( ^ω^)がどこまでも駆けるようです
- 3: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:43:34.05 ID:3Vc1+XSSP
- 登場人物紹介
- ・アルキュ正統王国
- ξ゚听)ξ 名=ツン(ツン=デレ) 異名=金獅子王 民=リーマン 武器=禁鞭 階級=アルキュ王
- ミセ*゚ー゚)リ 名=ミセリ 異名=花飾り 民=リーマン 武器=槍 階級=尚書門下戸部官(戸籍・租税)・千歩将 ツンの付き人
- (´・ω・`)名=ショボン 異名=天智星 民=リーマン 武器=槍 階級=中書令(立法長官)
- 从 ゚∀从 名=ハイン 異名=天駆ける給士 民=キール隠密 武器=仕込み箒・飛刀 階級=太府門下内部官(情報・流通)・千歩将
- (*゚ー゚) 名=シィ 異名=紅飛燕 民=リーマン 武器=細身の剣と外套 階級=司書門下刑部官(刑罰・警備)・千騎将・黄天弓兵団団長
- ( ̄‥ ̄) 名=フンボルト 異名=??? 民=??? 武器=直槍 階級=中書門下法部官(法の公布)・千歩将
- ( ^ω^) 名=ブーン(本名ニイト=ホライゾン) 異名=王家の猟犬 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=近衛侍中(王の警備)・千歩将・白衣白面隊長
- 川 ゚ -゚) 名=クー(本名ニイト=クール) 異名=無限陣 民=ニイト 武器=斬見殺 階級=軍務令(軍務長官)・ニイト公主
- ・神聖ピンク帝国・法王庁
- ル∀゚*パ⌒ 名=アリス=マスカレイド 異名=無し 民=ピンク人 武器=神槍 階級=法王の娘
- |゚ノ ^∀^) 名=レモナ=マスカレイド 異名=無し 民=ピンク人 武器=宝剣 階級=法王の娘
- 爪 ,_ノ`) 名=シャオラン 異名=無し 民=ピンク人 武器=三日月刀 階級=商人
- 斥 'ゝ') 名=アインハウゼ 異名=無し 民=ピンク人 武器=2本の蛮刀 階級=隠密
- 4: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:45:14.13 ID:3Vc1+XSSP
- 第一次革命戦争の戦士達
- ??? 名=ヒロユキ 異名=無し 民=リーマン 武器=禁鞭
- ??? 名=クリテロ 異名=王家の猟犬 民=リーマン(?) 武器=拐 ※鬼籍
- ( ・∀・) 名=モララー 異名=勝利の剣 夢幻剣塵 民=ニイト 武器=勝利の剣 階級=万将
- ミ,,゚Д゚彡 名=フッサール 異名=天使の塵 民=メンヘル 武器=十字槍 階級=???
- (`・ω・´) 名=シャキン 異名=常勝将 民=リーマン 武器=??? 階級=???
- /;3 名=荒巻 異名=全知全能 民=海の民 武器=??? 階級=???
- / ゚、。 / 名=ダイオード 異名=狂戦士 民=モテナイ 武器=長槍 階級=???
- 爪'ー`)y‐ 名=フォックス 異名=人形遣い 民=??? 武器=九尾 狐火 鉄斬糸 階級=???
- ( ゚∀゚) 名=ジョルジュ 異名=急先鋒 民=リーマン 武器=2本の大鉞 階級=上級兵
- 8: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:46:27.67 ID:3Vc1+XSSP
- MAP 〜リポビタンDのCMって10年前の使い回ししても誰も気がつかないよね編〜
- ※http://up3.viploader.net/news/src/vlnews013323.jpg
- @キール山脈 未開の地。
- 隠密の故郷とも呼ばれる。
-
- Aヴィップ(ギムレット高地) 首都は【獅子の都】ヴィップ城
- 北部からの寒風の影響で気候は厳しいが、地熱に恵まれている。
- Bニイト公国 ヴィップの副都【経済都市】ニイト城を有する
- ニイト族居住地。ヴィップほど寒風の影響はなく、比較的なだらかな地形である。
- Cモテナイ王国 首都は【戦士の街】ネグローニ
- モテナイ族居住地。山岳地帯。メンヘル族と同盟している。
- Dバーボン地区 首都はバーボン城。 本来は中立領だが、リーマンの影響下にある。
- 領主は【元帥】シャキン。現在は【鉄壁】ヒッキーが領主代行を務めている。
- Eデメララ地区 首都は【王都】デメララ
- リーマン族居住地。アルキュの中心とも言える土地。もっとも気候がよく住みやすいとされる。
- Fローハイド草原
- 中立帯だが、リーマンの力が強い。
- Gシーブリーズ地区 首都はシーブリーズ。
- 海の民の根城であり、表面上は中立地帯。メンヘル族と友好関係に有り、リーマンとは度々諍いを起こしている。
- Hモスコー地区 首都は【神都】モスコー。
- メンヘル族居住地。その大半が岩と砂に覆われている。
- 10: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:48:11.63 ID:3Vc1+XSSP
- ・アルキュ正統王国(ヴィップ)
- 国主は【金獅子王】ツン=デレ。国旗は黒地に黄金の獅子。
- 王都の評議会派と差異を明らかにする為、国号は首都名と同じくヴィップを使用している。
- ※給士ハインを南に送り込み、出兵の準備に追われている。
- ・ニイト公国
- 公主は【白狼公】ニイト=クール。公旗は青地に白い狼。
- “天に二王無し”の考えから、王家の正統後継者であるツン=デレに王位を返還した。
- とは言え、ヴィップの繁栄はニイトなくしては成らなかった物であり、事実上クーはツンと比肩する実力者である。
- ・モテナイ王国
- 国主は【黒犬王】ダイオード。国旗は赤地に黒犬。
- 小さいながらも【黒色槍騎兵団】【赤枝の騎士団】と言う強力な騎士団を持つ軍事国家。
- ※メンヘルとの同盟を一方的に破棄する。国主ダイオードは病に伏せっているとされる。
- ・メンヘル族
- 指導者は【預言者】モナー。
- 南の大国【神聖ピンク帝国】の支持を受けている。
- ※神聖国教会と手を組み、フッサールを放逐する。
- ・海の民
- 指導者は艦長【小旋風】妹者。
- 島の南部シーブリーズ地区を占拠し、島で唯一塩の製造権を持つ。
- ※領境を巡ってリーマンと争っている
- ・リーマン族
- 指導者は【評議長】ニダー。
- 北の大国ラウンジ王国の支援を受け、今もなお最も栄える民である。
- ※領境を巡って海の民と争っている。ニダー自らツンの元を訪れ、和解する。
- 15: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:50:04.57 ID:3Vc1+XSSP
- 第33章 給士の冒険
- ミ,,゚Д゚彡『なんと……愚かな事か』
- 男は思わず呟いていた。
- 青年と言うには少し年を取りすぎているようであったし、
- 中年と言うには少々若すぎる。
- 彼のような年齢の者を指して、壮年というのだろう。
- 肩まで伸ばした髪や、伸ばしっぱなしの髭は遠目に見れば黒々としているものの、
- 鏡を覗きこめば時折白いものを見つけて嫌になる。
- 全身を包むのは、油でなめした皮鎧と白の戦外套。
- 手にはマタヨシ聖遺物の一つ、天星十字槍を下げていた。
- 彼の名はフッサール。
- 砂漠の民・メンヘル族出身の神官にして戦士だ。
- 北の大地にて理想を声高に叫ぶ者に同調し、妻子を郷里に残して戦場に立ち早3年。
- 元より神官として尊敬を集めており、生まれた地を出る際も多くの青年がつき従ったのだが、
- どうやらこの男には戦人としての素質もあったらしい。
- 20を超える戦いの尽くを生き抜き、その殆どで勝利した。
- 常に味方の先頭に立ち、策を練り、指揮を取り、多くの敵将の首を跳ね飛ばした。
- 最近では【天使の塵】などという大仰な異名で呼ばれる事もある。
- しかし、元来の彼は心静かに聖書を捲る時間を好むような、心優しき性格だった。
- どれほど戦士として優れていようとも、戦場に身を置く日々が長くなるごとに、
- 鬱々として眠れぬ夜が増えていく。
- 特に、目の前で繰り広げられているような光景を見た時は、特にだった。
- 16: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:51:46.42 ID:3Vc1+XSSP
- 積み重ねた死体を焼いていた。
- 赤い炎が、今にも泣き出しそうな天を背景に燃え上がっている。
- 立ち昇る煙が灰色の空に溶け込んでいくさまは、まるで死者の魂が受け入れられていくようだ。
- その周囲で松明を手にした男達は、何の感情も持たぬ目で、炎を見つめていた。
- やがて、死体の山の一部が崩れかけると、一人の青年が巨大な鍬(すき)を突っ込み、山を整える。
- あれはきっと、死体の処理に使うものではない。藁の山を整える際に使っていたものだろう、と思う。
- 砂漠の騎士が立つ荒野はなだらかに広がっており、晴れた日に目を凝らせば大河デメララの影や、アーリーの湖影を見る事も出来た。
- 手を取り合って開拓すれば、きっと豊かな畑となるだろう。
- が、憎しみあうが故、豊穣を約束されたであろう地は、人の身体を焼くだけの地へ成り下がっている。
- ミ,,゚Д゚彡『あ……』
- と、そこで彼は何かに躓きかけた。
- ふと気になって爪先で掘り返すと、現れたのは錆びてボロボロに崩れかけた鉄の刃で。
- ミ,,゚Д゚彡『ここは……もしかして……』
- 注意深く荒野を見渡すと、丁寧に地ならしされた道らしき物があるようにも思えた。
- 岩くれや戦車の車輪が転がり、荒野と一体化しているが、人の手が加えられたであろう形跡が僅かに残っている。
- そして、その両脇で僅かに窪んで伸びているのは、大河から流れを引く用水路の成れの果てではないだろうか?
- と、なればここは……
- ミ,,゚Д゚彡『神よ……人は何故……何時まで、このような愚かしい行いを続けるのでしょうか』
- 思わず呟いていた。
- そう、この荒野は“開拓すれば豊かになるであろう”地ではない。
- 人の手によって一度は拓かれながら、その愚行によって豊かさを手放した土地なのだ。
- 20: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:53:09.58 ID:3Vc1+XSSP
- 『フッサール様!!』
- ミ,,゚Д゚彡『っ?』
- 突如、呼びかけられて振り返った。
- 一人の戦士が息を切らせて駆け寄ってくるのが見える。
- 砂漠の騎士は彼を知っていた。
- 先年新たに加入したリーマン族の将に仕える、上級兵だ。
- 同列の身と言う事もあって、彼の上官とは幾らかの親交がある。
- しかし、その兵士とは個人的な関わりを持った事はない。
- もし、彼が己の事を知っているとすれば、それは互いに戦場で馳せた勇名を聞き及んでの物であろう。
- そのリーマン族の将とは、北の大国ラウンジの手足と成り下がった同胞を捨て、理想を選んだ男。
- 【常勝将】シャキンである。
- 彼の率いる戦車隊は、常勝無敵の部隊として。敵味方の違いなく、アルキュ中に名を知らしめていた。
- 現在、戦の大局はバーボン南部・ローハイド北部・デメララ西部を中心に動いている。
- 平原地帯でのぶつかり合いと、アーリー湖やデメララ河の制水権の奪い合いが、戦術の基本方針となるだろう。
- 平地決戦に滅法強いシャキンは、今後の活躍が一層期待されている将の一人。今後の戦局を大きく左右するであろう将なのである。
- しかし。“今後の活躍が期待されている”と言う意味では、
- その上級兵士もシャキンに勝らずとも劣っていないと、もっぱらの噂であった。
- 顔つきはまだ幼さが残っている。
- 年が明けてからようやく戦場に出る事を許される年齢になったらしく、元は少年兵部隊に属していた筈だ。
- だが、体躯に恵まれ、熊を連想させる巨体は歴戦の戦士たちと並んでも引けを取る物ではない。
- 戦になると、二本の大鉞を手に誰よりも早く敵陣に飛び込んでいく勇気も併せ持っている。
- 初陣で2人の千将と5人の百将を討って異名を得るなど、誰にでも出来る芸当ではないだろう。
- 確か、名前は……
- 22: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:55:06.66 ID:3Vc1+XSSP
- ミ,,゚Д゚彡『【急先鋒】ジョルジュ百歩長でしたか。どうしました?』
- (;゚∀゚)『ほ、報告です!!』
- 滑り込むようにフッサールの足元に膝をつくと、両手を胸の前で組み合わせる。
- 大きく唾を飲み込んで、乱れた息を強引に整えた。
- (;゚∀゚)『ほ、本陣で……師匠様が……あの……あれです!! 早く急いでください!!』
- ミ;,゚Д゚彡『いや……“あれです”では全く意味が分からないのですが。シャキンがどうかしたのですか?』
- よほど慌てているのか、言葉に要領を得ていない。
- 如何に優秀な素質を持っていようと、まだまだ幼い。俯瞰的に周囲を見る目が備わっていないのだ。
- このままでは戦士としては成功しても、将として多くの者の上に立つ事など出来ずに終わってしまうだろう。
- それはあまりにも惜しい損失である。
- おそらく、シャキンは自分と同じで、誰かの師たる立場は向いていないのではないか、と思う。
- 理想主義。完璧主義。自分ひとりで物事を済ませたがる傾向が強く、己の殻に閉じこもりやすい。
- フッサールの見る、シャキンとはそのような男だ。
- 才覚に恵まれ、生徒が失敗を己の糧とする前に、何も言わずに穴埋めしてしまう。
- そのような男に、どうして人を育てる事が出来よう。
- もし、ジョルジュが将として大成を望むならば、新たな師を求める時期が来ているのでは無いだろうか。
- (;゚∀゚)『えっと……とにかく、大変なんですよ!! 誰かが止めないとやばいんです!!』
- ミ;,-Д-彡『あー、分かりました。そこまでで結構です』
- そこまで聞いて、砂漠の騎士はジョルジュの言葉から状況を探り出す事を諦めた。
- それでも、おそらくは本陣でやんごとない騒動が沸き起こっているのだろう事だけは理解できる。
- なおも息の荒いジョルジュをその場に残し、ひとりフッサールは本陣に向けて駆け出した。
- 24: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:56:40.30 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 2人の男を中心に、兵が輪を作っていた。
- その片隅で、一際立派な銀鎧をまとった将が片膝をついている。
- 鶴縫を身につけた細身の文官が、彼を助け起こそうとしていた。
- /#゚、。 /『があああああああああああああっ!!!!!!!!』
- 2人の男の片割れ。
- 仮面の戦士が長槍を振るい、もう1人の男に斬りかかった。
- 宙を踊る長剣を払い飛ばし、道を開く。
- 対する男は黒髪と藍色の外套を翻して、長槍をひらりひらりと避わしていた。
- 爪;'ー`)y‐『貴方もしつこい人ですねぇ、ダイオード。
- あの時はお互いに敵味方に分かれていたのですから、仕方が無いでしょう。水に流そうではないですか』
- /#゚、。 /『分かっているさ、フォックス!! だから、貴様が死ねば水に流してやると言っているのだ!!』
- 叫び、再び地を蹴った。
- しかし、その槍が外套の男の身に届く事は無い。
- 彼の身を護る様に宙を踊る9本の長剣に遮られ、白い火花を散らすのみである。
- /#゚、。 /『っ!?』
- 不可視の何かに切り裂かれて、仮面の男の剥きだしの腕から鮮血が噴き出した。
- 見れば、フォックスと呼ばれた男が全くの無傷なのに対し、ダイオードは全身から血を滴らせている。
- だが、それでも仮面の戦士が怯む事は無いだろう。
- それこそが【狂戦士】の異名の由縁。
- 26: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 01:58:11.77 ID:3Vc1+XSSP
- ミ;,゚Д゚彡『シャキン!! 荒巻!! これはどうしたというのだ!?』
- そこでようやく、砂漠の騎士が騒動の中心に姿を現した。
- 群がる兵を掻き分け、見知った顔に声をかける。
- (メ`・ω・)『……見ての通りだ』
- /;3『最近はダイオードも大人しくしていると思ったのですがねえ』
- 苦々しく漏らす男の声と、泰然とした男の声を同時に耳にしながら、フッサールはガクリと肩を落とした。
- これは決闘、いや。私闘の類の物である。
- しかも、私闘は一兵卒ですら許されていないというのに今、斬り結んでいるのは革命軍の中心を担う千騎将と千歩将の2人だ。
- ミ,,゚Д゚彡『お止めなさい、ダイオード、フォックス!! 私闘は固く禁じられている筈だぞ!!』
- 爪'ー`)y‐『これは御無体な……私は降りかかる火の粉を防いでいるだけに過ぎませんよ』
- / ゚、。 /『黙れ、フッサール!! 今こそ……この仮面の下につけられたやけど傷の恨み、晴らしてやるのだ!!』
- 制止の声も虚しく、ダイオードはフォックスに襲い掛かる。
- 不可視の凶器に身を斬られるのを無視して我武者羅に長槍を振るった。
- それを見たフォックスもまた、唇を大きく歪め宙を舞う長剣を仮面の戦士に集中させる。
- ミ;,゚Д゚彡『くっ!!』
- 堪らず砂漠の騎士は、十字槍を握りなおすと、地を蹴った。
- この愚かな殺し合いを止めさせなくてはいけない。
- そして、その瞬間。
- 大きく白光が爆ぜ、フッサールは弾き飛ばされていた。
- 28: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:00:34.39 ID:3Vc1+XSSP
- ミ;,゚Д゚彡『な……』
- /#゚、。 /『貴様……また、邪魔をする気か?』
- 爪#'ー`)y‐『しゃしゃりでるのも……大概にして欲しい物です』
- 弾き飛んだのは、砂漠の騎士だけではない。
- 仮面の戦士は地に膝をつき、外套の男は周囲をとりかこむ兵の輪の中にまで吹き飛ばされている。
- その兵達もまた、輪の中心から突如吹き荒れた爆風に、ひとりを残さす薙ぎ倒されていた。
- 『やれやれだよ。お前ら、いい加減にしておけよ?』
- そして、彼らの中心には1人の青年が立っていた。
- クレーター状に抉り取られた大地から濛々と巻き上がる土埃の中、それを気にするそぶりも無く言葉を紡ぐ。
- 赤糸で縁取られた白い戦外套を身にまとい、
- 面倒臭そうに右肩に担ぎあげられた大剣の色は、海の青。
- 金竜を模した唐草飾りを巻きつけた刀身は、長大な二等辺三角形をしている。
- 子供の胴体ほどの幅を持つ刃の付け根からは垂直に補助柄が伸びていた。
- 兵士達『お……おぉ……』
- 兵士達の中にざわめきが起こる。
- 私闘は禁じられているが、私闘を見物するのは禁じられていない。
- そして、千将同士の斬りあいを見物できるだけでも眼福だというのに、
- 生ける伝説。革命軍唯一の万将が現れたとなれば、興奮するなと言う方が難しいのでは無いだろうか。
- ( ・∀・)『下がってろよ、フッサール。ここは僕がちょいちょいと片付けてやるよ』
- 32: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:02:53.86 ID:3Vc1+XSSP
- 『モララーだ!! 【勝利の剣】モララー様だぞ!!』
- 兵士達の中から大歓声があがった。
- 声を聞きつけ、決闘に興味が無く幕舎で寝転んでいた者まで慌てて飛び起きる。
- 夕餉支度の当番だった兵士達も、竈作りを放り出して駆けつけた。
- それほどまでに兵士達を沸きあがらせた本人は、余裕綽々と言った風に手を掲げ、声援に応えている。
- /#゚、。 /『ちょいちょいと片付ける、だと? でしゃばり野郎が……ふざけやがって』
- 爪#'ー`)y‐『そこまで馬鹿にされますと……味方とは言え殺したくなってしまいますねぇ』
- ダイオードが立ち上がり、腰をズンと落として長槍を構えた。
- フォックスもまた、周囲に長剣を躍らせながら歩を進める。
- ミ;,゚Д゚彡『モララー!?』
- ( ・∀・)『騒ぐなよ、フッサール。僕が負けると思ってるのかよ?』
- 対するモララーは、やはり大剣を肩に担ぎ上げ、身構えようともしない。
- 左右を仮面の戦士と外套の男に挟まれているにもかかわらず、だ。
- それどころか兵の輪の中に、腰から立派な宝剣を下げた男の姿を見つけると、
- いたずらっぽい笑みを浮かべて声をかける。
- ( ・∀・)『おい、ラーゼ!!』
- 爪 ゚Д゚)『は、はいっ!!』
- ( ・∀・)『太鼓を用意させろよ。でっかい音を立てて、50叩くんだ』
- ミ;,゚Д゚彡『!?』
- 33: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:04:16.04 ID:3Vc1+XSSP
- 爪#'ー`)y‐『それは……音が止むまでに我ら2人を倒す、と言う意味でしょうか?』
- ( ・∀・)『ハンデって奴だよ。音が止むまで立っていられたら、お前らの勝ちで良いよ。
- でも、時間が勿体無いから、出来れば2人同時にかかってきてくれると嬉しいよ』
- /#゚、。 /『そんな……恥を知らぬ真似が出来るはずが無かろう!!』
- 吼えたのは、ダイオードだ。
- 怒りのあまりか、剥き出しの両腕に血管が浮き出ている。
- 筋肉が膨れ上がり、素肌の上に直接着込んだ獣皮鎧が今にも弾け飛びそうであった。
- /#゚、。 /『俺に殺らせろ、フォックス。1人で十分だ』
- 爪#'ー`)y‐『お好きにどうぞ……私は、貴方が敗れた後にゆっくりと殺らせていただきますから』
- ( ・∀・)『なんだよ、こんな時だけ仲良くしなくてもいいじゃないかよ』
- 兵士『……』
- 野生の獣のような怒りをあらわすダイオード。
- 薄氷の下に紅蓮の殺気を秘めたフォックス。
- そして、静かな笑みまで浮かべる余裕を見せるモララー。
- 3人の剣気に煽られるように後ずさり、兵の輪が数歩分広がった。
- それを掻き分け、片手に下げられる程度の小さな太鼓が、到着する。
- ( ・∀・)『ちゃんとやれよ。失敗したら“西方の焔”は没収するよ? じゃ、始めろ』
- 合図と共に、ラーゼがばちを振り上げた。
- ……どぉん。
- 35: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:06:42.16 ID:3Vc1+XSSP
- / ゚、。;/『っ!! 消え……』
- 最初の音が鳴り終わるより早く、ダイオードの目はモララーの姿を見失っていた。
- 輪を形作る兵を背にしたモララーを前にしていた筈が、彼の目に映っているのは、灰色の雲に覆われて低い空。
- 足元からは大地の感覚も消えている。
- 見覚えのある仮面が、風に散った花弁のように宙を舞っているのが視界の隅に映った。
- 何が起こったのか?
- モララーの姿が消えたと皆の脳が理解するより早く。
- 数歩離れた位置のダイオードの眼前に飛び込み。
- 顎を蹴りあげた。
- 言葉にすれば“それだけ”の事である。
- だが、あまりの速度に目がついていけなかった。
- ダイオードの顎が跳ね上げられた瞬間に、モララーの姿は消えた。
- そう、あべこべに解した者も少なくなかった筈だ。
- “瞬歩法”と言う言葉を思い浮かべた者は、5指にも満たなかっただろう。
- 『お前、血の気が多すぎるんだよ。ちょっと飯から塩減らせよ?』
- /#゚、。 /『……っがあぁっ!!』
- ただの一撃で激しく脳を揺すぶられ、意識を飛ばされかけたダイオードであったが、
- 呆れかえった響きの声が、彼の闘志を繋ぎ止めた。
- 真っ直ぐ天に向かって跳ね上げられた顎を引き戻し、そこにいるであろう男を睨みつける。
- だが。
- / ゚、。;/『…………え?』
- だが、彼の目に映ったのは男の顔ではなく、ピタリと揃えられた、左右の軍靴の裏で……
- 36: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:09:06.56 ID:3Vc1+XSSP
- / 、 ;/『ごふぁっ!!!!!』
- 熟れきった果実を壁に叩きつけた時のような音を響かせ、モララーの両足がダイオードの顔面に叩き込まれた。
- 破門鎚を思わせるほどに強力な、中空弾頭脚。
- 現代風に言えば、カウンターの勢いを利用した、ドロップキックである。
- 仮面の戦士の身体は大きく反り返ったまま後方に半回転し、顔面から大地に衝突した。
- 数瞬遅れて、彼の仮面も大地に落下し、当のモララーは土埃一つ立てず着地する。
- /# 、 /『貴様……本当に人間か……』
- ( ・∀・)『当然。これは、私闘の罰だ。悪く思うなよ?』
- うつ伏せに倒れるダイオードの髪をつかみ、無理矢理上半身を引き起こす。
- 砕けた鼻から血を流し、かろうじて意識を保っている男の鳩尾めがけて、渾身の力で鉄靴の爪先を叩きこんだ。
- /# 、 /『……ごぇっ!?』
- 【無限陣】クーに引き継がれる蹴り。
- 【王家の猟犬】ブーンに託される、瞬歩法の脚力を込めた蹴りである。
- 幾多の戦場を生き抜いてきた戦士であろうと、厚い獣皮鎧に守られていようと、どうして耐えきる事が出来ようか。
- なおかつ、この時彼は完全に筋肉が弛緩きっている状態で受けたのだから、ひとたまりも無い。
- 血の混じった吐瀉物を撒き散らしてから、ダイオードは自らの生み出した小さな血の池に頭から飛び込み……沈黙した。
- しかし、だ。
- (;・∀・)『っ!! 伏せろっ!!』
- 次の瞬間、モララーは意識を手放したダイオードの腰帯をつかみ、その身体を放り投げていた。
- 大地に勝利の剣を突き立て、兵を背にするように幅広の大剣の影に飛び込む。
- と、同時に、彼の体を轟音と爆風が炎と光を伴って包み込んだ。
- 37: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:11:05.56 ID:3Vc1+XSSP
- 兵士『うわあああああああああああっ!!!!!』
- 兵士『ぎゃああああああああっ!!!!!!』
- 決戦の場は一瞬のうちに阿鼻叫喚の世界と化した。
- 爆風に身体の一部を千切られた者や、炎に身を焼かれた兵士達が、何が起きたのか分からぬまま重なるように伏せっている。
- 聴覚を破壊された者が平衡感覚を失って転び、視力をなくした者がそれに躓いて倒れこんだ。
- モララーの副官ラーゼは、爆発にこそ巻き込まれなかったものの、手にしていた太鼓は手放してしまっている。
- 勝利を約束される者・モララーと2人の千将の斬りあいを見ようと押し寄せていた男達も、
- 今や腰を抜かすか、身体をぶつけ合いながら我先に逃げ出そうしていた。
- ミ;,゚Д゚彡『馬鹿な!? “狐火”まで持ち出すだと!?』
- /;3『ふぉっふぉっふぉ。しかも、ありったけの“狐火”を投擲したと見ましたぞ。フォックスも本気ですな』
- フッサールは思わず、水軍指揮官を任せられている戦術家を睨みつけた。
- が、その男。荒巻が出身する海の民は、私闘決闘を禁じていないと聞いた事がある。
- 楽しみの少ない船の上では賭け事と命懸けの斬りあいは娯楽のようなものだ、とも。
- 彼らにとって一度刃を抜いたからには、本気で殺しあわなくては意味が無いのだろう。
- 更に言えば、私闘の見物は禁じられていないが、それは『身の安全は保障しない』と言う、ただし書き付きでの条件。
- つまるところ、荒巻の言動には非がないのだが、それでも一宗教の神官である
- フッサールにしてみれば、どうしても不謹慎さを感じざるをえない。
- (#・∀・)『馬鹿野郎がよ……自衛の為の戦いだって言うなら、泣いて謝れば許してやろうと思ってたのによ』
- 爪'ー`)y‐『いえいえ、ご心配には及びませんよ。おや? 太鼓の音は止んでしまったようですね』
- 38: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:13:06.72 ID:3Vc1+XSSP
- 爪'∀`)y‐『ちょうどいい!! 戦いの終焉は“貴方が全身を切り刻まれるまで”に延長いたしましょう!!』
- (#・∀・)『くっ』
- 愉悦に顔を歪め、フォックスが腕を振るった。宙に浮かぶ九本の凶器が、一斉に剣先を白外套の英雄に向ける。
- モララーは大地に突き立てた【勝利の剣】を引き抜き、身構えた。
- たとえ幅広の刃の背に身を隠そうとも、最も間近で“狐火”の炎を浴びたのは彼である。
- 轟音に鼓膜を打たれ、烈光に目を焼かれた。荒野を焦がす煙に嗅覚は狂わされ、熱風にあおられた身体は感覚が麻痺している。
- 爪'∀`)y‐『はっはっはっ!! どうしましたか、モララー!! 【勝利の剣】も大した事がありませんねぇ!!』
- 五感のうち四つを潰された状態で、何が出来よう。フォックスは完全に己の勝利を確信していた。
- 狐が傷ついた野兎を追い詰めた時のように、じわじわと歩を進める。
- モララーは大剣の影で身を守る事しか出来ず。
- そんな彼の身体を切り刻まんと、飛刀が。九本の長剣が。不可視の糸が襲いかかった。
- かろうじて身に受ける事だけは避けるが、白い外套が切り裂かれ、野兎の毛のように宙に散る。
- ミ#,゚Д゚彡『っ!! 非道な!!』
- 爪#゚Д゚)『おのれ、フォックスっ!!』
- 卑劣極まりないフォックスの攻撃に、思わずフッサールは十字槍を手に歩を踏み出した。
- ラーゼもまた、神剣“西方の焔”を鞘抜く。
- だが、その時。
- (#・∀・)『フォックス……お前、いい加減にしておけよ?』
- 爪;'ー`)y‐『っ!!』
- 突然、圧倒的有利にあった筈のフォックスが、何かを避けるかのように大きく背後に跳びずさった。
- 40: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:14:50.16 ID:3Vc1+XSSP
- ミ;,゚Д゚彡『……?』
- 爪;'Д`)y‐『あ……? うぁ……あぁあ……』
- まるで、そこにある事を確認するかのように、ぺたぺたと自身の顔を撫でまわす。
- 敗北の可能性など微塵も無い戦いだった。
- 【狂戦士】ダイオードを囮に使っての“狐火”全弾投擲。
- この世に存在する、ありとあらゆる者を打ち倒すであろう炎の嵐。
- 最強の剣神と怖れられた“あの”モララーですら避けきる事は出来ず、赤い風に身を焼かれたのだ。
- 陰の奏手フォックス、会心の奇襲だった。
- 一撃で四肢を吹き飛ばす事は叶わなかったが、剣士の命たる視覚・聴覚・嗅覚・触覚は完全に封じ込んだ。
- あとは、傷つき血を垂れ流す獲物が倒れこむのを、ジッと見守るかのように、待てば良い。
- 死から逃れるように地べたを這いずり回る喉笛に、とどめの牙を突き立ててやるだけで良い。
- 完膚なきまでの勝利を約束された。トンと一押しすれば自然勝利が転がり込んでくる。
- そんな戦いの筈だった。
- 爪;'Д`)y‐『な……何が……竜? ……でも、何処へ……』
- それがどうした事か。
- フォックスは今、恐怖に震えていた。奥歯が小さく音を鳴らし、全身から噴出した汗が体温を奪い去って、酷く寒い。
- 視界が歪み、グルグルと回っているように見える。ギヤマンの板を引っ掻いたかのような、不快な耳鳴りが止まない。
- しかし、そんな事すらどうでも良かった。
- 何せ、彼は既に死んだ。既に殺された筈なのだ。
- 防戦一方だったモララーの身体から突如、紅炎(プロミネンス)が如く剣気が噴き上がり、巨大な白竜の姿を為した。
- 雷鳴が速さで襲いかかった顎を避わしきれず、己の首は喰らい千切られた筈なのだ。
- 焼き滅ぼされるかのような痛みの中、一瞬で絶命した筈なのだ。
- が、彼の首は胴体の上に乗っており、痛みを感じるどころか、傷一つついていない。
- 42: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:16:52.57 ID:3Vc1+XSSP
- (;メ`・ω・)『……? フォックスは……何をしているのだ?』
- ミ;,゚Д゚彡『いえ……分かりませぬ』
- そして、フォックスの他には、一人として“白き巨竜”などというものを見た者はいない。
- 彼らが目にしたのは、圧倒的優勢のフォックスが、突如小さく悲鳴をあげて飛び退いた、という事だけ。
- 何が、狐を動かした、などと分かる者は只の一人も存在せず。
- 戦いを最後まで見守ろうとしていた十人ほどの男達は、何が起きたのかと顔を見合わせる。
- 爪ii'Д`)y‐『今のは……一体……? 幻覚……幻術? いや、違う……そんな生易しい物では……』
- (#・∀・)『あぁ、そうだよ。そんなもんじゃないよ』
- 爪ii'Д`)y‐『っ!? ひぃっ!!』
- ボソリと響いた声に、フォックスは我にかえった。
- 五臓を握り潰され、六腑を吐き出さんばかりに怯えている。
- 今すぐこの場を逃げ出したい衝動に襲われるが、震える足がそれを許さないのだ。
- モララーの五感は、未だ回復していなかった。
- 猛攻が止んだ今、大剣を杖代わりにしてようやっと身を支えている有様だ。
- 対するフォックスは、少なくとも外見的には傷一つ負っていない。
- だが、しかし。
- 戦況が完全に覆っているのは、誰の目から見ても明らかだった。
- 勝利の担い手は滾らんばかりの怒りに瞳を燃やし、
- 陰の奏手は哀れなまでに顔を青ざめさせている。
- 静かにそよぐ風が、モララーの外套を揺らした。
- 43: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:19:24.80 ID:3Vc1+XSSP
- (#・∀・)『やりすぎだよ。見物の連中まで巻き込んだとなれば、ダイオードほど手加減は出来ないよ』
- 爪ii'Д`)y‐『あ……あぁぁ……』
- 首だけを動かして周囲に倒れ伏す兵に視線を送ってから、白い剣気を全身にまとうモララーが歩を進める。
- 押されたように、フォックスは後ずさった。
- その心中の恐れをあらわすように、九本の長剣はただ大地に転がっている。
- (#・∀・)『お前……人の世の歴史の中に、眼の見えぬ剣士、耳の聞こえない戦士がいなかったとでも思うのかよ?』
- 爪ii'ー`)y‐『な……何を言って……?』
- モララーが答えを告げる事は無かった。
- 海の色をした大剣の柄を両手で握り、顔の前で剣先を天に向けて構える。
- 身を包む白い剣気が、一瞬だけ鮮やかなオーロラ色に輝く。
- 瞳は静かに閉じられ、口が小さく動いた。
- ミ;,゚Д゚彡『……? 風が……』
- (;`・ω・)『……なんだ? おかしいぞ、この風は?』
- 異変に気付いたのは、一人二人ではなかった。
- 風は、輪を形作る“全ての兵士達の背後”から、吹いている。
- それは、モララーただ一人に向かって。
- あたかも、そこが世界の中心であるかのように。そうであるのが決められていたかのように。
- 蒼き剣の使い手に注ぎ込まれていく。
- 集い、行く場を失くした風は、勝利の担い手の剣気と混ざり合って、彼の上空に緩やかな竜巻を為した。
- そして─────。
- ( −∀−)『暗き闇より出でよ……。“夢幻、剣塵”』
- 45: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:22:09.53 ID:3Vc1+XSSP
- 瞬間。
- 今までの劣勢が嘘のように、モララーの脚が力強く大地を蹴った。
- ただの一歩でフォックスに肉薄し、蒼の大剣を振り上げる。
- 爪;'Д`)y‐『うわああああああああああああっ!!!!!!!!!!』
- 恐怖の悲鳴をあげ、狐が腕を振るった。
- 地に転がっていた長剣が、主の身を守らんとするように、ぶゎぁと宙に舞い上がる。
- だが。
- ミ;,゚Д゚彡『っ!! あれはっ!?』
- だが、それまで。モララーの腕から放たれた神速の突きが、いとも容易くその全てを粉砕した。
- あたかも、夜空の星のように長剣の破片が宙に散る。
- ( ・∀・)『最初は、泣いて謝れば許してやろうって思ってたんだよ。ホントだよ?』
- 爪; Д )y‐『ぐぶぇっ!!!!!!』
- 続いて振るわれた、横薙ぎの一撃がフォックスの腹をうちぬいた。
- 刃ではなく、腹の部分で殴るに止めたのはモララーなりの配慮であり、“殺さぬ程度に痛めつける”だけの加減はしているのだろう。
- しかし、その攻撃だけでフォックスの肋骨はへし折れ、口から鮮やかな色の血を吹き出させる。
- 身体をくの字に曲げて弾き飛ばされた狐は、受身も取れず大地に衝突し、二度三度転がってから動きを静止させた。
- 天を見る目は大きく見開かれ、ぐるりと白目をむいている。
- 爪ii Дメ)y‐
- ( ・∀)『まぁ、こんなもんだ。僕の勝ちだよ……馬鹿野郎』
- 宣言を待つまでもない。勝敗は完全に決していた。
- 47: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:26:15.49 ID:3Vc1+XSSP
- ( ・∀・)『片付けろ!!』
- 勝者にのみ贈られる大歓声に軽く応えてから、モララーは残った兵に命じた。
- 槍に布を張っただけの担架が持ち込まれ、負傷者が治療用の幕舎に運ばれていく。
- それはダイオードやフォックスも例外ではなく、同時にこの2人には1月の謹慎が命じられた。
- いや。謹慎など命じなくとも、寝台から立ち上がる事すら出来ない筈だ。
- シャキンも、ようやく戻ってきたジョルジュと荒巻に両側から肩を支えられ、立ち去っていく。
- ミ;,゚Д゚彡『……何と言う強さか』
- 思わずフッサールは零していた。
- 遥か北、神話の国を旅して精霊から祝福を受けたと言う噂も、あながち嘘とは思えぬ強さだった。
- 戦場で敵将に後れを取った経験は少ないとは言え、自身ではフォックスどころか
- ダイオードを相手にするだけでも苦戦は免れなかったはずだ。
- それを、一人で。しかもあっさりと撃破してしまった。
- “狐火”という反則技が無ければ、白の外套を汚す事無く勝利したのではないかと思う。
- その場合、あの副官が途中で太鼓を鳴らすのを止めていなければ、10を数える前に戦いは終わっていただろう。
- それほどまでにモララーの強さは際立っており、圧倒的だった。
- ミ,,゚Д゚彡『……』
- 今、モララーはフッサールに背を向けて、最後まで戦いを見守っていた女と、何やら話し込んでいる。
- 距離がある為に何を話しているかまでは聞き取れなかったが、膝まで伸ばした黒髪の美しい女だった。
- やがて、女から何やら丸められた布を受け取り、かわって傷ついた外套を脱いで女に手渡す。
- 軽い口づけを交わし、ラーゼに連れられて歩み去って行く女の背を少しだけ見送ってから、フッサールに振り返った。
- ( ・∀・)『よぉ、おまたせだよ』
- 49: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:27:37.87 ID:3Vc1+XSSP
- 2人の男は、肩を並べて万将用の幕舎に向けて歩き出した。
- フッサールの手には、天星十字槍。
- モララーは蒼の大剣を右肩に担ぎ上げている。その刀身に巻きつけられているのは、先程女から受け取った布だ。
- ミ,,゚Д゚彡『今の女性は……?』
- ( ・∀・)『あ? 妻だ。クルウと言う』
- 何気なく発せられた一言に、フッサールは目をぱちくりとさせた。
- 【勝利の剣】モララーの妻と言えば、ヒロユキの妹ペニサスであったはずだ。
- 彼女は兄と同じ、美しい金髪を誇っており、先程の女は見事な黒髪である。
- 思わず口を半開きにする砂漠の騎士に、モララーは悪びれもせずに説明を始めた。
- ( ・∀・)『クルウは最初の妻だよ。幼馴染でよ。15になると同時に籍を入れたんだよ。
- よくない事があって心を病んでいるが……良い女だよ。
- ペニサスは6人目の妻だ。その事は、ペニサスもヒロユキも納得している』
- ミ;,゚Д゚彡『はぁ……』
- ( ・∀・)『神話の国には2人。ラウンジにも1人、妻がいる。
- スピリタスの妻は、子を孕んだと便りを寄越したよ。
- こいつは書を読むのが好きな控えめな女でな……』
- ミ;,゚Д゚彡。oO(うわぁ)
- この時代、有力貴族であれば妻と妾を持つ事は珍しい事ではない。
- が、主の妹を妻にしながらも他の女を『妻』と呼ぶ男など、世界の何処を探しても存在しないだろう。
- また、生涯ひとりの女を愛するのが当たり前と考えていたフッサールにはあまりに衝撃的な告白で。
- そんな砂漠の騎士の無言の非難に気付いたのか、取り繕うようにモララーは口を開く。
- 50: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:29:25.68 ID:3Vc1+XSSP
- (;・∀・)『あ……いや、やっぱり1人だけ特別扱いするのは良くないと思うんだよ。
- ほら、僕ぐらいになると、平等に愛を振りまかないとと言うか……』
- ミ;,-Д-彡『個人の思想に口を挟む気はありません。
- ただ、その性格がお子様に引き継がれないようにとは、神に祈らせていただきましょう』
- 言って、フッサールはわざとらしく両手を組み、祈りの言葉を紡いだ。
- 如何に同意の元とは言え、彼の6人の妻が寂しい想いをしているであろう事は想像に難くなく。
- 彼女達の為にも、これくらいの嫌がらせはしてもよいだろう。
- 英雄色を好む、と言う。
- だが、英雄が例外なく好色なのではないし、好色だから英雄と言うわけでもない。
- むしろ、この男の場合は剛毅であるのと同時に、優柔不断な部分も強いのではないか、とフッサールは思う。
- 強がって見せようとはしているが、結局はひとりを選べなかっただけではないだろうか。
- 余談になるが、諸兄らもご存知の通り、フッサールの懸念は的中し、祈りは神に届かなかった。
- この優柔不断な性格は後に彼の息子へと継がれていくのだが……。
- ミ;,-Д-彡『貴方の最期は、そのあまりの強さが仇になるか、寝台の中で女性に刺されて……となる気がしますよ』
- (;・∀・)『はは……どっちも遠慮させてもらいたいよ』
- 先の戦いで見せた圧倒的強さは何処へ消えたのか。
- モララーは身を縮こまらせ、呟くように答える。
- それでも何とかこの場の空気を変えようと思ったのか、精一杯の声で口を開いた。
- (;・∀・)『そ、それにしても兵も増えたが、馬鹿も増えて困ったもんだよ。
- なんとかしないと駄目だよなぁ』
- ミ,,゚Д゚彡『む?』
- 52: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:31:23.45 ID:3Vc1+XSSP
- アイラ城奪取後、彼らの主がアルキュ全土に発した大号令は、確かに予想以上の成果を発揮した。
- ヒロユキの理想に共鳴した多くの戦士達が、彼の元に馳せ参じたのだ。
- ネグローニ城の戦いでは【狂戦士】ダイオードが。
- バーボン城攻防戦では【常勝将】シャキンと【全知全能】荒巻が。
- アーリー城攻めでは【人形遣い】フォックスがグサノ・ロホから私兵を引き連れ、それぞれ参戦している。
- また、カリラ城に滞在する【引き千切る猛禽の爪】フィレンクトはデメララを虎視眈々と狙っていたし、
- 【預言者】モナーは陸路から。海の民頭領【花和尚】父者は海路からクエルボに攻め込んでいた。
- だが、数が増えれば衝突の機会もまた増える。
- 特に、ダイオードとフォックスのように、敵味方に分かれて刃を振るいあっていた者同士が憎しみを忘れきれず
- 小さなきっかけで殺し合いにまで発展する例があまりにも多かった。
- その意味では、ヒロユキの思想は行き渡っていない。
- ( −∀−)『クリテロの野郎が生きていたらなぁ……もーちょっと楽なんだけどよ』
- ミ,,゚Д゚彡『クリテロ……ですか。強かったのですか?』
- フッサールは、クリテロと会った事が無い。
- 初代【王家の猟犬】クリテロ。
- 彼は、キュラソー包囲戦においてヒロユキをニイトに脱出させる為、犠牲となった。
- 砂漠の騎士自身はアイラ城奪取戦で加入しているし、最古参のフィレンクトはカンパリの戦いで参戦したのだが、
- その【猛禽の爪】と呼ばれる大鎌使いでも、クリテロとは面識がないのである。
- 彼の顔を知るのは、ヒロユキと妹のペニサス。
- そして、彼らと個人的な親交のあったニイトの公子モララーだけであった。
- ( ・∀・)『強かったよ。僕の夢幻剣塵と一刻(約2時間)戦えたのは、クリテロだけだった。
- 最後は2人とも疲れてやめちゃったんで、結局決着はつかず終いだったけどな。今じゃ後悔してるよ』
- ミ,,゚Д゚彡『それは……惜しい人物を失いましたな』
- 54: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:32:58.29 ID:3Vc1+XSSP
- 何も知らぬ者が聞けば『傲慢だ』と憤慨しそうな物の言い方をする。
- が、モララーは事実を述べているだけなのだから、仕方が無い。
- むしろ、亡き友に向けて最大限の敬意を払っているのではないかと言う気すらしてくる。
- 特にフッサールは彼の、神の寵愛を一身に受けているかのような強さを目の当たりにしたばかりなのだから、尚更だ。
- いつしか兵も落ち着き、周囲では夕餉用の鍋を煮る炎の煙が、いたる所から立ち昇り始めていた。
- 自ら組織した精鋭部隊【白衣白面】と共に雪の大地に眠る、英雄クリテロ。
- もし、彼が生きていたらモララーの負担も随分と軽くなった事であろう。
- 少なくとも、くだらない仲間割れに万将自らが口を挟まねばならぬ事も無くなり、
- その程度の手助けも出来ぬ自らを、情けないとフッサールは感じてしまう。
- ミ,,-Д-彡『貴方には……苦労をかけっぱなしですな』
- ( ・∀・)『あ? 気にするなよ。あんなのは、苦労って程のもんじゃないよ。
- 妖精から授かった鞘と勝利の剣。こいつがあれば僕は常に死から守られるんだし、敗れる事は無いよ。
- だから、あんなのはお遊び……なにより、僕には夢幻剣塵があるよ』
- ミ,,゚Д゚彡『そのように言っていただけると少しは気も軽くなります。
- ところで、先程フォックスの長剣を砕いたのは、私の神速三段突きではありませんでしたか?』
- ( ・∀・)『いや、あれは夢幻剣塵だよ。お前は友達だからな』
- ミ,,゚Д゚彡『……?』
- 夢幻剣塵と言う技には不可思議な点が多すぎる。
- モララーに言わせれば、神速の移動術“瞬歩法”の究極形。
- そして、軍馬ごと重装騎兵を両断した豪剣も、フォックスの“九尾”を打ち砕いた三段突きも。
- それどころか、罠で捕らえた野生の鹿を上等なシチューに料理して見せたのも、全て夢幻剣塵と言う技の賜物だと言う。
- そのあまりの不可解さから『夢幻剣塵とは妖精から与えられた魔術の類の物である』と言う者すらおリ。
- フッサール自身も幾度かその正体を尋ねた事があったのだが、その度にはぐらかされてしまうのが常だったのだ。
- 57: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:34:56.50 ID:3Vc1+XSSP
- そして、この日も砂漠の騎士がその答えを教えられる事は無いらしい。
- 何故なら、最初から計っていたかのように2人はモララーの幕舎の前に辿り着いていたからだ。
- フッサールは残念そうに小さな息を吐き出しながら言う。
- ミ,,-Д-彡『夢幻剣塵の正体。本日も話してもらえそうにありませんな』
- ( ・∀・)『ははっ、そうだな。ま、僕としては正体を晒しても問題は無いんだが……妖精が言うなって言ってるんだろ。
- それより、明日は朝から軍議だからな。遅れるなよ』
- 笑いながら幕舎の入口にかけられた垂れ幕を持ち上げ、くぐって行く。
- が、何か心に思うところがあったのか。それともただの気まぐれか、ふと足をとどめ振り返った。
- ( ・∀・)『夢幻剣塵の謎が知りたければ、この戦いが終わったらニイトに遊びに来いよ。
- 酒でも飲み交わしながら、ゆっくり話してやるよ』
- ミ,,゚Д゚彡『!! は、はいっ!!』
- ( ・∀)『剣が必要ない時代になれば、妖精も許してくれるだろうよ』
- 背中越しに片手をひらひらと振りながら、今度こそモララーの姿は幕舎の奥に消えた。
- その約束が嬉しくて、フッサールもまた足を弾ませながら、自身の幕舎に向け歩み去って行く。
- だが、この約束が果たされる事は遂になかった。
- 革命終了後、フッサールは戦の後始末に忙殺され、そうしているうちにヒロユキは天に召されてしまった。
- モララーもまた、フォックスの陰謀によって二度と帰らぬ地へ旅立ち。
- 砂漠の騎士の予言どおり、彼はその卓越しすぎた強さが仇となって、最期の時を迎えたのである。
- 59: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:36:23.57 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- ━━━━━━━━━━
- ━━━━━━━━
- ━━━━━━
- 川;゚ -゚)『あのフォックスを……瞬殺だと?』
- 大英雄モララーの娘。【無限陣】クーは唖然と呟いた。
- 【砂漠の涙】フッサールに与えられた客室。傷ついた老将は、背中にクッションを当てて寝台に身を起こしている。
- 開け放たれた窓から陽光が燦々とさしこみ、彼を見舞いに訪れた男女の姿を照らしていた。
- クーは父が戦っている姿を見た事がなく、モララーは子供達に戦争の話をする事を好まなかった。
- だが、【人形遣い】フォックスの強さは身をもって知っており、今思い出しても震えがくるほどだ。
- かの狐は、彼女自身を含め8人の重傷者を出したうえで、ようやく撃退できた程の怪物であった筈なのに……。
- (;^ω^)『……』
- ミ,,゚Д゚彡『戦いには相性があります。それにフォックスはあの日モララーに叩きのめされてから、
- 余程悔しかったのか……更に実力に磨きをかけておりました。
- むしろ、当時より老獪さを身につけた今の方が厄介かもしれません。あまり気を落とされぬ事です』
- そんな言葉は慰みにならなかった。
- 確かに、ジョルジュ・ギコ・クーの蹴脚術などはあまりに直線的すぎて、フォックスにとって扱いやすい相手であっただろう。
- 流石兄弟は善戦するも、経験と狡猾さで一枚も二枚も及ばず。
- 結局、狐を追い詰めたのは、父と同じく神速の移動術の使い手であるハインとブーンの2人であったのだ。
- ミ,,゚Д゚彡『やれやれ……若い日の話と言うのは、どうにも気恥ずかしい物です』
- ξ゚听)ξ『いえ、凄く勉強になりました。ありがとうございます』
- 61: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:37:56.76 ID:3Vc1+XSSP
- ミ;,゚Д゚彡『そ、そんな……勿体無いお言葉でございます』
- 黄金の獅子があまりにも素直に頭を下げるので、かえってフッサールは畏まらなくてはならなかった。
- リーマンやメンヘルと違い、歴史の浅いヴィップ王国は、やはり将の平均年齢も若い。
- 唯一の例外とも言える【白鷲】フィレンクトを除けば、ようやくジョルジュやダディなどが壮年の域に踏み込んだ程度だ。
- そのフィレンクトはモララーと別行動を取る事が多かったと言うから、フッサール同様に夢幻剣塵の正体は知らぬらしい。
- 川 ゚ -゚)『……ラーゼならば、知っていたかもしれないな』
- 思わず声に漏らしていた。
- ニイトの双子姉妹・レーゼとリーゼの父、ラーゼ。
- モララーから委ねられた【勝利の剣】を銀髪の青年に託した老人である。
- ニイトとヴィップの連合成立後、クーはハルトシュラーに命じて彼をニイトに迎え入れようとしたのだが、それは叶わなかった。
- かつて己も暮らしていた北の島より戻ったハルは『ラーゼは旅に出た』とだけ伝えると、口を貝のように摘むんでしまった。
- クーもまた、更に多くを聞き出そうとはしなかったのである。
- (´・ω・`)『ところで、カンパリのフンボルトから報せが入ったよ。
- ニイト公国領は兵力22000を揃え、そのうち12000が出撃可能らしい』
- 川 ゚ -゚)『12000か。ヴィップ領内と併せても25000が関の山だな』
- (´・ω・`)『ただ、ニイトはフンボルトが優秀な軍馬を育てあげてくれているからね。
- 騎兵中心の構成がとれそうだ。問題はモスコーの地形でどれほど騎兵が活躍できるかなんだけど』
- 川 ゚ -゚)『ならば、五騎団のうち2つだけを動かそう。状況を見て歩兵部隊と交代させる』
- 2人の言葉に、ツンは強く頷いた。
- 心のどこかで葛藤はあるものの、すでに出兵の覚悟は整っている。
- <丶`∀´>『ウリのところにもスカルチノフから早文があったニダよ。評議会は陸水軍併せて50000の兵を動かせるニダ』
- 65: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:39:14.87 ID:3Vc1+XSSP
- (;´・ω・)『50000? 評議会の兵力は75000程度だと思っていたんだけど……?』
- <丶`∀´>『流石ニダね。そのとおりニダ』
- フッサールが亡命してきた翌日、事態を重く見たニダーは、護衛である【一丈青】ワタナベに便りを持たせ、デメララに帰していた。
- 水軍提督【全知全能】スカルチノフと、禁軍元帥【常勝将】シャキンに出撃可能兵力を確かめさせていたのである。
- また、【祝福の鐘】ハルトシュラーに泣きつかれて、兄者とレーゼの2人もニイトに戻っている。
- <丶`∀´>『ウリ自ら30000の兵を率いて、アーリーから双子砦を攻めるニダ。
- ワタナベはウリの副将を任せ、【国士無双】ロマネスクには5000の兵を連れてデメララ河を下ってもらうニダ。
- シャキンは陸路を進ませるニダよ』
- (;´・ω・)『いや、それは良いんだけどさ。大丈夫なのかい?』
- 一般的に他国出兵につぎこめる兵力は、総兵力の三割までとされている。
- それを超えると自国の守りが疎かになるうえ、生産や流通に不備が生じるのだ。
- 危急の時とは言え、国内兵力の五割を投入するヴィップも相当の無理をしている。
- ましてや、七割近くを参戦させようというのは、既に暴挙に等しい。
- <丶`∀´>『考え方の違いニダよ【天智星】。侵攻戦と考えれば、確かに無謀。
- だが、これは神聖国教会と言う侵略者から、我らの島を守る為の戦。
- つまりは、防衛戦ニダ。そう考えれば、国軍の七割を投入する事におかしい部分は無いニダよ』
- (;´・ω・)『そうかもしれないけどさ……』
- 白眉の青年の懸念は、モテナイの【黒犬王】ダイオードの事である。
- 国土を空にして侵略者を追い出したとしても、帰る家を奪われてしまっては元も子もない。
- ようやく北の大国ラウンジと繋がる評議会と和平できたとしても、デメララ地区をモテナイに奪われては意味が無いのだ。
- <丶`∀´>『安心するニダ。モテナイの事は考えてあるニダよ。すでにワタナベに調べさせておいたニダ』
- 66: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:40:30.51 ID:3Vc1+XSSP
- <丶`∀´>『ワタナベからの報告によると、生誕祭の当日、ダイオードは熱病に倒れた言う事ニダ』
- (;^ω^)『お? 病気だから動けない。だから攻めてくる心配は無い、って事かお?』
- 銀髪の青年の言葉にニダーは優しく首を横に振った。
- ブーンを含め、諸将は既にショボンからモテナイ南進の可能性について説明は受けている。
- そうなった場合の危険性も理解出来ているつもりだが、だからこそニダーの自信がどこから来る物なのか納得が出来ない。
- <丶`∀´>『それは違うニダね。あまりにも機が不自然ニダ。
- これはつまるところ、今は我らに加勢したいが“病気だから動けない”。
- 逆を言えば、隙を見せればいつでも“病気が治って”噛みついてくるつもりニダよ』
- (;^ω^)『? ??? じゃあ、なんで兵力を三割しか残さないんだお?』
- <丶`ー´>『答えは簡単ニダ。……ウリを。評議会を舐めるな、って事ニダよ』
- 言ってニダーは唇をほころばせた。
- <丶`∀´>『ヒロユキが残した評議会とは、そこまで底が浅い組織では無いニダ。
- アイラには【鉄大虫】デルタ将軍を。バカルディには【神火将】シーン将軍と【神水将】ネーノ将軍を残すニダ。
- 更に【鉄壁】ヒッキー将軍をカリラに置き、三将と共にダイオードを監視させるニダよ。
- 王都の守りは【全知全能】スカルチノフ提督と【神機秀士】バルケン将軍に委ねるニダ』
- (´・ω・`)『……正直、あまり聞きなれない名前が多い気もするけどね』
- ショボンの言葉にニダーは軽く頷く。
- <丶`∀´>『ここ数年、頭角を現してきた若い千将達ニダよ。
- 特に、バルケンはスカルチノフの実子であり弟子でもある。
- ジョルジュ将軍の抜けた五虎将の穴を埋めるのは、他にいないと言われるほどの傑物ニダ』
- 67: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:42:39.12 ID:3Vc1+XSSP
- だが、そんなニダーの自信溢れる態度に水を差す者がいた。
- 川 ゚ -゚)『バルケンか……正直、好かんな』
- やはり【全知全能】スカルチノフの弟子である【無限陣】クーである。
- 『知っているのか?』と尋ねる者達に首を縦に振ってから、答える。
- 川 ゚ -゚)『一応、兄弟子だからな。やたらと自尊心の強い男で……昔はよく、
- “カタワの女に何が出来る!!”などといじめられたものだ。
- もっとも、成長するとそれの後に“俺の妾にしてやる”が付け加えられたが、な』
- (´・ω・`)『……君がそれを許すとも思えないんだけど?』
- 川 ゚ -゚)『あぁ。全裸に剥いて大凧に縛りつけてな……今となっては良い思い出だよ』
- ( ;^ω^);゚听)ξ;´・ω・);丶`∀´>;,゚Д゚彡。oO(……うわぁ)
- 尚も思い出の中に浸り『空が綺麗な日だった』などと呟く黒髪の戦術家に、居揃った者達は揃って半歩距離を取る。
- 砂漠の老将などはあからさまに身体を彼女から遠ざけた。
- <;丶`∀´>『と、ともかく!! デメララの守りは問題ないニダよ!!
- ウリも明日にはデメララに戻って出撃の準備を整えるニダ!!』
- 川 ゚ -゚)『む? では、バーボン城の守りはどうするのだ?』
- (;´・ω・)『き、君が前線基地にすれば良いんじゃないかな? どうせヴィップ部隊とニイト部隊は分かれて行動するつもりなんだろ?』
- それから話はしばらく、進行作戦の部隊構成について主導されていく。
- だが、一刻(約2時間)ほど経過したところで傷の癒えていない砂漠の老将が疲れを見せ始めたため、
- なし崩し的に始まった軍議はとりあえず解散となった。
- 68: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:43:41.37 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- ( ^ω^)『姉様。笑わないで聞いて欲しいお』
- 川 ゚ -゚)『む?』
- 銀髪の青年は、自身が押してやっている四輪車に座る姉に向けて声をかけた。
- 黒髪の戦術家の膝にはよく冷えた果実水の入った竹筒と、山のような焼き菓子。
- クーは弟に車を押させながら、満面の笑みで菓子をかじっている。
- いつもの事ながら、よく太らないものだと思う。
- 二年前に再会した時は、両の足を失った薄幸の美女と言う印象だったのだが、
- 最近では『ひょっとして、足が無いなりに人生を堪能しているのではないか?』という気すらしていた。
- 蹴脚術の達人でありながら、姉が鍛錬に励んでいる姿を見た事が無い。
- 隠れて努力している風でもなく、部屋で分厚い軍術書を開いている以外は寝ているか、
- 何かを食べている姿しか見ていないのは、はたして気のせいだろうか?
- 姉に言わせれば『頭脳労働は肉体労働以上に体力を失う』らしいのだが、周囲の反応を見るとそれも眉唾ものだ。
- 少なくとも、将官用の厨房では、クーが好むような菓子の類は全て隠されてしまっていて、
- それでも彼女はひょいひょいとそれを探し出してしまった。
- 川 ゚ -゚)『やはり、ハインリッヒがいないと張り合いが無いな』
- (;^ω^)。oO(……どうしてこうなった)
- そうも思いたくなる。
- からくり義足“斬見殺”を装着し、戦場に立つ姿はあれほどにも凛々しかったと言うのに……。
- 川 ゚ -゚)『で、姉に話があるのでは無いのか、ホライゾン?』
- 71: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:45:35.48 ID:3Vc1+XSSP
- (;^ω^)『おっ。そうなんだ……お』
- 僅かに躊躇うようなそぶりを見せてから、ブーンは姉の柔らかい視線に促されるようにボソボソと言葉を紡ぎ出した。
- ( ω )『姉様……僕は父様の事を覚えていませんお』
- 川 ゚ -゚)『……あぁ』
- その言葉の節々から真剣めいた何かを感じ取ったのだろう。
- クーは両手に持つ黄金色の焼き菓子を、膝の上に戻した。
- 銀髪の青年、ニイト=ホライゾンには過去の記憶が無い。
- 最後の記憶は一人知らない森を彷徨っていた物であり、
- それ以前の記憶は切り捨てたかのように抜け落ちてしまっている。
- 姉と再会し、黄金の獅子の元に復帰して早2年。
- 失われた記憶を取り戻そうと、試みた機会が全く無かったと言えば、嘘になる。
- それでも彼が幼き日々の事を思い出すことは無かった。
- しかし、青年は心のどこかで『それでも構わない』とすら思っていたのだ。
- 諦観、ではない。
- 優しい姉。美しい友。頼れる仲間がいて、これ以上なにを望む物があろうか?
- 『足のない姉、記憶のない弟』と低俗な陰口を叩く者もいたが、
- 己の記憶が無い事を侮蔑の対象にされても、彼は動じない。
- 何故なら、既に受け入れてしまっている事だからだ。
- 当然、姉に対する侮辱は鉄拳をもって償わせるのだけれども。
- 74: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:47:06.17 ID:3Vc1+XSSP
- だが、そんな銀髪の青年の心に、少しずつ変化が生まれつつあるのだ。
- 父、モララー。
- 北の英雄。
- 勝利の剣。
- 夢幻剣塵。
- 精霊の祝福を受けし者。
- その存在が、ブーンの中で日に日に大きくなっていく。
- 記憶に無い父の姿を夢に見る夜も多い。
- そんな時、父は必ず青年に広い背中を向けて立っていた。
- ふとした時に振り返る顔は影になっていて確かめる事も出来ない。何かを語りかけてくるでもない。
- ただ、まるで『着いて来い』とでも言うかのように、燃える荒野を歩み去っていく。
- それは、かつて幾度も見た幻覚。
- 炎の世界を己の世界とし、彼を導いた幼き頃の姉の幻覚を彷彿とさせた。
- 既に己の意思で押さえつけられるような生易しい感情ではない。
- 焦がれ、求め、憧れる。
- そんな想いである。
- だが、決して不愉快な感情ではなくて。
- 父の背中を必死で追いかける夢を見た日の朝は、疲労の中にも心地よさを覚える目覚めを迎えるのだ。
- ( ω )『変だと笑うかもしれないけど……僕は父様みたいな男になりたいお』
- 川 ゚ -゚)『……』
- 76: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:49:05.55 ID:3Vc1+XSSP
- クーはそっと青年の身体を引き寄せた。
- 自身の黒髪とは似ても似つかない、銀色の毛髪に覆われた頭を豊かな胸に抱きかかえる。
- ブーンもまた、逆らおうとはせず、姉の鼓動の中に身を委ねた。
- 川 - -)『大丈夫、なれるさ。ホライゾンならきっと父様のようになれる』
- ( ω )『……おかしくないですかお?』
- 川 - -)『何がおかしい物か。もし、笑う者がいたらこの姉が蹴り飛ばしてやる』
- ( ω )『……』
- ( ^ω^)『ありがとうですお、姉様』
- 少しの間そうしてから、青年は顔をあげた。
- その表情からは一切の迷いも困惑も消え去っている。
- クーもまた、今ではかつてほど弟の失われた記憶に固執していない。
- 幼き日、生き別れてからブーンが歩んできた日々。
- それが今の彼を形作っている事を理解しているからだ。
- その道が決して間違い、歪んだ物でなかったであろう事は、今の青年を見ていれば自然と分かる。
- 美しい友、頼れる仲間に囲まれ、屈託のない笑顔を見せる最愛の弟。
- 隣には自分の場所もある。これ以上なにを望むものがあろう。
- 『両足のない姉、記憶のない弟』と低俗な陰口を叩く者もいたが、
- 両足を持たぬ事を侮蔑の材料にされても、彼女が怒りを顕わにする事は無い。
- 何故なら、その者は単に事実を述べているに過ぎないからだ。
- もっとも、弟に対する侮辱は鉄脚をもって償わせるのだけれども。
- 77: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:51:30.91 ID:3Vc1+XSSP
- ( ^ω^)『さ、姉様、行きますお』
- 言って、青年は再び四輪車を押し始めた。
- チラ、と己の肩越しに表情を盗み見ると、その頬が微かに赤らんでいる。
- 血の繋がりがあるからこそ感じる照れ臭さと言う物が、この世には確かに存在するのだ。
- 青年がそれを感じてくれている事が、クーには誇らしく、嬉しく。
- そして、彼女自身もやはり少しだけ照れ臭かった。
- 弟が亡き父への憧憬の念を抱き始めている。
- それはあまりにも喜ばしく思える事であり、どうして笑う事が出来よう。
- どうして笑う者を許しておく事が出来よう。
- クーは自然に浮かび上がる笑みを隠そうともせず。だが、ある可能性を思い立って表情を改めた。
- 川 ゚ -゚)『だがな、ホライゾン』
- ( ^ω^)『お?』
- 川 ゚ー゚)『……いや、何でもないさ。では、父様に近づく為の第一歩だ。まずは姉が軍術を叩き込んでやろう』
- (;^ω^)『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
- 大袈裟にあがった悲鳴を背中に聞きながら、クーは膝の上から菓子を取り上げて一口齧った。
- 唯一気になる事といえば、砂漠の老将がさも当たり前のように明かした父の好色癖。
- 皆が皆、人間離れした強さにばかり気が行っていたようだが、穴があったら入って埋めてもらいたい気持ちだった。
- 川 ゚ -゚)。oO(まぁ、ホライゾンならば大丈夫だと思うが……)
- この部分だけはどうか父に似ないで欲しい。
- 黒髪の戦術家は声に出さず呟いた。
- 79: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:53:40.46 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 从 ゚∀从『人売りの砦……』
- 斥 'ゝ')『そーゆーこった。で、ここは一級の“商品”だけを詰め込んだ特等客室でございます、と。おめでとさん』
- 男の言葉に、ハインは全身の血が一瞬で沸き立つのを確かに感じた。
- 鼻の奥がツンと痛くなり、うなじの毛が逆立つ。
- 固く握りすぎた拳から熱が消え去り、爪が肉に食い込んでいるにも拘らず、痛みを感じないのが不思議だった。
- 怒りが視界を狭めようとするが、頭の中だけはやけに澄みわたっている。
- 幾度も考えた事があった。
- 人の誇りを踏み躙る者達を滅ぼす事が出来れば、どれほどの笑顔を守る事が出来るだろう。
- それは、かつての自分をも救う行為であり、【射手】の凶刃に散った者への罪滅ぼしにもなる筈なのだ。
- 今、再び給士は忌まわしい人売りの砦にいる。
- だが、今ここにいるのはあの日の弱く泣き虫だった彼女ではないのだ。
- 隠し持った数本の飛刀を除いて獲物は奪われているが、かつての日々を繰り返させてやるつもりはない。
- 主の命を完遂させる為にも。自身の尊厳の為にも。部屋の片隅で怯え、涙を流している者達の為にも。
- 彼らを一人として許す事は出来ない。
- 双の腕から放たれる流星をもて、その愚かさを後悔させるのだ。
- 从#゚∀从『……一級の商品だ? ふざけやがって』
- 呟き、周囲を見渡す。
- 身を寄せ合い震える者達の中に、船で見かけた顔を幾つか確認した。
- が、その中に船中で蜜柑を分けてくれた老婆や、
- 病の身でありながら故国の父母を案じて戻ろうとしていた青年の姿は無い。
- 彼らのような“商品”とはなりがたい者達の身がどうなったのか? 考える気にもなれなかった。
- 81: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:00:34.38 ID:3Vc1+XSSP
- 最初、船が襲撃された時は当然ハインも抵抗を試みた。
- が、いたる所に人質となる者が転がっている状況ではどうする事も出来ず、彼らの助命を条件に降るほか無かったのだ。
- 人売りが約束を守るなどとは微塵も思っていなかったが、
- 錆びた刃を首筋に押し付けられた老人を前に見捨てる事など、どうして出来ようか?
- 从 ゚∀从『……って事はここはグサノ・ロホの中なのか?』
- 斥 'ゝ')『砦だと言っただろうが。中といえば中だし、外といえば外だ』
- デメララ河の北岸側に【湖塞都市】アーリーが建設された当時、
- グサノ・ロホには街と城外を隔てる壁など殆ど残っていなかった。
- 野犬や、質の悪い病を抱えた流民。何よりも罪を罪とも思わない無法者が自由に出入りしていたという。
- そして【盗賊王】ギリアムの時代に建造された城壁が
- 彼らから今の街を守っているのかと問われれば、そういうわけでもない。
- 何故なら、この時代ギリアムの作らせた城壁は、
- この街の“中央部”を囲うようにそびえているのみだからである。
- 【盗賊王】の時代から続く、人口の急激な増加によって、
- グサノ・ロホの街並みは建て増しに次ぐ建て増しで、まるで迷路のようだ。
- 街が広がるごとに、城壁の外まで溢れ出した家々を囲うように新たな城壁が作られる。
- そうして出来た街は空から見ると、あたかも樹木の年輪のようであり、
- その外周からはみ出した砦の中の一つに彼女達はいるのだ。
- 从 ゚∀从『何者だ、アンタ。随分と詳しいじゃねーか?』
- パー゚フェ『あ、それは執事の嗜みらしいですよ』
- 从;゚∀从『は?』
- 83: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:03:10.55 ID:3Vc1+XSSP
- 从;゚∀从σ『執事だぁ? この胡散臭ぇオッサンが?』
- 斥#'ゝ')『訂正しろ、ちびっこ。俺は胡散臭くもねぇし、オッサンでもねぇ』
- 給士は思わず二度三度まばたきしてから、まじまじと男を見つめた。
- 乾いた血で茶色く染まっているものの、頭に巻いたターバンは確かに元々は清潔な若草色だったようだ。
- が、無精ひげの奥で固く結ばれた薄い唇や、憔悴してこけた頬。
- 剥きだしの上半身は鮮やかなアザをそこかしこに浮かばせていて、戦場に生きる者の身体ではないか。
- また、獰猛な輝きを湛えた瞳は、獣のそれにそっくりに思える。
- パー゚フェ『ご主人様が事件に巻き込まれたそうです。助けに行くつもりだった、と……』
- なおもブツブツと文句を漏らすアインハウゼに代わって答えたのは、パフェと名乗った少女だった。
- 肩から掛けた修道服のフードから、短く切り揃えた茶色い髪が覗いている。
- 背の丈や手足の長さは、給士と似たりよったりであろう。
- 年の頃はおそらく、ようやく15を越えて成人を迎えたばかり、といったところ。
- 身に着けている衣服も、メンヘル族の女性が着用する身体の線を隠す為のローブではなく、動きやすさに重点を置いた様な物。
- 細帯で縛った前開き式の衣や、太腿を剥き出しにした脚絆(きゃはん。ズボンの事)だったから、
- 少女期を抜けきっていないという読みが大きく外れている事は無いだろう。
- 从 ゚∀从『で、逆に捕まったわけか』
- 斥 'ゝ')『ただでさえ事件に巻き込まれやすい体質のクセに、色々と首を突っ込みたがる主人でな。
- 俺自身も高く売れるだろうってんで、刀も鎧も剥がされて……このザマだ』
- 面白くなさげに漏らすアインハウゼの姿に、ようやくハインは全身の緊張を解いた。
- 言っている事が何処まで本当か分からないし、胡散臭い男だと言う気持ちは揺るがないが、
- 不本意ながら囚われているという事だけは間違いが無さそうだ。
- ならば、その1点だけにおいて、手を組めるかもしれない。
- 85: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:05:26.08 ID:3Vc1+XSSP
- 諸兄らの中にも、彼を記憶している者は多いだろう。
- 神聖ピンク帝国の塩商人・シャオランをマスカレイド家に引き込んだ男、アインハウゼ。
- その正体は、法王トマス1世が長女・レモナ=マスカレイドに仕える執事にして、隠密である。
- 先の塩商人は勿論、西部の個人商人が東部に寝返った背後の多くに、彼が関与していた。
- 言わば、トマスが法王戴冠に至るまでの影の功労者であるのだが、それをハインが知る筈もない。
- そもそもからして、今の彼の身恰好は控えめに言っても流民か、身包みを剥がれた自由騎士といった風なのだ。
- とてもではないが【金獅子王】ツン=デレと比肩する権力者に仕える者とは思えない。
- アインハウゼ自身も、己の事は必要最低限の情報しか漏らしていなかった事もあって、
- 給士が彼の正体を完全に読み取る事はできなかった。
- 斥 'ゝ')。oO(さて……随分と面倒な女が来やがったな)
- 寝ていたところを起こされ、気を損ねたそぶりを見せつつも、アインハウゼは慎重にハインを観察していた。
- 勝気な性格……というだけではないだろう。
- どれほど気が強い者であっても、明日の運命も知れぬ牢獄に監禁されて笑ってなどいられない。
- それが出来るのは、気が触れているか……相当に修羅場を潜って来ているか、どちらかだ。
- そして、おそらく彼女は後者だろうと思う。
- つまりは、自身が只の執事ではないのと同じく、彼女も只の給士では無いと言う事だ。
- 斥 'ゝ')。oO(レモナ様……どうか御無事で。シャオラン……俺が行くまで、レモナ様を頼むぞ)
- 彼は山間の戦いの後、スピリタス城西に残った主や友を救出せんと動いていた。
- 法王選定会議の前年より西部を暗躍した技術をもって、アーリー湖から西に向かおうとしていた所を
- 乗っていた商船ごと湖賊に襲われ、囚われたのだ。
- その際、多くの賊を斬殺した為に一時は命を諦めたが、主から下賜された蛮刀に法王の紋が入っていた事が幸いした。
- 人売り達は、彼をただ殺すよりも、モスコーの国教会に売りつける事を思いつく。
- そうして、彼は散々痛めつけられたうえで牢に放り込まれた。
- 傷が癒えるのを待ち、ようやく身体が動くようになったところへ、給士が放り込まれてきたのだった。
- 86: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:07:08.02 ID:3Vc1+XSSP
- これは、彼にとって随分と計算外の出来事だった。
- 何せ、給士の背後に何が潜んでいるかが分からない。
- ラウンジの密偵。神聖国教会の関係者。どちらも考えられるのである。
- この時、運が無かったのは、彼が主の救出に気を急がせるあまり、ヴィップの動きに考えを向けられなかった事だ。
- レモナの妹、アリス=マスカレイドを受け入れている事で、反友好国では無いという認識で止まってしまっている。
- 主の救出後、一時的にでも身を寄せる事になるのだから、友好関係を築いている海の民とヴィップの動きだけは思いを張り巡らせるべきだった。
- そうすれば、短期決着の条件にある聖杯の奪取をヴィップが考えるであろう事や
- 【天翔ける給士】と呼ばれるアルキュ最強の隠密が金獅子王に仕えている事を、すぐに思い出したであろう。
- 从 ゚∀从『で、お嬢ちゃんはどーしたんだ? 随分と肝が据わってるじゃねーか』
- パー゚フェ『私には神がついておられますので』
- 言って、少女はにっこりと笑う。
- パー゚フェ『東で布教と修行を兼ねた旅をしていたのですが、
- モスコーで変事があったと聞き、急ぎ戻ろうとするうちに……捕まっちゃいました』
- ペロリと舌を出す表情には、ゆとりすら感じ取れた。
- きっと、どのような不幸に見舞われても彼女は『神もよそ見をする時くらいある』と受け入れてしまえるのだろう。
- 从 ゚∀从『ま、とにかくハインちゃんはこんなトコで寝る気は無いぜ。とっとと脱出させてもらうわ』
- 言いながらハインは比較的清潔そうな藁を探し、そこに胡坐をかいて座った。
- 広がった給士服の奥が見えぬように押さえ込みながら、木靴の底を外す。
- 両の靴底に隠した、都合6本の飛刀。それを見た、アインハウゼの瞳が、鋭く輝いた。
- 自身を胡散臭いという、奇妙な給士。
- だが、もし彼女が本気で脱走を企てているとするならば、その1点においてのみ手を組む事が出来るかもしれない。
- もしも何らかの罠だとしたら……殺してしまえば良いのだし、どのみち時間が余っているわけでもないのだ。
- 89: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:08:58.75 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『なんだい、ちびっこ。お前さん、逃げる気満々じゃねーか?』
- 从#゚∀从『ちびっこって呼ぶんじゃねーよ。こんなのは当然……。給士の嗜みだ』
- 立ち上がり、トントンと足踏みをして靴底を固くはめ込む。
- 从 ゚∀从『オッサンは逃げねーのか? ご主人が待ってるんだろ?』
- 斥#'ゝ')『オッサンじゃねーって言ってるだろうが。ずっと機会は狙ってんだよ』
- 言ってアインハウゼは周囲を見渡した。
- 部屋の隅で固まっている者達を連れて行く事は出来まい。
- 人数が増えれば危険も増えるし、身を守ってやる約束も出来ないからだ。
- ならば、早急に助けを呼んでやった方が彼らの為。
- 逆を言えば、彼一人であれば脱出できる自信はあったし、庇う者さえいなければ人売りふぜいに遅れをとるつもりもない。
- パー゚フェ『頑張りましょうね!!』
- だが、自身も脱出行に加わるのが当然と考えているらしい少女だけは、連れて行かざるを得ないようだ。
- 足手まといになるであろう事は目に見えているのだが、キラキラと輝く瞳が説得は不可能と主張している。
- なるほど、彼女を連れての檻抜けは、確かに一人では難しそうだった。
- 从;-∀从『お嬢ちゃん。少しは戦えるんだろうな?』
- パー゚フェ『はい!! 護身用の刀は取られちゃったんで、ホントに少しだけですけど……。
- でも、必ずやマタヨシ様がお力をお貸しくださいます!!』
- 斥;'ゝ')『な? ずっとこんな調子だったワケよ』
- 両拳をグッと固めて笑う少女に目をやり、執事は面倒臭そうに重い重い息を吐き出した。
- 90: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:10:17.35 ID:3Vc1+XSSP
- 少女の明朗快活で真っ直ぐな性格は、友として付き合うなら、こちらから求めたくなる程の物だろう。
- 近い未来、宗教家としても人々の尊敬を得られるに違いないとも思う。
- だが、これから給士と執事が挑もうとしているのは、隠密の世界の戦い。
- そして、パフェと言う少女ほどこの分野に不向きな者もいないのでは無いだろうか?
- 信仰心から来る揺るぎない自信。
- 物事に疑いを持たぬ優しさ。
- 真っ白い修道服。
- その全てが、スニークミッションの邪魔になるとしか考えられない。
- 人売りと遭遇した時、真っ先に説教を始めたとしても、2人はきっと驚かないだろう。
- 斥 'ゝ')『……しょーがねぇ。子守は任せるぜ、ちびっこ給士』
- 从#゚∀从『ちびっこって呼ぶんじゃねぇ。もう、物忘れが激しくなってんのか、オッサン執事』
- 一触即発。
- 激しく火花を散らす2人を余所に、パフェは鼻歌交じりで鉄格子に近づいた。
- 両手で鉄の棒をギュウと握り、大きく息を吸い込む。
- 从;゚∀从『念の為に聞くけどよ。何やってるんだ、お嬢ちゃん』
- パー゚フェ『あ。マタヨシ様のご加護があればグニャーって曲がるかなーって思いまして』
- 从;゚∀从『えっ』
- 斥;'ゝ')『えっ』
- ハ;゚ー゚フェ『えっ』
- 从 ゚∀从『なにそれこわい』
- 91: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:11:55.02 ID:3Vc1+XSSP
- 斥;-ゝ-)『いいか、パフェ。何度も説明したが、人の力では鉄は曲げられん』
- パー゚フェ『人の力ではありません!! 神の力ですっ』
- ハインが捕まる以前にも同じような虚しい流れを、幾度か経験しているのだろう。
- 長々と説明するそぶりもみせず、アインハウゼは少女の襟首をつかみ部屋の中央に引き戻した。
- パフェもまた、為すがままそれに従う。
- 斥 'ゝ')『武器になりそうなのは、ちびっこの飛刀だけか。集団を相手にするのはキツイな』
- 从#゚∀从『……途中でオッサンやお嬢ちゃんの武器を入手する必要がありそうだな』
- 斥#'ゝ')『……まぁ、俺達から巻き上げた獲物も売り捌くつもりなら、離れていない場所に倉庫もあるだろうよ。
- あっちに武器やらの倉庫、こっちに俺みたいな“商品”倉庫ってのは売っぱらう時に不便だからな。
- それにしても……ちゃんと飛刀使えるのか、ちびっこ?』
- 从 ∀从『くくく……ここを出たらオッサンとは決着をつけねぇとな』
- 互いに『オッサン』『ちびっこ』と互いのコンプレックスを痛めつけるような作戦会議が続く。
- 時折、給士が押し殺したような笑い声をあげると、それを見守っていた者達が『ひぃっ』と怯えた声を漏らした。
- 役立たずでは無い事をアピールしたいのか、パフェもまた積極的に意見を口に出す。
- パー゚フェ『難しく考える事はありません。邪・悪・必・滅!! 悪・即・斬!!
- マタヨシ様の御威光の前には人売りなど無力に過ぎないのです!!』
- それでも、四半刻(約30分)も経過する頃には基本方針が定まり、3人は顔をあわせて頷きあう。
- 从 ゚∀从『じゃ、ハインちゃんの作戦で行くぜ。悪いがあんたらもちょっとだけ協力してくれ。絶対助けに来るからよ』
- 給士の言葉に、部屋の隅で固まっていた中の数人が、顔を恐怖に引き攣らせながらも首を縦に振った。
- 93: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:14:18.06 ID:3Vc1+XSSP
- きゃあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!
- 突如、絹を引き裂いたような悲鳴があがった。
- 砦中に響きわたったそれを耳にしたのは、おそらく10人前後。
- しかし、即座に反応したのは、そのうちの1人だけであった。
- 人売りA『おいおい、何事だ!?』
- 手にしていたカードを卓に放り捨て、腰を下ろしていた座を倒す勢いで立ち上がる。
- が、その表情はどこか嬉しそうで、彼と卓を囲んでいた2人の男が『やれやれ』とばかりに首を振った。
- 人売りB『何事も糞も……いつもの事じゃねーか。どーせ、また自殺だろ』
- 『勘弁してくれ』と言わんばかりの顔で、自身の手札を放り投げた。
- 山犬の連番が3枚に太陽が2枚だから、勝負手としては悪くない。
- おそらく、先の男の行動を見て、この勝負は流されると読んだのだろう。
- 彼らが札遊びに興じているのは、五歩四方程度の小部屋である。
- 壁は長方形に切り出した石を積み重ねた物。無造作に錆びた剣が立てかけられており、
- 大して高くない天井では竹の油を燃やすランプが赤々と燃えていた。
- 如何にも頑丈そうな樫材の扉が向かい合わせの壁にそれぞれ備えつけられていて、
- 片方が“客室”を連ねた廊下に。もう片方が砦の内部に上がる階段に続いている。
- 調度品の類は殆ど無く、卓の上に散らばったカードと、銀片の山。酒壺が数本。
- それに、誰が何の為に持ち込んだのか分からぬ高価な手鏡が、埃を被って小さな棚の上に捨て置かれていた。
- つまるところ、ここは“商品”の見張り部屋と言うわけだ。
- 神聖国教会軍のモスコー駐屯以来リーマンもメンヘルも【無法都市】の警戒どころではなくなっていて、
- アーリー湖を根城にする湖賊は連日の大収穫と、それを祝う宴会でおおわらわなのである。
- その日の見張り当番である彼らもまた、酒を飲みつつ札遊びを楽しんでいたのだ。
- 94: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:16:09.35 ID:3Vc1+XSSP
- しかし、これは彼らが特別、職務に怠慢と言うわけではないのだろう。
- 何せ、人を買いたがる者は数多くいるのだし、戦乱が続く限り“仕入先”には永劫と困らない。
- 需要と供給の天秤が、悪魔の指先の上で水平に保たれている。
- 努力や勤勉は人売りの持つ辞書には無縁の言葉なのだ。
- 人売りB『賭けるか? 首吊りか、壁に頭を叩きつけたか。舌を噛み切ったってのもあるな』
- 人売りC『面白い。俺は……丸めた布を飲み込んだ、に銀1片だ』
- 言って、もう一人の男が卓に銀を放り投げる。
- 見張りと言っても定刻に“客室”を覗き込むような物好きはいない。
- 精々、恐怖で気の触れた者が暴れ出した時、他の“商品”に傷をつける前に殺すくらいなものだ。
- 『自殺なら勝手にすれば良い』というのが彼らの共通する情けであり、
- 日が昇ってから“客室”を覗き込んだ時に、絶望感から自ら命を絶った死体があれば、引きずり出して湖に放り捨てる。
- それが見張り番の為すべき職務であった。
- 人売りA『だけどよ!! 今日はラウンジの給士や、法王庁の紋が入った剣を持ってたオッサン……上客が多いんだぜ!?
- もし、何かあったら俺達があとで責任とらされるんじゃねーのか!?』
- が、この時最初の男は必死になって2人を説得にかかった。
- 彼の手元に詰まれた銀の山は他の2人と比べて数段低くなっていて、賭け事の女神に嫌われているのであろう事が一目で分かる。
- 何とかして今回のゲームをうやむやにしてしまいたいのだろう。
- そんな態度がありありと見えていたから、2人は追い払うように手を振りながら答えた。
- 人売りC『行くなら一人で行けよ。付き合いきれねぇ』
- 人売りA『へへっ。今回こそは勝てるカードだったんだけどな。俺も運がねぇぜ』
- 己の不運を嘆きつつも嬉しそうな顔で、男は笑う。
- 油を染み込ませたボロを巻いた松明に天井のランプから火を移し、いそいそと“客室”へ繋がる扉をくぐっていった。
- 96: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:18:03.64 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りA『うるせぇぞ、クソども!! 痛い目見ねぇと静かに出来ねぇのか!?』
- 怒鳴りつけると同時に、赤錆の浮いた長剣の腹を鉄格子に叩きつけた。
- がぁん、と耳障りな音が鳴り響き、身を寄せ合っていた者達が悲鳴をあげる。
- 恐怖に身を震わせる姿と、自身が絶対的優位にあるという思いが、下卑た自虐心を満たした。
- 牢の中には、性別関係なく“商品”が詰め込まれている。
- このような状況下で性的なトラブルを引き起こせる者など存在しないだろうと、彼らなりの計算もあったし、
- それならそれで退屈な見張りの時間を潤してくれる上等の見世物になると言う考えもあるからだ。
- カード遊びの鬱憤を晴らせるような事件が起きていてくれれば……とかすかな期待を持って、鉄格子の中を覗き込む。
- 人売りA『あ? 何やってやがるんだ!?』
- 部屋の中央では、数人の男達が必死に藁をかき集めている。
- その山の中から、給士服の袖から伸びた細い腕が、覗いているのが分かった。
- 頭に血の滲んだターバンを巻いた男が、作業の手を休めず、すがるような視線を人売りに送る。
- 斥;'ゝ')『新入りが寒痛の発作だ!! 舌を飲みかけてやがる!! 何とかして暖めないと死んじまう!!』
- それを聞いて、湖賊の男はすぅと目を細めた。
- 確かに、絶望的な恐怖から心身に異変を及ぼす“商品”も、決して少なくはない。
- が、数刻前まであれほど激しく自分らを睨んでいた女が、こうも早く壊れるだろうか?
- 常に不遜な態度を崩さず、鉄格子の奥から自分らを嘲り笑っていた男が、こうもパニックに陥るだろうか?
- 彼の経験では……答えは、否、だ。
- 故に人売りは心の中で笑みを浮かべて。表面上は牢の中の者達が納得する程度の狼狽ぶりを見せて、言う。
- 人売りA『冗談じゃねぇぞ!! そいつは結構な高値で売れる代物なんだ!! どうすりゃぁいい!?』
- 98: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:21:23.50 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『何でも良い!! 毛布か何か……身体を暖めるものを!!』
- 人売りA『分かった!!』
- ターバンの男の視線が、自身の腰に下がった鍵の束に注がれているのを、チラと確認して走りだした。
- 廊下の隅に置かれた棚から、何年もそのままであっただろう埃臭い毛布を引き出す。
- 鉄格子に背を向けているとは言え、笑いを堪えるのに必死だった。
- 人売りA。oO(馬鹿が。その手はお見通しなんだよ)
- 急病人が出た事を理由に自分をおびき出し、鍵を奪うつもりだろう。が、その程度の作戦ならば、かつて何人も実行しようとした者がいる。
- そして、その度に彼らは自身の軽率な行動を悔い、自分が既に人間ではなく“商品”である事を理解するまで痛めつけられるのだ。
- 人売りA。oO(……その前に、少しはサービスしてやらねぇとな)
- 抱えた毛布で口元を隠し、舌なめずりをする。“商品”の反逆は彼らのルールでは大罪だ。
- 高値で売れるであろうとは言え、随分と自分達を見下してきた男に懲罰をくわえられる絶好の機会であったし、
- 緊急の事態に新入りの給士が何らかの“事故”に巻き込まれても、咎める者はいない。
- 積極的に牢に入って“商品”に手を出すのは禁じられているが、それが緊急時の事であれば見張り番の特権。
- 役得として黙認されているのだ。
- 人売りA『おら!! そっちからも引っぱりやがれ!!』
- 斥 'ゝ')『分かった!!』
- 松明を持たぬ方の片腕だけで、丸めた毛布を鉄格子の隙間から入れるのに手間取っている風に見せながら、声をかける。
- 千載一遇とばかりに男が駆け寄ってきた。
- その手が毛布の影から、鍵の束に伸びて……
- 人売りA『……なんて、言うとでも思ったか? 甘いんだよ』
- 100: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:23:13.94 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りA『おらぁっ!!!!!』
- 鉄格子越しに、男の身体を渾身の力で蹴り飛ばす。
- 拘束する際も随分と痛めつけてやったし、監禁生活で弱まっていたのだろうか。
- アインハウゼの身体は、湖賊が思っていた以上の勢いで地を転がり、真向かいの壁に激突した。
- 人売りA『馬鹿が。使い古された手ェ使いやがって』
- 言いながら、腰から外した鍵の束を、これ見よがしに指先で回してやる。
- そうこうするうちに、騒ぎが気になったのか、残る2人の男が見張り部屋の扉から顔を出した。
- 人売りA『へへへ……。おい、反乱だ』
- その一言で全てを察したのだろう。
- 男達は品性という単語とは全く縁のない笑みを浮かべ“客室”へ歩を進める。
- 彼らから少しでも遠ざかろうとするように、牢の隅の者達は限界まで身を縮めこませた。
- 人売りC『賭けは外れちまったか……クソッタレ』
- 人売りB『金はいらねぇぜ。その代わり、先にやらせてもらうからよ』
- 鉄格子の錠を開け、3人の男が牢内に踏み込む。
- 『賭けに負けた』と漏らした男が入口付近に待機し、もう一人の男が床でうずくまるアインハウゼに歩み寄った。
- 最初の男は壁に松明を掛けると、何の躊躇いもなく部屋の中央に小高く積まれた藁の山へ足を進める。
- 己の運命を察しているのだろう。
- 藁山から飛び出した給士服から伸びる腕は小さく震えていて、男はこれ以上は無い程に股間がいきり勃つのを感じた。
- その口の中で涎が、にちゃあと糸を引く。
- 人売りA『さぁて、可愛いお顔を拝見させてもらうかな。
- 安心しろ。すぐに気持ちよくしてやるから……よぉっ!!!!!!!』
- 101: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:25:24.62 ID:3Vc1+XSSP
- 吼えると同時に、藁の山を薙ぎ払った。
- その単純な一撃で小山は払い飛ばされ、牢内に藁屑が舞い上がる。
- だが。
- 少女『ひ……ひぃっ』
- 現れたのは、黒衣の給士服ではなかった。
- 確かに、肩口から先には、縦に裂いた給士服の腕部が巻きつけられている。
- が、少女が身につけているのは、どこにでもある前重ねの平民服であった。
- 予想外の光景に一瞬、人売り達は唖然とする。
- ハ#゚ー゚フェ『とりゃああああああああああっ』
- 人売りA『ぐぉっ!?』
- その隙に、部屋の隅に身を潜めていた、修道服の少女が襲いかかった。
- 肩からぶつかるように渾身の体当たりを喰らわせると、倒れた身体に馬乗りになる。
- その時には既に勝負は決していたと言うべきだろう。
- 完全に優位に立っていたと思い込んでいたが故、人売り達は“ありきたりな作戦”の先の可能性まで読み取る事が出来なかった。
- 慢心せず、固く牢の錠前をおろしていれば良かったのだ。
- 勝ったと考えてしまった時、人は敗者に成り下がる。深く暗い落とし穴の蓋を踏み抜いてしまっているものなのだ。
- 斥 'ゝ')『へっ。やるじゃねーか。ちびっこ』
- 己を殴打せんと近づいてきた人売りの足をつかんで引き倒し、背後からしがみついたアインハウゼが、素直に感嘆の言葉を漏らす。
- 人売りの首には“商品”の自由を奪うための鎖が巻きつけられ、その顔は赤黒く変色を始めていた。
- この作戦の考案者は【天翔ける給士】ハイン。
- そして、相手の慢心を誘い勝利を手にするのは、彼女の主が最も得意とする作戦である。
- 103: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:28:06.56 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りC『……っば……がじ……っ……』
- そのハインは、入口付近に留まっていた人売りを相手にしていた。
- あらかじめ鉄格子をよじ登り天井に張り付いていた彼女は、戦いが始まると同時に真下の男に飛びかかっていたのだ。
- 肩車のような体勢から、両足を男の首に絡めつけている。
- 从#゚∀从『……っらぁっ!!』
- 当然、男は肩の上の給士を払い落とそうと、もがき暴れるが、気合一閃。
- 前転の要領で身を躍らせたハインによって、あえなく石床に叩きつけられる。
- 給士の両足から解放され、咄嗟に立ち上がろうとした時には、その鳩尾に全体重を乗せたハインの膝が叩き込まれていた。
- 斥 'ゝ')b『完璧、だな』
- 从 ゚∀从b『この程度……お互い、“嗜み”だろ?』
- アインハウゼの足元には、首をあり得ぬ向きに捻じ曲げられた人売りが、血の泡を吹いて痙攣している。
- 彼もまた、自身の“担当”を無事にこなしていた。
- 斥 'ゝ')『殺るか?』
- 从;-∀从『……いや、出来れば殺さないでやってくれ。殺しは嗜まない事にしてるんだ』
- つまらなそうに鼻を鳴らすと、アインハウゼは床に力無く転がる男の身を引き起こし、首に腕を巻きつけた。
- ごきん、と音がした後に人売りの身体が一瞬大きく震え、鼻からどろりと血があふれ出す。
- 後になって男が息を吹き返した時、危険に晒されるのは自分だけではないから、判断が正しいのはアインハウゼであろう。
- それでも、やはり給士はもう二度と人を殺したくないと思う。許すつもりは無いが、改心の機会だけは与えてやりたい。
- 彼女自身がそうであるように、人とは生きてさえいれば幾らでも変われるものだと信じるからだ。
- 斥 'ゝ')『さて。じゃ、作戦通り、道案内はパフェが押さえてるヤツにさせるとしてだな……』
- 106: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:41:01.39 ID:3Vc1+XSSP
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『お……びゅっ!! ぼぅ……やびぇっ!!』
- 从 ゚∀从
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『ぶふぇっ……死んだゃぶ……許しぶぇ』
- 斥 'ゝ')
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『お……ぶぇ……』
- 从 ゚∀从
- 斥 'ゝ')
- ハ#゚ー゚フェ ガッシボッカ!! ガッシボッカ!!
- 人売りA『…………』
- 从ii゚Д从『なん……だと……?』
- 108: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:44:21.77 ID:3Vc1+XSSP
- 斥ii'ゝ')『おいやめろ』
- ハ#゚ー゚フェ『ふーっ!! ふーっ!!』
- アインハウゼが力任せに、馬乗り状態の少女を人売りから引き剥がした。
- その顔面は真っ赤な果実のように歪に変形し、砕けた頬骨が突き出しているかと思えば、眼窩骨は陥没している。
- 当初、顔を守っていたであろう両腕の骨も完全に砕かれ、反物の様にだらしなく石床に広がっていた。
- 道案内どころか、この男が現世の大地を歩む事は2度とないだろう。
- 斥;'ゝ')『……道案内が』
- 从;゚∀从『……撲殺しちまいやがった』
- 呆然と立ちすくむ給士と執事を余所に、少女は息を整える。
- 点々と返り血を浴びた顔の前に、赤く染まった拳を構えると、無邪気に笑った。
- ハ*゚∀゚フェo『神の御意思です!! 邪悪必滅!! 悪即斬!!』
- 从ii゚Д从。oO(神様ってこえぇ)
- 斥ii'ゝ')。oO(馬鹿言うんじゃねぇ、ちびっこ。こいつは例外だ!!)
- 大のおとな同士であっても、素手で相手を殴り殺す事は困難を極める。
- 少女の細腕でそれが可能とも思えず……2人は思わず顔を見合わせた。
- 相当、執拗に。“神の意思”に従って殴り続けたのだろう、と思う。
- あまりにも予想外の撲殺劇であった。
- それでも、見張りの全員を行動不能にしてしまう事は想定内であったから、給士と執事は何とか気を取り戻した。
- 首から上を熟れきったざくろの様に変形された死体から鍵の束を取り上げ、手首の鎖を外す。
- 廊下の棚から引き出した毛布で3つの遺体を包むと、なおも怯える男女を残して牢を出た。
- 110: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:48:11.92 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 見張り部屋を出た3人は、砦内部とおぼしき石床の廊下を進んでいた。
- 途中、木板を貼っただけの階段を見つけたが、やりすごす。
- 囚われた時、目隠しこそされていたが20段ほどの階段を登り、しばらく廊下を進んだ後に今度は階段を下ろされた。
- つまり、現在地は1階であり、このフロアのどこかにデメララ河かアーリー湖への出口が存在すると予想しての行動である。
- 逆に、階段を登って行った場合、湖賊達の居住フロアに顔を出す事も考えられた。
- そして、取り上げられた武装品の類も、人売り達が金に替えようと考えていれば、この階にある可能性が高い。
- アインハウゼが言ったように、その方が取引の際に好都合だからである。
- 売却予定の商品倉庫と外部の間を階段が妨げているというのは、どう考えても利便性に欠けるだろう。
- 斥 'ゝ')『ろくでもねぇクソ刀だ。こんなんじゃ斬るどころか、殴る事しかできねぇぜ』
- 先頭で両手に錆びだらけの剣を下げた執事が、囁くような小声でぼやいた。見張り小屋の壁に立てかけられていたものである。
- 彼は剣だけでなく、天井でランプをぶら下げていた針金や、手鏡まで持ち出していた。
- パー゚フェ『わたしも、自分の刀を返して欲しいです』
- 从;-∀从『ハインちゃんは、とっとと荷物を取りもどして……着替えてぇよ』
- その背後には、やはり赤錆の浮いた剣を手にしたパフェが、ランプで道を照らしている。
- 唯一、湖賊の武器を手にする事を拒んだハインは最後尾だ。
- 腐りかけた藁を敷き詰めた牢の中は、清潔好きの彼女にとってあまりに不愉快な環境だったのだろう。
- しきりに、髪や服の匂いを気にしている。
- 更に言えば、作戦の為とは言え片腕部分を切り捨てた給士服。
- その、むき出しになった二の腕の方が気になっているのだろう。
- アインハウゼもパフェも口に出さないが、彼女の肌にはかつて【闇に輝く射手】と呼ばれた頃から刻み付けられた、幾多の傷跡が残っている。
- それを人目に晒すという事が、どうしてもハインは堪えがたく感じてしまうのだ。
- 113: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:50:57.31 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')。oO(このまま進むと、曲がり角か。向こうに人がいたら、気付かれちまう。灯りを最低限まで絞ってくれ)
- パー゚フェ。oO(はい、分かりました)
- ようやく聞き取れる程度の指示に従って、少女がランプのシャッターを下ろした。
- それまではランプのともし火を中心に暖かく照らされていた彼らの周囲の空間が、灯り一つ無い廊下の薄闇と混ざり溶ける。
- たっぷり20ほど数えて暗闇に目を慣らさせてから、執事は歩みを再開した。
- 从 ゚∀从。oO(……)
- ハインは思う。
- 執事アインハウゼと言う男は相当に優秀な隠密であるようだ。
- 靴の底に毛皮でも貼り付けているのか、音も無く滑るように歩を進める。
- 石床に無造作に積まれた薪の山や、水がめ。ガラクタの並んだ棚などを見つけると
- 背後の2人を押し止め、その影に潜んでいる者がいないか注意深く探ってから行動に移った。
- 一口に隠密と言っても、ハインが得意としていたのは暗殺業務であり、潜入捜査などの分野では流石兄弟に遥かに劣る。
- 神速の移動術・瞬歩法の使い手であるメリットが、この部門における両者の穴を埋めてはいたが、
- 純粋な技術だけで見れば、やはり【金剛阿吽】の兄弟に大きく差をつけられているのは否めないのだ。
- そして、この男は間違いなく、潜入捜査に長けた隠密。
- 傲慢で憎たらしいところもあるが、その技量が今はありがたかった。
- 少なくとも、自分ひとりであったら、瞬歩を多用した力押しでの脱出しか出来なかっただろう。
- しかし、これ程の手腕を持つ隠密を従える者は、一体どのような人物なのであろうか。
- 斥 'ゝ')。oO(しーっ。静かにしろ)
- 廊下の曲がり角、手鏡を使って進路を確認していた執事が、人差し指を唇にあてて注意を促す。
- そっと鏡を覗き込むと、闇の中。真っ直ぐ伸びた廊下の突き当たりに、てのひら大の光が浮かび上がっているのが目に見えた。
- その光によって周囲はぼんやりと明るくなっており、どうやら小窓を備え付けた扉があるようだった。
- 117: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:53:07.91 ID:3Vc1+XSSP
- 从 ゚∀从。oO(人がいるな)
- 斥 'ゝ')。oO(あぁ、少なくとも3人)
- 扉の向こう側で火を灯している事から給士はそう判断し、
- 彼女ですら聞き取れなかった人の声を聞きあてた事から執事はそう断定した。
- 从 ゚∀从。oO(どんな感じだ?)
- 斥 'ゝ')。oO(………………笑ってやがるな。こっちに気付いてる様子は無さそうだ)
- 幸い、突き当りまでの道に物影は無く、人がいる様子も無い。
- 小さな鼻から息を吹き出し、給士は緊張を緩める。
- 从 ゚∀从。oO(どーすんだ、オッサン?)
- 斥 'ゝ')。oO(俺が様子を見てくる。あと、俺はオッサンじゃねぇ!!)
- パー゚フェ。oO(高らかに聖歌を歌いつつ、正面から突貫しましょう。我らには神の御加護があるのです)
- 一部の積極的意見を黙殺し、執事は一人動き出した。
- 慎重に壁や床に罠が仕掛けられていないか、調べながら歩を進める。
- たっぷりの時間をかけて、10歩ほどの廊下を移動した。
- やがて無事、突き当たりに辿り着くと、まずはそっと扉に耳をつける。
- 斥;'ゝ')。oO(……)
- 声が発せられる位置から室内の人の位置を確認し、それからようやく扉に背をつける姿勢で小窓を覗き込んだ。
- 表面を軽く炙って曇らせた鏡があれば、光を反射させる事も気にせず中の様子を映す事も出来るのだが、贅沢は言えまい。
- 自身の顔が小窓を塞いでしまう事がない様、細心の注意を払わねばならなかった。
- 119: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:55:08.38 ID:3Vc1+XSSP
- 从;゚∀从。oO(……)
- 当然、離れた場所で待機する給士達には、部屋の中の様子など分かりようも無い。
- 己の背後にも気を向けながら、執事が戻るのを待つしかないのだ。
- 時折、首を伸ばすように中を覗いていたアインハウゼが、バッと身を翻すたび、思わず駆け出しそうになる。心臓が口から飛び出しそうになる。
- そして、少しの間。石のように動かなかった執事が再びソロソロと小窓に顔を近づけるのを確認してから、
- やっと飲み込んでいた息を吐き出せるようになるのだ。
- 衣擦れの音をたてる事すら躊躇われるような、緊張した時間が過ぎていく。
- 部屋の中の状況を調べ終えたアインハウゼが戻ってきた時、2人は脱力して座り込んでしまいそうになっていた。
- ハ;゚ー゚フェ。oO(どうでした?)
- 斥;'ゝ')。oO(正面と左側にも扉がある五歩四方の小部屋だ。……左側の扉は鉄製だな)
- 从;゚∀从。oO(……? 詰め所か?)
- 斥;'ゝ')。oO(いや、おそらく事務所だな。中で爺さんが良くわからねぇ書類に埋もれて……こいつは小さな鐘を手元に置いている。
- 正面の扉は食料庫に繋がってるらしい。急に人が出てきて目が合いそうになった。肝を冷やしたぜ)
- 答える執事の額にも、脂汗が滲んでいる。
- 囚われているのが彼らだけであれば、ここまで慎重をかさねる必要も無い。
- が、一つの落ち度が牢の中で震えている者達の命を左右すると思えば、どれほど気を張り巡らせても足りる事は無いだろう。
- 从;゚∀从。oO(って事は、騒ぎが大きくなったら援軍ゾロゾロってワケか。逃げるなら……左が外に繋がっていそうだな)
- 斥 'ゝ')。oO(同感だ。爺さんの他には、たぶん護衛……これが2人だ)
- その言葉に、ハインは深く頷く。
- 从 ゚∀从。oO(ここはハインちゃんに行かせてくれ)
- 121: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:57:39.74 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- きぃ…………。
- 軋んだ音を立てて、扉が開いた。
- 部屋の中で新たに仕入れた“商品”の帳簿をまとめていた老人、それに皮鎧を着込んだ2人の男が、ビクッと一斉に目を向ける。
- が、視界に映るのは、部屋から漏れた灯りに照らされた無人の廊下。
- その先には闇が広がっている。
- 3人の男達は、胸を撫で下ろし、自身の失態を誤魔化すかのように軽口を叩き始めた。
- 人売りD『畜生!! おどかしやがって!!』
- 人売りE『全くだぜ!! この扉、イカれてるんじゃねーのか!?』
- 老人『アーリー湖が間近だからのう。そろそろ寿命なんじゃよ』
- アインハウゼが睨んだよう、ここは商品管理事務所だった。
- 3つの扉はそれぞれ、アーリー湖・食料雑貨倉庫・奴隷収容倉庫に繋がっている。
- それらの資財を全て管理し、売却するか保管するか決定するのが老人に与えられた職務であった。
- 攫って来た者達は、その全てが売却されるのではなく、砦内の雑務用に残される者も少なくない。
- が、老人は自らの意思で人売りに手を貸していた。
- 金銀が積み重なっていく光景を見る事だけに、喜びを感じる質の男である。
- 老人『ほれ、とっとと扉を閉めてくれ。“売り物”どもの匂いが臭くてたまらん』
- 急かされ、老人の護衛の一人が憎々しげな笑みを浮かべ扉に歩み寄る。
- ノブに手を伸ばした時、ふと廊下の闇の中に輝く物を見た気がして─────
- 人売りD『え?』
- 122: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:59:34.88 ID:3Vc1+XSSP
- 次の瞬間、男の視界は燃えるような赤に包まれていた。
- いや、視覚だけではなく、両眼が燃えるような激痛に襲われている。
- 思わず悲鳴をあげようとした刹那、何かが彼の喉を突き、弾き飛ばされたと感じた時には気を失っていた。
- 人売りE『なっ!?』
- 叫んだつもりであったが、彼もまたやはり、声を上げる事は出来なかった。
- 目に映ったのは、両の目に飛刀を突きたてられ、血を吹き上げる男の姿。
- その喉を蹴り潰して踊りこんできた黒い影。
- そしてその時、既に彼は眉間の中央を飛刀に撃たれている。
- 視界が暗くなり、膝から崩れ落ちた。
- 老人『ひょっ?』
- 老人の動きは、年齢の割りに機敏と言っても良い物だっただろう。
- 何かが起きたと考えるより早く、右手は人を呼ぶ為の鐘を掴んでいる。
- が、それを振るって鳴らそうとした時には、手の甲を何かが貫いていた。
- 手を滑り落ちた鐘が石床に衝突しそうになったのを影がすくいあげる。
- 気付いた時には後頭部をつかまれて、書類の山の中に顔を押し付けられていた。
- 从 ゚∀从『動くなよ、爺さん。これ以上痛いのは嫌だろ?』
- 老人『……』
- 老人に襲撃者の顔を見る事は出来なかった。
- もし、顔をあげていれば、彼はかつてこの【無法都市】グサノ・ロホ中央部で
- 徹底的に心を破壊された少女が成長した姿を見る事が出来ただろう。
- すぅ、と伸びた指が、頚動脈を押さえつける。
- 正確に5秒後、老人もまた先の2人同様、意識を失った。
- 最後に見たのは、のんびりと扉を潜ってきた上半身裸の男と、修道服の少女……。
- 125: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:01:00.79 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 斥 'ゝ')『3人を瞬殺かよ……瞬歩法ってのは聞いた事はあったが初めて見たぜ』
- ハ;゚ー゚フェ『怖い人ですねー』
- 从;-∀从『殺してない。それに、お嬢ちゃんに怖いって言われたくねーよ』
- 老人と2人の男は、アインハウゼの剣によって左胸を貫き、殺された。
- 心の臓を刺されただけでは、人は即死しない。
- 本来であれば首を刎ねておきたかったが、錆びついた剣ではそれが出来なかったのである。
- 斥 'ゝ')『それにしても……この島では、只の給士が瞬歩なんざ使いやがるのか?』
- 从 ゚∀从『……給士の嗜みだ。オッサンこそ、まるで隠密みてぇだぜ。ホントに執事かよ?』
- 斥 'ゝ')『っ!! ……執事の基本だ』
- それだけ答え、アインハウゼは給士に背を向けた。
- 無造作に正面の扉を開き、中を覗き込む。
- 斥 'ゝ')『塩漬けの魚の匂いか……? やはり、食料庫らしいな。ここで待ってろ。一人で見てくる』
- パー゚フェ『一人じゃ危ないですよ』
- 少女の声を無視して、身を滑り込ませる。
- 『この島では』という言葉は、明らかに執事の失言であった。
- 何気なく口から出た一言であったが、少なくともアルキュ島に住む者が使う言葉ではない。
- 自身が外部からやって来たと明かしているような物である。
- その失言に気付いたが故、彼は動揺を隠す為に、ひとり行動をせざるを得なかったのだ。
- 126: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:03:22.96 ID:3Vc1+XSSP
- ハインとアインハウゼ。彼らは共に隠密であるが、その目的は必ずしも一致していない。
- 給士は聖地管理者の証たる聖杯の探索の為。
- 執事は主の身を救い出す為、モスコーを目指していた。
- ハインは思う。
- 从 ゚∀从。oO(胡散くせぇ……。まさか、国教会の連中が何か企んでるんじゃねぇだろうな?
- あれ程の腕なら、それ位のもんに仕えてても不思議はねぇぜ)
- アインハウゼは思う。
- 斥 'ゝ')。oO(まさか、ラウンジの隠密ではあるまいな? いや、国教会に仕えている可能性も捨てきれん。
- レモナ様を救い出し、友好国の妹者か……アリス様もいらっしゃるアルキュ王の所まで送り届ける。
- それまでは、我が正体を国教会に知られるわけにはいかんのだ)
- そう。
- ハインは、アインハウゼが執事であるかどうかすら疑っているし、その目的すら怪しんでいる。
- アインハウゼは、主の身を案じるあまり、ヴィップが聖杯探索者を送り込んだという考えに至っていないのだ。
- 互いの正体を明かしあっていれば、警戒心を抱くどころか手を組む事も出来るのだが、それが出来るはずもない。
- 何故なら、この島の運命と主の救出。共に僅かな失敗も許されぬ作戦に挑んでいるからだ。
- 彼らには強大な敵がいる。神聖国教会とラウンジである。
- もし、彼が。彼女が、それらの陣営に属する者であったら……身を明かす事は作戦の失敗に直結しかねない。
- ラウンジ風の給士服。南の大国の出身者。卓越した技量。
- 互いに何かを隠している事は気付いているし、不幸にも、彼らには疑いを抱く材料が多すぎた。
- そして、自身が目的を隠していると言う意識が、楽観的な考えに辿り着く事を許さない。
- そのうえ、この無法の砦を抜け出るのに必要な優れた技術が、更なる疑念を呼び起こすのである。
- 128: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:05:21.36 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『やっぱり、食糧倉庫だな。デカい瓜があったから投げれば武器になりそうだが……』
- 从;-∀从『いらねぇよ。給士の美学に反する』
- 斥 'ゝ')『だとしたら、あと武器になりそうなのは油だな。だが、これだけ目の荒い石床じゃ滑らせるのにも使えねぇし、
- 火でもつけようもんなら、留守番してる連中まで蒸し焼きになっちまう』
- やがて、程無くしてアインハウゼが帰還した。
- その顔からは、完全に動揺の色は消え去り、ハインも表面上は友好的に答えを返す。
- ハ;゚ー゚フェ『……お腹空きましたね。偉大なる神はここでご飯を食べろと言っている気がするのですが……』
- 斥 'ゝ')『馬鹿言ってんじゃねぇ。どのみち、やはりさっきの階段が居住フロアに繋がってるんだろうな』
- となると、進行ルートは一つに絞られる。
- 从 ゚∀从『こいつを見た限りじゃ、他に備品倉庫ってのもあるみたいけどよ……』
- 給士が、老人が抱え込んでいた書類を覗きながら言う。
- 決して丁寧な字ではないが、それなりに分かりやすく纏め上げていた様だ。
- 何故、この才能を人売りの為などに使ったのか……理解に苦しむ。
- 斥 'ゝ')『この先にある事を願うぜ』
- 執事の言葉に、ハインとパフェは強く頷いた。
- 倉庫関係は1階にある筈、と言う読みはこれまで完全に的中している。この先も、そうであって欲しかった。
- 背後から襲われぬよう、食糧倉庫と奴隷倉庫。2つに繋がる扉の前に背丈大の書類棚と事務用の卓を移動させた。
- 扉は廊下側に開く為、腰までの高さしかない卓など簡単に乗り越えられてしまうだろうが、時間稼ぎにはなるだろう。
- 作業を終えると、3人は残された最後の扉を静かに開いた。
- 130: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:06:55.15 ID:3Vc1+XSSP
- ハ*゚∀゚フェ『あ』
- 少女は思わず声を漏らしていた。
- おおよそ30歩程の廊下は、道幅が今までと比べて倍近くに広がっている。荷車を2台並べて通る事も出来るだろう。
- 両左右には2つずつ扉が並び、壁や足元はやはり長方形に切り出した石を互い違いに並べた物。
- 木貼りの天井にはランプを掛ける針金がフック状につけられているが、人気の無い今は当然、火は灯されていない。
- それでも廊下の突き当り一面が観音開きの重厚そうな大扉になっているのが見てとれた。
- 膝をついてランプで床を調べていた執事がボソリとこぼす。
- 斥 'ゝ')『随分と車輪の跡がついてやがるな。って事は、あの大扉の向こうは……』
- アインハウゼの言葉を聞かずとも、終点が近い事が分かった。
- ここはおそらく、砦の主要倉庫だ。
- そして、大扉の奥にはアーリー湖が、水面に月を映し出している事だろう。
- 澱んでいた空気が新鮮な水の香りを含んでいるのが、その証拠だ。
- 斥 'ゝ')『……ここまでは順調に来たが、この先は大勢でお出迎えかもしれねぇぜ』
- ハ;゚ー゚フェ『うー。神の御加護が在れば怖くありませんが、やっぱり自分の刀がないと心細いです』
- 少女の意見は給士と執事の心中も代弁している物だったから、彼らは躊躇いなく左右の扉を調べ出す。
- 最初の扉にはやはり小窓がつけられており、灯りも漏れていなかったから警戒は必要なかった。
- 錠も備わっておらず、侵入も楽ではあったが、放り込まれた資財もたかが知れた物ばかり。
- 水に濡れた書の束や、縁の欠けた壺。竹筒や、汚れたままの衣が山となっている。
- 囚われた時、衣服を剥がれる事はなかったのだが……これらの持ち主は何処へ行ってしまったのだろう?
- 2つ目。3つ目の倉庫もまた、似たようなもの。
- かすかに諦めの気持ちがよぎるが、最後の扉を前に執事がニィと笑う。
- 斥 'ゝ')『見つけたぜ。ここに違いねぇ。執事の勘が言ってやがる』
- 132: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:08:42.65 ID:3Vc1+XSSP
- その扉は、先の3つの物とは明らかに違っていた。
- まず、四辺が鉄で補強されている。
- 中を覗き込む小窓が無く、大人の指を突っ込めそうな鍵穴が、青く錆びた金属製のノブの下に付けられていた。
- 从 ゚∀从『……なぁ、オッサン。やりづらくねぇか?』
- 斥;-ゝ')『黙ってろ、ちびっこ。気が散る』
- 从 -∀从『あー、そうかよ』
- 斥;-ゝ')『暗いな。もう少し、明かりを近づけてくれ』
- 見張り小屋から持ち出した針金を使って開錠に挑んでいるのは、執事アインハウゼだ。
- が、その姿勢が変わっている。
- 扉の前で身を屈め、鍵穴を直接覗き込むのではなく
- わざわざ手鏡に映し出した鍵穴を覗きながら針金を回しているのだ。
- 壁に右肩を押し付け、手首も無理な角度に捻っている為か
- 今までのこの男では有り得ぬほどに動きがぎこちない。
- 彼の頭の上では、ハインが言われたとおり、ランプで手元を照らしている。
- 間近で火に炙られて、執事の額には玉のような汗が浮かんでいた。
- 斥;-ゝ')『…………ちっ』
- 耳を澄ませば、執事の操る針金が、カリカリと鍵穴を探る音が聞こえた。
- 指先に感じていた確かな手応えが突如失われる感覚は、釣り針にかかった魚に逃げられた時に似ている。
- その度に、執事の口からは小さな舌打ちが漏れ出た。
- 135: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:11:11.80 ID:3Vc1+XSSP
- ハ;゚ー゚フェ『あの……わたしも、時間が勿体無いと思うんですが……』
- 斥;-ゝ')『うるせぇ。扉の正面に立つなって言っただろうが』
- なかなか開かぬ鍵に、苛立ちが募る。
- 無理な姿勢を長時間とり続けている為、傍目から見ても指先がこわばっているのが分かる。
- それでも、彼は体勢を改めようとしなかった。
- 从#゚∀从『なぁ、オッサン!! いい加減に……』
- 数度、同じようなやり取りを繰り返し、ハインが癇癪を爆発させかけたところで、
- 執事の指先がカチリと確かな感触を捕らえた。
- そして、その瞬間。
- ハ;゚ー゚フェ『っ!?』
- 渇いた音を響かせて、アインハウゼが手にした手鏡が粉々に砕け散った。
- 開錠に挑んでいた扉の、ちょうど真向かい。木製の扉に鉄製の短矢が突き刺さり、小刻みに震えている。
- 突然の事に何が起きたのかも分からず、少女はただただ立ちつくすしか出来なかった。
- 从;゚∀从『え……? あ、もしかして……』
- 徐々に気を取り戻し、頭が動き始める。
- その矢が何処から放たれた物なのか。鍵穴を直接覗き込んでいたらどうなったか。扉の正面に立っていたらどうなったか。
- 考えるだけでぞっとした。
- それでようやく、2人は執事の行動の意味を知ったのである。
- 斥 'ゝ')『俺が人売りの親玉だったら、身内だけは絶対に信用しねぇな。この程度の罠は必ず仕掛ける』
- 矢がかすめたのだろう。人差し指に浮かんだ血を舐めながら、事もなさげにアインハウゼは呟いた。
- 137: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:13:21.85 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 从*゚∀从『あ、ああ、あああ、あった!!』
- 扉を開くや否や、思わず踊り出したい気持ちを押さえ込んで、給士は飛びついた。
- シャッターを全開にしたランプの光に、愛用の竹箒。飛刀を鱗のように縫い付けたペチコート。
- 見慣れた旅具が積み上がっている。
- 旅具を紐解くと、丁寧に折りたたまれた黒の給士服が仕舞いこまれていて。
- 囚われてからさほど時間が経過していない為か、全く手を付けられていないようだった。
- 斥 'ゝ')『あんまり騒ぐんじゃねーぞ。……まぁ、大丈夫だと思うが』
- 言って、アインハウゼは木貼りの天井を指差した。
- なるほど、そこには大人ひとり通れるサイズの扉が備え付けられている。
- 執事が苦労の末に開錠した扉は搬入出用で、部屋の管理は上階の住人が担っているのだろう。
- 先の鉄矢の罠も、その者が仕掛けたに違いない。
- 从*゚∀从=3『着替える!! あっち向いてろ!!』
- 斥 'ゝ')『……ガキの裸なんか興味ねーよ』
- それでも、律儀に背を向けた執事の後頭部に、脱いだばかりの給士服がバサリと投げつけられた。
- ちょうど頭に覆い被さるようになったそれを、アインハウゼは面倒臭そうに払い落とす。
- 彼もまた、部屋の片隅に自身の旅装一式を見つけ出し、愉快そうに口笛を小さく吹き鳴らした。
- 積み上げられた旅具の中から適当に自らの体躯に合いそうな物を探し出すと、それを着込んでから白塗りの皮鎧を身につける。
- 藍色の袖無し軍縫(ぐんぽう。戦場用のコート)を纏い、やはり白い皮製の手甲と具足。
- 主から承った2振りの蛮刀は尾?骨の辺りで交差するように、腰に差した。
- 138: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:15:32.62 ID:3Vc1+XSSP
- 从*゚∀从『ハインちゃん、戦闘準備完了!!』
- 斥 'ゝ')『俺もいつでも行けるぜ』
- 真新しい給士服に袖を通したハインが、くるりと身を翻した。
- 一見可愛らしい仕草に見えるが、ペチコートに縫い付けた飛刀が、ぢゃりんと物騒な音を立てる。
- アインハウゼもまた、難民同様の姿であったのが嘘のような堂々たる出で立ちだ。
- そんな2人の姿を、パフェは羨ましそうに親指をくわえながら、見つめていた。
- 当然、給士と執事もそれに気付く。
- 斥 'ゝ')『どうした? お前の刀とやらは無かったのか?』
- 少女はコクリと頷く。
- 从;゚∀从『えっと……ちゃんと探したか?』
- ハ;゚ー゚フェ『探さなくても……マタヨシ様のお力で分かるんですよぅ』
- その言葉に、ハインとアインハウゼは顔を見合わせた。
- 何故“マタヨシの力で分かる”のかは不明だが、おそらくどさくさ紛れに賊に持ち去られてしまったのだろう、と思う。
- 少女の気持ちも考えず、はしゃいでしまった事をハインは軽く後悔した。
- oパー゚フェo『でも、大丈夫です!! きっと、神にお祈りすればわたしの元に帰ってくると信じていますから!!』
- それでも、少女が気丈に両拳を握ってみせた、その時である。
- 『敵襲!! 敵襲だぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!』
- 砦内に、けたたましい鐘の音と複数の男達の喚き散らす声が、響きわたった。
- 141: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:18:02.47 ID:3Vc1+XSSP
- 从;゚∀从;゚ー゚フェ『っ!!』
- 斥 'ゝ')『ちぃっ!!』
- 執事が大きく舌を打った。
- 腰に下げたばかりの蛮刀を、早くも引き抜く。
- ランプの灯りが磨きぬかれた刀身に反射して、持ち主の瞳のように獰猛な輝きを発した。
- 从;゚∀从『見つかっちまった!?』
- 斥;'ゝ')『仕方ねぇ!! 一気に突破するぞ!! 人質を目の前に連れ出されるより早く脱出する!!』
- ハ#゚ー゚フェ『正面突破!! 邪悪必滅ですね、了解です!!』
- 短い時間の付き合いでも、執事の状況分析力は絶対的に信頼出来るものだと判断したのだろう。
- 最初に石床を蹴ったアインハウゼを追うように、2人も駆け出した。
- もし、目の前に人質を引き出されたら、為す術もない。
- 給士も執事も。そして、少女も同様の手口で投降させられたのだ。
- つまり、人売り達は彼らに対して最も有効な戦術を知っている。
- 降服を渋るそぶりでも見せようものなら、見せしめとして人質の首を刎ねるくらいの事はして見せるだろう。
- だからこそ、一刻も早く。そのような状態に陥る前に脱出しなくてはいけないのだ。
- 投降を迫る駒、という役割さえ押し付けられなければ、牢内に残してきた者達が人質にされる事も無い。
- そうなれば彼らは人売りにとって貴重な“収入源”である。
- 少なくとも、命の危険だけは最低限に抑えられる。
- 斥#'ゝ')『絶対に離れるんじゃねぇぞ!! 互いの背を守りあうんだ!!』
- 叫ぶと同時、執事は湖に向かう大扉に飛びかかった。
- 143: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:20:21.01 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りF『なっ!? こいつら、どこから……』
- それが、男の最期の言葉となった。
- アインハウゼの蛮刀が横薙ぎに振るわれ、男の首は驚きの表情を浮かべたまま宙を舞う。
- 思いもしなかった所から姿を現した3人に、人売り達の視線が集中した。
- その背後には、アーリー湖が澄んだ水面に夜空を映して、闇色に揺らいでいる。
- 風の引き起こす波がキラキラと白銀色に輝き。月ではなく、数え切れぬほど多くの赤い光が湖上を照らしていた。
- そして、その光景を目にした執事は、あまりにも忌々しげに声を漏らす。
- 斥;'ゝ')『……すまねぇ。やっちまったみたいだ』
- 从#゚∀从『……ざっと100人ってトコか。時間をかけるとまだまだ増えるぞ!!』
- ハ#゚ー゚フェ『そうです!! 一気に行っちゃいましょう!! 悪即斬です!!』
- あくまで結果論だが、強行突破という解答を導き出すまでに、彼らはやや短慮にすぎた。
- だが、あの『敵襲』の声が自分達に向けられた物ではなかった、と言う事を。
- “商売”に励みすぎた人売り達を征伐せんと、正規軍を動かしたメンヘル軍に向けられた物だと、どうして判断できようか。
- 湖影を照らす赤い光は、メンヘル軍の小船に乗る兵士達が手にする、松明の明かり。
- 5人乗りの船が、100隻以下という事は無いだろう。
- その全てが円と正十字を重ねあわせた、マタヨシ教聖印の旗印を掲げている。
- 3人は、そのメンヘル軍の討伐を迎え討たんとしている人売り達の真っ只中に飛び込んでしまっていたのだ。
- 从#゚∀从『気にすんな、オッサン!! しょーがねぇ事だ!!』
- 斥#'ゝ')『お、おう!! あと、俺はオッサンじゃねぇっ!!!!!!!!!』
- それでも、これは挟撃の絶好機でもある。
- 彼らは、人売りの群れの中に斬りこんで行った。
- 147: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:27:55.56 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りG『うわぁぁぁぁぁっ!!』
- 人売りH『メンヘル軍!? 何でこんなに早く上陸……っ!!』
- 数の上では圧倒的に不利である。
- が、どれほど頭数だけ揃えようとも、集団としての訓練を受けず、
- 浮き足立った者達などハインやアインハウゼの敵ではなかった。
- 陸地に接近した小船からも、闇夜を切り裂いて矢が射て込まれ、人売り達の混乱は頂点に達する。
- ワケも分からず駆け回っていた者同士が、正面衝突して転倒した。
- 周囲も確認せずに振るった長槍の刃先が、味方の喉元を切り裂いた。
- 挙句の果てには、砦内から駆け出て来た者と逃げ込もうとしていた者が、
- 薄暗闇の中で敵味方の区別もつけられず、斬り合いを始めている。
- 从 ゚∀从『南が一番薄い!! オッサン、先頭は任せたぜ!!』
- 斥#'ゝ')『火を狙え、ちびっこ!! 混乱に紛れて抜けるぞ!!』
- パー゚フェ『喧嘩は駄目って神もおっしゃってますよ!! わたしは、出来れば湖の方に向かって御味方と合流したいです!!』
- 斥 'ゝ')゚∀从『却下!!』
- ハ;゚ー゚フェ『何でっ!?』
- 何故アインハウゼまでが反対するかは分かっていなくても、給士には明確な理由があった。
- 彼女の目的は、聖杯の奪取である。
- つまり、もしあのメンヘル軍が大乗派。つまり、神聖国教会に与する者達であった場合、非常に都合が悪いのだ。
- そして、理由こそ異なれど、都合が悪いのは執事も同然である。
- 国教会とは即ち、主の敵。
- 今、面倒事を起こすわけには行かぬ相手であった。
- 150: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:30:21.65 ID:3Vc1+XSSP
- 人売りG『うわぁぁぁぁぁっ!!』
- 人売りH『メンヘル軍!? 何でこんなに早く上陸……っ!!』
- 数の上では圧倒的に不利である。
- が、どれほど頭数だけ揃えようとも、集団としての訓練を受けず、
- 浮き足立った者達などハインやアインハウゼの敵ではなかった。
- 陸地に接近した小船からも、闇夜を切り裂いて矢が射て込まれ、人売り達の混乱は頂点に達する。
- ワケも分からず駆け回っていた者同士が、正面衝突して転倒した。
- 周囲も確認せずに振るった長槍の刃先が、味方の喉元を切り裂いた。
- 挙句の果てには、砦内から駆け出て来た者と逃げ込もうとしていた者が、
- 薄暗闇の中で敵味方の区別もつけられず、斬り合いを始めている。
- 从 ゚∀从『南が一番薄い!! オッサン、先頭は任せたぜ!!』
- 斥#'ゝ')『火を狙え、ちびっこ!! 混乱に紛れて抜けるぞ!!』
- パー゚フェ『喧嘩は駄目って神もおっしゃってますよ!! わたしは、出来れば湖の方に向かって御味方と合流したいです!!』
- 斥 'ゝ')゚∀从『却下!!』
- ハ;゚ー゚フェ『何でっ!?』
- 何故アインハウゼまでが反対するかは分かっていなくても、給士には明確な理由があった。
- 彼女の目的は、聖杯の奪取である。
- つまり、もしあのメンヘル軍が大乗派。つまり、神聖国教会に与する者達であった場合、非常に都合が悪いのだ。
- そして、理由こそ異なれど、都合が悪いのは執事も同然である。
- 国教会とは即ち、主の敵。
- 今、面倒事を起こすわけには行かぬ相手であった。
- 151: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:32:58.95 ID:3Vc1+XSSP
- 斥#'ゝ')『おらぁっ!!』
- アインハウゼの蛮刀が煌めくたび、人売り達の首や腕が血の虹を描いて宙を飛んだ。
- 重量をたっぷりと乗せた一撃は、受け止めようとする剣を打ち砕き、頭蓋を叩き割る。
- 無造作に斬りつけただけで、着込んでいた鎧ごと腹を割かれた男が、血を吹き出させて倒れていった。
- 人売りI『ひ、ひぃぃっ』
- この男は、隠密として優秀なだけではない。
- 2本の蛮刀を振るう姿は様になっていたし、鎖を使った絞殺術など、戦士としての訓練も十分に詰んでいるように思える。
- もっとも、彼が本当に得意とするのは“男らしさ”を追い求める主の身の回りの世話であって、
- その分野でも給士に引けを取る事は無いのだが、その腕前を披露できる舞台はここにはないだろう。
- 从#゚∀从『高岡流飛刀術・猫爪!! 乱舞3連!!』
- 暴風が如く2本の蛮刀を振るう執事の背後で、ハインは補佐役に徹していた。
- 指の又に飛刀を挟み込んだ腕を振るうと、横三本に顔を切り裂かれた男が小さく悲鳴をあげて身を崩す。
- そこを蹴り飛ばしてやれば、その者は幾人もの味方の足に踏まれ、蹴られ、動かなくなるのだ。
- また、放たれた飛刀は的確に人売り達が手にする松明を穿ち落とし、それがまた混乱に拍車をかける。
- ハ;゚ー゚フェ『うー。こんな、マタヨシ様のお力が宿ってない剣じゃ、全然駄目ですよぅ』
- そのハインと並び、赤錆びた剣を振るっているのはパフェだ。
- 錆びて脆くなっていた剣は、乱戦の中で腹から折れてしまっている。
- それでも、アインハウゼが討ち漏らした人売りを殴り飛ばしているのだが、効果は皆無に等しい。
- ハ*゚∀゚フェ『あっ!! 見つけた!!』
- そのパフェが、声をあげると同時に突如駆け出したのは、そんな時である。
- 戦場を外れた片隅に、自身の刀の姿を目に捉え、気付いた時には体が動いてしまっていたのだ。
- 153: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:34:48.72 ID:3Vc1+XSSP
- 从;゚∀从『っ!? 馬鹿っ!! 嬢ちゃん、一人で行くなっ!!』
- 叫んだ時には既に、少女の身体は人売り達の作り出す渦の中に飲み込まれていた。
- いくら返り血を浴びているとは言え、身を包むマタヨシ教団の修道服は目立ち過ぎる。
- 湖賊達に一目で敵と認識されてしまうだろう。
- そうなれば、あの細腕の少女に抵抗の手段はない。
- 再び囚われ人質とされるか、最悪の場合……死、だ。切り刻まれて、襤褸切れのように死ぬのだ。
- 从;゚∀从『ちっ!!』
- 給士の瞳は完全にその姿を見失っていた。
- だが、だからと言って、どうして見捨てる事が出来よう。
- 堪らず、人売り達を掻き分けて、その後を追おうとしたハインの肩を、アインハウゼが引きとどめた。
- 斥;'ゝ')『追うな!! 無理だ!! お前も逃げられなくなるぞ!!』
- 从;゚∀从『……っ!! でも、でもっ!!』
- 斥;'ゝ')『言うな!! ここで終わるつもりか!? 今は逃げ切る事だけを考えろ!!
- パフェの事は……神に委ねるんだ。運が良ければ、メンヘル軍に救出してもらえる!!』
- 既に、メンヘル軍は上陸を開始している。
- そして、砦内部からも異変に気付いた人売り達が雲霞と現れ、乱戦状態と化していた。
- 銀髪の青年の物と違って、破壊力に欠けるハインの瞬歩法は、肩がぶつかり合うような混雑下では効果を半減させる。
- つまり、パフェを救おうと思ったら、ハイン自身も危険を覚悟で人売りの渦に飛び込まねばならないのだ。
- 主の命を完遂する為にも、給士はメンヘル軍と事を起こすわけにはいかない。
- 彼女の行動一つで、聖杯の行方が。この島の行方が左右されるのだ。軽率な行動は許されない。
- 从;゚∀从『でも……それでも……だからって、見殺しにしろって言うのかよ……』
- 155: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:37:33.46 ID:3Vc1+XSSP
- 斥#'ゝ')『助けてやりたいのは俺も同じだ!!!!!!!』
- ガシ、とハインの両肩を掴み、正面から目を見つめる。
- その必死な形相に、給士はビクッと震えた。
- 斥 'ゝ')『分かってくれ!! だが、それでも、俺はここで終わるわけにはいかない。どうしても、ここを抜け出ねばならん。
- だが、もし目の前に囚われたパフェの姿を見たら……意思を保てる自信が無いのだ』
- 从;゚∀从『……』
- 斥 ゝ )『お前が何者か、俺には分からん。今は肩を並べていても、ここを出たら殺しあわねばならぬ相手かも知れん。
- しかし、今……ここを斬り抜けるには、お前の力が必要なのだ!! 頼む……っ』
- 人として、己の考えが間違っているとは、ハインには思えない。
- だが、隠密としての自分は、アインハウゼが正しいと言っている。
- 終わるわけにはいかない。為さねばならぬ事があるのは、ハインも同じなのだ。
- 从# ∀从『……畜生』
- 給士の肩が、落ちた。
- 首を傾げたくなる言動も多かったが、パフェは愛らしい少女だった。
- 少なくとも、このような戦場で人売り達の刃にかかって死んでよい少女ではない。
- それでも、自分は彼女を見捨てて先に進まねばならないのだ。
- 从 ∀从『……ちくしょうが』
- 思わず、呪詛の言葉が口から漏れ出た。
- その時。
- どぉりゃああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
- 157: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:40:09.14 ID:3Vc1+XSSP
- ぎゃあああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!
- 从ii゚Д从『へ?』
- 呪詛の言葉に続けて漏れたのは、あまりにも間の抜けた声だった。
- 思いもしなかった光景に、顎が外れんばかりになる。
- 从ii゚Д从『な……なんだ、ありゃ』
- 斥ii'ゝ')『……俺が知るわけないだろう』
- 数人の人売り達の身体が宙に舞い上がり、賊達が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う先に。
- ハ*゚∀゚フェ
- マタヨシ教の聖書の一説を引用するならば“海が割れる”かのように突如開けた視界の先に
- “護身用の刀”を手にした少女が立っていた。
- 斥ii'ゝ')『あぁ……なるほど。そういう事か』
- この時になって、理解する。
- 何故、牢を抜け出ようとしていた時、少女は鉄格子を曲げるなどと言う奇行に出ようとしたのか。
- 何故、非力に見える少女が、大のおとなを撲殺できたのか。
- 何故、あの倉庫で“刀”は見つからず、『探さなくても、すぐに分かる』と少女は断言したのか。
- その答えが“あれ”なのだ。
- 159: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:42:23.64 ID:3Vc1+XSSP
- 从ii゚Д从『まぁ……確かにあれも……』
- 斥ii'ゝ')『“刀”だな……』
- ただし、その刀は柄の長さも刃の長さも共に6尺(約180cm)以上。
- 【王家の猟犬】ブーンの【勝利の剣】を遥かに凌駕する刀身を誇っている。
- 大人の腕でも持ち上げる事すら敵わない。
- まさに“鉄塊”という響きが相応しい巨大武器。
- ハ*゚∀゚フェ『唯一神マタヨシが神官戦士!! 【斬馬刀】のパフェ、参ります!! 邪悪必滅!! 悪即斬!!』
- 叫ぶや、少女は愛用の“刀”を風車が如く回転させながら、人売り達の中に斬りこんだ。
- 人売りJ『ひいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!! ば、化け物だぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!』
- 人売りK『く、来るなっ!! こっちに来rぎゃああああああああああああああっ!!!!!!』
- 当たるを幸いに道を切り開き、手にする鉄塊が織り成す血と臓物のカーペットの上を進んでいく。
- そのまま、マタヨシの聖印を旗印に掲げた討伐軍と、合流するつもりなのだろう。
- 从ii゚Д从『……えっと……。どうする、オッサン』
- 斥ii'ゝ')『放っておいても問題は無さそうだな。……俺達は南から逃げるとしようぜ』
- か弱い少女を庇ってやっているつもりでいた自分達が、何だかとてつもなく馬鹿らしい存在に思えてきて。
- 給士と執事は、少女に別れも告げず、そのまま戦場を離脱する事にしたのだった。
- 163: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:45:04.21 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- パ∀゚フェ『ポルカ・ミゼーリアです』
- (-@∀@)『ポルカ・ミゼーリア。パフェ』
- 四半刻(約30分後)。
- 神官戦士パフェは、討伐軍を率いる将と数年ぶりの再会を果たしていた。
- メンヘル十二神将・第九位。【聖印騎士団】団長、【断罪の聖印】アサピーと言うのが、男の名である。
- 山のように高く岩のように分厚い身体を、銀糸で縁取った黒い神父服に包んでいた。
- 金色の頭髪を短く刈りそろえ、目元には分厚い銀縁眼鏡。渓谷をイメージさせる彫りの深い顔には、柔和な笑みすら浮かんでいる。
- 背中に背負った巨大な聖印が無ければ、戦場に迷い込んだ一介の神父と勘違いされてもおかしくないだろう。
- 死を前にした戦士達の、最後の懺悔を聞いてやるのがお似合いに思えた。
- だが、今。彼の視界の先では目を背けたくなるような虐殺劇が繰り広げられている。
- 膝をついて必死に詫び続ける者も。泣き叫ぶ者も。命乞いをする者も。
- ただの一つも例外無く、彼の引き連れてきた戦士達が殺していった。
- 人売り達の悲鳴と哀願と断末魔の声に、高らかに聖歌の響きが混ざり合う。
- 聖書の中にある“裁きの時”が、具現化したかのような光景だった。
- 人売りL『ゆ、許してください!! お願いします!!』
- 人売りM『ここ、これからは神様を信じて真面目に生きていきます!! だから、いのち、命だけは……っ!!』
- 聖戦士達の包囲網を抜けて、2人の男が走りこんできたのは、ちょうどそんな時である。
- 大地に額を何度も叩きつけながら、助けを乞う。そんな男達の姿を、アサピーは冷ややかに見つめていた。
- (-@∀@)『貴方がたが許しを乞うのは……私に対してでは無いでしょう?』
- 165: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:47:11.48 ID:3Vc1+XSSP
- 低く、擦れた。だが決して不愉快ではない声に、2人の人売りは顔をあげた。
- 温和な笑みを浮かべるアサピーの背後では、彼らが拉致してきた男女が救出され、ここでも身を寄せ合って火にあたっている。
- その瞳には感情が浮かんでおらず、凍てつかんばかりの冷たさで視線を送り続けていた。
- そして、彼らの前では、やはり彼らが売り払おうとしていた少女が、巨大な斬馬刀を手に2人を見下ろしている。
- 人売りL『お、お願いします!! お願いします!! お願いしますぅ!!』
- 人売りM『奴隷にでも何でもなります!! し、しし、死にたくありません!!』
- 喚き散らし、足にすがりつく。
- 血が吹き出し、大地を赤く染めても2人は額を叩きつけ続けた。
- いつしか、その周囲を血に濡れた刃を手に下げた聖戦士達が取り囲んでいる。
- 人売り達は血と涙と鼻水と涎で顔をグシャグシャにし、泥をこびり付かせている。
- 恐怖から筋肉が緩み、膝元は己の垂れ流した尿で濡れていた。
- やがて、冷ややかに2人を見下ろしていた少女が静かに口を開く。
- パー゚フェ『アサピー様。わたしには、彼らを裁く権利も許す権利もありません。
- それが出来るのは、唯一神マタヨシ様のみ。
- ですから、聖書12章37節の言葉を彼らに贈りたいと思います』
- (-@∀@)『成長しましたね、パフェ。私も、それが良いと考えておりました』
- その声に、2人の男はハッと顔を持ち上げた。
- アサピーとパフェ。2人の聖者の顔には優しい笑みが浮かんでいて……
- 人売りL『そ、そんな……』
- 人売りM『あんまりだ……』
- 168: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:49:13.92 ID:3Vc1+XSSP
- 2人の聖者の顔には優しい笑みが浮かんでいて。
- だが、同時にパフェは斬馬刀を。アサピーは背にしていた巨大な聖印を振りかぶっていた。
- (-@∀@)『聖書に曰く。“罪人よ。神が元に行きて許しを願うが良い。ならば、神は汝が全ての罪を洗い清めよう”』
- パ∀゚フェ『“許しを求むる者よ、怖れるなかれ。死は汝の只一つの救いなれば”……邪悪必滅!! 悪即斬っ!!』
- 声と共に、聖者達の腕が振り下ろされた。
- 一人目の男は、聖印に身体を両断される。
- あまりの鋭さに、しばらく身を斬られた事も理解できずにいたが、やがて額の傷口から血が1滴垂れ落ちた数瞬後。
- 血と臓物を撒き散らしながら、左右(!!)に倒れこんだ。
- もう一人の男は、少女が手にしていた鉄塊によって、害虫にでもするかのように叩き潰された。
- 大地と鉄の塊の間に、超強力な破壊力を伴って挟み込まれた身体は、圧力に耐え切れず木っ端微塵に弾け散る。
- 血に濡れた2本の巨大兵器は、戦士達が数人がかりで受け取り、湖で血を洗い流した。
- (-@∀@)『なんと……愚かな事でしょう。人とは罪を犯さねば生きていけぬモノなのでしょうか』
- ボソリと呟く。
- その声を耳にした少女が、笑顔で答えた。
- パ∀゚フェ『でも、彼らは神を信じていませんでした。それに……邪悪です!!』
- 169: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:51:14.53 ID:3Vc1+XSSP
- (-@∀@)『そうですね……。その通りです』
- ニコリと少女に微笑み返し、アサピーは銀縁の眼鏡を顔から外した。
- 丁寧にツルを折りたたみ、神父服の胸ポケットに仕舞いこむ。
- 代わって、黒塗りの遮光眼鏡を顔に装着した。
- (#-●皿●)『忌まわしき無神教者の分際で、神に祝福されし地を踏み歩くとは、おこがましいにも程がある!!
- 神の戦士達よ!! 只の一人も生かして逃がしてはならぬぞ!! 大いなる神の名の下に!!』
- パ∀゚フェ『神の名の下に!! 邪悪必滅!!』
- 邪………
- 邪悪……
- 邪悪必…
- 邪悪必滅
- 邪悪必滅!!
- 邪悪必滅!!!! 邪悪必滅!!!! 邪悪必滅!!!!
- 少女の声に、周囲の戦士達が続いた。
- その掛け声は砦中を伝播し、やがて至る所から『邪悪必滅』の気勢が沸きあがる。
- 討伐隊の士気は更に上がり、逃げる者も、隠れる者も、暴れる者も、全ての罪人が殺されていった。
- 砦の最上部では松の生枝に火をつけた狼煙が狂ったように炊かれ、周囲の砦に援軍を求めている。
- だが、彼らが救われる事は無いだろう。
- 何故なら、彼らはやりすぎたから。
- 周囲とのバランスも考えず、片っ端から“商品”を狩り尽くし、独占しようとしたから。
- その結果、メンヘルと言う動かす必要の無い討伐者を呼び寄せてしまった者達を、助ける義理などありはしない。
- それどころか【無法都市】に住まう者達は、彼らの“商売敵”が滅びていくさまを。
- 冷ややかな笑みを浮かべて眺めていたのである。
- 171: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:53:34.66 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 从 ゚∀从『何とか、抜け出せたな』
- 斥 'ゝ')『あぁ。あと、オッサンって言うんじゃねぇ』
- 从;-∀从『……まだ言ってねぇよ』
- 南からグサノ・ロホを脱出した給士と執事は、小高い岩の上に腰かけて燃え崩れていく砦を眺めていた。
- アーリー湖上では、西へ帰還する小船が隊を為していて、静かに進んでいく。
- きっとあの中の一つに、共に戦ったマタヨシの神官戦士パフェも乗っているのだろう。出来れば、もう一度会いたいと思う。
- 斥 'ゝ')『……ただし、戦場以外で、な』
- 从ii-∀从『全くだ』
- いつしか空は金銀を散りばめた常闇の色から、濃紺色に変わりつつある。
- あれほどまでにまばやいていた星々も、その存在感を弱め、世界が生まれ変わる瞬間が訪れようとしているのだ。
- 从 ゚∀从『で、オッサンはこれからどーするんだ? ぶっちゃけ、敵に回したくねぇんだけど』
- 何気なく口を漏れ出た言葉だった。
- が、少しの時間だけ考え込むような仕草を見せてから、執事は首を横に振る。
- 斥 'ゝ')『……そうだな。だが、俺にはやらねばならぬ事がある』
- 从 ゚∀从『あ?』
- 斥 'ゝ')『俺はこれからシーブリーズに向かおうと思っている。
- 我が主と海の民の妹者は既知の仲。必ずや力になってくれる筈だ』
- 174: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:56:33.67 ID:3Vc1+XSSP
- 从 -∀从『……シーブリーズねぇ』
- 給士は、スッと目を細めた。
- 跳ね上がるようにして立ち上がり、数歩距離を空ける。
- 執事もまた、同じように腰を上げた。
- 从 ゚∀从『海の民と親密な繋がりを持つ主に仕える執事、か。しかも、あの腕前。オッサン、何者だ?』
- 斥 'ゝ')『その台詞は牢の中でも聞いたぞ、ちびっこ。
- 俺の方こそ、瞬歩法や飛刀術を使いこなす給士など聞いた事が……』
- ハインは踵を僅かに浮かし、いつでも飛びかかれる体勢を。
- アインハウゼは腰をグッと落とし、迎撃の構えを取った。
- 給士の両の手には4本ずつの飛刀が握られ、執事は腰から蛮刀を鞘抜いている。
- 从 ゚∀从『……』
- 斥 'ゝ')『……』
- しばし、睨み合う。
- 互いの全体像を隙なく観察し、かすかな行動の前兆も見逃さない。
- そんな視線だ。
- 尚且つ、脳裏では相手の正体を見極めんと頭脳がフル活動している。
- そして、2人の間に張り巡らされた緊張の糸が限界まで張り詰めた時─────。
- 从*゚∀从=3『プッ』
- 斥*'ゝ')=3『ハッ』
- 2人の隠密は、あらかじめ示し合わせていたかのように、笑い出した。
- 176: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:58:07.55 ID:3Vc1+XSSP
- 从*゚∀从『は……は……ははっ!! 何やってんだ、ハインちゃんは。自分が馬鹿みたいじゃねーか』
- 斥*'ゝ')『いや、全く同感だ!! 一応、主を救い出した後、手を貸してもらえそうな者達の事は
- 頭に入れておいたつもりだったのだがな!!
- 俺も相当、気が参っていたようだ!! 反省せねばな!!』
- 再びペタンと腰を下ろした時、給士の手の中から飛刀は消えていた。
- 執事も蛮刀を腰に戻し、ハインの真横に歩を進めると、どしりと座り込む。
- 何と言う事もない。
- 給士の正体。執事の正体。それは、互いに口に出した言葉の中に答えが全て散りばめられていたのだ。
- 从*゚∀从『って事は……なるほどな。考えてみれば、国教会の関係者ならつかまってるはずがねーよな!!
- ハインちゃん達はお互いに警戒しなくていい相手に、喧嘩売りあってたって事か!!』
- 斥*'ゝ')『そのようだ!! だが、まさか、このようなところで会えるとは思っていなかったぞ!!
- と、言う事はお前は、あれか? 聖杯か!?』
- 从*゚∀从『大正解だ!! じゃあ、こんな話は知ってるか!? ヴィップは神聖国教会に対して強制的にでも島を出てもらうつもりなんだぜ!!』
- 斥*'ゝ')『言うな!! ならば、我らは友好国では無いか!! やはり、暗い場所はいかんな!! 考えも暗くなる!!』
- 興奮冷めやらぬといった風に、2人は言葉を連続して吐き続ける。
- なんとも馬鹿馬鹿しい話だった。
- となれば、あの殺伐とした出会いはやむない物としても、互いを警戒し、罵りあった道中は全くの無意味だった事になる。
- しかも、もう少し深く考えを張り巡らせれば、答えは一つに絞り込まれる問題だったのだ。
- 澱んだ空気の冒険と、血臭ただよう戦場。
- そこを抜け出た空の下では、どんなに笑っても笑い足りないような気がした。
- やがて、年の功か。
- 先に笑いを収めた執事が、スッと右手を差し伸ばしてくる。
- 177: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 04:59:03.90 ID:3Vc1+XSSP
- 斥 'ゝ')『改めて自己紹介させてもらおう。レモナ=マスカレイドの影、アインハウゼ=クーゲルシュライバーだ。
- 特技は見ての通り……神聖国教会の陰謀を叩き潰し、主を救い出すため、戦っている』
- 从 ゚∀从『【金獅子王】ツン=デレが臣、【天智星】ショボンに仕える者。【天翔ける給士】ハインちゃんだ。
- 特技は……瞬歩法と飛刀術だな。主の命を受け、聖杯の行方を探っている。あんたの主の妹は元気でやってるよ』
- 言って、2人は固く手を握り合った。
- 彼らの真なる出会いを祝福するかのように、東の彼方。地平線が黄金色に輝き始める。
- 暗き夜は終わり、朝がやってきたのだ。
- 从ii-∀从『でもよ、もしかして、お互い一番警戒しなきゃならなかったのは、
- 確実にマタヨシ教団と繋がってた……あのお嬢ちゃんだったんじゃねぇか?』
- 斥 'ゝ')『言うんじゃねぇよ。まさか、あれが軍隊と繋がりがあるなんて、想像できねぇさ。
- で、お前はどうするんだ、ちびっこ。聖杯の探索……俺も協力できると思うが?』
- 从 ゚∀从『そうしてくれれば助かるな。ハインちゃんもオッサンに手を貸せると思うぜ』
- なじる言葉に、悪意は全く感じ取れない。
- じゃれあうような物だからである。
- ハインにとって、執事の悲願成就は、マタヨシ教団内部に精通した協力者を得る事に直結する。
- アインハウゼにとって、給士の目的達成は、この島に法王庁の確固たる足場を築きあげ、レモナの安全を保護する事に繋がる。
- 互いの正体を知った今、手を組まない理由は何処にも無い。
- 主の命を完遂し、聖杯を手中に収める為。
- 絶対的不利の状況下、抵抗を続ける主を救う為。
- 給士と執事は歩き出した。
- 目指すは遥か南。シーブリーズである。
- 178: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:00:39.97 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 【獅子の都】ヴィップ城・宮殿2階。
- 東に面したテラスに続く小部屋では、黄金の獅子を支える武官文官達が顔を揃え、
- ある者は雑談に勤しみ、ある者は落ち着き無く周りを見渡してり、ウロウロと歩き回ったりしている。
- 【天使の塵】フッサールが亡命を求め、評議長ニダーの訪問を受けた、あの生誕祭から10日以上が過ぎていた。
- 荘々たる顔ぶれといって良いだろう。
- 中書令ショボンの姿こそ見えぬが、尚書令フィレンクト。司書令ジョルジュ。軍務令クー。太府令レーゼの五大令。
- 歩兵部隊筆頭ギコ。歩兵部隊筆頭補佐ヒート。流石兄弟。ハルトシュラー。
- 【白衣白面】隊長ブーン。【天馬騎士団】団長リーゼ。【黄天弓兵団】団長シィ。
- ようやく傷の癒えた、砂漠の老将フッサール。【光明の巫女】シュー。法王の娘アリス=マスカレイド……。
- 官職にこそついていないが、白面副長【鉄牛】プギャーの姿もある。
- 流石に全ての幹部が集まるわけにはいかぬから、自由騎士出身のダディとフンボルトは席を外していたし
- 王の付き人も兼ねている【花飾り】のミセリや、当然ハインの姿も無い。
- だが、ヴィップの中枢を担う者達が一同に集っていると言っても、決して過言ではあるまい。
- (メ´・ω・)『やぁ、みんなお待たせ。もしかして、僕が最後かな?』
- 言いながら、朱塗りの扉を潜って来たのは、白眉の戦略家。【天智星】ショボンである。
- その彼に、規律や時間にうるさい、隻腕の老人が噛みついた。
- (‘_L’) 『随分と遅いではないですか、天智星。今日がどのような日か分かっておいででしょう? そもそも、その顔の傷は……』
- (メ´・ω・)『うん、済まない。ちょっと外せない用事があってね』
- 尚も小言を続けようとするフィレンクトを制して言う。
- (メ´・ω・)『ハインから鳩が届いた』
- 180: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:02:38.36 ID:3Vc1+XSSP
- (;^ω^)『ハインから!?』
- さりげなく告げた言葉に、諸将が色めき立った。
- 鳩を使った伝達手段は、郵便制度が確立されていなかったこの時代、多用されていた手段の一つだ。
- かつてショボンも、身を隠し活動していた【白衣白面】を動かすのに、鳩文を使っている。
- ( ´_ゝ`)『で、ハインリッヒは何と言ってきたのだ?』
- (メ´・ω・)『あぁ。なんでも、法王庁の隠密・アインハウゼと言う男と合流したらしい。
- 今は、シーブリーズにいて……ヴィップが国教会に対して兵を挙げる場合、
- 海の民も時を同じくして挙兵する。確約を得たそうだよ』
- ル∀゚*パ⌒『アインハウゼと!? それなら怖いもん無しだにゃ!!』
- 大道芸人風の衣装に身を包んだ少女が、意を得たりとばかりに指を鳴らす。
- この場にいる者達の中で、唯一姉に仕える隠密の優秀さを知っているのは彼女だったから、当然だろう。
- jハ*゚ー゚ル『で、それを陛下にお伝えしなくてもよろしいのかしら?』
- (メ´・ω・)『言ったよ。ところが偶然、着替えの最中に扉を開けてしまってね。話がこじれてしまったのさ』
- (,,^Д^)『なにやってんすかwwww』
- lw´‐ _‐ノv 『ひくわー』
- なにはともあれ、これでようやく役者が揃ったと言える。
- 法王庁の隠密の話など、しばらく雑談に興じていると、空気を震わせて銅鑼が一回。鳴らされたの聞こえた。
- 黄金の王が姿を見せる、その合図である。
- 表情を切り替え、軽く頷きあうと彼らは、眼下に城民を湛えるテラスに向かって歩き始めた。
- 182: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:04:11.83 ID:3Vc1+XSSP
- ξ゚听)ξ『【天使の塵】フッサール。【金獅子王】ツン=デレの名において、貴方がたの亡命を正式に受け入れます。
- また、軍務官鎮国士・千騎将に任命します。その十字槍を、今後は我が民の為に振るいなさい』
- ミ,,-Д-彡『マタヨシが司祭フッサール、任をお受けいたします』
- ξ゚听)ξ『【光明の巫女】シュー。軍務官南征士・千歩将を任じます。
- マスカレイド家王女アリス。貴女には【金槍手】リーゼを護衛につけます。この島の未来が為、共に任に当たってください』
- lw´‐ _‐ノv 『三度の食事の恩には命を懸けてもお答えする所存…………かも』
- ル∀-*パ⌒『法王トマスが娘、アリス。父と母と神の名において、我が友ツン=デレに従うにゃ』
- フッサールとシューに、軍務省属を表す金色の小刀が。
- アリスには、彼女の纏っている服と同じ、朱塗りの皮鎧が与えられた。
- 本来であれば、この新たな将官の誕生を、人々は賛辞の言葉を叫び、酒を浴びせあって祝福しただろう。
- が、この時ツンの眼下を埋める、民の中から響く拍手の音は疎らだった。
- 決して、3人を歓迎していないのではない。
- アリスやシューは既に市に溶け込んでいるし、フッサールは兵士達に賞賛をもって受け入れられている。
- ヴィップと言う国は元々、リーマン族・ニイト族・自由騎士などによる混成国家であるから、亡命の将を敵視する土台が小さいのだ。
- が、それと同時に彼らはクーやレーゼの築きあげた、経済と流通によって国土を豊かにしてきた者達である。
- 他地区の住民と比べて、情勢に敏感な面もある。
- 地位を失くし亡命してきた3人。そして、老将と巫女に与えられた鎮国士、南征士の官職。
- その全てが、渡りの商人達がまことしやかに囁く噂話の真偽を、証明していた。
- フッサールらが自身の背後に立ち並ぶ、文官武官の列に加わったのを確認してから。
- ツンは、眼下を埋め尽くす民に答える様、口を開く。
- ξ゚听)ξ『アルキュ暦495年・金竜の月、20日。アルキュ王ツン=デレが、この島の全ての民に告げます』
- 184: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:06:57.71 ID:3Vc1+XSSP
- 城民『……っ!!』
- 一瞬。
- 一瞬であったが、確かに押し殺しきれなかったざわめきが起こった。
- アルキュ王と言う呼称を使っても、ツンが聖詔を告げるのは、常に『我が民』に対してだった。
- 『アルキュ島全ての民』に向けて詔を告げた事はない。
- ただ、それだけの言葉であったが、ツンの言葉を一字一句聞き漏らす事の無いよう見守っていた彼らは、緊張を新たに王の言葉を待つ。
- ツンもまた、ざわめきが完全に収まるのを待ってから、言葉を続けた。
- ξ゚听)ξ『……皆も、聞き及んでいるでしょう。今、この島は火急存亡の危機にあります。
- 神聖ピンク帝国・神聖国教会。神の使徒を名乗る者達が、古よりの条約を一方的に破棄して、侵略して来ているのです。
- その数、およそ十万。私は、強く遺憾の意を表明します。
- 我らは自由と独立の民。彼らの横暴を、許すわけにはいきません。
- 私はこの島の王として、彼らに早急な退去を勧告する。……これは、最初で最後の警告です』
- そこで、ツンは敢えて声を止めた。
- それが合図であったかのように、背後に控えていたミセリが前に出る。
- 大事そうに胸に抱えていた“それ”を、恭しくツンに差し出した。
- それを。アルキュ島支配の象徴・禁鞭を掴み取ったツンは、太陽を突き刺さんばかりに高く掲げ、雄々しく吼える。
- ξ゚听)ξ『もし、我が意に従わぬ場合っ!!
- 我、アルキュ王ツン=デレは金竜の月が終わりを以って、宣戦布告とみなします!!
- 今、再び告げる!! アルキュの全ての民よ!! 自由と独立の民よ!!
- 我が、大号令に従いたまえ!! 愚暴なる侵略者達の喉笛に、我らが怒りの牙を突き立てよ!!!!!!!』
- 舞い起こった風が黒絹の戦外套を捲り上がらせ、黄金の甲冑が陽光に煌いた。
- 王に続き、背後に居並ぶ戦士達も、腰の宝剣を鞘抜き、天に掲げる。
- 民もまた、彼らに倣うかのように、大歓声をあげながら拳を空に突き上げた。
- この日この時。【金獅子王】ツン=デレは、南からの侵略者に対して初めて公式な拒絶の念を、叩きつけたのである。
- 186: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:09:04.45 ID:3Vc1+XSSP
- ※ ※ ※
- 金獅子王の大号令は、瞬く間にアルキュ全土を駆け巡った。
- デメララ、バーボン、ローハイドを支配するリーマン族。【評議長】ニダーは、勿論。
- 給士ハインと執事アインハウゼを受け入れたシーブリーズの海の民。
- モテナイの【黒犬王】ダイオードもまた、参戦を表明した。
- そして、金竜の月が終わる。
- 雷竜の月・1日。
- 国教会側からの返答は無く、ヴィップはモスコーに向けて兵を派遣した。
- 第1軍は、【急先鋒】ジョルジュを総将兼騎兵部隊長に。騎兵部隊副長【天使の塵】フッサール。
- 軍師【天智星】ショボン。副軍師【光明の巫女】シュー。
- 歩兵部隊長【九紋竜】ギコ。歩兵部隊副長【赤髪鬼】ヒート。輜重部隊長【花飾り】ミセリ。
- 騎兵5000。歩兵10000。
- マティーニ城から南下し、【大神殿】シルヴァラードを陥落させた後、前線基地として確保。ストロワヤを目指す。
- 第2軍は、【王家の猟犬】ニイト=ホライゾンを総将に。
- 軍師【無限陣】ニイト=クール。軍師補佐アリス=マスカレイド。
- 騎兵部隊長【金槍手】リーゼ。
- 歩兵部隊長【金剛阿】兄者。歩兵部隊副長【金剛吽】弟者。輜重部隊長【神算子】レーゼ。
- 騎兵3000。歩兵7000。
- バーボン城を基地として、西に向かう。
- モスコー内に残る小乗派の将兵を吸収しつつ、スピリタスを目指す。
- ギブソンに【第六天魔王】ダディ。マティーニ城に【白鷲】フィレンクト。カンパリに【不自由な自由騎士】フンボルト。
- ニイトに【祝福の鐘】ハルトシュラー。【獅子の都】ヴィップには【金獅子王】ツン=デレと【紅飛燕】シィが残った。
- 187: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 05:11:59.46 ID:3Vc1+XSSP
- 【翼持つ蛇】ニダーは【一丈青】ワタナベと共にデメララ河を下り、【湖塞都市】アーリーを前線基地に双子砦を狙う。
- 兵力は騎兵7000。歩兵23000。
- 【常勝将】シャキンはローハイド草原を西に進み、平地帯からモスコーを目指す。
- 戦車隊2000。騎兵2000。歩兵6000。
- オルメカからは【国士無双】ロマネスクが。クエルボからは【天目将】ワカッテマスがそれぞれ5000の兵を率い、進軍する。
- 国土には25000の兵を残し、【全知全能】スカルチノフや【鉄壁】ヒッキーを中心に若い千将が活躍の時を待っている。
- モテナイは【黒犬王】ダイオードが病の床にあるとして大幅な派兵を見送ったが、武具糧秣などの後方支援と
- 騎兵2000、歩兵3000の派兵を約束した。
- 海の民は既に、スミノフに向かう国教会の船と海上で交戦を開始している。
- 貿易権。
- 聖杯。
- 侵略者の撃退。
- 南の大国における、政治闘争。
- レモナ=マスカレイドの救出。
- それぞれの思惑は交錯し、戦況は混迷を深めている。
- 人々は夜空を見上げ、一日も早い終戦を。一人でも多くの兵士の帰還を星に願った。
- そして、彼らの誰もが知らなかった事実が最後に一つ。
- この時、既に。
- スピリタス城西の山頂で抵抗を続けていた陣は陥落し。
- 【不敗の魔術師】ツーは虜囚の辱めを受けていたのである。
戻る/第34章