( ^ω^)がどこまでも駆けるようです

69: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:10:46.09 ID:/fcTSHIfP
(*゚∀゚)『へぇ、それがアンタの獲物かいっ!? 初めて見たさっ!!』

体を猫のように丸め、砂埃一つ立てずにツーが着地した。
ニィと唇の両端を持ち上げると、姿勢を半身に開き、両の神刀を十字に交差させ身構える。
踵を僅かに浮かせた足を見れば、何時でも放たれた矢が如く飛び出せる心構えが出来ているのは明らかだった。

( ゚∋゚)『……遊びの時間はもう終わりと言う事だ』

対するクックルは、両手をダラリと突き出し襲撃に備える。
ペニス丸の一撃を跳ね返した時の様に腰を深く落とした姿勢は、迎撃に専念するつもりなのであろう。

(’e’) 『よくやったぞ、木偶!! そのまま魔女を捕らえるのだ!! 殺す事は許さんぞ!!』

興奮気味に叫ぶセント=ジョーンズを、ツーは侮蔑を込めた瞳で一瞥した。
彼女とて軽々しく他者を蔑視する性格ではない。
が、その言動を聞けば、少なくともこの男が尊敬の対象に当たらぬ事はあまりにも明確だった。
軽々しく蔑視せぬ代わりと言うわけでもないだろうが、尊敬できぬ者に敬意を払うほど自分を安く売るつもりは無いのだ。
故に、魔女が選んだ選択肢は……無視。
ただただ、目の前の巨人にだけ全神経を集中させる。

(*゚∀゚)『アンタの飼い主が何か吼えてるよっ!!
    モナーの次はセント=ジョーンズ……アンタもつくづく萌えってもんを分かってないねぇっ!!』

( ゚∋゚)『黙れ。俺は誰かに飼われた事などない。これまでも……これからも、だ』

(*゚∀゚)『ひゃひゃひゃっ!! 鶏程度の脳味噌でも、その程度の分別はあるんだねっ!! 感心したさっ!!』

赤毛の巨人が先手を打ってくる事は、間違いなくあるまい。
そして、2人が対峙するは、包囲軍陣中。
長期戦は不利と察した魔女が、先に仕掛けた。



76: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:26:57.70 ID:/fcTSHIfP
(*゚∀゚)『ばっびょぉぉぉぉぉぉぉっん!!』

助走をつけ、小さく跳躍。
着地の瞬間に深く沈みこみ、全身のバネを使って高く高く飛翔する。

( ゚∋゚)『馬鹿の一つ覚えか』

全体重を乗せた上空からの攻撃は、破壊力を増すという目的だけでなく、ツー自身の非力さを補う手段でもある。
その威力はまさに一撃必殺。
まともに喰らえば、重装兵すら脳天から股下まで叩き斬るほどの攻撃力を秘めている。
けれども、その分大振りにならざるを得ず、見極められやすく、また隙も大きい。
故に本来であれば、先のような奇襲や連撃を可能とさせる狭地においてのみ活用される物であり、
この攻撃はあまりにも単純すぎるように思えた。

(*゚∀゚)『さっきは1本……今度は、2本さっ!!!!』

( ゚∋゚)『その程度……叩き折ってくれる!!』

クックルが天に向けて突き上げた拳と、ツーが左右の手にした山刀が、再び火花を散らした。
その光景を見守っていた兵達は、その瞬間、衝撃波に吹き飛ばされる錯覚を覚える。
いや、事実として2人の攻撃にはそれほどの剣気が込められていたのだろう。

(*゚∀゚)『ひーひゃーっ!!』

( ゚∋゚)『っ!?』

そして、直前と全く同じ攻撃を繰り返すほど、魔術師の底は浅くなかった。
鉄甲と刃がぶつかった瞬間、両足を大きく広げ、跳び箱の要領で巨人の頭上を飛び越えたのだ。
クックルの背後、空中で身を捻り、無防備な延髄に蹴りを叩き込む。
流石の巨漢もよろめき、たたらを踏んだ。



77: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:28:37.93 ID:/fcTSHIfP
(;*゚∀゚)『……ちっ』

しかし、それまで。
鍛えあげた首の筋肉は、衝撃を最小限に押さえ、脳を揺らす事もない。
静かに振り返り、魔術師を睨み据える。
全くダメージは無いとでも言いたげに、ゴキゴキと首の関節を鳴らして見せた。

( ゚∋゚)『いいぞ。そうでなければ面白くない』

(*゚∀゚)『ひゃひゃひゃひゃひゃっ!! 遊びは終わり、じゃなかったのかいっ!?』

言うや、地を蹴って巨人に迫る。
跳躍するかと思いきや、そのままフェイントすら入れずに直進。
自身の胸の先がクックルの身体に接触する直前で、ピタリと静止する。
その顔を真下から見上げ、挑発するかのようにニヤリと笑った。

( ゚∋゚)『……シッ!!』

何の前触れもなく、クックルの右腕が横薙ぎに振るわれる。
当たれば即死。かすめただけでも脳震盪を起こすであろう一撃を、ツーはしゃがみこむようにして避わした。
更に、大男の股間を正面から渾身の力で蹴りあげる。
そのまま後方に連続回転して、再び距離を広げた。

(;*゚∀゚)『……これも駄目なのかいっ!?』

呆れたふうに溢す。
先の延髄と同じく、人体の急所である睾丸への攻撃。
それをまともに受けてなお、巨人は平然としていた。
それどころか、数多くの引き出しを持つツーに攻撃の選択権を与える不利を悟ったか。
地を揺らして魔術師に襲い掛かる。



78: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:30:17.64 ID:/fcTSHIfP
(;*゚∀゚)『わわっ!?』

慌ててツーは背後に飛び退いた。
筋骨に恵まれたクックルの巨体は、最小限の動作だけで彼女の全力攻撃以上の破壊力を持つ一撃を生み出せる。
フェイントも何も無い、ただひたすらに振るわれる連撃を、魔術師は必死に捌いた。
鉄の拳と神刀がぶつかるたび、蒼い火花が宙に煌く。

(;*゚∀゚)『ちょ、ちょっと待ちなって!! あんっ、そこは駄目だって!?』

両腕を素早く振るいながら、焦りをこめた口調でツーは騒ぎたてた。
彼女が右手にするのは、厚刃の山刀“なぐり丸”。左手に持っているのは、のこぎり型の刃を持つ“かみつき丸”である。
“なぐり丸”はともかくとして、3本の神刀の中で最も繊細な造りの“かみつき丸”は、クックルの剛拳とぶつけあうには分が悪い。
刃を折る剣である“かみつき丸”は、単純な打撃を前にしてはどうしても相性が良くないからだ。

そして、そうとなれば魔女の決断は早かった。
お手玉のように左手の神刀を宙に放り投げると、空いた手で腰のギヤマン玉飾りを引き千切る。

(*゚∀゚)『焔星っ!!!!!!』

顔面が蒼い炎に包まれ、巨人はほんの一瞬怯んだ。
焔星と名付けられたギヤマン玉に仕込まれた、発火性液体が効果を示すのはたったの数秒間。
が、砂漠の魔女にはそれだけで十分な時間だった。
落下してくる“かみつき丸”を掴むと、腰の鞘に素早く戻し入れる。
次の瞬間には、円錐形の刃を持つ刺突用武器“つらぬき丸”がその手に握られていた。

(*゚∀゚)『あっひゃーーーーーーっ!!!!!!』

気合と共に“つらぬき丸”を振り下ろした。
特殊形状の刃と、クックルの拳が衝突する。
ガキン、と派手な音が鳴り響いて、初めて巨人は表情を顰め後退した。



81: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:32:37.94 ID:/fcTSHIfP
( ゚∋゚)『……やってくれる』

血の滴り落ちる右拳をまじまじと見つめながら、クックルは呟いた。
鋼鉄の手甲が、ものの見事にひしゃげ、陥没している。
ツーの一撃は、巨人の獲物だけでなく、拳までも破壊していた。

当然、非力なツーの攻撃では本来ここまでの効果は発揮できない。
が、刺突と受け流しに長けた“つらぬき丸”は、打撃武器としての破壊力も3本の山刀の中で最も優れており。
焔星によって目の眩んでいたクックルは、それを渾身の力で殴りつけてしまったのだ。
人並み外れた力量が災いし、自爆気味に負傷してしまったのである。

(*゚∀゚)『ひゃひゃひゃひゃひゃっ!! 神話の国より齎された妖精銀の刀に、ただの鉄が敵うと思うのかいっ!?』

これを好機と見るや、ツーが仕掛けた。
彼女自身の左手も酷く痺れているが、回復を待つ暇はない。
再び攻守が逆転した。

(*゚∀゚)『クックル!! 約束を、覚えているかいっ!?』

( ゚∋゚)『何の、話、だ?』

(*゚∀゚)『アンタを、石窯に、放り込んで、丸焼きにしてやるって、約束さね、鶏頭っ!!』

距離を空けず、巨人の右方から斬撃を集中させる。
幾重にも銀色の軌跡を描く双刀を、クックルは無理に弾き返そうとはせず、掌底で器用に受け流した。
しかし、傷は思っていたよりも重いのか、腕を振るうたび赤い血が周囲に飛び散っていく。

そして、遂に逆袈裟に斬りあげた“なぐり丸”が、巨人の胸元をかすめた。
苦し紛れに繰り出したクックルの下段蹴りを跳躍で避わし、逆に傷口に蹴りを叩き込む。
更に狙いすましたかのような顎への空中後ろ回し蹴りが、巨人の膝を地につかせた。



85: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:36:43.67 ID:/fcTSHIfP
(’e’) 『はっはっはっ!! どうした、苦戦しているな!! 我の助太刀が必要か!?』

( ゚∋゚)『悪い冗談だ。もし、邪魔をすると言うなら貴様から肉片に変えてやるぞ』

それまで2人の一騎討ちを観戦していたセント=ジョーンズが破顔した。
顔も向けずに答えを返すと、クックルは両手を高く掲げ、魔女に跳びかかる。
連撃の直後ゆえ体勢の整っていなかったツーは、やむなく後方に飛び退いた。

(#゚∋゚)『ドゥルゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!』

砕けた右拳を硬く握り締め、咆哮と共に振り下ろす。
落雷を思わせる一撃が、魔女の腰布をかすめ、大地に叩きつけられた。
砕け、弾け散った土塊が、ツーの身体を散弾が如く撃ちつける。

(#*゚∀゚)『こ……のぉぉぉぉぉぉっ!!』

が、砂漠の魔術師はしっかと踏みとどまった。
顔の前で交差させていた両腕を大きく広げるように、双刀を振るう。
巨人の胸に新たな赤い十字線が描かれ、ほんの一瞬血が噴き上がった。

傍目から見ても、優位にあるのはツーの方だ。
巨人の双腕は竜巻が如く振るわれるが、それは魔女の身体に触れる事すらあたわない。
それどころか、並みの戦士であれば致命傷になるであろう攻撃を幾度も身に受けている。
しかし、巨人は止まらなかった。
宙に散る血の赤に愉悦を覚え、刻まれた傷の痛みが高揚感を増していく。

(’e’) 『……フン。野蛮な木偶めが。ならば、好きなだけ暴れるがいい。だが、殺すなよ』

もとより参戦するつもりなど無かったのか、セント=ジョーンズは腕を組んだ姿勢でニヤニヤと笑っている。
片唇を持ち上げるだけの仕草さえ、誰かの目を意識しているのではないかと思えた。



93: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:44:09.66 ID:/fcTSHIfP
(#゚∋゚)『ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!』

(#*゚∀゚)『ちぃっ!!』

再び、2人の距離が急接近した。
血に染まった外套を背に回した巨人の上半身には、太い血管がいたる所に浮かび上がっている。
力強く踏み込んだ足が大地をひび割り、振るった腕が背後に退いたツーの前髪を宙に散らした。

対する砂漠の魔女も、譲らない。
型に嵌らぬ、曲芸師が如き体術こそが彼女の本領なれば、数歩距離を取る事はある。
が、その目は爛々と不退転の決意に燃えていた。

(#*゚∀゚)『あひゃーーーーっ!!!!!』

叫び、削岩機のような正拳を掻い潜る。
突き出した“つらぬき丸”が、後の先となってクックルの肩を削った。
巨人も常に彼女の身を射程圏内に捕らえようと前に出るが、それも叶わず苛立ちを見せている。
それを承知だからこそ、ツーはクックルの周囲を素早く駆け回り、股下を潜り抜け、頭上を飛び越えて挑発を続けるのだ。

(#゚∋゚)『ちょこまかと……うっとおしい女だ』

クックルの振り上げた蹴りが、ツーの身体をふわりと浮かせた。
が、それすらも魔女の計算のうち。
空中で身を翻し、距離を取って息をつく。

(*゚∀゚)『ひゃひゃひゃひゃひゃっ!! アンタはまるででっかい風車だねぇっ!! 涼しくてたまらないよっ!!』

(#゚∋゚)『黙れ』

休ませはせぬと、赤毛の巨人が跳びかかった。



94: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:45:53.92 ID:/fcTSHIfP
両手を組み合わせ、魔女の脳天に叩きつける。
大振りの一撃は容易く避わされ、ツーの膝蹴りがクックルの鼻骨を打ち砕いた。
宙にある身体に風穴を空けんと、間髪入れずに拳を振るうが、柳の葉を殴った時のような手応えしか伝わらず。
吹き飛ばされたはずのツーは、ひらりと大地に着地して見せた。

(*゚∀゚)『お舐めじゃないよ、クックルッ!! アンタじゃアタシ様に勝てないって、まだ分からないのかいっ!?
    それとも、アタシ様の身体がそんなに魅力的なのかねっ!?』

夜の女がするように、腰布をチラと持ち上げて誘うように太腿の奥を見せ付ける。
曲がった鼻を指で摘み、ゴキッと形を整えると、クックルは血の混ざった唾を吐き捨てた。

( ゚∋゚)『貴様の鶏がらのような身体になど興味は無い』

(*゚∀゚)『ひゃひゃひゃっ!! そりゃ、偶然だっ!! アタシ様もアンタの鶏頭には興味が無くてねっ!!』

魔女が言い終えるより早く、雄叫びをあげながらクックルは襲いかかった。
かつて山間の戦いで披露して見せたように、巨人はその単なる一挙一足が圧倒的な殺傷力を持っている。
もしも腹に拳が当たれば、腸を巻きつけた腕が背から飛び出すだろう。
膝に蹴りを喰らえば、その瞬間膝から下が永遠に失われる事になるだろう。

だが、その尽くが当たらない。
砂漠の魔女は3本の山刀を器用に使い分け、蜂の群れがように細かい傷をクックルに与えていく。
むしろ、巨人の右拳を破壊したように、彼の度を超えた破壊力が仇となっているかのように思えた。
その拳が魔女の髪に触れれば、ツーの刀がクックルの肌の上を斬りつけている。
蹴りが腰布を千切ったかと思えば、懐に飛び込んだ彼女の肘打ちが巨人の鳩尾にめり込んでいた。
幾重にも交差する銀の線と、宙に散る蒼い火花。
それを彩る物は、ひたすらに巨人の身体から噴き上げる赤い血であったのだ。

(#*゚∀゚)『いい加減に……倒れるさねっ!!!!!!!』



97: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:48:29.38 ID:/fcTSHIfP
既に十何度目にもなろうかと言う突進を避わし、すれ違い様の脇腹に“つらぬき丸”の刀身を叩き込む。
左手に骨が砕ける確かな感触が伝わり、今度こそツーは勝利を確信した。
しかし。

(#゚∋゚)『ドゥルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!』

(;*゚∀゚)『だぁぁっ!? しつこい男は嫌いだよっ!!』

巨人はまるで、それしか出来ぬ人形のように、愚直なまでの突進を繰り返す。
その様はまるで、意味が無いと知りながらも一つ事に挑み続ける美学に裏打ちされているかのようだ。

軽口を叩いてはいるが、ツーもまた余裕があるわけではない。
長く戦う事で火が入るタイプなのか、クックルの拳が徐々に掠める様になって来ている。
巨人の威圧感に押されて動く事すら出来ぬ周囲の兵達は、この一騎討ちに幕が引かれると共に雲霞と押し寄せてくるだろう。
つまり、クックルを討ち取ったとして、控えるセント=ジョーンズに斬りつけるまでの時間は限り無く短い。
そして、それが叶わなかったとしても……不敗と謳われた自身の、最後になるかもしれぬ逆転の大魔術。
それを為し遂げるためにも、握った刃を下ろすわけにはいかない。

(#゚∋゚)『ゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!!!』

またもや、無謀とも思われる突進が敢行される。
肩で息をついていた魔女も、大きく息を吸い込んで腰を落とした。

(’e’) 『ふむ……そろそろ、だな』

振り向きもせず手を差し出すと、背後に立っていた兵が、冷えた果実水を満たした竹筒を恭しく差し出す。
それを口内に注ぎ込んでから、セント=ジョーンズは空を見上げた。
山頂の塞は陥落して、立ち昇る黒い煙と聖印を刺繍した旗が風に揺れている。
その地に立て篭もっていた者達は、あれ程うるさく走り回っていた砂亀隊も含めて、影も形もなくなっていた。
戦いの終わりが、差し迫っている。



98: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:50:36.29 ID:/fcTSHIfP
(;*゚∀゚)『え?』

そして、それはあまりにも唐突に訪れた。
巨人の横薙ぎに振るわれた拳を、背後に飛び退いて避わそうとした魔女が、間の抜けた声を思わず漏らす。
数歩の距離を一息に跳ぶ筈の足が、思っていただけの半分も距離を広げられなかったのだ。
その好機を見逃すクックルではない。

(#゚∋゚)『ドゥルゥルゥルゥルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!!!!』

(;*゚∀゚)『……あ』

赤い血の玉を宙に撒き散らせながら、巨人が魔女に覆いかぶさるように、跳んだ。
日の光を遮る、クックルの巨体を見上げながらツーは思う。
クックルの攻撃が掠めるようになったのは、戦いの高揚感が彼を燃え上がらせただけではない。
2ヶ月に亘る籠城と、巨人との一騎討ち。
それは、予想していたよりも遥かに自身の体力を消耗させていたのだ。
それでも、咄嗟に両手の神刀を交差させ、身を護る。

(#゚∋゚)『ルゥグァルォゥゴゥドゥルルルゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!』

だが。
圧倒的な力を前にして、それが一体何になろう。
双刀の交差点に衝突した拳は、微塵も威力を弱める事無く振り抜かれる。
そのまま、魔女の身体をひび割れた大地に叩きつけた。

(* ∀ )『……ぐぁっ!!』

更に、逃げ場の無いツーの腹を全体重を乗せた膝が串刺しにする。
ゆっくりとクックルが立ち上がった時、魔女は蛇のように痙攣する腹を押さえて、身を丸めるのみであった。



101: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:53:15.83 ID:/fcTSHIfP
(* ∀ )『う……ぐぅ…………くそ……』

( ゚∋゚)『一撃。小蝿がどんなにうるさく飛び回ろうと、所詮はその程度だ』

(* ∀ )『ぁぅっ!!』

額の汗を拭ってから、クックルはツーの茶色い髪をつかんで無理矢理に引き起こした。
2振りの神刀は両の手を離れ、地に転がっている。
巨人は、残る一本の刀を魔女の腰から鞘抜くと、ひょいと投げ捨てた。

( ゚∋゚)『ヌンッ!!』

(* ∀ )『うがっ!!』

細かい痙攣を続けるツーの腹に膝がめり込んだ。
あばらをへし折られ、思わず苦痛の声が吐き出る。

(* ∀ )『……痛いじゃ……ないのさっ』

仕返しとばかりに、握った拳をクックルの腹に打ちつける。
が、それはポスンとあまりにも弱々しい衝撃を、巨人に与えるのみに終わった。
それでも、それすら気に入らなかったのか、クックルは魔女の瞳を覗き込む。

( ゚∋゚)『ふん……まだ、戦う気があるのか』

(* ∀ )『ひゃひゃ……当然さ……ね』

( ゚∋゚)『ならば、大人しくする気になってもらおうか』



103: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:56:10.73 ID:/fcTSHIfP
それからは、一方的な暴力のオンパレードであった。
顔面を平手で何度も殴られ、ツーの顔はみるみるうちに腫れあがっていった。
頬に頭突きが叩き込まれて、最も頑丈な奥歯が砕けた。
豊かな胸に掌底が炸裂すると、血の混ざった悲鳴が魔女の口から零れた。
身を護るべき両腕を持ち上げるだけの気力すらも……完全に失われている。

( ゚∋゚)『……』

時折、クックルは腕を休め、品定めるようにツーの目の奥を覗き込む。
そして、その中にまだ輝きが残っている事を確認すると、暴力を再開するのだ。

命を奪わぬように慎重に。苦痛で気を失わぬよう繊細に、いたぶるような攻撃がしばらく続く。
いや、事実としてクックルは相当な手加減を加えていたのだろう。
もし、巨人が本気であれば、最初の膝蹴りで折れた肋骨が内臓に突き刺さっていただろう。
平手で顔面を撥ね飛ばし、頭突きで粉砕し。
掌底は胸を突き破っていただろう。
それをせぬのは、単に彼女を殺さぬようにしているからだ。
既に戦いの愉悦などなく、何かの作業であるかのように、淡々とツーの肉体を破壊していく。

メン;`エ´)『うわ……』

ネ;゚Д゚)申『いくらなんでも……ここまでする必要があるのか?』

躊躇いがちな兵の声に、魔女の肉を打つ鈍い音が。微かな叫びが入り混じった。

新ii Д )『……お……おぇぇぇぇっ』

勝利の興奮などどこへやら。新兵の1人がその場に蹲り、胃の中の物を吐き始める。
それはメンヘル族の兵だけでなく、国教会に属していて彼女の事を良く知らぬ者達まで、
思わず目を背けたくなるような凄惨な光景だった。



106: ◆COOK./Fzzo :2010/07/11(日) 23:58:20.83 ID:/fcTSHIfP
(* ∀ )『か……ぅぁ……』

( ゚∋゚)『負けを認めろ。地獄から逃れたければな』

言いながら、クックルは鷲づかみにしたツーの頭を揺さぶる。
腫れあがった瞼の奥、半ば潰れた瞳からは光が消えうせ、全身のどこを探しても傷の無い場所は無い。
それでも、クックルは“不敗”と呼ばれた者が自身の敗北を口にするまで、解放するつもりは無かった。

( ゚∋゚)『どうした? 何も聞こえぬぞ。“許してください、クックル様”と言ってみろ』

返答が無い事を、反抗の意思と判断したのだろう。
クックルは、急かすように魔女の下腹を殴りつけた。
宙吊りになったツーの身体が、振り子のように揺れる。
巨人の手の中で、ブチブチと髪の千切れる音が鳴り響いた。

(* ∀ )『ぅ……ゆ……る……』

度重なる暴力の嵐に、とうとう心が折れたのだろうか?
魔女の唇が、小さくすぼめられる。
それを見て、クックルは一仕事終えた時の様な表情を浮かべた。
ひたすらに繰り返す暴力は、さしものクックルをも疲労させた。
それほどまで、彼女は耐えて見せたのだ。

( ゚∋゚)『そうだ、諦めろ。そうすれば楽に殺してやる』

漏らす声を聞き漏らすまいと、赤毛の巨漢は彼女の顔を引き寄せる。
そして。

─────ぐわぁっ!!!!



108: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:00:32.16 ID:K3cbs8RNP
巨人が己の左目を両手で押さえ込み、小さくよろめいた。
その腕から解放された魔女の身体が、大地に砂埃をあげて倒れこむ。
最後の抵抗を見事に果たし、遂に全ての抗う手段を失った魔女の唇は満足げに笑っていた。

(* ∀ )『ひゃ……ひ……ゃ……ざまぁ……みやがれ』

(#゚∋メ)『貴様……』

巨人がツーに視線を刺しつけた。
その右目は怒りに燃え、左目からは血が滴り落ちている。
砂漠の魔女が口から吹きだした歯の欠片が、クックルの瞳に突き刺さったのだ。

(’e’) 『そこまでにしておけ、木偶』

と、そこで歩を進めてきたのは神聖国教会教皇家の公子だ。
憎々しげに突きたてられるクックルの視線を容易く受け流し、ツーの傍らに片膝をついて座り込む。
先程、兵士から受け取った冷たい果実水を彼女の顔に浴びせ、意識が少し回復したのを見届けてから、その腰布を剥ぎ取った。
更に、黒い肌着の中に手を滑り込ませる。

(* ∀ )『痛っ!?』

いきなり秘所に指を差し込まれたツーの口から、小さな苦痛の声が漏れた。
その反応に、セント=ジョーンズは満足げに破顔し、立ち上がる。

(’e’) 『まだ男を知らぬか。結構、結構。神への貢ぎ物に相応しい。
     穢れた身であればこの場で殺してしまうところだが……いいだろう。
     神都に贄の祭壇が完成するまで、その命預かっておいてやる』

( ゚∋メ)『っ!?』



109: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:02:04.09 ID:K3cbs8RNP
( ゚∋メ)『貴様……何を言っているか分かっているだろうな?』

(’e’) 『身の程を知れ、木偶。誰に意見している?』

巨人がセント=ジョーンズに詰め寄った。
公子もまた、正面からクックルの視線を受け止める。
身の丈も、体の幅も、身体の厚さも、まるで違う巨人を前にして一歩も譲らぬ様は、
まるで自身の為に道を空けぬ者はない、と信じきっているかのようであった。

( ゚∋メ)『何の為にこの女を贄に捧げると思っている? このモスコーに残る、フッサール派閥の者達の心を折る為ではないのか?
     もし、コイツを“不敗”のまま葬れば、奴らはコイツを“悲劇の聖女”として祀り上げる。
     いたずらに結束を強めるだけだぞ』

(’e’) 『フン。随分と弁が立つではないか。何が何でも負けを認めさせねば、自尊心が保たれぬか?』

クックルが眦をくわ、と持ち上げたのを見て、セント=ジョーンズは愉悦の笑みを浮かべる。

(’e’) 『考えてもみよ。この女がどのような死を迎えようと“悲劇の聖女”となるのは変わらん。
     そして、こやつはこの場で死ぬ事こそが己の名を守る事だと知っている。
     ならば、生かしてやって、我らの道具としての滅びを与える事こそ、最高の屈辱だとは思わんか?』

( ゚∋メ)『詭弁だな。俺にこの女を殺される事が、そんなに惜しいか』

(’e’) 『本音が出たぞ、木偶。女を力で組み敷くしか能が無い鶏の分際で、我に物を言うか?』

それでも、クックルは引き下がらない。
当然、セント=ジョーンズも持論を曲げようとせず、2人は睨みあった。
と、そこで。

……ゃ……ひゃ……ひゃひゃひゃ……



112: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:05:17.04 ID:K3cbs8RNP
突如、響いた微かな笑い声に、2人は視線を落とした。
彼らの足元にぐったりと横たわる砂漠の魔女が、唇を己が血で赤く染め、それでも満足げに笑っている。

(* ∀ )『ひゃひゃ……ゃひゃひゃ……こりゃ、愉快だ……ねぇ。
    2人、で……アタシ様を取り合、て……そんなにアタ…………は、魅力的か、いっ?』

(’e’) 『何が可笑しい、売女』

セント=ジョーンズが、面白く無さそうにツーの胸を力任せに踏みつけた。
魔女の口から、ごぼりと赤い血が吐き出される。
が、にも拘らずツーは赤い飛沫を口から飛散させながら、笑い続けた。

(* ∀ )『……ゃ、ひゃひゃ……っひゃ……あんた、ら……誰を、相手に…………分かって、るのかい?
    アタ、様……策は完璧……ったさね…………、アタシ様は……敗けて、ない』

その宣言がよほど癪に障ったのか、巨人がセント=ジョーンズを押し退けると、ツーの首を掴んで引き起こした。
魔女の口から血が溢れ出て、クックルの腕を赤く濡らす。
灯火の消えかけた瞳は、けれども確かに2人を見据えていた。

(* ∀ )『ケホッ……1で勝てず、とも……10では敗れ、ず…………それが“不、敗”って……事さ。
    さぁ、アンタ……ら、本当に勝った…………思って、かい?』

(’e’) 『何を言っている? 気でも触れたか?』

訝しげな眼で、問いかける。
こみあげてきた血をゴクリと飲み干し、ツーは言葉を続けた。

(* ∀ )『ひゃ……ひゃっ……それじゃ、質、問だ……レモナは……何処……いる、だい?
    まさか、この戦……い、アタシ様が欲しくて…………わけじゃ、ないんだ、ろ?』



114: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:07:24.11 ID:K3cbs8RNP
(’e’) 『……っ!! 貴様、まさか……』

その言葉の意味に気付いたセント=ジョーンズが、背後に控える長職にある者達に視線を向けた。
が、そこにある者どもは、周囲の同僚達と視線を交わしあうのみで。
それはあたかも、責任の置き場を求め、押し付けようとしているかのようだった。

(’e’) 『貴様ら……まさか、誰一人としてレモナを捕らえていないというのでは無いだろうな?』

メン;゚Д゚)『は、はっ……ですがっ……』

(#’e’) 『黙れ、役立たずどもめ!! 一体、何をしていたのだ!?』

怒鳴りつけると同時に、足元の土塊を蹴り飛ばす。
しかし、彼らにも言い分はあった。
包囲網の一部を開けておけば、山塞の者達は活路を求めて一人残らず殺到してくる。
そこを捕らえれば良いと、そう言ったのはセント=ジョーンズ自身なのだ。
それでも、反論は火に油を注ぐ結果にしかならぬと分かっているから、誰も口を開けない。
神妙な様を見せている彼らを責めたてても反応は薄いと知るや、公子の怒りは未だ大笑を続けるツーに向けられた。

(#’e’) 『総将たる者自身が囮になるとは……気が狂っているのか?』

(* ∀ )『ひゃ、ひゃ……ひゃ……不敗、の魔術師……大魔術お、楽しみいただけた……かね?』

なおも魔女は残る力を振り絞って言葉を紡ぐ。

(* ∀ )『……クック、ル……ひとりで、1000を皆殺しに……きるアンタが……こ、の戦いで何人……殺し、た?』

( ゚∋メ)『……黙れ』



115: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:09:07.42 ID:K3cbs8RNP
(* ∀ )『嫌……だ、ね。アンタらは……勝ったよう、で……勝ってないのさね……
     アタシ様は、還らずとも……み……なが生きている、限り……シ様達は敗けて、ない。
     この、不、敗のツー、相手にする……100、年早いって、の』

( ゚∋メ)『黙れと言っている。殺すぞ』

(* ∀ )『ひゃひゃひゃ……殺せばいいさ……それで、も……この戦い、アタシ様、の勝ちだ。
    アンタは一生……、アタシ様に勝てなかった……負け犬として、生きていくのさ』

(#゚∋メ)『黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!!!!!!!!!』

クックルの叫び声が、ビリビリと空気を振動させた。
これ以上は堪えきれぬとでも言わんばかりに、高くつかみあげた細い身体を、地面に叩きつける。

(* ∀ )『ぐぁっ!!!!!!!』

ぼろぬののように振り回された魔女の身体は、砂埃をあげながら小さく跳ねあがってから、大地に横たわった。
一度だけビクンと身体を痙攣させ、それから完全に沈黙する。
肩を震わせ、怒りに息を荒げる巨人の姿を、誰もが声も漏らせず呆然と見据えていた。
やがて、教皇家の公子が肺腑の空気を絞り出すように声を漏らす。

(#’e’) 『貴様……まさか、殺したのではないだろうな?』

(# ∋メ)『…………ろう』

(#’e’) 『ぬ?』



119: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:12:18.13 ID:K3cbs8RNP
(#゚∋メ)『見くびるな!! あれだけの事を言われて……殺せる筈が無いだろう!! 
     それとも、貴様から先に殺されたいか!?』

(;’e’) 『ぐ……そうか、ならば良い!!』

力なく横たわる肢体に、クックルは憎悪をこめた視線を送る。
なんとしてでも己の権威を保とうとする、セント=ジョーンズなどに興味は無かった。
ツーの最後の言葉。あれは呪いだ。
自身の命を奪う者に災いを与える、呪詛の言葉。
故に、クックルは最後の最後でツーを殺せなかった。
もしも、あの場でツーの命を奪っていれば、彼はこの先自身を負け犬と罵りながら生きていかねばならなかっただろう。
そして、きっと、魔女は五体の全てを破壊されながら、最後の最後での逆転勝利を諦めていない。
なぜならば、それが“不敗”と言う事だからだ。

(’e’) 『治療してやれ。こうなればどうあっても、この女を生かしたまま我らが神への供物とするのだ!!
     それと……家畜用の檻車を一台、徴収してこい!!
     我に逆らう者の末路を見せしめとし、モスコーに凱旋する!!』

セント=ジョーンズの命に従い、周囲の兵達が慌てて駆け散っていく。

( ゚∋メ)『……くだらぬ権威にしがみつく、餓えた豚めが』

低くボソリと漏らしながら、クックルは己の左目に軽く触れた。
そこには、魔女の白い歯が、血に濡れて深々と突き刺さっている。

( ゚∋メ)『……ちっ』

舌を打つと、太く骨ばった指を眼窩に突っ込んだ。
顔色一つ変えずに眼球を抉り出し、用を成さなくなったそれを事もなさげに握りつぶす。
それから、ただの肉片と成り果てたのを放り捨て、その場を立ち去っていった。



120: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:15:06.73 ID:K3cbs8RNP
         ※          ※          ※

━━━━━━━━━━
━━━━━━━━
━━━━━━

|゚ノii ∀ )『……僕の、せいだ』

激しく殴りつけるような雨音が、そんな呟きを掻き消した。
スピリタス城東の山中に、おそらくは獣の巣であったのだろう、ぽっかりと口を空けた小さな洞窟。
そこにレモナ=マスカレイドはいた。
土壁に背を預け、抱えた膝の中に頭を埋めている。
彼女に背を向け、焚き火で生木を乾かそうとしている男の耳には、その声は届かなかったのだろうか?
表情を動かす事はない。
【不敗の魔術師】ツーが囚われてから、まる1日が経とうとしていた。

|゚ノii ∀ )『……僕が馬鹿だから……ツーは死んだ……僕が殺したんだ』

爪 ,_ノ`)『……そんな事言っちゃいけねぇよ』

それだけ言って、シャオランは唇を硬く引き結んだ。
レモナの言葉を否定しても、それは気休めにすらならないだろう。
かと言って、それを肯定したとしても続く慰めの言葉など浮かばない。

水場の警戒を甘く見て包囲軍の奇襲を許し、にも拘らずツーを置いて逃亡したのは、彼も同じなのだ。
これがもし、金銭契約が絡んでいれば舌を3枚に増やしてレモナを励ました事だろう。
が、彼らの関係は金銭もさながら、主従としての信頼関係の一面が強すぎた。
これでは歯の浮くような文句も思い浮かばず、つくづく自分の性格が嫌になる。
雨の音だけが鳴り響き、気まずい沈黙が焚き火に照らされた洞窟の中に流れた。



122: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:18:32.63 ID:K3cbs8RNP
|゚ノii ∀ )『……ツーだけじゃない……みんな、みんな僕の為に……僕のせいで』

爪 ,_ノ`)『止めな。奴らは自分の意思で死に場所を決めたんだ。
     それを踏み躙ったとなりゃ、天界で会わせる顔がなくなるぜ』

それでレモナは言葉を縛り止めた。
山塞軍の結末は、2人に追いついた兵達から聞かされている。
苦しい日々を共にした者達の大半は、逃げる事も出来ず山頂で戦死。
【不敗の魔術師】ツーもまた、【神の巨人】クックルとの一騎討ちの末、囚われの身となったと言う。
その壮絶な戦いぶりは、伝え聞いただけのレモナとシャオランの顔を青ざめさせるに十分すぎる物であった。

亀メ゚д゚)『我らはここに残ります。人の数が多いと、捜索の網にかかる率も高くなります故』

そして更に、2人と合流した数名の騎士達は瞳に強い意思の光を湛え、そう告げたのだ。
折れた槍を杖にしなければ立てぬ者がいる。
腕の刀傷を蔦で縛っている者がいる。
追っ手の眼を逃れるためなら、単に別行動を取れば良いだけであり、
つまり彼らはレモナを逃す為に捨石になる道を選んだのだ。

パチッ、と音を立てて焚き火が爆ぜる。
表情無くそれを見つめていた元・塩商人がゆらりと立ち上がった。
手元の三日月刀をスラリと鞘抜き、身構える。
その気配を察したレモナもまた、顔をあげた。

爪 ,_ノ`)『悪いな、ここは貸し切りだ。お引取り願おうか。
     ……とは言え、場合によっちゃ生かして返すわけにもいかねぇがな』

何処か遠くで、雷鳴が小さく鳴り響いている。



126: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:24:00.15 ID:K3cbs8RNP
いつから。
いや、どうやってと言うべきだろうか?
洞窟の入口を塞ぐように、1人の男が立っていた。

肩を悠々と超える黒い長髪は、まるで雨に濡れていない。
首に巻いた、瀟洒な絹のスカーフ。
紺色の外套は、嫌味にならない程度に金糸が飾り付けられている。

空に稲光が走り、男の姿を照らし出した。

爪'ー`)y‐『ご挨拶ですねぇ。この私がわざわざ足を運んで差し上げたと言うのに』

|゚ノ ^∀^)『……フォックス殿?』

『知り合いか?』と尋ねるシャオランに、レモナは首をコクコクと振って答えた。
元・塩商人シャオランがアインハウゼ=クーゲルシュライバーによってマスカレイド領を訪れるより以前。
彼女は、北の大国ラウンジよりの使者として父を訪問してきた彼と面識を持っている。
次期法王の座につく事は間違いないと言われていたトマス=マスカレイドに、彼はアルキュへの不可侵条約を再確認する為、
南の大国に足を踏み入れていたのだ。
更に言えば、トマスにアルキュ島内での教会の腐敗。
つまり、モナーの背信を教え込んだのも、この男であったと記憶している。
ラウンジよりの使者でありながら、マタヨシの教義に明るく公明正大な彼を、父も自身も信頼していた筈だった。
だが。
だが……。

|゚ノ;^∀^)『……失礼を承知で問おう。貴公は本当に、フォックス殿か?』



129: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:26:59.98 ID:K3cbs8RNP
あの頃、常に柔らかな笑みを浮かべていた唇は、今や禍々しく歪んでいた。
じぃと彼女を見つめる瞳は、氷のように冷たく。
生きながらにして刃で魂を削りとられていくような錯覚を、レモナは覚える。

爪'ー`)y‐『……全く。私は貴女がたに素晴らしい知らせをお持ちしたのですよ?
      だと言うのに、この仕打ち……まぁ、南の蛮族に礼を求める事が間違いだったのでしょうねぇ』

|゚ノ;^∀^)『なっ……蛮族、だと!?』

爪 ,_ノ`)『殺戮対象認定だな。冥府の門の番人に渡す、賄賂の支度は済んでやがるのかい?』

しかし、フォックスは動じなかった。
何事も無し、とでも言うふうに歩を進める。
そして、外套の懐から、使いこまれたパイプを取り出した。

爪'ー`)y‐『全く、嫌な雨です。葉が湿って仕方ありませんよ』

|゚ノ;^∀^)『えっ?』

何の前触れも無く、焚き火の中から1本の薪が、宙に浮かび上がった。
先端に赤々と炎を灯したそれを手に取り、唇に咥えたパイプに火を移した。
数秒の後、満足げに薄紫色の煙を吐き出す。

爪'ー`)y‐『用件を済ませてしまいましょうかねぇ、レモナ=マスカレイド。
      3日ほど前でしょうか……貴女のお父上はお亡くなりになりました。お悔やみを申し上げます』

|゚ノ;^∀^)『…………。え?』



132: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:29:01.10 ID:K3cbs8RNP
その瞬間。
元・塩商人が焚き火を飛び越え、フォックスに斬りかかった。
振り下ろした三日月刀は中空で何かに受け止められ、前髪に触れる寸前の刃を狐は涼しげに見つめている。

爪 ,_ノ`)『気を確かに持て、レモナ!! 3日ほど前だと!?
     それが本当なら、どうやってそれを知りやがった!?』

|゚ノ;^∀^)『……あ』

数秒間ポカンとした顔をしてから、レモナはシャオランの言わんとしている事に気付いた。
風を帆に受け、海流に乗ったとしても南の大国からアルキュに渡るには、5日を要する。
つまり、もし法王トマスが本当に死んでいたとすれば、それをフォックスが知っている筈は無いのだ。
と、なればその言葉の意味する可能性は2つ。
謀って(たばかって)いるか。
父の命をいつでも奪えるところまで深く入り込んでおり、遂にそれを実行したか……である。
後者であれば勿論、前者であっても度を超えた冗談で済まされる言動ではない。

爪'ー`)y‐『幼い娼婦を寝室に連れ込んだところ、彼女が暗殺者だったそうで。
      竜舌草の毒により、全身を爛れさせて……恐ろしい世の中です』

爪 ,_ノ`)『っ!! 貴様!!』

その一言は言外に正解は後者だと言ってのけたようなものであろう。
眦を吊り上げたシャオランが、三日月刀を横薙ぎに振るう。
それを狐は、トンと背後に跳んで避わした。
そして、追撃せんと彼が地を蹴った瞬間。

爪 ,_ノ )『─────く……はっ』

不可視の何かに全身を切り刻まれ、塩商人の身体はどうと地に倒れ伏せた。



133: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:31:11.98 ID:K3cbs8RNP
爪'ー`)y‐『歯向かわねば怪我をする事も無かったのですが……まぁ、台本の内容に問題はありませんし。
      良しとしましょうか』

|゚ノ;^∀^)『……あ……あああああ……』

唇を濡らした赤い血の斑点を、舌で舐めとりニヤァと笑う。
今にも崩れ落ちそうな膝をグッと堪え、レモナはフォックスを見据えた。

|゚ノ;^∀^)『何で……どうして……何故なんだ!?』

何で、父を殺害したのか?
どうして、シャオランを斬ったのか?
何故、今この場にいるのか?
そして、自分をどうするつもりなのか?
混乱の最中にある彼女では、回答者が意味を解しかねる形でしか言葉を並べあげる事が出来なかった。
しかし、それもまたフォックスの“台本”の通りだったのだろう。
平然と狐は口を開いた。

爪'ー`)y‐『いえ、別段大した事ではないのですがね。
     もし、本国の戦況が不利になったりでもして、ジョーンズ公が帰国を命じられでもしたら……困るのですよ。
     あのお方は私の趣味ではありませんが……なかなかに優秀な人形ですので。
     法王トマスが崩御し、本国に残った者達が次々と手柄を挙げていくとなれば……
     彼は必ずこの島に残る。そうは思いませんか?』

|゚ノ;^∀^)『それじゃ……それでは、その為に父に取り入り、殺す機会を窺っていたというのか!?』

爪'ー`)y‐『それには若干の訂正を加えさせて頂きましょうか。
      まず、私は貴女の父上にだけ近づいていたのではありませんし、機会など窺う必要もありませんでした。
      この度は、単に物語をより円滑に進める為、トマスに死んで頂いただけの事なのですよ』



135: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:32:51.45 ID:K3cbs8RNP
|゚ノ;^∀^)『お前は……一体、何者だ……? 何の為に動いているんだ?』

目の前の世界がグルグルと回転しているようだった。
最初、フォックスが父の殺害に関与したと理解した時、
レモナは彼が元よりジョーンズ家と結んでいたのではないかと憶測した。
が、彼の言動を聞けば聞くほど、その答えに自信が持てなくなっていく。

爪'ー`)y‐『まぁ、それでも父上を亡くされた貴女の悲しみは痛いほどに理解できるつもりです。
      そこで、どうでしょうか? いずれ近いうちに教皇にも死んで頂くという事で……ご納得頂けませんかねぇ』

|゚ノ;^∀^)『何だと……それじゃ、お前はまさか……?』

爪'∀`)y‐『……貴女の、ご想像の、通りかと』

恭しく、頭を垂れた。
そこで再び稲光。
洞窟の壁に長く伸びた男の影を見て、レモナは地の底に住まうと言われる悪魔を思い浮かべた。

法王と手を取り、教皇と繋がり。
トマス=マスカレイドを殺し、ストーン=ジョーンズを腹背して。

|゚ノ;^∀^)『もう一度聞くぞ……お前の目的はなんだ?』

フォックスはパイプを唇に当てた。
ややあって、蕩けるような眼で煙を吐き出す。

爪'ー`)y‐『そうですね……復讐、とでも言っておきましょうか』



138: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:34:46.53 ID:K3cbs8RNP
|゚ノ;^∀^)『復讐だと!? 一体何の……』

爪'ー`)y‐『その問いには……答えないでおきましょう。どの道、貴女に理解できる筈もない事です。
      それより、貴女は気にならないのですか?』

|゚ノ;^∀^)『…………何が、だ?』

爪'ー`)y‐『それは当然……何を知ったとしても、全てが無駄になる可能性についてですよ』

生唾を飲みこんだ、公女の喉がゴクリと動く。
そう。ここで何を聞き出したとしても、それを誰かに伝える事が出来なければ何の意味も無いのだ。
が、彼女の反応を目にしたフォックスは、満足げにクスクスと笑う。

爪'ー`)y‐『失礼。冗談ですよ。いずれは全て陽の下に晒さねばならぬ故、ここで貴女の命を頂く筋書きは御座いません。
      それに……トマス亡き今、貴女まで失ってはバランスが崩れすぎますので』

|゚ノ;^∀^)『バランス? それはどう言う……』

しかし、レモナ=マスカレイドはその問いを発し終える事が出来ず。
また、答えを知る事も、考えようとする事も許されなかった。
何故なら、突如足元に転がる拳大の岩が跳ね上がり、彼女の鳩尾に突き刺さったからだ。
堪らず身体をくの字に折り曲げたところを、にゅうと闇から現れた影が押し倒し、素早く縛りあげる。

爪'ー`)y‐『ご心配なく。貴女の身を保護させていただくだけですから。
      それに、囚われの姫は勇者が救いにくると言うのが、物語の王道と言うものでしょう?』

小さく頷くと、影がレモナの身体を肩に担ぎ上げた。
そして、そのまま洞窟を出ようとしたところで……ピタリと足を止める。

爪'ー`)y‐『そうそう。貴方にも大切な役を与えるのを忘れるところでしたよ』



139: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:38:44.82 ID:K3cbs8RNP
踵を返し、立ち去ろうとしていたフォックスの足を、一人の男の手が掴んでいた。
シャオラン=ディードリッヒ。
神聖ピンク帝国の元・塩商人は鋼の意志力で気を繋ぎ止め、狐にしがみつく。

爪 ,_ノ`)『させねぇよ……約束なんだ……それに……純金15貫が掛かってるんでな』

爪'ー`)y‐『忠告した筈ですがねぇ。余計な事をしなければ、痛い思いもしないものを……』

シャオランの視線の先で、何かがピッと揺らめいた。
そして、フォックスの足首を握り掴んでいた、彼の四指がばらりと落ちる。
何が起こったのか理解できなかったシャオランであったが、
傷口から鮮血が噴き出すと同時に、洞窟中に響きわたるような苦痛の叫びをあげた。

爪'ー`)y‐『貴方では私に勝てませんよ』

爪#,_ノ`)『糞野郎が……この代償は高くつくぜ……』

それでも戦意を失わぬ元・塩商人の姿に、狐は満足そうな微笑みを浮かべる。

爪'ー`)y‐『私は【無法都市】と呼ばれる地で貴方を待ちます。ですが、貴方が私に歯向かうには少々力不足。
      まっすぐ南へ向かいなさい。やがて、貴方の力になるであろう者達が港に現われる筈です。
      特別に、この周囲を捜索している兵は全て殺しておいてあげましょう』

言い終えると同時に、シャオランの目の前に転がっていた岩が、ふわと宙に浮いた。
それは、勢いをつけて彼の首筋に落下し、微かな息を吐いてから商人は気を失う。

爪'ー`)y‐『では、行きましょうか。じき、雨も止むでしょう』

レモナの身を担いだ影にそう告げると、フォックスは洞窟を後にした。
地に倒れ伏した、シャオランの身体を残して。



142: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:41:32.86 ID:K3cbs8RNP
         ※          ※          ※

爪 ,_ノ`)『う……うぅ』

小さな呻き声と共に、シャオランは意識を取り戻した。
全身に刻み付けられた傷からは、血が止まりかけている。ただ、4指の傷からだけは、未だ血が流れ出していた。

爪 ,_ノ`)『面白すぎるじゃねぇか……やってくれやがって』

誰に言うでもなく呟いたのは、気を繋ぎ止める為だ。
心もち湿った大地に転がる三日月刀を拾い上げ、這うようにして焚き火に近づく。
火の残り具合を見ると、おそらくフォックスが立ち去ってから、そう時間は過ぎていないだろう。
しかし、その後を追う気にはなれなかった。
這うのがやっとの自身では狐に追いつく事など到底出来ぬであろうし、勝ち目も無い。
今、彼が為さねばならぬ事は、ただ生きる事だけであった。

火の中に三日月刀の刀身を突っ込み、しばし待つ。
少ししてからそれを引き抜くと、傷口から滴る血を一滴落とした。
じゅぅ、と音を立て瞬時に蒸発したのを見て、歯を喰いしばる。
そして、第二関節より下を失った指の傷を、刀に押し当てた。

爪 ,_ノ゚)『ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!』

絶叫が響きわたる。
指をなくした左手首をガッシと掴み、しばらくもんどりうっていたシャオランは、
やがて肩を大きく上下させながらゴロリと天井を向いて横たわった。

爪 ,_ノ`)『畜生……これで純金15貫じゃ割りにあわねぇぜ……最低でも25貫だ』

その場にいない砂漠の魔女に言い捨てる。何故か、彼女の笑い声が聞こえた気がした。



147: ◆COOK./Fzzo :2010/07/12(月) 00:46:01.80 ID:K3cbs8RNP
それから、シャオランは洞窟に運び込んだ食料を、片っ端から口に詰めはじめる。
山塞を脱出した際に持たされた最後の麦も、
途中合流した兵達が捕らえたという山鳥も、何も考えずに食い荒らした。
特に肉は火も入れずに食い千切り、むしろ体中に血が足りぬ今は、それこそが相応しいように思える。

あまりにも荒々しい食事を終えると、外套に包まり目を閉じた。
身体は水を求めているが、血を薄めてしまう事を恐れて、我慢する。
このようなところを捜索の兵に見つかったら何もかもお終いであるが、それは開き直るしかあるまい。
いや、先程傷を焼いた時の絶叫で人が集まらぬという事は、フォックスは本当に周囲の兵を片付けたのかもしれなかった。

爪 ,_ノ`)『南……港……って事はスミノフか』

脈打つような痛みが、眠りに落ちるのを妨げる。
それでも、少しでも体力回復に努めようと目を閉じながら、彼は狐の言葉を反芻させていた。

何故、フォックスが自身の不利になるような事を告げて行ったのか、理由は分からぬ。
しかし、彼にはそれに従うより他の選択肢は残されていなかった。
人形繰りの糸に踊らされると分かっていても、そうせねば道は開けないのだ。
やがて塩商人シャオランの意識は深い眠りの池に沈んでいく。

【南の玄関口】スミノフ。
かの都市は、海の民頭領【小旋風】妹者が標的と定める街である。
そして、少女の下で大海原を駆ける船には、2人の勇者が身を置いている。

レモナ=マスカレイドの忠実なる執事にして影、アインハウゼ=クーゲルシュライバー。
【人形遣い】フォックスと限り無い因縁を持つ【天翔ける給士】ハイン。
また、狐によって滅ぼされたキール隠密の村で幼き日を過ごした【破軍】渋沢や、
小さな海戦の天才もまた、運命の瀑布は飲み込んでいくのだろう。

それはきっと。遠き日のことでは無い筈である。



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