( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

46: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:05:08.87 ID:NN6yVO1T0
(´<_` )。oO(水中では敵無しと言われたのは随分むかしの話になってしまったな…)

弟者は思う。
神将の地位を得る際に一度はメンヘルに帰化したものの、本来兄弟は南部に居を構える海洋民族【海の民】の出身である。
『一生を陸に上がらず過ごす者もいる』とさえ言われる彼らは、例外無く泳ぎに長けていた。
若くして隠密の道を志した兄弟は、瞬歩法を学びはしたものの
その力は【天翔ける給士】ハインに遠く及ばない。
しかし、いざ水中戦ともなれば白魚の如く自在に泳ぎまわり、給士を遥かに上回れるのだ。

だが。
弟者の左腕は鉄で出来ている。これでは水中を自由に泳ぐ事など出来ない。
だから彼は、愚かしいとは分かっていても嫉妬してしまうのだ。

???『どうした? 考え事か?』

その声に我に返る。
気付けば、彼の嫉妬の対象は湖からあがる直前で。
陸地の岩に片足を乗せ、こちらに片手を伸ばしていた。

(´<_`;)『あ、あぁ。すまんな』

引き上げてくれと言っているのだろう。
弟者は慌てて手を差し伸べる。
が。

(´<_`:)『う、うわっ!!』

岩に生えた苔にでも足を滑らせたのか。
その者は背中から湖に転げ落ちる。
当然、手を繋いだままの弟者も引っぱられるようにして、水しぶきと共に湖に転落した。



47: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:07:48.01 ID:NN6yVO1T0
???『………』

(´<_`;)『………』

下半身を冷たい水に浸しながら絡まりあう身体。
顔の距離は互いの熱い吐息を感じ取れるほどに近く。
声を絞り出す事も出来ず見つめ合う。

???『これは……』

(´<_`;)『ヤバイ…何だか分からぬが非常にヤバイ』

思う心と裏腹に身体は動かない。
いや、むしろ近づこうとしているにょろ。
そこにある想いは、少しの戸惑いと大きな期待。
微かに震える身体と、壊れそうなほどに高鳴る胸の鼓動。
潤んだ瞳の中に自分の姿が見える。
そして二人はゆっくりと……

???『……』

(´<_`;)『……にょろ?』





木|∀゚)『…はぁはぁはぁ……貪りあうように…互いの唇を求め合い…はぁはぁはぁ……』

(´<_`#)『……』



51: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:10:33.72 ID:NN6yVO1T0
(メ* ∀ )『…ねぇ。凄く痛いんだけど』

(´<_`#)『自業自得だ!! この腐れ馬鹿!!』

木陰に隠れて自分勝手なストーリーを展開させていた女に特大の拳骨を喰らわせてなお、
弟者の怒りはおさまらなかった。
芝の上にペタンと座り込み頭を抱えている女。
旧友【不敗の魔術師】ツーを怒鳴りつける。

( ´_ゝ`)『全くだ。馬鹿な事をしてないで声をかければよいだろうに』

褌で濡れた頭髪をかき混ぜるように拭きながら、水中の影。【金剛阿】兄者が話しかけた。
当然全裸である。
あまりにも激しく髪を拭くので、【魔女】の前で粗末なシンボルが振り子のように揺れている。

(´<_`#)『兄者も兄者だ!! 前を隠せ!!』

(*゚∀゚)『あ、そのままでいいよ』

弟者の八つ当たりにも近い叱責をツーが静止する。

(*゚∀゚)『よく観察してリアリティある作品を…キャンッ!!』

再び弟者の拳骨が彼女の頭頂部を直撃した。

(´<_`#)『全くこの女は…相変わらず品の無い…』

(;´_ゝ`)『早すぎたんだ。腐ってやがる』



54: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:14:29.84 ID:NN6yVO1T0
それから。弟者が火を起こし始めた脇で、ようやっと兄者は服を着始めた。
【腐敗の魔術師】はそれを観察しながら小さな紙切れに何やら必死に書き取っている。
その彼女にいちいちオーバーなポーズを決めている為、兄者の着替えは遅々として進まなかった。

(´<_` )『あのなぁ、ツーよ』

小さな火種に枯れ枝を放り込みながら弟者が口を開く。
幸い、ここは森の中。枯れ枝探しには苦労しない。

(´<_` )『お前ほどの容姿の持ち主だ。男探しには苦労しまい。
       そんな参考にもならぬ兄者のお粗末君など見てないで、とっとと特定の相手でも見つけたらどうだ?』

そうすれば彼女の奇癖も落ち着くだろう。そうと期待した。

(*゚∀゚)『ちっちっちっ。弟者は男と女の事は何にも知らないんだねぇ』

しかし、彼女は左手に持った筆を左右に振りながらそれを否定する。

(*゚∀゚)『この【不敗の魔術師】!! 現実の男などに興味は無いっ!!』

これがもし彼女が愛読する姿絵本の1シーンであれば、背後に落雷のシーンが描かれていたであろう。
耳ざとく捕らえたのは、ちょうど着替えを終えた兄者である。

(;´_ゝ`)『え? 俺は?』

それを聞いたツーはしばらくポカンとしていたが、やがてサッと顔を青くして。

(;*゚∀゚)『あ? …そっか…兄者にも生殖器官ついてるんだったか…。
      一応男だったんだ…てっきり何か小さな生物の集合体だとばかり…。
      え? って事はコレも性交で繁殖するの? うわ…キモ……そりゃ無いわ…絶対ありえないわ……………』



56: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:19:20.38 ID:NN6yVO1T0
(´<_`;)『お前…あんまりだわ』

(;*゚∀゚)『あの…その…ごめんなさい』

焚き火を囲む三人。
弟者は胡坐で。ツーは正座で。
そして兄者は体育座りで、膝の間に顔を埋めたままあげようとしない。

(´<_`;)『考えても見ろ。兄者が謎の生物の集合体だとすれば、弟の俺もそうなるのだぞ』

焚き火にかざした小さな片手鍋をグルグル回しながら言う。
全体が熱くなるよう、湯を巡回させているのだ。

(´<_`;)『第一、もしそうだとしたらお前が毎日毎日眺めている、我らの絡み本はどうなるのだ?』

(;*゚∀゚)『えっと…人外陵辱けっ!?』

言い終わる前に腰を上げず、足の力だけで蹴り飛ばす。
どうやら足が痺れていたらしい彼女は、ガードにも力がなく無様に転がった。

(#*゚∀゚)『あ、あんたねぇっ!! 何すんのさっ!! 常識ってもんが無いのかいっ!?』

倒れたまま喚く。

(´<_`#)『その言葉、綺麗そっくり包装してお返しするぞ。
       熱湯をかけられなかっただけマシだと思え』

ギャンギャンと犬猫の喧嘩のように騒ぎ立てる二人。
その間【金剛阿】兄者は━━━━━。
一人寂しくすすり泣いていた。



58: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:21:07.53 ID:NN6yVO1T0
( *´_ゝ`)『わははははははははははははは!! まぁ、貴様ら凡人が嫉妬する気持ちも分からぬでもないがね!!
       ほら。遠慮せずに飲むがいい』

ほんの少しの後。給士ハイン風に言えば『茶葉に湯を注いで完全に葉が開く位の時間』の後。
兄者の機嫌はコレでもか、と言うほどに良くなっていた。
なんて事は無い。ただ、兄者玉の一つを溶かし込んで作った茶を

     (*゚∀゚)『あ。コレ美味しい』

と褒めただけである。

(*゚∀゚)『ウザイなぁ。ウザイよなぁ』

不本意ながらも事の発端となってしまった本人は、城門を出てから腰につけた三本の愛刀の柄に手を当てている。

(*゚∀゚)『今すぐ謝れば失神するまで殴って許したげるさ』

(´<_` )『謝らなければ?』

(*゚∀゚)『失神してから14発追加で殴るね』

(´<_`;)『結局、失神だけはさせるんだな』

14発という数字はどこから出てきたのか? そんな考えが頭をよぎるが、口にはしない。
これ以上話を面倒臭くするのはゴメンだった。
兎に角、兄者がようやく復活したのだからそれで良しとするとして。
弟者は当初からの疑問を口にする。

(´<_` )『で、ツーよ。お前は一体何をしにきたのだ?』



61: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:40:09.77 ID:NN6yVO1T0
(*゚∀゚)『あぁ、あんた等をスカウトしにねっ!!』

まぁ、そんな所だろうと思っていた兄弟は動じる素振りも見せずに茶を啜る。

(*゚∀゚)『でも、あんたらが見つかんなかったから代わりに【無限陣】にお願いしたら拒否されたよっ!!』

(;´_ゝ`)『は?』(´<_`;)

しかし、そこまでは予想できなかった。
二人合わせて間抜けな声を漏らす。
兄者などは鼻から茶を垂らしてしまっていた。

(*゚∀゚)『あれ? どうかしたかいっ!?』

(´<_`;)『どうかしたかいっ、ではないわ。この大馬鹿者』

(;´_ゝ`)『馬鹿だ馬鹿だ、とは常日頃から思っていたが、ここまで馬鹿だったとは…』

(*゚∀゚)『にょろ?』

全く意味が分からないと言う表情のツーを弟者が怒鳴りつける。

(´<_`#)『あのなぁ!! そのような頼みをされて首を縦に振る者がどこにいる!?
       お前は少しでも【無限陣】が許可を出すとでも思っていたのか!?』

が、【魔女】の返答は兄弟の想像の更に斜め上を行く。



(*゚∀゚)『うんにゃ。全然思ってなかったよっ!!』



64: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:43:04.68 ID:NN6yVO1T0
(;´_ゝ`)『……』(´<_`;)

すでに漏らす声も無い。
彼女の行動の真意を分かりかねた二人は、ただ魔女が言葉を紡ぐのを聞く事しか出来なかった。

(*゚∀゚)『あたしゃね、あんたらがメンヘルやモナーに忠誠を誓ってるなんて全く思った事が無いよ。
     でも、バーボンであんたらが姿をくらませてから。
     あたしの調べじゃ、結構すぐに【無限陣】に仕えてる。間違いは無いねっ!?』

(´<_`;)『う、うむ』

これこそがツーと言う人間の本当に恐ろしい顔である。
ただ猪のように直進しているだけではない。
綿密な調査によって相手の事を知り尽くしているからこそ出来る、大胆な戦術なのだ。
豪放に見えて繊細。【不敗】の異名はこう見えて伊達ではないのである。

(*゚∀゚)『で、しかもあんたら兄弟は自分の意思で【無限陣】を選んだ。
     しかも、かなり真剣にやってるらしい。そんなあんたらに寝返りを打診しても無駄ってもんだろっ!?』

どうせ兄弟に裏切りを打診しても断られるに決まっている。
そして、その情報は間違いなくクーの元に伝わるだろう。
ならば自分の口からクーに伝えても結果は同じ。
大体、このような姑息な手段は自分は好まない、とツーは言う。

(* ∀ )『そもそも、ね。あんたらは自分の意思で主を選んだんだ。そこに死後の平和をチラつかせて寝返らそうだなんて……』

握った拳が震えている。
それを地面に思い切り叩きつけて叫んだ。

(#*゚∀゚)『そこに萌えはあるのかいっ!!』



66: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:45:28.66 ID:NN6yVO1T0
(´<_` )。oO(あぁ、やはり…)

(;´_ゝ`)。oO(…こいつは大馬鹿者だ)

途中までしんみりと聞いていた兄弟はガックリと肩を落とした。
が、彼女の言いたい事も分からぬでは無い。
最後の一言を抜かしては。

( ´_ゝ`)『しかしな、馬鹿よ。質問してもいいか?』

(*゚∀゚)『うわぁ。馬鹿に馬鹿って言われちゃった。殺してぇ』

(´<_`;)『聞き流せ。話が先に進まん』

再び愛剣に手を伸ばしかけた魔女を弟者が静止する。

( ´_ゝ`)『気に入らぬならそのような命令断ればよかったであろう。
       少なくともお前は今までそうしてきた筈ではなかったのか?』

もっともな疑問である。

(*゚∀゚)『うん。でも、ちょっと気になる事があってね』

言ってツーはニヤリと笑う。

(*゚∀゚)『なんで今頃あんたらが特定の主に仕える気になったのか?
     それがあたしの影からの情報では全く分からない。
     だから、直接それを聞きに来たのさっ!!
     さぁ、あたしゃあんたらの質問には答えたよっ!! 今度はあんたらが答える番だっ!!』



67: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:48:51.10 ID:NN6yVO1T0
( ´_ゝ`)『絶世の美女と聞いて夜這いをかけたのだが逆に捕まってしまってな…』

(*゚∀゚)『あっそ。黙ってろ変態』

目もあわせず、ツーは野良犬でも追い払うようにシッシッと手を払う。
これもまぁ事実なのだが、彼女が知りたいのはその様な事ではないのだ。
しかし、兄者は再び膝に顔を埋めて黙り込んでしまう。

(´<_` )『…お前はクーの足を見たか?』

弟者の言葉は問い掛けで始まった。
ツーは黙ってコクンと頷く。

(´<_` )『あれは俺と同じだ』

言って弟者は左腕を持ち上げて見せた。
特殊な樹脂でコーティングされたそれは一見普通の腕のように見える。
だが、それは血の通わぬ冷たい鉄の塊。

(*゚∀゚)『どう言う事だい?』

(´<_` )『俺は腕を失い、泳げなくなった。
       あれは足を失い、駆ける事が出来なくなった。そういう事だ』

幼き日。彼女はあの大草原をどこまでも駆けていけると信じていたのだろう。
いや。疑う事すら知らなかった筈だ。
それが今、多くを失い。たった一つ残った思い出を護る為にもがいている。

(´<_` )『ならば俺はあれの力になりたい。
       あれが本来ずっと見れていた筈の夢を護ってやりたい。それだけでは足りぬか? ツーよ』



69: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:50:43.57 ID:NN6yVO1T0
(*゚∀゚)『……いや、十分さ』

呟くように漏らし。

(*゚∀゚)『十分だよっ!! 弟者っ!!』

堪えきれぬとばかりにバンバンと両手で弟者の肩を何度も両手で叩いた。

(*゚∀゚)『あんたの言葉には真実の萌えがあるっ!! それだけでもあたしがここまで来た意味があったってもんさっ!!』

彼女の瞳はキラキラと輝き。
何故か弟者は不気味な物を感じた。
それもその筈。
彼女の頭の中には、この主従を素晴らしい姿絵にする事でいっぱいなのである。

( ´_ゝ`)『しかしな!! 2人とも聞いてくれ!!』

突如割り込んでくる兄者。

(;´_ゝ`)『ヤツはしっかり訓練すれば義足とは言え日常生活に支障は無いのだぞ!!
       事実俺は夜這いが見つかった時、天井に身体がめり込むほどの力で蹴り上げられたのだ!!』

それもまた事実。
【無限陣】クーは稀代の兵法家であると同時に【勝利の剣】モララーの子でもあるのだ。
その武に天性の物があっても不思議は無い。

しかし、その必死の訴えも彼らの耳には届かず。
兄者は悲しそうに地面に渦巻きを描き続けるのであった。



72: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:53:19.18 ID:NN6yVO1T0
(*゚∀゚)『さて、と』

言いながら砂漠の魔女は立ち上がった。パンパンと尻を叩き、泥をはたき落とす。

(´<_` )『行くのか?』

弟者の問いに頷き返した。

(*゚∀゚)『良い話も聞けたしねっ!! とっとと帰るさっ!! 兄者。お茶美味かったよっ!!』

お茶美味しかった。その一言に体育座りの男がピクリと反応する。
しかし、彼が言葉を発する前に。その顔面には尖ったサンダルのヒールが突き刺さっていた。

(*゚∀゚)『あ。ごめん。間違って蹴っちゃったさ』

当然ワザとである。これ以上出発を遅らせたくはない。
むしろウザイ。

(´<_` )『どこか寄って行くのか?』

(*゚∀゚)『うん!! ネグローニにねっ!! どうもあたしの見た感じだとモナーはネグローニと手を組みたがってる。
     だったら、どんな国か見ていかないとねっ!!』

答えながら愛亀の背に飛び乗った。
この時、彼女はメンヘルとネグローニの同盟が可決された事を知らない。
恐るべき観察眼であった。
ゆるゆると森の影に消えていく背中を弟者は無言で見送る。
そしてその間。
兄者は地べたに仰向けになり、両手で顔を覆うようにして。
咽び泣いていたと言う。



73: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:55:47.05 ID:NN6yVO1T0
         ※          ※          ※

北の大国ラウンジ王国。
南の大国神聖ピンク帝国。
この両大国に挟まれる位置にありながら、アルキュは東洋圏の文化に色濃く影響を受けている。

【天智星】ショボンの竹冠。
【天翔ける給士】ハインは服装こそ北のラウンジで着用されている物だが、愛用の小太刀は東洋の武器である。
アルキュ全体で着用されている服も一枚作りのそれを腰帯で縛る形の物であったし、
物語中で彼らが好んで服用している茶も、ラウンジで飲まれているような紅茶ではなく、
茶葉の醗酵を抑えた緑茶の類が多かった。

この島に東洋の文化を伝えた者達がいる。

アルキュ東南部にて勢力を誇る【第五の民族】。
陸地に居を構えようとせず、特有の文字を使い。蛮勇を誇り、水戦に長けた者達。

交易船を襲い積荷を奪う彼らには幾度として討伐隊が組織された。
ラウンジ・神聖ピンク・アルキュによる大討伐隊が組まれた事もある。
しかし、その度に彼らはそれを退けた。

そして。
略奪による損害が増える事を怖れた神聖ピンクは、彼らにアルキュ島で唯一の『製塩権』を与えたのである。

塩が無ければ人は生きていけぬ。
彼らによって製造された塩は、アルキュ全域の民の生活を最低限保障する事となった。
それは言わば『第二の通貨』としての権力すら持っていたのである。

闇の流通ルートを牛耳る北部のニイトと並んで、島の経済を裏で支配する彼らを。
後世の歴史家達は【海の民】と呼ぶ。



74: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 01:57:40.92 ID:NN6yVO1T0
アルキュは気温差が激しい島である。
高地帯に属する北部。ニイトやギムレットがようやく春を迎えた頃。
南風の影響を強く受ける南部では、早くも夏の訪れを人々が感じ始めていた。

島の中央部であるローハイド草原を南下する。
すると、そこはアルキュ唯一の『製塩権』を有する、海の民のテリトリーだ。。
風車の力を利用して海水を汲み上げ、風の助けを借りて水分を蒸発させる。
所謂、塩田法が当時の主流であった。

肌を小麦色に焼いた男達が、上半身裸で作業に取り組む。
流した汗は瞬時に乾いてしまうので、彼らは浴びるように水分を補給し、
時折出来たての塩を舐めて塩分を補給する。

塩分の過剰摂取は高血圧症等の原因に数え上げられ、『塩分控えめ』が健康の代名詞のようになっているが、
それは大きな間違いだ。
塩分不足は、肉体や精神の疲労や精力減退、生殖機能低下などの問題を引き起こす。
そもそも、人間の血液とは海水と非常に成分が酷似しているのだ。
適度な塩分なくして健康を保つ事は出来ないようになっている、と言っても過言ではあるまい。

閑話休題。

遥かに続く塩田と風車の向こう。
帆を降ろした帆船が青い海に錨を下ろしていた。
その甲板上では。

???『暑いのじゃー』

一人の少女が太陽に文句をこぼしている。



76: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 02:00:24.82 ID:NN6yVO1T0
額に汗で張り付く髪を押さえる為、バンダナを巻きつけた男達。
食料や水を詰めた樽を押し転がしながら、甲板上を忙しそうに走り回る。
船は明日の朝一番で航海に出るのだ。

随分と重厚な船であった。
所々鉄で補強され、船尾には大筒まで装備されている。
積み込みの仕事が終われば、男達は街に繰り出す。
そして、娼館に向かい女達にしばしの別れを告げるのだ。

準備万端。士気も高い。
何せ、彼らにとっては久々の航海になるのだ。
この数年間。塩田を巡って彼らと戦い続けてきた【常勝将】は評議会の召還を受け、軍を一事引いた。
願ってもない『商売』のチャンスだった。

その時。

???『暑いのじゃーっ!!』

再び甲板上で怨嗟の声が上がる。
男達は一瞬その声が上がった方角をチラと見たが、すぐに作業に戻ってしまった。



77: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 02:02:53.45 ID:NN6yVO1T0
l从#・∀・ノ!リ人『ええぃ!! 気の利かぬヤツらめ!! 暑いと言っているではないか!!』

いっこうに構う気配もない彼らに、少女がとうとう癇癪をあげた。
頭には彼女の胴体ほどはあろうかという麦藁帽子。
暑い暑いと喚きつつも、背に黄金の髑髏が刺繍された黒い外套を脱ごうともしていない。

???『妹者。そりゃ無茶苦茶だ』

そのすぐ側で帳簿を点検していた男が声をかけた。

l从・∀・ノ!リ人『渋沢!! 船上では艦長と呼べと言っているのじゃ!! 部下に示しがつかんのじゃ!!』

???『そりゃすまなかったな、可愛い艦長さん』

言って渋沢と呼ばれた男は、背に銀色の髑髏が刺繍された外套の内ポケットから
紙巻を取り出した。
  _、_
( , ノ` )『で。俺は暑さに苦しむ艦長さんに』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『何をしてやれば良いんだい?』

優雅な仕草で簡易火打石を使い火をつけると、紫煙をふぅと吐き出す。

l从・∀・ノ!リ人『決まっているのじゃ!! 暑さを紛らわせる為に一芸大会を開くのじゃ!!』
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『ふふふ。楽しい提案だが却下だ』



79: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 02:05:02.21 ID:NN6yVO1T0
一口吸い込んだだけの、まだ長いままの紙巻を指で弾いて海に投げ込む。
海面に触れた瞬間、それは塩水を吸い込み火は消えてしまった。

(兵゚∀゚)『やれやれだwwwまた妹者お嬢のわがままが始まったぜwwww』

作業を続けつつもその会話を聞いていた男達が楽しそうにぼやく。
その表情から見て、おそらくこのような光景は日常茶飯事なのだろう。
  _、_
( , ノ` )『ほんの少し我慢すれば』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『もっと楽しい航海の始まりだ。我慢するんだな』

言いつつ再び紙巻に火をつける。少女はむぅと頬を膨らませると、それを奪い取り海に放り投げた。

l从#・∀・ノ!リ人『煙いのじゃ!! あたちの前では紙巻は止めるのじゃ!!』
  _、_
( , ノ` )『そいつは出来ない相談だな』   
  \ζ
  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~『こいつは男の美学なんだ』

l从#・∀・ノ!リ人『むきーーーーーーーっ!!!!!!』

からかう様な物言いに、妹者は麦藁帽子を放り投げ、髪を掻き毟る。
それを見ていた男達は、またしても愉快そうに笑い声を上げるのだった。

海戦戦術ではアルキュ随一とさえ言われる少女。【小旋風】妹者。
その身一つで一軍を破ったとまで言われる男。【破軍】渋沢。
この二人が歴史の奔流に巻き込まれるまで。時は迫っている。



80: ◆COOK./Fzzo :2008/05/28(水) 02:06:30.66 ID:NN6yVO1T0
         ※          ※          ※

???『ここでいい。停めろ』

(兵゚∀゚)『かしこまりましたっ!!』

統一王によって整備された優雅なる都市【王都】デメララ。
天を目指そうかとでもしているのか?
思わずそんな事を考えてしまう、幾多の塔でこの街は成り立っていた。

だが、実際にはそのようなロマンチックな理由ではなく。
広大な湖の中央に建設された都市は、外敵にこそ万全の守りを誇ってはいるものの
常に雨季に苦しめられてきたのである。
つまり、高い塔の存在価値とは、己の自己顕示と共に雨という大敵からの防衛手段としても必要であった訳だ。

この湖の孤島へ続く唯一の侵入経路、ビッグブリッヂを渡りきった所で男は馬車を降りた。
声などかけずとも、背後に傅く従者が持つ旗印を見ただけで城門が開かれる。

歳の頃で言えば、ちょうど中年期を終え高齢期にさしかかろうかというところだろうか。
顔には深い皺が刻み込まれ、髪にも白い物が随分と目立っている。
が、反り返った太い眉と南風に晒されて浅黒く焼けた肌が『隠居にはまだ早すぎる』と自己主張していた。

湖風に翻すは白銀の竜が刺繍された外套。
これを身に纏うを許されしは、アルキュに只一人。
先の革命において統一王を支えた戦車隊の長。バーボン領の正統領主。

(`・ω・´)『王都に戻ってくるのも随分と久しぶりだな』

禁軍元帥。【常勝将】シャキンである。



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