( ^ω^)は霊探偵になったようです
- 3: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/05(月) 23:49:55.25 ID:1sacyBE/0
- 8
……何だ、また逃げるのか。
諦めな。
もう関係無いんだよ、そういうの。
俺は本気で殺すと決めたんだ。
多少の傷を負う事のリスクになんて怯えてられるか。
耐えればいいだけの話じゃないか。
こんな簡単な事に、どうして今になるまで気付けなかったんだ、俺は。
まだ紅に染まっていない鉈を横薙ぎに振るった。
邪魔くさい障害を破壊する。
――――最早、これが何枚目なのかも分からない。
本来は一撃で済む事なのに。
そう、奴への一撃だけで。
- 5: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/05(月) 23:53:43.97 ID:1sacyBE/0
- 唇に塗った朱い血は、もうすっかり馴染んでしまっている。
俺は歓喜に浸った。
人生最初の気取ったお洒落が、最高に心を震わせてくれるから。
自分でも病的だと思う。
だけど、この色よりも綺麗な口紅なんて考えられない。
一気に距離を詰める。
当然、奴が放ってくる弾丸のような物をモロに喰らってしまうが、
そんな事になんていちいち構ってられない。
あと七歩。
たったそれだけの間隔を埋める事が出来れば、俺の舞台に奴を引き摺り出せる。
壁を蹴り飛ばじ、突き進むべき道をこじ開ける。
呼吸を止めた。
――――身を焦がすような昂奮。
俺はそれに従おう。
ただ、前だけを見据えて。
- 6: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/05(月) 23:55:50.03 ID:1sacyBE/0
- 一歩。
思い描いた通りに足を運ぶ。
('A`)「……一つ、言っておいてやるが」
遠くより男の湿った声が届く。
――――うるさいな、もう余計な情報はいらないんだよ。
数秒後にはアンタの命運なんて尽きてしまっているんだから。
('A`)「前もって説明してやったよな、俺の力の事を」
うるさい、黙れ。
('A`)「けど、その様子じゃきっちり解釈できていないようだな」
二歩。
やや歩幅が大きかったが、特別これといった支障はない。
('A`)「――――好都合だぜ」
男が浮かべた冷たい微笑を見て――――初めて、怪訝に思った。
- 7: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/05(月) 23:58:06.12 ID:1sacyBE/0
三歩。
从リ゚ ー゚ノl「っ!」
――――何だ?
从リ゚ ー゚ノl「足が――――」
三歩目を踏み締めた瞬間、左足にどろりとした不快な感触を覚える。
それが何なのかまでは分からない。
湿地の泥のような気色悪い泥濘の中に、足首まで浸かってしまった。
おかしい。
工場の床はコンクリートだった筈だ。泥濘など存在する訳がない。
なのに、何故、突然こんなモノが進路上に出現したのか。
それも分からない。
从リ゚ ー゚ノl「クソッ!」
ただ一つ分かったのは、俺の足を止められたという事実だけだ。
- 9: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:00:10.56 ID:PUvIHl0T0
- 顔を上げ、正面を向く。
僅か数歩先で、男は依然として薄々と嗤っていた。
ちっとも愛想の良くない笑顔だった。
――――この時。
ようやく俺は気付く事が出来た。
同時に、心からこの男が憎いと思った。
足元で泥濘んでいるのは、ドロドロに溶けたコンクリート。
数刻前まで固まっていた筈の物。
――――それが液状化している。
固体である事をやめたコンクリートが、執念のように俺の足に纏わりついているのだ。
今になって男の宣告が脳裏に蘇ってきた。
从リ゚ ー゚ノl「……ああ、やっと理解できたよ」
不思議と冷静に考えられた。正体が判明してしまえばこんな怪奇など怖くない。
罠は、一つだけじゃなかったのである。
- 12: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:02:42.79 ID:PUvIHl0T0
- 早く抜け出さなくてはならない。
足を上げるだけで済む。
……そんな簡単な行動が、どうしてこんなにも困難なのか。
悔しい。本当に悔しい。
('A`)「気体から固体に変えるのも、固体から液体に変えるのも、
俺にとっては容易いコトだ」
男の声は小さい。神経を研ぎ澄ませて、かろうじて聞き取れる程度。
だが、音量などどうでもいい。
男はその言葉と共に、動きを封じられた俺に向かって弾丸を撃ち込んできたのだ。
鈍々と足を引き上げているような余裕は無い。
――――いや、もしかしたらあったのかも知れない。
だけど、焦燥に支配されている俺の頭の中にそんな考えは浮かんでこなかった。
奴が発射した弾は三発。
二発までなら、視線で迎撃する事が出来る。
――――でも、残る一発は?
- 14: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:04:58.61 ID:PUvIHl0T0
- 落ち着け、集中しろ。
从リ゚ ー゚ノl「――――あぁぁ!!」
幽かに聴こえる音を頼りに鉈を振り回した。
もう殆どヤケクソに近い。
鉈を振るのは円を描く運動だ。針と違って、狙った所に当てるのは難しい。
願わくば、弾丸が叩き切れて欲しいという希望を込めて――――。
――――そんな淡い期待など、易々と叶う訳がない。
从リ;゚ ー゚ノl「ぐぅ……!」
右胸に激痛が走った。
ああ、きっと命中したんだな――――。
その証拠に、傷穴からどぼどぼと血が流れ出している。
……肺が破れたのかも知れない。呼吸をする度に胸が疼くように痛む。
从リ゚ ー゚ノl「……痛いや。こんなにも真っ赤だよ」
傷を抑えて血塗れになった手の平を俯瞰する。
見慣れた色の筈なのに。
何で、穢らわしく想ってしまうのだろう。
- 18: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:07:59.92 ID:PUvIHl0T0
- 息が苦しい。
――――だけど、生きている。
死にそうなほど痛い。
けど痛いという感覚は、生きているという確固たる証。
今、俺は生を感じている。
きっと、世界中の誰よりも生を感じている。
決して死んではいない。
むしろ、生きているという事を実感し直している。
ここは、当たったのが左胸じゃなくて良かったと喜ぶべきか。
从リ゚ ー゚ノl「はぁ……ハァ……っ!」
苦し紛れに男を睨み付けた。
当然、その鼻先で視線は阻害された。
从リ゚ ー゚ノl「……ちきしょう」
吐く息に混じって、自覚なしに嘆きの台詞が漏れ出る。
ただ、まだチャンスはあると思う。
多分きっとある筈なのだ。
- 20: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:10:39.50 ID:PUvIHl0T0
- 何とか足をコンクリートの沼から引き抜いて、よろめきながらも男の顔を見ようとする。
……頭まで痛んできた。ぐらぐらと不安定に揺れ動く。
('A`)「もうお終いだな。お前が俺に勝てる見込みはたった今零になった」
逆に、相手がこちらに目を向けてきた。
男が着用しているのは、夜のような漆黒を湛えた紳士服。
表情も暗い。
葬式帰りだと言われたら納得してしまうだろう。
ネクタイはしていないが。
从リ゚ ー゚ノl「零? ……ふざけるな、まだ俺は生きているし、負ける気もないぞ」
('A`)「確かにな、お前が負ける事はないだろうよ」
从リ゚ ー゚ノl「何?」
('A`)「だが、勝つ事もねぇ」
――――話の辻褄が合わない。
コイツの弁は矛盾で溢れている。
- 21: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:13:42.31 ID:PUvIHl0T0
- ('A`)「まだ俺の真意に気付かないのか?」
吐き捨てるように訊いてきた。
……ひどく冷ややかな声だった。
('A`)「もう勝負は終わっているんだよ、予定の時間を過ぎた時点でな」
从リ゚ ー゚ノl「どういうこ――――?」
――――そこまで言いかけて、何故か俺は立っていられなくなってしまった。
从リ;゚ ー゚ノl「……うぅ……」
頭がくらくらする。
どうしてだ、傷そのものよりも痛み出してきたぞ。
思考が回らなくなってきた。
呼吸だって――――物凄く苦しい。吸っても吸っても全然足りない。
('A`)「俺が何を元にして壁やら弾やらを作っていたと思うんだよ」
見下すような視線を浴びせてくる。
いい加減分かれ、とでも言いたいのか。
- 24: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:16:36.55 ID:PUvIHl0T0
- ('A`)「俺の力を思い出せ。そして考えろ」
ああ――――そういう理屈か。
そう言えばそうだったな、最初からヒントなんて見せつけられていたんだった。
从リ゚ ー゚ノl「空気か……」
見えないけど、それは間違いなく視えていた。
障壁。そして弾丸。
原料が空気なのだから、男がそれらを製造する分だけ、酸素濃度が減っている筈。
道理で苦しいと思ったよ。
ただでさえ血液を失っているんだから尚更だ。
从リ゚ ー゚ノl「……でもさ、おかしくないか。だとしたら何でお前は平気なんだよ」
一つ、疑問が浮かんだ。
条件は俺と同じなのに、男は全く息を切らしていない。
('A`)「そんなもん、簡単に説明をつけられるぜ」
言って、ポケットから何かを取り出す仕草をする。
- 25: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:19:48.42 ID:PUvIHl0T0
- ('A`)「俺さぁ、さっき三発同時に弾を撃ったよな。
でも、罠を仕掛けて逃げ回っている間は一発ずつしか発射しなかった。
その気になれば何発でも一遍に撃てるのに……どうしてやらなかったと思うよ?」
知るかよ、んなもん。
('A`)「弾数を節約する必要があったからだ」
俺が答える前に男は続きを述べ始めた。
手には何も持っていないように見える。けれど、カラカラと小さな音を立てている。
それが何なのか分かった――――例の空気で出来た弾丸だ。
从リ゚ ー゚ノl「節約とか、意味分かんないよ。
本気で俺を殺しにかかるなら、どんどん撃ち込むべきじゃないか」
('A`)「バカ野郎、人の話を最後まで聞け。
俺はな、どうしても節約しなけりゃならなかったんだよ。
何せ、こいつが俺の生命線だからよ、あんまり連発は出来ないわな」
从リ゚ ー゚ノl「!?」
- 27: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:22:25.15 ID:PUvIHl0T0
- 俺は我が目を疑った。
――――男が弾丸の一つを口に放り込んだのだ。
もちろん視認は出来ないが、その大袈裟なパントマイムめいた所作で分かる。
一瞬、気でも狂ったのかと思ってしまった。
おい、待てよ。
一体どういうつもりなんだ。
从リ゚ ー゚ノl「お前、それ……」
('A`)「おいおい、何呆気に取られてんだよ。
まだ分かんねぇのか? これは『空気』で出来てんだぞ?」
从リ゚ ー゚ノl「だから、ちゃんと説明しろよ! 訳分かんないよ!」
口調を荒げる。こうして声を上げるだけでも、猛烈に息が苦しくなる。
しかし、男は臆する風もない。
瞳がその事を切実に物語っている。
- 29: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:25:16.26 ID:PUvIHl0T0
- 男の言いたい事。
――――気分が鎮まってから、俺は理解した。
从リ゚ ー゚ノl「クソッ……今分かったよ」
原料は空気。
繰り返すように俺はその事を確かめる。
そして、この工場内はその代償として空気が薄くなっている。
それは偶然だろうか。
いや、違う。全て相手の計算通りに違いない。
何故なら、奴はここに充満している気体の状態を自分の思うままに操れるのだ。
それを利用しないワケがない。
無論、自分だけが助かる手段が絶対に必須となる。
つまり、だ。
('A`)「口の中で再び気体に戻せば、酸素の補給は出来るだろ?
まっ、お前には出来ない事だけどな」
俺は既に嵌められていたのだ。
- 32: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:28:09.57 ID:PUvIHl0T0
- 罠は一つでも、二つでもなかった。
最大にして最高の罠は、明らかに俺の目に映っていた。
『酸欠への誘導』。
それこそが男の一番の狙いだったのか――――。
――――けど気付けなかった。今更後悔しても、もう遅い。
从リ゚ ー゚ノl「ぜェ……チッ……」
ダメだ、落ち着こうにも息が荒いでしまう。
弾丸の傷も勿論痛い。
だが今自分が置かれている状況は、それ以上に苦痛だ。
('A`)「全く、不幸中の幸いだったぜ。工場の解体が進められていなかったのはな。
どこかに隙間でもありゃあ効果が薄らいじまう。
だけどよ、天井も壁もそのまんまでいやがったから、密室空間で戦う事が出来た。
びっくりだぜ、『まさに俺の独壇場じゃねぇか!』って思ったさ、そりゃ。
本当についてたよ。まあ、お前にとっては不運だったろうけど」
……ちくしょう、この上なく憎たらしいや。
初めて、本気で人を殺してやりたいと思ったよ。
- 33: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:31:46.69 ID:PUvIHl0T0
('A`)「――――それじゃ、この辺でおさらばさせてもらうか」
从リ゚ ー゚ノl「……ちょっと待て。なぁ、俺にとどめを刺さないのか?」
('A`)「そんな事、俺はハナから考えていないぞ。
渋澤の罪を断定できた。連続殺人犯の正体も掴めた。
それで目的達成だっつーの。
後は警察にお任せするさ。元より、無理に解決しろとまでは言われていないんでね」
从リ゚ ー゚ノl「ふざけ――――!?」
――――クソッ!
男に詰め寄ろうにも、酸素が不足しているせいでマトモに歩く事さえ厳しい。
('A`)「……それだけ息が上がっているんじゃ、俺を追ってはこれないだろう」
从リ;゚ ー゚ノl「クッ!」
('A`)「俺が考えていたのは、どうやって隙を作ってここから逃げるか。
それと、如何に安全に逃げるか。この二点だけだ」
- 35: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:35:16.12 ID:PUvIHl0T0
- 男は振り向いて、出口とは反対方向に向かって歩き出した。
('A`)「じゃあな、シンガン。二度と会いたくないぜ」
右手を壁に付ける。
――――すると、鉄筋コンクリートで出来ているであろう壁が瞬時に蒸発した。
アンタ、流石だよ。
逃走経路の確保まで、全部考案していたって事かい。
从リ゚ ー゚ノl「待ちやがれ! まだ終わってねぇぞ!」
('A`)「誰が待つかよ。言っただろ、お前は俺に勝てもしないし、負けもしないんだよ。
俺が勝負を捨てて逃げるんだから」
そう言い残して、ぽっかり開いた穴の向こう側へと男は行ってしまった。
全身黒で固めた人影が、更に暗い闇の中へと紛れていく。
たった数歩進んだだけで男の姿は見えなくなった。
俺は、その「たった数歩」さえ埋められなかったというのに。
- 37: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:38:15.90 ID:PUvIHl0T0
从リ゚ ー゚ノl「…………」
残された俺は、一人、灰色の天を仰ぎ見ていた。
あの男は「勝ちでも負けでもない」と言っていたが、
どう考えても、俺の敗北だろう。
从リ゚ ー゚ノl「……あーあ」
オッサンももうお終いだな、可哀想に。
また明日の食料どころかその日その日の食料を心配しなければならない日々が来るのか。
地獄に逆戻りだ。
……その前に、自分の行く末も案じなくちゃいけないけど。
――――まあでも、きっと大丈夫だ。
顔や名前を覚えられたからと言って、どうって事ない。
遭遇しなければいいだけの話だ。
何とかなるだろう。
……呆れる。あまりにも漠然とした考え方だ。
「ポジティブ過ぎるかも知れないな」と、心の中で密かに自らを嘲笑った。
- 40: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/06(火) 00:41:55.35 ID:PUvIHl0T0
- それより、今すぐにやらなければならない事がある。
从リ゚ ー゚ノl「ハァ……早くここから立ち去らないとな。息苦しいったらありゃしないよ」
息も絶え絶えになりながらも、何とか歩行しようとする。
だが、「歩行らしき動き」にしかならない
――――それでも構わない。少しずつでいいから前進しよう。
从リ゚ ー゚ノl「――――ん?」
一歩一歩がやたらと重いので、
不思議に思い足元を見てみると、靴に付着したコンクリートが固まってしまっていた。
皮膚にも幾らかコンクリートの被害が及んでいる。
……道理で重過ぎると思ったよ。それに歩き辛い。最悪だ。
おまけに、靴まで完全に台無しになってしまったじゃないか。
折角修理したばかりだというのに。
今度は手元を見た。
全く血に染まっていない鉈の刀身に、俺の顔がくっきりと映り込んだ。
つい、笑ってしまった。
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