( ^ω^)は霊探偵になったようです

2: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:23:42.39 ID:1VAxb7yk0
  三章   「Iとアイの狭間で」








最後の記憶は闇の奥。

寒い寒い暗がりの中、私は宙を眺めていた。
視界は霞に覆われて、視えているのはかつての名残。
それはまるで夢現のようで、なのに身体は焼けつきそうだった。

帰り道は消えている。
先行く道も絶たれている。


――――それは、ほんとうにかなしかった。


僅かに開いた小窓から、無遠慮に吹き入ってくる風。
春を迎える事もなく。
遠くにささめゆきを見る。



4: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:25:50.85 ID:1VAxb7yk0




思うに、私は認めてしまうべきなのだ。

あの人を学びの師として慕っているという訳ではなく、
恋慕の情を抱いていると言う事実を、素直に受け止めるべきなのだ。

そうした沸々と湧き上がってくる感情を抑えるのは、
まだまだ未熟な私には結構な苦行だという事を理解してしまったのも、
全てはあの人のせいなのだ。


……とまあ、小難しく考えてみたけれども。
余計に話が複雑になっているような気がしないでもない。

ええい、どうせ心の声は誰にも聞こえないんだ。
思い切って断言してしまえ。


要するに、その、あれだ。私は先生の事が好きだってコトです。



8: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:28:34.50 ID:1VAxb7yk0
( ^Д^)「……何だぁ、今日は長谷川は休みか」


と言っても、相手は今教壇に立って出欠確認をしている担任教師の事ではない。
彼、藤谷プギャー先生は親しみやすくていい先生だとは思うけど。
実際に、藤谷先生は男子には人気がある。
それも納得。先生の時折冗談を交える話法は私も嫌いじゃない。

( ^Д^)「おいおい、ただでさえ男子の人数は少ないのによぉ。
     これじゃますます二組は女子の天下になっちまうな。
     男子も頑張れよ、お前らの方が虚弱体質ってどこのアマゾネスだよ」

前列の男子生徒がニヤニヤと笑っているのが見えた。
前言撤回。それほど面白いかな、この話って。


朝のホームルームは退屈で、何の代り映えもしない一日を予感させる。
そんな平凡な時間を憂いながら、私こと椎名しぃは窓の向こう側を眺めていた。

( ^Д^)「とにかくだ、もう十二月なんだぞ。
     受験を控えたお前たち三年生にとっちゃ、一番大事な時期なんだからな。
     テストも近いんだからぁ、体には十分に気を付けておけよ」

最後にそう警告して、藤谷先生はホームルームを締め括った。



9: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:31:11.99 ID:1VAxb7yk0
冬の空はガラス越しでも分かるほどに冷やかだ。
灰色がかった空模様は朝なのに暗くって、見ているだけで気分が重くなる。

掛けられた時計を見ると、現在九時三分前。
クラスメイトは皆揃って着席していた。
それもそのはずで、既に数学の先生が黒板にチョークで何やら書き始めていたからだ。

少しでも隙間があると寒風がひゅうひゅう音を立てて入り込んでくるので、
窓はぴっちり閉め切られており、教室内の空気は淀んでいる。

私は一時限目の授業に備えて、そそくさと鞄から教科書を取り出した。
冷えた指先が紙と擦れて、少し痛かった。


「えー、今日はセンター対策に過去問を幾つか解いて貰います。
 いいですかー、この期に及んでマークミスをしたりだとかはやめてくださいねー」


配られた問題は、以前自主的に取り組んだ事のあるものだったので、
特に支障なく全ての欄を埋められた。
自然余ってしまった時間を、私はやはり景色をぼうっと眺めて過ごしていた。



11: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:33:50.60 ID:1VAxb7yk0
二時限目も同じように過去問の演習だった。

私にはそれがひどく閑暇な一時に思えて、
適当に回答を済ませると、違う教科の自習をしていた。

過去を振り返るよりは、新しい事柄を学んだ方がずっといい。
そんな風に考えてしまう。
これが私の性分なんだから、仕方ないじゃないか。


……まあ、基礎を固めるのに復習が大事なのは認める。
ただそれよりも、今与えられた時間を有効活用する事の方が自分にとっては肝要だ。

うん、きっとそう。

一度起きた出来事は、再びは起こらない。
――――かつて抱いていた感情が、もう二度と湧いてこないのと同じように。


そして三時限目。
授業科目は化学。
始業チャイムが鳴り響くのとほぼ同時に、その人はやって来た。



13: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:36:09.50 ID:1VAxb7yk0
ミ,,゚Д゚彡「ん? 席空いてるな、そこ誰かな?
      ……長谷川? そうか長谷川か。分かった分かった」


化学の担当である惣田フサ先生。

――――まさにこのヒトこそが、私が好意を寄せている相手。


ミ,,゚Д゚彡「そう言えば、さっきのクラスにも欠席者がいたなぁ。
      風邪が流行ってるみたいだからみんなも気を付けてくれよ。
      特に寮生じゃない者!
      親にばかり任せてないで、自分で体調を管理できるようにしておくんだぞ」


私がフサ先生に対してそんな感情を抱くようになったのは、
果たしていつ頃からだっただろうか。

覚えている限りじゃ、間違いなく今年に入ってからだ。
先生は去年も私がいたクラスの化学を受け持っていたのに、
当時の私は、全くそんな気にはなっていなかった。



14: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:39:37.10 ID:1VAxb7yk0
もっと言えば――――そう、恐らくはつい最近なのだ。
自分は先生が好きなんだと気付いたのは。

それこそ先月か、または先々月ごろか。
色づいた葉が散り始める季節。
この気持ちを抑える事が苦しいと思うようになったのは、多分その辺りの時期なんだろう。


……さて、肝心の授業はというと、予想通り前二時間と同様にプリント学習だった。
けれど私は、これまでになく真剣に答案用紙に向き合っていた。

――――フサ先生に、少しでも気に入られたい。

その一心だった。

うう、どうしてこう、椎名しぃというヤツは賢しい人間なんだろう。
下心が見え見えで、自分でも厭になる。
照れ隠しからか、鉛筆を握る手にもついつい力がこもってしまう。

ただ、そんな素振りは見せてはならない。
もし先生に私の見栄っぱりな作戦が悟られてしまったら、恥ずかしい事この上ない。



15: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:42:02.30 ID:1VAxb7yk0
ミ,,゚Д゚彡「よーし、解答やめ。
      後ろから集めてきてくれー。見られたくない人は裏向けておいてもいいから」

五十分という時間はあっという間に過ぎてしまった。
本番では解答時間は六十分あるんだから、ちょっとはおまけしてほしいなぁ、
なんて考える暇もなく、マークシートはあっさり最後列の生徒に回収されていった。

ミ,,゚Д゚彡「それじゃあ、今日はここまで。礼は省略。
      飛びっきり難しいテストを用意しておくからな。ちゃんと勉強するんだぞ」

退室していくフサ先生の背中を見送ってから、
私は人知れず、ふぅ、と小さく息を吐いた。


一体、なぜ私はこの人のコトが好きになってしまったんだろう。

歳はだいぶ離れているけれど、
先生は優しいし、気さくだし、少々無精髭を生やした風貌だって悪くない。
好きになる要素は幾らでも揃っている。

……でも、私が彼に惹かれている原因は、そのどれでもないような気がする。
じゃあそれは何かと訊かれると、うん、まあ、答えられないんだけども。



18: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:44:57.22 ID:1VAxb7yk0
とにかく、一切分からないのだ、私は。
何があって、ソレをどう思ったから惹かれただとか、そういった事は行方不明。
第一だ、人を好きになるのに理由なんていらないだろう。
好きだから好き。それでいいじゃないか。

そうやって私は自分の中でだけ結論を下し、また外を望もうととすると、
にやにやと不敵な笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってくる少女の姿が目に入った。


从 ゚∀从「やっほー。いやぁ、しぃさん、相変わらず化学の時だけは真面目だねぇ」

(;゚ー゚)「なっ……」


――――なんてこと!
ある程度覚悟はしていたが、彼女はどうやら気付いていたらしい。
顔からぽっと火が出そうになる。


(*゚ー゚)「……もしかして、前々から知ってたの?」

从 ゚∀从「あったりまえじゃん。アタシの目はごまかせないよ」



19: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:47:07.75 ID:1VAxb7yk0
彼女は――――高岡ハインリッヒは、私の特に親しい友人だ。

背中の中間辺りで切り揃えられた色素の薄い髪に、どこか中世的な顔立ち。
これで性格が女性らしければ、きっともてていたに違いない。
……残念ながら、そうではないのだが。


(*゚ー゚)「気付いてたんなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに……」

从 ゚∀从「いやー、ごめんごめん。何かさ、言いにくいじゃん、そういうのって」

臆面もなくハインは笑ってみせる。

(*゚ー゚)「……もう」

从 ゚∀从「でもさ、なんで突然相手がフサ先生に変わったんだ?
      しぃが好きだったのってギコじゃなかったの?」

指摘されて、私は少しどきりとした。
確かに、私がこれまで心寄せていたのは、
一年生の時からのクラスメイトであるギコくんだ。



20: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:49:36.81 ID:1VAxb7yk0
ギコくんを好きになるまでの経緯は、はっきりと覚えている。

何せ、この学校は男子生徒の数が圧倒的に少ない。
ひとクラスに五、六人いるかどうかだ。

その少数の中でも群を抜いてルックスの良かったギコくんが、
大勢である女子から人気が出るのは当然だ。
そして、私もその内の一人だった。理由は実に単純明快なのだ。


かつて。
この学校は学園の名を拝する完全な女子高だった。
しかも男子禁制の全寮制で、女子特有の甘ったるい空気しか流れていなかったと聞く。

それが現在のような共学制に変わったのは、今から数年前。
私がここに入学する少し前の事だ。

とは言え旧制度の影響は色濃く残っていて、
現状、ここを優先して進学してくる男子生徒は殆どいない。


そんなワケで、この学校は男女の比率が著しく狂っているのである。



23: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:51:41.70 ID:1VAxb7yk0
その事で思い出したが、ハインは元々ここに入りたくなかったらしい。
聞けば、彼女は普通の高校に行きたかったらしいが、
お姉さんがここのOGであるために、また良い学校だと親に告げてしまったがために、
家族一同で強烈に勧められて渋々行かざるを得なくなったそうだ。


从 ゚∀从「どうなの? そのへん」

そのハインが、先程の返答を急かしてくる。

(*゚ー゚)「うーん、分からないな」

从 ゚∀从「またまたぁ、そうやってはぐらかして」

(*゚ー゚)「違う、はぐらかしてるんじゃないよ。
    本当に分からないんだから仕方ないじゃない。
    ……ただ、いつの間にかフサ先生に心惹かれていたってだけで」

それは全くの本心だった。

好きになった瞬間、理由。そうした事を忘却してしまっている。
いや、もしかしたら、初めからそんなモノは存在していなかったのかも知れない。



24: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:53:58.24 ID:1VAxb7yk0
从 ゚∀从「ふぅん、そっか……うん、本人が言うんだからそうなんだろうな」

納得するようにうんうん頷きながら、ハインは独り言みたいに呟いている。
瞼を閉じ、ヘンに神妙な顔を作って。

彼女の性格はきっぱりとし過ぎている。
それが彼女のいい所でもあり、悪いところでもあるのだけれど、
私はそんなハインの性質が大好きだ。

そんな高岡ハインリッヒを形容するには、
綺麗だなんて修辞句を並べるよりも、格好いいと言った方がいいように思う。
彼女の鋭利な容貌には、女の私でも惚れぼれしてしまう。

……そうだな。もしもこの学校がまだ男子禁制の学園であり続けたなら、
きっとハインは女生徒から好かれていただろう。
だって、自分がそう思えたのだから。


从 ゚∀从「じゃあ詮索はやめるよ。
      その代わり、何か進展があったら報告してくれよ。
      生徒と教師の禁断の愛……うはっ、ゾクゾクしてきたwwwww」



26: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:57:16.33 ID:1VAxb7yk0
(*゚ー゚)「もうっ、あまり茶化さないでよ!」

从 ゚∀从「あー、ごめんごめん。悪かったって。そんなムキになるなってば。
      ――――おっと、もうチャイム鳴りそうだな。
      それじゃ、昼休み先に食堂で待ってるから。じゃっ!」

ハインは右手をかざしながら、さっと自分の席に帰っていった。

時計の針はどちらも十二の数字を指している。
入口に目を遣ると、次の教科を受け持つ先生が教室の扉をくぐる様子が見えた。
脇には分厚い紙の束が抱えられている。


「はい、それじゃあ、委員長号令かけて」


……あーあ、この時間もまたおんなじ内容だな、これは。

いい加減、飽きあきしてくる。
そりゃあ、志望校に合格するためにはやらなくちゃいけないんだけどさ。



28: ◆zS3MCsRvy2 :2007/12/20(木) 23:58:59.88 ID:1VAxb7yk0
片手で頬杖をついて、問題用紙をぼんやり見つめる。

国語というのは私にとって一番の難敵だ。
この場面における主人公の心情だとか、その選択を決断した時の行動理念だとか、
自分の場合でさえ分からないのに、物語の中にいる人物の事なんか分かる筈がない。

それでも頑張って正解を考えなければならないんだけど、
もやがかかったみたいに漫然とした思考より、他のコトが頭に浮かんできてしまう。


――――本当に、どうして。

私は、惣田フサという人間を好きになってしまったのだろう。


その答えを探すだけで、また、胸がちくりと痛み出した。

考えても、考えた分だけ見失ってしまう。
この質問はきっと永遠に解く事は出来ないだろう。
少なくとも、今の不安定な私では。



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