( ^ω^)ブーンは奏者のようです

32: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:06:10.65 ID:7yuktrP90
 ─── 第2楽章 ───



    「“交響曲”……か」


 言の葉は誰に届くことも無く、白くなり夜空に溶けていく。

 霜月の寒空の下、誰もいない夜の街。
 人工灯が落とす光の円の中で輝く金色の美しい髪を夜風にたなびかせ、その少女は佇む。

 手にはヴァイオリンが握られていた。
 そのヴァイオリンは、少女が纏う気品、優雅さを象徴するかのようにそこにあり、少女をより一層美しく見せる。

 まだあどけなさを残す可憐な顔に浮かぶ表情は硬い。
 自然とヴァイオリンを握る手にも力が篭る。


    「よーう、お嬢ちゃん。 こんな夜中にお散歩か?」


 少女の体が強張る。
 背後から聞こえた声に、新雪を踏みしめる音が控えめに華を添えた。



34: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:07:40.95 ID:7yuktrP90
 学生服のスカートを翻し、彼女は声の主を見据える。
 長身痩躯に髪を肩まで下ろし、一見すると女性と見紛う様な端整な顔立ちをした男。
 その男は少女と同じ存在であるかのように、トロンボーンを左手に持っていた。

 男はロングコートのポケットからライターを取り出し、加えていた煙草に火を点ける。


    「ま、なんの因果かお互い『奏者』になっちまったんだ。 ここは一つ仲良くいこうぜ?」


    「………」


 吐き出される煙越しに見える瞳に光は無い。 どこまでも暗く深い漆黒の眼をしている。
 少女はただその眼を睨む。 その視線を受けた男は堪え切れないかの様に含み笑いを漏らした。


    「……そーだよなー。 そりゃあねーよなー。 ……願いが叶うのはたった一人! 『奏者』は全員敵だもんなぁ!!」


 男はついに声に出して笑う。
 それに呼応するかのように、男の胸元で何かが光りだした。

 同時に左手のトロンボーンが光の粒子となって弾け、再度その手に収束を始める。
 光は徐々に形を成し、一瞬の後にそれは違う何か……一見すると重火器のようなものに変化を遂げた。

 だがそれはただの武器とは違う。
 所々に残されたトロンボーンの面影。
 ベルは大きな銃口となり、スコープに変化したマウスピースはその中に少女の姿を捉えている。
 後ろを向いたスライドが伸縮を繰り返すたびにそれは強く光を放つようになり、その開放を今か今かと待ち望んでいた。



37: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:09:11.83 ID:7yuktrP90
    「俺ぁこんなのを待っていたぁ……。 大好きな音楽で糞つまんねぇ日常をぶっ潰す!!
     ……っひゃっはははははっ! 楽しみで勃起しちまいそうだ!!」


 それを肩に担ぎ、男は高笑いを上げる。
 対する少女は静かに呟く。


    「……そう、あなたは日常を壊すのね」


 少女の首にかけられた銀のペンダントが輝く。
 それは手に持つヴァイオリンを光に変え、再構成させる。

 演奏を始めるかの様にあてがわれた弓は本体と同化し、大きく引き伸ばされる。
 スクロール部を頂点に弓が鋭い張力を生むその形状は、実在する武器の中ではクロスボウに近い。


    「それなら……私は負けられない。
     大好きな人達と奏でる大好きな音楽……。
     私はそれを取り戻す! 私はそれを守ってみせる!」


 少女の楽器が強い輝きを放つ。
 それはまるで想いの強さを表すかの様に。


    「……いい。 ……マジでいいぜお嬢ちゃん。 俺ぁもうビンビンだ! 先っぽから汁でちまうぜ!」



38: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:10:40.42 ID:7yuktrP90




 その強い眼差しを受けて、男は果てしなく高揚していく。


    「さぁ! 楽しいアンサンブルと行こうじゃねぇか!」


 男はトロンボーンを天に向け、力いっぱいトリガーを絞った。






                               「 開 幕 の フ ァ ン フ ァ ー レ だ ! ! 」




39: 携帯に優しくなくてスマソ ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:12:12.47 ID:7yuktrP90
Background music

ttp://jp.youtube.com/watch?v=EMKE3pwHGX0

    ────── 「約束された勝利の剣」 from Fate/stay night



 虹色の光球が轟音と共に天に昇る。
 その発射音はトロンボーンの音色そのものであり、その音量はトロンボーンの武器としての火力を容易に想像させた。
 しかし流れ始めたメロディは、それに捕らわれている暇を与えない。

 奏者達は、演奏の場を音速の世界へと移す。
 粉雪を舞い上がらせ、めまぐるしい速度で入り乱れる二人の奏者。
 トロンボーンのフォルティッシモから始まった交響曲は、華やかなヴァイオリンのソロへと移り変わる。


    「響けっ!」


 弦の中を音が駆け、矢となって放たれる。
 E線、A線、D線、G線。 それぞれの弦から音色の異なる矢が射出され、少女は絶え間なく攻め続ける。
 その演奏の支配力はまさしく楽器の女王の名に相応しいと言えるだろう。


    「ひゃっはははは!!!」


 男は地を蹴り、時に壁を蹴り、音速の矢を縦横無尽に躱していく。
 その表情はまるで至上の演奏に身をゆだねているかのように明るく、この戦いを心から楽しんでいるようであった。



41: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:17:09.18 ID:MRk8yPIi0
    「飛んでけぇっ! ひゃはは!」


 華やかなソロをトロンボーンの慟哭が覆いつくす。
 音の矢を真正面から塗りつぶし、それでもなお余りある音量の音球が少女を襲う。


    「……ふっ……くぁっ!」


 音の芯は躱した。
 だがトロンボーンという名の武器はそれだけでは終わらない。
 それのみでオーケストラ全体を食うことすら可能な強奏は、この演奏の場を荒々しいものに変える。

 ファンファーレが鳴り響く。
 片手をポケットに入れ、煙草をくわえたまま乱暴に放たれるその音が、少女を確実に追い詰めていく。


    「くっ…ぁああ───!!」


 衝撃波を伴う音の球に体勢が崩れ、少女はついにそれに直撃してしまう。
 彼女の中で爆ぜる音の塊は、その悲鳴ですらかき消した。


    「……チッ。 打ち止めかよ」



42: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:18:40.34 ID:MRk8yPIi0
 動けない少女への追い討ちは無かった。
 発音を息に頼る管楽器であるがゆえ、弾数は無限、というわけにはいかない。
 加えて音も息も減衰するため、本来なら一撃必殺となりうるその威力も同じく落ちきっていた。
 それでもなお相手を行動不能にするだけの威力を保てるのがトロンボーンではあるのだが。


    「おいおい……天下のヴァイオリン様がこの程度で終わりゃしねぇよなぁ……?」


    「……その通りよ。 ヴァイオリンをあまりなめないで」


    「……あぁ!?」


 少女が男の猛攻を回避するために取った軌道の上に、無数のヴァイオリンが浮かび上がる。
 それは男を中心に円を描くように並び、それぞれが男を射るために矢を構えていた。


    「トゥッティかよおい……。 ……ズリぃぜ嬢ちゃん!」


 トロンボーンが一本でオーケストラを食うことができる楽器であるのなら、
 ヴァイオリンはこれが無くてはオーケストラにならない楽器である。

 その強みはソロだけではなく、数が多いといった単純なことでも表れてくるのであった。



43: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:20:18.70 ID:MRk8yPIi0
    「いっっけえぇぇぇ───!!」


 奏者の一言に呼応し、全てのヴァイオリンは男に向けて一斉に矢を放つ。
 全方位から押し寄せる音の波。


    「しゃらくせぇ!!」


 スライドの伸縮が加速する。
 男は一気に最大音量まで到達した音球を地面に向けて解き放った。


    「オラァアア───!!!」


 爆音と共に反射、拡散したそれは、襲い来る矢を圧倒的音量差で次々に相殺していく。


    「なっ……!」


 衝撃で新雪が舞う。
 ただの音と化した残響と雪煙の中、少しずつ輝きを増していく何かが浮かび上がってきた。
 少女の背筋が凍る。



46: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:21:40.52 ID:MRk8yPIi0
    「上手く逃げろよぉ! 死んじまうぜぇ!! ひゃっははははっ!!!」


 桁違いの何かが来る。
 そう感じることはできても、体は既に言うことを聞かなくなっていた。


    「ひゃはははははははは!!!!」


 少女は自身の敗北を悟り、眼を閉じた。



47: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:22:40.43 ID:MRk8yPIi0
 直後、全てを飲み込むほどの音量を乗せた光線が雪雲に覆われた夜空を穿つ。
 木々やガラス、ありとあらゆるものが共鳴を起こし、即興で大合唱を始める。


 ………。


 トロンボーンの咆哮が止んだ。
 街には少女以外の姿は無い。
 男が立っていた場所には、煙草のケースと続く足跡。


    「これが……“交響曲”……」


 男が残した煙草のケースを握り締め、誰にともなく少女は呟く。

 彼女を待つ運命は、この魂を賭けた戦いを勝ち抜くことを意味している。
 “交響曲”。 その言葉が持つ意味を、彼女は今、身をもって理解した。


    「………っ」


 その小さな胸の内で少女は何を想うのか。
 夜空を仰ぐその表情からはうかがい知ることができない。
 冷たい風が彼女を撫ぜる。
 少女が小さく震えたのは、そのせいだろうか。

 闇を照らす月は、まだ見えない。



戻る第3楽章