( ^ω^)ブーンが都市伝説に挑むようです

160 名前: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 [解説どうも] 投稿日: 2007/11/10(土) 21:10:32.81 ID:fmfm7D9O0
( ^ω^)「えーと……」

僕は契約書に書いてある電話番号を確認しながら、プッシュフォンのボタンを押していく。
明日、長岡さんの家に訪問する、その事前連絡というわけだ。

やがて、四、五回目のコール音の後、「もしもし」という夫人の声が聞こえた。

( ^ω^)「夜分申し訳ありませんお。内藤ですお」

「あ、探偵さん。ちょっと待ってくださいね、今主人に代わりますから」

受話器を置く音の後、ぱたぱたという早足の音が聞こえてくる。
その間、僕は「ふうーっ」と少し長めの深呼吸をした。
これが今日の最後の仕事である心構えと、いささか感じる緊張を解きほぐすためだ。

「もしもし」

( ^ω^)「あ、どうもですお」

受話器越しに聞くと、長岡さんの声は重みが増しているような気がした。
僕が小心者だからか、なんだか威圧されているような錯覚も覚える。

( ^ω^)「あの、明日の午後二時ぐらいに訪問させてもらいたいんですお。大丈夫ですかお?」

「どういった用件ですか」

( ^ω^)「実は、ご依頼の犬を連れて来れそうなんですお」

「なんだって!?」



162: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:12:55.13 ID:fmfm7D9O0
(;゚ω゚)「え……あの……」

僕は思わず受話器を見つめながら、そのまま硬直してしまった。
聞こえてきた長岡さんの声は、それほどの剣幕だった。

「あ……申し訳ない。それは本当ですか?」

(;^ω^)「あ、は、はい」

そうして次に聞こえてきた声は、既に落ち着きを取り戻したものだった。

しかし、受話器の向こうからは夫人の心配そうな声も聞こえてくる。
依頼が叶ったのだから、てっきり喜んでもらえるとばかり思っていた。

「明日の二時……ですか。わかりました」

(;^ω^)「あ、はい。何事もなければ、そのぐらいに着けると思いますお」

そう言って、軽い挨拶の後、僕は受話器を置いた。しかし、その格好のまま沈黙する。

(;^ω^)(なんだお? 一体どうしたっていうんだお?)

先ほどの長岡さんの態度は明らかにおかしなものだった。まるで、決して見つかることはないと思っていたような感じだ。
犬を連れて来て、これで見事依頼を達成……で終わるはずじゃなかったんだろうか。

やっぱり、最初に思った通り今回の依頼には何か裏がある。
そして、恐らくそれは明日で全てはっきりする……そんな予感がする。

しかし、ただでさえ疲れているのに、とうとう頭がこんがらがってきた……今日はもう休もう。
果たして、僕は空腹も忘れ、糸の切れた人形のようにソファに突っ伏した。



165: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:15:21.32 ID:fmfm7D9O0
そうして、明くる日――契約の最終日。

疲れを癒すために早く就寝したせいで、起きたのは朝の七時だった。
午後になってから起きるなんてこともざらなので、なかなか新鮮な起床だ。
「チュン……チュンチュン……」というスズメの鳴き声で目覚めるというのも、実に久し振りのことだった。

( つω^)「おっおっおっ……ふぁ〜あ」

ソファからもぞもぞと這い出し、一度大きな欠伸をする。
筋肉痛のせいで、ふくらはぎが少し痛い。昔に比べ、大分運動不足になっているようだ。
それとも、やっぱりちゃんとしたベッドじゃないからだろうか。

洗面台で見る自分の顔にも、やはり疲れが見えているようだった。
普段からの笑い顔も、まるで嘲笑しているようなものだろう。
僕はそれらを払拭するように冷水で顔をそそぎ、歯を磨く。とりあえず、気分はさっぱりできた。

( ^ω^)「美味シイ目玉焼キヲ作リマショウ」

ゲームのコマーシャルを真似しながら、僕は冷蔵庫の中を覗き見る。
中にある買い置きの生卵を一つとベーコンのパック、パン二枚とバターを取り出し、キッチンに向かった。

コンロに火を点け、乗せたフライパンにサラダ油を敷く。
今日は大切な一日だから、ベーコンは奮発して三枚にしよう。
ぱちぱちと跳ねる油に注意しながら、僕はフライパンにベーコンを並べていく。

(;^ω^)「あっ!」

なんたる失敗。卵を上手く割れなかった。
慌ててフライパンの上に移すが、ぐたっとした黄身の見栄えはよくない。
べとべとになった指を洗いながら、僕は「幸先が悪いなあ」なんて考えていた。



168: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:18:02.13 ID:fmfm7D9O0
( ^ω^)「……さて」

朝食、やがて昼食と済ませ、僕は時刻を確認する。
午後十二時の十分前。そろそろ準備を始めた方が良さそうだ。

( ^ω^)「えーっと……」

事務所の隅っこに据え置きしてある大きめのロッカーを開き、中を探索する。
カラーバット、丸まったままのポスター、五円玉で作られた金閣寺……なんでこんなものあるんだろう。
それらをかきわけながら、僕は奥の方から大きめのスポーツバッグを引っ張り出した。

( ^ω^)(おっ、なんか懐かしいお)

このバッグは僕の高校時代、陸上部だった頃に使っていたものだ。
今思えば、陸上部なんだからこんなに大きなバッグは必要ないわけで。
しかし、なんとなく大きい方がいいと思って買ってしまった。若さゆえ、だ。

いつもの服装に着替えていると、点けっぱなしだったテレビから聞き覚えのある音楽が流れてきた。
見ると、サングラスの男性が低いテンションで歌っている。

( ^ω^)「いいともー」

コートの襟を正しながら、条件反射で口ずさむ。
別にこの番組が特に好きなわけでもないのに、見るとついやってしまう。

( ^ω^)(まさかテレビを通した集団催眠……?)

自分でも「頭悪いなぁ」と思いながら、最後に帽子を被る。
テレビを消し、バッグやら鍵やら必要なものを持って玄関に向かう。
行きがけになんとなく鏡で自分の格好を見てみたが、やっぱりコートにスポーツバッグは違和感だらけだった。



170: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:20:50.05 ID:fmfm7D9O0
事務所から最寄りの美府駅までは、大体十五分で着く。

切符を買って改札を通り、ホームで時刻を確認すると、午後十二時を十分ほど過ぎたぐらいだった。
周りの視線が気になって少し早歩きだったので、五分ほど短縮されたようだ。
幸い、電車を待つ時間も一、二分程度だった。

やがて、「ぷあー」という通り抜ける音と共に緑色の電車がやって来た。
立ち位置を調整していたので、丁度僕の目の前で車両のドアが開く。
バッグが人に当たらないようにしながら、僕は中へと乗り込んだ。

( ^ω^)(おっ、空いてるお……まあ、この時間ならそんなもんかお)

バッグを荷物置きの金網に載せ、端っこの席に腰を下ろす。
天国駅に着くまでの間、僕はぼーっと窓の外を眺めていた。



172: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:22:42.92 ID:fmfm7D9O0
( ^ω^)(……おっ、着いたかお)

間もなく到着を知らせるアナウンスを耳にし、僕はゆっくりと立ち上がる。
金網からバッグを下ろし、一番近くのドアの前で流れていく景色を眺めた。

やがて、開かれたドアから天国駅のホームへと降り立つ。
時刻を確認すると、十二時四十分。

ここから港までは二十分もかからない。丁度いい時間で着くことができるだろう。

( ^ω^)(さて……)

バッグを担ぎながら階段を上り、改札で切符を通す。
天国駅を後にすると、昨日と同じ通りに出てきた。

平日のこんな時間だが、道行く人はおっさんばかりだ。
流石は天国市、といったところだろうか。新都はもっとすごいんだろう。
あまり繁盛していないとはいえ、職を持っているということで僕は少しだけ優越感を感じていた。

( ^ω^)「みっくみくにしてやんよ〜♪」

前から自転車が来るのを確認して歌うのを止めたりしながら、港へと続く道を歩く。
腕時計を見ると、ここまでで十分ほど経っていた。
遅れることはまずないと思うが、念のため僕は歩きを少し早足にする。

そうして、僕は約束の時間の五分前――午後十二時五十五分に港へ到着した。

( ^ω^)「確か……あの路地だお」

昨日の記憶に頼りつつ、僕は約束の路地へと足を踏み入れた。



175: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:25:05.74 ID:fmfm7D9O0
路地は昨日と違い、若干薄暗いものの、日の光で奥まではっきりと見えるようになっていた。
僕はその奥の、少し手前ぐらいで足を止める。
そして、何度か周りをきょろきょろと見回した後、じっとその場に立ち尽くした。

( ^ω^)「……」

「……時間ぴったり、だな」

ほどなくして、昨日聞いたのと同じ声が路地奥に響く。
僕はなんとなく声がするだろう方向へ視線を向けながら、相手の二の句を待った。

「ああ、そのバッグなら十分だ。手間をかけさせて悪いな」

一体どこから見ているのか、声の主は未だ姿を見せずにそう言った。
それと、意外にも今のは僕をねぎらうような言葉だ。
昨日の威圧的な態度とは、随分違う印象を受ける。

( ^ω^)「それで、どうすればいいんですお? 注文通りにしてきましたお」

「ああ……わかった。今そっちに行くよ」

犬を連れてきてくれるのだろうか、そこで一旦声は止まった。
だが、何か手間取っているのか、その後一向に靴音も何も聞こえてこない。

こちらとしてはどうすることもできないので、ただ待つだけである。
ここまできて、やはり渡すのが惜しくなったとかは御免こうむりたいのだけど……。

なんて、そう思っていた、その時だった。

「お待たせ」



181: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:27:31.46 ID:fmfm7D9O0
(;^ω^)「え?」

果たして、声はすれども、その場に現れたのは人でもなかった。
暗がりからとことこと現れたのは、一匹の犬。

その顔面を人のものに代えられた……人面犬、だった。

(;^ω^)「これが……実物かお……」

人面犬は僕から少しだけ距離を取ったところで、ぴたりと静止した。
しかし、今はそれで良かったかもしれない。
もし、そのまま足に擦り寄ってきたとしても、僕は逃げられずにいるか自信がない。

今回の事情は知っているし、何よりこれが仕事であることもわかっている。
でも、こればっかりは少し慣れる時間が必要だ。
だから、この微妙な距離がとてもありがたかった。

( ^ω^)「誰だったかわからないけど……行っちゃったみたいだお」

やはり、現れたのは犬だけで、先ほどの声の主がその後に出てくる様子はなかった。
犬は返すが、自らを晒すようなことはしないということだろう。
僕が探偵なだけに、罪の意識でも生まれたのかもしれない。

( ^ω^)「……さ、お前を主人のところに返してやるお」

何にせよ、これで依頼が果たせるのだから万々歳だ。
近付くのには少しだけ度胸が必要だったが、やがて僕は犬の前でしゃがみ込み、その両の瞳と対面する。

人の顔が犬の体に付いている……当たり前のものが当たり前でないということが、これほどに違和感を生むとは思わなかった。
思わずじっとその風貌を見つめてしまうが、あんまりじろじろと見つめるのも失礼だ。



186: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:29:35.84 ID:fmfm7D9O0
……って、相手は犬だった。

こんなことを思ってしまうのも、やはり人の顔があるせいだろう。
僕はバッグを肩から地面へと降ろし、ファスナーを開けて犬を入れようとした。

「おっと、もう少し開けてくれ」

( ^ω^)「あ、はいはい」

僕は言われた通りにファスナーを全開にし、入りやすいように入り口を広げる。
犬は潜り込むようにしてその中へと……。

(;^ω^)「へっ?」

なんだ、今のは。
今、一瞬とてつもない違和感がその場を支配した気がする。
聞き違いだった……と思う。いや、聞き違いであって欲しい。

だが、もし聞き違いでないのなら。
もしそうなら、たった今、犬が僕に向かって話しかけたような……。

(;^ω^)「……もしかして、今喋ったかお?」

自分でも、なんて馬鹿なことをしているんだろうと思う。
でも、そうせずにはいられなかった。そうしなければならない気がしていた。

そして、犬はバッグの中から首だけ出し――

にやり、と僕に笑いかけた。



194: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:31:45.04 ID:fmfm7D9O0
(;゚ω゚)「しゃ、喋れるのかお……!?」
▼ ゚∀゚▼「ああ、そうだよ」

特になんでもないことかのように、バッグの中から犬がそう言いのける。

僕の方はというと、もはや一欠けらの余裕もなかった。
頭の中に「ありえない」という言葉がぎっしりと敷き詰められる。

(;゚ω゚)「えっ!? な、なん……! え、うぇ!?」

僕はまるで壊れたラジカセの如く、珍言妄言を吐き続ける。
そんな僕を尻目に、犬の方は実に落ち着いているように見えた。

(;^ω^)「しゃ、喋れるのかお!?」
▼ ゚∀゚▼「だからさっきそう言っただろ……何も知らないみたいだな」
(;^ω^)「え……」

その言葉で、少しだけ僕に思考する機会が生まれる。
やはり、この犬は僕の知らない何かを知っている。
そして、それはこの犬が喋れることに関係することに間違いないだろう。

(;^ω^)「どういうことだお!? 何を知ってるんだお!?」
▼ ゚∀゚▼「……落ち着けよ。まずは仕事を果たせ。そしたら、全部教えてやるよ」

そう言って、犬はバッグの中に潜り込んでしまった。



200: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:33:54.66 ID:fmfm7D9O0
(;^ω^)「……」

犬はバッグの中で体を丸め、ただただ沈黙する。
どうやら、本当に今は教えてくれる気はないみたいだった。

もちろん、釈然としない気持ちを僕は抱く。
何かと疑念を持っていたところに、最大級の謎がふっかけられたのだ。
本来なら今すぐにでも説明してもらいたい。

だが、さっき犬が言ったことは本気だろう。
それに大人しく従うのが懸命……どうしてだか、僕はそうすることが一番だと思っていた。

これまでの顛末から、第六感が何かを感じ取ったんだろうか。
今はまだ、心構えが足りないと……。

「なあ、早く行こうぜ」

(;^ω^)「あっ、はいはい」

犬に急かされ、僕は慌ててバッグの持ち手を掴む。

「おっと、ファスナーは少し開けといてくれよ。息ができなきゃ困るからな」

僕は言われるがままにファスナーを閉じる手を数センチほど残して止める。
そして、重みの増したバッグを担ぎ、来た道を引き帰していった。



203: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:36:06.64 ID:fmfm7D9O0
美府市の高級住宅地に一番近い駅まで電車で移動し、そこから徒歩で長岡邸へと向かう。

電車の中はもちろん、バッグを担いで歩いている時も僕と犬は終始無言だった。
聞きたいことは山ほどあったが、どうにも話しかけづらいオーラがひしひしと伝わってくるのだ。

それに、なんだかまだ“犬と話す”ことに若干の違和感があるようで、どうしてもこの奇妙な感覚が抜けない。
時折聞こえる犬らしくない息遣いが、少し不気味なふいんきも感じさせていた。

( ^ω^)「……」

時間が経ったおかげで、僕は大分気持ちが落ち着いてきていた。

犬が喋ることには大層驚いたが、とりあえずそのことには納得をしなければならない。
何せ、バッグを開ければすぐに現物を見ることができるのだ。
今までのことは全て夢幻……なんて風に逃避する感情があるわけでもない。

( ^ω^)(……とにかく、これで一つ把握できたお)

全ては長岡邸に着いてからだが、今の時点でも今回のことでわかったことがある。
それは、「どうして目撃証言が異常に少なかったのか」、だ。

新都港の倉庫街で、僕と犬は会話を交わした。
つまり、この犬には思考する能力、“知能”があるということだ。
それも、話した感じでは人間に劣らない、いや、ほとんど同じと言っていいだろう。

目撃者が極端に少なかったのは、この犬が意図的に人目を避けていたからだ。
恐らくは、それこそ人気の少ない路地裏を通ったり、夜の闇に紛れての移動を繰り返したのだと思われる。

人間ならそうはいかないが、相手は犬である。野良だったら気にされることも少ない。
それでも完遂することができなかったのは、やはりその特異な見た目があったからだろう。



205: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:38:13.42 ID:fmfm7D9O0
やがて、十分ほど歩いて、僕は長岡邸の門前に辿り着く。
元々閑静な住宅街ではあるものの、なんだか周りがとても静まっているように思えた。

( ^ω^)「ふう……」

周囲の静けさとは反対に、僕の心拍がわずかに数を増やす。
僕は門の前で小さく息を吐き、一度だけ肩のバッグを担ぎ直した。

そうして心を落ち着けた後、いざカメラ付きのインターホンを押し込む。

「……はい」

しばらくして、夫人のものと思われるくぐもった声が聞こえてきた。
音が鳴ってから少し間があったため、夫人も大分緊張しているのがわかる。

そこからまた若干の溜めがあったのは、恐らく僕の担ぐバッグに気付いたからだろう。

「どうぞ……」

門から鍵の外れる音がし、僕は空いている方の手で扉を押し開ける。
バッグを担いでいるためか、前よりも砂利を踏む感覚が重く感じられた。

僕は玄関へと向かう途中、あの赤い屋根の犬小屋に目を向けて立ち止まる。
歩みが止まったことを感じたのか、バッグの中が一度だけごそりと動いた。

今は空っぽのあの犬小屋に、また家主の姿が戻るのだろうか。
間近で実物を見た今でも、その光景はにわかには信じられない。
と言っても、おいそれと人前に晒せるものではないだろうけど……。

やがて僕は歩みを再開し、今度は中から開くことのなかった玄関のドアに手をかけた。



207: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。 :2007/11/10(土) 21:40:19.97 ID:fmfm7D9O0
ドアを開けると、そこには佇む夫人の姿があった。
神妙な面持ちで僕の方をじっと見つめ、どこか物悲しさのようなものも感じさせる。

(*゚−゚)「さ、居間へどうぞ」

先ほどのインターホンとは違い、夫人の声ははっきりとしたものだった。
これから起こることへの、覚悟の現れなのだろうか。

今日は、ただ逃げた飼い犬を連れ戻して来ただけじゃない。
僕だってそんなことはわかっている。わかってはいるが、僕にもその緊張が伝わってきていた。
夫人を追って廊下を進む間、自分の心音が警鐘のように鳴り響く。

( ^ω^)「あれ、長岡さんは……?」

居間に着き、中を見渡しても長岡さんの姿はなかった。
促されるままにソファに腰掛けたが、その後も長岡さんが来る様子はない。
バッグは肩から降ろし、とりあえずソファの上に乗せておいた。

(*゚∀゚)「主人は……あの、今日仕事でどうしても来れないんだそうです」

夫人はそう言いながら、紅茶を乗せたトレイを運ぶ。
カップから漂う香りに僕は既視感を憶え、それがいつぞやのジョルジという銘柄であることがわかった。

夫人はカップを僕の前に置いた後、そのまま反対側に座る。
しかし、どうして長岡さんは来ないのだろう。これは、あまりに不自然過ぎる。
何せ、今日訪問することは昨夜に連絡してある。仕事があるのなら、普通はその時に言うはずだ。

だから十中八九、仕事で来れないというのは口実だろう。本当に大事なことなら、仕事を休むぐらいはできるはずだ。
夫人がそれを知っているのかはわからないが、これは何かしらの意図があってのものだろう。
ちらりと横に視線を向けたが、バッグは依然として沈黙を守っていた。



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