( ^ω^)ブーンは奏者のようです

100: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:07:11.99 ID:ysNFN5Oy0
 ─── 第4楽章 ───



(;^ω^)「ここはどこだお?」


 似たような建物がいくつも並ぶ校内で、僕はものの見事に迷っていた。
 とりあえず寒さから逃れるため、適当に近くの建物に入ってみる。


(;^ω^)「………」


 やっぱり絶対日本じゃない。
 よく見れば所々にハイテクっぽいものがあるものの、中もまるで王宮のような内装をしている。
 こんなところで学ランを着て、おっかなびっくり歩いている僕は、さぞかし滑稽だろう。


    「あぁ! こんなところにいたぁ!」


 居心地悪さを感じながらうろうろしていると、廊下の奥から声が聞こえてくる。
 西日が逆光になってはっきりとは見えないけれど、朝に見た制服、それに声からして女の子だと分かる。


(*゚ー゚)「はろ〜! ようこそ我らが音楽高校へ!」



102: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:08:40.63 ID:ysNFN5Oy0
 今朝の女の子では無い。
 でもどこか似た印象も受ける。
 僕は彼女を見た時、頭の中に今朝の女の子のことが明確に浮かび上がってきた。


( ^ω^)「きみは……?」


(*゚ー゚)「私はしぃ。 この学校の2年生です! あなたは?」


( ^ω^)「僕は……内藤ホライゾンですお。 ブーンと呼んでくださいお」


 彼女は一言、そう、と言って微笑む。
 その笑顔に、僕は魅了に近いものを感じた。
 街で見れば少し浮いてしまうようなその制服も、この場にあれば美しく映える。


(*゚ー゚)「それじゃあブーン君。 ……君にお願いがあります」


 しぃさんはローファーをコツコツと鳴らしながら僕に歩み寄る。
 5mはあったであろう僕らの物理的距離を彼女は躊躇なく縮めていき、気付けばお互いの吐息がかかるぐらいまで近づいていた。

 人の持つパーソナル・スペース。 そんなものは関係無しに身を寄せ、僕の目をじぃっと見つめるしぃさん。
 その眼に魅入られたかのように硬直してしまう僕。


(*^ー^)「君にはこれから“交響曲”のステージに上がってもらい、……早々にそこを降りてもらいます♪」



103: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:09:39.64 ID:ysNFN5Oy0
 そのにっこりと笑う笑顔が僕の頭を鈍くさせたのか、そもそもその言葉の内容が意味不明だったのか。 ……僕にはまったく理解できなかった。

 ただ次の瞬間には彼女の───改めて見るととても自己主張の激しいその胸元が急に輝きだした。


(;-ω-)「うぅ……っ!?」


 その光の強さに目を眩ます。
 ぼやけた視界の中で見つけたものは、先ほどまでは無かったその胸のペンダント。 そして彼女の右手の先から伸びる銀色。


(;-ω-)「…………フルー…ト…?」


(*゚ー゚)「そう、フルート♪」


 自然と漏れたその疑問をはっきりと肯定し、彼女はまるで僕に身を任せるかのようにもたれかかってくる。


(*゚ー゚)「それじゃあ……イクね」


( ゚ω゚)「ふぅっ……ァ……ッッ!!」


 突如、身を貫く衝撃。
 置いてけぼりを食らった思考回路が必死に原因を探ろうとする。



105: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:11:13.62 ID:ysNFN5Oy0
 視線を下に落とす。
 そこで僕の目に映ったのは、先ほどなぜかフルートと見誤った“剣”が僕の体を突き抜けている様だった。


(;゚ω゚)「ガッ……ッ………ハ……ッ……!」


 僕の体から剣が抜かれる。
 しぃさんの支えを失った僕は、その場に崩れ落ちるしかなかった。


(* ー )「痛い? ……違うよね。 “切ない”んだよね?」


 やけに艶っぽいしぃさんの声が上から降り注いでくる。
 切ない? よくわからない。 だがなんだこれは?

 貫かれた体に傷は無い。 感覚はあるのに痛みも無い。
 でも今、僕は確実に何かを奪われた。
 自分を形成するものが足りない。 そんな喪失感。
 胸にぽっかり穴が開く、なんてそんな冗談みたいな比喩を、僕は今体感している。


(* ー )「胸がきゅぅんって、しちゃうよね? なんだかとっても寂しくなっちゃうんだよね?」


(;゚ω゚)「何……が…………?」


 胸が締め付けられる。 何故だかとても寂しくなる。



107: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:12:40.71 ID:ysNFN5Oy0
(*゚ー゚)「それはね? 私があなたの“心”を奪ったから」


 心。
 そうか。 僕は心を奪われたのか。
 苦しい。 切ない。 悲しい。 寂しい。
 そんな感情が僕の心の足りない部分を補おうとあふれ出てくる。


(* ー )「あぁ、いいなぁ……その表情。 必死に誰かを求めてる……。 抱きしめたくなっちゃうなぁ……」


 この人を求めたら、この寂しさを埋めてくれるのだろうか?
 この人を抱きしめたら、この切なさを癒してくれるのだろうか?
 ……それならばいっそ、この人に全てを委ねてしまおうか。
 そんな甘美な思いが僕の頭を埋め尽くす。


(  ω )「あ……ぁ……」


 彼女の細い指が、白い手が、僕の頬に触れる。
 それだけで、全身の感覚がそこに集まっているかのように気持ちいい。

 もう僕はまともな判断ができなくなっていた。
 この想いを無くしてくれるなら、僕はなんにだってなれる。
 だから……。 お願いだから……。


(* ー )「ねぇ……私のモノにならない……? ……そしたら、一生愛したげる」



109: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:14:10.41 ID:ysNFN5Oy0






 ───その声を聞くのと、僕の中にピアノの音が落ちてくるのは、まったくの同時だった。







111: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:14:41.93 ID:ysNFN5Oy0
 渇ききった砂漠に、一滴の水が零れ落ちる。
 その水が、失いかけた僕の理性を無理矢理引き戻した。


( ゚ω゚)「あぁぅぃぁあああああああああ───!!!」


 僕が僕で無くなる恐怖。
 取り戻した理性はそれを否応無しに実感させる。


( ゚ω゚)「───あああああああああ!!!!」


(*゚ー゚)「きゃ……っ!」


 僕はしぃさんの手を払いのけ、無我夢中でその場から逃げ出した。

 ここにいれば僕が居なくなりそうで。
 そんな気がして。



113: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:16:11.54 ID:ysNFN5Oy0
 ─────────



 僕は本気で走った。
 あの人から離れたい。 それ一心で僕は走り続ける。


(; ω )「ハァッ……ハァッ……」


 早くここから逃げないと。


(; ω )「帰ろう……っ! 家………」


 広い敷地内でパニくった思考回路を総動員し、さっき来た道をなんとか辿る。
 だからそこに着いた時、僕はその状況をなかなか信じることができなかった。


(;゚ω゚)「……そんな。 ……さっきまでは、開いてたのに」


 ついさっきくぐった校門。
 そこはまるで牢獄のような鉄格子の門に閉ざされていた。

 その門はあまりに高く、なんの道具も無しに乗り越えることは難しそうだった。
 あたりを見回してもそれは同じで、綺麗に塗り固められたコンクリートの壁が続いている。



115: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:17:41.20 ID:ysNFN5Oy0
 まだ彼女の姿は見えない。
 だがそれでも先ほどの恐怖が拭えず、ガタガタと震えが走る。

 その時、再びピアノの音が聞こえた。


 ─── ポロン


(  ω )「……っ!」


 焦りと恐怖で散り散りになっていた意識がその一音によって集約し、僕は冷静さを取り戻していた。
 いや、冷静とは言えないかもしれない。
 どこからかもう一人の僕が目を覚ましたかのような奇妙な心地だった。


 僕はその音に導かれる。
 正門の真正面にある、音高自慢の音楽ホール。

 ふらふらと階段を上り、建物の中に入る。
 誰もいないロビーを通り抜け、僕はその重い扉を両手で開けた。



117 : またもや携帯に優しくないツンデレな俺 ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:19:14.83 ID:ysNFN5Oy0
Background music

ttp://jp.youtube.com/watch?v=hEnfZjqMSy0

    ────── 「la Campanella - Liszt」



 それは異世界への扉のようだった。
 真っ暗なホールの中に一筋の光が差し込み広がる。
 格式高いとも感じられる空気が漏れ出し、僕を包んでいた。


    「こんにちは、お兄ちゃん」


 半ば止まりかけていた思考がその声に引き戻される。


(;^ω^)「君は……?」


 使われていないように見えたホールのステージでスポットライトを浴びる正装の少年。
 笑みを僕に向けた少年は、隣のグランドピアノの鍵盤の蓋を開ける。



119 名前: またもや携帯に優しくないツンデレな俺 ◆q5YwUlmw7k 投稿日: 2008/01/02(水) 02:20:40.57 ID:ysNFN5Oy0
( ・□・)「なんか大変そうだね」


 僕の事情を知ってか知らずか、無邪気に笑う少年。
 年の頃は10に満たないかもしれない。
 その格好と相まって、ある意味滑稽にさえ見える。
 そう、例えるならピアノのコンクールに出場する子供みたいな。


(;^ω^)「………」


 って、そうだ。
 なんで僕はこんなとこに逃げ込んだんだろう。


( ・□・)「そんなところに立ってないで、こっちに来てよ」


 言われるがまま僕はステージの前まで歩いていく。
 さっきあれだけの恐怖を味わったというのに、今の僕はまるで他人の人生を見ているかのように落ち着いていた。


( ・□・)「えっとね、お兄ちゃんにお願いがあるんだ。 ……ピアノを、弾いてほしい」


 ステージの上に立つ少年はしゃがみ込み、僕に目線の高さを合わせてくる。
 その顔はどこか悲しそうで、
 僕に対してのその言葉の残酷さを知っている顔だった。



121: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:21:40.71 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「な、なに言ってるんだお? 僕はピアノなんか……」


( ・□・)「お兄ちゃんは誰よりも上手にピアノを弾ける。 それは僕が一番わかってるんだ」


 そんなことは知らない。
 僕がピアノが“弾きたくない”って言ったら弾きたくないんだ。
 僕のことを一番わかっているのは僕自身なんだ。


(;^ω^)「話にならないお。 できないことをやれと言われてもできるはずがないお」


( ・□・)「でもやらなきゃ、ここで心を失うかもしれない」


 さっきの感覚が蘇る。
 あの喪失感。 それを超える苦痛を味わうかもしれない。


    「み〜っけ♪ こんなところにいたんだ〜」


 感覚と一緒に蘇った彼女の声が、広いホールに程よく響く。


(*゚ー゚)「またお会いしましたねぇ〜。 ……ふふふっ♪」



123: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:23:13.35 ID:ysNFN5Oy0
 外からの空気がホールに染み込む。

 しぃさんの右手には相変わらずの銀剣。
 奔放そうに見える彼女の性格とは裏腹に、淑やかに歩を進めている。


( ・□・)「……時間がないよ。 ピアノを弾いて」


 ステージの上から僕に向けて手を伸ばす少年。
 その手と、しぃさんとを交互に見る。

 僕は……。


(  ω )「できないものは……できないお」


 スポットライトの当たるステージに背を向けた。


( ・□・)「……そう」


 先ほどの言葉とは違う、優しげなその一言。
 それがほんの少しだけ僕の心を軽くする。



125: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:24:42.94 ID:ysNFN5Oy0
( ・□・)「それじゃあ今度は、僕との約束!」


 その元気な声に振り向くと、少年はピアノの椅子に座って僕を見ている。


(*゚ー゚)「んぅ……? 何と話してるの?」


 今となって、僕の身に降りかかる危険なんてどうでもよくなっていた。
 彼女の声は届かない。

 僕はただ、目の前の少年が消えてしまいそうで、
 ただそれだけが怖かった。


(^ω^;)「な……に…を?」


(^ω^)


 名も知らない少年は、僕を見て笑った。


( ・□・)「生きて……できれば、幸せに」



127: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:26:10.42 ID:ysNFN5Oy0
 少年が指をそっとピアノの鍵盤に乗せる。


( ・□・)「また会えたらいいね」


( ^ω^)「……必ず」


 僕が上れなかったステージ。

 そこに堂々と立つ少年の顔を見て頷く。

 少年は最後にもう一度、笑みを浮かべた。


( ・□・)「待ってるから」


 少年はその指に力を込め、ピアノに命を吹き込んだ。

 重く、それでいて澄んだ、まるで鐘の音のような和音。

 なんて素敵な音だと、素直にそう思う。



129: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:27:04.72 ID:ysNFN5Oy0
 あぁ、そうだ。 思い出したよ。 僕が好きだった曲の名前。







                                「la Campanella(鐘)」、だ。








 ────── 交響曲 第1番 「序曲」 ...fine



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