( ^ω^)君に空を贈るようです

6: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 15:54:34.16 ID:HePFKFWY0
 
第四話 てんとう虫のサンバ


朝が来ていた。
ツンとフライパンのがなり声も朝食の匂いも無しに目覚めるのは何年振りだろう。
使い古したベッドの上で、ブーンは寝ぼけ眼をこすりながら、まず思った。

寝足りずだるさが残る身体と、寝ている場合じゃないと叫ぶ頭の板挟みにあい、
タオルケットにくるまり続けること実に五分。
結局起きることにした彼は、自室を出て隣室の扉の前に立つ。

コンコン。

深呼吸して、ノックした。
二十歳の坂はとうに越えている。流石のブーンも、このくらいの配慮は身につけている。


( ^ω^)「ツン、朝だお」


返事がない。ただの屍のようだ。



11: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 15:56:05.26 ID:HePFKFWY0
 
それから更に五分間、小刻みにノックを繰り返した。
しかし返事が来ることはなく、しびれを切らした彼は殴られること覚悟でドアノブに手をかけた。


(;^ω^)「おっ?」


鍵は閉められていなかった。
すんなり回転したドアノブに意表を突かれつつ、恐る恐る中を覗く。


ξ゚听)ξ「……なんか用?」


寝間着姿のツンが、ベッドに腰掛け、うつむきながらボリボリと頭を掻いていた。


( ^ω^)「おう。起きてたんなら返事くらいよこせやとぐろ巻き」



16: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 15:58:02.99 ID:HePFKFWY0
 
しかし、そこは悲しいブーンの性。

もちろんそんなこと言えるはずもなく、
彼は鑑識眼のあるパーツ屋(例:毒男 ハインリッヒ)に媚びうる
零細卸問屋の主がごとく恐縮しながら同じことを繰り返す。

(;^ω^)「いえね、ついに朝が来たんですお。いやー、今日も実にさわやかな朝ですお。
     ところで、そろそろお仕事のお時間ですお。朝ごはんは私めがお作りしますので、
     ツンさんには願わくばご出勤のお準備をしていただきたいのですが……」

ξ゚听)ξ「……」

(;^ω^)「……」


うつむいていた顔がブーンへと向いた。寝起きのツンの釣り目はいつも以上に鋭い。
まして昨夜の出来事もある。ブーンの背中は噴き出した汗でぐっしょりと濡れた。決して股間ではない。
けれど、それも一時のことだった。


ξ゚听)ξ「……今日は休む」



18: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 15:59:54.16 ID:HePFKFWY0
 

( ^ω^)「……」


噴き出した汗は一気に乾き、代わりに湧いてきた怒りをなんとかこらえる。

確かに、今日くらいは仕事をしなくても大丈夫だ。
昨日ハインリッヒから購入したエンジンに載せ換えるため、暗黙の了解で今日の飛行は無しになっている。
先日の配達のおかげで、エンジン代を差し引いてもそれなりの額を貯金出来ている。
第一、二人の間の決定権は、ファイブAの受注といったよほどのことでない限り昔からツンにある。

いつものことだ。怒る理由はどこにもない。

けれど怒りが湧き出してしまったのは、ブーンがツンよりも早く目覚めたことから分かる通り、
今朝が日常から程遠い場所にあるせいだろう。


( ^ω^)「わかったお」


穏やかに呟いた。けれども、閉められた扉はバタンと大きな音をたてていた。



20: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:01:31.18 ID:HePFKFWY0
 
階段を降り、狭い台所へと入った。

ツンが作るサンドイッチを思い出しながら、パンと塩漬けの葉野菜を戸棚から取り出す。
ナイフを握り、天井から吊り下げられている干し肉の塊を、不器用な手つきで薄く切る。
うろ覚えの調味料をパンに挟んだ干し肉と葉野菜にふりかけ、皿にのせて食卓へ運んだ。

使い古しの椅子にどっかりと腰かければ、
控えめな装飾の施された角の丸い見慣れない小箱が彼の視界に飛び込んできた。


( ^ω^)「自分の部屋に持っていけお」


ようやく怒りのはけ口を見つけたブーンは、悪態を突きながら朝食を頬張った。


( ^ω^)「不味い。もう一杯」


向かいの席には、ツンの分のサンドイッチが寂しく置かれていた。



24: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:03:23.98 ID:HePFKFWY0
 
                        *


( ФωФ)「……もしそのときは、ツン殿、我輩と結婚してくださらんか?」


そう言ってロマネスクが差し出したのは、今朝の食卓に置いてあったあの小箱だった。
昨夜の台所から玄関へと顔を出し呆然と立ち尽くすだけだったブーンに気づくことなく、
自分の顔を見上げながら同じく呆然と立ち尽くすだけのツンへと、ロマネスクは小箱のふたを開けて見せた。


ξ;゚听)ξ「これって……」

( ФωФ)「指輪でごじゃる」

(;^ω^)「はい!?」


誰よりも驚いたのは他ならぬブーンで、たじろいだ彼の一言に当然二人は振り向いた。



25: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:04:02.98 ID:HePFKFWY0

ツンは、以前彼女が用を足している最中にノックすることなくドアを開けたブーンへの表情から
怒りを差し引いたような顔をしていた。鍵はちゃんとかけましょう。

一方でロマネスクは、夜目に鮮やかな金色のスーツに身を包んだまま、
一瞥をブーンにくれただけで、すぐにツンへと向き直った。


( ФωФ)「そういうわけでおじゃる。よい返事を期待しているで早漏」


身を翻したロマネスクは、玄関の扉に額を打ちつけつつ、帰っていった。



27: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:05:36.34 ID:HePFKFWY0
 
去っていくロマネスクの背中を眺めるだけだった二人の時間は、その後数十秒、完全に停止していた。
沈黙を破り、先に動き出したのはツンの時間だった。


ξ;゚听)ξ「こ、これってさ……プ、プロポー……ズ?」


彼女はブーンへ向き直ると、苦笑いを浮かべてちょこんと首を傾げた。


( ゚ω゚)「……」


ブーンの時間はまだ止まっていた。
ツンはしばらくブーンの反応を待ってはいたが、返事を得るのは無駄だと悟り、手の中の指輪へ視線を落とす。
そして突然顔を真っ赤に染め、彼女は爆発した。


ξ*゚听)ξ「どどどどどどど、どうしよい! どうしよい! 
       キャー! キャー! キョエ――――――――――!」


玄関前で不思議な踊りを踊った彼女は、猛スピードでブーンの脇を駆け抜けていった。
そこでようやく、彼の時間は動き出す。


( ゚ω゚)「わーお」



34: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:07:24.82 ID:HePFKFWY0
 

(;^ω^)「どどど、どうしたのかお!」


混乱する頭を抱え千鳥足で台所へ戻ったブーンが見たのは、
髪をぐっしょりと濡らし食卓に突っ伏したツンだった。慌てて彼女の傍へと駆け寄る。


ξ゚听)ξ「……夢じゃなかった」

(;^ω^)「お?」

ξ;゚听)ξ「夢じゃ……夢じゃなかった!」


呟いて顔を上げた彼女の顎先からは、水が滴っていた。
そして食卓には小箱と空のコップが置かれていた。

どうやら彼女はコップで水を被っただけらしい。
異常な量の汗だと勘違いしていたブーンは、ホッと胸をなでおろす。
するとツンは満面の笑みを浮かべ、挑発するように天然のにやけ顔を指差した。


ξ゚ー゚)ξ「へっへー! あたし、プロポーズされちゃった! どうするよ、ブーン!?」



36: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:08:55.21 ID:HePFKFWY0
 

( ^ω^)「……」


艶めかしく濡れた髪。アーチ状に歪む釣り目。
こんなツンの表情を見るのはいつ以来だろうと、ブーンは思った。

それは、雲海の底へ落ちた時のこと。
ブーンを追って落ちてきたツンを水面ギリギリのところで座席に引き上げたあの日。

止むことのない雨が降りそぼる二人だけの世界で、
「こっちよ! 少なくとも反対側じゃないわ!!」と方角を指し示した、あの時に見せた顔だ。


( ^ω^)「……」


思い出したとたん、冷静さが戻ってきた。同時に、正反対の激しい感情も湧いて出た。
ブーンだけが見た、ブーンだけに許されていたツンの表情が、今、自分以外の手によって浮かべられている。

燃えたぎる炎のような悔しさの中に冷めた自分を作り出してしまう厄介なそれが、嫉妬という感情だ。



38: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:10:19.60 ID:HePFKFWY0
 
しかし、ブーンも年齢で見れば十分に大人である。
そこらの同年代とは比べ物にならない経験も持っている。

だから、独占欲からくるこの嫉妬が恥ずかしいものだということくらい、当然ながら理解出来た。
こんな時どうすればいいのかも、彼は経験から導き出せた。

あの人たちならきっと、無表情ながらも柔らかい声で言うだろう。
怒ったような顔で肩を優しく叩くだろう。背骨が折れんばかりに抱きしめるだろう。
静かに口の端を釣り上げるだろう。豪快に笑って背中をバシバシ叩くだろう。耳をピンとそばだてるだろう。
「むっひょー! そんなことより尻じゃ尻!」と叫んで尻を触るだろう。
「右乳首と左乳首、二つ合わせて乳繰り合い!」と叫んで殴られるだろう。

そしてあの人なら、きっとこう言うだろう。


( ^ω^)「……おめでとうだお」


生来のにやけ顔に無精ひげの混じったブーンの笑みがモナーのそれと瓜二つだったことは、
見上げたツンだけにしかわからなかった。



40: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:12:21.82 ID:HePFKFWY0
 

ξ゚−゚)ξ「……もういいわ」


一瞬だけ目を見開いた彼女は、しかし、笑いを消して席を立った。
脇をすり抜け台所を出ていく彼女の濡れた後ろ髪を見ながら、ブーンが低く呟く。


( ^ω^)「ツン」

ξ゚听)ξ「なによ」

( ^ω^)「髪、拭いた方がいいお」

ξ#゚听)ξ「余計なお世話よ!」


彼女は振り返ることなく立ち止まり、肩を震わせ背中でそう吐き捨てた。

それでも張り付いている彼の笑みに、
「これが大人の対応なのだ」と言わんばかりの諦めが浮かんでいたことに、
背を向けた彼女が気付くはずなどなかった。



42: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:13:39.94 ID:HePFKFWY0
 
                          *

ハインリッヒからエンジンはまだ届いていない。
革新的に不味いサンドイッチを腹に詰め込み、あとはすることのなくなったブーンは、
いつの間にか飛行服に袖を通し、いつの間にか空へ飛び立っていた。


( ^ω^)「習慣ってのは恐ろしいもんだお」


時間を確認する。ラッシュの時間はとうに過ぎていた。
組合に行っても仕事は残っていないだろうと思いつつも、彼はいつの間にか組合の扉を開けていた。


(;^ω^)「習慣ってのは恐ろしいもんだお。いや、マジで」


自分の行動に冷や汗をかきながら受付の中年に声を掛ければ、
昔の二つ名とともにランクDの仕事を告げられた。

同じ国内の、別の島への配達。報酬もランクの割には高い方だ。
通常ならすぐに取られてしまう類の仕事。ラッシュ後に入ってきたのだなと、職業柄、無意識に考えた。



45: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:15:10.58 ID:HePFKFWY0
 
組合を出て飛行機械に乗り込み、座席の上で地図を広げる。
届け先はかなり上層の島、間違いなく富裕層の邸宅だろう。

経路はいつもツンが決める。配達の際に地図を目にするのは久しぶりだった。
慣れない手つきながらも、地図上では最短の経路を割り出したブーンは、エンジンをかけ空へ飛び立つ。


( ^ω^)「ツンなら別の経路を割り出したかもしれないお」


ツダンニ中心街上空を横切りながら、ブーンは思った。
彼女の方向感覚、地理感覚は常人の比ではない。地図上にない最短経路を割り出すことも珍しくない。

そして実際、彼女が取る経路はこの上なく最短なものだった。
ツンがいなければ、月にかかる燃料代は間違いなく二割は増えている。


( ^ω^)「だけど……」


今日は空になっている後部座席ではなく、真下に広がる町並みを見ながら呟いた。
子どもたちが彼を見上げ、千切れんばかりに手を振っている。



48: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:16:53.37 ID:HePFKFWY0

ピッチアップ。操縦桿を引き、機軸を地面に垂直に立てる。
上昇しながら360°ロール。

ピッチダウン。操縦桿を戻し、背面に入る。
180°ロール。背面から常体へ機体を戻す。

インメルマンターンと360°ロールの複合技。

ピッチアップ時ただでさえ失速するイメルマンターンに、
ただでさえ体勢が不安定になるロールを加えた高難易度のマニューバだ。

再び地上を見下ろす。小さくなった子どもたちが手を叩いて喜んでいるのが見えた。
思わず笑って手を振ってしまう。小さな満足が胸を満たす。


( ^ω^)「……ただ飛ぶだけなら、僕一人でも出来るんだお」



50: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:18:28.24 ID:HePFKFWY0

複座式飛行機械。

操縦に関する機器系統はすべて前部座席で操ることが出来る。
ただ単に飛ぶだけなら、パイロット一人いれば十分な造りになっている。

それがブーンには腹立たしかった。
仮に複座式飛行機械が一人で動かせない代物なら、昨夜、ブーンはこう言うことが出来たのだ。


――君がいなければ、僕は飛べない。


もちろん、ツンがいなければ最高の飛行は出来ない。そんなことくらい、彼にはわかりきったことだった。
けれど小さな満足を得るだけの飛行なら、こんな風にやってのけることは出来る。彼は飛ぶことが出来る。

それが何より腹立たしかった。空を理由にツンを引きとめることが、彼には許されていないのだから。



52: 78 ◆pSbwFYBhoY :2008/05/24(土) 16:19:31.35 ID:HePFKFWY0


(  ω )「なんでこんなものを作ったんだお。飛ぶだけなら単座で十分じゃないかお」

     
なぜ複座式が造られたかと言えば、遥か昔、世界が空に逃げる前の戦時中、
偵察の確実性向上や爆撃など高度な作戦を可能するためというのが理由だ。

そして図らずも、ブーンは複座式が存在していたおかげで、今ここで、こうして空を飛んでいる。


(  ω )「初めから単座だけだったら……。余計な夢……見させるんじゃないお……」


すでに滅びた世界の系譜に今の彼が組み込まれていることを知るには、年月はあまりに流れ過ぎていた。



第四話 おしまい



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