( ^ω^)は霊探偵になったようです
- 22: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:08:13.95 ID:sGwPgyHR0
- 7
計算外。
ドクオの脳裏をその三文字が過った。
――――まさか、女だとは。
顔立ちは幼い。
体型にしたって、遠目で眺めても分かるほどに小さく、まるで本物の少女のようだ。
身に纏った衣服は上下共に一点の汚れもない純白で、
それがまた、あどけない容姿に変に似合っている。
けれどそれは確実に存在していた。
オーパーツとして。
一種のアンチテーゼとして。
折れてしまいそうにか細い手に、握り締められた一振りの鉈が。
- 25: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:11:31.02 ID:sGwPgyHR0
- 内心、やりにくい、とドクオは思った。
('A`)「……お前が、噂の殺人鬼さんか」
極めて平静を装った声で訊く。
名前を出したところからして、この女が渋澤と繋がっているのは間違いない。
そして推理が正しければ、渋澤と繋がっている人物は即ち連続猟奇殺人犯の筈なのだ。
('A`)(厄介だぜ、)
何よりも、女は自分を殺すと宣言した。
その声に何のためらいもなかった。それは、何よりも決定的な証拠と為り得た。
('A`)「ここに来たのは渋澤の指示か?」
从リ゚ ー゚ノl「ああ、その通りだよ。
だからさ、恨むんだったら俺じゃなくてオッサンにしてくれ」
ドクオは「そうか」と頷く。
自分が罠に誘い出された事を悔い、人知れず唇を噛みながら。
- 27: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:15:14.06 ID:sGwPgyHR0
- ――――迂闊に手出しは出来ない。
先に仕掛けようものなら、相手のペースに乗っかってしまう事になる。
それはドクオ自身もよく分かっていた。
('A`)「俺を殺す前に、まずは名乗れよ。そいつを聞かなきゃ死んでも死にきれないんでな」
从リ゚ ー゚ノl「そういうのってさ、人に尋ねる前に自分から名乗るのが筋なんじゃないか?」
('A`)「ぐっ……チッ、ドクオだ。俺の名は内海ドクオ!」
渋々応じる。
('A`)「ほら、さっさと答えやがれ!」
乱暴な口調で答えを急かす。
自分の中で焦燥感が生まれている事に、張本人であるドクオも気付いた。
从リ゚ ー゚ノl「――――シンガン。
シンガンって言うんだ。……まあ愛称みたいなもんけど」
- 28: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:18:01.88 ID:sGwPgyHR0
- ('A`)「愛称? おい、それはどういう意味――――」
ドクオが更に追及しようとする。
しかし、それは妨げられた。
从リ゚ ー゚ノl「もう、いいだろ」
質問が終わる前に、シンガンはドクオの右腕を『見た』。
('A`)「っ!!」
そう、『見た』だけだ。
――――ただのそれだけで、ドクオは顔をしかめる事になった。
('A`)「……クソが」
腕を抑える。
指の隙間から少量の血が流れる。
肘から手首にかけての部分に、小さな穴のような傷が二つ出来ていた。
腕部に何かが突き刺さったのだ。
- 31: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:22:37.35 ID:sGwPgyHR0
- その「何か」は、どういう訳か既に消失している。
細長い、針のような物だったとドクオは痛みと傷痕から推察した。
瞬時に、女に霊が憑いている事を直感する。
――――こんな怪奇な事が出来る人間は他に有り得ない。
从リ゚ ー゚ノl「――――いくぜ」
だが、熟考する猶予はない。
シンガンは地を蹴り、鉈を振りかぶってドクオに向けて接近した。
ドクオはどこかに潜もうと考えたが、辺りには身を隠せそうな物は殆ど無い。
せいぜい数基のコンテナが転がっているぐらいだ。
('A`)(仕方ねぇ……!)
閉鎖された工場内部を駆け回り、シンガンの追尾から逃がれようと奔走する。
その間にも例の針状のモノがドクオへと飛来してくる。
いや、正しくは飛んできているのではない。発射という過程を経ずに出現しているのだ。
事実、左右に振れながら回避しようとしたところ、
先程までドクオがいた空間に突如として針のような物質が現れていた。
- 32: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:26:10.03 ID:sGwPgyHR0
- 針の軌跡は見られない。
('A`)「クソッ、どういう事だ!?」
シンガンが一旦足を休めた事を知ると、ドクオも立ち止まった。
対峙する二人。共に動きを見せない。
――――ドクオは考察する。
('A`)(そういや、針が現れたのはあいつが俺を見た時だったな……)
最初の攻撃を思い出す。
自分が相手にされた事と言えば、その眼で捉えられた事ぐらいだ。
('A`)(待てよ……見る……見た所に針が現れる……)
ここでドクオは気付いた。
あれは本当の針ではないという事に。
あくまで「針らしき物」だ。
では、それは何なのか。
- 33: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:30:33.44 ID:sGwPgyHR0
対象に目を向けた時、絶対に生じるモノ。
――――それは視線だ。
('A`)(チッ、そういう事か……!)
まさしくそれがシンガンの常識を曲げる力だった。
彼女は視線を実体化出来る。
形を成した視線が、あたかも針のようになって見た先に出現したのである。
- 37: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:34:34.52 ID:sGwPgyHR0
- 不意に、目が合った。
('A`)「んっ?」
つまり。
(;'A`)「うおぉっ!?」
咄嗟にしゃがみ視線を外す。
寸前までドクオの目が置かれていた空間には、察知した通り二本の針が生えていた。
ドクオは息を飲んだ。
危うく両目を潰されそうになったのだから。
('A`)「……成程ね」
―――――針眼って事か。
- 41: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:38:51.49 ID:sGwPgyHR0
- 从リ゚ ー゚ノl「何か、ネタバレしちまったみたいだけど……それでどうするんだ?」
シンガンが声を掛けるが、ドクオはそれを完全に無視する。
距離を詰めれば相手の思う壺だ。
相手側の狙いはあくまでも鉈で必殺の致命傷を与える事。
針自体のダメージは、急所にさえ当たらなければ大した事はない。
補助程度の技だろう。
('A`)「一発芸だな」
閉塞的な工場内で、ドクオの声がやたらと大きく響く。
从リ゚ ー゚ノl「?」
('A`)「どうせ、その能力では俺を殺せないんだろ。だったらただの宴会芸に過ぎねぇ」
从リ゚ ー゚ノl「へぇ、そうかい。……うん、まあアンタの言う通りなんだけどさ。
けど、悔しいなぁ。人の自慢を芸扱いされちゃったよ」
- 43: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:43:12.33 ID:sGwPgyHR0
- ('A`)「でもよ、そういう一発芸、俺は嫌いじゃないぜ?」
从リ゚ ー゚ノl「冗談きついぜw」
顔は笑っている。
声の調子も表情と一致している。
悔しがる様子は微塵もない。何を考えているのかドクオは読めなかった。
('A`)「食えねぇ野郎だ。
……しかしまぁ、本当に殺すつもりでかかってくるようなら、
俺も女だからって手加減する必要はないよなぁ」
――――呟き、右の掌を開く。
- 47: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:47:56.34 ID:sGwPgyHR0
('A`)「質量瓦解――――」
ドクオの手の平の上で、歪な円柱状の形をした物質が出来上がっていく。
それは空気だ。空気が朧な輪郭を作っている。
気体が急速に固体へと状態変化し、一発の弾丸が形成された。
力が込められる。
右腕に。
掌に。
完成した弾丸に。
(#'A`)「――――気弾!」
言葉と共に、その固体は勢いよく放たれた。
- 49: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:51:23.06 ID:sGwPgyHR0
- 原理は単純。
生成作業と並行して弾丸の内部に圧縮した空気を詰め、
完成後、後部の一ヶ所を固体から気体に戻し、数ミリ程度の穴を開けたのだ。
結果、中の空気がそこから噴出され――――。
从リ゚ ー゚ノl「――――っ!」
銃弾のように打ち出される。
抗撃はシンガンの頬を掠めただけに留まった。
行き場を失った弾は壁に小規模な窪みを作り、カランと音を立てて転がった。
从リ゚ ー゚ノl「……何だよ、アンタも同じような事が出来るんじゃないか」
頬を伝う血を拭いながら、シンガンが不満の声を上げる。
从リ゚ ー゚ノl「初めてだよ。俺みたいな力を持ったヒトに会ったのは」
('A`)「俺はこれまでに何人も見ているけどな」
从リ゚ ー゚ノl「そりゃ凄い――――うん、ちょっとは興味が湧いてきたよ。
アンタを殺せば、これまでよりずっと綺麗な死体の花が咲くかもな」
- 50: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:54:46.44 ID:sGwPgyHR0
- 言い終えて、再び眼差しをドクオの顔に向ける。
('A`)「要は、直接お前に見られなければいいんだろ?」
しかしドクオは相手の能力を見極め余裕が出来たのか、
全く焦りを見せず、回避すらしようとしない。
('A`)「瓦解!」
怪我を庇いながら右手を突き出し、漂っている空気を固体へと変化させる。
作り上げたのは、一枚の薄い板のような壁。
けれど、それは既に物質。言い方を変えれば障害物である。
――――視界を遮るには十分だった。
実体化した視線はドクオにまで届かず、その手前にある空気の壁に突き刺さった。
シンガンが見たのは壁越しのドクオなのだから。
- 53: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 00:58:30.54 ID:sGwPgyHR0
- 从リ゚ ー゚ノl「っ!」
手品じみた出来事にシンガンは目を丸くした。
間違いなくドクオを見た筈なのに、現実に針が発生した場所はそれよりも前だった。
すぐに視線を外し針を消す。
一度に向ける事の出来る視線は二本しかない。
即ち、同時に出現させられる『視線の針』は二本までが限界なのだ。
視線を外せば、針も消える。
その性質上、どうやっても連発は不可能。
実体化させられると言っても、永続性がある訳ではない。
('A`)「――――俺は一瞬でモノの状態を変える事が出来るんだ。
こんな風に壁を生み出す事だってお手の物さ」
能力を解除し、大気の障壁を気体へと戻す。
副産物として弱い風が発生し、包み込むようにしてドクオの長い髪に吹きかかる。
('A`)「どうだ、俺の一発芸も結構なもんだろ?」
- 56: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:02:09.48 ID:sGwPgyHR0
- 从リ゚ ー゚ノl「……」
シンガンは眼前に立つドクオをじっと見つめた。
――――視線は実体化させずに。
从リ゚ ー゚ノl「……ああ、本当に面白くなってきたよ。
俺、人を殺す時に楽しいなんて思った事はないけど、今は凄い興奮してる」
小さな笑みを漏らす。
指先に付いた血で、彼女は鮮やかな口紅を引いた。
从リ゚ ー゚ノl「こんな感覚は久々だ。まるで初恋みたいだよ」
瞬間、シンガンは滑空するように走り出した。
鉈が振るわれる。
ドクオは固体化させた空気の壁で受け止め、身を翻す。
そこに飛んでくる視線。
障壁を作るにはある程度の時間が必要だ。そのため、タイムラグが生じてしまう。
故に間に合わなかった。
ドクオの左足首に『視線の針』が出現する。
- 59: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:05:00.80 ID:sGwPgyHR0
- ('A`)「……チッ」
ドクオは鋭い痛みに顔を歪めたが、すぐさま立ち上がり距離を取る。
痛覚は我慢できる。
時間が経てば傷も塞がるだろう。
今一番貰ってはいけないのは鉈による斬撃だ。
仮に四股に喰らおうものなら、手足が寸断されてしまうのは明確。
一度離れてしまったらもう二度と元には戻らない。
('A`)(それだけは避けてぇな)
考えているうちにも視線はドクオへと飛ばされる。
躱す事が可能ならば躱し、そうでなければ壁を製造する。
相手も必死だ。針が出現している時間は一秒にも満たない。
実体化させたらすぐに視線を外してそれを消し、また次の場所を見ているのだ。
擬似的に針の連射を行っている。
- 60: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:08:38.52 ID:sGwPgyHR0
- 从リ゚ ー゚ノl「……クソ、面倒だな」
シンガンもシンガンで労苦を味わっていた。
何せ、近づこうにも相手は逃走経路に壁を設置しながら逃げているのだ。
元が空気のため、直視する事は出来ない。
進路上にそびえ立つ透明の障壁。気付くには、実際に接触しなければならない。
从リ゚ ー゚ノl「邪魔で仕方ないや、これ」
切断は出来る。
けど、それでは余分に時間がかかってしまう。
何よりも針が無効化されるのが痛い。
見えはしないが、対象物は間違いなく視線の先に存在しているため、
自分の意志に拘らず見ている事になってしまうのだ。
それでも、何発かは壁と壁の隙間を掻い潜ってドクオへと届いた。
――――が、命中した部位が急所でなければさして意味を成さない。
確実に仕留めるには、やはり鉈で切り裂くしかない。
- 64: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:12:07.56 ID:sGwPgyHR0
- しかし、そう上手くはいかない。
飛び道具を操るのは自分だけではなく、相手もなのだ。
('A`)「喰らいやがれっ!」
ドクオは逃げながらも、隙をついて『気弾』を数発送り出していた。
反撃と、妨害の意味を込めて。
ほぼ不可視に近い弾丸がシンガンを襲う。
从リ゚ ー゚ノl「……っ! そこか!」
――――見えはしないが、音はする。
空気が噴き出される音だ。
それを頼りにして、シンガンは弾丸に視線を飛ばし撃ち落としていく。
針の刺さった『気弾』は、空中で破裂して小爆発を引き起こした。
飛び散ったのは害のない空気ではあるが。
- 66: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:15:54.61 ID:sGwPgyHR0
- ドクオは回避に集中しながらも、シンガンの動作を注意深く観察していた。
('A`)(しぶといな……)
――――「皮肉だ」と彼は思う。
相手の眼差しから逃れるために、こちらが相手を見続けなければならないのだから。
('A`)(狙うとしたら――――脚!)
まずは相手の移動手段を奪うのが先決。
そう思いつき、シンガンの脚部めがけ『気弾』を撃ってはいるのだが、中々成功しない。
大概命中する前に撃墜されるか、直前で躱されるかだ。
完璧に直撃した弾は一発もない。
相手が派手に動き回るせいで、狙いを定める事さえも難しい。
流れ弾がコンクリートの壁に激突し、盛大に砕け散る。
もっとも、目にする事は出来ないのだが。
- 69: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:19:17.68 ID:sGwPgyHR0
- お互いに決め手を欠き、不毛な戦闘が続く。
双方の攻撃は、双方の能力によって防がれる。
シンガンの理想とする鉈での一撃も、
そもそも近接自体が叶わないため、青写真のままで終わってしまう。
ドクオは逃避を最優先としているため、自分から積極的に出る事はない。
第一、戦う気など彼には更々なかった。
殺人鬼の正体を知ったのだから、その情報を入手できただけで十分と思っていた。
ついでに犯人を始末出来れば万々歳といったところで、それほど執着している訳ではない。
その受動的な姿勢が停滞を加速させている。
――――破られない膠着状態。
両者共に一つのきっかけを探していた。
ドクオはこの場から逃走する機会を。
シンガンは敵の決定的な隙を。
- 72: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:23:26.21 ID:sGwPgyHR0
- 先に滞った状況を打ち破ったのはシンガンだった。
从リ#゚ ー゚ノl「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何と、捨て身になってドクオの懐へと突撃したのだ。
立ち塞がる壁を物ともしないで直進する。
彼女の通り過ぎた後の路には、真っ二つに両断された固形の空気が転がった。
――――当然、それをドクオが許す筈もない。
彼は近距離戦は得意とはしていない。
よって、接近されてインファイトに持ち込まれると非常に不利になる。
二発の見えない弾丸を撃ち放つドクオ。
相手が直線上に動いているので、照準は合わせ易い。
あれほど苦戦した「弾丸の命中」という結果が簡単に得られる。
だが、シンガンは傷口から血を噴き散らせながらも構わずに突っ込んでくる。
- 74: ◆zS3MCsRvy2 :2007/10/30(火) 01:26:09.42 ID:sGwPgyHR0
- ドクオに浴びせられる視線は、次々とその線上にある障壁に突き刺さっていく。
針の生えた空間を切り刻むシンガン。
その空間こそが、見えない壁が存在している場所なのだ。
際限なく増えていく残骸。
シンガンは突進の勢いを緩めない。負った傷を労わる事もせず、ただ直走る。
例えるならば彗星。
いずれは着地点であるドクオの元に辿り着くだろう。
その時が到来する前に、ドクオは相手の視界から去らなければならない。
('A`)「…………!」
右か、左か。
――――ドクオが選択したのは、後方。
ためらう事無く足を退いた。
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