( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

52: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:31:23.45 ID:3Vc1+XSSP
アイラ城奪取後、彼らの主がアルキュ全土に発した大号令は、確かに予想以上の成果を発揮した。
ヒロユキの理想に共鳴した多くの戦士達が、彼の元に馳せ参じたのだ。

ネグローニ城の戦いでは【狂戦士】ダイオードが。
バーボン城攻防戦では【常勝将】シャキンと【全知全能】荒巻が。
アーリー城攻めでは【人形遣い】フォックスがグサノ・ロホから私兵を引き連れ、それぞれ参戦している。
また、カリラ城に滞在する【引き千切る猛禽の爪】フィレンクトはデメララを虎視眈々と狙っていたし、
【預言者】モナーは陸路から。海の民頭領【花和尚】父者は海路からクエルボに攻め込んでいた。

だが、数が増えれば衝突の機会もまた増える。
特に、ダイオードとフォックスのように、敵味方に分かれて刃を振るいあっていた者同士が憎しみを忘れきれず
小さなきっかけで殺し合いにまで発展する例があまりにも多かった。
その意味では、ヒロユキの思想は行き渡っていない。

( −∀−)『クリテロの野郎が生きていたらなぁ……もーちょっと楽なんだけどよ』

ミ,,゚Д゚彡『クリテロ……ですか。強かったのですか?』

フッサールは、クリテロと会った事が無い。
初代【王家の猟犬】クリテロ。
彼は、キュラソー包囲戦においてヒロユキをニイトに脱出させる為、犠牲となった。
砂漠の騎士自身はアイラ城奪取戦で加入しているし、最古参のフィレンクトはカンパリの戦いで参戦したのだが、
その【猛禽の爪】と呼ばれる大鎌使いでも、クリテロとは面識がないのである。
彼の顔を知るのは、ヒロユキと妹のペニサス。
そして、彼らと個人的な親交のあったニイトの公子モララーだけであった。

( ・∀・)『強かったよ。僕の夢幻剣塵と一刻(約2時間)戦えたのは、クリテロだけだった。
     最後は2人とも疲れてやめちゃったんで、結局決着はつかず終いだったけどな。今じゃ後悔してるよ』

ミ,,゚Д゚彡『それは……惜しい人物を失いましたな』



54: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:32:58.29 ID:3Vc1+XSSP
何も知らぬ者が聞けば『傲慢だ』と憤慨しそうな物の言い方をする。
が、モララーは事実を述べているだけなのだから、仕方が無い。
むしろ、亡き友に向けて最大限の敬意を払っているのではないかと言う気すらしてくる。
特にフッサールは彼の、神の寵愛を一身に受けているかのような強さを目の当たりにしたばかりなのだから、尚更だ。

いつしか兵も落ち着き、周囲では夕餉用の鍋を煮る炎の煙が、いたる所から立ち昇り始めていた。
自ら組織した精鋭部隊【白衣白面】と共に雪の大地に眠る、英雄クリテロ。
もし、彼が生きていたらモララーの負担も随分と軽くなった事であろう。
少なくとも、くだらない仲間割れに万将自らが口を挟まねばならぬ事も無くなり、
その程度の手助けも出来ぬ自らを、情けないとフッサールは感じてしまう。

ミ,,-Д-彡『貴方には……苦労をかけっぱなしですな』

( ・∀・)『あ? 気にするなよ。あんなのは、苦労って程のもんじゃないよ。
     妖精から授かった鞘と勝利の剣。こいつがあれば僕は常に死から守られるんだし、敗れる事は無いよ。
     だから、あんなのはお遊び……なにより、僕には夢幻剣塵があるよ』

ミ,,゚Д゚彡『そのように言っていただけると少しは気も軽くなります。
      ところで、先程フォックスの長剣を砕いたのは、私の神速三段突きではありませんでしたか?』

( ・∀・)『いや、あれは夢幻剣塵だよ。お前は友達だからな』

ミ,,゚Д゚彡『……?』

夢幻剣塵と言う技には不可思議な点が多すぎる。
モララーに言わせれば、神速の移動術“瞬歩法”の究極形。
そして、軍馬ごと重装騎兵を両断した豪剣も、フォックスの“九尾”を打ち砕いた三段突きも。
それどころか、罠で捕らえた野生の鹿を上等なシチューに料理して見せたのも、全て夢幻剣塵と言う技の賜物だと言う。
そのあまりの不可解さから『夢幻剣塵とは妖精から与えられた魔術の類の物である』と言う者すらおリ。
フッサール自身も幾度かその正体を尋ねた事があったのだが、その度にはぐらかされてしまうのが常だったのだ。



57: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:34:56.50 ID:3Vc1+XSSP
そして、この日も砂漠の騎士がその答えを教えられる事は無いらしい。
何故なら、最初から計っていたかのように2人はモララーの幕舎の前に辿り着いていたからだ。
フッサールは残念そうに小さな息を吐き出しながら言う。

ミ,,-Д-彡『夢幻剣塵の正体。本日も話してもらえそうにありませんな』

( ・∀・)『ははっ、そうだな。ま、僕としては正体を晒しても問題は無いんだが……妖精が言うなって言ってるんだろ。
     それより、明日は朝から軍議だからな。遅れるなよ』

笑いながら幕舎の入口にかけられた垂れ幕を持ち上げ、くぐって行く。
が、何か心に思うところがあったのか。それともただの気まぐれか、ふと足をとどめ振り返った。

( ・∀・)『夢幻剣塵の謎が知りたければ、この戦いが終わったらニイトに遊びに来いよ。
     酒でも飲み交わしながら、ゆっくり話してやるよ』

ミ,,゚Д゚彡『!! は、はいっ!!』

(  ・∀)『剣が必要ない時代になれば、妖精も許してくれるだろうよ』

背中越しに片手をひらひらと振りながら、今度こそモララーの姿は幕舎の奥に消えた。
その約束が嬉しくて、フッサールもまた足を弾ませながら、自身の幕舎に向け歩み去って行く。




だが、この約束が果たされる事は遂になかった。
革命終了後、フッサールは戦の後始末に忙殺され、そうしているうちにヒロユキは天に召されてしまった。
モララーもまた、フォックスの陰謀によって二度と帰らぬ地へ旅立ち。

砂漠の騎士の予言どおり、彼はその卓越しすぎた強さが仇となって、最期の時を迎えたのである。



59: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:36:23.57 ID:3Vc1+XSSP
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

川;゚ -゚)『あのフォックスを……瞬殺だと?』

大英雄モララーの娘。【無限陣】クーは唖然と呟いた。
【砂漠の涙】フッサールに与えられた客室。傷ついた老将は、背中にクッションを当てて寝台に身を起こしている。
開け放たれた窓から陽光が燦々とさしこみ、彼を見舞いに訪れた男女の姿を照らしていた。

クーは父が戦っている姿を見た事がなく、モララーは子供達に戦争の話をする事を好まなかった。
だが、【人形遣い】フォックスの強さは身をもって知っており、今思い出しても震えがくるほどだ。
かの狐は、彼女自身を含め8人の重傷者を出したうえで、ようやく撃退できた程の怪物であった筈なのに……。

(;^ω^)『……』

ミ,,゚Д゚彡『戦いには相性があります。それにフォックスはあの日モララーに叩きのめされてから、
      余程悔しかったのか……更に実力に磨きをかけておりました。
      むしろ、当時より老獪さを身につけた今の方が厄介かもしれません。あまり気を落とされぬ事です』

そんな言葉は慰みにならなかった。
確かに、ジョルジュ・ギコ・クーの蹴脚術などはあまりに直線的すぎて、フォックスにとって扱いやすい相手であっただろう。
流石兄弟は善戦するも、経験と狡猾さで一枚も二枚も及ばず。
結局、狐を追い詰めたのは、父と同じく神速の移動術の使い手であるハインとブーンの2人であったのだ。

ミ,,゚Д゚彡『やれやれ……若い日の話と言うのは、どうにも気恥ずかしい物です』

ξ゚听)ξ『いえ、凄く勉強になりました。ありがとうございます』



61: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:37:56.76 ID:3Vc1+XSSP
ミ;,゚Д゚彡『そ、そんな……勿体無いお言葉でございます』

黄金の獅子があまりにも素直に頭を下げるので、かえってフッサールは畏まらなくてはならなかった。
リーマンやメンヘルと違い、歴史の浅いヴィップ王国は、やはり将の平均年齢も若い。
唯一の例外とも言える【白鷲】フィレンクトを除けば、ようやくジョルジュやダディなどが壮年の域に踏み込んだ程度だ。
そのフィレンクトはモララーと別行動を取る事が多かったと言うから、フッサール同様に夢幻剣塵の正体は知らぬらしい。

川 ゚ -゚)『……ラーゼならば、知っていたかもしれないな』

思わず声に漏らしていた。
ニイトの双子姉妹・レーゼとリーゼの父、ラーゼ。
モララーから委ねられた【勝利の剣】を銀髪の青年に託した老人である。
ニイトとヴィップの連合成立後、クーはハルトシュラーに命じて彼をニイトに迎え入れようとしたのだが、それは叶わなかった。
かつて己も暮らしていた北の島より戻ったハルは『ラーゼは旅に出た』とだけ伝えると、口を貝のように摘むんでしまった。
クーもまた、更に多くを聞き出そうとはしなかったのである。

(´・ω・`)『ところで、カンパリのフンボルトから報せが入ったよ。
     ニイト公国領は兵力22000を揃え、そのうち12000が出撃可能らしい』

川 ゚ -゚)『12000か。ヴィップ領内と併せても25000が関の山だな』

(´・ω・`)『ただ、ニイトはフンボルトが優秀な軍馬を育てあげてくれているからね。
     騎兵中心の構成がとれそうだ。問題はモスコーの地形でどれほど騎兵が活躍できるかなんだけど』

川 ゚ -゚)『ならば、五騎団のうち2つだけを動かそう。状況を見て歩兵部隊と交代させる』

2人の言葉に、ツンは強く頷いた。
心のどこかで葛藤はあるものの、すでに出兵の覚悟は整っている。

<丶`∀´>『ウリのところにもスカルチノフから早文があったニダよ。評議会は陸水軍併せて50000の兵を動かせるニダ』



65: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:39:14.87 ID:3Vc1+XSSP
(;´・ω・)『50000? 評議会の兵力は75000程度だと思っていたんだけど……?』

<丶`∀´>『流石ニダね。そのとおりニダ』

フッサールが亡命してきた翌日、事態を重く見たニダーは、護衛である【一丈青】ワタナベに便りを持たせ、デメララに帰していた。
水軍提督【全知全能】スカルチノフと、禁軍元帥【常勝将】シャキンに出撃可能兵力を確かめさせていたのである。
また、【祝福の鐘】ハルトシュラーに泣きつかれて、兄者とレーゼの2人もニイトに戻っている。

<丶`∀´>『ウリ自ら30000の兵を率いて、アーリーから双子砦を攻めるニダ。
      ワタナベはウリの副将を任せ、【国士無双】ロマネスクには5000の兵を連れてデメララ河を下ってもらうニダ。
      シャキンは陸路を進ませるニダよ』

(;´・ω・)『いや、それは良いんだけどさ。大丈夫なのかい?』

一般的に他国出兵につぎこめる兵力は、総兵力の三割までとされている。
それを超えると自国の守りが疎かになるうえ、生産や流通に不備が生じるのだ。
危急の時とは言え、国内兵力の五割を投入するヴィップも相当の無理をしている。
ましてや、七割近くを参戦させようというのは、既に暴挙に等しい。

<丶`∀´>『考え方の違いニダよ【天智星】。侵攻戦と考えれば、確かに無謀。
      だが、これは神聖国教会と言う侵略者から、我らの島を守る為の戦。
      つまりは、防衛戦ニダ。そう考えれば、国軍の七割を投入する事におかしい部分は無いニダよ』

(;´・ω・)『そうかもしれないけどさ……』

白眉の青年の懸念は、モテナイの【黒犬王】ダイオードの事である。
国土を空にして侵略者を追い出したとしても、帰る家を奪われてしまっては元も子もない。
ようやく北の大国ラウンジと繋がる評議会と和平できたとしても、デメララ地区をモテナイに奪われては意味が無いのだ。

<丶`∀´>『安心するニダ。モテナイの事は考えてあるニダよ。すでにワタナベに調べさせておいたニダ』



66: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:40:30.51 ID:3Vc1+XSSP
<丶`∀´>『ワタナベからの報告によると、生誕祭の当日、ダイオードは熱病に倒れた言う事ニダ』

(;^ω^)『お? 病気だから動けない。だから攻めてくる心配は無い、って事かお?』

銀髪の青年の言葉にニダーは優しく首を横に振った。
ブーンを含め、諸将は既にショボンからモテナイ南進の可能性について説明は受けている。
そうなった場合の危険性も理解出来ているつもりだが、だからこそニダーの自信がどこから来る物なのか納得が出来ない。

<丶`∀´>『それは違うニダね。あまりにも機が不自然ニダ。
      これはつまるところ、今は我らに加勢したいが“病気だから動けない”。
      逆を言えば、隙を見せればいつでも“病気が治って”噛みついてくるつもりニダよ』

(;^ω^)『? ??? じゃあ、なんで兵力を三割しか残さないんだお?』

<丶`ー´>『答えは簡単ニダ。……ウリを。評議会を舐めるな、って事ニダよ』

言ってニダーは唇をほころばせた。

<丶`∀´>『ヒロユキが残した評議会とは、そこまで底が浅い組織では無いニダ。
      アイラには【鉄大虫】デルタ将軍を。バカルディには【神火将】シーン将軍と【神水将】ネーノ将軍を残すニダ。
      更に【鉄壁】ヒッキー将軍をカリラに置き、三将と共にダイオードを監視させるニダよ。
      王都の守りは【全知全能】スカルチノフ提督と【神機秀士】バルケン将軍に委ねるニダ』

(´・ω・`)『……正直、あまり聞きなれない名前が多い気もするけどね』

ショボンの言葉にニダーは軽く頷く。

<丶`∀´>『ここ数年、頭角を現してきた若い千将達ニダよ。
      特に、バルケンはスカルチノフの実子であり弟子でもある。
      ジョルジュ将軍の抜けた五虎将の穴を埋めるのは、他にいないと言われるほどの傑物ニダ』



67: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:42:39.12 ID:3Vc1+XSSP
だが、そんなニダーの自信溢れる態度に水を差す者がいた。

川 ゚ -゚)『バルケンか……正直、好かんな』

やはり【全知全能】スカルチノフの弟子である【無限陣】クーである。
『知っているのか?』と尋ねる者達に首を縦に振ってから、答える。

川 ゚ -゚)『一応、兄弟子だからな。やたらと自尊心の強い男で……昔はよく、
     “カタワの女に何が出来る!!”などといじめられたものだ。
     もっとも、成長するとそれの後に“俺の妾にしてやる”が付け加えられたが、な』

(´・ω・`)『……君がそれを許すとも思えないんだけど?』

川 ゚ -゚)『あぁ。全裸に剥いて大凧に縛りつけてな……今となっては良い思い出だよ』

( ;^ω^);゚听)ξ;´・ω・);丶`∀´>;,゚Д゚彡。oO(……うわぁ)

尚も思い出の中に浸り『空が綺麗な日だった』などと呟く黒髪の戦術家に、居揃った者達は揃って半歩距離を取る。
砂漠の老将などはあからさまに身体を彼女から遠ざけた。

<;丶`∀´>『と、ともかく!! デメララの守りは問題ないニダよ!!
      ウリも明日にはデメララに戻って出撃の準備を整えるニダ!!』

川 ゚ -゚)『む? では、バーボン城の守りはどうするのだ?』

(;´・ω・)『き、君が前線基地にすれば良いんじゃないかな? どうせヴィップ部隊とニイト部隊は分かれて行動するつもりなんだろ?』

それから話はしばらく、進行作戦の部隊構成について主導されていく。
だが、一刻(約2時間)ほど経過したところで傷の癒えていない砂漠の老将が疲れを見せ始めたため、
なし崩し的に始まった軍議はとりあえず解散となった。



68: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:43:41.37 ID:3Vc1+XSSP
         ※          ※          ※

( ^ω^)『姉様。笑わないで聞いて欲しいお』

川 ゚ -゚)『む?』

銀髪の青年は、自身が押してやっている四輪車に座る姉に向けて声をかけた。
黒髪の戦術家の膝にはよく冷えた果実水の入った竹筒と、山のような焼き菓子。
クーは弟に車を押させながら、満面の笑みで菓子をかじっている。

いつもの事ながら、よく太らないものだと思う。
二年前に再会した時は、両の足を失った薄幸の美女と言う印象だったのだが、
最近では『ひょっとして、足が無いなりに人生を堪能しているのではないか?』という気すらしていた。
蹴脚術の達人でありながら、姉が鍛錬に励んでいる姿を見た事が無い。
隠れて努力している風でもなく、部屋で分厚い軍術書を開いている以外は寝ているか、
何かを食べている姿しか見ていないのは、はたして気のせいだろうか?

姉に言わせれば『頭脳労働は肉体労働以上に体力を失う』らしいのだが、周囲の反応を見るとそれも眉唾ものだ。
少なくとも、将官用の厨房では、クーが好むような菓子の類は全て隠されてしまっていて、
それでも彼女はひょいひょいとそれを探し出してしまった。

川 ゚ -゚)『やはり、ハインリッヒがいないと張り合いが無いな』

(;^ω^)。oO(……どうしてこうなった)

そうも思いたくなる。
からくり義足“斬見殺”を装着し、戦場に立つ姿はあれほどにも凛々しかったと言うのに……。

川 ゚ -゚)『で、姉に話があるのでは無いのか、ホライゾン?』



71: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:45:35.48 ID:3Vc1+XSSP
(;^ω^)『おっ。そうなんだ……お』

僅かに躊躇うようなそぶりを見せてから、ブーンは姉の柔らかい視線に促されるようにボソボソと言葉を紡ぎ出した。

(  ω )『姉様……僕は父様の事を覚えていませんお』

川 ゚ -゚)『……あぁ』

その言葉の節々から真剣めいた何かを感じ取ったのだろう。
クーは両手に持つ黄金色の焼き菓子を、膝の上に戻した。

銀髪の青年、ニイト=ホライゾンには過去の記憶が無い。
最後の記憶は一人知らない森を彷徨っていた物であり、
それ以前の記憶は切り捨てたかのように抜け落ちてしまっている。

姉と再会し、黄金の獅子の元に復帰して早2年。
失われた記憶を取り戻そうと、試みた機会が全く無かったと言えば、嘘になる。
それでも彼が幼き日々の事を思い出すことは無かった。

しかし、青年は心のどこかで『それでも構わない』とすら思っていたのだ。
諦観、ではない。
優しい姉。美しい友。頼れる仲間がいて、これ以上なにを望む物があろうか?

『足のない姉、記憶のない弟』と低俗な陰口を叩く者もいたが、
己の記憶が無い事を侮蔑の対象にされても、彼は動じない。
何故なら、既に受け入れてしまっている事だからだ。
当然、姉に対する侮辱は鉄拳をもって償わせるのだけれども。



74: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:47:06.17 ID:3Vc1+XSSP
だが、そんな銀髪の青年の心に、少しずつ変化が生まれつつあるのだ。

父、モララー。
北の英雄。
勝利の剣。
夢幻剣塵。
精霊の祝福を受けし者。

その存在が、ブーンの中で日に日に大きくなっていく。
記憶に無い父の姿を夢に見る夜も多い。
そんな時、父は必ず青年に広い背中を向けて立っていた。
ふとした時に振り返る顔は影になっていて確かめる事も出来ない。何かを語りかけてくるでもない。
ただ、まるで『着いて来い』とでも言うかのように、燃える荒野を歩み去っていく。
それは、かつて幾度も見た幻覚。
炎の世界を己の世界とし、彼を導いた幼き頃の姉の幻覚を彷彿とさせた。

既に己の意思で押さえつけられるような生易しい感情ではない。
焦がれ、求め、憧れる。
そんな想いである。
だが、決して不愉快な感情ではなくて。
父の背中を必死で追いかける夢を見た日の朝は、疲労の中にも心地よさを覚える目覚めを迎えるのだ。

(  ω )『変だと笑うかもしれないけど……僕は父様みたいな男になりたいお』

川 ゚ -゚)『……』



76: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:49:05.55 ID:3Vc1+XSSP
クーはそっと青年の身体を引き寄せた。
自身の黒髪とは似ても似つかない、銀色の毛髪に覆われた頭を豊かな胸に抱きかかえる。
ブーンもまた、逆らおうとはせず、姉の鼓動の中に身を委ねた。

川 - -)『大丈夫、なれるさ。ホライゾンならきっと父様のようになれる』

(  ω )『……おかしくないですかお?』

川 - -)『何がおかしい物か。もし、笑う者がいたらこの姉が蹴り飛ばしてやる』

(  ω )『……』

( ^ω^)『ありがとうですお、姉様』

少しの間そうしてから、青年は顔をあげた。
その表情からは一切の迷いも困惑も消え去っている。

クーもまた、今ではかつてほど弟の失われた記憶に固執していない。
幼き日、生き別れてからブーンが歩んできた日々。
それが今の彼を形作っている事を理解しているからだ。
その道が決して間違い、歪んだ物でなかったであろう事は、今の青年を見ていれば自然と分かる。
美しい友、頼れる仲間に囲まれ、屈託のない笑顔を見せる最愛の弟。
隣には自分の場所もある。これ以上なにを望むものがあろう。

『両足のない姉、記憶のない弟』と低俗な陰口を叩く者もいたが、
両足を持たぬ事を侮蔑の材料にされても、彼女が怒りを顕わにする事は無い。
何故なら、その者は単に事実を述べているに過ぎないからだ。
もっとも、弟に対する侮辱は鉄脚をもって償わせるのだけれども。



77: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:51:30.91 ID:3Vc1+XSSP
( ^ω^)『さ、姉様、行きますお』

言って、青年は再び四輪車を押し始めた。
チラ、と己の肩越しに表情を盗み見ると、その頬が微かに赤らんでいる。
血の繋がりがあるからこそ感じる照れ臭さと言う物が、この世には確かに存在するのだ。
青年がそれを感じてくれている事が、クーには誇らしく、嬉しく。
そして、彼女自身もやはり少しだけ照れ臭かった。

弟が亡き父への憧憬の念を抱き始めている。
それはあまりにも喜ばしく思える事であり、どうして笑う事が出来よう。
どうして笑う者を許しておく事が出来よう。
クーは自然に浮かび上がる笑みを隠そうともせず。だが、ある可能性を思い立って表情を改めた。

川 ゚ -゚)『だがな、ホライゾン』

( ^ω^)『お?』

川 ゚ー゚)『……いや、何でもないさ。では、父様に近づく為の第一歩だ。まずは姉が軍術を叩き込んでやろう』

(;^ω^)『おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』

大袈裟にあがった悲鳴を背中に聞きながら、クーは膝の上から菓子を取り上げて一口齧った。
唯一気になる事といえば、砂漠の老将がさも当たり前のように明かした父の好色癖。
皆が皆、人間離れした強さにばかり気が行っていたようだが、穴があったら入って埋めてもらいたい気持ちだった。

川 ゚ -゚)。oO(まぁ、ホライゾンならば大丈夫だと思うが……)

この部分だけはどうか父に似ないで欲しい。
黒髪の戦術家は声に出さず呟いた。



79: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 02:53:40.46 ID:3Vc1+XSSP
         ※          ※          ※

从 ゚∀从『人売りの砦……』

斥 'ゝ')『そーゆーこった。で、ここは一級の“商品”だけを詰め込んだ特等客室でございます、と。おめでとさん』

男の言葉に、ハインは全身の血が一瞬で沸き立つのを確かに感じた。
鼻の奥がツンと痛くなり、うなじの毛が逆立つ。
固く握りすぎた拳から熱が消え去り、爪が肉に食い込んでいるにも拘らず、痛みを感じないのが不思議だった。
怒りが視界を狭めようとするが、頭の中だけはやけに澄みわたっている。

幾度も考えた事があった。
人の誇りを踏み躙る者達を滅ぼす事が出来れば、どれほどの笑顔を守る事が出来るだろう。
それは、かつての自分をも救う行為であり、【射手】の凶刃に散った者への罪滅ぼしにもなる筈なのだ。

今、再び給士は忌まわしい人売りの砦にいる。
だが、今ここにいるのはあの日の弱く泣き虫だった彼女ではないのだ。
隠し持った数本の飛刀を除いて獲物は奪われているが、かつての日々を繰り返させてやるつもりはない。
主の命を完遂させる為にも。自身の尊厳の為にも。部屋の片隅で怯え、涙を流している者達の為にも。
彼らを一人として許す事は出来ない。
双の腕から放たれる流星をもて、その愚かさを後悔させるのだ。

从#゚∀从『……一級の商品だ? ふざけやがって』

呟き、周囲を見渡す。
身を寄せ合い震える者達の中に、船で見かけた顔を幾つか確認した。
が、その中に船中で蜜柑を分けてくれた老婆や、
病の身でありながら故国の父母を案じて戻ろうとしていた青年の姿は無い。
彼らのような“商品”とはなりがたい者達の身がどうなったのか? 考える気にもなれなかった。



81: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:00:34.38 ID:3Vc1+XSSP
最初、船が襲撃された時は当然ハインも抵抗を試みた。
が、いたる所に人質となる者が転がっている状況ではどうする事も出来ず、彼らの助命を条件に降るほか無かったのだ。
人売りが約束を守るなどとは微塵も思っていなかったが、
錆びた刃を首筋に押し付けられた老人を前に見捨てる事など、どうして出来ようか?

从 ゚∀从『……って事はここはグサノ・ロホの中なのか?』

斥 'ゝ')『砦だと言っただろうが。中といえば中だし、外といえば外だ』

デメララ河の北岸側に【湖塞都市】アーリーが建設された当時、
グサノ・ロホには街と城外を隔てる壁など殆ど残っていなかった。
野犬や、質の悪い病を抱えた流民。何よりも罪を罪とも思わない無法者が自由に出入りしていたという。

そして【盗賊王】ギリアムの時代に建造された城壁が
彼らから今の街を守っているのかと問われれば、そういうわけでもない。
何故なら、この時代ギリアムの作らせた城壁は、
この街の“中央部”を囲うようにそびえているのみだからである。

【盗賊王】の時代から続く、人口の急激な増加によって、
グサノ・ロホの街並みは建て増しに次ぐ建て増しで、まるで迷路のようだ。
街が広がるごとに、城壁の外まで溢れ出した家々を囲うように新たな城壁が作られる。
そうして出来た街は空から見ると、あたかも樹木の年輪のようであり、
その外周からはみ出した砦の中の一つに彼女達はいるのだ。

从 ゚∀从『何者だ、アンタ。随分と詳しいじゃねーか?』

パー゚フェ『あ、それは執事の嗜みらしいですよ』

从;゚∀从『は?』



83: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:03:10.55 ID:3Vc1+XSSP
从;゚∀从σ『執事だぁ? この胡散臭ぇオッサンが?』

斥#'ゝ')『訂正しろ、ちびっこ。俺は胡散臭くもねぇし、オッサンでもねぇ』

給士は思わず二度三度まばたきしてから、まじまじと男を見つめた。
乾いた血で茶色く染まっているものの、頭に巻いたターバンは確かに元々は清潔な若草色だったようだ。
が、無精ひげの奥で固く結ばれた薄い唇や、憔悴してこけた頬。
剥きだしの上半身は鮮やかなアザをそこかしこに浮かばせていて、戦場に生きる者の身体ではないか。
また、獰猛な輝きを湛えた瞳は、獣のそれにそっくりに思える。

パー゚フェ『ご主人様が事件に巻き込まれたそうです。助けに行くつもりだった、と……』

なおもブツブツと文句を漏らすアインハウゼに代わって答えたのは、パフェと名乗った少女だった。
肩から掛けた修道服のフードから、短く切り揃えた茶色い髪が覗いている。
背の丈や手足の長さは、給士と似たりよったりであろう。
年の頃はおそらく、ようやく15を越えて成人を迎えたばかり、といったところ。
身に着けている衣服も、メンヘル族の女性が着用する身体の線を隠す為のローブではなく、動きやすさに重点を置いた様な物。
細帯で縛った前開き式の衣や、太腿を剥き出しにした脚絆(きゃはん。ズボンの事)だったから、
少女期を抜けきっていないという読みが大きく外れている事は無いだろう。

从 ゚∀从『で、逆に捕まったわけか』

斥 'ゝ')『ただでさえ事件に巻き込まれやすい体質のクセに、色々と首を突っ込みたがる主人でな。
     俺自身も高く売れるだろうってんで、刀も鎧も剥がされて……このザマだ』

面白くなさげに漏らすアインハウゼの姿に、ようやくハインは全身の緊張を解いた。
言っている事が何処まで本当か分からないし、胡散臭い男だと言う気持ちは揺るがないが、
不本意ながら囚われているという事だけは間違いが無さそうだ。

ならば、その1点だけにおいて、手を組めるかもしれない。



85: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:05:26.08 ID:3Vc1+XSSP
諸兄らの中にも、彼を記憶している者は多いだろう。
神聖ピンク帝国の塩商人・シャオランをマスカレイド家に引き込んだ男、アインハウゼ。
その正体は、法王トマス1世が長女・レモナ=マスカレイドに仕える執事にして、隠密である。
先の塩商人は勿論、西部の個人商人が東部に寝返った背後の多くに、彼が関与していた。
言わば、トマスが法王戴冠に至るまでの影の功労者であるのだが、それをハインが知る筈もない。

そもそもからして、今の彼の身恰好は控えめに言っても流民か、身包みを剥がれた自由騎士といった風なのだ。
とてもではないが【金獅子王】ツン=デレと比肩する権力者に仕える者とは思えない。
アインハウゼ自身も、己の事は必要最低限の情報しか漏らしていなかった事もあって、
給士が彼の正体を完全に読み取る事はできなかった。

斥 'ゝ')。oO(さて……随分と面倒な女が来やがったな)

寝ていたところを起こされ、気を損ねたそぶりを見せつつも、アインハウゼは慎重にハインを観察していた。
勝気な性格……というだけではないだろう。
どれほど気が強い者であっても、明日の運命も知れぬ牢獄に監禁されて笑ってなどいられない。
それが出来るのは、気が触れているか……相当に修羅場を潜って来ているか、どちらかだ。
そして、おそらく彼女は後者だろうと思う。
つまりは、自身が只の執事ではないのと同じく、彼女も只の給士では無いと言う事だ。

斥 'ゝ')。oO(レモナ様……どうか御無事で。シャオラン……俺が行くまで、レモナ様を頼むぞ)

彼は山間の戦いの後、スピリタス城西に残った主や友を救出せんと動いていた。
法王選定会議の前年より西部を暗躍した技術をもって、アーリー湖から西に向かおうとしていた所を
乗っていた商船ごと湖賊に襲われ、囚われたのだ。
その際、多くの賊を斬殺した為に一時は命を諦めたが、主から下賜された蛮刀に法王の紋が入っていた事が幸いした。
人売り達は、彼をただ殺すよりも、モスコーの国教会に売りつける事を思いつく。
そうして、彼は散々痛めつけられたうえで牢に放り込まれた。
傷が癒えるのを待ち、ようやく身体が動くようになったところへ、給士が放り込まれてきたのだった。



86: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:07:08.02 ID:3Vc1+XSSP
これは、彼にとって随分と計算外の出来事だった。
何せ、給士の背後に何が潜んでいるかが分からない。
ラウンジの密偵。神聖国教会の関係者。どちらも考えられるのである。

この時、運が無かったのは、彼が主の救出に気を急がせるあまり、ヴィップの動きに考えを向けられなかった事だ。
レモナの妹、アリス=マスカレイドを受け入れている事で、反友好国では無いという認識で止まってしまっている。
主の救出後、一時的にでも身を寄せる事になるのだから、友好関係を築いている海の民とヴィップの動きだけは思いを張り巡らせるべきだった。
そうすれば、短期決着の条件にある聖杯の奪取をヴィップが考えるであろう事や
【天翔ける給士】と呼ばれるアルキュ最強の隠密が金獅子王に仕えている事を、すぐに思い出したであろう。

从 ゚∀从『で、お嬢ちゃんはどーしたんだ? 随分と肝が据わってるじゃねーか』

パー゚フェ『私には神がついておられますので』

言って、少女はにっこりと笑う。

パー゚フェ『東で布教と修行を兼ねた旅をしていたのですが、
    モスコーで変事があったと聞き、急ぎ戻ろうとするうちに……捕まっちゃいました』

ペロリと舌を出す表情には、ゆとりすら感じ取れた。
きっと、どのような不幸に見舞われても彼女は『神もよそ見をする時くらいある』と受け入れてしまえるのだろう。

从 ゚∀从『ま、とにかくハインちゃんはこんなトコで寝る気は無いぜ。とっとと脱出させてもらうわ』

言いながらハインは比較的清潔そうな藁を探し、そこに胡坐をかいて座った。
広がった給士服の奥が見えぬように押さえ込みながら、木靴の底を外す。
両の靴底に隠した、都合6本の飛刀。それを見た、アインハウゼの瞳が、鋭く輝いた。
自身を胡散臭いという、奇妙な給士。
だが、もし彼女が本気で脱走を企てているとするならば、その1点においてのみ手を組む事が出来るかもしれない。
もしも何らかの罠だとしたら……殺してしまえば良いのだし、どのみち時間が余っているわけでもないのだ。



89: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:08:58.75 ID:3Vc1+XSSP
斥 'ゝ')『なんだい、ちびっこ。お前さん、逃げる気満々じゃねーか?』

从#゚∀从『ちびっこって呼ぶんじゃねーよ。こんなのは当然……。給士の嗜みだ』

立ち上がり、トントンと足踏みをして靴底を固くはめ込む。

从 ゚∀从『オッサンは逃げねーのか? ご主人が待ってるんだろ?』

斥#'ゝ')『オッサンじゃねーって言ってるだろうが。ずっと機会は狙ってんだよ』

言ってアインハウゼは周囲を見渡した。
部屋の隅で固まっている者達を連れて行く事は出来まい。
人数が増えれば危険も増えるし、身を守ってやる約束も出来ないからだ。
ならば、早急に助けを呼んでやった方が彼らの為。
逆を言えば、彼一人であれば脱出できる自信はあったし、庇う者さえいなければ人売りふぜいに遅れをとるつもりもない。

パー゚フェ『頑張りましょうね!!』

だが、自身も脱出行に加わるのが当然と考えているらしい少女だけは、連れて行かざるを得ないようだ。
足手まといになるであろう事は目に見えているのだが、キラキラと輝く瞳が説得は不可能と主張している。
なるほど、彼女を連れての檻抜けは、確かに一人では難しそうだった。

从;-∀从『お嬢ちゃん。少しは戦えるんだろうな?』

パー゚フェ『はい!! 護身用の刀は取られちゃったんで、ホントに少しだけですけど……。
    でも、必ずやマタヨシ様がお力をお貸しくださいます!!』

斥;'ゝ')『な? ずっとこんな調子だったワケよ』

両拳をグッと固めて笑う少女に目をやり、執事は面倒臭そうに重い重い息を吐き出した。



90: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:10:17.35 ID:3Vc1+XSSP
少女の明朗快活で真っ直ぐな性格は、友として付き合うなら、こちらから求めたくなる程の物だろう。
近い未来、宗教家としても人々の尊敬を得られるに違いないとも思う。
だが、これから給士と執事が挑もうとしているのは、隠密の世界の戦い。
そして、パフェと言う少女ほどこの分野に不向きな者もいないのでは無いだろうか?

信仰心から来る揺るぎない自信。
物事に疑いを持たぬ優しさ。
真っ白い修道服。
その全てが、スニークミッションの邪魔になるとしか考えられない。
人売りと遭遇した時、真っ先に説教を始めたとしても、2人はきっと驚かないだろう。

斥 'ゝ')『……しょーがねぇ。子守は任せるぜ、ちびっこ給士』

从#゚∀从『ちびっこって呼ぶんじゃねぇ。もう、物忘れが激しくなってんのか、オッサン執事』

一触即発。
激しく火花を散らす2人を余所に、パフェは鼻歌交じりで鉄格子に近づいた。
両手で鉄の棒をギュウと握り、大きく息を吸い込む。

从;゚∀从『念の為に聞くけどよ。何やってるんだ、お嬢ちゃん』

パー゚フェ『あ。マタヨシ様のご加護があればグニャーって曲がるかなーって思いまして』

从;゚∀从『えっ』

斥;'ゝ')『えっ』

ハ;゚ー゚フェ『えっ』

从 ゚∀从『なにそれこわい』



91: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:11:55.02 ID:3Vc1+XSSP
斥;-ゝ-)『いいか、パフェ。何度も説明したが、人の力では鉄は曲げられん』

パー゚フェ『人の力ではありません!! 神の力ですっ』

ハインが捕まる以前にも同じような虚しい流れを、幾度か経験しているのだろう。
長々と説明するそぶりもみせず、アインハウゼは少女の襟首をつかみ部屋の中央に引き戻した。
パフェもまた、為すがままそれに従う。

斥 'ゝ')『武器になりそうなのは、ちびっこの飛刀だけか。集団を相手にするのはキツイな』

从#゚∀从『……途中でオッサンやお嬢ちゃんの武器を入手する必要がありそうだな』

斥#'ゝ')『……まぁ、俺達から巻き上げた獲物も売り捌くつもりなら、離れていない場所に倉庫もあるだろうよ。
     あっちに武器やらの倉庫、こっちに俺みたいな“商品”倉庫ってのは売っぱらう時に不便だからな。
     それにしても……ちゃんと飛刀使えるのか、ちびっこ?』

从 ∀从『くくく……ここを出たらオッサンとは決着をつけねぇとな』

互いに『オッサン』『ちびっこ』と互いのコンプレックスを痛めつけるような作戦会議が続く。
時折、給士が押し殺したような笑い声をあげると、それを見守っていた者達が『ひぃっ』と怯えた声を漏らした。
役立たずでは無い事をアピールしたいのか、パフェもまた積極的に意見を口に出す。

パー゚フェ『難しく考える事はありません。邪・悪・必・滅!! 悪・即・斬!!
    マタヨシ様の御威光の前には人売りなど無力に過ぎないのです!!』

それでも、四半刻(約30分)も経過する頃には基本方針が定まり、3人は顔をあわせて頷きあう。

从 ゚∀从『じゃ、ハインちゃんの作戦で行くぜ。悪いがあんたらもちょっとだけ協力してくれ。絶対助けに来るからよ』

給士の言葉に、部屋の隅で固まっていた中の数人が、顔を恐怖に引き攣らせながらも首を縦に振った。



93: ◆COOK./Fzzo :2010/04/18(日) 03:14:18.06 ID:3Vc1+XSSP
きゃあああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!!!

突如、絹を引き裂いたような悲鳴があがった。
砦中に響きわたったそれを耳にしたのは、おそらく10人前後。
しかし、即座に反応したのは、そのうちの1人だけであった。

人売りA『おいおい、何事だ!?』

手にしていたカードを卓に放り捨て、腰を下ろしていた座を倒す勢いで立ち上がる。
が、その表情はどこか嬉しそうで、彼と卓を囲んでいた2人の男が『やれやれ』とばかりに首を振った。

人売りB『何事も糞も……いつもの事じゃねーか。どーせ、また自殺だろ』

『勘弁してくれ』と言わんばかりの顔で、自身の手札を放り投げた。
山犬の連番が3枚に太陽が2枚だから、勝負手としては悪くない。
おそらく、先の男の行動を見て、この勝負は流されると読んだのだろう。

彼らが札遊びに興じているのは、五歩四方程度の小部屋である。
壁は長方形に切り出した石を積み重ねた物。無造作に錆びた剣が立てかけられており、
大して高くない天井では竹の油を燃やすランプが赤々と燃えていた。

如何にも頑丈そうな樫材の扉が向かい合わせの壁にそれぞれ備えつけられていて、
片方が“客室”を連ねた廊下に。もう片方が砦の内部に上がる階段に続いている。
調度品の類は殆ど無く、卓の上に散らばったカードと、銀片の山。酒壺が数本。
それに、誰が何の為に持ち込んだのか分からぬ高価な手鏡が、埃を被って小さな棚の上に捨て置かれていた。

つまるところ、ここは“商品”の見張り部屋と言うわけだ。
神聖国教会軍のモスコー駐屯以来リーマンもメンヘルも【無法都市】の警戒どころではなくなっていて、
アーリー湖を根城にする湖賊は連日の大収穫と、それを祝う宴会でおおわらわなのである。
その日の見張り当番である彼らもまた、酒を飲みつつ札遊びを楽しんでいたのだ。



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