( ^ω^)は霊探偵になったようです

4: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:34:44.13 ID:XgXxymnX0




――――月下、蠢く影。


('A`)「ふあぁ〜……あふぅ、夜中に来るんじゃなかったな」


ドクオは廃工場の周辺を歩いていた。
冴えない風采が、そうであるが故に闇に溶け込んでいる。


カツカツと、灰色の大地を踏み鳴らす音が響く。


この工場が閉鎖されたのは、およそ一年前の話になる。
もっとも、経営難が原因ではない。
現代社会の成長に基づき、半導体産業の需要がそれに伴って高まったのだ。

生産ペースを上げるためには、目標に応じた高度な施設が必要となる。
結果として、より巨大な新しい工場が建てられ、この旧工場はお役御免となった訳だ。

功労者さえも切り捨ててしまうのだから、時の流れとは残酷なものである。



5: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:37:57.32 ID:XgXxymnX0
土地の脇に規則正しく積み上げられた鉄骨は、
雨ざらしになったのか、錆びて変色してしまっていた。
赤茶びた表面は、まるで瘡蓋で覆われているかのように見える。


('A`)「見るからに胡散臭ぇな、おい。
   外観のみで判断するってのもアレだが……」


思わず本音を零す。


その声も寒空の彼方へと消えた。
北より運ばれてきた風に掻き消されたのだ。

――――この世に存在する音など、詰まる所は大気が振動しているだけに過ぎない。

ドクオはそれ以上声を発しなかった。



7: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:40:18.93 ID:XgXxymnX0

彼は一人、渋澤に騙されるままに指定の工場へと訪れていた。


これがいけなかった。


彼の中で多少なりとも疑念はあったのかも分からない。

だが現実にこうして来てしまった以上、
もうそれは、陥穽に絡め取られている事を意味している。



8: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:43:25.51 ID:XgXxymnX0
けれども、そんな真実などドクオが知る由もない。


('A`)「さぁて、お仕事お仕事っと」


気怠そうな掛け声を自らに言い聞かせて、早速ドクオは行動に移した。


工場に人の気配はまるでない。
ただ一つの鉄の塊たる建物が存在しているだけだ。

亡霊のように闇夜にぼんやりと浮かび上がるそれは、
不思議と異質な雰囲気を演出し、世間から隔絶された空間を作り上げている。



10: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:47:12.10 ID:XgXxymnX0
入口の扉の取っ手を握る。
ひんやりとした鉄の感触がドクオを襲う。
鍵は掛けられていない。

開き、足を踏み入れた。


工場の中は昏い。


ドクオは真っ先にブレーカーを上げた。
電気が未だ通っている事を前もって渋澤から聞いていたのである。
そしてそれは事実であった。工場内は一気に白い光で満たされ、全容を明らかにした。

機械は既に新しい工場へと運び出されており、内部はがらんとしていた。

ドクオは周囲を広く見渡すようにして歩いた。
足音が室内で反響する。



11: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:49:26.32 ID:XgXxymnX0
解体はほとんど進められていない。

壁はまだ十分に壁としての役目を果たす事が可能な形状を保っており、
天井に至っては、人が手を付けた跡さえ見られなかった。


その事について、ドクオは少々ちぐはぐな感じを覚える。

('A`)「順序を間違ってんじゃねぇのか……責任者は何やってんだよ」

――――本来ならば、上から順番にばらしていくのが普通の筈なのだが。


('A`)「天井、か」


上部を見上げる。
高さにして、十メートル弱と言ったところか。



12: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:51:57.08 ID:XgXxymnX0
('A`)(……ふむ)


ふと、ドクオは奇妙に思った。


工程の不備に関してはこの際深く追及しない。
問題なのは、また別の事。

天井がそのままである事の妙だ。

天井部分の工事に着手していないのであれば、高所での作業は行っていない筈。
それならば落下という結果も起こり得ない。
仮に行っていたとしても、この程度の高度ごときで死に至るだろうか。

否。

それは考え辛い。
人間という生き物はそこまで柔に作られていない。
そう簡単に、死にはしない。



14: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:54:34.48 ID:XgXxymnX0
と、すれば――――。


('A`)「どうやら、ここで死人は出ていないようだな」


そう結論を下した。


「もう、帰ろうか」とドクオは考えた。
目的を変更して、物的証拠の探索に切り替えたとしても、
その「物」自体が指で数えられるほどしか存在していないのだから意味がない。
このままここに居続けても無意味だと悟ったのだ。


広々とした空間は、けれど圧迫感を合わせ持っている。


全てを見通せるという事は、全てから自分が見通されている事と同義。
それは人間に限らない。
鉄が、硝子が、夜が、ドクオを監視している。

独り、漫然と立ち尽くすドクオ。
その目に映るのは虚無。寂然たるその光景は、どこか不気味であった。



16: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/29(月) 23:57:50.83 ID:XgXxymnX0
('A`)(……こんな所に長居しても無駄極まりねぇな。お暇させてもらうか)

振り向き、入口―――この場合出口だが―――に向けて歩き出そうとする。


その時。
不意に聴こえてきた、声。



「よぉ、遅かったじゃないか」



鉄筋コンクリートで囲まれた冷たい工場の中で、静けさを裂く声が木霊した。
無くならない言葉の残響。
見れば、いつの間にやら扉のそばに見知らぬ人影が現れていた。

そう、それは確かにヒトだった。

両足を真っすぐに地に着けた堂々たる立ち姿が、廃工場の寂寥感に映えている。
異常なまでに。



18: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:00:44.18 ID:sGwPgyHR0
空気の流れが、時の流れから逸脱する。


('A`)「誰だ!」


威嚇するドクオ。
しかし相手は全く意に介する風もなく、質問にも答えないで虚空に向けて語り出した。


「まったく、渋澤のオッサンも人が悪いぜ。待つ方の身になってみろって。
 毎晩毎晩退屈してたんだ。誰も来ないもんだから、心が折れそうになっちゃったよ。
 ……いや、もういいんだけどさ、やっとアンタが来たんだから」


ドクオは声の主を熟視した。

真っ先に目についたのは、右手に握られた鉈。
薄気味悪く重たい鈍色に輝いている。
醸し出す雰囲気は、
過去に彼が幾度となく感じ取った、霊が憑依した者独特のそれと酷似していた。



20: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:03:23.01 ID:sGwPgyHR0
――――だが、違和感はその先にあった。


「別に、個人的な恨みがある訳じゃないんだけどさ……」


よく通る声が、遮られる事無くドクオの耳に届く。


ドクオは我が身を滅ぼさんとする者の外見に困惑した。

('A`)「――――チッ」

思わず舌打ちをしてしまう。


肩の辺りで乱雑に切り揃えられた黒髪。
それとは対照的な、絹のように滑らかな白い肌。
惹き込まれそうになる瞳。

いずれの要素も、刃物から連想させられる禍々しいイメージとは相反している。

儚げに揺らめく華奢なシルエット。
似合うとすれば、それは鉈などではなく、細身で美しい蛇の目傘であろう。



21: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:05:26.29 ID:sGwPgyHR0




从リ゚ ー゚ノl「悪いけど、俺、アンタを殺しても構わないかな?」




人影は紛れも無く、女だった。






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