( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

3: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:33:26
登場人物紹介

アルキュ正統王国

ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン 武器=禁鞭 階級=アルキュ王

ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=花飾り 民=リーマン 武器=槍 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税)・千歩将 ツンの付き人

( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン 武器=大鎌 階級=司書令(司法長官)・万騎将・薔薇の騎士団団長

(´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン 武器=槍 階級=中書令(立法長官)

从 ゚∀从 名=ハイン 異名=天駆ける給士 民=キール隠密 武器=仕込み箒・飛刀 階級=太府門下内部官(情報・流通)・千歩将

ノパ听) 名=ヒート 異名=赤髪鬼 民=リーマン 武器=鉄弓・格闘 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・千歩将

(*゚ー゚) 名=シィ 異名=紅飛燕 民=リーマン 武器=細身の剣と外套 階級=司書門下刑部官(刑罰・警備)・千騎将・黄天弓兵団団長

(‘_L’)  名=フィレンクト 異名=白鷲(七英雄) 民=リーマン 武器=長剣・鉄棍 階級=尚書令(行政長官)・千騎将・青雲騎士団団長

( ,,゚Д゚) 名=ギコ 異名=九紋竜 民=メンヘル 武器=黒い長刀 階級=尚書門下工部官(土木・建築)・万歩将

|(●),  、(●)、| 名=ダディ 異名=第六天魔王 民=??? 武器=直槍 階級=中書門下法部官(法の公布)・千騎将・戦鍋団団長

( ̄‥ ̄) 名=フンボルト 異名=??? 民=??? 武器=直槍 階級=中書門下法部官(法の公布)・千歩将



5: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:35:16
白衣白面

( ^ω^) 名=ブーン(本名ニイト=ホライゾン) 異名=王家の猟犬 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=近衛侍中(王の警備)・千歩将・白衣白面隊長

(,,^Д^) 名=プギャー(旧名タカラ) 異名=鉄牛 民=モテナイ 武器=拐 階級=白衣白面副長

( ・×・) 名=ハートマン 異名=笑面虎 民=??? 武器=拐 階級=白衣白面隊員

・ニイト公国

川 ゚ -゚) 名=クー(本名ニイト=クール) 異名=無限陣 民=ニイト 武器=斬見殺 階級=軍務令(軍務長官)・ニイト公主

爪゚ー゚) 名=レーゼ 異名=神算子 民=ニイト 武器=長剣 階級=太府令(財務長官)

爪゚∀゚) 名=リーゼ 異名=金槍手 民=ニイト 武器=突撃槍 階級=近衛侍中(王の警備)・千騎将・天馬騎士団団長

( ´_ゝ`) 名=兄者 異名=金剛阿 民=海の民 武器=手斧・兄者玉 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税担当)・千歩将

(´<_` ) 名=弟者 異名=金剛吽 民=海の民 武器=手斧・弟者砲 階級=司書門下刑部官(刑罰・警備担当)・千歩将

jハ*゚ー゚ル 名=ハル(本名ハルトシュラー) 異名=祝福の鐘 民=ラウンジ 武器=二本の鉄扇 階級=太府門下内部官(情報・流通)・千歩将

(・∀・) 名=モララー 異名=勝利の剣 夢幻剣塵(七英雄) 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=元・ニイト最高指導者。鬼籍

('、`*川 名=ペニサス 民=リーマン ※ 統一王と母を異にする妹。モララーの妻。鬼籍



7: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:37:04
モテナイ王国

/ ゚、。 / 名=ダイオード 異名=狂戦士 串刺し公 黒犬王 民=モテナイ 武器=二本の短槍 階級=モテナイ王

(=゚ω゚)ノ 名=イヨゥ 異名=繚乱 民=モテナイ 武器=斧槍 階級=黒色槍騎兵団長

川l.゚ ー゚ノ! 名=ナナ 民=モテナイ ※ イヨゥの妹。

(.≠ω=) 名=ロシェ 異名=一枝花 民=モテナイ 武器=??? 階級=軍師・赤枝の騎士団長

・海の民

l从・∀・ノ!リ人 名=妹者 異名=小旋風 民=海の民 武器=??? 階級=帆船【グラッパ号】艦長
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ 名=渋沢 異名=破軍 民=海の民 武器=??? 階級=帆船【グラッパ号】副艦長

・メンヘル族
 
(´∀`) 名=モナー 異名=預言者(七英雄) 民=メンヘル 武器=??? 階級=指導者

ミ,,゚Д゚彡 名=フッサール 異名=天使の塵・砂漠の涙(七英雄) 民=メンヘル 武器=天星十字槍 階級=司祭。神聖騎士団団長(十二神将・第一位)

( ゚∋゚) 名=クックル 異名=神の巨人 民=??? 武器=??? 階級=十二神将・第五位(モナーの護衛)

( ・へ・)名=ジタン 異名=打虎将 民=メンヘル 武器=鎚鉾(メイス) 階級=十二神将・第六位

(-@∀@) 名=アサピー 異名=断罪の聖印 民=メンヘル 武器=??? 階級=神父 十二神将・第九位

川д川 名=貞子 異名=雷獣 民=海の民 武器=闘神 階級=十二神将・第十位



8: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:38:14
リーマン族

<丶`∀´> 名=ニダー 異名=翼持つ蛇 民=リーマン 武器=??? 階級=評議長

爪'ー`)y‐ 名=フォックス 異名=狐・人形遣い(七英雄) 民=??? 武器=九尾 狐火 飛刀 階級=無し

(`・ω・´) 名=シャキン 異名=常勝将(七英雄) 民=リーマン 武器=??? 階級=バーボン領主 元帥

/;3  名=スカルチノフ 異名=全知全能(七英雄) 民=リーマン 武器=??? 階級=元・ニイト自治区監査

( ФωФ) 名=ロマネスク 異名=国士無双 千刃 民=リーマン 武器=??? 階級=禁軍武芸師範

从'ー'从  名=ワタナベ 異名=一丈青 民=リーマン 武器=狼牙棍 階級=評議長近衛部隊隊長

・神聖ピンク帝国

??? 名=トマス1世 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=法王

??? 名=ストーン1世 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=教皇

ル∀゚*パ⌒ 名=アリス=マスカレイド 異名=無し 民=ピンク人 武器=神槍 階級=法王の娘

|゚ノ ^∀^) 名=レモナ=マスカレイド 異名=無し 民=ピンク人 武器=宝剣 階級=法王の娘

爪 ,_ノ`) 名=シャオラン 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=商人

斥 'ゝ') 名=アインハウゼ 異名=無し 民=ピンク人 武器=??? 階級=???



9: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:41:01
MAP 〜やべ、ネタ考えてなかった編〜

ttp://up3.viploader.net/news/src/vlnews010461.jpg

@キール山脈 未開の地。
 隠密の故郷とも呼ばれる。
 
Aヴィップ(ギムレット高地) 首都は【獅子の都】ヴィップ城
 北部からの寒風の影響で気候は厳しいが、地熱に恵まれている。

Bニイト公国 ヴィップの副都【経済都市】ニイト城を有する
 ニイト族居住地。ヴィップほど寒風の影響はなく、比較的なだらかな地形である。 

Cモテナイ王国 首都は【戦士の街】ネグローニ
 モテナイ族居住地。山岳地帯。メンヘル族と同盟している。 

Dバーボン地区 首都はバーボン城。 本来は中立領だが、リーマンの影響下にある。
 領主は【元帥】シャキン。現在は【鉄壁】ヒッキーが領主代行を務めている。

Eデメララ地区 首都は【王都】デメララ
 リーマン族居住地。アルキュの中心とも言える土地。もっとも気候がよく住みやすいとされる。

Fローハイド草原
 中立帯だが、リーマンの力が強い。

Gシーブリーズ地区 首都はシーブリーズ。
 海の民の根城であり、表面上は中立地帯。メンヘル族と友好関係に有り、リーマンとは度々諍いを起こしている。

Hモスコー地区 首都は【神都】モスコー。
 メンヘル族居住地。その大半が岩と砂に覆われている。



10: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:42:36
アルキュ正統王国(ヴィップ)
 国主は【金獅子王】ツン=デレ。国旗は黒地に黄金の獅子。
 王都の評議会派と差異を明らかにする為、国号は首都名と同じくヴィップを使用している。
 ※女王ツン=デレの生誕祭を祝った夜、【評議長】ニダー、【天使の塵】フッサールの訪問を受ける

・ニイト公国
 公主は【白狼公】ニイト=クール。公旗は青地に白い狼。
 “天に二王無し”の考えから、王家の正統後継者であるツン=デレに王位を返還した。
 とは言え、ヴィップの繁栄はニイトなくしては成らなかった物であり、事実上クーはツンと比肩する実力者である。

・モテナイ王国
 国主は【黒犬王】ダイオード。国旗は赤地に黒犬。
 小さいながらも【黒色槍騎兵団】【赤枝の騎士団】と言う強力な騎士団を持つ軍事国家。
 ※現在、特に動きは見せていない

・メンヘル族
 指導者は【預言者】モナー。
 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
 ※現在、特に動きは見せていない(?)

・海の民
 指導者は艦長【小旋風】妹者。
 島の南部シーブリーズ地区を占拠し、島で唯一塩の製造権を持つ。
 ※領境を巡ってリーマンと争っている 

・リーマン族
 指導者は【評議長】ニダー。
 北の大国ラウンジ王国の支援を受け、今もなお最も栄える民である。
 ※領境を巡って海の民と争っている



12: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:44:16


     第32章 給士 南へ


軽傷者22名。重傷者2名。酒壺が大小あわせて17。皿は軽く100枚以上。極めつけは、半壊した家屋1軒。
これがメンヘルの猛将ジタンによる、山間の戦い“終了後”の戦果である。

(#・へ・)『くそっ!!』

猛将と呼ばれる男にとって、あの戦は思い返すも不愉快で、納得のいかないものだった。
たとえあの戦いで敗れたとしても【神都】モスコーまではまだ距離がある。
【鉄門都市】ズブロッカには、彼の子飼いたる【六翼騎士団】も待機しているのだし、
今になって考えると文官であるモナーが戦場にでしゃばってきた事も気に入らない。

山間の戦いでフッサール軍の脇腹を叩いた伏兵は、間違いなくモナーの手引きによる物だろう。
打ち倒すべき宿敵は行方が知れず、居城たるスピリタスも瞬く間に陥落され、
老将に従った者はわずか100名程度で要害に陣を張り、ささやかな抵抗するのみだと言う。

それだけでも彼の矜持は傷つき、面目も潰されたのだが、この話には続きがあった。
謎の兵団はジタンの居城たるズブロッカを勝手に宿営地に定めると、苦楽を共にしてきた兵士達を城から追い出してしまったのだ。
一口に兵士と言っても、その多くは戦で日銭を稼ぐ兵奴ではなく、平時は只の城民である。
家族や親類縁者があり、家や暮らしがあり、代々受け継いできた商いをしていた者もいる。
妻や娘を城門の中に残して追い出された者も少なくなく、彼らは皆、涙を流してジタンに泣きついてきた。

これには猛将も激怒する。
同時にズブロッカへ帰れぬと知ると、一路【神都】モスコーへ馬首を向けた。
が、指導者の間の大扉は“厳粛な儀式”とやらで固く閉じられ、
その前を【神の巨人】クックルが立ち塞いでいるとなれば、どうする事も出来ない。
やむなく彼は“大事な儀式”が終わるまで、【神都】にて決して晴れぬ憂さを晴らそうと、酒に溺れる事になったのである。



13: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:45:17
ヾ( ∵)ノ

( ・へ・)『あぁ、分かっている。これでも控えているつもりなのだがな』

そんなジタンの酒の相手を務めるのは、必ずと言ってよいほど
ビコーズと言う名の若い副官だった。

(#・へ・)『だが、飲まずにいられるか!! お前にも分かるだろう!?』

( ∵)”

おとぎ話に出てくる木の精霊を思い出させる、小柄な男である。
ひょろりとした胴体の上にまん丸の頭を乗せ、黒目部分の大きな瞳が心配そうにジタンを見つめていた。
が、彼は口煩くジタンの酒癖の悪さを非難するような事はしない。
そもそも、この副官の声を聞いた事のある者は、上官であるジタンも含めて存在せぬ。
それもその筈で、ビコーズは幼少期に声帯を損傷してしまっているのである。

些細な事で喚き散らすジタンと、身振り手振りでしか意思を伝える事の出来ないビコーズ。
性質から体格まで正反対の2人だが、ジタンはこの副官をいたく気に入っていた。
手話の存在しなかったこの時代。筆談など出来ぬ環境でも、猛将だけは彼の言わんとしている事を理解できたと言う。

体つきを見れば、元は文官向きなのだろうが、聾唖者の文官など誰も手元に置きたがる筈が無い。
故に武の道に進んだのだが、嫌そうな顔一つ見せず、厳しい事で知られるジタンの訓練についてきた。
戦場では子馬のような馬に跨り、少しでも体格の不利を埋めようとしての選択か、長槍を振るう。
又、一人で前に出すぎる自分の背後で、黙々と足りぬ部分を補ってくれる、理想の副官であった。

ビコーズも上官を敬愛しているようで、妻を迎え入れたばかりの身であるにも拘らず、上官の酒に付き従う。
泥酔して路上で眠り込んでしまった上官を担いで、己の新居に連れ帰った事も幾度とある。
そして翌朝、虎殺しの猛将は副官の新妻手づから、良く冷えた地下水を注いだ碗を手渡され、
借りてきた猫のように縮こまるのが、常であった。



14: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:46:36
(#・へ・)『どういう事だ、モナー!! まずは説明してもらおうか!!』

猛将の怒声が厚い石壁を振るわせた。
流石に詰めかかるような真似はしないが、涙を流して縋りついて来た部下の事を思うと、
今すぐ殴りかかりたい気持ちである。
火薬庫のような男の瞳には、怒りが灼熱と燃え上がっていた。

( ´∀`)『……まずは、山間の戦いの件と、スピリタス城の件。
     連絡の不手際があった事を詫びておくモナ。
     ズブロッカ城内に残された者は、本人の意思で退城を許される。
     すでに使者を送っておいたモナ』

(#・へ・)『当たり前だ!!』

ジタンの大声に、貞子が『ひぃっ』と小さく漏らし、柳のような身体を震わせた。
山間の戦いにおいて伏兵を率いていた将と言えば、虎殺しの猛将にとって己の宿敵と居城を奪った敵である。
たとえ、メンヘル族最高指導者モナーの口から謝罪を受けようとそれは変わらない。
本当に詫びるつもりがあるなら、本人の口からあってしかるべきである。
だが、彼らがモナー軍に組した事もまた事実であり、それが困惑を招いた。

(-@∀@)『その辺りにしておきなさい、ジタン。
    あなたの怒りは尤もであり、尊ぶべき物である事は我らも理解しております。
    が、我らは今日より兄弟となる身。
    怒りを静め、新たな兄弟の誕生を祝おうではありませんか』

( ・へ・)『……兄弟、だと?』



15: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:47:44
(-@∀@)『その通りです。聖書の一節にもあるではありませんか。
     “汝 怒りに固めた拳を開きたまへ 握った手では祝いの杯を取る事はできぬ”と』

( ・へ・)『……』

分厚い眼鏡をかけた聖職者の言葉が、一層ジタンの困惑に拍車をかける。
神将達のやり取りを、喜劇でも鑑賞するかのように眺めていた、玉座の男が口を開いた。

(’e’) 『モナーには罪は無いのだ。あれは、我らの到着が遅れたが為に起こった悲劇であり、神が与えたもうた試練。
     ともあれ。まずは、非礼を詫びさせていただこうか』

立ち上がると、優雅な足取りでジタンに近づき、その手を取った。
ジタンの意思などお構いなく、固く手を握り合う。
男の言葉は流れるように爽やかで、握り合った掌にも敵対心は感じられなかった。

だが、それでも気に喰わない。これは、押し付けられた和解だ。
不遜な笑みを浮かべ、見下しながらの謝罪とは馬鹿にするにも程があろう。
表面を取り繕い、王侯貴族の教本にでも載っていそうな行動に、再びジタンが怒りを爆発させかけた時、
その機を狙っていたとばかりに男は言葉を続けた。

(’e’) 『自己紹介が遅れてしまったね、ジタン殿。わたしの名前はセント=ジョーンズ』

( ・へ・)『セント=ジョーンズ……?』

その響きに、振り上げようとした拳がピタッと止まった。
やはり、思い通りに事が進んだのが嬉しかったのか、愉悦の表情を浮かべる。

(’e’) 『えぇ。神聖ピンク帝国皇帝の真なる良き理解者、教皇ストーン1世が長子。
     この度わたくしは、神聖国教会教皇庁の使者として、“司教”モナーを新たな枢機卿に任ずる為、
     モスコーを訪れさせてもらったのだが……』



18: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:48:36
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

川 ゚ -゚)『どうにも、この城は移動が困難に過ぎる。そうは思わないか、ホライゾン』

( ;^ω^)『そうかもしれませんけど……だからって大改築する訳にもいきませんお』

川 ゚ -゚)『まぁ、それもそうだな』

驚く事が多すぎた会談を終え、銀髪の青年は姉の座す四輪車を押してやっていた。
緩やかなスロープ状になっているニイト城の造りと違って、このヴィップ城ではクーが階を移動しようと思ったら、
階段の片側を石膏で塗り固めた傾斜のきつい坂を使う他無い。
一人で登るのは不可能であるし、降りるのは自殺行為そのものと言える。
ならば義足を着用すれば良さそうな物だが、相変わらず彼女は無骨な鉄の塊を装着する事を嫌っているので、
青年は娼室すら寝静まっているであろう時間に、汗水垂らしながらの労働を強いられていたのだ。

ようやく、軍略書や古びた羊皮紙などで散らかったクーの自室に辿り着く。
床一面を埋め尽くすそれを掻き分けるようにして寝台に四輪車を横付けすると、
クーは鶴縫すら脱がずに陽の香りをたっぷり浴びた布団に飛び込んだ。

寝台の横にある卓の上には、湯を注いだ木桶と清潔な布が置かれている。
おそらく、どこかの給士が風呂に使う物を別に汲み分けておいてくれたのだ。
何せクーは、2日続けてろくな睡眠を取っていないから、放っておけば化粧も落とさずに寝てしまう。
それは青年にも予想できていた事であるが、たかだか二年程度の付き合いで行動を先読みされてしまう辺りが、
実の姉とは言え少々情けなくもあった。



20: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:49:55
川 ゚ -゚)『よっ……ほっ』

脱皮でもするかのように寝台の上でもぞもぞと動き、白い鶴縫を器用に脱いでみせる。
それを四輪車の背もたれに向けて、ひょいと投げ飛ばした。

( ;^ω^)『おぉっ!?』

上手く引っかからず、ずり落ちそうになったのを青年が慌てて飛びつき、拾い受ける。
姉の性格上、たとえ床に落ちたとしても朝までそのままになっているであろう事が、易々と想像できてしまったからである。
更に、クーは仰向けに姿勢を変えると、腰を持ち上げて藍色の帯を解いていく。
童が着る様な裾の短い衣が緩んで、太腿の奥や胸元が際どい事など気にする素振りも見せない。
クー曰く『姉弟とはそのようなものを気にしない』ものだから、だ。

はずし終えた帯を受け取ると、代わりに湯に浸してから固く絞った布を手渡してやる。
甘やかし過ぎの感もあるが、ここまでしてやらないと、顔も拭かずに寝入ってしまう人なのだ。
クーは元々肌が強く、日頃の不摂生な生活が表面に現れないタイプである。
少々の事で『吹き出物が出来た!』とか『肌が荒れた!』と肩を落としているレーゼが見たら
卒倒しかねない日々を過ごしているのだが、目元にクマをつくっているのすら見た事が無い。
だが、天衣無縫を絵に描いたようなリーゼですら、肌荒れにはもう少し気を使っていると言うのに……。

川 ゚ -゚)『うむ、ありがとう』

( ;^ω^)『……どういたしましてだお』

答えつつも、青年は姉の部屋を出ようとする気配が無い。
先程受け取った帯を、やけに丁寧に巻き取りながら、忙しなく部屋中を見渡している。

川 ゚ -゚)『何か聞きたい事がありそうだな、ホライゾン』



21: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:51:13
( ;^ω^)『やっぱり、分かるかお?』

川 ゚ -゚)『当然だ。我らはこの世でたった二人の姉弟なのだからな』

( ;^ω^)『……お』

川 ゚ -゚)『尤も、父の事だ。どこに隠し子がいようと驚かぬが』

言いながらクーは身体を起こす。
おそらく、先日の“改革会議”の際にくすねて来たのであろう、紙に包んだ焼き菓子を枕元に置かれた小物入れから取り出した。

青年は気まずそうにしているが、クーには弟を責めるつもりなど毛頭ない。
【翼持つ蛇】ニダーや【天使の塵】フッサールの持ち込んだ話は、クー自身をも驚愕させる物だった。
居合わせた者の中で只一人平然としていたのは【天智星】のショボンだけであったが、それもどこまで演技なのか知れたものではない。

弟が天下の動向に興味を持つのは良い事だと思う。
王家と北の英雄の血を引く唯一の人物なのだし、むしろ今までが学術をおざなりにしすぎていたのだ。
が、かつての彼女がそうであったように、条件が出揃わぬうちに一人で思い悩んでしまうと、
どうしても無意識下で自身が希望する答えに。誤った答えに辿り着いてしまう。
また、彼女自身が考えを反芻させる事にも繋がるから、決して迷惑ではない。

川 ゚ー゚)『さぁ、何でも尋ねてくるがいい。国家百年の大計から女の身体の秘密まで、この姉が何でも答えてやろう』

( ;^ω^)『後半については……謹んでお断りしますお』

どこまで本気で言っているのか分からぬ姉の言葉に答えながら、弟は寝台の足元に腰を下ろした。
銀髪の青年も健康的な男子であるから、隻眼の勇将などに連れられて夜の街に足を運ぶ事もある。
それを非難する風潮はなかったし、それどころか徒弟制度が色濃く残っている時代であるから、
もしも職人や商家の一人娘に手を出して孕ませでもすれば、その家は後継者問題に悩まされる事になる。
『権力をカサに着て街娘に悪戯をした』と悪評を立てられても文句は言えないのだ。



22: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:51:59
こう言った時代背景もあって、夜の女達はさげずまれる一方、今よりも遥かに高い地位を確立していた。
“助平”と言えば、夜町の常連の事ではなく街娘に手を出す者を指す言葉であり、
フッサールに“むっつり助平”と根も葉もない(?)罵倒を受けたフィレンクトが、額に青筋を浮かべた理由もここにある。

流石に公言して歩き回れば好いた者から冷たい目で見られようが、女買いは健康な男子として当たり前。
“出来た上官”の条件に、若い部下の悩みを“解消”させてやり、
暴走しないようにしてやる事も含まれている、と考えられていた程だ。
だがしかし、青年にそのような悩みがあったとしても、それをわざわざ姉に相談しようとは考えぬだろう。
精々が【金剛吽】弟者や【第六天魔王】ダディに連れられる店があまりに特殊すぎる、と言った程度の問題だ。

( ;^ω^)『えーっと……だお?』

川 ゚ -゚)『む?』

両腕を組み、眉間に皺を寄せて、しばし石のように黙りこむ。
青年が言葉に詰まっているのは、姉に茶々を入れられたからではない。
頭の中に浮かんでいる疑問をどのような言葉にすればよいか、並び替える事が出来ていないのだ。
しかし、だからと言ってクーが助け舟を出す事は無いだろう。
逆に『たっぷり悩むと良い』などと思いながら、薄っすらと笑顔すら浮かべている。

これは意地悪でやっている行為ではない。
疑問を言葉に出来ないと言うのは、本当に自分が何を疑問に思っているのか、整理できていない状態である。
無闇に口を挟んでしまうと、本人が真に悩んでいたのとは違った方向に誘導しかねない。
それはかえって弟の成長を妨げる事になり、故に今は歯痒くても見守るのが正解と判断したのだ。

( ;^ω^)『姉様、色んな事があったとしても、評議会はこの島で一番だったはずですお』

川 ゚ -゚)『うむ。ラウンジの横槍があったとは言え、評議会がアルキュの頂点として設立された事実に変わりは無いからな』

( ;^ω^)『それじゃ、なんでメンヘルは評議会に反抗できるんですお?』



23: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:52:49
川 ゚ -゚)『評議会から離れたメンヘルを、評議会が認めなければならなかった理由か。少し長い話になるぞ』

( ^ω^)『おっおっ』

自身の拙い表現を姉が正確に理解してくれた事に、青年は胸を撫で下ろす。
統一王の死後、七英雄によって管理される筈だった評議会は、ラウンジとの国交を巡って3つに割れた。
フォックス、シャキンによる推進派。フッサール、スカルチノフによる中立派。モナー、モララー、フィレンクトによる反対派である。
反対派は、まず最初にモナーが王都を離れ、モララーが兵を挙げて謀殺された。
当時、病に臥せっていたフィレンクトは、友の死に失意し、官職を捨て王都を去っている。

川 ゚ -゚)『では、何故モナーは表立って評議会に楯突きながらも、我らが父のように殺されなかったのだと思う?』

( ;^ω^)『……父様は一人だったけど、メンヘルは神聖ピンク帝国が支援していたからだお。
       それに、王都には王室派の人達がまだ沢山いたから
       評議会もデメララを薄手にしてメンヘルに出兵する事は出来なかった……ってニダーさんが言ってたお』

川 ゚ -゚)『半分、正解だな。だが、良く考えるのだ、ホライゾン。
     もし、王室派貴族がメンヘル出兵に反対すれば、評議会やラウンジにとって
     “王の遺志に逆らう反逆者”という、制圧の言い訳を与える事が出来るのだぞ』

( ;^ω^)『お……?』

川 ゚ -゚)『出征反対者が出れば堂々と処罰できるし、出なければそのまま出兵だ。どちらに転んでも損をする事は無い。
     つまり、王都から王室派を追い出したければ、メンヘル非難は恰好の材料になるはずであろう?
     たとえ、メンヘルと神聖ピンクが貿易で繋がっていようと、形的にはアルキュは独立国であり、
     南が反逆者メンヘルに肩入れする道を選べば、対外干渉として更に分を悪くする事になる。
     逆を言うと、こう言った負の条件を跳ね返すだけの繋がりが、メンヘルと神聖ピンクにはある』

そこまで教えられれば、青年にも姉の言わんとしている事が理解できる。



25: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:54:35
( ;^ω^)『マタヨシ教団……宗教、かお』

川 ゚ -゚)『そうだ。そして、これは4民族の歴史が絡んでいる問題でもある』

モテナイ族は『己こそアルキュの原住民族』と主張しているが、
民族学上で言えば、彼らは海の民同様に東方で戦に破れ国を失った騎馬民族の末裔である。
ニイトとリーマンは北を追われて移り住んできた者達が、牧畜と農耕のどちらを生活の基盤にするかで分かれた兄弟。
最も歴史の浅いメンヘル族は始祖マタヨシと共に南から来た人間が、土着の民と結びつく形で生まれている。

そのせいであろうか。この島以外に生きていく場所を選べなかった他民族と違って
自身の意思で海を渡ってきたメンヘル族は、マタヨシ教の総本山である南への憧れが強い。
宗教と言う繋がりの下、神聖ピンクとアルキュの混血という性質を持つ彼らは、
“聖杯”をはじめとする聖遺物とマタヨシ終焉の地管理者として、高い独立意識をもっている。
選民思想も強く、神の下で島が平和にはなって欲しいが、他の民族と混ざり合うのはお断りだ、と考える者も多い。

また、神聖ピンクとマタヨシ教団から見ても、アルキュ島モスコー地区は聖地であり、メンヘル族は兄弟でもある。
その繋がりは貿易と言う分野だけに留まらず、もし評議会やラウンジが聖地を荒らした場合、
神聖ピンクは“聖戦”“聖地奪還”の旗を掲げ、不可侵条約など無視して大挙して押し寄せてくる事になるだろう。

川 ゚ -゚)『こういった背景もあって、メンヘルは評議会の支配から抜け出た。
     一つの宗教で結ばれたメンヘル族と神聖ピンク。
     もし、メンヘルを討とうと思ったら、それは神聖ピンクとの100年に亘る戦争を覚悟せねばならんのだ』

( ;^ω^)『……』

川 ゚ -゚)『当然そうなれば、ラウンジへの塩の供給は止まる事になる。
     だからこそ、メンヘルを評議会やラウンジは責める事は出来ない。
     元々、統一王にとっても独立意識の高いメンヘルは“協力者”“同盟相手”に過ぎなかったし……
     いや、そもそもヒロユキは民族の“統一”などしていないんだ』



26: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:55:55
ヒロユキは“統一”などしていない。
これも、ある一面から見た歴史上の真実である。
ヒロユキが討ち滅ぼしたのは、当時リーマンの先兵であったモテナイ族だけであって、
メンヘル族とは“対リーマン”という意識で結びついた同盟関係。
リーマン族にいたっては最終決戦の直前に和睦をし、彼らの支持もあって王座についている。

川 ゚ -゚)『だが、ヒロユキが史上初めて、この島をまとめあげ、対話の機会を作り出した事に変わりは無い。
     偉大な王であったであろう事も確かだ。
     それでも、最後はラウンジの恨みを買って暗殺され、死後は同盟国メンヘルが掌を返したかのように離反している。
     全く、人の運命とはわからない物だ』

そこで、天井を見上げ、瞳を閉じた。
口には出さぬが、きっと父の事を考えているのだろう。

青年は今でも父の記憶を失ったままだ。
ヒロユキの義弟として。友として革命戦争に参加し、
最後は肩を並べ戦った者達に裏切られて殺された北の英雄モララー。
きっと、本当に強く、優しい男だったのだろう。
思い出は消えてしまっていても、誇りや憧れに似た感情が胸の中に生まれつつある。

( ^ω^)『ありがとうだお。良く分かりましたお』

言って、青年は寝台から立ち上がった。
眼をぱちくりさせて『もう良いのか?』と問う姉に、コクリと頷く。

( ^ω^)『あまり夜更かししてるとレーゼに怒られちゃうお』

『おやすみなさいだお』と挨拶をしてから、ランプの明かりを吹き消してやる。
そうして、青年は姉の部屋を後にした。



27: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:56:39
実を言えば、青年にはもう一つだけ、姉に尋ねたい事があった。
口に出さなかったのは、その答えが問わずとも分かってしまった気がしたからだ。

━━━━━信じたとしても、受け入れられるかどうかは分からない。

評議長ニダーの話を信じ、許す事が出来るか?
もし、尋ねていたら、姉はそう答えていただろう。
かつての【闇に輝く射手】ハインリッヒの時と違い、ニダーがモララーを殺したのは、彼自身の決断による物だ。
たとえ、この島の住人全てを人質にされていたとしても、それは変わらぬ事実である。

(  ω )。oO(この島には……悲しい覚悟をしなくちゃいけなかった人が多すぎるお)

【天翔ける給士】ハインは、理想の為に暗殺者に身を窶した。
【天智星】ショボンは、彼女を救う為、友に背き実の父シャキンを殺そうと計画した。
【無限陣】クーは、しあわせなひびを取り戻す為、戦乱と復讐の日々に身を投じ。
【金剛阿吽】流石兄弟は、仲間の仇を討ち、救い出す為に多くの友を手にかけ、兄者にいたっては主であるクーを裏切る寸前まで堕ちかけている。
【翼持つ蛇】ニダーや【常勝将】シャキンは、この島や友と追い求めた理想を守る為、ヒロユキやモララーの暗殺に関与した。
そして……。

(  ω )『お前は……今、何をしているんだお?』

懐かしき親友、ドクオ。
彼が銀髪の青年と袂を分かち、去ってから7年が過ぎている。

それでも、青年には一つだけ確信めいた気持ちがあった。
この島は今、下り坂を転げていく石ころのように、未だかつてなかった“何か”に向けて突き進んでいる。
その先に、何が待ち構えているかは分からない。
が、その先にはきっと親友との再会が待っている。
青年は、そう思うのだった。



28: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:57:50
         ※          ※          ※

アルキュ島北部。
つまり、当時の【金獅子王】ツン=デレ支配地であるギムレット地方や
その西方に位置するキール山脈が温泉の名地として世界中にその存在を知られている事は諸兄らも当然既知の事であろう。
ミネラル成分が多くそのまま飲用するにはややクセが強すぎるが、湯治療法には最適とされている。

南の大国・神聖ピンク帝国においては教会の権威が没落し、
北の大国・ラウンジ王国においても度重なる出兵によって国庫が貧窮し、騎士社会・封建制度が崩壊の兆しを見せている時代である。
やがて彼らに代わって財の主導を握る商人達が台頭を始め、彼らの支援によって産業革命が興るのだ。
そして、大航海時代が本格的に幕を開け、陸海上では蒸気機関が実用化されるなど移動技術も大きく様変わりしていく。

船舶技術の進歩と飛行技術の登場によって貿易の中継点としての意義を失った現在のアルキュ島が
今もなお廃れず栄えているのは、この温泉の存在が一役も二役も買っていると言っても過言ではあるまい。
特に北部の住人は科学的研究が為されていなかった時代から温泉の効用を知っており、
それは日々の生活になくてはならぬ物であった。

“3日穴を掘れば温水が湧き出す”土地であり、故に“温泉も掘れない男”と言えば堪え性のない者、または怠け者を指す言葉となる。
【天智星】ショボンは地下を流れる温水が地熱を高め、堆肥の醗酵を促してくれる事に着目し農耕改革に取り掛かった。
【紅飛燕】シィの姿絵は必ずと言ってよいほど、温泉に浸かる灰色の髪をした小柄な女性として描かれる。
現存する英雄豪傑達が好んだ秘湯は、数があまりにも多すぎてありがたみに欠ける程だ。

現在、アルキュ島は貿易の中継点から、世界有数の観光地として生まれ変わっている。
夏季、人々は南部で潮風と陽光を身に浴び、冬季は乳白色の湯に浸かりながら北部の雪景色を楽しむ。
当時の人々を苦しめた世界的に激しい気候差が今のアルキュ人を支えているとは、何と皮肉なものであろうか。

今この瞬間もきっと、かの小島では人々の笑い声がそこかしこで響きわたっている。
そこには血に濡れた戦場の影などどこにも見当たらず。
ただひっそりと英雄達の夢の残り香が揺らいでいるのみである。
だが、それでも彼らは確かにそこで戦っていたのだ。



30: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:58:57
从 ゚∀从『よし、こんなもんかな』

乳白色の湯を湛えたこじんまりとした浴槽を前に【天翔ける給士】ハインは満足そうに呟いた。
硫黄成分が強い温水は、慣れてしまえばその匂いも気にならない。
指先を静かに湯に浸けると、少し熱めの湯加減が彼女の好みで、また少し嬉しくなった。

【隠密の故郷】キール山脈地方の出身者である彼女もまた、入浴を好む者の一人である。
『温泉の話になると人が変わったように饒舌になる』とまことしやかに噂されるシィほどではないが、
給士として清潔をこそ好しとするハインは、平時において毎日の入浴を欠かさなかったとある。

【獅子の都】と謳われるヴィップ城の半地下には将官用の大浴場も備え付けられていたのだけれども、
現代の調査によると利用者は随分と限られていたらしい。
老いた庭師の夫婦と暮らしているジョルジュや妻帯者のギコ、数日前まで城外に庵を構えていたショボンなどは宮殿外の邸宅に湯を引いていたし、
両足を失っているクーは移動や入浴自体を面倒臭がるので、宮殿上階の自室側に専用の浴室を構えていた。

ショボンに先立って太府門下として復職したハインは宮殿内に自室を与えられていたのだが、
本職は白眉の戦略家ショボンの給士であると考えていたようだ。
自室にはギムレット地方の財務・流通関係の監視者としての業務を果たす為の机卓や書棚があるのみである。

主が二年前に宮殿を去ったと同時に、彼女も数月ではあるが官職を辞しており、私物の全てを引き払っていた。
復官してからも衣服や茶器の控え、身だしなみに使う小物関係など最低限の私物だけを置くようにしている。
ハインとはやや考え方を別にしているが、赤毛の給士ヒートもやはり主の側を離れようとはしておらず、
2人は頑なまでに【天智星】ショボンの給士と言う立場に固執していたらしい。

しかし、そんなハインであっても主の庵で湯を浴びると言う冒険。もしくは暴挙に乗り出す気は無かったようだ。
なにしろ、そこには異なる危険思想を持つ2人が目を光らせているのだから、身を休めるどころの問題ではない。
故に彼女は普段からわざわざ宮殿内の風呂で汗を流してから、主の待つ家に帰る生活を送っていたのだが
この日に限っては思わず泳ぎ出したくなるほどに広い大浴場ではなく
足も伸ばしきれないような小さい個人用の浴槽を使おうとしていた。



31: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 19:59:54
从 ゚∀从『さ・て・と♪ 風呂だ風呂だ』

長い一日だった。
肉体的な疲労は戦場での比較にならないが、精神的な疲労はそれを遥かに凌駕しているように感じる。
気を抜けば重苦しい考えに沈みこんでしまいそうな心を振り払うように、エプロンドレスをポイと藤の籠に放り込んだ。
普段であれば給士服のスカートに膨らみを持たせるためのペチコートにびっしりと飛刀を縫い付けているのだが、
今日は式典終了後にそれを脱いでしまっているので随分と身軽である。

从 ゚∀从『は〜だかのぉ〜 ハインちゃんが やってきた やってきた♪』

楽しげに鼻歌など交えつつ、器用に黒い給士服の背についたボタンを外していった。
今頃、レーゼやヒート。ツンやミセリなども大浴場で汗を流している事だろう。
シィは大浴場で入るか、邸宅に帰ってからのんびりと湯を楽しむか。おそらくは両方正解だ。
評議長ニダーの護衛であるワタナベはどうしているか分からぬが、
神聖ピンク帝国出身のアリスやモスコーのシューなどは慣れぬ文化を前にして戸惑っているかもしれない。
物臭なクーは、きっと部屋に帰るなり寝てしまう。自室に置いて来てやった湯で顔でも拭っていれば及第点だ。

从 ゚∀从『やってきた ぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、っと♪』

ひときわテンションをあげて、白いタイツを脱ぎ捨てた。
やはり皆と入った方が楽しかったかも……などと思うが、仕方ない。
恨めしいのは、未成熟なまま成長を止めてしまった己の身体だ。
特に赤毛の給士は自分を姉と呼ぶくせに頭一つ背が高く、並ぶと豊かな膨らみがちょうど目の前にくる形になる。
見せたくないのではない。見ると心が痛むのだ。

だが、今更気落ちして何になろう?
泣いても嘆いてもこれ以上成長しないのだし、何よりも目の前では乳白色の湯が待っているではないか!!
熱い湯に浸かってたっぷりと汗を流し、よく冷えた果実水をグイと飲み干すのだ。
そう考えると、皆の輪から外れて一人寂しく浸かる湯も楽しそうではないか。いや、楽しいに違いない!!
実にどうでも良い事で自身を鼓舞し、慎ましげな胸部に巻いたサラシも解き、最後の一枚となった下着に手を(´・ω・`)『やぁ』



33: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:03:17
从 ゚∀从『……』

(´・ω・`)『……』

从 ゚∀从『……』

(´・ω・`)b『やぁ』

从#゚∀从『……っ!!』

給士の大きく見開かれた黒い瞳は、正確に今目の前に立っている男の姿を映し出している。
が、頭がそれを理解するのを拒絶しているかのようだった。
二度三度とまばたきを繰り返す間に、顔色を何度も赤と青に染め上げる。
やがて、完全休業状態だった脳が押し寄せる情報量の多さに根負けして活動を再開すると、
神経を通して命令が四肢に行き渡るより早く、ハインの身体は動いていた。

从#゚∀从『この……ド低脳がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』

咄嗟に庇うようにして左腕で胸を隠し、同時に脱衣場の木床が軋むほど強く左足を踏み込んだ。
右拳を鉄より固く握り締め、不埒な侵入者の頬骨を砕かんばかりに振りぬく。
だが。

从#゚∀从『っ!?』

その動きを完全に先読みしていたのだろうか。
白眉の青年は、神速と謳われる給士より早く動くと、まるで全身でぶつかるように彼女の身体を脱衣所の壁へ押し付けた。
肺から空気が漏れ、ハインの口から小さな呻き声が漏れる。
そしてショボンは囁きかけるように言うのだ。

(´・ω・`)『ハイン……いいよね?』



34: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:04:26
从;゚∀从『……えっ?』

(´・ω・`)『欲しい……欲しくて、堪らないんだ』

鼻先にかかる主の吐息が、何故だかとてもくすぐったく感じた。
主のつぶらな瞳に、呆気に取られた風の自分の顔が映っている。
再び活動停止しかけた脳がショボンの言葉の意味を理解した瞬間、ハインの顔は怒りとは異なる理由で赤く染まった。

从;゚∀从『あ……でも、ハインちゃん、これからお風呂に……』

(´・ω・`)『そんな事はどうでもいいじゃないか。僕はもう……我慢できない』

从;゚∀从『でも……ほら……』

(´・ω・`)『頼む、ハイン。僕には君が必要なんだ』

その一言が決め手となった。ハインの身体から抵抗の力が抜ける。
羞恥心から、主の目を見る事が出来ず顔を背けた給士が、やがて覚悟を決めたかのように小さく頷いた。
それを見たショボンが『良かった……』と呟き、彼女の身体から腕を離す。
よほど緊張していたのか、大きく息を吐くと同時に肩が下がるのが分かった。

(´・ω・`)『それじゃ。早速だけど今すぐメンヘルに潜入してくれるかな? 陛下には僕から説明しておくからさ』

从 ///从




  _,,
从 ゚д从



36: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:05:30
(´・ω・`)『情報が足りないんだよ』

言いながら白眉の戦略家は給士に背を向け淡々と語り出した。
両手を腰に回し落ち着き無く歩き回るのは、この男が己の中に沈みこんで考えを整理する時の癖だ。
もっとも、狭苦しい個人用の脱衣所では足を動かす事も出来ず、所在なさげに身体を揺らしているだけである。
そんな主の姿を呆然と見つめる給士の身は、いつの間にか脱衣所の床にペタリと座り込んでしまっていた。

从;゚∀从『あ……え……は? えぇ〜???』

(´・ω・`)『だからさ。神聖ピンクの西部7国……いや、今は神聖国教会と呼ぶべきか。
     今回の出兵はあくまで法王側への牽制、つまり貿易ルートを潰して弱体化させるのが目的と読んで間違いないと思う。
     では、彼らは何処までモナーと結びついているんだろう。それ如何で僕らの取る策も変わってくる。
     だけれど、判断するには、圧倒的に情報が足りていないんだ』

从; ∀从『あ……そう……なんだ?』

主の声を耳にしながら、ハインの顔はゆっくりと赤味をおびていく。
額には青筋が浮かび、握った拳は小さく震え始めた。
それに気付いた素振りも見せず、天才と呼ばれている筈の男は足を止め、振り返る。

(´・ω・`)『更に言えば、海の民の動きも気になる。彼らは自由の民だ。
     シーブリーズの【小旋風】が国教会とやらに頭を垂れるとは思えないけど、
     妹者はモナーから神将の地位を与えられているくらいだからね。これも確認しておかないと……?』

そこまで一息に話して、ようやくショボンは“異変”に気がついた。
床にへたり込み、俯いた給士の全身からくっきりと目に映るほどに濃い殺気が放たれている。

从# ∀从『は……はは……ははははは……ところで、ご主人。何で……ハインちゃんは……いつも同じ手に引っかかるのかな……』

(;´・ω・)『え……? ハ……イン?』



37: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:07:53
ばっかやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!!!

一瞬。
難攻不落と言われたヴィップ城は、確かに小さく震えた。
城壁を取り囲む湖面は大きく波うち、鶏小屋の鶏がこの世の終わりとばかりに騒ぎたて、火がついた様に赤子が泣き出す。
大浴場で湯を楽しんでいたツンは飛び上がった拍子に足を滑らせ、浴室の石床にしたたかに腰を打ちつけた。
早風呂を済ませ、一足早く身を横たえていたニダーやフッサールは何事かと飛び起きる。

从つД从『うわああああああああああああああああああん!!』

数秒遅れて、給士服で身体を隠すようにしたハインが脱衣所を駆け出した。
逃げるように裸足で廊下や階段を走り去ると、そのまま自室に飛び込む。
扉の内側から滅多に使わない鍵をかけ、大声で泣き散らしはじめた。
それとほぼ同時に与えられた客室を飛び出した2人の老人が、廊下でバッタリと顔を合わせる。

<;丶`∀´>『フッサール!! これは何が起こったニダ!?』

ミ;,゚Д゚彡『分からぬ!! もしや、すでに国教会軍が侵攻してきているのかもしれんぞ!!』

<;丶`∀´>『だが……ならば何故、兵がこうも落ち着いているニダ!?』

【評議長】ニダーの言うよう、この“事件”に対してヴィップの将兵や城民に動揺する者は見られなかった。
二人組で警邏をしている兵士達など、一瞬驚いた表情を浮かべはするものの、
お互い顔を見合わせ苦笑いを浮かべるだけで終わりである。

当然、急時に備えて城内を見回っている彼らが、こう判断したのには理由があった。
ヴィップ有数の個人戦闘技術を誇る給士の、堰を切ったような泣き声を耳にした彼らは只一人の例外も無く『あぁ、またか』と考えたのだ。
そして、彼女の身に起こったであろう“悲劇”を思えば、同情の息を吐く以外に何が出来ようか。
むしろ、この日彼らは慌てふためく老将や、裸のまま廊下に飛び出してきた訪問者達へ
事情を説明するのに骨を折らなければならなかったと言われている。



39: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:09:44
さて。
給士が立ち去った脱衣所に人影は無く。
浴室に続く木の扉は完膚なきまでに破壊されていた。
周囲には木片があたりかまわず散乱し、巨大な穴の空いた開いた扉はすでに扉としての機能を完全に失っており、そこから浴室が。
更に言えば、静かに揺れる乳白色の湯面から二本の足が垂直に生え出しているのが見てとれた。

やがてそれは突然。
正に言葉どおり“息を吹き返したかのように”バタバタともがきはじめると、いったん完全に湯中に姿を消す。
数秒遅れて、勢い良く一人の男の上半身が飛び出した。
官服と垂れた白眉を肌に張り付かせた男は、暫くの間激しくえづいてから、ほうほうの体で浴槽から這い出す。
そして、そのまま洗い場にどっかと座り込んだ。

(;´メω・)『流石に……やりすぎたかなぁ』

誰もいなくなった脱衣所を眺めながらぼそりと呟く。
ハインを南に潜入させようと考えていたのは本心であるし、
実を言えばのんびり湯に浸かる給士を驚かせるだけのつもりであった。

悪戯心が先立った為に彼女が浴室に消えるより早く脱衣所に入り込んだのは大失敗だったし、
深い傷が幾重にも刻まれた白い肌を見て頭が沸騰し、目的を忘れかけたのもまた、真実である。
いや。この男の最大の失敗は“目的を完全に忘れてしまわなかった”事。
もしくは“目的を思い出すのが早すぎた”事にあるのだが、それに気付く様子は無く。

(ii´メω-)『まずはちゃんとごめんなさいして……もう一度お願いして……
     それから、陛下にも説明して……あと何発殴られるかなぁ』

殴られるだけで済めば御の字である。
最悪、復官した翌日に殉職する覚悟で望まなければならぬであろうが、自業自得以外の何物でもあるまい。
濡れて顔に張り付いた白眉を撫でつけながら、ショボンは大きい大きい溜息を吐き出した。



40: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:10:45
         ※          ※          ※

【金獅子王】ツン=デレとは如何なる人物であったのだろうか?
誇り高き獅子と讃えられるこの女王は、仁愛の人として後世に伝えられている。
平和を愛しながらも星数多の英雄豪傑達を照らす太陽であり、強大な軍閥集団の頂点に立つ黄金の王。
当代に生きた戦士達の物語は正史外史を問わず、数多く現代まで伝えられている。
にも拘らず彼女が今ひとつ影が薄いと言われるのは、
単に王としての姿ばかりが拡大視され、ひとりの人間としての像を描いた歴史資料が少ない為だ。

当時から残る温泉の多くに名を残し【温泉卿】とも呼ばれる【紅飛燕】シィ。
アルキュ飲茶文化の基礎を築いた【天翔ける給士】ハイン。
【急先鋒】ジョルジュは男子健康を祈願する神として。
【天智星】ショボンは農耕神、【神算子】レーゼは商売繁盛の神として今も祭られている。

ヴィップの将に限らず、【天使の塵】フッサールや【打虎将】ジタンの教えを継ぐ者達は現代アルキュの政界中央を占め、
アルキュ史上初めて銃器を本格的に戦場に持ち込んだとされるアリス=マスカレイド。
姿絵本の大家【不敗の魔術師】ツーと【光明の巫女】シュー。
アルキュ独自の楽器・猫尾琴の考案者【国士無双】ロマネスク。
【無限陣】クーと【王家の猟犬】ブーンの父【勝利の剣】モララーの旅物語は世界各国で読み語られている。
彼らのように良くも悪くも癖の強い者達に囲まれていると言う不幸もあったであろうが、
これ程までに名を知られつつも人間像が伝えられていない者は、彼女とモテナイの戦士ドクオくらいなものであろう。

そのような中、ツン=デレの数少ない趣味は髪飾りの収集と市場の散策であったと伝えられている。
自身を慕う民の声を耳にしながら、彼女は物事を考え込むのを好んだ。
一国の王としては褒められたものでは無いこの奇癖は、後にどのような臣が諌めても改められる事はなかったと言う。
また、髪飾りの収集も自身が使うのではなく、その大半が【花飾りの官女】ミセリに与えられたと言うから、
女王自身は友たちとの他愛も無いおしゃべりが唯一の娯楽だったのではないだろうか。

生誕祭の翌日。
目の周りに青痣をこしらえたショボンから昨晩の報告を受けたツンは、いつものように官女ミセリを従え朝の市を出歩いていた。



41: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:11:47
(,,^Д^)『おっ?』

ξ゚ー゚)ξ『あら?』

ミセ*゚ー゚)リ『おや?』

( ´_ゝ`)『おう。奇遇だな、このような所で』

爪;゚ー゚)『お、おお、おはようございます』

5人がバッタリと顔をあわせたのは【鉄牛】プギャーの経営する小物屋の店頭であった。
ヴィップ将兵には当然給金が支給されるのだが、下級将官以下の者達は常に軍部に属する訳でなく、交代制で警備などの任に当たっている。
白衣白面副長プギャーは百歩将として百歩長を従える地位にあるのだが、
平時はかつて【王都】デメララ一番の髪結い師と呼ばれた指先を生かして、小物屋の主に落ち着いている。
同じく白衣白面部隊の【笑面虎】ハートマンは、百歩長として新兵の訓練を指揮する事が性にあっているらしく
刀剣鍛冶師として店を構えてはいるものの、繁盛はしていない様子であった。

ξ゚ー゚)ξ『あらあらまぁまぁ。お邪魔だったかしら?』

爪;゚ー゚)『な、何の事でございましょう? 私は市場の調査をしているだけでありまして……』

ξ^ー^)ξ『あら、そう。でも、市場調査にしては随分と着飾ってるみたいじゃない?』

爪;゚ー゚)『……っ』

両手をブンブンと振るって言外に伝えられる意思を必死に否定するレーゼだが、新調したと思しき薄桃色の絹服がそれを許そうとしない。
更に言えばツンとミセリは兄者の腕に抱きつくようにしながら嬌声をあげる彼女の姿を確認しているので、逃れようも無いのだ。
もっとも、隠密の方は昨夜随分と遊び歩いていたらしく『どうでもいい』と言った顔をしているのだが。

爪ii- -)『……くっ。この事は……どうか御内密に』



42: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:13:26
爪ii- -)『不覚……この私とした事が……最悪』

それから彼らはレーゼが“自主的に”買い求めた焼き菓子の山を囲んで店奥の卓についた。
時折、店を覗きこんだ女達が金髪の王の姿をとらえて手を振ってくる。
当のレーゼは店の隅で膝を抱えて座り込み、地面に渦巻きを描いていた。

ミセ*゚ー゚)リ『それにしても……結構お客さん多いんですね。
     ボクはこーゆーお店ってお祭りの前の日が忙しいと思っていたから、ちょっと意外です』

( ´_ゝ`)『あぁ。それは、昨夜が一番の稼ぎ時だった者もいるからだろう』

(,,^Д^)『そーゆー事っすねwwww』

キョロキョロと店内を見渡しているミセリに、眠そうな顔の兄者が答える。
皆の前に茶を運び終えたプギャーが、どんよりと暗い顔をしたレーゼを促して卓につかせた。

爪ii- -)『……最悪。っていうか、何で貴方はそんなに落ち着いてるのよ?』

( ´_ゝ`)『あ? だって、俺は帰って寝ようとしていたところを貴様につかまって引っぱって来られただけだろう?』

ミセ;*゚ー゚)リ;゚听)ξ。oO(……うわぁ)

兄者の返答に、レーゼが重い重い息を吐き出す。
自棄になったかのように薄いミルクティー色の髪を掻き毟ると、薄い焼き菓子を両手で掴み取り、ほうばりはじめた。

( ´_ゝ`)『そのような喰い方をすると美容に悪いぞ』

爪#゚皿゚)『うるさいッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

( ´_ゝ`)『良かれと思って……忠告しただけ……だよなぁ』



44: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:14:36
(;,^Д^)『と、ところで、ニダーやらフッサールの件はどうなったんすか?
      昨夜も姐さんの泣き声が派手に響いてたみたいっすけど……』

ξ;゚听)ξb『そ、そう!! その事よっ!!』

全身にずっしりと覆い被さるような空気に客足が遠のく事を怖れたのだろうか?
プギャーが半ば強引に会話の流れを切り替えた。
黄金の王もまたレーゼを煽った事に若干の責任を感じていたのであろう。
ビシリと親指を立て同意の声をあげる。

だが。

( ´_ゝ`)『ん? あぁ、あれはやはりハインリッヒの声だったのか』

だが。
そんな彼らの思いも虚しく、会話の流れは水が高みから低みに流れるように
再び悪い方向へと戻っていく。

爪#゚ー゚)『……随分。鋭いのね?』

ボソリと漏らすレーゼの声は暗く、重い。
そして、隠密の男はそれには全く気づかぬのか、先程の“忠告”に対する反応がよほど面白くなかったのか。
つまらなそうに鼻毛を引き抜きながら答えるのだ。

( ´_ゝ`)『当然だろう。アレの事でこの俺にわからぬ事など何一つ無い
       弟者とハインリッヒは、俺にとって命よりも大切な存在なのだからな』

ξ;凵G)ξ。oO(もうやめてーっ!!)

ミセ*;ー;)リ『陛下!! 目の前が霞んでレーゼさんの顔が見えません!!』



45: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:16:00
( ´_ゝ`)『で、そのハインリヒは何処で何をしているのだ? 大方【天智星】あたりが悪企みでもしているのだろうが』

爪#゚ー゚)『そうね、それが問題よ。ハイン内部官は太府省に所属している筈だわ。
     太府令たる私に何の相談も無いと言うのは、越権行為じゃないかしら?』

レーゼの言うよう、太府門下であるハインは太府省に身を置き主に島中の情報掌握を任されている。
同じく太府門下である【祝福の鐘】ハルトシュラーは各都市の闇市場を取りまとめ流通一般方面を取り仕切っており、
職務内容に違いはあれど共にヴィップの根底を支える経済力の支柱であり、太府省筆頭であるレーゼの指揮下にある。
が、立法機関・中書省の筆頭ショボンもまた、内部官への命令権を所有しているのだ。
一国の方向性を定める立法と言う行いにおいて、各地の情報や経済状態を把握しておく事は不可欠だからであり、
レーゼの言動は八つ当たりに等しい物なのだが、誰一人として彼女に異を唱えようとする者はいない。

何故なら、レーゼと言う経済の専門家は政務面において絶対的な信用を得ているからだ。
これを因として中書省との関係が悪化したりなどしないと判断されている事の裏返しでもあり、
好きこのんで煮え滾る油に火を放り込もうとする愚者がいないと言う事でもある。

そもそも、全ての原因はとぼけ顔の隠密にあるといって良い。
司法の長であり騎兵部の筆頭である【急先鋒】ジョルジュ同様、兄者は男を解放するのを隠そうとしない。
むしろ、部下や友人に昨夜抱いた女の話を披露するのを楽しんでいる節すらある。
しかし、この2人は共に複雑な想いを胸に秘めた者同士でもあるのだ。
わざわざ特定の人物へ聞こえるように“冒険譚”を公開し、白い目で見られて『完全には無関心ではなさそうだ』と胸を撫で下ろす。
良く言えば想い人と実の兄妹のように親密な関係を築いており、悪く言えば幼く、イマイチ煮えきれてない。
故に想いが届く事も無く、哀れにも彼らに対する微かな期待を捨てきれぬ女も現れるのだ。

( ´_ゝ`)『いや、だが、言いたい事があるならキッパリと【天智星】に言ってやった方が良いぞ。
      気持ちとは言葉にしなければ伝わらない物なのだ』

ミセ#゚Д゚)リ『黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!』

爪#゚皿゚)『あんたが言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!』



47: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:18:44
( ´_ゝ`)『…………世の中とは理不尽に満ち溢れていると良く分かったよ』

ξ#^ー^)ξ『お願い、黙って。貴方を殴りたくないの』

( ´_ゝ`)『……凄く帰りたいぞ、俺は。むしろ消えてなくなりたい』

ツンとしては、男達が夜ごとの“大冒険”に挑むのを釈然とはしないまでも、半ば諦め半分の気持ちで認めており、
王と言う立場を利用して禁じようとするつもりもない。
苦界に堕ちてなお生きようとする者達を、彼らの労苦も知らぬ自分が排除しようとするのは傲慢であると理解しているし、
所詮は一時的な金銭契約にすぎないからだ。

が、それでもやはりあまり堂々とされるのは面白くなく、多少の心遣いはして欲しいとも思う。
ショボンやフンボルトなどはよほど上手くやっているのか、夜街に出たそぶりすら見せた事が無いし、
一度コソコソと宮殿を抜け出ようとしていた某銀髪の青年とバッタリ遭遇した時は、
数秒冷ややかな目で見つめてやったところ、ガックリと肩を落としながらも大人しく自室に戻っていった。
男女の秘め事に興味が無い訳でもないが、秘め事と言うからには秘めておいて欲しい時もある。

そんなロクデナシ集団と一線を引くように、女達から尊敬と羨望の視線を送られているのが【九紋竜】ギコだ。
ヴィップの上級将官で唯一の妻帯者である彼がシィに婚姻を申し込んだ際のエピソードは、
今もなお歌劇でも語られているから御存知であろう。

自身が赤い燕に惚れこんでいる事を自覚した黒刀の使い手は、その日のうちに愛刀一本を担いでマティーニ城に乗り込んだ。
そこで彼女の保護者を自称する隻腕の老将と、改築中の物見櫓を破壊するほど派手な殴り合いを演じ
激闘の末、首を縦に振らせたのである。
顔面を見事に腫れあがらせた九竜の剣士がヴィップに帰城した時、その手には巨大な花束が握られていたと言う。

以来、かつての乞食剣士は常に良き夫として、妻の側にある。
子宝にこそ恵まれていないものの、市を歩けば仲睦まじい2人の姿を見る事が出来た。
その度に女達はうっとりとギコの純愛を褒め称え、
一部の男達が肩身の狭い想いをする事になっていたのである。



49: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:20:31
爪゚ー゚)『シーブリーズか……それは確かに厄介ね』

古来から洋の東西を問わず、色恋事は戦いに例えられる事が多々ある。
が、実際の戦争が勃発する可能性を前にしては、彼らも表情を改めざるを得なかった。
ツンの形の良い眉は僅かにしかめられ、座の前足を持ち上げて後ろ足だけで器用にバランスを取っている兄者も、目の奥は真剣である。

アルキュ島第五の民族とも呼ばれる海の民は、ある意味において特別な存在だ。
まず、土地に対しての執着が薄く、大海原こそが彼らの生きる場所である。
そして、何よりもアルキュ島で唯一塩田の所有権を持つ事が何よりも大きいのだ。

都市の大小を問わず、当時のアルキュでは各地で竹を売る商人と遭遇する事が出来た。
竹は貧富を問わず、人々の生活に結びついている。
水筒として。縦に割れば飯を盛る器として。花を刺す花瓶として。また、上質の油を取る事も出来る。
これだけであれば他の物などで代用する事も出来るであろうが、竹にはもう一つ大きな利用価値があった。
その中には、シーブリーズ原産の塩が詰められ、“闇塩”として売られていたのである。

本来、シーブリーズの塩田はあくまで海の民が自分達で使用するだけの量に限り生産が許されている。
が、これらの闇塩の存在に異を唱える者は存在しない。
この闇塩が存在しない頃、塩の供給は全て神聖ピンク帝国の意思に左右されていた。
当然価格も安定せず、海水を煮ただけの物や質の悪い岩塩が生活を支えていたと言う。

海の民が歴史上初めて登場したのは、モテナイ族がアルキュに定住を始めた頃と前後する。
海上戦闘において無敵を誇った彼らは、長年に亘って数え切れぬほどのラウンジ・神聖ピンクの船を襲い物資を奪った。
そして、アルキュ島内にてこれらの戦利品を売り払う市を開いたのが、闇市の起源だ。

やがて神聖ピンク帝国とは幾度にもわたる合戦の末、和平条約を結ぶと塩の製造権を入手するにいたる。
統一王の時代になる頃には闇市は海の民の手を離れていたが、闇の塩はアルキュ人民にとって無くてはならぬ物となっていた。
こうして得た財貨は、神聖ピンクの血気盛んな個人商人達との貿易に使用され、更に海の民を栄えさせる。
主に南の大陸東部に多く存在していた個人商にとっても、海上にて取引を成立させる事が出来るわけだし、
正式貿易ルートであるメンヘルと違って税も取られない海の民との関係は貴重であった。



51: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:22:23
つまり、海の民の居住地・シーブリーズとはもう一つの南との玄関口。もう一つの塩の道とも言える存在なのだ。
表向きの玄関口であるモスコーが西部7国連合、神聖国教会に押さえられているとなれば、
彼らの動向は今後の政策を決めるにあたって無視できない物となる。
更に言えば、経済の専門家レーゼにとって、彼らは各闇市に広がるギルドの基盤を築いた存在であり。
兄者や弟者、メンヘルの貞子、リーマンの七英雄スカルチノフ、大きく遡ればハインにとっても同胞と言う事になる。

( ´_ゝ`)『海の民か……あいつらが神聖なんたらに大人しく従うとは思えぬがなぁ』

(,,^Д^)『そういや、兄さんはシーブリーズの出身だったっすね』

( ´_ゝ`)『あぁ。国教会とやらの動きにもよるが、土地を持たない連中にとっての財貨は俺達が考える以上の貴重品だ。
      なにしろ、収入が無ければ安定した補給が出来なくなるわけだからな。
      略奪生活を送る事に不満は出ないだろうが……後手に回る前に戦いを選ぶと俺は読む』

ミセ*゚ー゚)リ『神聖国教会やメンヘルが、今までどおりの関係をシーブリーズと取る可能性は……?』

( ´_ゝ`)『薄いだろうな。貿易ルートの占領が今回のモスコー侵攻の目的と考えてみろ。
      シーブリーズを放置しておいたら画竜点睛を欠くと言う物だ。
      それに、モスコーと言う貿易口を潰された以上、東部5国。法王がどう動くと思う?』

そこでポンと掌を叩きあわせたのは【金算子】の異名を持つ女だ。
真剣な面持ちの兄者の横顔を見つめる彼女の頬は、僅かに薄紅色に染まっている。

爪*゚ー゚)『そっか。法王としては海の民との友好関係に今後の戦略が関わってくる事になるのね?』

( ´_ゝ`)『そういう事だ。逆に海の民にとってはまたとない商売の好機だ。これを逃がす筈が無い。
      国教会とシーブリーズが手を組む可能性もあるが、あの連中の事だ。
      表では従う素振りを見せながら、裏では法王さんと商売続けるだろうさ。
      もし、国教会とやらに多少でも先を見れる奴がいれば、この程度はすぐに気付くだろう。
      遅かれ早かれシーブリーズはメンヘルとの同盟を破棄し、国教会と戦火を交える事になる』



52: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:23:45
ξ゚听)ξ『……教皇庁とメンヘル、法王庁と海の民って形になるわけね。
     その場合、シーブリーズに勝ち目はあるの?』

( ´_ゝ`)『言っておくが……奴らは強いぞ』

アルキュ島北部に位置するヴィップにとって、海の民は唯一領土を接していない民族であり、故に未知数の部分が大きい。
ラウンジ・神聖ピンクの連合部隊をも撃破し、塩田を勝ち取った歴史は知っている。
しかし、今ではリーマン禁軍元帥【常勝将】シャキンと領境を巡って長年睨み合いを続けているだけである。
当然、南北の連合軍と比べればシャキン軍など物の数にも入らない筈だから、かつての猛勇は失われたと考える者も少なくないのだ。
が、兄者はそれを強く否定する。

( ´_ゝ`)『あれは、陸戦を不得手とするシーブリーズと、砂地によって戦車隊を封じられたシャキン。
      決め手を欠いた者同士が動けないでいるだけだ。
      砂地や海岸沿いに引き込めばシーブリーズが勝つし、平地での戦いになればシャキンが勝つ。
      共に攻め込んだ方が不利になるし……海の民としてはシャキンさえ見張っておけば、
      同盟相手のモナーから大量の戦支援金を引き出す事が出来る。楽な仕事だな』

そこで兄者は卓に腕を伸ばし、茶を満たした碗を手に取った。
故国シーブリーズの事が会話の中心となっている為、口を動かすのはどうしても彼に集中してしまう。
渇いた喉を潤したくなっても無理は無いだろう。

( ´_ゝ`)『【白花蛇】の阿部と【破軍】の渋沢と言うオッサンがいてな。
      阿部は鉄鎖使いだが、【急先鋒】や【九紋竜】と良い勝負をすると思う。
      渋沢は元々キールで隠密術を学んでいたようだが……正直、ハインリッヒでも勝てるかどうか』

ミセ;゚ー゚)リ『化け物じゃないですか……』

( ´_ゝ`)『厄介な中年だよ。妹者は奴が赤子の頃に俺達はシーブリーズを出てしまったから、よく知らん。
      が、そんな化け物2人を従えるだけの幼女だって事は間違いないだろう。
      その上、ヤツラの船には水の上で燃える炎が備えられていてな……どう考えても負けるイメージが沸かんな』



53: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:26:14
兄者の言葉に、誰かが生唾を飲み込む音が続いた。
【急先鋒】ジョルジュ。【九紋竜】ギコ。【天翔ける給士】ハイン。
彼らはヴィップに身を置く戦士達の中でもずば抜けた実力者である筈だ。
当時まだ幼かった兄者の記憶によるものだとしても、【小旋風】妹者が従える双璧はよほどの手腕と見るべきだろう。
海の民とは【金剛阿吽】流石兄弟に『このままここにいても埋もれるだけだ』だと感じさせ、故郷を捨てさせる者の集まりなのだ。

ξ゚听)ξ『……やっぱり、戦争になるのね』

( ´_ゝ`)『残念だがな。だが、これは自衛の為の戦いだ。
      放っておけば、モスコーだけでなくこの島の全てが焼き払われる事になる。
      我らは我らの生きる場所を護る為に戦わねばならぬのだ』

ξ゚−゚)ξ『分かってる……分かってる、けど……』

それでも、ツンの眉は深く皺を寄せていた。
兄者の話を聞けば聞くほど、この島が大戦争に向けて突き進んでいる現実を思い知らされるからだ。
隠密の隠密たる所以は、徹底した現実主義にある。
その意味で言えば【金剛阿】兄者は、ヴィップに籍を置く3人の隠密の中で最も隠密らしい男だ。
今でこそ誰も言葉にしないが、ニイトとヴィップの戦において、銀髪の青年に謀反を唆した事すらあるのだから。

そんな兄者の言葉だから、一層言葉に重みが増す。
獅子の異名を持ちながら黄金の王は元来、戦を好む性格ではない。
如何に海の民が優れた戦士集団であり、自衛の為の戦いだとしても、多くの者が命を落とす行為は望む物ではないのだ。

卓の下でレーゼに軽く足を蹴られて、兄者はそれに気付いた。
少しだけ気まずくなって、前脚を持ち上げていた座を正す。
あまり人の心の機微を気にかけない兄者だが、その彼をして『助けてやりたい』と思わせる何かが、この王にはあるのだ。

(;´_ゝ`)『あ〜、何と言うか、これは避けられぬ戦だ。数の上だけでは勝ち目も薄い戦だ。
      だが、出来るだけ犠牲を出さずに勝利する方法は、無いわけではない……と思う』



55: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:28:08
ξ゚听)ξ『っ!! 本当!?』

(;´_ゝ`)『ここで嘘を言っても仕方あるまい。
      おそらく【天智星】はその為にハインリッヒを南に送り込んだはずだ』

思わず立ち上がり、ずいと乗り出してきたツンから逃げるように、兄者は身を仰け反らせる。
もし、座を正していなかったら、背後に倒れこんでいた事だろう。

( ´_ゝ`)『準備期間に一月かかるとして、おそらく半年。
      どうせ正攻法で行けば、それだけの短い時間で我らは混乱を収めなければならん。
      法王にしても教皇にしても、時間がそれしか残されていない事に変わりは無い。
      故に法王は間違いなくシーブリーズに接触を図るだろうし、教皇はモスコー駐屯の大義名分を確立しようと躍起になっている筈だ。
      そして、考えられる大義名分とは……“聖杯”か、この島の完全支配以外にありえんのだ』

そこで兄者は周囲がポカンとした顔で自分を見ている事に気がついた。
シーブリーズの出身であり、島中を旅してまわっていた事があり、メンヘル十二神将の座にいた経験もある兄者である。
彼が当たり前だと思っている事でも、北部の住人には分からぬ事も多いのだ。
己の考えが足りなかった事を恥じ、誤魔化すように後頭部を掻いてから再び口を開いた。

( ´_ゝ`)『聖杯と言うのはな。かつて唯一神マタヨシが磔刑にあった時、胸に突き刺された槍から滴った血を受けたとされる杯の事だ。
      その胸を刺した槍がフッサールの天星十字槍、最後に首を刎ねたのが七星宝剣と言われているがな。
      所謂、聖骸・聖骸布・聖杖・聖冠などと並ぶ聖遺物の一つ……らしい』

最後に『らしい』と付け足したのは、神将に属しながらもマタヨシを崇めていなかったが故、記憶に自信が無いからだ。
兄弟にとって信仰とは他人にさせる物であり、己が行なう物ではなかった。
それを証明するかのようにニイトに仕えてからは、頭に巻いていたターバンも捨て去っている。



56: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:29:20
( ´_ゝ`)『で、この聖杯と言うのは……純銀で作られた山羊の角らしいのだがな。
       聖地管理者……つまるところ、メンヘル最高指導者の証のような物と考えれば間違いが無い。
       これさえ持っていれば浮浪者だろうがリーマン族だろうが指導者となれるし……そう言った前例もあったらしい。
       もっとも、1・2を争う短命指導者だったそうだがな』

兄者は、続けて教皇側の求める“大義名分”について語り出した。
教皇にしても法王にしても泥試合的に長期化した内戦は希望する物ではない。
が、例えモナーをこのままモスコーの指導者に据え置いたとしても、法王とシーブリーズが手を組むとなれば放置は出来ぬ。
それは南の大国の内乱が泥沼化する事を意味しているからだ。
また、シーブリーズと言う脅威が控えている以上モスコー駐屯は必要条件となる。
何故なら、海の民に聖杯を奪われれば、神聖国教会は貿易ルートを失う事になるからだ。

彼らにとって最も都合が良いのは聖杯を自分達の手に入れてしまう事だろう。
そうすれば、聖地管理者の名の下、何処に身を置いていてもモスコーの。貿易の玄関口の所有権を持つ事が出来る。
この場合、もしシーブリーズがモスコーを侵略したとしても、法王を叩く材料が増える事になる。
問題は如何にして聖杯を手に入れるか、だ。
現在の聖杯管理者モナーにとって聖杯は命綱であり、これを失う事はいつ殺されてもおかしくない事を意味する。
更に言えば国教会ほど世俗にまみれていない彼は、聖遺物が政争の材料に使われる事を好しとしないだろう。
あくまでもモナーにとっては唯一神マタヨシこそが全ての頂点に立つ存在だからである。

( ´_ゝ`)『そして、最後の可能性が聖杯などお構いなく、アルキュ自体を完全に支配下に置く事だが……』

と、そこで兄者はまたしてもミセリやプギャーが不思議そうな顔をしているのに気がついた。
レーゼやツンなどは、なぜ神聖国教会がそれほどまで“大義名分”に拘らなければならぬのか分かっているだろうが、補足の意味も込めて言葉を紡ぐ。

( ´_ゝ`)『それが最も手早く勝利できる方法だからだ。良いか? 膠着期間に一月、更に半年が過ぎれば春になる』

ミセ;゚ー゚)リ『……はい』

( ´_ゝ`)『春になれば……北が必ず動く』



57: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:31:50
ミセ;゚ー゚)リ『……ラウンジが攻め込んでくる、と言うんですか!?』

( ´_ゝ`)『当然だろう。ラウンジからすれば、むしろ動かない理由が無い』

爪ii- -)『内乱に巻き込まれ混乱したアルキュを救い、更に悪の総本山たる神聖ピンクをも叩く、か。
     ラウンジにとっては非のうちどころがない“大義名分”になるわね……最悪』

そこでミセリやプギャーも、兄者の言う“半年の猶予”の意味を理解した。
季節は雷竜の月。現在の暦に換算すれば8月の前半である。
今から出兵準備をしたとしても一月は必要となるから、北のラウンジでは秋支度も必要となる季節だ。
つまり、今すぐラウンジが侵攻しようとすれば、長く厳しい冬の期間に兵を動かす事になるのだ。
歴史上、北の大国が長期遠征を行なう際、その大半が冬が終わってから行なわれてきた。
冬将軍と言う勝ち目の無い大敵との戦を恐れての事である。
だがしかし。冬が終わればラウンジは必ず動くだろう。それまでにメンヘルの混乱を収束させなければならない……。

( ´_ゝ`)『我らにとって最も都合が良いのは、国教会軍がこの島から全面撤退してくれる事だ。
      そうなればラウンジは侵攻の大義名分を失い、動く事が出来なくなるからな。
      だが、許された時間は短く、立ち向かわねばならぬ者は強大に過ぎる。
      ならば、策を絡め……聖地管理者の証を奪い、国教会が駐屯できる大義名分を無くしてしまうのだ
      まぁ、その辺りは、今頃【天智星】や【無限陣】が策を練っているだろうがな』

かつて無い混乱の中にあるモスコー。南の大国の内乱を左右するであろうシーブリーズの動き。そして、聖杯の行方。
複雑に絡み合ったそれぞれの思惑を探る為、漆黒の給士は旅立った。
願うべくは、一日でも早く彼女が帰還する事のみである。

【金剛阿】兄者は遠く離れた南部の情勢やラウンジの意思を完全に読み取って見せた。
今後はヴィップが誇る2人の天才の出番となるだろう。
そして、もし兄者に見落としがあるとすれば━━━━━。
戦略の天才は全身の打撲で身動き一つとれず。戦術の天才は今だ寝台で惰眠を貪っている、と言う事だけであったに違いない



60: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:46:42
         ※          ※          ※

(´゚ω゚`)『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!』

ノハ#゚听)『泣くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! 男の子だろぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!』

( //∀゚)『……もう、男の子って年齢でもねーけどな』

場所は宮殿外。
【天智星】ショボンの真新しい邸宅である。
つい先日、中書令に復帰し城外の庵を引き払った邸宅の主は、寝台に半裸でうつ伏せていた。
全身には乱暴に包帯が巻きつけられ、むきだしの肩口には真新しい掌の痕がくっきりと浮き上がっている。
前者の原因を作ったのは彼に仕える黒髪の給士で、後者は赤髪の給士による仕業であった。

(;//∀゚)『お前もよぉ。ちょっとは手加減してやれよな』

ノハ#゚听)『黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!! 話しかけるな、汚らわしいっ!!!!!!!!!』

叫ぶと同時に投げつけられた膏薬の壺を、ひょいと首を傾げてかわす。
それは見事に白塗りの壁とぶつかって割れ散り、汚れ一つ無かった筈の壁に傷をつけた。

ノハ#゚听)『世の為、人の為、揃ってもげろ!! ばか兄弟っ!!!!!!!!!』

(´・ω・`)『ばかじゃないよー』

( //∀゚)『義兄弟だしな』

ばか兄弟と言うカテゴリーにひと括りにされた者達の反論は、残念ながら赤い給士の琴線に触れなかったようである。
忌々しげに2人を睨みつけると、そのまま鼻息荒く主の寝室を立ち去った。



61: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:47:18
( //∀゚)『……ショボンよぉ。お前、ガキじゃねぇんだからさ……少しは自重した方が良いぜ』

(´・ω・`)『義兄に言われたくはないよ。昨夜は何戦何敗だったんだい?』

( //∀゚)『負けを前提に話すんじゃねぇ。俺様は無敵の急先鋒だぜ』

(´・ω・`)『どうだか。寝台の中でも猪みたいに突っ込んでいくだけだって、もっぱらの噂だよ』

憎まれ口を叩きながら、白眉の青年は身体を起こし前開きの服に袖を通す。
よほど身体が痛むのか、そろそろと確かめるように動作は鈍かった。

( //∀゚)『お前がハインをいじめると、ヒートが機嫌悪ぃんだよ』

(´・ω・`)『僕の給士が機嫌悪くしてるところに嬉々として火種を放り込んでいたのは誰だっけね』

【赤髪鬼】ヒートが不機嫌な理由。
それはまず、彼女に何も告げず“愛しのお姉様”が南に旅立ってしまった事にある。
その一点だけでも感情の沸点が低いヒートが機嫌を損ねるのに十分な理由であるのだが、
更にショボンが(彼女の許可無く)ハインの浴場に乱入したと知り、本来は殴り飛ばしてやりたいのを治療してやらねばならないという事。
とどめが『新居訪問の挨拶』という名目で乗り込んできたジョルジュが、
やけに肌をツヤツヤとさせながら臨場感溢れる猥談を披露してみせた事であろう。

つまりは“馬鹿兄弟”という区分分けには何ら間違いが無い。
いわゆる“どっちもどっち”というものであったから、義兄弟の争いは互いに勝機の無い戦であった。
それを自覚しているからこそ、2人は顔を見合わせてガックリと肩を落とす。

(ii´-ω-)『やめようか。馬鹿馬鹿しい』

(ii//∀-)『あぁ』



63: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:49:10
(´・ω・`)『それじゃ、義兄が愛しの我が家をわざわざ訪問してきた本題を聞こうか?』

( //∀゚)『おう。まぁ、察しはついてると思うけどな』

白眉の戦略家は寝台に、隻眼の勇将は紐解かれていない荷の一つに腰を下ろして向かい合う。
ヒートがその日の業務を放棄してしまったので、ショボンの手には白湯を注いだ碗が。
ジョルジュの手には生酒を満たした竹筒が握られていた。

(´・ω・`)『まず、確実に言える事から行こうか。フッサール老の扱いについて、だ。
     これはまだ王に進言していないけど……ヴィップはひとまず老の亡命を受け入れる方針でいいと思う』

( //∀゚)『良いのか? フッサールの爺さんはアルキュにおける小乗派の中心だ。
     法王さんもモナーと挿げ替えようとしてたらしいし……教皇陣営を刺激するんじゃねぇか?
     テメェなら爺さんをポイと引き渡して交渉の材料にするくらいしかねないと思ってたけどな』

(´・ω・`)『それも考えなかった訳じゃないけどね』

言ってショボンは苦笑する。
一介の給士に“馬鹿兄弟”扱いされてはいるが、2人はヴィップ国政の中心たる五大令だ。
立法の長と司法の頂点に立つ者。最優先せねばならぬ事は当然分かっている。

(´・ω・`)『でも、教皇側の立場から考えれば、フッサール老はモナーの対抗馬程度の存在でしかないんだよ。
     老が聖杯のありかでも知っているというなら話は別だけど……それは無いみたいだし。
     だったら、マスカレイド家のお姫様の方が、よっぽど外交のカードとして使い道があると考えるんじゃないかな』

そこでショボンは碗の中身を一口啜り、白眉をしかめた。
過去、黒衣の給士をニイトに派遣した時にも感じた事だが、やはり頭脳労働の際には彼女の淹れてくれる茶が欲しい。



64: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:50:51
( //∀゚)『やっぱり物騒な事、考えてやがったか』

(´・ω・`)『人聞きが悪い事を言わないで欲しいな。最悪の場合を想定しているだけだよ。
     それにフッサール老の話では、お姫様がもう一人モスコー領内に残されているそうじゃないか。
     国教会が彼女達を外交手段の一つとして使おうとした場合、まずは身近にいる方を手の内に納めようとするだろうさ。
     それすら出来ずヴィップに圧力をかけてアリス嬢を明け渡させようとすれば、それは自らの力量を問われる事になる』

とは言え、外交の切り札はやはり多いに越した事は無い。
もし、ショボンが教皇側に身を置いていたとしたら、姉には妹の。妹には姉の身の安全を餌に投降を迫るだろう。

( //∀゚)『その策を国教会が取ってくる可能性は?』

(´・ω・`)『限りなく低いだろうね。今の段階では……アリス嬢の周辺に気を遣っていれば問題ない程度だと思う。
     もし、教皇側がこの策を実行しようと思ったのなら、彼女がヴィップに来るより早く手を打っているだろうし……
     それにね、これは智者の策なんだ。智者と言えば聞こえはいいけど、つまるところ慎重。臆病。弱者の策なんだよ。
     兵法的視観から考えても、現時点から彼らが搦め手を選ぶ事は無いと思う』

神聖国教会がモスコーに派遣してきた兵の総数は100000と伝えられている。
大をもって小を討つは兵法の基本であり、王道である事は、かねてから繰り返し述べてきた通りだ。
が、そこだけに固執しすぎると、思わぬ落とし穴が待っている事も覚えておかねばなるまい。

その一つが兵糧である。例えば、1日に碗1杯の食料を支給すると考える。
碗に1杯の麦がおおよそ1合(約200g)だから、1日に消費する食料は100,000合。約2,000トン。
現在の単位に換算して334俵がたった1日で消えていく計算になる。
ちなみに、1ヘクタール(10,000平方メートル)の麦畑から収穫できる麦の量が、現代であってもおおよそ67俵(4,000kg)前後。
収穫率の高い米であっても83俵(5,000kg)前後と言われているから、巨大な軍隊はその消費も並大抵の物ではないのだ。

また、移動は制限され、身動きは遅く、戦場も限定される。
しかし、これらの事項は大軍を率いる者にとって当然の事であり、合戦においてはこう言ったデメリットを超えるメリットを大軍は持つ。
もっとも懸念すべきは、戦術視野が狭まる事なのだ。



65: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:51:41
(´・ω・`)『つまり、ね。数の暴力で押し潰すって言うのは戦において究極の王道なんだけど、だからこそ視野が狭まる事があるんだ。
      油断……と言うのとは違うんだけど、正道に身を置いているからこそ、行動や考えが制限される事もある。
      10000の兵で100を討つ時、小細工をしようとは考えないだろ?
      小細工をせず、跳ね返す為の大軍であり、そんな事をすれば指揮能力を疑われるかもしれない。
      巨象が鼠の知恵に気をかけないような物だけど……おかしな話だよね』

( //∀゚)『暗黙の了解に縛られてるって事か』

(´・ω・`)『うん。それに大軍ともなれば、指揮官の数も多いだろ?
     圧倒的大軍をもって侵攻し、故に「勝利は間違いない」と考えれば当然、褒賞のことも頭にちらつくよね。
     他人より良い所見せようなんて考え出したら、更に小細工に手を出しづらくなる。
     だからこそ、そこに付け入る隙があるし、相手の動きもある程度は読み取れるんだ』

圧倒的多数を揃えながら、王道に拘るあまり大敗する。
その代表的な例が、官渡の戦いであろう。
そして、こういった裏街道的な戦は【天智星】ショボンの独壇場。専売特許でもあるのだ。
二年前、ニイトとの戦においては影で暗躍した【人形遣い】フォックスに苦汁を舐めさせられたが、
当時は彼自身が謀略の中心に巻き込まれ、不透明なファクターが多すぎたと言う不幸が重なったが故の結果だ。
周囲の評価など気にもかけず、敵国が嫌がる戦略戦術を練る事に関しては、今でもアルキュ島随一の存在である。

( //∀゚)『で、テメェの考えでは戦になる事が大前提なわけだ?』

(´・ω・`)『収束点とそこに至る道は複数存在するけど、ラウンジの動きを考えると策は限られてくるよ。
     その最有力候補に、神聖国教会軍のモスコー撤退が挙がってくるのは、自然な流れだと思うけどね。
     もし陛下に考えを問われたら……迷い無く出兵を御意見させてもらう』

言ってショボンは瞳を閉じ、首を数回横に振った。
彼は今、ツンが兄者やレーゼと奇妙な会談を行なっている事を知らない。
だから、理想家の王が出兵を前に泣きそうな顔になるであろう事の方が、気がかりだった。



67: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:54:15
( //∀゚)『策は?』

(´・ω・`)『当然』

言ってジョルジュは竹筒の栓を抜き、口元で傾ける。
その間、隻眼は義弟から片時も離されず、ショボンは悠然と視線を受け止めていた。

( //∀゚)『数の不利』

(´・ω・`)『大号令』

( //∀゚)『短期決戦』

(´・ω・`)『聖杯』

まるで符号のようなやり取りを数度繰り返してから、ジョルジュは片頬を軽く持ち上げた。
おそらくは、自身の考えが白眉の青年と一致していた事が分かったからであろう。
逆にショボンは、義兄が大雑把のようで実は知略にも通じている事を知っていたから、特にリアクションも無い。
リーマンに属していた頃はローハイド草原中央部でメンヘル軍と剣を交えていたのであるし、
聖杯の事もその頃から知っていたのだろうと、予想する。

(´・ω・`)『結局、どんなに頭を悩ませても最後は、無断で人様の家に上がりこんできた客人に実力でお帰り願うしかないのさ。
     北風を避ける為には、火傷を覚悟で家を焼く炎を踏み消さなくてはいけないんだ。
     そして、この戦いは単なる殴り合いでは済まない。兵の戦いで勝っても、聖地管理者の証を巡る戦いで勝てなければ意味が無い。
     逆もまた然り。僕らが臨もうとしているのは、表では兵の命を。裏では聖なる杯を賭けた戦いなんだよ』

言ってショボンは冷めかけた白湯を啜り白眉をしかめた。
自身の導き出した結論に、不自然であったり無意識的に動かされた部分が無い事は断言できる。
だが、どこか不快なのだ。
選び取っているようで実は誘導されている。二年前に感じたような不快感は気のせいであろうか?



68: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:54:45
( //∀゚)『モテナイはどう動くかね』

碗の中に視線を落としていたショボンは、義兄の声にハッと顔をあげた。
元々【戦士の街】ネグローニと呼ばれていた彼の地は、今や失地の民モテナイを受け入れ、
更に強大な軍事国家としてその名を轟かせている。
二年前、バーボン領主代理となった【鉄壁】ヒッキーと一戦を交えて以降大きな戦に関わっていないが、
当時の圧倒的な快勝劇は今でも古い記憶では無い。
その後、国内に侵入した賊の掃討や国政の整理に専念していた様子だが、
両面で優れた戦果をあげているらしいと言う事は複数の情報網から伝わるとおりだった。

(´・ω・`)『うん。この混乱が収まるには3通りの結末が考えられるんだけどね。
     まず、最上が法王と教皇が和解し、国教会軍に大人しくこの島を退場願う結末。
     次いで、実力行使で侵略者を追放する結末。
     最後が、国教会と手を組み受け入れる結末』

( //∀゚)『……どれもこれも楽な道はねぇな』

(´・ω・`)『そうだね。最初の結末は陛下やブーンが如何にも好みそうだけど、現実的じゃあない。
     両者が和解を考えなくちゃいけない頃には、とっくにこの島がラウンジに占領されてそうだよね。
     次の結末は、国教会とメンヘル連合軍……少なく見ても150000の大軍が相手だ。
     その場合はおそらく、ヴィップ・ニイト・リーマン・シーブリーズ……全諸侯を巻き込んだ大合戦になるよね。
     最後の結末は最も楽な道だ。だけど国教会がモスコーの支配権獲得だけで大人しくしてくれたとしても、
     海の民と結んだ法王との戦は泥沼化する。そうなれば、ラウンジが遠慮してくれるハズが無い。
     もし、アルキュ全域の支配なんてしてきたら、それこそ北と南の全面対決になるよ』

南の大国の分裂は、単純な大乗派と小乗派。信仰上の争いの枠に収まる程度の物ではない。
過去より長く続く支配者階級と繋がりを持つ教皇庁。
新たな台頭の兆しをみせ始めた富裕者階級を傘下に治める法王庁。
両者の衝突は、次世代の担い手を決定する為の代理戦争、歴史の必然とも言える戦いだ。
そして、その争いが未だ収束どころか本格化もしていない今、和解の道は果てなく遠いと言うショボンの判断は正しいと言えよう。



69: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:55:06
( //∀゚)『んなもん、結局選択肢は一つしかねぇじゃねーか』

(´・ω・`)『うん。故に、まだモテナイは動かないと僕は見る』

( //∀゚)『まだ?』

義兄の声には応えず、白眉の青年はそろそろと立ち上がった。
書棚から一本の巻物を手に取ると、それを無造作に床の上に広げ、自身もその前に腰を下ろす。
ジョルジュもまた、彼に習うようにして巨体を床に下ろした。

(´・ω・`)『僕はダイオードと言う男を良くは知らないけどね。
     いくつか断言できる事がある。それは、黒犬の王が面倒なほどに慎重で、そのくせ野心家だ、と言う事だ。
     ラウンジが侵攻してこない理由が無いのと同様、モテナイも動かぬ理由が無いと思う。
     まずは、これを見て欲しい』

言って、ショボンは広げた巻物を指差した。
それは、アルキュ島の地図。かつて、彼がバーボン荘の馬鹿息子と呼ばれていた頃、給士ハインを使って製作した綿密な物である。
義弟の声を聞きながら、ジョルジュは熊のような巨体を丸め込むようにして地図を覗き込む。

(´・ω・`)『もし、僕らが国教会との決戦を選んだ場合、モテナイには2つの選択肢が与えられる事になる。
     同盟関係にあるメンヘルと組むか? 同盟を破棄して僕らと組むか、だ。
     でも、実は前者の選択は有り得ないと言っても過言じゃない』

同盟関係にあるとは言え、モスコーとモテナイは領土を隣接させていない。
アルキュ島東部を南北に分ける境界的位置に国土を横たえるモテナイは、
その四方をヴィップ・ニイト・バーボン・デメララに囲まれているのだ。

(´・ω・`)『分かるだろ? つまり、モテナイがメンヘルと手を組み続けた場合、一番に攻められるのは自分だって事さ。
     身を削ってメンヘルに尽くす……って道もあるけど、そんな筋合いも無いだろうからね。
     それに、戦が長引けば北からラウンジがやって来る。そうなれば結局得る物は何も無い』



70: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:57:20
( //∀゚)『……って事は、モテナイも俺達と組むって言うのか?』

(´・ω・`)『おそらく、ね。だが、野心家と言う像に当て嵌めれば、領土拡大に動かない筈が無い。
     最小の犠牲で最大の戦果を得ようと考える筈だ。
     つまり、動くのは……』

( //∀゚)『……っ!! 終戦直後、か』

ジョルジュの言葉に、ショボンはコクリと頷く。

(´・ω・`)『そうなると逆にモスコーと領を面していない事が大きく有利になる。
     ヴィップ・リーマン勢やシーブリーズはモスコーと接しているからね。
     戦力を温存する言い訳は幾らでも出来るって寸法さ。そして、狙うは……』

言いながら、ネグローニをさしていた指を、グイと地図の下方に動かした。
その指は、多くのアルキュ人民や【金獅子王】ツン=デレらにとって大きな意味を持つ一点でピタリと止まる。
彼の地の名は……

(;//∀゚)『デメララ……王都を直接狙うってのかよ?』

(´・ω・`)『僕なら、そうする。北との玄関口、ネグリタとラパランを制圧し、鉄の貿易権をリーマンから奪う。
     何故なら、それこそが最も利が大きい行動だからだ。
     逆に、ニイト・ヴィップ・バーボンを攻めるのは利が少なく害が大きすぎる』

鉄の大国ラウンジからすれば、大切なのは貿易口を確保する事であり、
その取引相手がリーマンでなくてはならぬ理由は無い。
評議会内に大きな影響力を持っていた、親ラウンジ派の筆頭【人形遣い】フォックスが転落した今となっては尚更である。
であれば面倒事が起こる前に取引先をモテナイに移し変えるのは、決して悪い選択肢では無いし、
モテナイからしても、かつて自分達を裏切ったリーマン族全体に対する強烈な意趣返しとなる。
島内における人口数こそ多いとは言え、後ろ盾を失ったリーマンは没落を免れないであろう。



71: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:58:48
( //∀゚)『そう思わせておいてモテナイがニイトやヴィップに攻め込んでくる可能性は無いのか?』

(´・ω・`)『無い。だって、理由が無いよ』

言ってショボンは手を伸ばし、床に転がっていた薬壺の欠片を拾い上げた。
それを地図上に並べ置きながら、説明を続ける。

まず、ヴィップ城はモテナイの主城ネグローニから距離がありすぎる。
ニイトは比較的近距離に位置しているとは言え、この2城を奪う事によるネグローニの利は決して大きくない。
何故なら【金獅子王】ツン=デレ治めるヴィップを支える物は、島中の流通システムだからである。

(´・ω・`)『闇市の支配権なんて物はあくまで形の無い物だからね。領土を奪ったからと言って、手に入る物じゃない。
     短時間的視野で考えれば、我が国に打撃を与え、財を奪う事は出来るだろうが……
     それが結局一時的な物に過ぎないなんていうのは、少し考えれば分かる事さ。
     慎重な野心家、【黒犬王】ダイオードが採る策じゃないよね』

更に言えば、ネグローニから見れば両城は大鵬の翼のように位置している。
ヴィップを狙えばニイトが南下するだろうし、ニイトを攻めればヴィップに側面を襲われる。
個別撃破は不可能と言って良く、軍を分けての両面作戦は困難を極めるだろう。
こう言った状況から、ダイオードにどうしてもツンを狙う理由が無い限り北上はありえないと、白眉の戦略家は判断したのだ。
また、バーボンは本城バーボン城がネグローニから遠く、上手く攻め落としたとしても周囲を完全包囲される事になる。

( //∀゚)『でもよ、デメララを奪ったって、集中攻撃を受けるのは変わらねーんじゃ……』

(´・ω・`)『いや。互いに兵を移動させやすい位置にあるネグローニとデメララ。
     この2つの要害を押さえれば状況は全く変わってくる。それと、もう一つ』

そこでショボンは、手元に唯一残していた薬壺の欠片を、島の最南部の位置にコトリと置いた。

( //∀゚)『……っ!! シーブリーズか』



72: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 20:59:54
(´・ω・`)『うん。財貨収入に興味が無いモテナイと、領土拡大に興味が無い海の民。
     これ程までに相性が良い組み合わせも無いだろうね。
     同盟条件はおそらく、製塩権のモテナイへの譲渡と、デメララ領内港街のシーブリーズへの開放。
     ラウンジとの貿易権の3割でも餌に釣れば、海の民は必ず喰らいついてくる。
     彼らにとってもこれ以上美味しい話はないし……むしろ、すでに秘密裏に同盟関係にあるかもしれない』

この同盟が成立すれば、モテナイは北部からの攻撃に対しては、少数の兵をネグローニに残すだけで対応できるようになる。
西方からの攻撃に対しては、要害デメララさえ押さえておけば、シーブリーズからの援軍が来るのを待てば良い。
もし、ショボンの考えどおりに事が進めば、鉄の貿易ルートを支配し、製塩権を持つモテナイ。
塩の貿易ルートを持ち、独自に鉄の輸出入を管理できる海の民。
そして、ヴィップの3国が鼎立する形になるだろう。
リーマンと【評議会】の権威は没落し。メンヘルは戦の傷から立ち直れず。
ヴィップは南北の大国の支援を受けた2勢力に単独で立ち向かう事になる。

( //∀゚)『……そこまで考えてるって事は。当然、対応策もあるんだろうな?』

(´・ω・`)『勿論。まず、北との貿易はギブソンを開放する事で対応できる。
     だから、僕らとしては南との貿易ルート確保を考えなくてはならない。
     具体的には、モスコーに親ヴィップ勢力を築きあげるんだ。
     ここで初めて、僕らの側でもフッサール老やマスカレイド家のお姫様と言ったカードの使い道が生まれて来る』

法王から直接モスコーの管理指令を受けたフッサールと、法王の娘であるアリスやレモナ。
彼らの存在は、今後南の大国との共存を望む上で必要不可欠な物となってくるだろう。

(´・ω・`)『でも、この策は聖地管理者の証・聖杯をこちら側で押さえて初めて生きてくるんだ。
     当然、国教会やシーブリーズも聖杯を狙ってくる。ハインを潜入させたのは、一日も早く聖杯の情報を得る必要があるからさ』

言ってショボンは太く垂れ下がった白眉を僅かにしかめた。
聖杯の情報は勿論だが、黒衣の給士が側にいないのは彼にとって片腕をなくしたような物であり、一日も早く無事な姿を目にしたい。
そう思えば、全身の痛みもいとおしい物に感じるのが、少しだけ可笑しかった。



73: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:02:51
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

( ・−・ )『では、条約の件。これにて成立したとさせて頂く』

/ ゚、。 /『…あぁ。貴殿の主にも宜しく伝えてくれ』

一礼して使者が立ち去っていく。
男が謁見の間を出て、大扉が閉じられてから、ようやくダイオードは玉座より立ち上がった。
仮面の下で小さく息を吐き出し、大きく伸びをしたい衝動を必死で押さえ込む。
それは、如何に彼が退屈な。本来望まぬ時間を耐え過ごしていたかを示す物であった。

モテナイ王国【戦士の街】ネグローニ。
もし今、北に目を移していれば【金獅子王】ツン=デレの生誕祭を祝う為にヴィップ城に到着した、
細目の隠密と経済の専門家の姿を見てとれる事が出来たであろう。
つまり、時は前日に遡る事になる。

この時、【黒犬王】ダイオードはヴィップの【金獅子王】より先じて南の混乱の情報を得ていた。
同盟国の強み、というだけの話のレベルでは無い。
ツン=デレにメンヘル族に起こった騒動の顛末を告げる事になる【砂漠の涙】フッサールは、ヴィップ領にすら到達していないのだ。

/ ゚、。 /『…告げる。遂に我らの悲願が達成される時が来た』

言って、鋭い視線を左右に並んだ将官に送る。
これが、先程ダイオードが息を抜こうとしなかった理由である。
流石に王たる者が、臣下が居並ぶ前で伸びをするわけにはいかない。



74: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:03:58
ダイオードの声に一瞬沸き立ちかけた諸官であったが、身動き一つせぬ王の姿に興奮する心を押さえ込んだ。
黒い王は思う。
我が事ながら、よくもここまで国力を高めた物だ、と。
二年前、評議会からの独立を果たした時、付き従う者は五指に満たぬ物だった。
それが今では、百官には届かぬまでも、謁見の間を縦断するだけの文官武官が立ち並んでいる。

右手には武官。
政策補佐官にして万騎将。黒色槍騎兵団が長。【繚乱】イヨゥが長すぎる外套の裾を石床につけて立っている。
その隣に歩兵団長・万歩将【青面獣】ラギ。
一つ空席があって、千将級の将官が列を成していた。

左手には文官。
軍師にして、赤枝の騎士団が長。【一枝花】ロシェが相変わらず眠そうな顔で彼を見つめている。
そこからズラリと官僚が並び、その最末端でかつての奸臣シラネーヨが脂ぎった身体を気まずそうに縮めていた。
既に、この男を気にかける者など一人として存在しないであろう。

(=゚ω゚)ノ『我が君……どうかしたかヨゥ?』

右頬に2本の刀傷をつけた小柄な騎士の声に、黒犬の王は思わず我に返った。
そうだ。
感嘆にくれるのはまだ早すぎる。
真の戦いはこれから始まるのだ。

仮面の下で、ダイオードはゆっくりと息を吸い込んだ。
やがて、物音一つ無い室内に、【黒犬王】の声だけが響きわたる。



/ ゚、。 /『…今、この時をもって我が国はメンヘルとの同盟を破棄する。
      また、神聖国教会なる侵略者を我らが地より駆逐し……統一が為の戦いを始めようぞ』



75: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:04:56
         ※          ※          ※

/ ゚、。 /『…ナナか?』

その日の夜。
窓すら無い自室で顔を拭っていたダイオードは、扉を叩く音に慌てて仮面をつけた。
フードを深く被りなおした所で扉が開かれる。
しかし、現れたのは彼が期待し、覚悟していた物とは違った顔であった。

(=゚ω゚)ノ『我が君、お疲れさまだヨゥ』

(.≠ω=)『ししし。期待外れで申し訳なかったねぇ、ク・ロ・さ・ま』

/ ゚、。#/『…年齢考えろ、嫁かず後家』

(#.≠ω=)

言いながらも、許可も得ずに扉横の外套掛けに脱いだ外套を掛けている2人に、厚い絨毯を指しめしてやる。
自身も片膝を立て、直接そこに座り込んだ。
イヨゥとロシェの2人も、それに習って腰を下ろす。

3人の中心に、どんとイヨゥの持ち込んだ酒甕が置かれた。
誰ともなく、突っ込まれた柄杓で手元の碗に白濁色の酒を注いでいく。
数日前に仕込んだばかりの乳酒は、ヨーグルトを思わせる酸味の強い香味を放っていて、
その場には主従の境など無いようにも思える。

北へ目を送れば【金獅子王】ツン=デレもまた、彼らと同じように親しい者達を自室に招いて酒を酌み交わしている頃だろう。
このような酒宴が日を置かず開かれているのもまた同じ。
唯一の差と言えば、ツンが他愛も無いおしゃべりを交わしていたのと違い、ダイオードらは主に政策について語り明かしていた事だろう。
それでも、気心の知れた者との楽しげな時間である事に違いは無いのだが。



76: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:06:05
(.≠ω=)『で、どうやってツン=デレに接近するんだい?』

会話を切り出すのは、常にこの女軍師の役目である。
櫛も入れていないボサボサの黒髪を見て、過去何人もの官女が身嗜みを整えるよう進言してきた。
が、その度彼女は、どれほど白粉を塗り隠せようとも隠せぬ右目の刀傷を指差し『とうに女は捨てた』と笑うのである。
もっとも、イヨゥに言わせればそれは単なる言い訳で、ズボラなだけであるのだが。

/ ゚、。 /『…今は待てば良い。必ずやツン=デレは大号令を発する。
     それしか国教会100000の兵に抵抗する手段は無いからな』

ダイオードの回答に、イヨゥは僅かに首を傾げ記憶を掘り起こそうと努める。
変わって声を発したのは【一枝花】ロシェであった。

(.≠ω=)『大号令……って、統一王がリーマンとの決戦を前に島中の民に決起を呼びかけたっていう……?』

/ ゚、。 /『…そうだ』

自慢げに両頬を吊り上げる軍師からの視線に、イヨゥはわざとらしく唇を尖らせる。
統一王ヒロユキは、生前3つの有名な声明を発していた。
一つがキュラソーにおいて、旧時代的な一部の人間による政治の独占からの脱却を訴えた、大声令。
続いてが、圧倒的なリーマン族との兵力の差を埋めんと義勇兵の決起を呼びかけた、大号令である。
この大号令によって、ローハイド南部で勢力を築いていた【引き千切る猛禽の爪】フィレンクトや、【狂戦士】ダイオード。
メンヘルの【預言者】モナー、海の民の【全知全能】荒巻などが加入し、後の電撃的和解へ繋がっていった。
ちなみに、残る一つが自身が暗殺されるきっかけとなった独立宣言である。

(.≠ω=)『その確信は……やっぱり兵力差かぃ?』

/ ゚、。 /『…あぁ』

軽く頷いてから仮面を持ち上げ、器用に口元で碗を傾けた。



77: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:06:50
例えば、ヴィップ王国は兵力50000と謳っているが、その全てが戦場に立てるわけではない。
常駐軍は20000に満たないであろうし、本拠地防衛も考慮すればモスコーに派遣できる兵は25000が精々だろう。
同じく、75000の兵力を誇るリーマンが派遣できるのが35000。
領土に固執しない海の民5000の兵力はその大半が海戦に向かう事になるであろうし、
国民総兵制を用いているモテナイであっても総兵力は20000。
半数も派遣できれば御の字であるし、そのつもりもないのが本音だ。
ヴィップの【天智星】ショボンが読んだよう、対モナー戦はモテナイにとってあくまで前菜にすぎず。
主菜に備えておきたいところなのである。

つまり、これらの4勢力を合わせた所でモスコーに向かえる兵力は、ようやく70000程度でしかないのだ。
対するモスコーには、総兵力が65000。
現地の混乱や、フッサール派に属する者達も多い事を考慮しても40000の兵は動かせるだろう。
神聖国教会の兵が100000だから、およそ攻め手に倍する数の兵力が待ち構える事になる。
“守り手の3倍の兵力を揃えて初めて攻めるべし”と言う兵法学の基礎から考えても、あまりに無謀に過ぎた。

そこで、義勇兵の決起を呼びかける必要が出てくるのである。
剣を捨て羊と暮らすかつての勇者。心の奥で戦乱を待ち焦がれている自由騎士。英雄に憧れる青年。
彼らを招聘し、同時にメンヘル勢力から脱落者が出る事も期待出来るのだ。
こうして兵力の差を埋めさえすれば、慢心しているであろう国教会軍に初手で大打撃を与える猶予すら生まれてくる。

/ ゚、。 /『…わざわざ安売りしてやる必要は無い。求められてから重い腰を上げれば良いのだ。
      だが……俺もヒロユキの時代から戦場に立っていたわけだからな。もう若くない。
      残念だが……明日より病に倒れる事にしようか』

(=゚ω゚)ノ『ヨ?』

その言葉に目を見開いたイヨゥであったが、主の仮面の下に覗く眼光がいたずらっぽく揺らいでいるのを見てとれたのだろう。
その真意を理解し、思わず噴き出してしまった。



79: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:08:36
(=゚ω゚)ノ『それはいい考え……じゃなくて、残念だヨゥ。我が君が戦場に立てぬとは……いやはや残念だヨゥ』

(.≠ω=)『あちゃー、運が悪かったねぇ』

/ ゚、。 /『全くだ。だが、寄る年波には勝てん。残念だが、この戦。我が国は後方支援に徹するとしよう』

誰が見ているわけでもないのだが、わざとらしい芝居をうって3人は顔を見合わせ笑う。
モテナイはダイオードと言う強力な王が治める絶対王政国家だ。
愚鈍な王に支配された絶対王政国家は、ただあるだけで人民に害を及ぼす物だが、名君に率いられたそれは全人民を豊かにする力を秘めている。
決断力では民主政を遥かに凌ぎ、政策にブレが生じる事もないからだ。

王こそが法であり、彼だけが特別な存在となれる政治システムは、ある種において平等である。
それはイヨゥやロシェなどの古来の臣も例外ではない。彼らもまた城下の一住民同様に歯車に過ぎないのだ。
国民の尊敬・忠誠・憧憬・怨恨・悪意を身に受けるのは、王ただ一人なのである。

諸兄らの中にはお気づきの者も多いだろうが、このダイオードの政策は【金獅子王】ツン=デレの真逆をいく物だ。
ツンは父である統一王ヒロユキの死後、アルキュの政治システムが混乱した反省から権力の分離を実行した。
学問の重要性を訴え、科挙を採用し、一人の死が国内に引き起こす混乱を最小限の物に抑えるべく努めている。
もし、ツンが悲願半ばに倒れたとしても、ヴィップという国家は彼女の臣によって、倒れる事無く稼動し続けるだろう。

だが、絶対王政の君主にとって臣下とは政治システムの効率良く動かす為の道具に過ぎない。
王の死はすなわち国家の死であり、歯車は停止せざるを得ないのである。

こう言ったシステムであるがゆえ、王が病に伏せるというのは出兵を渋る最大の口実となるのだ。
かつてニイト王であった頃のクーも同様の策を取ろうと考えた事があり、
【狂戦士】と呼ばれたほどのダイオードであれば、彼が倒れたとなれば多くの兵を動かす事の出来ぬ理由として、これ程の物は無い。
が。
思わぬところから出た一言が、ダイオードの心を揺れ動かせる事となる。

(.≠ω=)『あ。でも、ナナちゃんには予め言っておかないとねぇ。心配するよん』



80: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:09:55
/ ゚、。;/『…うぐ』

思わず漏れ出た声は、表情無き仮面に遮られて2人の耳には入らなかったようだ。
黒髪の軍師は小柄な騎士に酒を注がせて、大袈裟に礼を述べている。
ロシェの言葉はダイオードにとって、失念していたと言うよりも敢えて考えぬようにしていた類の物であった。

春風の笑顔を持つ少女、ナナ。
もし『ダイオード倒れる』の報が耳に入ったら、彼女は取る物も取らず駆けつけてくるだろう。
そして、それが虚偽の物と分かった瞬間、顔の半分を口にして怒りだす筈だ。
当然、戦の話も知られるだろうし、そうなれば何が何でも反対する立場に回るだろう。
戦場においては向かうところ敵無し。【狂戦士】と呼ばれたダイオードではあるが、少女の怒りは100の刃より恐ろしい。

【戦士の街】ネグローニにおいて、少女はほとんど唯一とも言える反戦論者である。
彼女にとって、どのような大義名分があろうとも戦争とは殺人行為に他ならないからだ。
モテナイと言う絶対君主支配下の国家において、ダイオードに面と向かって異を唱える事が出来る者は彼女一人であったと言って良い。

が、黒犬の王は決して少女を嫌ってはいなかった。
数多くの戦士達の死を間近に見てきたにもかかわらず、それでも盲目的に加害者を憎むと言う甘美な誘惑に染まらず。
ろくでもない世界で、よくぞ真っ直ぐに育ってくれたものだと、嬉しく感じている。

ダイオードが少女に向ける想いはおそらく、人が強すぎる光に向けるそれと同じ物だろう。
美しいと思いながらも、目を背けずにはいられず。
憧れながらも、身を焼かれる恐怖に襲われる。

だからこそ、ダイオードは少女を無碍に扱う事は出来なかったし、
モテナイに住む人々は、ある者は親しみを込めて。ある者は嫉妬と侮蔑を込めて、
ナナを“ネグローニの真なる王”と呼び、笑うのだ。



81: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:10:34
(.≠ω=)『そーいや、前から疑問だったんだけどさぁ』

/ ゚、。 /『…む?』

(.≠ω=)『なんで、ナナちゃんは我が君をクロ様って呼ぶんだい?』

彼らの酒宴の席において、議題を出すのがこの女軍師の務めであるなら、最初に脱線を始めるのも彼女の役目であった。
その頬は林檎のように赤く染まり、呂律も怪しい。乳酒の酒精度は高い物でないから、あまり酒に強い方ではないのだろう。

今でこそ漆黒の甲冑と常闇色の戦外套を好んでいるダイオードであるが、
ロシェがネグローニに召喚された当時“黒”と言えば【黒色槍騎兵団】が長・イヨゥの代名詞であった筈だ。
その頃には既に少女はダイオードを『クロ様』と呼んでいたから、呼び名の由来が外見による物でない事は容易に想像できる。

/ ゚、。 /『…昔の話だ。忘れた』

(.≠ω=)『ふぅん、そうかぃ』

つまらなそうに鼻を鳴らすと、それ以上を聞き出そうとはせず、酒甕に突っ込まれた柄杓に手を伸ばした。
元々特別に深い関心があったわけでもないのかもしれない。

忘れたと言うのは咄嗟に出た嘘である。
深い傷を負ってネグローニの山中を彷徨っていた仮面の王は、そこで初めて春風の少女と出会った。
彼女の家で傷を癒す事になり、兄と2人暮らしだったナナは客人が珍しくて、イヨゥの目を盗んでは彼の病室に忍び込んで来た。
彼自身も寝台に横たわっている身での退屈しのぎは他に無かったから、互いの名前など他愛も無いお喋りに付き合うようになる。
しかし、互いに小声での会話では完全には聞き取れぬ事も多く、以来ずっと少女は『クロ様』と彼を呼び続けているのだ。

少女だけに許された呼び名の由来を不思議に思う者も少なくなく、ナナもダイオードも幾度か同様の問い掛けをされた経験を持つ。
そのような時、少女ひとりの時はニコニコと笑って『内緒☆』と宣言し、仮面の王だけの時はぶっきらぼうに『忘れた』とだけ答えるのだ。
そして、場を共にしている時だけは、兄も知らない2人だけの秘密を愛でるように、
顔を見合わせて微笑みあうのが常だったのである。



82: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:11:47
/ ゚、。 /『…あれから7年か』

(=゚ω゚)ノ『ここまで来るのに7年もかかってしまったヨゥ』

/ ゚、。 /『…だが……あまりにも短い7年だった気がするな。それほどまでに密度の濃い時間だった』

しばし主従は共に過去へと想いをはべらせる。
が、小柄な騎士がかつての荒廃したネグローニを思っていたのと違い、
仮面の王が脳裏に浮かんでいたのは一人の少女の姿だった。

頭でっかちで危なっかしく彼の後ろをついて回っていた少女も、手足が伸び成長した。
少し前まで並んで市を歩けば甘い物ばかりに目を奪われていた筈が、今では飾り細工の屋台などに瞳を輝かせている。
流石に以前のように『大きくなったらクロ様のお嫁さんになる!!』と無邪気にはしゃぐ事はなくなったが、
優しすぎるくせに芯が強い性格は全く変わっていない。

細かった体つきも緩やかな曲線をおびはじめ、背伸びをしてみたい年頃なのだろう。
細い指先で唇に薄紅をひいている姿に、ドキリとさせられた事もある。
まるで、綻びかけた花の蕾のような若々しい生命力を感じるのだ。

学問にも興味があるようで、昔なら幼児向けの姿絵本を持っていた手に、
最近では初級の経済書を抱えている。
幸い、彼女の周囲には兄であるイヨゥ、軍師ロシェ、黒犬の王ダイオードなど優れた師も多かったから、
このままいけば数年後には次代のモテナイを担う人材になるだろうと、もっぱらの噂だった。

(.≠ω=)『で、そーいや今日はナナちゃんどうしたんだぃ?』




がちゃん。



83: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:13:04
仮面の王の手から碗が転がり落ちた。
注がれていた酒は飲み干していたので厚い絨毯を酒浸しにする事はなかったのが幸いではあるが、一目で彼が動揺しているのを見てとれた。

(;.≠ω=)『おぉぅ?』

春風の少女ナナの不在。
誰も口にしようとしなかったが、これは些か珍しい事態である。
ダイオードの自室に彼ら3人が集まる際、少女もまた兄についてくるのが常だった。
大人達の小難しい話には加われぬから、絨毯に直接ねころがって姿絵本を眺める様は、彼らにとって親しみ慣れた姿である。
近頃では行儀悪く寝転がる事もなくなり、ロシェに乳酒を薦められて、
こちらの分野でも大物になる可能性を見せていた物だが、その少女の姿が無いのだ。

ナナと言う少女は口先だけの平和主義者とは違い、積極的な行動力も兼ね備えている。
だからこそ、凱旋する王に屋根から飛びかかったり、独立直後で多忙な筈のダイオードを市に連れ出したり出来るのだ。
間違っていると思えば相手が誰であろうと正面から抗議するし、
どこからか中古の戦外套を入手して軍議に紛れ込んでいた事すらある。

この世に恐れるもの無しである筈のダイオードに、もし恐れるものがあるとすれば、それこそが少女のまっすぐすぎる怒りであった。
さすがに謁見の間で諸将を前に声高に反対を叫ぶ事は無いだろうが、糾弾を受ける覚悟はしていた。
だからこそ、今この場でナナが彼の参戦宣言に反対してこないのは腑に落ちない。
そして、それが意味する事は一つしか思いつく事が出来なかった。

/ ゚、。 /『…とうとう、嫌われたようだな』

全ての怨恨を身に浴びようとも、理想を貫こうと決意した。
日に日に成長する少女の姿を眺めては、平穏に揺らぐ意思を鼓舞してきた。
この優しく、穢れを知らぬ少女の時代が為にも、自身の世代で戦乱を終わらせてみせる。
そう考えてきたのだから、自嘲気味な呟きが漏れるのも無理はない物であった。



84: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:13:46
(=゚ω゚)ノ『……ナナは我が君を嫌ってなんかいないヨゥ。ただ、今日はどうしても動けない理由が……』

/ ゚、。 /『…お前のその言葉で何度救われたか分からないな。
      だが、今回ばかりは愛想を尽かされたというところだろうさ』

言いつつ、ダイオードは柄杓で酒を注いだ。
その背中はどこか小さく丸まっている風に見えて。
嫌われたのでなければ、あのナナがこの場にいない説明がつかないのだ。

こんな気分の時は、素顔を覆う仮面や酒精度の低い乳酒すらも煩わしく思えてくる。
人目を気にせず思う存分に泥酔できれば、少しは気も晴れるであろうに。

/ ゚、。 /『…面と向かって罵倒される覚悟はしていたのだけどな。
      それすら許されぬと言うのは、流石に少し辛い』

(=゚ω゚)ノ『我が君!!』

再びダイオードが弱気な声を漏らしたと同時に、イヨゥが声を荒げた。
胡坐をかいていた両膝を揃え、自身の主と向かい合う。

(=゚ω゚)ノ『これは……言い出しづらかったけどヨゥ』

少し言いよどんでから、意を決めたのか一息に声を吐く。




(=゚ω゚)ノ『今日の朝……ナナは女になったヨゥ』

/ ゚、。;/『………は?』



85: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:14:32
女になる。
その意味は大きく考えて2つに分かれるところだ。
が、あの年頃の少女が男を知るのは、とてもでないが早すぎる。
生きる為に幼い頃から身体を売る少女や、赤髪の暗殺者ハインリッヒなどの例外はあるが、
春風の少女はこういった一部の例外からは遥かに遠く離れた環境で育ってきた筈である。
必然的に、残る意味合いはただ一つ。

/*゚、。 /『…女に……? ナナが?』

そして、それを察した瞬間、ダイオードは湯気を噴き出さんまでに激しく赤面した。
無表情な仮面と厚いフードで見られる事こそなかったが、のぼせあがったように目の前が回っている。

(=゚ω゚)ノ『それで……朝から顔も見せてくれなくて……ずっとスパムに付き添ってもらってるヨゥ』

イヨゥは兄としてこの日が来る心構えが出来ていただろうし、ロシェはそもそも同性であるから大して気にもかけない。
が、少女が大人となる事など考えた事も無かったダイオードの狼狽ぶりは見ているだけで哀れになる程であった。
当然ダイオードとて女の身体を知らぬワケではないのだけれど、
常日頃じぶんの周囲を駆け回っていた少女の話となると、また意味合いが違ってくる。
『優れた戦士は城下の娘の処女を奪う権利を有する』などと言っていた男とはまるで“別人”のような。
あまりに初心な仮面の王であった。

(=゚ω゚)ノ『もう一度言うヨゥ。妹は我が君を嫌ってなんかいないヨゥ。
     昔からずっと……いや、今の方がずっと我が君の側に居たいと思ってるんだヨゥ』

そこまで言って、イヨゥは額を床に押し付けた。そのまま言葉を続ける。

(= ω )ノ『これは臣として……兄として、友としてのお願いだヨゥ。
     どうか、妹を……ナナを娶ってやって欲しい。幸せにしてやって欲しいんだヨゥ』

/ ゚、。;/『…っ!!』



86: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:15:33
突如、ダイオードは仮面を剥がし捨てた。両手で酒甕を抱えあげ、一気に口元で傾ける。
深く被っていたフードが外れ。肩口まで伸ばした黒髪が顕わになる。
勢いよく流れ出た酒が、服や絨毯をびしゃびしゃと浸していくのも、全く気にならなかった。

(;=゚ω゚)ノ『……っ!! 我が君、何してるんだヨゥ!?』

(;.≠ω=)『ちょ……どこかに影が潜んでたらどうするんだいっ!?』

慌てたのは、臣下の2人の方だ。
主の仮面の下に隠された素顔を知るのは限られた一部の者だけであり、モテナイ最高機密事項の一つになっている。
現在ダイオードに従う者は彼自身の徳に惹かれて集まってきた者ばかりであるが、それでも慎重に慎重をかさねておきたかった。
故に黒犬の王は密室での酒宴においても仮面を外さなかったのだが……。
やがて、甕の中身を殆ど飲み干してから、ようやっとダイオードは口を離す。
大きく息を吐き出してから、口の周りを袖で拭い、イヨゥに向き直った。

『…ナナが顔を見せたら、伝えてくれ。必ず……迎えに行く、と』

(=゚ω゚)ノ『我が君!! それは、つまり……!?』

『…だが、それは全てが終わった後だ』

言って、ダイオードは仮面を拾い上げ、被りなおした。
胸の奥に痞えていた憂いが消え去り、心地よいほど澄みきっている。
戦いの道を選んだ事で、少女から軽蔑されるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。
だが、自身が少女に向ける想いが変わる事だけは生涯ないだろう。

/ ゚、。 /『…絶対に……終わらせてみせる』

そして、次世代を生きる少女の手に、戦乱無き世界を。
仮面の王は、決意も新たに呟いていた。



87: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:16:30
         ※          ※          ※

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━━━━━━

从#-∀从『……ちっ』

給士は苛立っていた。
理由は白眉の主による悪質ないたずらによる物では無い。
身体の自由を奪う、赤く錆び付いた鉄の鎖。
かつて自身を絶望の奥底で縛りあげていた、忌まわしい鉄の輪が今また彼女の手首に巻きつけられているからである。

主の命を受け、ヴィップを出てから5日。
ハインが選んだのは、マティーニ城から南下する道でなく、
アイラからカリラを経由し、水路を辿ってスミノフに向かうルートであった。

フッサールの話どおりであれば、モスコー地区東部の山岳地帯は戦が終わってまだ日が浅い筈である。
岩虎や大山蛇など獰猛な生物が出没する土地柄もあって、女の一人旅は不自然かつ危険極まりない。
更に、国教会派の兵と出くわした場合、蹴散らす自信はあってもその後の安全は保障されないのだ。
故に遠回りになるのを承知で、オルメカを出港した商船に乗り込んだのである。

商船での旅は、故国の混乱を知って駆けつけようとする旅人も少なくないから、身を隠すには最適である。
そして、何よりも情報収集に長けた商人達と寝食を共に出来るメリットがあるのだ。
デメララ河は一旦アーリー湖に流れ込み、そこから更にシーブリーズとモスコーの領境を流れていくから、
両地区に詳しい商人を見つけ出すのに困る事は無い。
船中で商いをする者もいたし、思った以上に多くの情報も手に入ったから、
給士は経験の少ない船旅を楽しんでやろうかと考える余裕すら持ちはじめていた。
が。
異変は、船が湖に差し掛かろうかという時に起こる。



88: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:17:00
デメララ河とアーリー湖の合流地点に、グサノ・ロホという街がある。

かつては、リーマン族とメンヘル族による争いの最前線であった街であり、
幾度にもわたって支配者が替わるのを目の当たりにしてきた街である。
住民は両民族の混血児が他地区より格段に多く、両親の顔すら知らぬ者も少なくない。
彼らは、その9割もが生れ落ちた瞬間から祝福を得られなかった、
戦乱の申し子とも言える者達なのだ。

小競り合いが起こるたび、麦は踏み躙られ、家屋は破壊され、家畜は奪われ、家族は殺された。
それでも彼らがこの街を捨てなかったのは、単に頼るべく者の無い人々しか残っていなかったからだ。
運良く成長した少年達は出生に関係なく、時の支配者に従って剣を取り、少女達は身体を預けた。

支配者が入れ替わると、彼らは掌を返したように次の支配者に仕える。
が、それは生きる為の知恵だった。
飯の種にもならぬ騎士道など、おとぎ話ですらありえない。
今日を生きるのは明日を生きる為の手段でしかなく、生きる目的などどこにもありはしない。
それが、この街に生きる者達であった。
『成人を迎えられる者は一握りに過ぎなかった』と歴史書に記述されているほどだから、その凄まじさが容易に思い浮かべられよう。

そして、統一王ヒロユキの登場から遡る事およそ100年前。ついに、グサノ・ロホに転機が訪れる。
デメララ河を挟んだ北岸・バーボン領内にアーリーと言う都市が新設されたのだ。
当時のバーボン領主が、鉄の大国ラウンジから直接資金を引き出し建設されたこの都市は、二重の城壁を備え持つ不落の要塞である。
外壁は鼠返しになっており、湖に繋がる港も広く、何より急時には渡河の必要なくバーボン城から援軍が駆けつけられるのが大きい。

この新都市の出現によってアーリー湖東岸は完全にリーマン族勢力下に治められるであろうと、多くの者が考えた。
が、対するメンヘル族は海の民との同盟を強化し、シーブリーズ地区最北端に新たな都市を建設したのだ。
砂漠を東西に分ける大河よりチチと名付けられたこの街の登場によって、アーリー湖東岸は均衡する戦力がにらみ合うだけの状態に陥る。
そして、やがて両陣営は互いの最前線基地を避けるかのように、ローハイド草原中央部やシーブリーズ地区東部に戦いの場面を移していった。
こうして、グサノ・ロホは両民族が奪い合う最前線基地と言う運命から解放されたのである。



89: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:17:32
だがしかし、残された者達に何が出来ようか。
彼らの前に広がるのは、岩の転がる田畑。船の寄り付かない港。埋め立てられた水路。そして、襤褸をまとう子供達である。
100年以上にわたって荒らされた地を復興させるには、彼らには知恵も、技術も、資金も、気力も足りなかった。
そして、南北に新設された都市には、既に彼らがどれほど背伸びしようと手が届かないほど、充実した設備が整っている。
にも拘らず、いつ攻め込まれるとも分からない街に手を差し伸べる酔狂者など、どこにいようか?

結果、リーマンもメンヘルも、互いに新設した都市に全ての兵を引いた。
グサノ・ロホは捨てられたのだ。
もし、この街に唯一残された物があるとするならば、それはどの陣営にも属さない。
眼前に広がる景色のように、荒みきった心を持つ人々だけである。

このような悲劇を為してなお、戦乱は終わらなかった。
救世主を願う人々の思いに反して、戦火がおさまる時は無く。
北の地に待望の英雄が出現する30年前、一人の男がこの都市に足を踏み入れる。

【盗賊王】ギルダス。
彼はグサノ・ロホの民を組織化し、私兵集団を作りあげると個有商船だけでは飽き足らず、
ラウンジや神聖ピンクの旗を掲げる船団をも襲い、一帯に大勢力を築く事に成功した。
得た財を惜しみなく使って城壁を強化し、噂を聞きつけた無法者達も集まって、都市は生き返ったのだ。

ギルダスは最終的に、度重なる流通の妨害に業を煮やしたリーマン・メンヘルの両勢力によって討たれるのだが、
それでも彼の作りあげた組織や思想は根強く残る事となった。
また、多くの有力諸侯が彼に付き従った者達に殺害される事件も立て続けに発生する。
見捨てられた都市に生きる者達にとって、彼は紛れも無い勇者だったのだ。
この【ギルダスの毒】と呼ばれた暗殺者集団の活動によってアルキュの混迷は更に深まり、やがてヒロユキ登場へと繋がっていく。
また、王都に暗躍した【闇に輝く射手】ハインリッヒに、彼らの存在を思い出した者も少なくなかったであろう。

グサノ・ロホ。
古い言葉で“自由の街”の意味である。
しかし、当時はこの“自由”の意味が大きく歪められて使われ。人はこの都市を【無法都市】と呼んだ。



90: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:19:20
         ※          ※          ※

『大人しくしてろよ。売り払う前に、ちゃんと可愛がってやるからな』

背中を強く押され、給士はつんのめるようにして、その部屋に放り込まれた。
直後、扉が勢い良く閉じられる。
下卑た笑いと錠前に鍵をかける音が背中に響き、彼女は完全に灯り一つ無い部屋の中に閉じ込められた。

从#゚∀从『……ふざけやがって』

強がる声にも、どことなく元気が無い。
奥歯が浮き上がりカチカチと音を鳴らしそうになるのを、ぎゅうと噛みしめて堪えた。
凍りついたかのように背筋が強張り、手足が酷く冷たい気がする。
飛刀を縫いこんだペチコートだけでなく、小太刀を仕込んだ竹箒まで取り上げられたのが、不安に拍車をかけていた。

あの頃と同じだ。
じっとりと濡れた石壁も、腐りかけた藁を敷き詰めた床も、すえた様な臭気も、家畜に向けるような男の台詞も、だ。
背後の壁だけは一面の鉄格子になっていたが、それは“住人”を監視しやすくする為だけであろう。
それを証明するかのように、格子越しに見る廊下には灯りも窓も無く、空気が澱みきっていた。

あまりにも忌まわしい、幼い頃の自分を壊し尽くした記憶が否応無く甦る。
もう一つ、あの頃と違うところがあるとすれば、その部屋は広く、隅の方から大勢の人々のすすり泣く声が聞こえてくる事だろう。

从#゚∀从『……っ!! 何者だっ!?』

闇の中、鋭い剣気を感じ取り、給士は咄嗟に身構えた。
越冬する昆虫のように固まった者達から離れ、何かがそこにいる。

???『何者だ、と言われてもな……。熟睡しているところを起こされたのは俺の方だぜ。
    いい迷惑ってヤツだ』



91: ◆COOK./Fzzo :2010/03/04(木) 21:20:34
???『新しい被害者さんのようです。運がありませんでしたね』

???『いや、運が良かったって考え方もあるぜ。何せ、ここには俺がいるんだからな』

場違いに気の抜けた会話が、給士の耳に入った。
目が徐々に暗闇に順応していく。
まず、見てとれたのは、何やら白い塊だ。
やがて、それがマタヨシ教団の修道服であると気付く。
床に足を崩して座り込む神官が、声の持ち主の一人である事は間違いないだろう。

そして、もう一人。
のっそりと身を起こして胡坐をかき、伸びをする上半身裸の男。
面長の顔つきと、頭に巻いた黄色いターバン。
一見優しげに見えて、その実獰猛そうな瞳が薄闇の中に光っていた。

从 ゚∀从『……もう一度聞くぜ。何者だ?』

給士の声に、神官は両手を胸の前で組み合わせ、緩やかに微笑んで。
男は挑発的な笑みを浮かべて答える。

パー゚フェ『唯一神マタヨシが子羊、神官戦士のパフェと申します。
    御安心下さい。悪は必ずや正義の前にひれ伏す運命にあるのですから』

斥 'ゝ')『俺はアインハウゼ。同じく、マタヨシ様の敬虔な信者だ。
     ……そんなに怖い顔しないでくれよ』



マタヨシ教の神官パフェと、謎の男アインハウゼとの出会い。
【無法都市】グサノ・ロホを舞台に、給士の冒険が始まろうとしていた。



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