( ^ω^)は霊探偵になったようです
- 44: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:25:10.89 ID:3AGQ0CGo0
- 3
べらり。
――――ああ、クソ。靴底が剥がれてしまった。
態々直すのも面倒だなぁ。
かと言って捨てるのも勿体無いし、後でボンドか何かでくっ付けるか。靴は貴重だ。
「雨、降らないな」
段々とくすんでいく曇り空を眺めて、誰に聞かせるでもなく呟いた。
灰色の町を通り過ぎて、飛び込んでくる薄暗がりの中。
ようやく見つけた密かな路地裏。
歩いていく。
やっぱりだ、めくれた靴底のせいで歩行の難易度が無駄に上がってしまっている。
辿り着いた一つの場所。湿った路面に、飲み込まれそうな闇の帳。
俺はそこに座り込んだ。
今日は、ここで休むとしよう。
- 46: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:28:11.75 ID:3AGQ0CGo0
- 「ああ、腹減ったなぁ。どこかに菓子パンでも落ちてないものかね」
辺りを見渡し、そこが相も変わらず虚無である事をもう一度確認して、独り言ちた。
空腹は別に我慢出来るが、食べなければ餓死してしまう。
……流石にそれは大袈裟か。
尻が冷たい。
湿り気を帯びたアスファルトってのは、どうしてこうも冷たいのか。
雨なんかここ数日降っていないのに、何で湿気だけは一人前にあるんだろう。
不思議だ。目に見えないところにも、水ってヤツは在るんだな。
「クッソ、思ったより居心地が悪いな」
もたれ掛かった壁に頭をごちんとぶつけて、神経をピリつかせながら嘆く。
まあ、こんな風にぼやいても仕方ないのだけど。
だって、ここには俺しかいないんだから。
何だか、最近独り言が増えたなぁ。
歳を重ねたからだろうか。自分の年齢なんか、とうの昔に忘れてしまったのに。
- 48: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:30:29.98 ID:3AGQ0CGo0
「探したぞ」
退屈を持て余して、一人遊び代わりに当てのない物思いに耽っていると、
視界の外から男の声が聞こえてきた。渋澤のオッサンの声だ。
( ,_ノ` )「今日はここにいたのか。散々歩き回って、やっとの事で見つけたんだぞ」
そう言って、スーツの裏ポケットからシガレットの箱を取り出す。
その内の一本に鈍く輝く銀のジッポで着火し、泣き出しそうな空へと煙を立ち昇らせる。
ああ、本当に似てるな。煙草の煙と、曇りの日の雲は。
( ,_ノ` )y━・~「本当に裏通りが好きな奴だな。場所は違えど、大概雰囲気の似た所にいやがる」
「悪いか」
( ,_ノ` )y━・~「そんな事は言わないさ。ただ、ちょいとばかし不思議に思ってな」
「こういう場所が落ち着くんだよ。何でかは分からないけど」
人の嗜好なんてどうでもいいだろう。
お節介な奴め。
- 49: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:32:51.53 ID:3AGQ0CGo0
- 「オッサン、そんな事より何か食べる物をくれよ。ずっと待ってたんだからさ」
( ,_ノ` )y━・~「ん、ああ、ほれ。買ってきてやったぞ」
白く半透明なビニール袋を手渡される。
印刷された文字を見る限り、これはコンビニで買ってきた物だろう。
上等、上等。自分にとっては十二分に御馳走だ。
中に入っていたのは、いくつかの総菜パンだった。
良かった。丁度食べたかったところだ。
一個手に取る。ほんのりと温かい。
ますます好都合だ。冷えた体には非常に有り難い。
「いただきます、と」
薄ビニールの包装を破り、パンに齧りつく。
具材は、タルタルソースのかかった白身魚のフライ。それと数枚のしなびたレタス。
レンジで温めたせいだろう、若干水蒸気で衣が湿気ってしまっている。
贅沢を言う気はないがね。何より、マズくはないし。
- 51: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:35:29.72 ID:3AGQ0CGo0
- 夢中でパンを頬張っていると、オッサンが前触れも無く話し掛けてきた。
( ,_ノ` )「飯食ってる時だけは従順だな」
足の裏で煙草の火を消しながら、俺の顔を見下ろしてくる。
羨ましいな、頑丈な靴底。
「俺はアンタの飼い犬だぜ?
こうして餌付けして貰っている以上、何にでも従ってるつもりなんだけどな」
( ,_ノ` )「おいおい、犬がそんなモノを持つか?」
「何だよ、そんなモノって」
( ,_ノ` )「それだ。お前の隣に置いてある、物騒なそいつの事だよ」
俺の右手側、渋澤のオッサンから見て俺の体で隠れている所を指差しながら言った。
何だ、これか。
ただの鉈じゃないか。
- 52: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:38:07.01 ID:3AGQ0CGo0
- 「人の道具にケチ付けないでくれよ。物騒だなんて」
口の中の物を嚥下してから、ワンテンポ遅れて反発する。
……もっとよく噛んでから飲み込むべきだったかな。危うくむせそうになってしまった。
( ,_ノ` )「ケチ? こいつは心外だ、本音のつもりだったんだが」
軽く口角を吊り上げる。
( ,_ノ` )「何せ、目にする事さえおぞましいからな、お前のその凶器は。
今日だって――――濡らしているじゃないか」
そう言うと、渋澤のオッサンはコロッケパンを貪る俺の目の前に立った。
自然交わる視線。
その間数秒。
――――そして、ゆっくりと俺の手元へと視線を落とした。
( ,_ノ` )「真っ赤にな」
血に染まった鉈を見て、ニヤリと微笑み掛けてきた。
- 53: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:40:58.03 ID:3AGQ0CGo0
- オッサンの言う通り、俺はたった今二人の男を切り刻んできた。
いや、三人だったかな?
何せ、チンピラって奴は必要以上に群れていやがるからな。
動機は単純なもので、道端で絡まれて腹が立ったからだ。
自分から仕掛けた訳じゃない。因縁を付けられたら、やり返すのが礼儀だろう。
思い出す。あの瞬間を。
俺の態度が気に入らなかったのか、どこかの路地裏に連れて行かれた。
そう、丁度この場所のような。
囲まれた人数は四人。
文字通り四面楚歌。
ただ、何の問題も無かった。
一般人に気付かれないよう腹の辺りに隠していた鉈を抜いて、
そいつを幾度か振り回すだけで、人間なんてモノはあっさり絶命してしまう。
一人は首を切った。
動脈血がぴゅーぴゅー噴き上がる様は、多少なりとも痛快だった。
だがそれだけじゃ死なないだろうと思って、親切で骨も切断してやった。
- 55: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:43:35.40 ID:3AGQ0CGo0
- 転がった血だらけの生首を蹴飛ばすだけで、他の奴らは笑っちゃうぐらいビビっていたなぁ。
惨めったらしく失禁した奴もいたっけ。
その様子を眺めていた時の方が、まだ楽しかったかな。
後は虐殺だ。
あまり乗り気じゃなかったが、俺はとにかく後悔を与えたかった。
一番近くにいた男に向けて刃を振るった。
先端の角の部分を、強引に突き刺すようにして腹部に押し込んだ。
それだけで腹は盛大に裂けた。
飛び散る血飛沫。
まるで、腐りかけのトマトを切ったかのよう。
更に力を加え、梃子の応用で腸を抉り出す。
ぐちゃり、ぼとり、と気味悪い音を立てながら内臓が次々零れ落ちていった。
帝王切開で産まれた未熟児みたいに。
こればっかりは、どうにも気分が良いものではなかった。
けれど死は確定。
目的を達成できた事に対する喜びはホンモノだった。
- 57: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:47:22.61 ID:3AGQ0CGo0
- そいつの死亡を確認すると、俺は残る二人に向けて駆け出した。
一人は左脚の筋を断ち、もう一人は二の腕を切り裂く。
欲を言えば、完全に切断したかったけども。
脚を負傷した奴はその場に倒れ込んだが、腕を怪我した男はトンズラこきやがった。
そこで俺は無益を悟り、殺害を止めた。
「殺した」という実感を湧かせるために、かろうじて生きている奴の指を数本切り取った。
道理、叫び声が上がる。うるさいので無視したが。
激痛と灼熱を同時に体感し地べたでのたうち回る男は放置して、俺は足早にその場を離れた。
そいつの生死の行方は分からない。
思ったね――――こいつらを殺す事なんて、武器の一つでもあれば余裕だって。
殺しを行った時はいつもだが、血が付いてしまったおかげで帰り道は鉈を隠せなかった。
服が汚れるのは大嫌いだ。
返り血にさえ厳重に注意しているって言うのに。
ぽたぽた垂れる血の雫が、俺の足跡となって通り過ぎた道に点在していた。
だから雨で跡を洗い流して欲しかったのだけども、降らないんだからしょうがない。
- 59: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:51:18.15 ID:3AGQ0CGo0
( ,_ノ` )「殺しはいつ以来だ?」
男の声で、俺は回想から引き戻された。
「さあね。昨日でない事は確かだけど」
マトモに答えるのも面倒なので、俺は嘯いてみせた。
実際、何日ぶりかだなんて覚えていない。
直感的に俺は死を生み出しているんだ。殺したいから殺してるんじゃない。
( ,_ノ` )「……まあ、詮索はやめておくがね」
もう一本、煙草を咥える。
- 60: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:53:59.94 ID:3AGQ0CGo0
- 煙草の匂いは好きじゃない。
オッサンが何でこんな物を好き好んで吸っているのか、
全く理解できないし、したくもない。
それに、明るすぎる火の色も嫌だ。
赤色は好きだが、これじゃあ橙色だ。
もっと深い赤がいい――――ぞくぞくするほど興奮させてくれる。
ぎゅっと鉈を握り、持ち上げる。
刃から滴る紅。
ああ、これ、これだよ。本当に綺麗だなぁ。
- 61: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/13(土) 23:56:39.76 ID:3AGQ0CGo0
- ( ,_ノ` )y━・~「楽しそうだな。人を殺した事がそんなに悦楽か」
「バカ、楽しい訳ないだろ。
アンタはトイレで用を足した時、『うわ、楽しいなぁ』なんて感じるか?
俺にとっては一緒なんだよ、殺しは生理的行動と一緒」
オッサンの目を見ずに言い放って、がさがさとコンビニの袋を漁った。
取り出す。おお、焼きそばパンだ。これはきっと美味いぞ。
「もぐもぐ」
( ,_ノ` )y━・~「可愛いもんだ、食事の時だけは……。
獣と同じだな。狩りの時になると、理性を忘れて狂いやがる」
「俺から言わせれば、並の人間の方がよっぽど狂ってるけどね」
パンから口を離し、やはり目を見ずにオッサンに語る。
「理性で本能を押さえつけるなんて、自然の摂理に反してるじゃないか。
逸脱している事を狂気と呼ぶんなら、人間が常識と思ってやってる事は皆狂気だよ。
獣の方がマシだね、本能に従ってる分」
- 65: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:01:22.85 ID:GKCUHYyH0
- ( ,_ノ` )y━・~「ふふ、自分が普通とでも言いたげだな」
「言いたげじゃなくて、そう言ってるんだよ、渋澤のオッサン」
会話を終了させて食事に戻る。
うん、やっぱり美味いな、焼きそばパンは。
炭水化物と炭水化物の組み合わせってのはどうしてここまで相性抜群なのかね。
隠れた名脇役は、濃い目のソースかな。
ただ、人工的な赤色をした紅ショウガは余計だ。
- 67: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:06:05.87 ID:GKCUHYyH0
- 渋澤のオッサンに出会うまで、俺は碌に食う物にも在り付けなかった。
俺はストリートの出だ。それも、最高に貧困な。
特に、ここ最近は顕著だ。
以前はまだ恵んでくれる人間もいたが、そいつと別れてからは飢えとの戦いだった。
最悪、死体を食らったぐらいだ。
人肉を食うのは少々抵抗があったので、主に内臓を貪っていた。
それも生のままでだ。
口の周りが真っ黒になったのを覚えている。
嫌な記憶だ。
臓器はそれはそれは酷い味だったが、生きるために我慢した。
他の部分よりは栄養があるだろうし――――多分。
その頃に比べれば、今は天国みたいなもんだ。
- 70: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:08:51.33 ID:GKCUHYyH0
- ( ,_ノ` )y━・~「美味いか、そのパンは」
唐突にオッサンが聞いてきた。
「……まあ、ヒトの臓物よりは美味いかな」
――――考えていた事をそのまま口に出してしまった。
参ったな、狂人だと思われるじゃないか。
( ,_ノ` )y━・~「味の基準が人間とは、おかしな奴だな。ヒトってのは意外といけるものなのか?」
「んなワケあるかよ。マズイに決まってる。
臭くて苦くて、そのくせ妙に甘いんだ。腐った水飴みたいなもんだよ」
( ,_ノ` )y━・~「そうか」
「そうだよ」
再びパンを一口啄む。
美味い。
これをずっと食べていられたら、俺は最高に幸せなんだけどな。
- 72: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:11:18.12 ID:GKCUHYyH0
- ( ,_ノ` )y━・~「まあ俺としちゃあ、お前の趣向なんてどうでもいいんだがね」
オッサンが煙草をアスファルトに投げ捨て、革靴の底で擦り付けた。
ガシガシと地面が擦れる音が鳴る。
それは破壊を思わせる音。
摩擦に耐えて、オッサンの靴は少しの変化も無く在り続けている。
やはり羨望の的だ。俺も丈夫な靴が欲しいよ。
( ,_ノ` )「俺の頼みを聞いてくれさえすれば、何も文句はない」
「……まるで俺に文句があるみたいな言い方だな」
( ,_ノ` )「仮定の話だ、そうピリピリするな」
オッサンに鼻であしらわれた。
――――何だかやり込められたような気がする。
ムッとして唇を尖らせて、拗ねている事をモロに表情に出した。
子供か、俺は。
- 75: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:14:30.50 ID:GKCUHYyH0
- 焼きそばパンを食べ尽くし、次のパンを食べようと袋の中に手を突っ込む。
――――ない。
ないないない!
いくら手探りをしても、掴めるのは空気だけ。
クソ、何て事だ。まだ腹八分目どころか、腹五分目にも達してないぞ。
「オッサン、まだ食う物があったりはしないのか?」
( ,_ノ` )「そんな訳あるか。大体十分食べただろ」
「うー、食える時にしこたま食っておきたいんだよ、俺は」
( ,_ノ` )「諦めるんだな。また会えた時に持って来てやるから」
「うー」
……我慢できるかな、果たして。
一度あの味を覚えてしまったら、空腹は忍べても欲求は抑えられない。
麻薬だよ、焼きそばパンは。いやホントに。
- 76: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:16:43.32 ID:GKCUHYyH0
- ( ,_ノ` )「その代わり、依頼を成功させたら報酬として大量にパンを買ってやるよ。
焼きそばパン、コロッケパン、カツサンド……何でもいいぞ」
「……えっ、マジでかよ!?」
( ,_ノ` )「嘘なんか言う筈がないだろう」
何という僥倖。
「よし、任せな。いくらでも引き受けるぜ」
ドンと胸を叩き、自信をアピールする。
やっと腹一杯食える日が来るのか。本気で楽しみだ。
( ,_ノ` )「全く、現金だな。本当にお前は本能に忠実な奴だよ、シンガン」
オッサンは確かめるように俺の名を呼んで、もう一度ニヤリとほくそ笑んだ。
- 78: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/14(日) 00:19:11.42 ID:GKCUHYyH0
- 渋澤のオッサンが帰っていった後、俺はまた急激に退屈に襲われた。
「俺も帰るか」
気付けば、夜の帳もとっくに下りている。
闇夜を好む趣味は無い。
一つの例外を除いてね。
「あ――――」
ぴちゃり。
鼻先に落ちてきた小さな雨粒。
見上げれば、今度は降り注ぐ大粒の雨。
良かった。念願の雨がやっとこさ降ってくれた。
さあ流し去ってくれ。血も何もかも、この世界を覆う穢れさえも。
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