( ^ω^)君に空を贈るようです

1: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:35:52.80 ID:b4T/x6gf0

プロローグ


初めて空を飛んだときのことを、君は覚えているだろうか?

重力に縛られていた身体が宙に浮き、
これまで感じたことのない速度で風を切り、
地上から解き放たれた肉体が世界に踊る。

どこまでも高く。
打ち上げ花火のように天永を目指し。

どこまでも自由に。
鳥のごとく軽やかに中空をひるがえる。

最高到達点に達したそのとき、
悲鳴を上げるエンジンにつかの間の休息を与えれば、
音のない世界で、一瞬だけ。

ほんの一瞬だけだったけれど、
身体は音も重さも何もかもを忘れて、

僕たちはただ、空に溶けた。



4: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:38:32.71 ID:b4T/x6gf0

その一瞬。

太陽に伸ばした右手は何もつかむことはなかったけれど、
人生最高の瞬間を前に潤んだ僕の瞳が捉えたのは、

まっすぐな日の光の中、
幾重にも連なった、光の輪。

天使の輪のようにも感じられたそれは、
幼い僕たちの初飛行を祝福するかのごとく、ただひたすらに天から降り注いだ。

バックミラー越しに垣間見た君の瞳も僕と同じように潤んでいて、
僕と同じように、届くことのなかった太陽へと縛り付けられていた。

そして世界は、あるべき場所へと僕たちを引き戻していく。

よみがえった重力。
遠ざかっていく太陽。

どこまでも堕ちていく。

どこまでも。
どこまでも。

僕たちは鳥でも天使でもない。

ただの人間にすぎなかった。



6: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:39:55.87 ID:b4T/x6gf0

青の中。

島から島へ流れ落ちてゆく水の脇を、
そこに彩られた虹の谷間をすり抜けて。

浮かぶ豆粒のような緑の島々へと、
果てなく続く白い雲の海へと。

僕たちは堕ちていく。

上空へ流れ去る風景。
揺り起こしたエンジンで再び空へ。

舞い上がった僕がつぶやいた言葉は、



「世界は広く、こんなにも美しい」



8: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:41:13.80 ID:b4T/x6gf0

空を舞う赤と蒼より色鮮やかで、
空を駆ける豹のまなざしより力強い。

空の要塞に倒れた猫の瞳より悲しく、
空の甲板で出迎えてくれた隻眼の輝きより眩しい。

空の舟をいたわるオカマより優しく、
空に道を描くスーツ姿のハイドより厳しい。

夢を追い続けた老人のしわより深く、
夢の叶え方を教えてくれたあの人の心より広い。

夢の彼方へ消えていった父の背中より大きく、
夢の向こう側で見た楽園の記憶より鮮明な、始まりの空。


僕たちの一生を決定付けた、あの一瞬。


それを、君は覚えているだろうか?



11: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:42:55.73 ID:b4T/x6gf0

いや、間違いない。
間違いなく、君は覚えているはずだ。

鈍い色をした機械の島の上に立ち、
銀色の月に照らされた君の唇は、僕に向かって確かにこう言った。


「あの時見たあの光景を、あたしは一生忘れない」


そう言ってニッコリと微笑んだ君の姿に、
僕は初めて女を感じた。

そして、そんな君を前に身体の芯から火照った自分に、
僕は初めて男を感じた。

君と僕は、幼馴染。
君と僕は、ナビとパイロット。

君と僕は、女と男。



16: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:44:24.22 ID:b4T/x6gf0

もう、五年前。

楽園を捨てて、
ここまで育ててくれた空の家族を捨てて、たどり着いた夜空。

どこまでも果てなく続く雲海。
銀色に縁取られた満月。

月明かりに照らされた僕たちの飛行機械。
そして、僕の後ろで眠っていた君。

手のひらをすり抜けていった、沢山のもの。
それでも残った、大切なもの。

それだけは守ると、
君だけは守ると、
僕は、空に誓った。

だから、もう少しだけ。

もう少しだけでいいから……



17: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:46:04.57 ID:b4T/x6gf0

                 *


( ‐ω‐)「……寝かせてくれお」

ξ゚听)ξ「ダメー。普通にダメー」


差し込む日差しが閉じたまぶたの裏側まで赤く染め上げる朝。
即座に返されたのは女の声。

凛としたその声が鼓膜を震わせると同時に、
男の身体は自らを包み込むタオルケットとともに、ベッドの上から転がり落ちた。
どうやら女に敷布団をひっくり返されたようである。

男が落ちた衝撃に、木製の床が壊れそうなほどにきしみ声を上げる。
それでもなお、男はタオルケットを頭からかぶり、意固地に眠り続けようとする。



21: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:47:54.24 ID:b4T/x6gf0


( ‐ω‐)「う〜ん……あと一時間だけ〜……ホントに〜……」

ξ#゚听)ξ「長いわ!!」


ひっぺ返されたタオルケット。
反動で男の身体はゴロゴロと床を転がり、まもなく壁面に衝突した。

それでもお構いなしに眠り続けようと床に伏す彼の後頭部に
『ぐわあああん!』と鈍い衝撃が走る。

そこでようやく目が覚めたらしい彼は、
後頭部を両手で抱え、悲鳴を上げながら床を転げまわる。


( ;ω;)「痛いお! フライパンで殴るのは反則だお!」

ξ゚听)ξ「あんたがいつまでたっても起きないからでしょうが。
    さっさと朝ごはん食べてよ。仕事に遅れるから」


芋虫のごとく床を這い回る男を一瞥すると、
女はフライパン片手に悠々と部屋から出て行った。



24: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:49:28.86 ID:b4T/x6gf0



(;^ω^)「……僕の朝はなんでいつもこんなに騒がしいんだお」


まだ痛むらしい後頭部をさすりながら、男はのそのそと部屋を出た。
それから薄暗い廊下を抜け、階段を下って台所へと足を運ぶ。

地下の一室に設けられた台所。
立ち上る香ばしい匂いに彼が顔を覗かせると、
間髪いれずにトーストが手裏剣のように回転しながら眼前に迫ってくる。

彼はそれを見事に口でくわえると、ものの数秒で平らげてみせた。

十点満点。朝に弱い彼が身につけた陸上での唯一の特技、『早食い』である。


ξ゚听)ξ「それ! もう一丁!!」

( ^ω^)「ワンワン!」


再びトーストを投げる女。それをくわえようと追いかける男。
そんな二人の姿は、さながらご主人様と豚である。



30: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:51:52.82 ID:b4T/x6gf0

投げられたトーストは洗面台の方へと飛んでいった。
男はそれをくわえて平らげると、洗面台で顔を洗って歯を磨いた。

 ΩΩ
(;^ω^)「……たんこぶが出来てるお」


鏡にて異様に膨れ上がった後頭部をチェックすると、
トイレに向かい、すっかり毛の生えそろったマンモスを解き放つ。

荒々しい勢いで用を足し終え、同じく地下に設けられた狭い作業場に入ると、
彼は慣れた手つきで壁にかけられた飛行服に袖を通した。

そんな彼の横では、銀色の飛行機械を前に、
ぶつくさと文句を言いながら何やらいじくっている先ほどの女の姿。


ξ;゚听)ξ「ったく、エンジンのかかりが悪いわね……。
     あれもダメ……これもダメ……それもダメか……」

( ^ω^)「エンジンの調子が悪いのかお?」

ξ;゚听)ξ「まあね。四年前に交換して以来ずっと使い続けてるんだし、
     仕方がないといえば仕方がないんだけど……ブーン、アレ持ってきて」

( ^ω^)「把握だお」



32: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:52:48.23 ID:b4T/x6gf0

ブーンと呼ばれた男は台所へと戻ると、
フライパンを片手に再び作業場へと戻ってきた。


( ^ω^)「ご所望の品でございますお」

ξ゚听)ξ「うむ。苦しゅうない。下がれ」


声より先に、そそくさと彼女から距離をとったブーン。
手渡されたフライパンを受け取ると、彼女はそれを大きく振りかぶって、


ξ#゚听)ξ「いい加減に目を覚ませ! このポンコツ!!」

ξ#゚听)ξ「おんどりゃ―――――――――――――!!」


飛行機械のエンジンに叩きつけた。



35: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:54:16.92 ID:b4T/x6gf0

鉄と鉄。フライパンとエンジンが互いを弾き合い、
その衝撃で地下室中に『ガ―――ン!』と轟音がこだまする。

同時に、大型動物の低い呼吸音にも似たエンジンの起動音が響き渡り、
それを前に、男女二人はニヤリと笑みを浮かべる。


( ^ω^)「おっおっお。ツンとフライパンのコンビは鬼と金棒みたいなもんだお」

ξ゚ー゚)ξ「あったりまえよ! オカマ譲りのあたしの整備技術、なめんじゃないわよ?」

( ^ω^)「……」


フライパンでエンジンを殴りつけることのどこが整備なのかは甚だ疑問ではあったが、
それを言うと今度は自分がフライパンの餌食になりそうだったので、
ブーンはつっこみを入れないでおいた。

それが功を奏したのか、ツンと呼ばれた女は小汚いツナギから飛行服へと手早く着替えると、
上機嫌のまま、鼓動を始めた飛行機械の後部座席へ颯爽と飛び乗った。

それに続き、ブーンも操縦席である前部座席へと軽やかに飛び乗る。



37: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:55:54.78 ID:b4T/x6gf0

( ^ω^)「燃料よし。油圧よし。回転数よし。
     フラップ、エレベーター及びエルロンの稼動を確認。
     その他すべてオールグリーンだお!」

ξ゚听)ξ「ギリギリでね。エンジンやらなんやら諸々、
     大部分は四年前にレストアしたっきりだから、機体のあちこちにガタがきちゃってるのよねぇ。
     せめて一ヵ月後に向けてエンジンだけは交換したいもんだけど、お金がねぇ……」

( ^ω^)「最近はランクBの仕事が多かったから、貯金はたんまりあるはずだお?」

ξ゚听)ξ「それがさっぱり。消耗部品の交換と、
     ……あとほら、燃料価格が下がったじゃない?
     だから備蓄用に大量に買い込んじゃったわけよ。
     かと思えば、水は値上がりしちゃうしで、残りの貯金もあとわずか……」

(;^ω^)「……マジっスか?」

ξ#゚听)ξ「マジっス。世の中ってね、
     貧乏人にはお金が貯まらない仕組みになってんのよ。
     大体ね、水の値上がりとか意味不明なのよ! 
     上層階級の豚どもが儲けたいがために値上げした違いないわ!
     あーあ! ムカつくわねっと!!」



38: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:57:04.07 ID:b4T/x6gf0

世の中に対する不満をぶつけるかのごとく、
ツンは手にしたスパナを作業室壁面に備え付けられたスイッチに向けて力任せに投げつけた。

見事ヒットしたそれにより、
ガラガラとやかましい音をたてながら天井のシャッターがゆるゆると開いていく。
その音に負けない大声で、ツンがブーンへとがなりたてた。


ξ゚听)ξ「全速力で組合に向かうわよ! エンジン代を稼がなきゃ!!」

( ^ω^)「急がなくても大丈夫だお。
     ランクB以上の仕事をこなせるのは僕たち以外にそうはいないお」

ξ#゚听)ξ「アホ! ロマネスクさんがいるじゃない!」

(;^ω^)「おお! ロマネスクのおっさんのこと、こってり忘れてたお! 急ぐお!!」


そうこうしている内に開ききったシャッター。

開け放たれた天井からは、
薄暗くカビ臭い地下の作業場を、しゃべりあう二人を、外の光がありありと照らしていた。



40: 78 ◆pSbwFYBhoY :2007/09/30(日) 22:57:48.66 ID:b4T/x6gf0

やがて、ふわりと宙に浮いた飛行機械。
目指すは天井の先。どこまでも青い空と白い雲の向こう側だ。


ξ゚听)ノ「それじゃ、お仕事にしゅっぱーつ!」

( ^ω^)ノ「ブ――ンだお!!」


ゴーグルをかけると同時に発せられた、勇ましい二人の掛け声。

銀色の飛行機械は垂直に飛び上がると、
開いた天井から青い大空へと飛び出していった。









〜( ^ω^)君に空を贈るようです〜



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