( ^ω^)は霊探偵になったようです

2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/15(木) 20:45:25.19 ID:hVgeHNNK0
  幕間   「イリュージョニスト」




凍りついたように冷たいアスファルトの上。
彼女は痩せ細った腕で両膝を抱え、一つだけ小さな咳をした。

その日は朝から延々と雨が降り続いていた。

彼女の頭上には廂が突き出ており、雨宿りをするのに都合が良かった。
体が濡れれば、猶の事冷える。
だから彼女はこの場所にじっと座り込んでいた。

――――雨は、未成熟な少女にとって苦痛でしかない。

既に自らの意志で動かせなくなった体をがたがたと震わせる。
それは、寒さのせいだけではない。
徐々に限界が近づいてきているのだ。
心身ともに弱った少女は、ただひたすらに甚雨が通り過ぎるのを待ち続けていた。
灰色の路地を眺めながら。



3: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:47:33.30 ID:hVgeHNNK0
「ん……」

消え入りそうな声が、僅かに開かれた唇の隙間から漏れる。
唇は青ばんでいた。
見るからに悲痛な色合いをしていた。


水の粒が地面に弾けて踊る。
ともすれば、美麗とさえ形容したくなるような飛沫の饗宴。
その光景でさえも、衰弱し切った少女の眼には寂しげに映り込んでくる。

雨はいずれ止む。
だが、彼女にはそうは思えなかった。

いつまでも続きそうな降雨。
現実には、そんな気象など有り得ない。
全てのものには終末がある。そして雨もまた例外ではないのだから。

それでも彼女は信じられなかった。

雨が降る最中に息絶えれば、彼女の中で雨の記憶は永遠に存在し続ける。
この長い雨が収まるより先に、自分の命が尽きてしまうのではないか――――。
そんな事を考えていた。



5: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:50:02.66 ID:hVgeHNNK0

「――――けほっ、ゴほっ!」


先程よりも大きな、乾いた咳をする。
咳の中に、血のようなモノが混じっている事を彼女は認識した。

それが最後の感覚だった。

最早、指先には何も伝わらない。
何かに触れても、触れていると脳が知覚する事が出来なくなっている。
少女のしなやかな指は今や温もりの無いただの棒と化していた。

「ああ――――」

私も、と小さく呟いて、もう一度彼女は咳をした。
今度は、澄んだ血を手の平に零して。
その鮮やかに赤い液体を見た時――――彼女は例えようも無い恐怖を覚えた。


一人、雨の中。

誰にも伝えられない孤独を抱えて、彼女は静かに瞳を閉じた。



6: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:53:22.02 ID:hVgeHNNK0




「――――なぁ、知ってるか?」

「んあ? 知らね」

「おまwwwwww内容話す前から否定してんじゃねーよwwwwwwww」

「うっせーな。一々知ってるかどうか聞くって事は、俺には知りようのない話なんだろ」

「おーおー、鋭い洞察してんじゃん。まあその通りなんだけどさ」

「何だぁ、どうせまた下らねぇ話だろう」

「いいじゃんいいじゃん。ちょっとぐらいお喋りしようぜー。
 どうせ時間だけは無駄にたっぷりあるんだから」

「面倒くせぇ」

「まあ聞けよ。実はさ、最近ここ一帯で『ヤク』が出回ってるみたいなんだ」



7: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:55:26.58 ID:hVgeHNNK0
「そっ、『ヤク』。何でも売人がうろついてるらしいぜ」

「物騒な話だな、そりゃ」

「そんでよ、こっからが面白いんだけど……、
 何とその売人、誰にもそのヤクを売らないそうな。
 ただ辺りをうろうろと歩き回ってるだけ。誰も取引の瞬間を目撃してねぇんだ」

「……はぁ?
 それじゃなんだ、そいつは一体何を目的にしてやがんだ?」

「そこまでは分かんねーよ。人伝に聞いた話なんだから」

「チッ、つまんねぇな。
 ……つか、だったらどうやってそいつがヤクの売人って判ったんだよ」

「だろ? 不思議だろ? 俺もそう思ったんだよ。
 ――――何でも、本人に直接質問した男がいるらしい。
 『アンタ、ここへ何をしに来てるんだ?』ってな」



8: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:57:21.97 ID:hVgeHNNK0
「マジか、おい。それで何て返ってきたんだ?」

「うはwwwww結局興味持ってきてんじゃんwwwwwwwww」

「うぜえwwwwww早く言えwwwwwwwww」

「おkwwwwwwwwwwwww
 ……結論だけ先に言うとだな、答えの代わりに変な粉を渡されたそうだ」

「変な粉っつーと……やっぱアレか、麻薬か」

「いや、そいつもはっきりとは分かっちゃいねぇ。
 貰った奴、一口だけ舐めたところで怖くなって捨てちまったらしいんだ。
 だからそれが果たしてヤクなのかどうか……今となっちゃ謎のまま。
 迷宮入りって奴だな」

「でもよぉ、そういうヤバげな粉っていったら普通麻薬だろ」

「そうだろ、そう思うだろ。
 けどな、その粉を舐めた野郎は全く中毒を起こしてないんだ。
 ……おかしくね?」



9: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 20:59:41.35 ID:hVgeHNNK0
「おかしいな」

「だろ? まあ、もしかしたら摂取量が少な過ぎたせいかも知れねぇけど」

「……しっかし、お前ってホントそういう妙な話好きだよな。
 都市伝説とか信じてたクチだろ」

「あっ、分かる? 何なら色々と語ってやろうか?」

「いいよ。正直どーでもいい」

「おいwwwwwちょっとは興味示せよwwwwwwww」

「だって、お前の趣味なんか知ってもどうしようもないし」

「へへへ……っと、そう言や、今何時なんだ?」

「ん? 二時前だけど」



11: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 21:01:30.14 ID:hVgeHNNK0
「何だよ、まだそんな時間かよ。
 夕方まで暇だな……ちょっとナンパにでも行ってくる」

「ナンパぁ? どうせまたシカトされんのがオチだろ。
 大体お前みたいな奴にホイホイついていく女なんかいねーよ」

「うるせぇ、そんな事は自分でも承知してるっての。
 身なりを見りゃ相手も分かるだろ、俺がどういう人間かぐらい。
 だからさ、俺と同じ境遇の女の子に声掛けてくるんだよ」

「……つー事は、ストリートの女を狙うってか?」

「おう、そうだぜ」

「あのよぉ、この辺のストリートにいる女つったら小便臭いガキしかいねぇじゃんか。
 そんなの誘ってどうすんだよ」

「バカ野郎、ここでナンパするんじゃねーよ。隣町まで出掛けるんだ。
 あの辺りのストリートならそれなりの女もいるからな」

「へぇ」



13: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 21:05:20.86 ID:hVgeHNNK0
「やっぱさー、女ってのはこう、出るとこ出てないと。
 ガキんちょはダメだね。全然魅力ねぇ」

「ほー」

「お前はロリコンだからそっちの方がいいかも知れねぇけどなwwwwwww」

「てめえwwwwww撲殺すっぞwwwwwwwwwww」

「ゴメスwwwwwwwwww」

「……んで、そんな金はあるのか?」

「心配しないでも電車賃ぐらい余裕で持ってるって。
 お前と違って職あるからな。お茶代とか、ホテル代もバッチリだ」

「すげぇ、これが所謂『獲らぬ狸の皮算用』ってヤツか」

「まあ言ってな、帰ってきたら戦果を報告してやるからよ」

「期待せずに待ってるぜ」



15: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 21:07:02.43 ID:hVgeHNNK0
「へいへい。んじゃ、早速行ってくるわ」

「おう」

「……あー、ところでだ」

「なんだよ」

「あのさぁ――――何か寒くね?」



16: ◆zS3MCsRvy2 :2007/11/15(木) 21:08:51.64 ID:hVgeHNNK0




月が消えた夜。

一人の男が立ち尽くしていた。





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