( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:25:12.79 ID:stEQpnSV0
それから。
若年貴族ボルジョアとその屋敷に住む者全てが斬殺されるという前代未聞の事件が起き、
髪結い師タカラの姿は王都から消えた。

タカラが求めたのは戦場。
幾度も死を考えた。
しかし、己の罪は。
愛すべき者を護れなかった罪は、ただ一度きりの死ではあまりにも生温い。
泥濘のような戦場を。
血で血を洗う戦場を。
悪鬼羅刹に相応しい。一心不乱の大戦場を。
━━━━━輪廻が如く繰り返される、死んだ方がマシとも思えるこの世の生き地獄を。

その地獄で彼は生き続けた。
次なる裁きを受ける為に。

愛する者を抱きしめた手に、人を殺める冷たい鉄を。
愛する者を想い自然に浮かぶ微笑みは、己を蔑む笑いに。
愛する者が呼んでくれたタカラと言う名を捨て、『嘲笑する者』と言う意味のプギャーと名を変えた。

そうして彼は幾度も幾度も幾度も幾度もその身に罰を刻み続け━━━━━

     从 ゚−从『【鉄牛】プギャー様とお見受けいたします。我が主が是非一度お話をと…』

     (,,^Д^)『……』




白眉の青年と出会う事になる。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:27:23.98 ID:stEQpnSV0
         ※          ※          ※

そうなのだ。
この村に暮らす者。
つまり、全ての白面兵に共通する事。
それは、過去を悔やみ。己を憎み。苦行と死に場所を求めて戦っているという事。
そこには長く続く戦乱の根源とも言える、民族間の対立も、貧富の差も、永年の恨みも存在しない。
滅びを怖れず、ただ死を振り撒く純粋な戦士の集団。
伝説となった統一王の猟犬【白衣白面】の再現。
それが彼らなのだ。

しかし。
全てを失った彼らは何時までも救われぬ、何処までも悲しい者達。
生きるべき理想も。夢も。希望も無くした彼らにとって、
『国の為、未来の為に戦う』と言う言葉は塵ほどの意味も無く。
自身の幸せを逃した手で誰かの幸せを護る為に戦う、と言うのはどれほど残酷な事だろう。
彼らの勝利に喜びはない。
ただ、笑顔を浮かべる者達を眺めながら、かつての悲しみに浸るしかないのである。

(´・ω・`)『……』

そしてまた。
彼らを影で組織した【天智星】ショボンもまた、己の下した残酷な決断に苦しむ一人だった。
彼の苦しみを知る者は、常にその背後に控える黒衣の給士のみ。
主であるツンにも、義兄であるジョルジュにもそれを語らず。
ただ、背に感じる給士の体温だけを信じて。
漂々とした仮面の下、自らの信念を貫き通してきたのである。

と、そこへ。



45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:32:39.28 ID:stEQpnSV0
( ^ω^)ノシ『やほー』

彼らの背後より声がかけられ、ショボンは回想の世界から引き戻される。
振り向くと、黒髪の給士と銀色の髪の青年が駆け寄ってくるところだった。

(,,^Д^)『おう、早かったじゃねーか。で、肝心の【鍵】はどうだったんだ?』

从 ゚∀从『あぁ、大丈夫だ』

青年に代わってハインが答える。

从 ゚∀从『ちゃんとハインちゃんの言い付け守ってたらしいからな。
     この分だといきなり【鍵】がぶっ壊れて…って事は無いだろうよ』

(*^ω^)『おっおっおっ』

その言葉にブーンは嬉しそうに微笑んだ。

(´・ω・`)『うん、良かったよ。君達にはこれから山賊狩りなんかじゃなくて、もっと大きな仕事をお願いすると思う。
      その時にブーンが動けないと困るからね』

何気ない一言。
しかし、【鉄牛】プギャーはそれに瞬時に反応する。

(,,^Д^)『大仕事だ? なんだ? 俺達の知らないうちに情勢でも変わったのか?』

頷く。

(´・ω・`)『それを伝えるのが今日一番の目的さ。
       少し長くなりそうだ。何処かで腰を下ろしてじっくり話そうじゃないか』



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:35:16.06 ID:stEQpnSV0
(´・ω・`)『ネグローニで不穏な動きがある』

村の片隅に生えた大樹の下。
誰が置いたかも分からぬ古臭い木製の椅子に腰掛けてショボンは言った。
4人の中央にはやはり木で作られたテーブル。
所々に虫食いの跡があるその上には茶が芳しい湯気を昇らせている。

(,,^Д^)『不穏な動き…つーと、叛乱か? 
     確かにネグローニは王都に近いが、バーボンには【鉄壁】が控えているんだ。
     それにネグローニの領主ダイオードは話にならない馬鹿男って話じゃねーか。
     あの土地は物資兵糧共に貯蔵が厳しく、簡単に王都進撃は出来ない筈。
     むしろ呆気なく返り討ちにあってお陀仏になるのが関の山だぜ』

プギャーの言葉は尤もである。
ネグローニ領主【狂戦士】のダイオード。
一介の戦士としては一流と言われたこの男ではあるが、政治家としては下の下以下の才覚しか持ちえていない。
諫言を嫌い甘言を好む。
アルキュの未来や己の将来などに興味は無く、ただ自領の財産を喰い散らかして喜びを得る低脳。
それが世間一般的な彼に対する評価であり、実際彼はそう言われても不思議の無い行いを送って来ている筈であった。

しかし、ショボンは静かに首を横に降る。

(´・ω・`)『うん、確かに僕もそう思ってた。
      でも、実はその行動自体が世間を欺く隠れ蓑だったみたいなんだよね』

言って立ち上がる。
そうしてゆっくりと3人の周囲を歩きながら言葉を紡ぎだした。



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:37:05.75 ID:stEQpnSV0
ショボンの言によると。
今から4年ほど前から急にダイオードは人が変わったかのように行動を改め始めたらしい。
まず、奸臣を遠ざけ忠臣の言に耳を傾けるようになった。
民を労り、乱れきっていた官を厳しく取り締まった。
領内で生産には従事せず消費にのみ携わっていた戦士達を屯田兵として正規採用し、
自身も陽が高いうちは畑で泥にまみれ、月が昇ってからは事務に精を出すという変わりようである。

(´・ω・`)『悔しいけれど、この5年で最も進化したのは僕達じゃあないかもしれない』

自信家のショボンをしてそこまで言わせる程なのであった。

それだけではない。昨年、1000を越える賊がネグローニに侵入するという事件が起きた。
おそらく、ヴィップによってギムレット地方を追われたと見られる彼らをダイオードは兵を率いて出陣し壊滅させる。
そして、その死体を串刺しにし、街道に並べると言う暴挙に出たのだ。
まさに【狂戦士】の名に恥じぬ凶行。
しかしネグローニの民は彼を【串刺し公】と呼び、敬っていると言う。

(,;^Д^)『…そりゃあ、酷え事しやがるな』

思わずプギャーは声を漏らす。

(´・ω・`)『実は今ネグローニはバーボンのヒッキーと小競り合いを起こしている。
      もし、戦いになってそれに勝利したら…彼はニイトの【無限陣】と同じ行動に出るだろうね』

(;^ω^)『お? それってまさか……』

ブーンの言葉を耳にしながら、ショボンは卓に手を伸ばし茶を取って口に含んだ。
それが彼の碗ではなくハインの碗である事など今は些細な問題である。

(´・ω・`)『うん。即位宣言さ』



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:38:40.89 ID:stEQpnSV0
(;^ω^)『……』

(,;^Д^)『……』

何でもない風に吐き出されたショボンの一言。
それに二人は言葉を無くす。

ツンがキュラソーで王位宣言を行なった翌年。
ニイト自治区の領主代理、【無限陣】ニイト=クーは突如【統一王】ヒロユキの正統後継者として即位を宣言した。
彼女はニイト公モララーと統一王の妹であるペニサスの子である。
厳密に言えばモララーが前妻との間に作った子であり、王族との血縁関係は無い。

( ^ω^)『お? だったらどうして正統後継者を名乗れるんだお?』

(´・ω・`)『確かに直接な繋がりは無いけどね。
      彼女は【姓を持つ者】であり、ニイト公と王妹の子なんだよ?
      時が時なら正式に王座に座ってもおかしくないんだ』

(;^ω^)『?』

【姓を持つ者】。それがブーンには理解できない。
首を傾げていると、給士が大きな溜息の後に言う。

从 ゚∀从『なぁ。お前さ、統一王が出した【王姓令】の事くらいは知ってるよな?』

青年は自信満々な表情で首を横に振った。

ハァ 从 −∀从=3

それを見たハインは再び大きく息を吐く。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:41:00.12 ID:stEQpnSV0
【王姓令】。
簡単に言えば『王族以外に姓を持つ事を禁ずる』法律である。
王家の直系は姓が名前の後に。属系は姓が名前の先に来るなど幾つかのルールはあるが
この場で掘り下げるに大きな意味はあるまい。
おそらくは、こうする事によって『王族とは特別な存在である』事を意識させようとしたのだろう。
このように、支配者層が些細な特権を持つ事で自身の格を高めようとする行為は古今を問わずして数多い。
特に、始皇帝が【朕】と言う一人称を自分専用の為に作り出した例などは有名ではないだろうか。
ちなみに。
この【王姓令】であるが、今の世では考えられぬほど簡単にアルキュの民に受け入れられた。
歴史研究家達によれば、当時この島は『家族としての繋がり』よりも『民族としての繋がり』が重く見られていたからだ、と説明されている。

从 ゚∀从『ま、そんなワケで逆臣の子とは言え【姓を持つ者】として【無限陣】は王族に連なる者として認知されてるってワケだ』

(´・ω・`)『しかも逆臣とは言え、父はニイト族長であり七英雄の一人【勝利の剣】モララーだ。
       我が主は【統一王】直系とは言え母君は平民の出身と聞いた事がある。
       その意味で言えば【血統の格】は甲乙つけ難い。
       更に彼女は七英雄【全知全能】のスカルチノフの支援も受けている。
       闇市と言う力もある。そう考えれば、悔しいけど【無限陣】は王たるに相応しいと言わざるを得ないんだよ』

と。見ればブーンは頭から煙を上げて卓に突っ伏してしまっていた。

(  ω )『三行で』

(´・ω・`)『・逆臣の子とは言え法の上では王族
       ・実力的にも【無限陣】は王に相応しい
       ・ハインはぺたんこ』

(  ω )『把握ですお』



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:43:16.98 ID:stEQpnSV0
(´メメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメωメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメ`)『話を元に戻そう』

( メメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメωメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメ)『異論はありませんお』

顔を何倍にも腫れあがらせた二人と、頬を膨らませた給士。
そんな光景を前にして、プギャーは笑顔を引きつらせながら口を開いた。

(,,^Д^)『とにかく、だ。ダイオードが王を名乗ると来たら東は荒れるぞ。
     だが、経済的に立てなおったとは言え軍備はどうなんだ?
     1000を討ち破ったとは言っても、所詮はギムレットを追われた烏合の衆。
     その程度で評議会に喧嘩売ったところで勝てるとは思えないがな』

(´・ω・`)『うん、その通りだ』

从 ゚∀从。oO(あ。戻った)

(´・ω・`)『でもね。元々ネグローニは【戦士の街】と呼ばれるほど軍備だけは充実していた土地だ。
      中でも【繚乱】イヨゥ率いる【黒色槍騎兵団】は
      【薔薇の騎士団】と比べても実力的に引けを取らない、と僕は思ってる。
      更に新たに設立された近衛騎士団【赤枝の騎士団】は今は亡きモテナイの戦士達だけd』

(;^ω^)『!! モテナイ!!』

その言葉を耳にした瞬間。
青年は思わず立ち上がってしまっていた。
彼の前に置かれた碗が倒れ、零れた茶が卓上に地図を描く。



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:45:03.81 ID:stEQpnSV0
(,;^Д^)『うおっ!? 何してんだお前さんは!!』

危うく茶の被害を免れたプギャーが叫ぶ。
が、ブーンの耳には入らない。

( ゚ω゚)『モテナイ!! モテナイ!! それじゃ、もしかしたらドクオも……』

モテナイ族。
その響きには彼にとって重要な意味合いがある。
共に並んで戦場を駆け抜けた親友。
理想を貫く為、袂を分かれた生涯の友、ドクオ。

あの時。ドクオがツンを殺そうとした時。
ブーンは我を忘れて彼と剣を交えた。
顔では平静を装っていても、裏切られた悲しみと大切な人を襲った憎しみから幾度も殺してやりたいと思った事もある。

だが。
現在の彼はツンを影から護る為とは言え、欺きその側を離れた身である。
今ならドクオの心中も分かる気がした。
どんなに辛い選択だっただろう。
どんなに悲しい決意だっただろう。
だからこそ。

( ^ω^)。oO(ドクオ。もう一度会いたい。会って話がしたいお)

だからこそ、本当に分かり合えると思うのだ。

出来るなら再び友として肩を並べ戦場へ。
その思いを胸に、ブーンは5年間ドクオを探し続けてきたのである。



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:47:03.50 ID:stEQpnSV0
(´・ω・`)『うん、彼なら将としての才能もある。ネグローニに潜んでいるなら、いつか頭角を現してくるだろうね』

(*^ω^)『おっおっおっ』

ショボンの言葉にブーンはまるで我が事のように喜ぶ。

(,,^Д^)『あ〜。前から言おうと思ってたんだがよ。
     そのドクオってのは、お前さんの瞬歩による一撃を喰らっても生きてたって…ヤツだよな?』

(*^ω^)『そうだお』

ドクオは遊牧民族モテナイの戦士だ。遊牧民特有とも言える勘の良さや視覚を誇り、その実力は戦場で如何なく発揮された。
そして、ブーンが瞬歩の才能に開眼したバーボン城でのドクオとの戦い。
確かに当時は本能のままに突き進む事しか出来ず、瞬歩法を使いこなせていたとは言い難い。
が、瞬歩を発動したブーンと向かい合って生存した。尚且つ反撃までして見せたのはドクオ只一人なのである。

从;゚∀从『またその話かよ。モテナイの連中が化け物じみた目の良さをしてるってのは聞き飽きたぜ』

青年に代わりドクオの消息を求めて島中を駆け回っている給士がぼやく。
しかし。

(,;^Д^)『あ…いや、な。俺もそうだし【白面】にはモテナイの出身者が何人もいるだろ?
     でも、全員お前さんの瞬歩を見極められるどころか影すら捕らえられないんだが…』

(;^ω^)『お?』

(,;^Д^)『サーセン……』

そうなると、何故ドクオはブーンの瞬歩を捕らえる事が出来たのか?
その謎に一同は言葉を失ってしまった。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:49:02.29 ID:stEQpnSV0
         ※          ※          ※

閉じられた城門から宮殿へと続く大通り。
その両縁に陣取って、人々は【彼ら】がやってくるのを今か今かと待っていた。
粗末な椅子に腰掛け、過ぎし日の思い出に耽る老人。
憧れの英雄を待ちわびる子供達。
一秒でも早く想い人の姿を目にしたいと願う少女。
それらに商魂逞しい物売りまでが混じり、通りは雑然としていた。
【彼ら】の通り道を確保する為に、少しでも前に出ようとする城民を押し返す兵の額には汗が浮かんでいる。
しかし、その口元には仄かな笑みが浮かんでいて。
それは誰よりも間近で【彼ら】の帰還を目に出来る喜びを感じ取っての物だった。

そして。
城壁上に立つ兵士の合図で、閉じられた城門が徐々に左右に開きだす。
最初、射し込んでくる光は糸のように細いものであったが
それは段々と太くなり、やがてその光の中に【彼ら】のシルエットを確認すると
人々の歓声は最高潮にまで高まった。
【彼ら】は前もって計算された儀式のように、完全に城門が開くのを待ってから馬を進める。
身を包む甲冑は深淵の色。
風に靡く外套は闇の如く。
跨る馬もまた、当然のように黒毛であった。

その先頭にある男は、城門を操作し終え頭を下げる兵に向けて声をかける。

/ ゚、。 /『…出迎えご苦労』

ここは【戦士の街】ネグローニ。
そして、彼らこそネグローニが誇る二大騎士団【黒色槍騎兵団】と【赤枝の騎士団】。
先頭を行く男こそ、全ての民の羨望を一身に集める男。
ネグローニ領主。【狂戦士】ダイオードであった。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:51:12.28 ID:stEQpnSV0
そのダイオードの背後を、やはり全身黒一色の騎士達が2列になって行進していく。

まず右手。身の丈の3倍はあろうかという巨大な斧槍を手にした小柄な騎士がその先頭である。
夜色の甲冑は血を浴びて更に暗く輝き、幼い顔に刻まれた二本の刀傷がどこか不釣合いだ。
彼の名はイヨゥ。【黒色槍騎兵団】を率いる領主ダイオードの片腕とも言える存在である。

そして左手。先頭にいるのは甲冑を纏わず漆黒の外套のみを身に着けた女騎士だ。
身なりに気を使えばそれなりに異性の視線を引きそうではあるが、本人には至ってその気は無いらしい。
ろくに櫛も通していない黒髪を無造作に後頭部で縛り上げ、万民の注目の中で眠そうに大きく欠伸をして見せた。
腰に差した、決して実用的とは言いがたい細身の剣と
今にも頭からずり落ちそうになっている冠からして、本職は文官なのだろう。
その背後に従うは、兜に赤く染め上げた木の枝を刺した黒騎士達。
【赤枝の騎士団】団長。【一枝花】のロシェが彼女の名である。

城民の歓声に半ば義務的に手を振って答えていた彼女であるが、
真横を行く【繚乱】の異名を持つ騎士が不機嫌そうな顔をしているのに気付くと、とたんに目を輝かせる。
馬を接近させ、その顔を覗きこんだ。

(.≠ω=)『おやおやぁ? イヨゥちゃんは何かしら不満が溜まってそうだねぇ?』

(=゚ω゚)ノ『うるさいよぅ』

(.≠ω=)『あらまぁ、拗ねちゃって可愛いねぇ。このこのっ。
      よし、このお姉さんがイヨゥちゃんの不満をピタリと当ててしんぜよぉ』

ウザがるイヨゥを完全に無視。
言うや彼女は両手を額の前で組み合わせ、むむむと唸って見せる。

(.≠ω=)『分かりましたぞ。イヨゥちゃんは今回の出兵が不満なんだね?』



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:53:17.83 ID:stEQpnSV0
(=゚ω゚)ノ『そんな事はずっと前からお前に言ってる筈だよぅ』

(.≠ω=)『ありゃ? そうだっけ?』

惚けるロシェを口を尖らせ睨みつける。

(=゚ω゚)ノ『誤魔化すなよぅ。この戦は元々領境での子供同士の喧嘩が発端の筈だよぅ。
     それに正規軍まで出兵したとあっては僕らは島中の良い笑い者だよぅ』

(.≠ω=)『なるほどねぇ。でも、今回の出兵はちゃんと狙いがあっての事なんだよぉ』

(=゚ω゚)ノ『狙い?』

気だるそうに話す、その言葉に興味を惹かれたのか。
ようやくこちらに顔を向けた黒騎士に向け、ピッと人差し指を立て彼女は口を開いた。

(.≠ω=)『だってぇ。その方が面白そうじゃないかぃ? ん? ん?』

(=゚ω゚)ノ『……』

脱力し、落馬しかけたところでなんとかイヨゥは体勢を立て直す。
こういう女なのだ。一瞬でも耳を傾けようとした自分に嫌気が差して、ガックリと肩を落とす。
それを見て彼女は楽しそうに『ししし』と笑った。

ネグローニ軍参謀【一枝花】ロシェ。
後の世に【女天智星】とまで称されるこの戦術家が歴史に初登場したのは、
まさにこの時である。



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:56:15.48 ID:stEQpnSV0
(.≠ω=)『と、それはまぁ冗談として。今回の出兵は【鉄壁】を引きずり出す布石なんだよねぇ』

(=゚ω゚)ノ『?』

イヨゥは首を傾げる。
【鉄壁】ヒッキーはアルキュ南部海の民による叛乱鎮圧に手を焼く禁軍元帥シャキンに代わって、バーボンの領主代理を任されている。
本来であれば二人の主ダイオードと共に北部の安定に尽力する筈であったが、今では領境を挟みこんで一触即発の仲であった。

(.≠ω=)『分かんないかなぁ。まずね。ネグローニがリーマンから独立するとしたら何かしら名分が必要でしょぉ?
      しかも、我らの正当性を声高に叫べるようなのがさぁ』

それを聞いてイヨゥはポンと手を合わせた。

(=゚ω゚)ノ『つまりは【鉄壁】を我らが領地に攻め込ませる…って事かよぅ』

(.≠ω=)『そそ。今回うちらはバーボンの兵隊を皆殺しにしたけど、それはネグローニ領内の事でしょ?
      我らはバーボン領には一歩も侵入していない。
      でも、こっちが正規軍を出したとあっては【鉄壁】も正規軍を出さざるを得ない。
      そうすればうちらは「領民の安全を守り、非道に属さない」と言う大義名分の元で独立を計れる』

(=゚ω゚)ノ『…お前は本当に悪いヤツだよぅ』

(.≠ω=)『あれ? 褒め言葉?
      それに【鉄壁】が進軍してきたらうちらは隅々まで知り尽くした地で迎撃できるんだよぉ。
      その結果奴らを殲滅すれば、今後の戦いが楽になる。
      尚且つ、勝ち戦の勢いに乗ってダイオード様が即位を宣言すれば民衆も挙って賛同してくれるさぁ』

憎まれ口を叩きながらも、イヨゥは【一枝花】の深謀に心中舌を巻く。
そして。
熱狂する城民の背後。民家の上から一同を見つめる黒い影があった。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 05:59:19.85 ID:stEQpnSV0
???。oO(……)

影の視線の先。

そこには勝利を当然の事のように受け止める騎士の姿があった。
厚いフードと仮面で素顔を隠し、腰に二本の短槍を下げた男。

急激な政治の方向転換に対する反抗を実力で押さえつけ。
冷え切った民衆の感情を自ら泥に塗れる事で温めなおし。
領内の賊どもを冷徹なまでの戦術で鎮圧して見せた男。

ネグローニ領主ダイオード。

影は行進する騎士団から見えぬように姿勢を落とすと、
屋根の上を駆け彼らの先頭方面に先回りする。
その間も視線は城民の熱狂に包まれた騎士から離す事は無い。

???。oO(今ですっ!!)

そして、先頭の騎士が影の真下に辿り着いた瞬間。

気合一閃。
影は屋根を蹴り、標的目掛けて宙を舞った。



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 06:01:49.26 ID:stEQpnSV0
???『フライング・ナナ・アターーーーーーーック☆』

/ ゚、。 /『ぐはぁっ!!』

その背に思いもよらぬ一撃を受け、堪らずダイオードは馬から放り出された。
悲鳴をあげる城民を巻き込みながら、襲撃者と絡み合うようにして人の壁の中に転がりこんで行く。

(;=゚ω゚)ノ『りょ、領主殿!!!!!!』

暗殺者か?
瞬時にそう判断したイヨゥは愛馬の背を飛び降り、主の下に駆け寄った。

だが、彼が目にした物は。民衆に囲まれ、困ったように地べたにあぐらをかく主の姿。
そして。仮面に覆われた顔に頬をすりよせて、じゃれつく一人の少女の姿。

(#=゚ω゚)ノ『……』

このような時、人はどのような表情をすれば良いのか。

(.≠ω=)『おぅ。赤くなったり青くなったり…イヨゥちゃんって見かけによらず器用だねぇ』

そんな軽口も耳に入らない。
領主の背後から首に手を回して抱きつく少女の襟元をむんずと掴み、まるで猫の子でも扱うかのように軽々持ち上げて見せた。

(#=゚ω゚)ノ『…ナナ。お前何やってるんだよぅ』

川l.゚ ー゚ノ!『あ。お兄ちゃん☆ お帰りなさい☆』

臆面も無く言うと、にぱぁと顔全体で笑う。
春風の笑顔を持つ少女ナナ。それが【繚乱】の異名を持つ騎士の妹であった。



64: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 06:05:36.46 ID:stEQpnSV0
(#=゚ω゚)ノ『この馬鹿!! 領主殿に何かあったらどうするつもりだったんだよぅ!! 家に帰ったらおしおきだよぅ!!』

川l.゚ ー゚ノ!『えーん、ごめんなさーい。許してー』

当然嘘泣きである。
少女の表情からは反省の色など微塵も見られず、悪戯っぽく舌をペロリと出していて、それが一層イヨゥの怒りに火を注ぐ。

(#=゚ω゚)ノ『領主殿も何か言ってくれよぅ!!』

/ ゚、。 /『…いや。今のは俺も悪い』

しかし、ダイオードには少女を責める素振りもない。
それどころか、

/ ゚、。 /『…俺の眼はナナの姿を確認していた。筋肉の動き。空気の流れ。それも分かっていた。
      それでも避けられなかったのは俺の甘さが原因だ。あまり責めてやるな』

そう言って少女の身体をヒョイと持ち上げると、自信の愛馬の背に乗せてやる始末である。

(=゚ω゚)ノ『…領主殿はナナに甘すぎるよぅ』

(.≠ω=)『ぅんぅん。全くだょ。ダイオード様には少しばかり自重して頂かないとねぇ』

珍しく同意したのはロシェであった。

(.≠ω=)『このままじゃ、ネグローニで一番偉いのはナナちゃんって事になっちまうょ。困った困った』

全く困った風には見えない。ワザとらしいその口調に、彼らを囲んでいた民衆はドッと笑いに包まれる。
笑いの種にされたネグローニ最高権力者は、何かを誤魔化すかのように自身も愛馬に跨り。
しかし、その仮面から覗く瞳は…確かに優しく微笑んでいた。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 06:07:24.52 ID:stEQpnSV0
ナナを加えた一同は、そのまま宮殿に向けて馬を進める。
城門と宮殿が直線の大通りで一本に結ばれているのが、当時アルキュの全ての城に共通する特徴であった。
つまり、城門が破られればその時点で城の命運は決まりと言うわけだ。
東洋の影響を受けているのか。民衆達もまた城壁内にて生活を営んでおり、
城内に敵の侵入を許すと言う事は為政者だけでなく民衆の生活も終わりを告げると言う事になる。
支配者階級のみが知る城外への秘密の抜け道を持つ者も少なからずいたようだが、多くの者は民衆と運命を共にし散っていった。
その意味では現代の為政者達よりも彼らは潔いと言えるかもしれない。

話を戻そう。
宮殿に辿り着いた彼らを出迎えたのは、常人よりも二回りは大きな腹を抱えた一人の文官である。
ネグローニは決して暑い地方ではない。
更に今まで何かしら身体を動かしていたわけでもない。
にも拘らず、男は頬の弛んだ顔に脂汗を浮かべていた。

( ´ー`)『ご無事で何よりでしターヨ、領主様』

/ ゚、。 /『……』

ダイオードは何も答えず側の兵に馬の手綱を預け馬を降りる。

(=゚ω゚)ノ『お前、また太ったかよぅ?』

イヨゥが皮肉を言いたくなるのも仕方が無いと思えるほど、この男。
シラネーヨは弛みきっていた。



67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 06:09:38.47 ID:stEQpnSV0
( ´ー`)『そ、そんな事無イーヨ。それより宴の支度が整って…』

/ ゚、。 /『…無用だ。協議すべき事が溜まっているだろう。行務室に行くぞ』

シラネーヨの言葉など相手にもせず、ダイオードは宮殿の奥に向かう。

(;´ー`)『そ、そんな!! せっかく準備させたのニーヨ』

慌てて漏らす言葉も、もはや領主の耳には入らない。
ダイオードは肩に少女を乗せたまま、宮殿の奥へと歩いていく。

(;´ー`)『そりゃネーヨ』

嘆息。
だが、もし諸兄らの中でダイオードの行動にやりすぎ感を覚える者がいるならば、それは誤りだ。
数年前。この領主はまるで人が変わったかのように覇道に乗り出した。
奸臣を遠のけ、忠臣を呼び寄せた。
流浪の軍師ロシェも、彼によって在野から掘り起こされた一人である。
そして、このシラネーヨこそ、かつてネグローニを食い物にしていた奸臣の代表たる者。
本来であれば追放されぬだけ感謝せねばならぬのだ。
にも拘らず。この男は過去の栄光を再び手中にせんと姑息な策を尽くしてくる。
それが彼らには我慢ならない。
もし、シラネーヨの行動が真に領主の労を労おうとする物であれば、さしもの彼もこのような対応はしなかっただろう。



69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2008/05/22(木) 06:11:44.15 ID:stEQpnSV0
当初、人々はダイオードの急激な変身を当たり前のように気味悪がった。

     / ゚、。 /『優れた戦士は城民の初夜権を奪う権利がある』

とか。

     / ゚、。 /『戦場から帰還した戦士は敵兵の首を通貨の代わりに使う事が出来る』

などと無茶苦茶な悪法を乱立しようとしては【繚乱】イヨゥに止められていた男である。
それも止むを得ないだろう。

が、自ら田畑の泥にまみれ、戦場では傷ついた下級兵士に肩を貸す彼の姿に人々の目は変わった。
そして、まことしやかに囁かれる噂の数々。
曰く、過去の愚行は評議会の目を欺く為の芝居だった。
曰く、真に信頼できる配下を見極める為の芝居だった。
更に、宮殿内を警備する兵士が見たと言う、イヨゥ・ロシェに続く【第三の男】の影。
その男は痩身猫背。夜中一人で槍の訓練を行っていたと言う。

とにもかくにも。
現在のダイオードはネグローニ全ての民から慕われる立派な領主であった。
その主の背を追ってイヨゥも宮殿内へ足を運ぶ。

(.≠ω=)『あんたも馬鹿だねぇ。だ・か・ら。うちらが帰って来るまで大人しく
      庭の草の数でも数えてなさいって言ったでしょうにぃ』

ケラケラと笑いながら彼女も二人の後を追った。残されたのは呆然と立ち尽くす肥えきった文官のみ。

( ´ー`)『……』

拳は固く握り締められていた。



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