入れる事を許される。
逆を言えば、一人でも反対者がいる限り、形勢は幾らでも引っくり返る可能性を秘めているわけだ。

多くの場合、新法王候補者は東西から一人ずつ名乗りを挙げる。
今回の選定会議でも西からジョーンズ家のストーン卿、東からマスカレイド家のトマス卿が候補となった。
過去の流れで言えば西の圧勝で3月もすれば決着を見る会議は、マスカレイド家の急激な勢力拡大によって大きな変化を見せた。
東側からの法王候補者が現れなかった事も珍しくなく、
西部の代表ジョーンズ家からすれば予想外の展開に怒り心頭といった気持ちであっただろう。

ル∀゚*パ⌒『それでも、大勢は覆らなかったにゃ。
     日和見主義者はこぞってマスカレイドについたし、
     姉様もここぞとばかりに物資を解放して力を誇示したからね』

最終的に西部7国は一つとなり、トマス=マスカレイドはトマス1世として冠を抱く事になる。
東部地区から法王が選出されたのは、実に19代ぶりの快挙であった。

それまで北のラウンジに警戒していたトマス1世は、法王の座を得ると悲願成就に向けて大きく動き出す。
レモナやトマス1世の悲願。
それは、堕落したマタヨシ教会を小乗派へ原点回帰させる事。
つまりは、宗教改革である。

金糸で飾り立てた法衣に身を包み、宝石を埋め込んだ冠を被った聖職者を、新たな法王は批判した。
また、権威に媚を売る一部の宮殿つき司教を破門し、財を没収して民に分け与えた。
政教分離は、小乗主義を訴える東部諸国にとって、今後再び西部に法王の座を独占されぬ為の必要条件である。
そして、こうした改革はついにはアルキュ島にまで影響を見せるようになるのだ。

【金獅子王】ツン=デレの生誕祭から遡る事1月前。
その事件は起こった。



75: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:30:35.26 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

(;´∀`)『今……なんと言ったモナ?』

【神都】モスコー神宮殿最奥に置かれた絹張りの座に腰を下ろし、
メンヘル族最高指導者【預言者】モナーは愕然として声を失った。
その背に控える二人の女達も、手にした大扇で風を送る事すら忘れ、彫像のように指一本動かせずにいる。

|゚ノ ^∀^)『同じ事を何度も言わせるなよ、モナー。僕だって暇を持て余している訳じゃないんだ』

重厚感溢れる全身鎧に身を包み、それでも額に汗一つ浮かべず、新法王からの使者は告げた。

|゚ノ ^∀^)『マタヨシ教会は我が父トマス1世と共に生まれ変わる。
      それに伴い、財政圧迫の一因であるメンヘル族への資金援助は打ち切る事になった。これは決定事項である』

(;´∀`)『で、でも、そんな事をしたらラウンジ傘下にあるリーマンの侵攻を許すだけモナ』

|゚ノ ^∀^)『その心配は無用だ。既に法王はラウンジの使者と会談し、この島への相互不可侵条約を再確認している。
      ラウンジにとっても、リーマンへの援助は財政的に頭の痛い問題であったらしく、快く承諾されたぞ。
      そもそも、辺境の司祭に過ぎぬお前が口を挟む問題ではない』

(;´∀`)『……』

ようやっと絞り出したモナーの反論を、レモナは一刀の下斬り捨てた。
更に氷の視線でゆっくりと宮殿内を舐めるように見渡す。
壁にかけられた湖上を歩くマタヨシ奇跡図のタペストリーや、重厚な彫刻を彫りこんだ石柱を見るその目が、不機嫌に細められた。



80: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:33:34.22 ID:HZI3Yr7m0
|゚ノ ^∀^)『随分と豪奢な暮らしをしているじゃないか、モナー。
       実家の宮殿と比べても遜色無い位だ。
       とても戦時下にあって援助を受けねばならぬ国とは思えない。
       僕は、乞食で一財産を築いた男のおとぎ話を思い出したよ』

(ii´∀`)『モナ……』

全身を冷や汗が流れる気持ちだった。
神聖ピンク西部5国の宮殿司教ですら、新法王の断罪の剣によって処罰を受けたと知ったのは、つい数日前の話である。
教位と財を失い、辺境の教会に左遷させられた彼らは、
かつての横暴に恨みを持つ者達ですら哀れむような惨めな毎日を過ごしていると言う。

どうか、このまま嫌味を言うだけで立ち去ってくれと、心の中で祈った。
既に反論は諦めた。
何故なら、それは無意味どころか火に油を注ぐ行為でしかないからだ。
けれど、彼には未だ為しえぬ夢がある。理想がある。
それを為し終えるまで、今の座を降りる訳にはいかないのだ。

が。
唯一神の下へ彼の懇願は届かなかったらしい。
絶望感に押し潰されそうなモナーを冷ややかに見据え、新法王の使者は再び口を開く。

|゚ノ ^∀^)『もう一つ、神聖ピンク帝国法王トマス1世からの命を伝えるぞ。
      司祭モナーよ。長年に渡って神の威光を利用し、私腹を肥やしてきた罪は重い。
      よって、お前の教位を剥奪し、その後継には司祭フッサールを置く物とする!!
      7日だけ猶予をやろう。その後、聖地管理者の証たる“聖杯”をフッサールに明け渡すのだ!!
      あとは、どことなり好きなところで余生を過ごすがいい!!』



81: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:35:12.67 ID:HZI3Yr7m0
ミ,,゚Д゚彡『っ!!』

(;´∀`)『待って……話だけでも聞いて欲しいモナ!! 全部誤解……』

|゚ノ ^∀^)『待たない!! 聞かない!! 誤解じゃない!!』

モナーの哀願する声は、再びレモナの形無き剣に封じられてしまった。
【預言者】とまで呼ばれた男を睨みつける瞳は、爆発寸前の怒りに染まっている。
やや間をおいて、彼女は口を開いた。

|゚ノ ^∀^)『僕だって鬼じゃない。お前が聖職者らしく清貧たる生活を送っていたのなら、
      父にとりなす事だって考えていたさ。
      だが、この神宮殿はどうだ!? 本国西部諸侯に仕えていた似非聖職者もかくやの贅を尽くしているじゃないか!!』

(;´∀`)『それが誤解……』

|゚ノ#^∀^)『何が誤解だ!! この目に映る真実を誤解と言うのなら、僕の目は節穴なのか!?
      それとも、今僕が見ている景色は全て幻だとでも言うのか!?』

自分より遥かに年長である筈のモナーに怒鳴りつける。
少しの沈黙の後、小犬のような鼻から息を吐き出して、レモナは告げた。

|゚ノ ^∀^)『僕だって本国で君が贅沢三昧の日々を過ごしていると話を聞いた時、耳を疑ったさ。
      君はこの島の英雄の一人だと聞いていたし、大乗派に属する者であっても神の教えに忠実だと思っていた。
      だが、真実はどうだ!? 君を信じていたからこそ、僕は腹立だしくて仕方が無い。
      敢えて言おう。戦乱を口実に私腹を肥やすとは、お前は乞食以下の屑だ!!』

吐き捨てると、太陽色の髪をふわりと宙に踊らせ、踵を返す。
そうして、それ以上はただの一言も聞く耳持たぬとばかりに、彼女はモナーの前から立ち去っていった。



83: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:38:17.33 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

<;丶`∀´>『モナーが……失脚したというニダか!?』

信じられぬ、と言う風に【翼持つ蛇】ニダーが漏らした。
教義の下にメンヘル族をまとめあげ統一戦争に参陣したモナーは、
比較的初期からヒロユキ軍に加わっていたフッサールと比肩する、砂漠の国の大英雄である。

いや。
日和見的だった当時のメンヘル族首脳を説き伏せた功績は、誰よりも大きかったかもしれない。
なにせ、彼の参戦によってヒロユキ軍はその数を3倍に増やし
それによってリーマンと争えるだけの勢力に成長したような物だからである。
カリスマと言う面ではモララーやフッサールに劣っていたかも知れぬが、人心掌握術は群を抜いていた。

4民族を一つにするのは神の御名による物でなければならないと主張するなど、多少宗教や権威に固執する部分はあったが、
少なくともニダーの知る限り『戦乱を利用して私腹を肥やす』ような小悪党ではないはずである。
何故なら、モナーにとって神の存在とは何らかの手段として使う物ではなく、目的と言う絶対的至高の座に位置する物だからだ。

モスコーの神宮殿が豪奢すぎるというのも納得できない。
神宮殿はアルキュ島に存在する全ての教会の総本山とも言える地であり、
神の威光を示し人心を得る為にも多少飾り立てるのは必要である筈だ。

思うに、清貧を旨とするマスカレイド家からすれば、
モナーより何代も前から大乗派に使われてきたモスコー神宮殿が派手派手しく映るのは当然の帰結ではないだろうか?
それで教位を追われるとなればモナーの方こそ災難であり、その裏に明確な意思をもって仕組まれた“何か”を感じる。



85: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:40:26.99 ID:HZI3Yr7m0
(´・ω・`)『うん……どうにも納得できないな』

ニダーの心の呟きに、声に出して同意を示したのは白眉の青年である。

(´・ω・`)『怒り出すのが分かりきっている者を派遣しているような印象がある。
     これが単なる教会改革の一環であるだけとは思えない』

爪゚ー゚)『同感だわ。むしろ、政治が絡んでいると考える方が自然ね。
    贅沢云々と言うのは理由付けで……大乗派のモナーから同じ小乗派のフッサール様に
    アルキュ島での管理権を移したかっただけじゃないかしら?』

(´・ω・`)『……』

それでも、かすかにしこりは残る。
聞く限り、レモナと言うアリスの姉は実に“真面目”な宗教家であるようだ。
だが、その父トマス1世はどうなのだろう?
東部7国をまとめあげたその手腕は、宗教家と言うよりも政治家の物であるように思える。
おそらく、レーゼの言を正解と見るのが正しいのであろうが……。

ル∀-*;パ⌒『どうなんだろうね? でも、これが父様の決定であった事は確かだにゃ』

言いながらアリスは、父の元を訪れたラウンジからの使者を名乗る男の顔を思い浮かべていた。
何故なら、トマスにアルキュ島内の教会腐敗を伝えたのは、その男であったからだ。
ラウンジから神聖ピンクに渡るにはアルキュは貴重な中継点であり、自らの目で見たという男の話は信憑性が高い物に思われた。

彼女自身は男と一度しか話した事が無い。
が、若い割には口調も丁寧で、礼節も弁えており、穏やかな微笑みには不思議な魅力があった物だ。
身形格好も洗練されており、瀟洒な桃色の薄絹を首に巻きつけていた記憶がある。
けれども、その回想はおそらく今宵の話には無縁であろう話で。
彼女はすぐさま、男の思い出を脳内から追い出してしまった。



86: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:42:16.40 ID:HZI3Yr7m0
ミ,,゚Д゚彡『政治が絡んでいるというのは……事実でありましょうな。貿易の中間点であるアルキュを押さえる事は、
      新法王の足場を磐石とし、東部勢力を固める為の必須条件の一つですから』

そこに口を挟んできたのは、治療を終え王座の間に戻ってきた【天使の塵】フッサールである。
付き添いを命じられたミセリとヒートの肩を借りているものの口調はしっかりとしており、先程まで見せていた焦りは影を潜めている。

( ,,゚Д゚)『……ちっ』

(´・ω・`)『……』

3つ空いていた座の中からギコの隣を選ぶと、腰を下ろす。
九竜の剣士は砂漠の老将とは目もあわせようとせず、これ見よがしに舌を打った。

ミ,,゚Д゚彡『モナーには彼なりの理想があります。神の御名の下でこの島を統一し、誰もが争わぬ世界を築きあげる。
      その上で13番目の枢機卿として選定会議に参列し、アルキュを永遠に戦火から守るのが、奴の考えなのです』

教義を政の場に持ち込む事は、フッサールからすれば決して相容れぬ考え方である。
が、そこにはただ一片の私利私欲は存在せず、だからこそフッサールはモナーに従ってきた。

先年のヴィップ内乱においてテネシー公兄弟を裏で支援し、軍を派遣するなど良い印象をあまり持たれていないモナーだが、
それもまた戦乱の時代において自国を勝利に導く為の有効的な戦略であった事は否定できるものではない。
もし、あの内乱でツンが敗れていたら、今頃メンヘルはモスコーとギムレットを支配する島内最大勢力となっていた筈であり、
その功績を前にすれば新法王も彼を援助し続けるほかなかったであろう。

(´・ω・`)『だが、新法王の命をモナーは拒絶した。
     兵を挙げて抵抗し、フッサール老は善戦虚しく敗れた……って言う事で良いのかな? 
     そうでなければ、かの【砂漠の涙】がこんな北の地まで落ちのびて来る理由が他に思いつかない』

ショボンの言葉に、アリスは少し戸惑ったふうな顔を見せてから、重々しく頷く。
そうして、彼らの身を襲った事件を再び語りだした。



89: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:45:57.85 ID:HZI3Yr7m0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

それから7日以上が経過した。
フッサールの居城【城塞都市】スピリタスに宿営を求めたレモナは、
【神都】モスコーより動かぬモナーの行いを、新法王への叛意による物である、と解釈した。
城主フッサールに命じ、1000の兵を連れ城を出る。
【不敗の魔術師】ツーが副官。【光明の巫女】シューを参謀とし、実妹であるアリスと共に自ら陣頭に立つ考えであった。

ミ,,゚Д゚彡。oO(モナー……早まった事だけはしてくれるなよ)

指導者などと言う肩書きに興味の無いフッサールにとっては、いい迷惑でしかないが、
更に法王の命に逆らったりすれば、モナーを庇う事も復帰させる事も難しくなる。
やりすぎる嫌いはあるが、メンヘル族の指導者はやはりモナーで良いと思う。
この騒動はおそらく神聖ピンク帝国内の派閥争いに端を発した物であり、落ち着けばモナーが返り咲く日も来よう。

その為にも今は大人しくしていて欲しかったし、同じ神を崇める者同士、軍事行動は望むものではない。
出来るならば、1000の兵は2人の法王使者の護衛で。最悪でも威圧行動で終わって欲しかった。
しかし。

ミ;,゚Д゚彡『愚かな……何を考えているのだ』

しかし、老将の期待は清々しいほど見事に裏切られた。
南十字星の旗印を頭上に掲げたフッサール軍の前に、黒地に弓月を描いた旗をたなびかせる兵達が立ち塞がる。

【預言者】モナーは、自ら1000の兵を率いて玉砕覚悟とも思える決戦を挑んできたのだ。



92: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:48:41.05 ID:HZI3Yr7m0
ミ;,゚Д゚彡『何と言う事を……己もメンヘルも共に滅ぼすつもりか』

思わず吐き捨てていた。
両軍が対峙したのは、スピリタスから南西に進んだ場所に位置する盆地である。
神都と城塞都市を結ぶ街道のちょうど中間地点、ぽっかりと現れるその地は、南北に山を抱く石ころだらけの荒地だ。
北の山を越えればストロワヤ。南に直進すればズブロッカに辿り着き、
何故か南東の山だけ高さが無く、上空から見ればちょうど袋の口のようになっている。
そこからシーブリーズ方面からの温風が吹き込むため、“袋の中”は蒸し風呂のような熱気を漂わせていた。
更に、粘土質の土壌は水はけが悪く、そのくせ水に乏しい。
旅人を目当てとした茶屋すらないような、ろくでもない土地であった。

( ´∀`)『……』

モナーの背後に従うのは十二神将・第五位【神の巨人】クックルと、同じく第六位【打虎将】ジタン。
共に平地での力押しを得意とする将である。
兵の数も互角であれば、真正面からのぶつかり合いになるだろう、とフッサールは判断した。

(*゚∀゚)『アサピーと貞子はいないみたいだねっ。ミルナは……探すまでも無いかっ』

彼同様、敵陣を観察していたツーが漏らす声が聞こえる。
第九位【断罪の聖印】アサピーが刃を向けるのは異教徒に対してのみであり、
第十位【雷獣】貞子は元より戦を好まない。
第四位【羅王】ミルナは何を考えているのか分からぬ男であり、今も北のシルヴァラードを守っているのだろう。

(*゚∀゚)『これなら伏兵はなさそうだねっ!! いたとしても100か200……って所かなっ!?』

言いながら、額に貼りつきそうになる明るい色の前髪をかきあげた。
ツーの言葉にフッサールは頷かざるを得ない。
何故なら、500を超える数の兵をまとめあげられる者がいないからである。
彼らの記憶にある限り、100程度の兵を率いた経験のある百歩長程度しか存在しない筈であった。



96: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:53:55.84 ID:HZI3Yr7m0
ミ,,゚Д゚彡『線は50の100……といった所か』

(*゚∀゚)『だねっ!! ただ、相手がジタンとクックルだし、60の120で考えてもいいかもしれないさっ』

禅問答のような呟きに、ツーは即座に反応を返した。
新法王に面と向かって弓引く以上、モナーが望むのは最後の一人まで殺しあう血戦であろう。
が、兵の意思がそれと一致するとは思えない。
この戦いが家族を護る為の物でもなければ、憎き敵を討つ為の物でも無い以上、軍が瓦解する一線が必ずある。
それをフッサールは戦死者50・戦闘不能者100と判断し、ツーは自軍被害も考え訂正したのだ。

ミ,,゚Д゚彡『む?』

(*゚∀゚)『おっ!?』

一人の将がモナー軍陣中から馬を進めてきたのは、ちょうどそんな時である。
その男を見ただけで、彼が使者としてではなく、開戦前の一騎討ちを希望している事が分かってしまう。

(#・へ・)『フッサール!! 出て来い!! 臆病風にでも吹かれたか!?』

ミ,,゚Д゚彡『ジタンか……あの馬鹿め』

lw´‐ _‐ノv 『うわぁ……ひくわー』

どなりちらす将を、顎髭を撫で付けながらフッサールは苦々しげに見据えた。
やたらと自分に噛み付いてくる男だが、老将にとっては小鳥が囀っている程度の存在だ。
元々、同じ民同士でいがみ合う行為自体がくだらぬのであり、
それを理解して己を押し殺せる位は出来ないと、まだまだ嘴が黄色いと言わざるを得ない。
更に言えば、常にモナーに付き従うクックルは別として、このような急時に主を諌めなくてどうするのか。



100: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:56:30.31 ID:HZI3Yr7m0
(#*゚∀゚)『キャンキャン騒ぐでないよっ!! 弱い犬ほど良く吼えるって言葉を知らないのかいっ!?』

だがしかし、彼の娘はそこまで達観の域に辿り着いてはいなかったようだ。
ツー自身もジタンを騒々しいが、どうでもいい相手くらいにしか考えていない。
が、見境無く喧嘩を売ってくる相手をうっとおしく思っていたのも、また事実である。

ミ;,゚Д゚彡『ま、待ちなさい!! ツー!!』

(#*゚∀゚)『やだねっ!!』

平地ではノロノロと歩むしか能が無い愛亀はスピリタスに残してきた。
父が静止する間も無く、彼女は陣を駆け出て行く。
その姿を目に捉えたジタンは、野獣の笑みを浮かべると両軍の中間に馬を進めた。

互いの瞳の動きまで分かる位置まで接近しあったところで、
虎殺しの猛将は手にした鎚鉾の柄を磨き上げるようにしごく。
不敗の魔女は尻の後ろに下げた鞘から二本の山刀を引き抜いた。

( ・へ・)『ツーか!! フッサールの前の手慣らしにはちょうどいい!!』

(*゚∀゚)『舐めんじゃないよっ!! 半べそかかせてやるから覚悟しなっ!!』

言うや、二人は同時に地を蹴り、斬りかかる。

こうして、アルキュ史上初ともいえる、一つの神を崇める同じ民同士の殺し合いは。
共に統一王七英雄と謳われた砂漠の英傑同士の戦いは、その火蓋を切って落とされた。



102: ◆COOK./Fzzo :2009/10/10(土) 23:58:05.71 ID:HZI3Yr7m0
(;*゚∀゚)『アヒャッ!?』

左耳の上で縛り上げた髪の毛先を、振り抜かれた鎚鉾がかすめた。
大きく後ろに飛び退いて、息を吐き出す。

(;*゚∀゚)『あっぶない事しないでおくれよっ!!』

( ・へ・)『戯言を!! それに今のは“危ない”では無く“惜しい”と言うのだ!!』

どなるやジタンは己が獲物を振り上げた。
二年前、キール山道の戦いでフィレンクトに敗れてから、彼は主武器を両手持ちの物に代えている。
圧倒的実力差を見せられた後に小細工で差を埋めようと考えるのではなく、
更なる破壊力を求めたのは、なるほどこの男らしい考え方であった。
馬上からの振り下ろしに重量と遠心力を加え、更に打点の距離も広げた鎚鉾が不敗の魔女を追い回す。

対するツーは、北方の神話の国から伝わった三本の山刀を手にしている。
聖人マタヨシが竜の首を刎ねたと言われる七星宝剣や、磔になった彼の命を奪ったとされる天星十字槍とは出を異にしており、
宗教国家であるメンヘル内では今一つ扱いが低いが、本来はニイトの至宝“西方の焔”と同格の神刀である。
彼女自身もそれを手にするに恥じない手腕なのだが、それでもジタンに押されかけていた。

理由の一つが、徒歩と騎馬の差であろう。
一尺(約30cm)程度の山刀は、馬上の猛将を討つにはあまりにも短すぎる。
トリッキーな動きを得意とする彼女にとって三本の神刀は持って来いの武器なのだが、
馬上の敵を討つ為に長槍が発達した歴史的事実から考えても、最悪の相性だった。

そして、もう一つが純粋な力量差である。
後年の歴史家達から、【急先鋒】ジョルジュと比較される事の多いジタンだが、
彼らの力は一昼夜斬り結んでも勝負がつかなかったとされるほど拮抗している。
ジョルジュが利き腕を失った後のフィレンクトとほぼ互角なのだから、虎殺しの猛将は相当な実力者である筈なのだ。
にも拘らずジタンがフィレンクトに大敗したのは、砂漠の魔女曰く『馬鹿だから』と言う理由に他ならない。



105: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:00:30.77 ID:HZI3Yr7m0
これが、彼女の身軽さを行かせる山岳地帯や、愛亀ペニス丸に騎乗していれば話は変わってきていただろう。
だが、それでも砂漠の魔女は怯まなかった。
腰骨までスリットの入った腰布をひらめかせて宙を舞い、身を仰け反らせて鼻先ならぬ胸先で横薙ぎの一撃を回避する。

( ・へ・)『相変わらず品の無い服装だな!! どこぞの花売りからでも恵んでもらったか!?』

(*゚∀゚)『あひゃひゃひゃひゃっ!! 年寄りみたいな事言ってるんじゃないよっ!! いや、もしかして童貞君かいっ!?』

(#・へ・)『言い直そう!! 貴様は存在自体が下品だ!!』

怒鳴りつけて、猛将は大地ごと掬い上げるような一撃を放つ。
両膝を揃えて飛び上がるような格好で回避した。
着地した瞬間にはジタンの鎚鉾が振り上げられていて。

(;*゚∀゚)『ひゃっ!?』

音を置き去りにして振るわれた攻撃を、指一本の隙間で避わす。
両軍陣中から感嘆に似た溜息が吐き出された。
しかし、ツーにとっては他人事ではない。
触れてもいないのに、風圧だけで腸を揺すられたような錯覚に陥る。

ジタンの様な膂力頼みで押しまくる将に対し、キール山道で【白鷲】フィレンクトが披露して見せた戦い方が
最も効果的なのはツーも理解している。
つまり、ぶんぶん振るわれる鎚鉾をひたすら避わし続け、疲労を待てば良いのだ。
だが、一方的に攻められ続けるのも、ただ誰かの真似をするだけなのも、彼女の性には合わない。

(*゚∀゚)『劣化コピーしか出来ないジャンルなら、最初から手を出さない方が億倍マシさっ!!
    どうせやるならオリジナルってのが最高だろっ!!』

( ・へ・)『ぬ?』



110: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:03:46.21 ID:HZI3Yr7m0
ツーの目の色が変わった。
彼女自身も此処に来てようやくスイッチが入ったのだろう。

(*゚∀゚)『あたし様はね、一方的にヤって終わりの“山なし オチなし 意味なし”が大嫌いなのさっ!!
    誘い受け愛好家としては、ヘタレ攻めのあんたにだけは負けたくないねっ!!』

(#・へ・)『誰がヘタレだっ!!』

力任せに叩きつけられた鎚鉾が、乾いた大地を穿つ。
粉砕された土くれが飛び散り、それが目に入ったとでも言う風にツーは顔を反らした。
どのような軽業師でも避けきれぬタイミングで、身体のど真ん中を狙った追撃が横薙ぎに襲い掛かる。
直撃すればそれだけで即死に繋がるであろう一撃を、咄嗟に両手の山刀で受け止めた。
が、当然軽量級の彼女の身体が耐え切れる筈も無く、身体が宙に浮き……。

(*゚∀゚)。oO(っ!! よっしゃあっ!!)

そして、それこそが“誘い受け愛好家”の狙いだった。
ジタンの鎚鉾を受け止めた瞬間、彼女はそれを頭から飛び越えるように地を蹴っていたのだ。
振るい抜かれた鎚鉾の柄を支点に、鉄棒の前回りの原理で一回転した彼女は、そのまま見事に着地してみせる。

(;・へ・)『なっ!?』

(*゚∀゚)『焔星っ!!』

一瞬、呆気に取られた猛将を背にする馬の鼻面に、腰を飾っていたギヤマン玉を千切って投げつけた。
パリンと音がしてそれが割れると、閉じ込めれてていた発火性の液体が空気に触れ、数秒だけ青く燃え上がる。
驚き、前足を跳ね上げた軍馬だったが、よほど訓練されているのか、すぐに落ち着きを取り戻してしまった。

ツーとしては、虎殺しの猛将を好いてはいなくても殺そうとまでは考えていない。
あわよくば落馬を狙ったのだが、失敗に終わり舌打ちでもしたい気分になった。



115: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:06:20.90 ID:Qzt6qIig0
(*・へ・)『わはははははっ!! 楽しいな、ツーよ!!
       貴様やフッサールと本気で戦える日を、どれ程俺は待ちわびていたかっ!!』

言うや、砂漠の魔女に踊りかかった。
ジタンにとってもフッサールやツーは屈服させたい相手であって、殺してやりたいとまでは考えていない。
本気で戦おうとするのは、ツーならば腕の一本を砕かれた程度で被害を抑えるだろうという、確信があるからだ。
『当たり所が悪ければ仕方が無い』くらいの開き直りこそある物の、同族による殺し合いを望まないのは同じである。

また、防戦一方に回るかと思われたツーが攻めに転じてきた事も、猛将を喜ばせた。
たとえ守りに専念されても打ち破る自信はある。
が、やはり一騎射ちとは互いの全力をぶつけ合える時間が最も面白いと思うのだ。

(*・へ・)『どうした!! その程度では無いだろう!? もっと攻め込んで来い!!』

(*゚∀゚)『言われなくてもそうするさっ!!
    受けばかりだった側が、突如一方的な攻めにまわる……こーゆー展開がいちばん萌えるんだっ!!』

(*・へ・)『その通りだっ!! 燃える!! 実に燃えるぞっ!!』

意思の疎通が成り立たぬまま、不思議と会話だけは成立させ両者は斬り結んだ。
危険を承知でツーはジタンの懐に飛び込み、罠と知ってなお猛将は魔女の隙に攻撃を仕掛ける。
両雄の手にした獲物がぶつかり合うたびに火花が飛び散った。
そんなやり取りを30合程続けたところで、このままでは決着はつかぬと見たのだろう。両軍陣地から退却を命ずる鉦が鳴らされた。

( ・へ・)『命拾いをしたな、ツーよ』

(*゚∀゚)『やれやれだよっ!! 次の一撃で決める予定だったのに残念でならないさっ!!』

肩を上下させ、減らず口を叩きあいながらも、刃を下ろす。
そして、互いに1000の歓声に応えながら二人は自陣に戻っていった。



119: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:09:21.87 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

|゚ノ ^∀^)『なかなかやるなっ。この僕でもあそこまでは剣を使えないぞっ!!』

(*゚∀゚)『あひゃひゃひゃひゃっ!! まぁ、本番はこれからだけどねっ!!』

義妹であるシューから乾いた手拭いを受け取り、顔を拭った。
戦っている時には気にならなかったが、夕立にでもあったかのように全身が汗に濡れている。
足に纏わりつく腰布がうっとおしく、脱ぎ捨てたい衝動に駆られたが、流石に自粛した。

ミ,,゚Д゚彡『疲れているだろうが、左翼は任せるぞ。わしは右翼を見る。
      レモナ殿とアリス殿には、シューと共に中央をお願いする』

父から手渡された竹筒から、生温くなった水を口に流し込む。
飲食の際に勢い良く口に物を入れすぎるのは彼女の癖のようで、顎を伝って豊かな胸元に水が流れ落ちた。

(*゚∀゚)『ぷはーっ。あ、何もしなくて良いよっ!! とにかく固く守って崩れないようにしてくれればいいさっ!!
    多分“誘い受けからリバ”って感じだから、よろしく頼むよっ!!』

lw´‐ _‐ノv 『了解』

どうやらモナー軍は右舷をクックル。左舷をジタンに率いらせた横陣を敷き、
総大将自身はその後背で200程度の兵に守られ、指揮に専念する構えのようだ。
対するフッサールは軍を分けず、横長の方陣を敷く。
互いに、山間から前線を迂回されるのを警戒したような形である。

ミ,,゚Д゚彡『くだらぬ戦いだ!! 手早く終わらせるぞ!!』

老将の掛け声と同時に、まず矢戦が始まった。



122: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:11:36.00 ID:Qzt6qIig0
( ・へ・)『ありったけの矢を放て!! 飛蝗が如く全てを喰らい尽くせ!!』

大波が岩にぶつかる様な音と勢いをもって、銀の雨が両軍の頭上に降り注いだ。
なめし皮を何枚も重ね合わせた盾を頭上にギッシリと構え、襲い来る死の恐怖から身を守る。
盾を支える左手には雨垂れを何十倍も凶悪にしたような音と衝撃が絶えず鳴り渡り、
時折、運の無かった者が盾の隙間を潜り抜けた矢に身を穿たれれ、こもった呻き声を漏らす。

兵士『っ……ぅぐっ!!』

よほど不信心者だったのか、更に神から見放された男が首を貫かれ、血の泡を吐きながら絶命した。

共に、鉄球に繋がれた奴隷のような、緩々とした進軍である。
が、それでも確実に両軍の距離は確実に縮まっていく。
やがて、向かい合う者の顔つきまで見てとれるようになってから、どちらとも無く叫んだ。

( ・へ・)『弓を捨てろ!! 剣を抜け!! 神は我らを護りたもうぞ!!』

ミ,,゚Д゚彡『始祖マタヨシよ、御照覧あれ!! 【天使の塵】フッサール参る!!』

それに各部隊長達の号令が連鎖し、兵は自らを奮い立たせるような大声で応える。
絶望と悲哀と嫌悪と高揚を混ぜ合わせた声をあげながら、両軍は真正面からぶつかり合った。

槍の穂先が盾に突き刺さり、刃と刃が火花を散らす。
兜に矢を突き立てたままの神官兵士が振るう棍棒が鎖骨を叩き割り、
足を負傷して倒れこんだ男が、人馬の脚にもみくちゃにされ鉄を混ぜ込んだ肉の塊へと変わった。

渇いた大地が血と汗と涙と吐瀉物とを吸って、久方振りの水の恵みと歓喜する。
が、人馬の脚に練りあげられて、すぐに単なる水気の多い泥と化し、兵士達は滑りやすくなった地面と同胞の死体に
気を使いながら戦わなくてはならなくなってしまった。



123: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:13:36.69 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

(;*゚∀゚)『なっ!?』

その光景を見た時、砂漠の魔女は目を大きく見開き、直後に激怒した。
モナー軍右舷先頭に立つ男が、フッサール軍の兵士を次々と殺し続けていたのだ。
灰色の髪を短く刈り込み、水鳥の羽を一面に飾りつけた袖無しの戦外套を、背に回している。
岩盤の様な上半身を陽に晒し、黒い腰布を巻きつけていた。

その戦いぶりは、正に“異常”という表現その物。
掌底の一撃で兵の上頭部を弾き飛ばし、噴き出す鮮血を身に浴びる。
巨大な手で別の兵士の腹を皮鎧ごと握り潰し、上下に分かたれて即死した顔を踏み砕く。

兵士『ひ、ひぃっ!?』

恐怖にとらわれて逃げ出そうとした男の肩を背後から捕まえた。
がし、と頭を掴みジャムの蓋でも開けるようにして首を捻じ切ると、興味なさげに放り捨てる。

彼女とて戦場に生きる者の端くれだ。兵の生き死には常であって、悲しくは思っても感情を乱されたりはしない。
が、男の殺し方は残忍極まりなく歓喜すら感じているようだ。彼女の正義は逃げようとする者を背後から襲う事を是としない。

(#*゚∀゚)『クックルーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!』

叫び、斬りかかった。
その男。メンヘル十二神将・第五位【神の巨人】と呼ばれる男が振り抜いた腕を掻い潜り、
擦れ違いざまにがらあきの胸を斬りつける。
分厚い胸板の表面をなぞっただけの斬撃が、一瞬だけ血を吹き出させた。
胸につけられた赤い線を、やはり興味なさげに見やってから、巨人は口を開く。

( ゚∋゚)『……殺すぞ』



128: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:15:44.22 ID:Qzt6qIig0
(#*゚∀゚)『やれるもんなら、やってみなっ!!』

叫ぶや、左手に持つ円錐形の神刀を突き出した。
それを事も無げに膝蹴りで払いあげると、クックルは魔女の頭を叩き潰さんと、右腕を振り下ろす。

(#*゚∀゚)『このやろっ!!』

一部の迷いも無く、ツーは巨人に向かって飛び込んだ。
丸太のような足を踏み台に高く跳躍し、攻撃を回避する。
行き掛けの駄賃とばかりに、男の頬を蹴り飛ばし、一旦距離を取った彼女が見たものは、
クックルの右腕によってパワーショベルで削り取られたようになっている大地だった。

(*゚∀゚)『その馬鹿力があんたの武器ってわけかいっ!?』

( ゚∋゚)『……』

頷きもせず、巨人は首の関節をコキリと鳴らしてみせた。
【神の巨人】の異名を持ち、常にモナーの背後に控えるこの男は、戦場に立つ機会すら滅多に無い。
同じ神将の座にありながらも、ツーが彼の戦いぶりを目にするのは、この日が初めてで。
それでも、クックルが正規兵を率いた経験に乏しいという事は瞬時に判断した。
世の万事に関心を示さぬ、といった風の巨人は、付き従う兵に指示を与えたりはしていない。
自ら陣頭に立って暴れまわり、その行動によって兵を鼓舞するタイプだ。
敵にとっては悪夢のような存在も、味方からすればこれほど頼りになる戦士はいないだろう。

(*゚∀゚)『中央に向けて退却!! 前列に槍先を並べ、守りつつ下がっておくれっ!!
    負傷者に肩を貸すのを忘れるんじゃないよっ!!』

後退の指示を出しつつも、ツーはクックルをそれ程恐れていなかった。
クックルが強敵である事は確かだが、彼さえ抑えてしまえば背後の兵達は指示系統を欠いた烏合の衆に過ぎないからだ。
多数同士の決戦と言う事になれば、モナー軍左翼で暴れているであろう猛将の方が、はるかに厄介な相手であると言えた。



131: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:18:12.60 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

(#・へ・)『うおおおおおおおおおおっ!!!!!!!』

ミ#,゚Д゚彡『ぬううううううううううっ!!!!!!!』

二頭の馬が、頭を下げて全力で突進する。
猛将の鎚鉾と老将の十字槍が正面からぶつかり合い、火花を散らした。

(#・へ・)『押せ!! 叩き潰せ!! 背教者どもの血肉を大地への供物と捧げるのだ!!』

耳鳴りを起こさせるような大声に、怒涛が如く兵が応えた。
フッサールが【神聖騎士団】を、ツーが【砂亀騎士団】を連れていないよう、ジタンも子飼いの【六翼騎士団】を率いていない。
彼に従うのは、モナーから与えられた、誰の所で訓練されていたかも分からぬ一団である。
が、それでもジタンは強い。メンヘル族最強の猛将、面目躍如といったところであろう。
平地。正面決戦。そして一刻(約2時間)と条件を限定すれば、この男に敵う将など存在しない。
“攻撃は最大の防御”という言葉を体現したかのような猛攻は【常勝将】シャキンの戦車隊すら討ち破る事だろう。

ミ,,゚Д゚彡『誰が背教者だ!! この愚か者め!!』

( ・へ・)『愚かなのは貴様だ!! 新法王に金で取り入り地位の安定を図るとは、恥を知れフッサール!!』

その言葉を聞いた老将は、白い髭の奥でかすかに口角を吊り上げた。
日頃の敵愾心が視界を狭めた事も関係しているのだろうが、猛将は全てを知ってモナーについているのではなさそうだ。

ミ,,゚Д゚彡『なるほど、安心したぞ!! どうやら貴様は馬鹿であっても愚かではなかったらしい!!』

(#・へ・)『誰が馬鹿だっ!!』

怒鳴りつけ、再び襲い掛かる。



140: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:22:04.92 ID:Qzt6qIig0
さて。
【天使の塵】フッサールは、かの大いなる災厄【人形遣い】フォックスと並び、統一王七英雄が一人である。
だが、にも拘らず、この二人が正面から斬り合った場合、老将は陰の王に遠く及ばない。

それもその筈で、陰謀家であると同時に暗殺者の顔も併せ持つフォックスと違い、彼は用兵術を得意とする純粋な“将”だからだ。
戦略家のモナー、戦術家のスカルチノフ、用兵家のシャキン、万能型のモララーといった面々を見れば分かるよう、
一介の戦士として勇名を馳せただけの者は七英雄には数えられていない。
唯一の例外が、当時最盛期であり【引き千切る猛禽の爪】と謳われた頃のフィレンクトであったが、
彼も【薔薇の騎士団】を率いれば将として活躍していたし、利き腕を失ってからは用兵型の将へと転身している。

フッサールに言わせれば“個をもって多を討つ”戦い方を追及する暗殺者に劣るのは、決して恥ではない。
何故なら、如何に戦況を“多をもって少を討つ”に持ち込むかが、用兵術の真価だからである。
そして、痛覚や死への恐怖を持たぬ“生き人形”などと言う兵を率いるのは用兵術でも何でもない邪法と軽蔑していたし、
そうした“人としての感情”を持つ者を率いて勝つ者こそ、真の将だと思うのだ。

ミ,,゚Д゚彡。oO(全く……この馬鹿は……)

そう考えるからこそ、フッサールはジタンと言う男が勿体無くてならない。
どのような兵を率いても強い、と言うのは誰にでも体得できる技術ではなく、天分の才である。
今は短慮ゆえに局地的活躍しか出来ない男だが、もし戦略的視野を身につければ、
それこそ己など全く敵わぬ将に成長する資質を秘めている。

( ・へ・)『なるほど……そう、動かしてきたか!!』

この時、猛将ジタンに押し負けそうにしながらも、戦況を支配しているのは【天使の塵】フッサールであった。
そして、いつか打ち負かしてやりたいと常に考えるているからこそ、ジタンは老将の狙いに気付く。
フッサール軍は両翼をジタンとクックルの二人に攻め立てられ、一見不利であるように思えるだろう。
が、中央前線部はモナー軍中央と小突きあうような斬り合いをするだけで、大きく動く様子は無い。
その中央を支点に、左右から両翼を折り曲げられるようにして後退するフッサール軍の方陣は、
今やモナー軍中央に狙いを定める鏃のような形に姿を変えようとしていた。



142: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:24:10.43 ID:Qzt6qIig0
( ・へ・)『させはせんぞ、フッサール!!』

喚き散らしながら、ジタンは更にフッサールを攻め立てた。
錐行系の陣形に構えていくと言う事は、狙いはモナーのいる本陣への突貫であろう。
そして、そこには耐えられるだけの兵を残していない。
ならば、フッサールが陣形を整え終える前に、それを崩さねばならなかった。

ミ,,゚Д゚彡『ところがな。わしもお前をいかせるわけにはいかんのだ』

(#・へ・)『……っ!!』

二人が手にする鎚鉾と十字槍が、幾度目かになる火花を散らした。
戦場での支配力と老獪さはフッサールがはるかに上回っている。
両軍にとって得る物の無い戦いは、始まって早一刻が過ぎていて、猛将ジタンに率いられる兵も攻め疲れ足取りを重くしていた。
もっとも、老将はその機を見計らいながら、軍を組みなおしていたのであるが。

(#・へ・)『国家の急時ぞ!! 進め!! マタヨシの加護は我らにあるのだ!!』

必死に兵を鼓舞する猛将の頭に“後退”の文字は存在しない。
それは性格上の問題ではなく、一旦放たれた矢を防ぐのに薄紙を何枚重ねようと、何ら意味を為さない事を知っているからだ。
防ぐには、正面から同等以上の強さで矢をぶつけるか、左右から万力が如く力で掴むか。
もしくは放たれるより早く側面から破壊するしかない。
これはジタン独特の戦術ではなく、攻撃型陣形の基礎である錐行陣への対策として、どのような用兵書にも記されている事柄である。
しかし。

(;・へ・)『馬鹿な!! 奴は戦の初歩も知らんのか!?』

しかしこの時、ジタンからすれば最悪の展開が起こった。
フッサール軍左翼のツーと刃を交えていたクックルが、モナーを狙われている事に気付き慌てたのか?
隊を後退させたのである。



147: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:26:45.20 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

( ゚∋゚)『……』

【神の巨人】クックルがスッと右腕を掲げると、それが予め決められていた合図であったかのように
モナー軍右翼兵士達は中央本陣に向けて後退を始めた。
大男自身も背に回しこんでいた袖無しの外套をまといなおす。

(*゚∀゚)『なんだい、なんだいっ!! 逃げるってのかいっ!?』

ジタン・クックルと言った二人の凶暴な戦士と一騎討ちを演じてみせて、当然ツーは疲労していたし、いたるところに傷を負っていた。
が、この残忍極まりない男には自身以上の手傷を負わせていたし、このまま許したくない気持ちもある。

( ゚∋゚)『……遊びは終わりだ』

(*゚∀゚)『……っ』

彼女が“誘い受けからリバ”と表現したフッサールの策は、今まさに完成しようとしている。
ツーもまた、それを完成させるために必要不可欠な一片であり、それを自覚しているからこそ退かぬ訳にはいかなかった。

(#*゚∀゚)『モナーをひっとらえたら、次はアンタの番だからねっ!!
     はらわた引き抜いてから香草詰め込んでオーブンにぶち込んでやるから、覚悟しておきなよっ!!』

子供がするようにアカンベーとしてから、
周囲に残っていた数人の兵士と共に、鏃型に変化を終えようとしている自軍に駆け戻っていく。

( ゚∋゚)『どうせ貴様はここで死ぬ』

そんな大男の呟きは、彼女の耳には届かなかった。



149: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:29:11.74 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

lw´‐ _‐ノv 『パパ様、お疲れ』

ミ,,゚Д゚彡『うむ』

今や完璧に1つの鏃へと姿を変えた自陣の先頭で、師弟は一刻(約2時間)ぶりの再会を果たした。
疲労が激しい砂漠の魔女ツーは法王の使者レモナと共に後続の指揮を取り、
勢いを全く無くしてしまったジタン軍には、アリスが200の兵を連れて壁を作り受け止めている。

ミ,,゚Д゚彡『一息に片をつけるぞ』

陣頭に馬を進めたフッサールの目に、200程度の兵と守りを固めるモナー本陣が映っている。
右翼に展開していたクックルの援軍は間に合いそうになかったし、
それならそれで無駄な犠牲を出さずにすむと喜ぶべきであった。

もし、最初から陣を鏃型に構えていれば、モナーも両翼を包み込むように広げ、左右からの挟撃を仕掛けてきていただろう。
最悪【打虎将】ジタンを先頭においた錐行陣同士のぶつかり合いとなり、両軍共に壊滅するような泥仕合になっていたかもしれない。
故にフッサールはまず、陣を横に広げた。
血戦を望んでいるであろうモナーに応えるようにしつつも守りに専念し、
犠牲を最小限に抑えながらジワジワと陣形を変えていったのである。

ミ,,゚Д゚彡『投降する者、逃げる者には刃を向けるな!! モナーの身柄は発見しだい捕らえよ!!』

高く掲げた十字槍を陽光に煌かせ、一斉攻撃に転じる命を飛ばす。
その瞬間。



突如、霰のような音が鳴り響き、数百の絶叫が山間にこだました。



157: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:32:24.11 ID:Qzt6qIig0
ミ;,゚Д゚彡『な、何事だっ!? 何が起こっているっ!?』

我武者羅に手にした十字槍を頭上で振り回した。
彼の周辺には、眉間に矢を突き立てた者。首を貫かれた者。腹を穿たれた者が地に伏せっている。
数本の矢を身体に受け、苦痛に暴れまわった軍馬が数人の兵を下敷きにしながら倒れこんだ。
驚愕に見開いた白目を飛び出さんまでにして、ダラリと舌を出した口から血を垂れ流し痙攣している。

それだけではない。
ただの一瞬。それだけで立っている者も一人の例外なく傷を負わされ、身体のあちこちに矢が突き立てられていた。
総指揮官であるフッサール自身も、左肩の鎧の隙間を、突如飛来した矢に射抜かれている。

兵士『敵襲!! 南東の方角より敵襲です!! その数、最低でも……3000!!!!!!』

悲痛な叫びをあげる兵士の遠方に、引き絞った弓に矢をつがえる一軍の姿が見えた。
咄嗟に盾を掲げよ、と命ずるが浮き足立ったフッサール軍兵士は盾を手に集合する事も出来ない。
再び、ざあっと音がした後には、更に50を超える兵達が苦痛の声を漏らしながら、バタバタと倒れていった。
多くの者が盾を持つ、左方からの攻撃である事など慰めにもならなかっただろう。

ミ;,゚Д゚彡『3000の伏兵だと!? そんな馬鹿な……っ!?』

戦が始まるより早く確認したとおり、アサピー、貞子、ミルナの三将はこの場に居ない。
もし、【打虎将】ジタンのように口先で丸め込んだとしても、それを今の今まで伏せておく必要がない。
南東の方角には同盟国であり、神将・第七位の座を与えられた妹者を頂点とするシーブリーズがあるが、
彼らはリーマンのシャキンと睨み合いを続けている最中である。
そして何より、その兵達はメンヘルの鎧を身につけてはいるが、その先頭に立つ将の顔は老将が身も知らぬ男である。

兵士『伏兵、突っ込んできます!!』

ミ;,゚Д゚彡『っ!!』



162: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:36:01.95 ID:Qzt6qIig0
兵士『う……うわぁぁぁぁああああぁぁぁぁあっぁぁぁっ!!!!!!!!!』

ただの一撃で横腹を喰い千切られた。
錐行陣形の最大の弱点とも言える側面から奇襲を受けたのだ。
フッサール軍に、3倍もの兵力差を受け止めきるだけの体力など残っていなかった。

ミ;,゚Д゚彡『ツー!! レモナ殿っ!!』

lw´‐ _‐ノv 『パパ様!!』

ル∀゚*;パ⌒『フッサール!! 無茶だよ!!』

馬首を反転させ、分断された後続の救出に向かおうとした老将を、二人は必死に押し止めた。
守りに専念していて大した傷も無かった筈の彼女らであったが、
たった一杯の茶を飲み干すほどの僅かな時間に、血と泥で全身をまだらに染め上げている。

ミ;,゚Д゚彡『離せ!! あそこにはレモナ殿が!! ツーが……わしの娘がっ!!』

lw´‐ _‐ノv 『姉上なら大丈夫!! 姉上は絶対に死なない!!』

らしくない大声は、おそらく自分自身にも言い聞かせる為の物だったのだろう。
戦場は既に、フッサール軍に対する一方的な虐殺の場へと変わり果てていた。
倒れこんだ者の頭に斧を叩きつけ、逃げ惑う背中に槍を突き立てる。
戦意を失って剣を捨てた者ですら首を刎ねられ、それならばと自棄に等しい抵抗を試みた者は取り囲まれて殺された。
窒息しそうな血臭の中に、死への恐怖と嫌悪の叫びが響きわたる。

ミ;, Д 彡『……っ!!』

襲撃者達の刃は当然フッサール達にも向けられた。
十重二十重に取り囲まれて後続の救援どころか身動きを取る事すら。左右を確認する事すら困難になっていく。



165: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:39:37.69 ID:Qzt6qIig0
ル∀゚*#パ⌒『下がってっ!!』

言うや、アリスが老将と巫女を背に庇うように前に出た。
このような時でも後生大事に背負っていた葛篭から、鉄杖を引き抜く。
その先端を敵兵の群れに向けた。

ル∀゚*#パ⌒『切りひらくっ!!』

渇いた音と共に鉄杖を構えた右腕が跳ね上がり、複数の男達が『ぎゃっ』と叫んで倒れこんだ。
先端から煙を燻らせている杖を大きく振るって、その腹から金属筒を吐き出させると、再び鉄杖の先端を人馬の壁に向ける。
弾ける様な音の直後に、やはり複数の兵が血を吹き出させた。
それを幾度か繰り返し襲撃者達が怯んだところへ、フッサール自ら槍を振るって突っ込み、囲みを突破する。
群がり寄せる謎の伏兵に斬りつけられ、鎧と鎧がぶつかり合っては方向を見失う。
何度と無く包囲されかけたが、その度にアリスの鉄杖が火を吹いた。
そして。

ミ,;メД 彡『……』

彼らが戦場を脱出した時、周囲に付き従う者は10に満たなかったという。



……その後の話は、長くならなかった。
途方にくれていた彼らは、レモナと共に島に渡ってきたという“元・塩商人”からの使者と出会う。
後背の兵糧部隊に従って、商売の機会を狙っていたと言う彼は、伏兵が現れると同時に部隊と共にいち早く離脱。
やはり、ほうほうの体で戦場を抜け出してきたツーと合流すると、敗残兵をまとめあげ、
スピリタス城外の小高い山頂に陣を構えているという。
その使者の口から“元・塩商人”が掴んだと言う伏兵団の正体、規模を聞いた彼らは、
今回の出来事が自身の手に乗せるには大きすぎる問題である事。この島の滅亡に繋がりかねない大事件である事を知る。
そして、彼らは【金獅子王】ツン=デレに助けを借りようと、北に馬車を走らせたのであった。



169: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:42:43.83 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

『ゴルァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!!!』

怒鳴り声と、鈍い音が重なった。
メンヘルからの亡命者が石畳に転がる。
その身体の上に影が重なり、砂漠の老将の襟首を締め上げた。

(;//∀゚)『何やってやがる!? この筋肉チビ!!』

【急先鋒】ジョルジュが、襲撃者の背後に飛びかかった。
王座の間を複数の叫び声が満たし、人影が入り乱れる。
ジョルジュやヒートといった力自慢達がフッサールの身体から襲撃者を引き剥がした。
それでも、その男は背後から羽交い絞めにする二人を何とか振り払おうと暴れ、
老将もまた押さえ込んでいた慙愧や悔恨の念を爆発させたかのように、襲撃者の腹を渾身の力で蹴り飛ばす。
男は背後の二人を巻き添えにして倒れこみ、力が緩んだところで脱出に成功した。
が、再び襲い掛かろうとした時には【白鷲】フィレンクトと【翼持つ蛇】ニダーが両者の間に立ち塞がっている。

(#,゚Д゚)『そこをどきやがれゴルァッ!!!!』

襲撃者。【九紋竜】ギコが鼻息荒く叫んだ。

(#,゚Д゚)『テメェは……今度はツーまで見捨てようってのか!!
    “大義”の為にと言い訳して逃げてきたってのかゴルァっ!!!!!』



171: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:45:25.25 ID:Qzt6qIig0
ミ#,゚Д゚彡『黙れ!! この馬鹿者がっ!! 国を捨てて逃げ出した貴様如きにとやかく言われる筋合いは無いわっ!!』

しかし、砂漠の老将も負けていなかった。
旧知の友である隻腕の老将を押し退け、掴みかかろうとする。
随分と口汚くなっているのは、敗北と逃走による鬱憤を破裂させたからだけではないのだろう。

lw´‐ _‐ノv 『姉上の救出に向かおうとしたパパ様をここまで拉致したのはわたし』

(#,゚Д゚)『あぁ!?』

lw´‐ _‐ノv 『恨むならわたしを恨むべき』

(#,゚Д゚)『…………っ!!!!!!!!』

暫しの間、肩を震わせていた九竜の剣士であったが、やがて力任せに足元に転がっていた卓を蹴り飛ばした。
やりきれない悔しさと悲しさ。憤怒と少しの諦観。
感情を紛らわせる対象となった簡素な卓は、その一撃で粉々に砕け散る。

(;^ω^)『……』

ξ;゚听)ξ『……』

ギコを眦を吊り上げ睨みつける白髭の老将と、フッサールに目も向けず歯軋りを止めぬ黒刀の剣士。
咳払いすら躊躇われるような空気の中に、茫然自失の表情で立ち尽くす諸将。
ギコの妻である筈のシィ。ワタナベやヒートと言った
空気の読み方を母胎に置き忘れてきたかのような者達まで、不自然に固まってしまっている。

(´・ω・`)『さっきから気になっていた事があるんだけどさ』

そんな中、口を開いた。いや、口を開けたのはやはりこの男だった。



175: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:48:46.96 ID:Qzt6qIig0
かつて乞食剣士としてギムレットを渡り歩いていた頃のギコは、不満の塊のような男であった。
常に己克の道を追い求め、強さへの飢えに目をぎらつかせていた。
そんな姿もヴィップに加入してからは形を潜め、家族を得て夕餉の買出しに付き添うほど落ち着きをみせていた筈である。

が、今やギコは襤褸を身にまとい彷徨っていた頃の彼へと完全に戻っていた。
いや、いくら押し殺そうとしても全身から立ち昇る不満と殺気は、当時以上の物だろう。
それでも顔色一つ変えず語りかけるショボンと言う男は、よほど肝が据わっているのか、天才と紙一重と揶揄されるものなのか。
給士ハインあたりであれば、薄い胸を反らして『両方だ』と答えるかも知れない。

(´・ω・`)『ギコ。そろそろ、君の正体を教えてくれないか? 
     もしかして、君はこの騒乱を僕達以上に他人事ではいられない人間なんじゃないのか?』

疑問形の形式を取りながらも、ショボンは九竜の剣士の“正体”に確信をもっていた。
かつて【紅飛燕】シィから聞いたギコの過去。
【天使の塵】フッサールに向けるぎこちない嫌悪と、先程見せた怒り。
そして、一介の乞食剣士が持つには立派過ぎる、黒塗りの長刀。

(#,゚Д゚)『……』

けれどもギコは口を開かない。
代わって答えたのは、砂漠の老将。

ミ,,゚Д゚彡『そこの馬鹿の名はギコなどと言うものではありませぬ。その者の真の名は……ハニャーン』

(;‘_L) 『ハニャーンですと!? まさか……』

苦々しげに言葉を繋げた。

ミ,,゚Д゚彡『十数年前、神都モスコーからマタヨシ聖遺物の一つ、七星宝剣を盗み出して姿を消したツーの兄。
      つまり、この老いぼれの息子でございます』



183: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:52:36.55 ID:Qzt6qIig0
(ii´-ω-)『はぁぁぁ……』

予想しきっていたにも拘らず、ショボンはまるで【神算子】レーゼのお株を奪うような溜息をついた。

(ii´-ω-)『【評議長】ニダーに続いてマスカレイド家の王女様。
      【砂漠の塵】フッサールが飛び込んできて助けを求めたと思ったら、
      今度はヴィップの元・乞食剣士が七英雄の息子ときたもんだ。
      ……今年の生誕祭は驚く事が多すぎるよ』

元々、彼の復帰も十分過ぎるサプライズであった筈なのだが、それを棚に上げて言う。
それでも誰もがその言葉に納得してしまうほど、生誕祭の夜は新鮮で、全く望まなかった驚愕に満ち溢れていた。

(´・ω・`)『提案だけどね。今宵の会談はここらで一度打ち切るべきだと思うんだ。
     あまりにも色々な事がありすぎて、感情や思考をまとめきれないと思う。
     個人的に、フッサール老には一つだけ聞きたい事があるけど……
     僕らには考えを整理する時間が必要じゃないかな?』

ショボンの言葉は尤もであり、全ての者が混乱と困惑の只中にあったから、否応も無く諸将は賛成した。
クーやレーゼ、兄者と言った面々でなく、評議長ニダーまでもが肩の荷を降ろしたかのような溜息をついたのだから、
彼らの精神的疲労がどれだけの物であったのか計り知れようと言う物だ。

(´・ω・`)『それでね、フッサール老。先程の話だと、将軍を襲った伏兵の正体や規模は分かっているんだよね?
     そこのところだけ教えておいてくれないかな?』

ショボンの問いに頷き、『その目的については憶測に過ぎませんが』と前置きしてから老将が口を開く。

ミ,,゚Д゚彡『我らを襲った者どもの正体。それは……』



187: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 00:56:19.29 ID:Qzt6qIig0
         ※          ※          ※

ぐぅ。

また腹が鳴った。ここまで腹が減っていると、幻想的な星座も食い物の形をしているように思えてくる。
書物を広げただけでは『なんでその形が、熊に見えるのさっ!?』と言いたくなる星座図だが、
こうして不安や空腹と戦いながら眺めていると、本当にその姿に見えてくるから不思議だ。
きっと、幾千の旅人が今の彼女と同じように、多くの伝説や物語で不安を紛らわせようとしてきたのだろう。

『よぉ。こんな所に寝てると風邪ひくぜ』

かけられた声に、草地に大の字で横たえていた身体をバッと跳ね起こした。
がらにも無く乱れた腰布を整えるその横に、一人の“元・塩商人”が腰を下ろす。

爪 ,_ノ`)『どうした? 眠れねぇのかい?』

(*゚∀゚)『あひゃひゃっ!! 腹……じゃなくて、ちょっと考え事したくてねっ!!』

生地の面積よりも、星光に晒した素肌の面積の方が多いような服を“貼り付けた”彼女でも、
腹が減って眠れないと口にするのは憚られた。乙女心は複雑なのだろう。きっと。

(*゚∀゚)『アンタには感謝してるさっ!! アンタがいなけりゃアタシ様達はとっくに全滅してただろうからねっ!!』

兵糧部隊に同行し、伏兵に気付くや部隊を離脱させた“元・塩商人”。
更に同時刻、謎の軍隊によって陥落したスピリタスから武具食料やツーの愛亀ペニス丸を連れ出し、
彼らの正体を掴むや、人を派遣してそれをフッサールらに伝えた男。それが彼、神聖ピンクの商人シャオランであった。
しかし、彼は己の功績を大袈裟に謙遜したり、誇るような真似はしない。
礼を告げようとする彼女を制して、こう言った物だ。

爪 ,_ノ`)『感謝の気持ちは言葉より金貨で……いや、持ち運びしやすい宝石で頼む』



190: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 01:00:03.95 ID:Qzt6qIig0
野犬や盗賊の脅威に怯えながら南の大国中を渡り歩いた“元・塩商人”は
危険察知能力でなく、肝の太さや三日月刀の腕前も人並み外れていた。
故に、伏兵の矢傷に倒れたレモナを担いだツーを救い出し、
この山頂に陣を構えると言う離れ業を成し遂げられたのである。

(*゚∀゚)『アタシ様達は……この山を降りられるかねぇ』

爪 ,_ノ`)『大丈夫さ。砂金を1斤賭けても良いぜ』

やはり、不安なのだろう。
かすかに肩を落とし呟く砂漠の魔女に、事も無げに答えた。

爪 ,_ノ`)『アンタの親父が生きてヴィップに辿り着いていれば俺達も生きて山を降りられる。
     もし、死んでたら俺達は死体になって山を降りる事になる。それだけの事さ。
     どっちに転んでも俺の負けは無い勝負だね』

(*゚∀゚)『ひゃひゃっ!! もっともだっ!!』

笑って、ツーは立ち上がった。
風が腰布を揺らし、明るい色の髪を靡かせる。
左耳の上で縛ったリボンを解いてやると、解放された髪が夜に踊った。

腹を括れ、と元・商人は言外に口にしているのだ。
不安は更なる不安を掻き立て、伝染していく。
そして、それは籠城戦最大の敵だ。
眼下には彼らを幾重にも取り囲む松明の灯り。
どうせ、どこにも逃げられる事など出来やしないのならば、
開き直って鼻歌でも歌っているくらいが丁度良い。



194: ◆COOK./Fzzo :2009/10/11(日) 01:03:29.95 ID:Qzt6qIig0
(*゚∀゚)『それにしても……未だに信じられないよっ……』

爪 ,_ノ`)『目で見た物が真実だ。楽になりたきゃ、受け入れちまえ』

山間の戦いで、フッサール軍の後背を襲うだけでなく、居城スピリタスまで数刻で落城させた謎の軍隊。
彼らは小城であるスピリタスに全軍を留まらせる事は出来ず、
再び南に戻って【鉄門都市】ズブロッカに宿営の地を求めていた。
が、そのズブロッカにも全軍を進駐させきれず、城外に陣を敷いている。

あまりにも巨大な陣のあちこちで松明を灯しているのだろう。
複数の山を越え、はるか遠く離れているにも拘らず
彼女の立つ場所からは、まるで野を焼いているかのように見えるのだ。

爪 ,_ノ`)『皇帝……西部5国……教皇庁……それに……神聖国教会様、か。
     全く、他人様の国で何を考えてやがるんだか……』

幾度見ても呆れるしかないような光景に、シャオランは思わず漏らした。
山頂の風を身に浴びながら、砂漠の魔女は遠き炎を力強く睨みつけている。
彼らがどのような経緯の後に、この島を訪れたかは予想しか出来ない。
が、その目的は明らかである。
【天使の塵】フッサールを討ち破り。メンヘル族を飲み干し。
更にその目的が為に、アルキュ島その物まで食い尽くそうとしている巨大な海竜。

神聖国教会。
その、誰もが耳にした事のなかった名を持つ者達が、伏兵の正体。
そして、その規模は……。



━━━━━およそ、100000の大軍であった。



戻る第32章