( ^ω^)は霊探偵になったようです

20: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:23:16.64 ID:EHvlXSOS0




夕暮れ時が訪れると、どうしようもない侘しさに襲われる。

俺を包むのは、理想とは遠くかけ離れたアカ。
茜色と呼んだ方が適切だろう。

今日は朝から晴れ模様で、雲一つない青空がこれ見よがしに広がっていた。
それも終焉を迎えている。
只今は新時間。
昼夜をひとしきり繋ぐ、燃え盛るような一瞬の情景。


「あぁ、退屈で仕方がないや」


独り言をぼやく。

――――この日も俺は路地で休息していた。
崩れかけのコンクリートの壁。
そこに体重を預けると、軽く身震いしてしまうほど背中に冷たさが伝わった。



21: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:25:10.15 ID:EHvlXSOS0
この地区は他の町と比べて、交通の便がやや悪い。

主な移動手段と言えば地下鉄ぐらいだ。
大きな道路も一本しかない。
タクシーは結構な台数走っているが、最低限の小銭しか持たない自分には無縁な話だ。

それならばバスに乗ればいいのだろうが、
全員が同じ方向を向いて座っているというのは何とも気持ちが悪い。

……よく考えれば、交通が云々というより俺の我が儘だな、これ。


だから自然と、俺が行動できる範囲は限定されてくる。

金銭的な理由であまり遠くには行けない。
活動できるのは、せいぜい頑張れば徒歩で片付けられる程の距離までだ。
数字に表すと―――――半径五キロ程度か。


そのせいで、殺人が一極集中してしまうんだよなぁ。
殺人現場を地図に書き込めば、黒点が集合して全面が塗り潰されてしまう、かも。



22: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:27:01.95 ID:EHvlXSOS0
徒然に、地面に転がっている球状の「ソレ」を拾い上げる。
自分が無作為に放り出した物。
まだ仄かに温かい。自分の体温より少し低い程度だ。

手の中で転がしてみる。
ころころ、コロコロと。
滑るように球が掌の上で踊り狂う。ちょっとくすぐったいな。
冷えた指先を這うと、その温かさがよく分かる。

……こんな幼稚な遊びを、少しでも面白いと思ってしまった事が悔しい。


ただそれも数分。
飽きてきたので、また路上にぽいと放り投げた。

そうだ。児戯に耽ってしまった事に対する戒めの意味も込めて、もう壊してしまおう。

修繕したばかりの靴で踏み潰す。
ぬちゃり、という実に後味の悪い破裂音。
変てこな汁を飛び散らせながら、球体はいとも簡単に弾け飛んだ。

ああ、今度は靴底が汚れてしまった。
洗えば済む話だけど、やっぱり厭だな。もっと後先考えて行動すべきだったよ。



25: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:29:34.36 ID:EHvlXSOS0
「オッサン遅いな、何やってんだ」

愚痴りながら天を仰ぐ。


今日は一際腹が減っている。
つい先程、一人の男を殺害してきたばかりなのだ。

何の見境も無く。
ただ、本能に導かれるままに。
気付けば俺は夢中で刃を振り翳していて、知らず死に接触していた。

これじゃあ通り魔だ。そんなつもりじゃなかったんだけど。


風にそよがれて微睡む。
ぐぅ、と腹が情けなく鳴る。格好悪いったらありゃしない。

意図も無く視線を落としてみた。
以前変わりない景色。
だけどそれは、所詮は見えている範囲内での出来事。

首を左に回す。夕闇に佇む一つの人影が、急に視界に飛び込んできた。
お待ちかねの渋澤のオッサンの姿だ。



26: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:31:40.91 ID:EHvlXSOS0




「勘付かれた?」


冷めたカレーパンをかじりながら鸚鵡返しの返事をした。


( ,_ノ` )「ああ。今日の午後、俺の社に探偵を名乗る男が現れた。
    内海という男だったかな。

    ……挨拶もなしに尋ねられたよ。
    『最近、勤務中の社員が事故に巻き込まれませんでしたか』――――とな」

おいおい、物凄い直球勝負だな。
核心衝き過ぎだろ。

「それ、ヤバイんじゃないの、いくらなんでも」

( ,_ノ` )「ああ、ヤバイよ」

危機感を感じているのだろう、オッサンの言葉に嘘はなさそうだ。
ただ、その割に余裕が垣間見えるのは何故だろうか。



27: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:34:03.60 ID:EHvlXSOS0
オッサンは顔色そのままに続けた。

( ,_ノ` )「驚いたよ。質問の全てが一本の道筋に乗っ取っていた。
    探りを入れているつもりだったのだろうが、あれはどう見ても俺を完全に疑っていたな。
    でなければ、知る由も無い筈の死亡事故の事まで言及してこない。
    流石の俺も気が動転した。まさかの事態だよ、全く」


本当に動揺しているのだろうか。
言葉の節々から読み取れる、落ち着き払った態度からはそうはとても思えない。


( ,_ノ` )「巻き込まれる、だと。
    笑えるな。明らかに人災だと決め付けているくせして」

「……それで、全部白状したのか」

( ,_ノ` )「する訳ないだろう。警察に聞き込みをされたのならともかく、民間の探偵だぞ。
    それに、都合のいい事に知っているのはあいつだけのようだしな」



28: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:36:14.08 ID:EHvlXSOS0
オッサンが俺の目を見て笑う。
何かを企んでいる時の顔だ。
悪戯を誤魔化そうとする、無垢な子供の表情を思わせる。


――――ああ、そういう事か。


「成程ね、情報が漏れる前に処理しとけって事か」

( ,_ノ` )「理解が早いな、シンガン」

更に眦が下がる。

「おいおい、『ハイ、そうですか』と素直に承諾した訳じゃないぞ。これは約束だ。
 ……ちゃんとパンを奢ってくれよ」

( ,_ノ` )「……ぷっ、ハハハハ!」

「何だよ、突然。気持ち悪いな」

( ,_ノ` )「いや、すまんな。笑いを抑えられなくて……ククッ」



32: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:39:09.98 ID:EHvlXSOS0
「……もういいよ」

顔を背けて、そっぽを向き露骨にいじけてみせた。

瞳に映るのは茜色の大気。
濁りのない澄み切った動脈血の色に慣れた眼には、少々刺激が強過ぎる。


まあ、どっちにしろオッサンの命令を守らなけりゃならないんだけど。
何せ俺は餌で飼い慣らされているんだから。

食物の誘惑には勝てないよ。
今は胃の中が満たされる事だけが至上の悦びだ。
その愉しみさえもおいそれと手放したくない。


「やればいいんだろ、やれば」


ぶっきらぼうに了承の言葉を投げた。
どの道こう答えるしかないのだ。
俺だってかろうじて人間だ。異常者じみた殺しを好き好んでやりたくはない。

――――それなのに、少しだけ気分が高揚してしまった自分が唯々憎い。



34: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:41:19.90 ID:EHvlXSOS0

( ,_ノ` )「ちょっと聞きたいんだが……何でそんなに乗り気でないんだ?
    殺人衝動はお前の性分じゃないのか」

「んー、自分でもよく分からないよ。
 ただ、別に好きな訳じゃないんだ。そうせずにはいられない、ってとこかな」


考えた事もなかった。
俺が殺人を犯す理由。

脳裏に浮かんでは消えていく。かすめながら、けれど形にはならない。


「そうだな……きっと、生きる意味を探しているんだろうな」

ふと呟く。

( ,_ノ` )「生きる意味? 人を死なせているのにか?」

「うん、何て言えばいいのかな、死に触れる事で生を知る事が出来ると思うんだ。
 ほら、生と死は表裏一体だろ?
 どちらかを理解できれば、もう片方も分かるんじゃないかって」



36: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:45:07.53 ID:EHvlXSOS0
俺はストリートで長い間暮らしてきた。
誰とも群れず、ただの独りで。
何もない。何も訪れない。
寂しいとは思わなかったが、当時の俺は生きながらにして死んでいたようなものだ。
一時を除いて。

――――きっと。
無意識のうちに、真の意味での「生」を渇しているんだろう。


( ,_ノ` )「片方を理解すればいい――――か。
    だったら、直接に生に触れれば手っ取り早いだろう?」

「そんなの無茶だ。
 だって、生なんて死ぬまでが生なんだから、
 ただ普通に生きているだけじゃ永遠に分からないじゃないか。
 
 だけど死は違う。死は最初からヒトが内包して持っているモノだ。
 植物の種みたいにね。
 命が果てる時にそれが咲き誇るんだ。
 ――――そう、俺は死体の花を摘んでいるんだよ」

ぎゅっと結んだ拳を開く。

イメージは薔薇。
淑やかな深紅に染まり、それでいて、怖いぐらいに耽美な花。



38: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:47:44.31 ID:EHvlXSOS0
「死体の花を摘み続けていれば、いつかは到達できるかも知れない」

でも、それは。
いつになったら分かるのだろう。

どれだけ死を見つめれば、真理が見えてくるのだろう。


( ,_ノ` )「……よく分からんが……」


オッサンが唸るようにして低い声を漏らす。

( ,_ノ` )「死体の花っていうのは、お前が切り取ってくる人体部位の事か?」

「はぁ?」

――――ダメだ、分かってない。頭の固いオヤジめ。
確かに、今日は眼球を刳りぬいてきたけど。

( ,_ノ` )「それを花摘みに例えるとしたらだが」

「そんな汚らしいモノじゃないぜ。最後の残光の事なんだからさ」



41: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:51:47.67 ID:EHvlXSOS0
( ,_ノ` )「まあいい、多分一生考えても俺は咀嚼できないだろう」

オッサンは裏ポケットに手を入れ、勿体ぶった手付きで中から煙草の箱を抜き出した。
パッケージの模様がいつもとは違う。
青一色だった筈なのだが、その包装は赤と白が半々に組み合わさっていた。
銘柄を本格的に変えたのかな。それとも、ただの気まぐれか。


( ,_ノ` )「幾度となく言ったが、俺はお前が働いてくれさえすれば、
    何をしようとも文句は言わん。今回も好きにやってくれて構わない。
    依頼を滞りなく完遂してくれればね」

「嫌味な言い方だな。まるで俺が自分勝手やってるみたいじゃないか」

( ,_ノ` )「そう受け取られたか、だったら失礼」

「……ハァ」


これっぽちも謝る気はないな。

思わず吐息を漏らしてしまった。
さほど外気は寒くはないが、それは幽玄に白んだ。



43: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:53:46.02 ID:EHvlXSOS0

「オッサンを追っている奴を始末すればいいんだな」


半ば呆れながら俺はオッサンの方に振り向き直した。

いずれにせよ容易い作業だ。
余計な煩悩に気を取られずに、さっさと終わらせてしまおう。


「いつ実行すればいいんだ?」

( ,_ノ` )「出来る限り早く、頼む」

「『早く』じゃ分かんないよ。つか、せめて場所ぐらいは指定してくれ」

( ,_ノ` )「そうだな――――それじゃあ」


暫し考えて、手を叩いた。
音はしなかった。



44: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/20(土) 22:56:22.98 ID:EHvlXSOS0
( ,_ノ` )「次に内海が訪問してきた時、虚偽の情報を知らせておく。

    この街の外れにある半導体の製造企業は知っているな?
    そこの旧工場の解体はうちの会社が請け負っていて、しかも今も施工中だ。
    『もしかしたら、そこで事故があったかも知れん』とだけ言っておこう。
    俺と話した時の口振りからして、奴は必ず捜査に来るだろうからな。そこをやれ」

俺は首を縦に振った。

( ,_ノ` )「問題はいつ内海が工場に来るかだが――――暫くの間張り込みをしくれるか?」


了解、と一言だけ呟いた。
疼く腕を抑える。


ああ――――こんな面倒を、僅かでも楽しみに思ってしまう性が悲しい。



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