( ^ω^)ブーンは奏者のようです

2: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:37:15.65 ID:7yuktrP90
 ─── auftact ───



 ─── 最高の楽器とは、なにか?

 この問いは答えなど無いであろう。

 多種多様な音色、得意とする音域、奏法。

 それらが異なるからこそ音楽が生まれ、また必要だからこそ、そこに楽器は存在する。

 故に最も高い位置にいる楽器は存在しない。

 音楽とは、楽器を並べて奏でることであるからだ。


 では、問おう。

 ─── 最強の楽器とは、なにか? 


 それぞれの理由で最強を目指す、“樂器を奏でる者”達の演奏をどうか最後までお聴きいただきたい。

 そしてその間、聴衆となる皆様もこの不可解な問いの答えを探してみてほしい。


 この演奏を聴き終えた時、あなたの胸の内にある答えが私と同じであるとすれば、それはとても作曲者冥利に尽きることだ。



4: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:38:50.83 ID:7yuktrP90




( ^ω^)ブーン達は奏者のようです




6: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:39:21.40 ID:7yuktrP90



 交響曲 第1番 「序曲」 ──────




7: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:40:48.01 ID:7yuktrP90
 ─── 第1楽章 ───


 寒い寒いと思っていたら雪が降っていた。


(;^ω^)「……これはつもるかもわからんね」


 教室の窓際の一番後ろ。
 涼宮ハ○ルと同じ位置に僕の机はある。

 数学という名の宇宙語を話す先生の一様な低音ボイスをBGMに、周りのクラスメート達は黙々と黒板の内容をノートに書き写していた。
 さすが進学校だけあって授業中のふいんき(ryは重く、背もたれに体を預けて退屈そうに暇をもてあましているのは、早々に勉強を諦めた僕だけのようだった。
 もっとも最前列で爆睡こいてる僕の同類ほど空気が読めないわけでもなく、この気まずい時間を終わらせる鐘をただボーっと待っている。

 今年最初の雪にも興味は薄れ、僕は既に8回目となる昨日発売の週刊少年跳躍のページを捲る。 やはり何回見てもH×Hはやっていなかった。
 先生は僕や最前列のあいつのことなど、まるでそこにいないかのように淡々と授業を進めている。
 この学校のほとんどの教師は、僕らのような生徒を更生させよう……なんて情熱は持ち合わせていないようだった。
 それは僕にとって、ありがたいことではあるのだけれど。

 テニスコートの中で新たな殺人術が生まれた頃、そのくだらなさを断ち切るようにチャイムが鳴った。
 顔と名前が未だに一致しないクラス委員長の号令で、やっと50分の苦行が終わる。


( ´ω`)=3「ふぅ……」



9 名前: ◆q5YwUlmw7k [文が濃くてごめんなさい] 投稿日: 2008/01/02(水) 00:43:27.96 ID:7yuktrP90
 これが後4回続くかと思うと溜息も出る。 少なくとも今日中に後4回つく事になるんだろうと考えたら、また溜息が出た。
 退屈しのぎの話し相手は未だ夢の中のようだ。 このままいつものように昼までおやすみコースなんだろう。

 短い休憩が終わり(と言ってもその時間すら長く感じるのだけれど)、今度は世界史の荒巻が今にも生命活動を終わらせそうなやばい動きで教室に入ってくる。
 いつまで教師つづけるんだろうか、この人は。

 さっきと同じトーンで授業開始が告げられ、皆が一斉に教科書を開く。
 温厚な性格で知られる荒巻先生だからか、数学の時と比べて幾分空気がやわらかい。

 それでも暇なことに変わりはなかった。
 僕はさして眠くもない体を机に突っ伏し、目を閉じて意識を闇の中に落とそうと努める。
 眠ることにすら努力を要しなければいけない学校が、僕は大嫌いだった。

 つまらない。
 僕の今の人生はこの一言に集約されるだろう。 この一言で片付くと言ってもいい。
 高1から受験に向かって本気で動かなきゃいけないような学校で、進学する気の無い僕はクラスでも浮いた存在だ。
 なんでこんな学校を選んだんだろう。 理由はもう忘れた。 大方家が近かったとかだろう。 僕のことだから。

 これといって趣味も無い僕にとって、人生はただの時間の浪費でしかなかった。
 いつからかはわからない。 気付けばこうなっていた。
 何かに一生懸命に打ち込むだとか、年相応に恋愛するだとか。
 なぜ僕にはそういった類のことができないんだろう。

 目蓋の裏で世の中に対する呪詛を吐く。
 頭の中をぐるぐる回る不平不満。
 目を瞑るといろいろ考えてしまう。

 ……もう眠ろう。
 僕は無理矢理思考を止め、眠ること一点に集中する。



10 名前: ◆q5YwUlmw7k [文が濃くてごめんなさい] 投稿日: 2008/01/02(水) 00:45:11.86 ID:7yuktrP90
 ─────────


 暗い暗い部屋の中。
 一切光の差し込まない、部屋。
 右も左も、上か下かさえ分からない部屋の中に僕は居た。


(;^ω^)?。oO(ここは……?)


 自分の体すら見えない暗闇で、意識だけははっきりとしている。


(;^ω^)。oO(明晰夢……ってやつかお?)


 僕が最後に見たのは自分の机の木目だ。
 実は今日は僕の誕生日で、クラスメートがサプライズパーティーなんか開いてくれない限り、今の状況が夢だという以外に選択肢はなさそうだった。


( ^ω^)。oO(ねーよwwwwwwwww)


 思わず声に出したはずの台詞は、何を震わすことも無く意識の中に沈んでいく。



12: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:47:10.14 ID:7yuktrP90
 それにしても困った。
 夢の中ですら退屈そうだ。

 辺りを見回しても部屋は相変わらず真っ暗で、目に付くものなんか何一つありやしない。
 ここまで何も無い人間なのか僕は、ともはや癖になりつつある溜息をつく。 いや、正確にはついたつもりになる……だろうか。

 部屋にある変化が起きるのは、それと同時だったか、それともその少し前か。

 ポロン……と一粒の音が耳に届いた。
 音を聞き取る耳があったのか、なんて冷静に考えてたら、いつの間にか僕は両の足を地につけ、自由に動く手があることに気付く。
 部屋は相変わらず暗いままだったけど、それでもここが四角い空間なんだということは感じられるほどになる。

 ポロンポロン……と飛び跳ねる音の粒はいつしか流れるメロディに変わる。
 聞き覚えがあった。 これは僕が好きだった……


(;^ω^)?「……あれ? なんだったかお……?」


 メロディは追える。
 時折つっかえそうになるけれど、聞こえてくる旋律を僕は頭の中で再現できる。
 それなのにタイトルは思い出せなかった。
 ……いや、なんで僕が好きだった、なんて思ったのかもわからない。
 こんな粗雑で、好き放題飛んだり跳ねたりする曲、聴いてて疲れるじゃないか。

 この曲はもっと繊細で、跳躍だって上品で……そんな曲だったはずだ。
 あぁ耳障りだ。 頼むからそんな下手な演奏を聴かせないでくれよ。
 大体そんなメロディ入ってないだろ。 それじゃまるで学校のチャイムみたいじゃないか……



13: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:49:12.82 ID:7yuktrP90
 ─────────



( ^ω^)「お?」


 そこは四角い部屋。
 だけど光に満ち溢れてて、窓の外は曇ってるけど雪が降っていて。
 辺りは喧騒に包まれていて、その光景と僕のお腹の虫が今の状況を教えてくれる。


(^ω^)「……そうそう、あれは夢だったんだお」


('A`)「あにが夢だったって?」


 キョロキョロしながら百面相していた僕を見てドクオが不思議そうに尋ねてくる。
 こいつが学校に来て起きているのは登校、昼休み、下校と統計学的に決まっている。
 そのことが、今が昼休みだという現実を確かなものにしてくれた。



15: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:51:13.88 ID:7yuktrP90
( ^ω^)「えーと……」


 何の話だったか。
 そうそう夢の話だ。


(;^ω^)「……覚えてないお」


('A`)「あーそう」


 ま、夢なんてそんなもんだよな、なんて大して興味もなさそうに言いながらドクオはカレーパンの袋を開ける。
 僕も朝買ったパンを鞄から取り出そうとして、やめた。 何故だか食欲が無い。


('A`)「食わねーならくれ」


 それを目ざとく見つけたドクオに半ば呆れつつも、僕はパンを手渡す。


('∀`)「いやー悪いね。 今日朝食ってなくてさ」


( ^ω^)「またネトゲかお。 廃人乙」



16: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:52:40.58 ID:7yuktrP90
 起きてる時間の9割がネトゲに使われ、数々のネトゲでトップの座に君臨しているらしい。 前にどんなにマゾくとも課金はしないのが俺のジャスティスだとかどうでもいいことを言っていた。
 本人曰く、暇つぶしなんだそうだが、どう考えても生活の全てがネトゲにつぎ込まれてるとしか思えない。


('∀`)「それがよー。 昨日面白いもん拾っちったんだなーこれが」


( ^ω^)?「kwsk」


('∀`)「まぁまぁ今日どうせ暇だろ?wwwww 帰りに家よってけよwwwww 見せてやっからwwwww」


(;^ω^)。oO(ハイテンションきめぇ……)


 しかし日々を惰性で生きているドクオがここまで浮かれるのもめずらしい。
 僕としても退屈しのぎになるならありがたいことだ。
 ここはドクオの提案に乗っかることにする。


( ^ω^)「それじゃあ久々にお邪魔するお」


('∀`)「おkwwwwwww 放課後なwwwwwwww」


(;^ω^)。oO(うぜぇ……)



19: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:54:10.55 ID:7yuktrP90
 あれだけハイテンションだったドクオも、昼休みが終わるとまるで電源が切れたかの様に眠り始める。
 便利なスキルだな……とか思いながら、僕はどうやって暇をつぶすかを考えることで暇をつぶすことにした。


( ^ω^)。oO(タカさんは……俺の嫁……と)


 携帯で糞スレ巡りをしてるうちに時は過ぎ、ようやく放課後となる。


('A`)「帰んべー」


 僕とドクオは軽い鞄を引っつかんで教室を出た。

 外はまだ雪が降り続けている。
 僕らほど放課後の学校に用が無い人もいないのか、昇降口を出ても周りに生徒の姿はまだ見当たらない。

 吐く息が白い。
 コンビニで買ったおでんで冷えた体を温めながら、薄暗くなりつつある街を歩く。


('A`)「うい到着」


( ^ω^)「だおー」



20: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:55:40.07 ID:7yuktrP90
 しょっちゅう来ているドクオの家なので、ここは遠慮なく上がらせてもらう。
 ドクオが部屋のストーブにチャッカマンで火を点ける。
 学ランを放って部屋着に着替えると、ドクオは部屋の隅に立てかけてあるものを指差した。


('∀`)「あれだ!」


( ^ω^)「………」


 それは赤いエレキベースだった。
 とは言っても弦は張られておらず、所々塗装も剥がれてきている。


( ^ω^)「……それ、どうしたんだお?」


('∀`)「おう! 捨ててあったの拾ってきた!」


 なるほど。 どうりで。


('∀`)「いやー大変だったんだぜ? もうボロッボロでさ、正直一晩でここまで復元した俺はベースの才能があるとしか思えないね!」


( ^ω^)「いやそれはねーお」



22: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:57:11.85 ID:7yuktrP90
('A`)「ところでブーンよ」


( ^ω^)「なんだお」


('A`)「これどうすりゃ音でるんだ?」


(;^ω^)「そっから!?」



 ─────────



 そんな訳で僕らは駅前のデパートの中にある楽器店に向かう。


( ^ω^)「これがベース用の弦だお」


('∀`)「おいwwwww 丸まってんぞwwwwww かっけぇwwwww」


(;^ω^)「うぜぇ……」


 ひたすらはしゃぐドクオを促してレジへ。



25: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 00:58:39.55 ID:7yuktrP90
川 ゚ -゚)「いらっしゃいませ。 ……823円になります」


 うるさくしてる僕ら(つかドクオ)に怒っているのか、店員のお姉さんは無表情で機械的にレジをこなす。


(;^ω^)「おいドクオ……早く払えお……」


('∀`)「足りねぇwwwwwwwwwww」


( ^ω^)「ドクオ自重しろ」


 結局僕が払って事なきを得る。


川 ゚ ー゚)「……ありがとうございました」


 うわ、笑われたよ。


('∀`)「おいwwwww 今微笑んだぜwwwwww 俺らどっちかに気があんじゃねwwwwっうぇwwwwww」


( ^ω^)「はいワロはいワロ。 つかさみぃお。 肉まん奢れお。 でなければ氏ねお」



27: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:00:11.30 ID:7yuktrP90
 その後コンビニで82円しか持ってない事が発覚する。
 僕は思いつく限りの悪態をつきながらドクオの家に帰った。


('A`)「さてここでベースの才能が光るわけだな。 弦張りは任せろ!」


( ^ω^)「あ、4弦逆だお」


('A`)「………」


 テンションだけで突っ走るドクオに呆れながら、僕はベースの復活計画に付き合った。


('A`)「おい、これでおkか?」


( ^ω^)「まだだお。 チューニングしないと」


('A`)?「kwsk」


( ^ω^)「弦ごとに正しい音程ってのが決まってるんだお」



29: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:01:42.77 ID:7yuktrP90
('A`)「音程とかわかんねぇし」


( ^ω^)「……貸すお」


 僕は弦を指で弾きながらペグを回す。
 ボディ越しに体に響く低音が僕をなんともいえない気分にさせた。


( ^ω^)「……これで大体合ってると思うお。 さすがに細かいピッチは合わせられないから、今度自分でチューナー買えお」


 ドクオにベースを返す。
 しかしなかなか受け取ろうとせず、ドクオはポカーンとした顔で僕を見ていた。


('∀`)「すげぇwwwww 人間じゃねぇwwwww」


( ^ω^)「………」


 ドクオのテンションとは裏腹に、僕の中で何かが急速に冷めていくのを感じていた。
 さっきから頭が痛い。 吐き気がする。
 僕の脳が警告する。 これは自己防衛本能だと。



30: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:03:11.24 ID:7yuktrP90
( ∀ )「おい……ン! お前な…か楽……きんのか!?」


(  ω )「いや……僕は楽器なんか……」


 急にドクオの声が僕の中でドレミに変わる。
 受信する情報の変化に僕の脳内はパニックを起こしていた。


(   )「釣……ろww…ww 別に隠……な事…も………ゃんww……w 教え…よwww」


(  ω )「僕は……」


(    「バン……もーぜ……www …ンドwwwww 学祭……でモテ………ね?wwwww」


 目の前が真っ暗になっていく。
 頭の中ではどこかで聴いたメロディが暴力的な音量で駆け巡っていた。
 これ以上は……まずい。
 もう……限界……



31: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:04:40.58 ID:7yuktrP90







                             ('∀`)「「なぁ、演奏してくれよ」」(   )

                                  
                              ─── ピアノの音が、聴こえた。








32: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:06:10.65 ID:7yuktrP90
 ─── 第2楽章 ───



    「“交響曲”……か」


 言の葉は誰に届くことも無く、白くなり夜空に溶けていく。

 霜月の寒空の下、誰もいない夜の街。
 人工灯が落とす光の円の中で輝く金色の美しい髪を夜風にたなびかせ、その少女は佇む。

 手にはヴァイオリンが握られていた。
 そのヴァイオリンは、少女が纏う気品、優雅さを象徴するかのようにそこにあり、少女をより一層美しく見せる。

 まだあどけなさを残す可憐な顔に浮かぶ表情は硬い。
 自然とヴァイオリンを握る手にも力が篭る。


    「よーう、お嬢ちゃん。 こんな夜中にお散歩か?」


 少女の体が強張る。
 背後から聞こえた声に、新雪を踏みしめる音が控えめに華を添えた。



34: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:07:40.95 ID:7yuktrP90
 学生服のスカートを翻し、彼女は声の主を見据える。
 長身痩躯に髪を肩まで下ろし、一見すると女性と見紛う様な端整な顔立ちをした男。
 その男は少女と同じ存在であるかのように、トロンボーンを左手に持っていた。

 男はロングコートのポケットからライターを取り出し、加えていた煙草に火を点ける。


    「ま、なんの因果かお互い『奏者』になっちまったんだ。 ここは一つ仲良くいこうぜ?」


    「………」


 吐き出される煙越しに見える瞳に光は無い。 どこまでも暗く深い漆黒の眼をしている。
 少女はただその眼を睨む。 その視線を受けた男は堪え切れないかの様に含み笑いを漏らした。


    「……そーだよなー。 そりゃあねーよなー。 ……願いが叶うのはたった一人! 『奏者』は全員敵だもんなぁ!!」


 男はついに声に出して笑う。
 それに呼応するかのように、男の胸元で何かが光りだした。

 同時に左手のトロンボーンが光の粒子となって弾け、再度その手に収束を始める。
 光は徐々に形を成し、一瞬の後にそれは違う何か……一見すると重火器のようなものに変化を遂げた。

 だがそれはただの武器とは違う。
 所々に残されたトロンボーンの面影。
 ベルは大きな銃口となり、スコープに変化したマウスピースはその中に少女の姿を捉えている。
 後ろを向いたスライドが伸縮を繰り返すたびにそれは強く光を放つようになり、その開放を今か今かと待ち望んでいた。



37: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:09:11.83 ID:7yuktrP90
    「俺ぁこんなのを待っていたぁ……。 大好きな音楽で糞つまんねぇ日常をぶっ潰す!!
     ……っひゃっはははははっ! 楽しみで勃起しちまいそうだ!!」


 それを肩に担ぎ、男は高笑いを上げる。
 対する少女は静かに呟く。


    「……そう、あなたは日常を壊すのね」


 少女の首にかけられた銀のペンダントが輝く。
 それは手に持つヴァイオリンを光に変え、再構成させる。

 演奏を始めるかの様にあてがわれた弓は本体と同化し、大きく引き伸ばされる。
 スクロール部を頂点に弓が鋭い張力を生むその形状は、実在する武器の中ではクロスボウに近い。


    「それなら……私は負けられない。
     大好きな人達と奏でる大好きな音楽……。
     私はそれを取り戻す! 私はそれを守ってみせる!」


 少女の楽器が強い輝きを放つ。
 それはまるで想いの強さを表すかの様に。


    「……いい。 ……マジでいいぜお嬢ちゃん。 俺ぁもうビンビンだ! 先っぽから汁でちまうぜ!」



38: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:10:40.42 ID:7yuktrP90




 その強い眼差しを受けて、男は果てしなく高揚していく。


    「さぁ! 楽しいアンサンブルと行こうじゃねぇか!」


 男はトロンボーンを天に向け、力いっぱいトリガーを絞った。






                               「 開 幕 の フ ァ ン フ ァ ー レ だ ! ! 」




39 名前: 携帯に優しくなくてスマソ ◆q5YwUlmw7k 投稿日: 2008/01/02(水) 01:12:12.47 ID:7yuktrP90
Background music

ttp://jp.youtube.com/watch?v=EMKE3pwHGX0

    ────── 「約束された勝利の剣」 from Fate/stay night



 虹色の光球が轟音と共に天に昇る。
 その発射音はトロンボーンの音色そのものであり、その音量はトロンボーンの武器としての火力を容易に想像させた。
 しかし流れ始めたメロディは、それに捕らわれている暇を与えない。

 奏者達は、演奏の場を音速の世界へと移す。
 粉雪を舞い上がらせ、めまぐるしい速度で入り乱れる二人の奏者。
 トロンボーンのフォルティッシモから始まった交響曲は、華やかなヴァイオリンのソロへと移り変わる。


    「響けっ!」


 弦の中を音が駆け、矢となって放たれる。
 E線、A線、D線、G線。 それぞれの弦から音色の異なる矢が射出され、少女は絶え間なく攻め続ける。
 その演奏の支配力はまさしく楽器の女王の名に相応しいと言えるだろう。


    「ひゃっはははは!!!」


 男は地を蹴り、時に壁を蹴り、音速の矢を縦横無尽に躱していく。
 その表情はまるで至上の演奏に身をゆだねているかのように明るく、この戦いを心から楽しんでいるようであった。



41 名前: 回線落ちた\(^o^)/ ◆q5YwUlmw7k 投稿日: 2008/01/02(水) 01:17:09.18 ID:MRk8yPIi0
    「飛んでけぇっ! ひゃはは!」


 華やかなソロをトロンボーンの慟哭が覆いつくす。
 音の矢を真正面から塗りつぶし、それでもなお余りある音量の音球が少女を襲う。


    「……ふっ……くぁっ!」


 音の芯は躱した。
 だがトロンボーンという名の武器はそれだけでは終わらない。
 それのみでオーケストラ全体を食うことすら可能な強奏は、この演奏の場を荒々しいものに変える。

 ファンファーレが鳴り響く。
 片手をポケットに入れ、煙草をくわえたまま乱暴に放たれるその音が、少女を確実に追い詰めていく。


    「くっ…ぁああ───!!」


 衝撃波を伴う音の球に体勢が崩れ、少女はついにそれに直撃してしまう。
 彼女の中で爆ぜる音の塊は、その悲鳴ですらかき消した。


    「……チッ。 打ち止めかよ」



42: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:18:40.34 ID:MRk8yPIi0
 動けない少女への追い討ちは無かった。
 発音を息に頼る管楽器であるがゆえ、弾数は無限、というわけにはいかない。
 加えて音も息も減衰するため、本来なら一撃必殺となりうるその威力も同じく落ちきっていた。
 それでもなお相手を行動不能にするだけの威力を保てるのがトロンボーンではあるのだが。


    「おいおい……天下のヴァイオリン様がこの程度で終わりゃしねぇよなぁ……?」


    「……その通りよ。 ヴァイオリンをあまりなめないで」


    「……あぁ!?」


 少女が男の猛攻を回避するために取った軌道の上に、無数のヴァイオリンが浮かび上がる。
 それは男を中心に円を描くように並び、それぞれが男を射るために矢を構えていた。


    「トゥッティかよおい……。 ……ズリぃぜ嬢ちゃん!」


 トロンボーンが一本でオーケストラを食うことができる楽器であるのなら、
 ヴァイオリンはこれが無くてはオーケストラにならない楽器である。

 その強みはソロだけではなく、数が多いといった単純なことでも表れてくるのであった。



43: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:20:18.70 ID:MRk8yPIi0
    「いっっけえぇぇぇ───!!」


 奏者の一言に呼応し、全てのヴァイオリンは男に向けて一斉に矢を放つ。
 全方位から押し寄せる音の波。


    「しゃらくせぇ!!」


 スライドの伸縮が加速する。
 男は一気に最大音量まで到達した音球を地面に向けて解き放った。


    「オラァアア───!!!」


 爆音と共に反射、拡散したそれは、襲い来る矢を圧倒的音量差で次々に相殺していく。


    「なっ……!」


 衝撃で新雪が舞う。
 ただの音と化した残響と雪煙の中、少しずつ輝きを増していく何かが浮かび上がってきた。
 少女の背筋が凍る。



46: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:21:40.52 ID:MRk8yPIi0
    「上手く逃げろよぉ! 死んじまうぜぇ!! ひゃっははははっ!!!」


 桁違いの何かが来る。
 そう感じることはできても、体は既に言うことを聞かなくなっていた。


    「ひゃはははははははは!!!!」


 少女は自身の敗北を悟り、眼を閉じた。
47: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:22:40.43 ID:MRk8yPIi0
 直後、全てを飲み込むほどの音量を乗せた光線が雪雲に覆われた夜空を穿つ。
 木々やガラス、ありとあらゆるものが共鳴を起こし、即興で大合唱を始める。


 ………。


 トロンボーンの咆哮が止んだ。
 街には少女以外の姿は無い。
 男が立っていた場所には、煙草のケースと続く足跡。


    「これが……“交響曲”……」


 男が残した煙草のケースを握り締め、誰にともなく少女は呟く。

 彼女を待つ運命は、この魂を賭けた戦いを勝ち抜くことを意味している。
 “交響曲”。 その言葉が持つ意味を、彼女は今、身をもって理解した。


    「………っ」


 その小さな胸の内で少女は何を想うのか。
 夜空を仰ぐその表情からはうかがい知ることができない。
 冷たい風が彼女を撫ぜる。
 少女が小さく震えたのは、そのせいだろうか。

 闇を照らす月は、まだ見えない。



49: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:24:11.59 ID:MRk8yPIi0
 ─── 第3楽章 ───



 ピアノの音が聴こえる。
 オクターブの跳躍を三回ごとに繰り返すピアノ。
 壊れたレコードの様に、ただそれだけをひたすら繰り返す。


( ^ω^)「……また夢かお」


 見渡す限りの暗闇。
 何も見えないのに、なぜかそれとわかる、部屋。
 変わらず退屈なその光景に僕はうんざりして溜息をつく。


( ^ω^)?「……お?」


 光だ。
 一筋の光がこの部屋に向かって降りてくる。
 訪れた変化に僕は少し期待しながら様子を見る。

 部屋の真ん中、光はあるものを照らし出す。
 古いグランドピアノだった。



51: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:25:49.71 ID:MRk8yPIi0
 そのピアノは誰に弾かれることもなく孤独に鍵盤を叩き続ける。

 誰を、待っているのだろうか。

 既に始まってしまったリサイタルの中スポットライトに晒され、それでも現れない演奏者をひたすら待ち続けて導入部を繰り返している。

 僕にはなぜか、そう聴こえた。



    「お兄ちゃん、お客さん?」


Σ(;^ω^)「おわぁっ!!」


 突然耳元から聞こえてきた少年の声に驚き、僕は素っ頓狂な声を上げてしまう。


(^ω^;≡;^ω^)「ど、どこにいるんだお!?」


 辺りを見回しても相変わらず闇しか無い。
 落ち着かずきょろきょろする僕を見て楽しんでいるかのように声は続けた。


    「あはははは! 面白い人だ! ……ねぇ。 何しにここに来たの?」


(;^ω^)「何しにって……」



52: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:27:19.83 ID:MRk8yPIi0
 そもそもここは夢の中のはずだ。
 夢の中で何しに来た、なんて言われてもどう答えればいいのか見当もつかない。

 僕が返答に悩んでいると、声は気にせずに話しかけてくる。


    「ねぇねぇ! お兄ちゃんどんな人なの? 何歳? お話しようよお兄ちゃん!」


 マシンガンのように次から次へ僕に質問してくる少年の声。
 姿が見えないことに変わりは無かったけど、その人懐っこい声を相手にしている内に、いつしか僕はかわいい弟が出来たような気分になっていた。


    「でねでね! 僕はキャンディが大好きなの!」


( ^ω^)「キャンディはおいしいお」


    「でもね、パパがね、2つしかくれないの、キャンディ。 僕はたくさん欲しいのに……」


( ;ω;)「僕がキャンディを山ほど買ってやるお」


    「だけど僕が一番好きなのはピアノ! だからこの部屋にずっといるんだ!」


( ^ω^)「ほほーう。 そうだったのかお」



53: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:28:44.43 ID:MRk8yPIi0
    「でもあのピアノを誰も弾いてくれないんだ。 ……お兄ちゃんはピアノ、弾ける?」


( ^ω^)「もちろん弾け───」


 急に言葉が止まる。


 もちろん弾けるお!

 そう言おうとしたのか僕は?
                           ・ ・ ・
 ありえない。 だって僕は今まで生きてきて一度も楽器になんか触ったことがないのに。

 彼を喜ばせる為に嘘をつこうとしたのか?
 いや、違う。 さっきの言葉は “ピアノが弾ける僕” の台詞だった。


(  ω )「ぁ……え……?」


 僕の記憶に矛盾が生じる。

 僕はさっき何をしていた?
 ドクオのベースをいとも簡単に調律していたじゃないか!
 あんなこと、楽器の知識も経験も無い僕が出来るはずが無い!
 だったらなんで!?

 僕は……何を忘れている?



55: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:30:11.20 ID:MRk8yPIi0
    「どうしたの、お兄ちゃん?」


 豹変した僕の様子に心配そうな声をかけて来る少年の声。


(  ω )「いや……」


 頭が痛い。
 急にこの部屋にいることが息苦しく感じる。
 古いグランドピアノが繰り返すオクターブの跳躍が耳に痛い。
 この部屋に居たくない。


(  ω )「もうそろそろ……帰るお」


 搾り出したように掠れた声でそう告げると、小さく、そっか、と返ってくる。


    「また……来てくれるよね?」


(  ω )「………」


 僕は答えない。
 ここは僕を狂わせる。
 彼に嘘をつく気にはなれなかった。



56: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:31:43.87 ID:MRk8yPIi0




                                 「それでも僕は、待ってるから」


                             ───最後に一瞬だけ見えた少年の顔は

                                   泣いてるように笑っていて

                                その顔がなぜかいやに懐かしくて

                                   また僕の胸を締め付けた





57: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:33:11.00 ID:MRk8yPIi0
 ─────────



( ^ω-)「んお?」


 暗い部屋。
 さっきまで夢の中で居た部屋とは違うのに、そこにまだ居るかの様な錯覚を覚える。


( ^ω^)「また……夢かお」


 夢の内容は思い出せない。
 でも最後に見せた少年の顔だけはくっきりと脳裏に焼きついている。


('A`)「あー? ……なんだ、ようやく起きやがったか」


 部屋の主がパソコンのディスプレイの光の中から話しかけてくる。


('A`;)「いやーびびったぜ。 お前急にぶっ倒れるもんだからよー。
   これは救急車沙汰か? とか思ってたらよ、お前ただ爆睡してるだけでやんの。
   マジどんだけー」


(;^ω^)「……それはすまんかったお」



58: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:34:41.30 ID:MRk8yPIi0
 気付けば僕は暖かい布団に包まれ、服も学生服からジャージに変わっている。


('A`)「なんか知んねぇけど、まぁ疲れてたんだろ?
   一応お前んちに電話したけど誰もいねぇみたいだしよ、今日はこのまま泊まってけって」


( ^ω^)「ドクオ愛してる」


('∀`)「きめぇよ氏ねwww」


 僕はその話に甘えさせてもらうことにした。



 ─────────



 十分に寝ていた僕は結局朝までドクオとニコ動を観たり馬鹿話をしたりして過ごした。
 とはいえそのまま学校へ行くのもすっきりしないので、朝早くにドクオの家を出て一旦自分の家に帰ることにする。

 朝の刺すような冷たい空気が僕の眠気を吹き飛ばしていく。
 昨日の雪雲は既に無く、朝焼けのオレンジの光が気持ちよかった。
 鞄から家の鍵を取り出す。


( ^ω^)「……ただいまーだお」



60: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:36:10.64 ID:MRk8yPIi0
 シンと静まり返る我が家。
 空気は冷え切っていて、家はまだ眠っているかのようだった。
 とは言え僕がいなければ起きることも無いので当然だ。

 適当にその辺に服を放っぽってシャワーを浴びる。

 僕はこの広い一軒家に一人で住んでいる。
 理由は僕にもわからない。
 高校に入学してからすぐ、母さんは家を出て行った。
 父親は僕が生まれる前に亡くなったらしい。

 昔から母さんとは干渉しあわなかった。
 仲が悪いとかそういうのではなくて、ただ一緒に住んでいる他人みたいな関係だった。
 そうやって育ってきたから僕にとってはそれが普通だったし、愛に飢える……なんてことも無い。
 お金は十分なほど送ってもらっているし、今のところ困る理由も無かった。

 ……少しぼーっとしすぎたみたいだ。
 シャワーから上がる頃にはいつもの登校時刻をとっくに過ぎていた。


( ^ω^)「……走るかお」


 そう決めて僕は冷蔵庫から牛乳を取り出した。



62: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:37:43.65 ID:MRk8yPIi0
=      ブーン
≡⊂ニ(;^ω^)ニ⊃「ちょwwwwさすがに余裕ぶっこきすぎたおwwwww」


 修正した時刻よりさらに遅い時間になって家を出た僕は全力疾走を余儀なくされていた。
 まだ髪が乾ききっていないせいで頭が痛いほど寒い。
 なにより牛乳の消費期限が五日も過ぎてたのがいけなかったんだ。

 そろそろ無駄に厳しいだけの生活指導がご出勤なさる時間だ。
 もはや一秒の無駄も許されない。
 切羽詰った僕はいつもの通学路から一つ道を折れ、近道になる細い路地に入り込む。

=        ヒュン
≡⊂ニ( ^ω^)ニ⊃Z「サンダードリフトだお!!」
=          ヒュン

    「きゃっ……!」


Σ(;^ω^)「おわっ! ごめんなさいですお!」


 封印していた移動技を解禁した瞬間、思いっきり人にぶつかってしまった。
 ミニ四駆は人を傷つける道具じゃないんだぞ!って土屋博士に言われてたのに!

 見れば女の子は尻餅をついていた。
 周りには女の子の鞄から、かわいらしい筆箱やらノートやらが散乱してしまっている。


ξ;-听)ξ「あ……ったたた」



65: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:41:57.48 ID:ysNFN5Oy0
 女の子は慌てて自分の荷物を拾う。
 僕も手伝ったほうがいいかと思ったけど、女の子の私物に触るのはどこか抵抗があったからただ慌てることしかしなかった。

 最後のノートの砂を払い鞄に入れた所で、その子はすごい剣幕で僕を睨みつけてくる。


ξ# )ξ「あんたねぇ……」


 彼女は勢いよく立ち上がる。
 制服姿だから僕と同い年ぐらいなのだろうけど、ずいぶんと背が低いみたいだった。
 綺麗な金髪の巻き髪が人形のような美しさを強調している。


ξ#゚听)ξ「ふざけんじゃないわよ! 曲がり角にいきなり飛び込んできて! 危ないに決まってんじゃないの!!」


(;^ω^)「いや僕も急いでたもんで……」


ξ#゚听)ξ「こんな狭い道で両腕広げて! どんな神経してんのよあんた!!」


(;^ω^)「僕走るときそれやんないと天の声に叩かれるんだお……」


ξ#゚听)ξ「なぁにがだお……よ! なぁにがサンダードリフト(笑)よ!! ばっかじゃないの!!」


(;^ω^)「ちょwwwテラフルボッコwwwww」



67: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:43:43.53 ID:ysNFN5Oy0
ξ#゚听)ξ「あぁもう! あんたのせいで学校遅れちゃうじゃない! どうしてくれんのよこのクソバカ!」


 ひたすら僕を罵りまくる彼女を相手にしているうちに僕もだんだんイライラしてくる。


( ^ω^)「ちゃんとあやまったのにそこまで言うかお!? だいたい飛び出してきたのは君も一緒だお!」


ξ#゚听)ξ「私は遅れそうだって言ってるでしょ! 走るのは当たり前じゃない! そんなことも考えられないのあんたは!」


(#^ω^)「それは君の勝手な都合だお! 僕には全然関係無いことだお!」


ξ#゚听)ξ「あぁもううるっさい!! 私はあんたなんかにかまってる暇なんて無いの! 早くそこ退いて!!」


 言うなり彼女は僕の脇をすり抜け走り去っていく。


( ^ω^)「ちょまてよ」


 キムタク(の真似をするホリ)の真似で呼び止めてみたけど余裕でガン無視されました。


(;^ω^)「嵐のような女だったお……」



70: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:45:10.12 ID:ysNFN5Oy0
( ^ω^)「お?」


 僕のかかとが何かを蹴っ飛ばす。
 くるくると回りながら道をすべる何か。


( ^ω^)「……ノート?」


 飾り気の無いシックな表紙のノート。
 僕の物ではないから思い当たる持ち主は一人しかいない。
 おそらく僕の影に隠れて拾い損ねたんだろう。


( ^ω^)「おーい……って」


 僕は曲がり角に戻ってさっきの娘を呼び止めようと声をかけた。
 だけどそこに彼女の姿は既にない。
 ついさっきまで僕が走っていた道はこの細い路地に入る曲がり角を除けばずっと一本道だ。
 死角になるようなものも無いし、ついさっき別れたばかりで見失うはずは無いんだけど……。


(;^ω^)「足速すぎだろ……常考……」


 遠くから登校完了を知らせる鐘の音が聞こえた。



71: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:46:40.89 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「………」


 ゆっくり歩こう。
 僕は元の通学路に進路を戻し、まだ少し遠い校舎を目指して歩き始めた。



 ─────────



(´・ω・`)「それでね。 僕の前いた学校では購買にいろんな種類のパンが置いてあったんだけどさ。
      その中でも異彩を放ってたのがその真っ青なコッペパンで……」


('A`)「ふんふん」


(´・ω・`)「普通そんな気色悪いパン食べようなんて思わないじゃない?
      でもなぜだかすっごい人気があってさ。 そのパンが売り出されると一瞬のうちに売り切れちゃうんだよ」


('A`)「つかどんな味なんだよその真っ青なコッペパン」


(´・ω・`)「そこなんだよ。 僕も興味沸いてきて買ってみようと思ってたんだけど、二年近くあの学校通って一回も買えなかったんだ。
      だから僕そのパン買った人に聞いたんだよ。 その真っ青なコッペパンはどんな味なんですか?……ってね。 そしたらさ……」



73: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:48:10.95 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「おいすー……ってドクオが起きてるお。 え? もう昼かお?」


 休み時間。 教室に入るなり僕は不思議な光景を目にする。
 昼まで絶対に起きないドクオが起きてて、見知らぬ男子生徒と話している謎な状況。
 僕の時間の概念を打ち崩すには十分な光景だった。


('A`)「んあ? おうブーン。 あんだけ早く出た割には重役出勤じゃん」


( ^ω^)「ちょっとフラグ立てるのに忙しかったんだお」


('A`)「ワロタ」


( ^ω^)「いやいやマジだお。 曲がり角で女の子と正面衝突だお。 でもパンはくわえてなかったお」


 実際そんなほほえましいエピソードでもないけど。


( ^ω^)「これは間違いなく運命。 たぶん今日辺り転校してくるんじゃないかお」


('A`)「はーん」


 割とスルーですねこの人。



75: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:49:40.43 ID:ysNFN5Oy0
( ^ω^)「んで。 さっきから知らない人いるんですけど誰だお?」


('A`)「あぁ、お前の運命の人だよ」


(´・ω・`)「どうも、転校生のショボンです」


( ^ω^)「………」


 さいですか。



 話題は変わって。


( ^ω^)「ショボンはなんでドクオなんかと喋ってんだお?」


('A`)「なにその汚物みたいな扱い」


(´・ω・`)「いやどうやらクラスのほかの皆には受け入れてもらえないみたいでね……」


(;^ω^)?「お?」



77: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:51:11.48 ID:ysNFN5Oy0
 ドクオと普通に喋っててクラスメートには受け入れられないってことは……。


(^ω^)「バカか……」


('A`)「こっちみんな。 つか逆なんだよこいつは」


( ^ω^)?「逆?」


('A`)「頭良すぎんの。 編入試験満点だとよ」


(;^ω^)「mjsk……。 そんな出来杉君がなぜこんな底辺と……」


('A`)「あいつらプライド高ぇかんな。 転校生にいきなりクラストップとられんのが気に食わねぇんだろ」


 平気でクラス中に聞こえるようなトーンで喋るドクオに反論してくるやつはいない。
 この変わらずピリピリとした空気は、既にショボンを異物として見ているようだった。


( ^ω^)「それでも友達は選んだほうがいいお……」


(´・ω・`)「いないよりはずっといいって。 悪い人には見えないし」



80: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:52:46.65 ID:ysNFN5Oy0
('A`)「あ、おいそんなことよりよ。 さっきの話の続き聞かせろよ」


(´・ω・`)「あぁそうだね。 どこまで話したっけ……。 そうそう、その真っ青なコッペパンの味なんだけど……」


    「おいそこ、席付け。 ……転校生もそんな奴らと話してたらバカが移るぞ」


('A`)「………」


(´・ω・`)「おっと……。 また今度みたいだね」


 先生が教室に入ってくるなり、ショボンはさっさと自分の席に戻る。


('A`)「味は? ねぇ味は?」


 ドクオの声も虚しく、授業はいつもどおり始まった。


('A`)「寝れねぇじゃん!」


 それが本当ならこの学校で誰一人として出来なかったことを、転校生がたった一日でやってのけたことになる。
 まぁ結局すぐに寝たんだけど。



82: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:54:10.65 ID:ysNFN5Oy0
 ─────────



('A`)「それはあの音高の制服だな」


(;^ω^)「なんという制服マニア……」


 昼休み。 喧騒のけの字もないような冷めた教室を出て、ショボンの案内がてら設備だけは整った学食で昼食を取る。
 そこで何気なくでた朝の女の子の話題なんだけど……。


(´・ω・`)「へぇ、この近くに音高なんてあるんだ」


('A`)「隣町にな。 この辺で黒のブレザーに赤いリボンっつったらそこしかねぇよ。 やたら目立つからな」


 ドクオは無駄に味の濃いうどんを啜る。

 ドクオの言うとおり、隣町には小さな音楽高校がある。
 有名では無いにしろ、どうやらレベルは高いらしく、並大抵の技術では入学できないそうだ。


(;^ω^)「あんな性格悪そうなのが、あの音高生なのかお……」


 ということはいいとこのお嬢さんってことだ。 想像できないけど。



84: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:55:44.39 ID:ysNFN5Oy0
('A`)「ブーン、放課後そのノート返しに行ってこいよ」


Σ(;^ω^)「はいぃ!?」


('A`)「お前これは間違いなくフラグだぞ。 ここで動かなきゃお前は一週間は後悔するね」


(・ω・`;)「あ、一生とかじゃないんだ」


(;^ω^)「んなこと言っても、その子の名前も知らないのにどうやって探すんだお」


('A`)「たかが200人ちょっとの学校だろ? 校門で待ってりゃそのうち見つかんよ」


(;^ω^)「………」


 ……この男、絶対楽しんでる。



86: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:57:15.51 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「それじゃあ二人とも一緒に来てくれお。 僕一人じゃ不安だお」


(´・ω・`)「うーん、僕はパスかな。 まだ家の引越しの片付けとかしなくちゃいけないし」


('A`)「俺はカリスマベーシストになるための特訓があるからダメだ」


(´・ω・`)「それに女の子一人に会いに行くのに男がぞろぞろ仲間引き連れてるのはスマートじゃないんじゃない?」


('A`)「まさしく。 さすが天才はフラグ管理がうまいな」


(;^ω^)「あの、僕フラグとか割とどうでもいいんですけど」


 僕の訴えは当然のように無視され、当事者を置いて会話はどんどん進んでいく。


('A`)「てな訳だ。 音高のお嬢さん、がんばってゲットしてこいよ」


(;^ω^)「どんな訳だお……」


 そんな訳で僕は今日の放課後、音高へ行くことに決まりました。 まる。



87: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 01:58:44.80 ID:ysNFN5Oy0
 ─────────



( ^ω^)「確かこの道を曲がって……」


 いつものように退屈な時間を終えた放課後。 僕は歩いて40分ちょっとの道を行き音高に向かう。
 はっきり言ってしまえばどう考えても要らない手間だ。
 いつもならこんなのは無視して、次の日適当に話を合わせて終わりという程度の出来事だろう。

 それなのに何故僕は今この道を歩いているのか。
 理由はなんとなく分かっていた。

 今朝会ったあの少女にもう一度会ってみたい。
 ドクオ達にはああ言ったけれど、どこかに彼女に惹かれている自分がいることに、僕は気付いていた。


(;^ω^)「……ここかお」


 まず見えてきたのは大きな音楽ホールと、その上に建つ時計塔。
 敷地内の道には石畳が敷かれ、そのホールを囲むように数々の棟が建っている。
 ここだけ国と時代を間違えているとしか思えないような建築様式の建物に僕は圧倒されていた。
 音楽学校と言うよりは音楽院といったところだろうか。
 まるで中世ヨーロッパにタイムスリップしてきたかのような錯覚すら覚える。

 校門は普通に開放されているけど、この中に入るのは相当勇気が要りそうだ。



89: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:00:10.39 ID:ysNFN5Oy0
( ゚∀゚)「よう少年。 この学校になにか用か?」 


 僕がそうして躊躇していた時、不意に男の人に声をかけられる。
 部外者である僕を追っ払いにきたんだろうか。


(;^ω^)「いや……あの……人を……」

  _
( ゚∀゚)「なんだ彼女か? 名前言ってみろよ。 俺が呼んでやっから」


 その人はやけに馴れ馴れしく接してくる。
 変な人だ。 僕は最初にそう思った。
 態度もそうだけど、こんな寒い季節にアロハシャツ+短パン+便所サンダルってどんな格好なんだ。


(;^ω^)「あ……いやその彼女とかじゃないし名前知らないんですけど……落し物を……」

  _
( ゚∀゚)「ほーそうかいそうかい。 んじゃ見た目どんなやつだったよ。 俺ぁこの学校の女生徒の外見なら全部インプットしてあっからよ!」


 面白おかしそうに僕の背中をバンバン叩くうさんくさいおっさん。
 この人この学校の何なんだ?



92: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:01:41.34 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「えと確か……金髪で……それを巻き髪にしてて……あと背が結構小さかったですお」

  _
( ゚∀゚)「胸は?」


Σ(^ω^;)「ムネ!? ……そこまではちょっと記憶にないですお」

  _
( ゚∀゚)「なんだよ、そこ一番大事だろうが。 おめぇ女の胸見ねぇでどこ見んだよこのインポヤローが」


(;^ω^)「………」


 やっかいな人にからまれたなぁ……。


(;^ω^)「あの、今日は……」

  _
( ゚∀゚)「まぁ待てって。 金髪で巻き髪っつったらウチにゃ一人しかいねぇよ。 多分AAAのことだろ」


(;^ω^)「………」


 じゃあ何で胸のことを聞いたんだ。
 それにしてもとりぷるえーって何だろう。 あだ名かな?



94: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:03:10.23 ID:ysNFN5Oy0
( ゚∀゚)「そいつぁ今、実習棟で練習してるはずだからよ。 実習棟はあっちな」


 そういってホールの奥に立つ建物を指差す。


(;^ω^)「え? 呼んでくれるんじゃなかったのかお?」

  _
( ゚∀゚)「ばっきゃろー! 男が勝負に行くならタイマンに決まってんだろうがよ!!」


 あぁ、だめだ。 この人は苦手だ。

  _
( ゚∀゚)「そんじゃぁせいぜいがんばんな! ……あーセックスはすんなよ? なぜか真っ先に疑われんの俺だからよー」


 あっはっは、と笑いながらおっさんが立ち去る。
 たった5分程度の出来事だったにもかかわらず、やたらと疲れてしまった。


( ^ω^)「……いくかお」


 一息ついて校門を潜り抜ける。
 僕はその不思議な空間に足を踏み入れた。



96: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:04:40.27 ID:ysNFN5Oy0
 ─── tacet ───



 男は挙動不審な少年と別れた後、携帯電話を取り出す。


    『……はーい』


 コールは2回。
 ノイズと共に聞こえてきたのは気怠そうな女性の声。

  _
( ゚∀゚)「俺だ。 ちょいと頼みてぇ事があるんだが」


    『なんですかー?』

  _
( ゚∀゚)「案内してほしい奴がいるんだ。 ……“交響曲”のステージにな」


 男はそれだけ告げると電話を切った。

 胸で何かが光る。



98: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:06:10.39 ID:ysNFN5Oy0
( ゚∀゚)「内藤ホライゾン。 ……お前に客席は似合わねぇよ」


 静かにそう呟く。

  _
( ゚∀゚)「そう思うだろう? ……あんたも」


 その問いかけはただ鈍色の空に消えてゆく。
 低い空は再び銀雪を降ろし始めていた。



100: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:07:11.99 ID:ysNFN5Oy0
 ─── 第4楽章 ───



(;^ω^)「ここはどこだお?」


 似たような建物がいくつも並ぶ校内で、僕はものの見事に迷っていた。
 とりあえず寒さから逃れるため、適当に近くの建物に入ってみる。


(;^ω^)「………」


 やっぱり絶対日本じゃない。
 よく見れば所々にハイテクっぽいものがあるものの、中もまるで王宮のような内装をしている。
 こんなところで学ランを着て、おっかなびっくり歩いている僕は、さぞかし滑稽だろう。


    「あぁ! こんなところにいたぁ!」


 居心地悪さを感じながらうろうろしていると、廊下の奥から声が聞こえてくる。
 西日が逆光になってはっきりとは見えないけれど、朝に見た制服、それに声からして女の子だと分かる。


(*゚ー゚)「はろ〜! ようこそ我らが音楽高校へ!」



102: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:08:40.63 ID:ysNFN5Oy0
 今朝の女の子では無い。
 でもどこか似た印象も受ける。
 僕は彼女を見た時、頭の中に今朝の女の子のことが明確に浮かび上がってきた。


( ^ω^)「きみは……?」


(*゚ー゚)「私はしぃ。 この学校の2年生です! あなたは?」


( ^ω^)「僕は……内藤ホライゾンですお。 ブーンと呼んでくださいお」


 彼女は一言、そう、と言って微笑む。
 その笑顔に、僕は魅了に近いものを感じた。
 街で見れば少し浮いてしまうようなその制服も、この場にあれば美しく映える。


(*゚ー゚)「それじゃあブーン君。 ……君にお願いがあります」


 しぃさんはローファーをコツコツと鳴らしながら僕に歩み寄る。
 5mはあったであろう僕らの物理的距離を彼女は躊躇なく縮めていき、気付けばお互いの吐息がかかるぐらいまで近づいていた。

 人の持つパーソナル・スペース。 そんなものは関係無しに身を寄せ、僕の目をじぃっと見つめるしぃさん。
 その眼に魅入られたかのように硬直してしまう僕。


(*^ー^)「君にはこれから“交響曲”のステージに上がってもらい、……早々にそこを降りてもらいます♪」



103: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:09:39.64 ID:ysNFN5Oy0
 そのにっこりと笑う笑顔が僕の頭を鈍くさせたのか、そもそもその言葉の内容が意味不明だったのか。 ……僕にはまったく理解できなかった。

 ただ次の瞬間には彼女の───改めて見るととても自己主張の激しいその胸元が急に輝きだした。


(;-ω-)「うぅ……っ!?」


 その光の強さに目を眩ます。
 ぼやけた視界の中で見つけたものは、先ほどまでは無かったその胸のペンダント。 そして彼女の右手の先から伸びる銀色。


(;-ω-)「…………フルー…ト…?」


(*゚ー゚)「そう、フルート♪」


 自然と漏れたその疑問をはっきりと肯定し、彼女はまるで僕に身を任せるかのようにもたれかかってくる。


(*゚ー゚)「それじゃあ……イクね」


( ゚ω゚)「ふぅっ……ァ……ッッ!!」


 突如、身を貫く衝撃。
 置いてけぼりを食らった思考回路が必死に原因を探ろうとする。



105: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:11:13.62 ID:ysNFN5Oy0
 視線を下に落とす。
 そこで僕の目に映ったのは、先ほどなぜかフルートと見誤った“剣”が僕の体を突き抜けている様だった。


(;゚ω゚)「ガッ……ッ………ハ……ッ……!」


 僕の体から剣が抜かれる。
 しぃさんの支えを失った僕は、その場に崩れ落ちるしかなかった。


(* ー )「痛い? ……違うよね。 “切ない”んだよね?」


 やけに艶っぽいしぃさんの声が上から降り注いでくる。
 切ない? よくわからない。 だがなんだこれは?

 貫かれた体に傷は無い。 感覚はあるのに痛みも無い。
 でも今、僕は確実に何かを奪われた。
 自分を形成するものが足りない。 そんな喪失感。
 胸にぽっかり穴が開く、なんてそんな冗談みたいな比喩を、僕は今体感している。


(* ー )「胸がきゅぅんって、しちゃうよね? なんだかとっても寂しくなっちゃうんだよね?」


(;゚ω゚)「何……が…………?」


 胸が締め付けられる。 何故だかとても寂しくなる。



107: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:12:40.71 ID:ysNFN5Oy0
(*゚ー゚)「それはね? 私があなたの“心”を奪ったから」


 心。
 そうか。 僕は心を奪われたのか。
 苦しい。 切ない。 悲しい。 寂しい。
 そんな感情が僕の心の足りない部分を補おうとあふれ出てくる。


(* ー )「あぁ、いいなぁ……その表情。 必死に誰かを求めてる……。 抱きしめたくなっちゃうなぁ……」


 この人を求めたら、この寂しさを埋めてくれるのだろうか?
 この人を抱きしめたら、この切なさを癒してくれるのだろうか?
 ……それならばいっそ、この人に全てを委ねてしまおうか。
 そんな甘美な思いが僕の頭を埋め尽くす。


(  ω )「あ……ぁ……」


 彼女の細い指が、白い手が、僕の頬に触れる。
 それだけで、全身の感覚がそこに集まっているかのように気持ちいい。

 もう僕はまともな判断ができなくなっていた。
 この想いを無くしてくれるなら、僕はなんにだってなれる。
 だから……。 お願いだから……。


(* ー )「ねぇ……私のモノにならない……? ……そしたら、一生愛したげる」



109: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:14:10.41 ID:ysNFN5Oy0






 ───その声を聞くのと、僕の中にピアノの音が落ちてくるのは、まったくの同時だった。







111: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:14:41.93 ID:ysNFN5Oy0
 渇ききった砂漠に、一滴の水が零れ落ちる。
 その水が、失いかけた僕の理性を無理矢理引き戻した。


( ゚ω゚)「あぁぅぃぁあああああああああ───!!!」


 僕が僕で無くなる恐怖。
 取り戻した理性はそれを否応無しに実感させる。


( ゚ω゚)「───あああああああああ!!!!」


(*゚ー゚)「きゃ……っ!」


 僕はしぃさんの手を払いのけ、無我夢中でその場から逃げ出した。

 ここにいれば僕が居なくなりそうで。
 そんな気がして。



113: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:16:11.54 ID:ysNFN5Oy0
 ─────────



 僕は本気で走った。
 あの人から離れたい。 それ一心で僕は走り続ける。


(; ω )「ハァッ……ハァッ……」


 早くここから逃げないと。


(; ω )「帰ろう……っ! 家………」


 広い敷地内でパニくった思考回路を総動員し、さっき来た道をなんとか辿る。
 だからそこに着いた時、僕はその状況をなかなか信じることができなかった。


(;゚ω゚)「……そんな。 ……さっきまでは、開いてたのに」


 ついさっきくぐった校門。
 そこはまるで牢獄のような鉄格子の門に閉ざされていた。

 その門はあまりに高く、なんの道具も無しに乗り越えることは難しそうだった。
 あたりを見回してもそれは同じで、綺麗に塗り固められたコンクリートの壁が続いている。



115: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:17:41.20 ID:ysNFN5Oy0
 まだ彼女の姿は見えない。
 だがそれでも先ほどの恐怖が拭えず、ガタガタと震えが走る。

 その時、再びピアノの音が聞こえた。


 ─── ポロン


(  ω )「……っ!」


 焦りと恐怖で散り散りになっていた意識がその一音によって集約し、僕は冷静さを取り戻していた。
 いや、冷静とは言えないかもしれない。
 どこからかもう一人の僕が目を覚ましたかのような奇妙な心地だった。


 僕はその音に導かれる。
 正門の真正面にある、音高自慢の音楽ホール。

 ふらふらと階段を上り、建物の中に入る。
 誰もいないロビーを通り抜け、僕はその重い扉を両手で開けた。



117 名前: またもや携帯に優しくないツンデレな俺 ◆q5YwUlmw7k 投稿日: 2008/01/02(水) 02:19:14.83 ID:ysNFN5Oy0
Background music

ttp://jp.youtube.com/watch?v=hEnfZjqMSy0

    ────── 「la Campanella - Liszt」



 それは異世界への扉のようだった。
 真っ暗なホールの中に一筋の光が差し込み広がる。
 格式高いとも感じられる空気が漏れ出し、僕を包んでいた。


    「こんにちは、お兄ちゃん」


 半ば止まりかけていた思考がその声に引き戻される。


(;^ω^)「君は……?」


 使われていないように見えたホールのステージでスポットライトを浴びる正装の少年。
 笑みを僕に向けた少年は、隣のグランドピアノの鍵盤の蓋を開ける。



119 名前: またもや携帯に優しくないツンデレな俺 ◆q5YwUlmw7k 投稿日: 2008/01/02(水) 02:20:40.57 ID:ysNFN5Oy0
( ・□・)「なんか大変そうだね」


 僕の事情を知ってか知らずか、無邪気に笑う少年。
 年の頃は10に満たないかもしれない。
 その格好と相まって、ある意味滑稽にさえ見える。
 そう、例えるならピアノのコンクールに出場する子供みたいな。


(;^ω^)「………」


 って、そうだ。
 なんで僕はこんなとこに逃げ込んだんだろう。


( ・□・)「そんなところに立ってないで、こっちに来てよ」


 言われるがまま僕はステージの前まで歩いていく。
 さっきあれだけの恐怖を味わったというのに、今の僕はまるで他人の人生を見ているかのように落ち着いていた。


( ・□・)「えっとね、お兄ちゃんにお願いがあるんだ。 ……ピアノを、弾いてほしい」


 ステージの上に立つ少年はしゃがみ込み、僕に目線の高さを合わせてくる。
 その顔はどこか悲しそうで、
 僕に対してのその言葉の残酷さを知っている顔だった。



121: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:21:40.71 ID:ysNFN5Oy0
(;^ω^)「な、なに言ってるんだお? 僕はピアノなんか……」


( ・□・)「お兄ちゃんは誰よりも上手にピアノを弾ける。 それは僕が一番わかってるんだ」


 そんなことは知らない。
 僕がピアノが“弾きたくない”って言ったら弾きたくないんだ。
 僕のことを一番わかっているのは僕自身なんだ。


(;^ω^)「話にならないお。 できないことをやれと言われてもできるはずがないお」


( ・□・)「でもやらなきゃ、ここで心を失うかもしれない」


 さっきの感覚が蘇る。
 あの喪失感。 それを超える苦痛を味わうかもしれない。


    「み〜っけ♪ こんなところにいたんだ〜」


 感覚と一緒に蘇った彼女の声が、広いホールに程よく響く。


(*゚ー゚)「またお会いしましたねぇ〜。 ……ふふふっ♪」



123: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:23:13.35 ID:ysNFN5Oy0
 外からの空気がホールに染み込む。

 しぃさんの右手には相変わらずの銀剣。
 奔放そうに見える彼女の性格とは裏腹に、淑やかに歩を進めている。


( ・□・)「……時間がないよ。 ピアノを弾いて」


 ステージの上から僕に向けて手を伸ばす少年。
 その手と、しぃさんとを交互に見る。

 僕は……。


(  ω )「できないものは……できないお」


 スポットライトの当たるステージに背を向けた。


( ・□・)「……そう」


 先ほどの言葉とは違う、優しげなその一言。
 それがほんの少しだけ僕の心を軽くする。



125: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:24:42.94 ID:ysNFN5Oy0
( ・□・)「それじゃあ今度は、僕との約束!」


 その元気な声に振り向くと、少年はピアノの椅子に座って僕を見ている。


(*゚ー゚)「んぅ……? 何と話してるの?」


 今となって、僕の身に降りかかる危険なんてどうでもよくなっていた。
 彼女の声は届かない。

 僕はただ、目の前の少年が消えてしまいそうで、
 ただそれだけが怖かった。


(^ω^;)「な……に…を?」


(^ω^)


 名も知らない少年は、僕を見て笑った。


( ・□・)「生きて……できれば、幸せに」



127: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:26:10.42 ID:ysNFN5Oy0
 少年が指をそっとピアノの鍵盤に乗せる。


( ・□・)「また会えたらいいね」


( ^ω^)「……必ず」


 僕が上れなかったステージ。

 そこに堂々と立つ少年の顔を見て頷く。

 少年は最後にもう一度、笑みを浮かべた。


( ・□・)「待ってるから」


 少年はその指に力を込め、ピアノに命を吹き込んだ。

 重く、それでいて澄んだ、まるで鐘の音のような和音。

 なんて素敵な音だと、素直にそう思う。



129: ◆q5YwUlmw7k :2008/01/02(水) 02:27:04.72 ID:ysNFN5Oy0
 あぁ、そうだ。 思い出したよ。 僕が好きだった曲の名前。







                                「la Campanella(鐘)」、だ。








 ────── 交響曲 第1番 「序曲」 ...fine



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