('A`)駄目人間は覚悟するようです

7: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:16:31.00 ID:+AValzWgO
【続続・高校二年 夏の話】

从 ゚∀从「いいか?おまえらが嘘を吐いてるとは思わない。
     だが、それだけで許せる問題でもねぇんだ」

('A`)「……」

ハインリッヒは、果たして人間と呼んでいいのかもわからないという事実はあるにせよ、
それにしてもしかし、不思議な人間だった。

物言いは乱暴で、態度もがさつである。
年齢不詳どころか性別さえ判断できないような容姿。
日本人だとは思えないような、ヨーロッパのどこかの人種のように見えるのだけれど
ハインリッヒの口からは流暢な日本語が出てくるのだ。

何より驚くべきは、ぼく自身が、ハインリッヒを信用してしまうということだった。
疑り深く、友達の少ないぼくが、
初対面の人間にこういう感想を抱くのは、ハインリッヒの容姿以外の、
そういう外見上とは関係ないどこかで、それこそ本能的に何かを感じさせるからだろうか。

从 ゚∀从「おまえらが困ってるのはわかった。
     しかし、それでオレがおまえらを助けて一件落着ってわけにはいかねぇ」

(´・ω・`)「それは……承知してます」

从 ゚∀从「おっと、罰を与えようってんじゃあないぞ。
     ガキを痛めつけて愉しむ趣味は、オレにはないんでな」



13: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:18:24.88 ID:+AValzWgO
ぼくたちが存在していた世界、そして今踏みしめている大地を有する世界。
これらは、それぞれ違う『時空』。

現段階のぼくでは、わかることが少なすぎて、断定できる事なんてないけれど
普通の高校生だったぼくが、図書室から踏み出したせいで
まったく別の世界へ飛ばされてしまって、
どうやらそれは悪事のようで、絶対に帰れるという保証もなくて

つまりは、これまで生きてきた中で最悪の状況に置かれているのだと思う。

从 ゚∀从「よし、話をしようか。状況の整理のためにも」

話に聞くには、この時空の持ち主であるハインリッヒ。
こいつに会ってはいけないものだと、ショボンもぼくも考えていた。
しかし、こうして面と向かってみると、心のどこかに安堵が生まれたのだった。
迷子になって困っているときに、地元の人に話しかけられたような、
ぼくは今、多分そういう気持ちなんだろう。

从 ゚∀从「おまえらは、偶然に、ここに来ちまったわけだな?」

(´・ω・`)「はい。気がついたらここにいて……」

从 ゚∀从「つまり、巻き込まれたようなものなんだな」

ぼくに関していえば、こんな世界に来てしまうなんて本当に心外だし
まさに『巻き込まれた』という感覚を持っているのだが
それはショボンにも言えるのだろうか?
不可抗力にしろ、彼は自分からここに来たというような話をぼくにしたのに。



15: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:22:21.15 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「そうですね。まさか……驚きました」

ぼくが何か言ったところでそれは余計な発言にしかならないのだろうから
黙って話の行く先を見守る事にするが、内心では複雑である。
こういう場合、大抵はわかっていないのはぼくだった、という結果が用意されてるのだけど
それにしたって、なんというか……モヤモヤするものだな。

从 ゚∀从「よし。それがわかれば、オレはおまえらを責めるつもりはない。
     挙句に、何も知らないとくれば、尚更だな」

(´・ω・`)「……いくつか質問してもいいですか」

从 ゚∀从「質問タイムは最後だ。オレの話が終わってからな」

ハインリッヒは、ぼくたちを近くの丁度良い岩に座らせると、
腕を組みながら話し始めた。

从 ゚∀从「大きな丸の中に、小さな丸がいくつも入ってるとこ想像してみ」

ぼくは目を瞑って、瞼裏に丸を描いた。その中に小さな丸を入れていく。

从 ゚∀从「その、小さい丸の一つ一つが、全部世界。ここでいう世界はイコール時空だと考えろ」

('A`)「大きい丸は?」

从 ゚∀从「大きい丸は、無限にデカい入れ物。名前もないし、大きさもわからない」

なんだか、宇宙みたいだと思う。
地球のある宇宙の外にも たくさん宇宙があるのだという話を、いつだかに聞いたことがあった。



17: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:25:23.69 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「ある一つの、小さな丸Aに注目してみると、だ。
     周りにいくつも、他の小さな丸がある。小さな世界の周りに、いくつも世界がある。
     小さな丸Aと小さな丸BやCやDの間には、すこし隙間があるだろ?」

あるだろ?と聞かれても、
ぼくは、大きな丸の中にぎっしり隙間なく小さな丸を詰めてしまったために
また、一から想像しなおす事になった。

从 ゚∀从「小さな丸Aは、たまに穴があいてしまう。
     穴から漏れ出た液体は、隙間を通って、別の穴を探す」

ぼくは内心溜息を吐きながら、
ビニルのボールに穴があいて、そこからスライム状の何かがでろんと出てくるのを想像した。

从 ゚∀从「おっと!偶然にも、小さな丸Bにも穴があいている。
     だからBに入ろう!っと……これが、君たちのやったことだ」

(´・ω・`)「偶然に、僕の世界と、こちらの世界が
      同じ時期に壊れてしまって、だから僕達は流れ着いてしまったわけですね」

从 ゚∀从「そうそう、だから、小さな丸Cに穴があいてたら、そっちに流れ込んだかもしれない」

('A`)「自由に選べるわけじゃないんすか」

少しも内容が理解できないので、ぼくは適当にそれらしい質問をしてみた。

从 ゚∀从「その話は、まだ待て。
     とにかく、君たちみたいなのは稀にいるんだ。
     時空の穴に落ちちゃって、別の時空に流れ着いちゃうような、ね」



21: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:27:29.39 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「これが、ちょいと出来る奴だと違う。
     自分から時空に穴をあけられる。時空と時空の間にある隙間の流れを把握しているから
     時間と場所さえ選べば好きなところに流れ着ける」

ショボンはまるで、はじめて聞いたような顔で頷いているが
ぼくはひょっとして、ショボンがこういうことを出来るんじゃあないか。
むしろ出来るだろう確実に、といった心境だった。

(´・ω・`)「それはいけないことですか?」

从 ゚∀从「いや、基本的には咎められない。
     意味もわからずその時空サーフィンみたいなことを楽しんでる人間もたくさんいるしな」

なるほどね。
ショボンのような人間は、いくらかいるようで、
これが傍観者であれば羨ましいだの何だのと言えたものだが
今のぼくにはそういう力が少し忌々しく思える。

从 ゚∀从「しかし、それを悪用したら別だ」

('A`)「悪用、というと?」

从 ゚∀从「悪事の具体的な内容はあとで説明するが、とにかく
     時空間の移動をする上で絶対に守らなきゃならないことを破ると、悪用と見做される」



23: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:29:57.94 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「守らなきゃならないこと、それが時間と場所だ。
      わざと正式な出入り口以外から入ったら、そりゃ怒られるだろ?
      時間だってそうさ。
      決まった時間、決まった場所を守って移動する分には差し支えないのだが」

決まった時間、というのが、ショボンとツンデレが待っていた『四時三十二分』だったのだろう。
ぼくは、何かが原因で『四時三十分』に移動をしてしまった。
それって、もしかして、偶然とはいえ悪用に当てはまるのか?

从 ゚∀从「ルール違反を意図的にするやつらだよ、悪いのは。
      ルールを知らずに破ってしまったのなら、そりゃ見逃してやるくらいの器量はあるさ」

ぼくの考えを見抜いたのか、ハインリッヒは快活に笑うと、話を続ける。

从 ゚∀从「なんでルール違反がダメかっていうとだな。
     それが結果として時空の流れを歪めることになるからなんだよ。
     だから、その歪みが生まれなかった場合は、オレは許してやるわけよ」

('A`)「歪み……?」

从 ゚∀从「とにかくな、時空と時空が繋がる場所、時間を守らないやつは、
     俺たちみたいな知識ある人間からしたら、悪人なのさ」

人間、なのか。
ハインリッヒは人間なのか。
やっぱり、という思いと、まさか、という思いが同時に生まれる。
ぼくにはわからないことだらけだ。

ぼくなりに、今まで聞いた事柄を整理してみても、
曖昧にしか把握できていない部分ばかりで、余計に混乱してしまう。



26: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:32:27.89 ID:+AValzWgO
……「ルールを破ると悪」という観点からすると
もしや、ショボンは時空間の移動を悪用したことになるのではないか。
ショボンは大方のルールを知っていて、だからぼくに色々なことを教えてくれた。
守るべき『時間』を知っていながら、ぼくを追いかけて、ルールを破ってここに来ている。

けれども、ハインリッヒから見たら、ぼくたちは偶然に流れ着いた人間でしかない。
ショボンが自分からおかしな力を使って移動してきたという事は知らないはずだ。

あぁ、でも、ツンデレだ。あの透けたツンデレが見つかってしまったら
誰がこんなことをしたのだ、という話になるだろう。
ショボンが不思議な力を使ったのだとバレてしまう。

从 ゚∀从「ん?どうした」

('A`)「どどどど童貞ちゃうわ」

从 ゚∀从「?」

('A`)「……いえ」

ぼくは、なんだか頭が痛くなってきた。
学校のそとで、こんな小難しい話を聞いたところで、
理解できた気になったとしても実際はさっぱり頭に入らない。

从 ゚∀从「ここまではいいか?」

ぼくは、少し考えてから、大丈夫ですと呟いた。
自信有り気に頷くショボンが羨ましい。



27: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:35:18.49 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「おまえらみたいに、偶然に時空間を移動しちゃいました、なんて奴ならいいんだ。
      だがもちろん、世の中には、もっと駄目な人間がいるわけだ」

(´・ω・`)「駄目?」

从 ゚∀从「そいつらは、時空を移動用のパイプに使う。
      どの時空がどこと繋がっているか、時間の流れはどうか、それを把握できていれば
      それこそ歴史を変えるような悪事だって簡単に出来てしまう」

(´・ω・`)「防ぐためのルールが、時空の出入り口に使う場所と時間を守ることなんですね」

从 ゚∀从「そうだ。
      本来あるべき流れに反した改変が繰り返されると 時空に歪みが生まれる。
      それが積み重なれば、『世界滅亡』だって大げさな表現じゃあなくなるぜ」

('A`)「……」

从 ゚∀从「時空の移動を上手いこと使えばだな。
      例えば、A地点とB地点がどれだけ離れていても、他の時空を経由して移動すれば一瞬だ。
      さらに言うと、『A地点の現在』から『B地点の過去』に飛ぶことだって出来ちまうわけよ」

(´・ω・`)「殺人だとか強盗だとか……想像できないような悪事も可能ですね」

('A`)「……?」

いまいち理解できないぼくを置いてけぼりにして、話は進む。
時空間の移動というのは瞬間移動や
タイムマシンみたいな使い方も出来るという解釈でよいのだろうか。
ぼくが聞こうか迷う間に話題は変わってしまい、仕方なく黙り込む。



29: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:37:22.80 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「……ずっと気になっていたのですが、
      いくつも時空――世界があるわけですよね?」

从 ゚∀从「現在、オレのとこと繋がってるのだけで二百くらいか。全て合わせれば千を超えるだろうな」

千を超える世界。
ぼくたちが生活していたあの空間も、そのうちの一つだと言うのは
俄かには信じがたい事だけれど、
しかし現状を顧みれば納得しないわけにはいかないのだった。

(´・ω・`)「ぼくはそもそも、世界というのがよくわかりません」

ぼくは自分でもわかるくらいのしかめっ面でショボンを見た。
こいつはわざと話をややこしくしようとしてないだろうか、
世界が何か、なんてそんなことはどうでもいいじゃないか。

(´・ω・`)「世界とは、単純に空間なのか、
      それとも地球、宇宙、人間、そういうものが内包されている何かなのか」

何を喋っているのだ、ショボンは馬鹿なのか。

从 ゚∀从「あーなるほどね。その切り口は斬新だわ」

ハインリッヒは顎に手をあてながら、感心したように言う。
ぼくはというと、ショボンの発言の意味がさっぱりわからないものだから
口をぽかんとあけたりしていた。



34: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:41:14.16 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「小難しい事は哲学者だとか科学者だとかに任せるとして、
      現段階でのオレの見解はなぁ」

その着ている白衣の影響も大きいのだろうけれど
科学者のように見えなくもないハインリッヒは、
しかし時空の管理人としての考えを述べ始めた。

从 ゚∀从「パラレルワールドってわかる?」

(´・ω・`)「平行世界……その、千を超える世界のすべてはパラレルワールドなのですか」

从 ゚∀从「世界が分岐するたびに増えるし、消滅することもあるから、増えたり減ったりだ」

(´・ω・`)「僕もあなたも人間で、この世界も僕たちの世界も、
      元を辿れば一つであると……そう考えていいですか」

从 ゚∀从「オレはそれでいいと思うけど」

わかりにくいからアニメに例えてくれ……だなんて言い出せるはずもなく、
ぼくは表面上わかったようなフリで頷きながら、
頭の中では必死になって話の整理をするのだった。

从 ゚∀从「……ん。来たか」

ぼくの思考がムシキングに差し掛かったところで
ハインリッヒの視線の先、建物の影に、人の気配が湧いた。
突然の出来事を、ぼくは警戒態勢で迎え撃つ。
――といっても情けないファイティングポーズだが。

ハインリッヒの様子からして、どうやら敵だとかってわけじゃあなさそうだ。



36: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:43:57.27 ID:+AValzWgO
('、`*川「ご、ごめんなさい。ちょっと手間取ってしまって」

煉瓦の塀影から現れたのは、小柄な女性だった。
人目で女性とわかるような柔らかい物腰の、少し頼りなさそうな人物である。

从 ゚∀从「いつまで経っても手際が悪いな」

白衣のハインリッヒ、そして黒い喪服のようなワンピースのその女性が並ぶと、
それはまるでオセロのようで、
勝気に胸を反らすようすと控えめに俯く様さえも対比に見えて面白い。

('、`*川「ごご、ごめんなさい」

先程からペコペコと頭を下げて謝ってばかりいるこの女性は、
はたして何者なのだろうか。
会話からして、この時空の住人であることは間違いないと思う。
つまりは、彼女が時空管理者のペニ……スとか何とかさんなのかも知れない。

从 ゚∀从「おい、今回はどこが壊れてたんだよ」

('、`*川「ごめんなさい、ごめんなさい」

質問に答えなくて大丈夫なの?
女性は、ハインリッヒの問いを無視して、恍惚とした表情でごめんなさいを繰り返している。

从#゚∀从「どこがって聞いてんだけど?」

('、`*川「ああん……ごめんなさいハァハァ」



37: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:46:57.89 ID:+AValzWgO
一層強くなったハインリッヒの物言いに反応して、
急にモジモジしだすワンピースの女性、
ぼくは彼女が恐ろしくなってきた。

これは、もしかして、罵られて性的興奮を覚えるタイプの……ドMさんじゃあないのか。

从#゚∀从「いい加減にしろよ」

('、`*川「あっごめんなさい、あの、2ちゃんねる、それから56ちゃんねるとの狭間に欠陥が」

从 ゚∀从「ふん、2と56か」

(´・ω・`)「……えっと、すみません」

疎外感に耐えられなくなったか、単に会話が気になったか、
ショボンが二人の間に割って入った。

('、`*川「こちらの少年は?」

从 ゚∀从「あぁ、久しぶりに、純粋な迷子さんだよ」

('、`*川「はぁ、そうなんですか」

ハインリッヒの言い振りからすると、純粋じゃない迷子――というか侵入者は
思うより頻繁にここに来ているのかもしれない。
そういう人物が、一体どれほど存在するのかはわからないが、
ペニサスの品定めするような視線を受けて、
ぼくは、この世界もそいつらから随分迷惑を被っているのだと感じた。



41: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:49:28.53 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「こいつはペニサス伊藤っていうんだ、ここの管理をやってる」

(´・ω・`)「伊藤さん……よろしくお願いします」

('A`)「どうも」

('、`*川「よろしくね。貴方たちのお名前は?」

从 ゚∀从「そういえば名前は?」

そうか、ぼくたちはハインリッヒにさえ名乗っていなかったのだ。
物事を聞くばかりで、結局自分たちについて殆ど話していなかった。
今まで気付かずにいたのが不思議なくらいだ。

(´・ω・`)「あぁ、えっと僕がショボン、彼はドクオです」

('A`)「そうです」

从 ゚∀从「うん、覚えられないけどありがとう」

覚えるつもりもないから聞いてこなかったのか。
ここは怒るところなのだろうか、
ハインリッヒに言われると特に気にすることじゃあないような気分になってくる。

('、`*川「あ、あっ、わたしは覚えられたから大丈夫よ、ドョボン君とシクオ君!!」

これは酷い。



45: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:52:36.04 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「……先程の、2ちゃんねると56ちゃんねるっていうのは?」

从 ゚∀从「あぁ、この時空っていうのは幾千もあるって言っただろ?
      番号振って区別してるだけだよ、ちなみにここは100ちゃんねる」

('、`*川「単純に、世界の呼び名だと思っていいですよ」

つまり、僕たちの世界には僕たちの知らない名前が付いていた、というわけだ。
具体的に名前なんかの話が出てくると、
急に現実感が襲ってくるのだから面白い。

けれど、今いるのは知らない世界なんだな、と
ぼくは、今更ながら考えていた。

(´・ω・`)「……えっと僕たちの帰るべき場所は、そのどちらかなのでしょうか」

从 ゚∀从「まぁ2ちゃんねると56ちゃんねるは最近修理続きだしな、
      多分どっちかだと思うけど」

('、`*川「……まさか、この子たち、どこの時空から来たかわからないんですか」

ペニサスの驚く声に、ショボンが渋い顔で答える。

(´・ω・`)「はい」

('、`*川「本当に迷子なのね……」



46: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:55:27.96 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「おまえたち、どういう場所から来たんだ?最後に居た場所はどこだ」

一拍の間を置いて、ハインリッヒが言う。

(´・ω・`)「学校の……えっとゆとり高校の図書室っていうところです」

从 ゚∀从「だとよ、ペニサス」

ショボンの述べた言葉は事実だったが、
果たしてその内容だけで、ぼくたちの世界を探し出せるのだろうか。

幾千もあるという時空の全てがパラレルワールドだというのならば、
『ゆとり高校が存在する世界』がいくつあったっておかしくない気がする。

しかし、ない頭から捻り出したぼくの思案は杞憂に終わった。

('、`*川「えぇはい。確かに、2ちゃんねるの日本、VIP市のゆとり高校図書室で欠陥が」

从 ゚∀从「決まりだな」

視界がワントーン明るく見える。
これは、つまり、ぼくたちは帰るべき世界を見つけたということで、
そしてペニサスの声色から推察するに、
そこへ帰ることは難くないのではないか。

从 ゚∀从「おまえらの時空がわかった。帰れるぞ、よかったな」

('A`)「あ、あありがとごじます!!!!」



49: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 22:59:40.77 ID:+AValzWgO
ぼくは小躍りしたい気持ちを押さえ込んで、
どうにか見るに耐える程度のニヤニヤ顔を貼り付け、
そしてハインリッヒに感謝した。ペニサスにも感謝した。

('∀`)「そ、それでどこから帰るんですか?」

从 ゚∀从「えーっと、空間補修にどれくらいかかる?」

期待に満ち満ちたぼくの視線を、
やや申し訳なさそうに避けるハインリッヒは、
つまり、何かまだ必要事項があるのだと示している。

(´・ω・`)「空間補修とは?」

从 ゚∀从「あぁ、帰り道の確保みたいなもんだ。2ちゃんねるはちょいと厄介だからな」

('、`*川「おそらくは、えぇと、三日ほど」

(´・ω・`)「なるほど」

一連の会話を、まるで言葉の理解できないサルのように聞いていたけれど
遅れて内容を反芻するうちに、ただごとではないと気付いた。

('A`)「おい、待て、それって」

从 ゚∀从「三日間は足止めってこった」

ハインリッヒの告げた冷酷な真実を、
ぼくの脳みそは必死に拒否したのだが、うん。やはり真実には勝てないのだ。



51: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:01:43.90 ID:+AValzWgO
('A`)「そんなっ!」

三日間?
三日もあれば何が出来る?積みゲー崩しまくりだぞ?
まぁ、実際に三日の時間がぼくに与えられたとして、
それをぐだぐだ無駄に過ごしてしまうことは自明の理だが……。

(´・ω・`)「どっくん、落ち着いて。
      ……その三日間というのは僕たちの世界でいうと?」

落ち着いていろだなんて、そんなの、無理な注文だ。
希望を掴もうってときに崖に突き落とされたようなものだろう。
ぼくは一刻も早く帰りたいのに、
どうしてこう、上手くいかない。

从 ゚∀从「安心しろ。あっちの時間に換算して一秒にも満たない」

あっちだのこっちだのって、そりゃどうでもいいのだ。
ぼくは家に帰りたいという真っ当な信念の下、ここまで来た。
例えあちらの世界で一秒だろうが三秒だろうが、
ぼく自信がここで三日も過ごさなければならないという事実は変わらないじゃないか。

('A`)「いやだ!それでもいやだ!早く帰りてぇ!!!」

愚かしいことを言っているという自覚はある。
けれども、本音を述べて何が悪い!



53: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:05:12.31 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「三日なんてすぐだって。心配するなよ」

('A`)「なんでだよ!!帰れるんじゃないのかよ!!!!」

('、`*川「か、帰れますから、あん、痛いああん」

ぼくは、多分生まれて初めて女性に手をあげた。
駄々をこねるように振り回したぼくの腕が、ペニサスの肩に当たったのだ。

('A`)「くそおおおおみんな馬鹿!!!アホだ!!」

しかし半ば自棄になっているぼくにとって、
それは大したことじゃあなかった。

(;´・ω・`)「ど、ドクオくん……」

大体、似たような立場の癖して、どうしてショボンだけこんなにも冷静に澄ましているんだ、
学校でショボンが男子から嫌われている理由がわかった気がするぞ。

あくまでもぼくを宥めようという、非の付け所のない態度が、
余計に腹立たしいのだ!

从 ゚∀从「うるせぇな!んなこと言われたって無理なものは無理なんだよ!!!」

('A`)「こんなおかしなところにいたくない!!家に帰りたいよ!」

(´・ω・`)「……帰ればいいじゃないか。勝手に帰ればいい。
      高岡さんたちの好意を無視して、一人で帰る方法でも探せば?見つかるか知らないけど」

('A`)「……っ」



56: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:08:49.84 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「……ドクオ君、帰りたいのは僕だって同じだ。
      少しでも早く帰りたい、それならば、高岡さんたちの話をよく聞くべきだ」

ぼくが振りかざした腕を、ショボンが片手で受け止めた。
ペニサスの視線、ハインリッヒの溜息、ショボンの冷たい手。

まるでオナニーしたあとみたいに、高揚感が退いていくのがわかった。
こんなことで揉めたって仕方がないのに――
数秒前の自分を抹殺したい気持ちまで湧いてくる。

('A`)「……高岡さん、すみませんでした」

从 ゚∀从「ふん」

ぼくがハインリッヒに頭を下げたのを見て、
ショボンが腕を離してくれる。

随分強く握られて、痕が残っていた。いてーぞチクショウ。

('A`)「い、伊藤さん……すみませんでした、
   肩、ぶつけちゃって……だ、大丈夫ですか?」

('、`*川「え?何が?」

心なしか肌の艶が増しているペニサスの姿がそこにあった。

(;'A`)「……いえ」



57: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:12:21.35 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「えぇっと、ここに三日前後いなければならないという解釈でよろしいですか」

('、`*川「はい、そうなります」

そしてこの瞬間、人生初・ぼくの異世界滞在が決まったのだ。

(´・ω・`)「ここでの一日は何時間ですか?」

('、`*川「あっちで過ごしているのと同じようにしていて大丈夫ですよ。
     おそらく、あなた達の体感では、元の世界と同じように時間が流れていくはずです」

(´・ω・`)「ありがとうございます……とりあえず一段落だね」

('A`)「……そうかぁ?」

いくら先が見えてきたとはいえ、三日間も帰れないなんて、
ぼくにとっては酷い状況だとしか言いようがなく
だからホッとした表情のショボンに怪訝な目線を送ることとなった。

先程暴れたことを、ここにいる三人が一分一秒でも早く忘れてくれる事を祈りながら、
ぼくはこれからどうするのだろうか、と考えていた。

从 ゚∀从「さて、君たちはやることがなくなったねぇ」

やることがなくなった、決してそんなことはないと思うのだが、
確かにハインリッヒのいるここでナニをしろと言われても困る。

やることがないのではなく、何をして良いのかわからないだけで
でも、それってやることがないのと同じなのだろうか。



60: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:18:51.16 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「じゃあ、ちょっとアレ試してみようか」

('、`;川「え!ちょっとハインさま、この子たちは……」

ペニサスが急に不安げな顔になるものだから、ぼくは身体を強張らせた。
ショボンも聞き流せる雰囲気ではないと思ってか、真剣な表情だ。

从 ゚∀从「いいじゃんいいじゃん、やってみるだけ。
      ペニサスはさっさと修復に向かいなさい」

('、` 川「え……」

从 ゚∀从「おらっオレ様の言う事が聞けねぇのか」

('、`*川「あん、ごめんなさいいぃ」

ペニサスは妙にくねくねしながら塀の影に消えていった。
ペニサスにしろ、ハインリッヒにしろ、湧くように突然現れたりするのだから、
もしかしたら特別な移動手段なんかが存在するのかもしれない。

(´・ω・`)「あの……『アレ試す』って何でしょうか」

从 ゚∀从「あぁ、ちょっとこっち来い」

ショボンのもっともな問いに答える前に、ハインリッヒはぼくたちの腕を引いた。
赤い煉瓦の敷き詰められた道から抜けて ほんの三十秒も歩くと、
辺りは草むらへと様変わりする。



61: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:20:37.02 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「ちょっと鬼ごっこしようか。二人でオレを捕まえてみろ」

(´・ω・`)「え?」

このハインリッヒというやつは、少なくともぼくたちより年上であろうはずなのに
突然に鬼ごっこをしようなどと言い出した。

その『鬼ごっこ』がぼくが知っている、幼少時によく遊んだ『鬼ごっこ』だとして、
それはこの状況でするべきことなのだろうか。

从 ゚∀从「じゃあスタート!はいっ」

声高に叫び、そして駆け出したハインリッヒの背中が小さくなっていくのを
ぼくとショボンはぼんやり見送った。

(´・ω・`)「行っちゃったね」

('A`)「意味がわからないな」

どうやら追いかける気にもならないらしいショボンに軽く安心しつつ、
ぼくは地面に腰を下ろした。

この先どうしていくのか、それを二人で話し合う必要があると思っている。
本当はツンデレと三人で、というのが一番良いのだが、兎にも角にも
ハインリッヒがいない間に、互いの心の内を確認するべきだろう。

(´・ω・`)「悪い人じゃあないと思うんだけどね……」



63: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:23:18.02 ID:+AValzWgO
('A`)「おれはもうわけがわからないよ。あの人は女なの?っていうか人間でいいの?」

(´・ω・`)「さぁ?っていうか男じゃないの?」

('A`)「え?男なの?」

(´・ω・`)「いや……女性なの?」

('A`)「だいたいさぁ、全部が理解不能だよ。おれだけ置いてけぼりで話すすめんじゃねーよ」

(´・ω・`)「…………ごめん」

ショボンは大人しく頭を下げる。

('A`)「あ、いや、そこまで怒ってるわけじゃあ……ないですけど」

そもそも、ショボンとぼくは、友人同士と呼べるほど親しいわけではなかった。
あくまでもクラスメイト、他人と呼ぶのは憚られるけど決して仲良しじゃない。

ちゃんと会話したのだって今日が初めてだと思うし、
まぁ、そんなことに構っている場合じゃあないのは承知の上で、
けれど改めて考えてみるとぼくは馴れ馴れしく接しすぎているのかもしれない。

('A`)「こっちこそ、なんか色々すみませんでした」

(´・ω・`)「ううん、僕も、なんか変なこと言ってたらごめんなさい」

('A`)「それは全然、平気……です」

おかしな雰囲気になってしまった。居心地が悪い。



64: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:25:25.42 ID:+AValzWgO
畜生、どうせぼくは人付き合いが苦手だ。
とりわけ、こいつみたいなタイプの男は得意じゃないのだ。

別にショボンを扱き下ろすつもりはないけれど、
自分の考えてる事の一部しかぼくに言わないくせに、
それで全部わかってもらえていると思い込む傾向がある。

生憎、ぼくはそんなに利口じゃない。
こんな摩訶不思議の状況に立たされているのだから、尚の事、きちんと話をするべきだ。

('A`)「……」

思ったことをそのまま話せれば幾分に楽だろう。
さっきまでの勢いがあれば言えたのに、ぼくはその気が削がれてしまった。

('A`)「えっと、ですね」(´・ω・`)「あのさ」

('A`)「……どうぞ」

(´・ω・`)「いや、先にどうぞ」

('A`)「や、大したことじゃないし」

(´・ω・`)「じゃあ……とりあえずしばらくはここにいることになったでしょ?」

未だに認めたくないことだが、それは事実だった。
だからこそ、ぼくは困る。もっと上手く、少しでも早く、現状を理解しなければならない。
足を引っ張り続けるわけにはいかないし、違う方法を探すのだって……

(´・ω・`)「まずは焦りって気持ちを忘れようよ」



65: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:27:06.33 ID:+AValzWgO
('A`)「はぁ」

焦り。ぼくは、焦っていたのだろうか。
そうだとしても、こんな境地に立たされて、冷静でいられる方がおかしいのだ。

(´・ω・`)「焦るなっていうのは無理かもしれないけどさ、
      帰れる目処は付いたじゃない。
      そしたら、もうちょっと前向きっていうか……ポジティブに」

('A`)「ポジティブに?」

(´・ω・`)「考えてもいいんじゃないかな、とそう思うんだ。
     ドクオ君がネガティブだって言いたいんじゃないけど、
     なんか表情が硬いというか暗いというか」

('A`)「……生まれつきだって」

(´・ω・`)「はは、生まれつきか」

('∀`)「そーだよ」

二人の笑い声があがる。
乾いた空気が、少しだけ柔らかく、過ごしやすく、そうなった気がした。
ぼくが考えているよりも随分ショボンは頼りに出来るやつで、
そして彼の言うことは正しい。

この流れに乗って、ぼくも、気になっていた事柄、聞きたい物事、口にしてしまおうか。



68: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:29:20.39 ID:+AValzWgO
('A`)「ショボン……あの」

まずは、ぼくの考えを正直に話して、意見を聞いてみよう。よし。

从#゚∀从「おめーらっ!!!なんで追いかけてこないんだよ馬鹿やろー!!!!」

('A`)「ひぃっ」

从#゚∀从「鬼がいなきゃ鬼ごっこにならないだろうが!!!アホどもが!」

(´・ω・`)「うわぁっ」

背後から、鼓膜をぶるぶる震わす大声がぼくたちを襲う。
弾む呼吸のテンポがなにやらリズミカルで、
ぼくはそればかりを気にしながら振り返った。

从 ゚∀从「あ、もしかして鬼ごっこって遊び知らない?」

('A`)「いや、あの、存じ上げております」

从#゚∀从「じゃあなんでそんなところで座り込んでるんだよ!!!」

(´>ω<`)「ひっ」

今度は怒声だけじゃ済まなかった。
流れるような、感動的な手捌きでショボンの制服の襟を掴み、激しく揺さぶる。
ぼくがショボンにそうした時に比べて段違いに様になっているな、と思った。

从#゚∀从「別に遊びたいからやってたわけじゃねーんだよ!!!」



69: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:31:56.79 ID:+AValzWgO
(;´・ω・`)「はは……ですよねー」

('A`)「……遊びじゃない鬼ごっこってなんすか」

从#゚∀从「はぁ?!」

(;'A`)「いえいえ、遊びなわけないですよね、何せ鬼ごっこですから……」

ハインリッヒの形相のが余程鬼に近い。
ぼくたちに追いかけて来い、なんていうよりも、
本人がなりきったほうが何倍もそれっぽいと思うのだが、
しかしそんな発言は幾らなんでも命知らずだろう。

从 ゚∀从「あ、説明不足だったか?あい済まん」

('A`)「アイスマン?」

(;´・ω・`)「黙って!」

ようやくハインリッヒから解放されたショボンは、
ぼくが余計な事を言うと、今まで見せたことのないような必死の顔でぼくを押さえ込み、
そしてハインリッヒの話を促すのだった。

(´・ω・`)「ええ、追いかけなかったことは本当に済みませんでした。
      よかったら、その、説明の方をお願いします」

从 ゚∀从「そっかそっか。突然追いかけろって言われても無理だよな。アハハごめんごめん」



73: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:34:03.72 ID:+AValzWgO
ぼくたちを怯ませるだけ怯ませたあとだというのに、
ハインリッヒはケロリとした顔で呟いた。

从 ゚∀从「んー通過儀礼?違うな。遊びたいわけじゃねえ、
      鬼ごっこ自体に意味があるかと言われると、それも違う」

(;'A`)「……」

从 ゚∀从「ただ、……小手調べ?あぁ、協力要請?実力測定っていうか」

(;´・ω・`)「……あ、あ、わかります」

嘘をつけ。
ぼくにはちっともわからないし、ハインリッヒの口調からして
親身に状況について説明してくれていた時とは違うじゃないか、
これは明らかに独り言だろう。

从 ゚∀从「うん。おまえらがどんな人間なのか調査するためだな」

向き直り、こちらを見据えたハインリッヒから
ぼくたちに投げられた言葉は残念ながら
ぼくの理解が追いつかないほどに飛躍しているような気がする。

(´・ω・`)「……調査ですか?」

鬼ごっこを突然に始める理由、ぼくが鬼になる理由、
それがぼくたちを調査するという――この調査というのもわからないのだが
とにかく、調査に繋がるものなのか。



75: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:36:54.86 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「鬼ごっこっていっても、ただ走ってるだけじゃ捕まえられないぜ。
      リアル鬼ごっこだ!!!!!!!」

それは凄い。鬼ごっこだとは思えないほどの凄さで、
全てが”凄い”これ以上の単語が見当たらない程、凄かった。

(´・ω・`)「はぁ、なるほど」

('A`)「えっと……やるんですか?それを」

从 ゚∀从「いいか?オレ様が誰かっていうのを忘れるなよ」

(´・ω・`)「ええ、えと、僕たちが鬼役ですか」

自信満々といった表情のハインリッヒに、
対するぼくたちの戸惑いは増すばかりだ。

例えば鬼ごっこを真面目にやるとして、
でもぼくはとても走る気分ではないし、逃げるハインリッヒを捕まえようなんて
そんな恐ろしい事はするべきじゃない、本能が告げている。

从 ゚∀从「二人が鬼な、オレを捕まえるまで終わらないから。
      えっとーあんまり遠くまで行かないこと、それがルールで」

さっきからまるで子供のように瞳を煌かせている目の前の大人を見て、
つまりはやっぱり遊びたいんじゃないか?と尋ねたい気持ちを抑えるのに
ぼくは少しだけ労力を費やした。



77: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:39:48.40 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「じゃスタート!!はいっ」

勢いよく手を鳴らし、ハインリッヒは
煉瓦通りとは逆方向、広がる草原に向かって踏み出した。

一度目のように我武者羅に逃げる気はないようで、
要は、ぼくたちがきちんと追いかけて来るか確認しているのだが、
仕方なく顔を見合わせたぼくとショボンを見ると、
徐々に歩幅を広げていくのだった。

(´・ω・`)「とにかく、追いかけようか」

('A`)「もう怒鳴られたくないしな」

決して軽やかとは言えない足取りで一歩進むと、
程よく反発する草の感触が、存外に気持ちよい。

从 ゚∀从「おめーら本気だせよー!」

もう随分遠くまで逃げているハインリッヒが、
こちらに向かって大きく腕を振り回し、
合わせて揺れる銀髪が、太陽の光を反射していた。

あぁ、そういえば、とぼくは空を見上げる。
視界が薄群青で埋め尽くされて、端のほうでキラキラしている白いのが
まるで太陽みたいで――いや、太陽なのかもしれないけれど
それら全てが、なんだかとても不思議な事に感じられた。



79: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:42:00.33 ID:+AValzWgO
少し、ぼくと夢の話をしよう。

夢というのはどういうものなのか、ぼくは把握しきっているわけではないが、
つまりは、眠っている間に見る、あれのことを言いたい。

夢の中で、これは夢なんだと、なんとなく理解できることがある。
これはすごく感覚的な問題で、「これは夢なんだ、好き放題するぞ!」だなんて
そんな吹っ切れた話じゃない。

全てが夢だと知っている夢の中のぼくは
そこで起こるツギハギの、ストーリーのない出来事の流れのままに動いていて、
目が覚めて考えてみると「どうしたっておかしい」と思うのに
夢の中では、そのおかしな一挙一動全てが正しいと信じているのだ。

('A`)「……」

今、見上げた空が、ぼくの毎日見つめていたそれとあまりに変わらないものだから
もうこの期に及んで ここは夢の中だと主張する気にはならないけれど
しかし、少しだけ、何故だろう。夢を見ているような心地がしたのだった。

(´・ω・`)「どっくんー!!走らなきゃ怒られるよ」

そして、あの夢の中の感覚と同じように、
ぼくはこの鬼ごっこを、当然に沿うべきシナリオとして疑っていない。
もちろん、ハインリッヒを捕まえることの意味はわからないのだが。

('A`)「はいはい」



81: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:44:30.89 ID:+AValzWgO
(´・ω・`)「よし、じゃあ基本戦法だ。挟み撃ちにしよう!」

('A`)「お、おう」

何が起こったのだろうか、数分も経たないうちに
ショボンは見る見る顔を輝かせ始め、
すっかり鬼ごっこを堪能している。

(´・ω・`)「僕がこっちから行くから!」

('A`)「あ、うん」

ハインリッヒはやたらに足が速かった。
「全力疾走」という言葉とは無縁の、散歩でもしているかのような調子で
けれども、どうしてか、ぼくが懸命に追ったところで触れる事すらならない。

ちなみに、このタイミングで打ち明けるのも変だろうか、ぼくは運動音痴だ。
足を早く動かそうとすると、もつれてしまうのだ。

从 ゚∀从「ふふん、全然駄目だな」

(´・ω・`)「あ、そっち行ったよ!!」

(;'A`)「は、はい」

ぼくが冴えない様子で仁王立ちしていると、
ハインリッヒはそのすぐ横をすり抜けていった。



83: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:46:41.27 ID:+AValzWgO
草原はかなりの広さで、十分ほど直進してもまだ緑が続いているのだが、
ぼくはその十分間の追いかけっこで死ぬほど疲れてしまい、その先を見ることを放棄した。

(;'A`)「うへあああ、あいつら……体力ありすぎるだろおおお」

喉が乾いて引っ付く感じが気持ち悪く、必死に唾液で湿らせる。

('A`)「げほげほ」

息苦しさに耐えかねて歩みを止めると、途端に両脚が震えだし、
まるで内藤に膝カックンをされた時のように前倒れてしまった。

マラソンだとか持久走っていうのは、走ってるときよりも
足を止めた瞬間がやばいんだよなぁ。

疲労が一気に押し寄せてくるっていうか、
もうそうなったら成す術なしって感じで、
だからぼくは今回も大人しく草原に身体を預けたのだった。

从 ゚∀从「ははは」

(´・ω・`)「えいやー」

二人の声が遠くなっていくのを、
ぼくは自分でも疑問な程 のどかな気持ちで聞いていた。

('A`)「……っていうかあいつらマジに異常だろ」



86: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:49:34.36 ID:+AValzWgO
内藤は足が速い。
それは知っているのだが、まさかショボンもこれほどまで運動神経が良いとは
まったく予想外というか、人は見かけによらない好例だろうか。

('A`)「……」

身体を起こし、うつ伏せに体勢を変えて、ぼくは二人の鬼ごっこを観戦することにした。

从 ゚∀从「ハーハッハ」

ハインリッヒの薄い体躯が野を駆けると、白衣が翻り、
草を踏みしめるリズミカルな音が躍動感を伝えてくれる。

どうやら体力には自信があるのか
ショボンの疲労を誘う作戦らしく、ぐるぐると走り回っていて
ショボンはというと、ハインリッヒの描く大きな円の中で、
これまた軽やかに身体を動かしていた。

(´・ω・`)「うおっと」

小石にでも足を取られたか、ショボンが横滑りするように体勢を崩す。

('A`)「あ」

しかしぼくの心配が及ぶより先に、片足を軸にして踏みとどまるショボン。
そしてその足をバネに、一瞬油断したハインリッヒへ飛びかかった!

(;'A`)「いやいや、やっぱりおかしいって、人外級だって」



88: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:51:40.13 ID:+AValzWgO
ひと飛びで捕まえられるほど近い距離ではなかったが、
それでもハインリッヒに与えたプレッシャーは大きかったのだろう。

左右どちらに身をかわそうか、ハインリッヒの躊躇が――
例え瞬く間であっても、仇になったのだ。

从 ゚∀从「ぐぎゃあ」

(´・ω・`)「よし!!」




从 ゚∀从「卑怯だぞフェイントは!」

(´・ω・`)「ピンチをチャンスに変えたまでです!」

ショボンが白衣の裾を、皺が癖になるほど強く掴み引いたため
ハインリッヒは思いもよらず転倒し、肘に擦り傷を作ってしまった。

もしもハインリッヒが女だった場合、こういうのって良くないんじゃないか……
なんて考えているのはぼくだけのようで、
当の本人たちは、小学生のように無邪気な言い合いを続けている。

(´・ω・`)「だって捕まえたら鬼の勝ちでしょう」

从 ゚∀从「お前の勝ちは認める。
     でもよ、正攻法じゃあなかったよな?そういう話だよ!」

('A`)「……」



89: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:54:40.77 ID:+AValzWgO
勝負がついたのを見て走り寄った時には、もう既に口論が始まっていたのだが
……いや、口論なんて、そんな大層なやりとりではないと、ぼくも思う。

('A`)「えっと……あの」

なんで鬼ごっこなんてしていたんだっけ、と考えながら、
ぼくが控えめに口を挟むと、思ったよりも素直に、二人の意地の張り合いは終結した。

从 ゚∀从「まぁいいや、オレ様の負けってことで」

(´・ω・`)「それにしても、こんなに走ったのは久しぶりだ」

('A`)「すんげ、疲れたよな!」

从 ゚∀从「おまえは、息切れ早すぎだ」

(´・ω・`)「二人で協力しようって言ったのに」

しかし、運動後の充実感を共有する事はぼくには許されなかったようで
中学での体育授業で遭った
思い返すも悲しい出来事の数々が脳裏に浮かぶのを拒否しつつ
ぼくは、仕方なく、本題を切り出したのだった。

('A`)「この鬼ごっこには何の意味があったんすか」

从 ゚∀从「ああ、おまえらがどれだけ走れるのかなって気になったから」

('A`)「……え?」



94: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/19(火) 23:58:04.51 ID:+AValzWgO
从 ゚∀从「正直な話な、オレたち、人手が足りてないわけよ。
     たとえ三日間でも、手伝ってくれる青少年が欲しいわけよ」

('A`)「え、あのもしかして」

从 ゚∀从「そのいちぃー!
     元の世界に帰るまでの三日間、暇で暇で仕方なくって、でもやることもなくて
     なんとなくオレやペニサスに後ろめたいまま過ごす」

('A`)「はぁ?」

从 ゚∀从「そのにぃー!
     オレたちのお手伝いをして過ごす!貴重な体験も出来て最高」

一々ビシバシとポーズを決めながら雄弁に語るハインリッヒに、
ぼくもショボンも後退りせざるをえなかった。

从 ゚∀从「どっちがいい?」

最後に右手をぐっと握りながらそう問われ、
まずショボンが答える。

(´・ω・`)「いえ……お世話になるのですし、手伝いくらいしますけど」

ぼくは……ショボンがやるというなら一緒に付いていかなければならないのだろうか。
そう思ったとき

从 ゚∀从「おまえは?」

ハインリッヒがぼくにも回答を求めてきた。



95: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:00:36.29 ID:CiIZ++pVO
('A`)「……おれやりたくないです」

もうどうしようもない状況なのだ、
暇つぶし代わりにハインリッヒの提案を受けるのも悪くはない。
しかし、それ以前にぼくは自分から疲れに行くようなことをする気分じゃあなかった。

(´・ω・`)「……」

ショボンには申し訳ないのだが、ぼくはハインリッヒの手伝いをするよりも
日がな一日、のんびりぼんやり座っているほうがいい。
先程見上げた空は随分澄み渡って綺麗だったし、
草原でごろごろするのだって案外に楽しいだろう。

三日待てば、元の世界に帰れる。
さぁ、ショボンが言ったとおり前向きに考えた結果なのだし、文句もないはずだ。

从 ゚∀从「むー」

('A`)「さーせん」

ここでツンケンした態度を取っても仕方がないので、
ぼくは出来るだけ物腰柔らかく、二人に意思を伝えた。
そうツンケンした……
つんけん、つん、ツン

(;'A`)「ぎゃああああああああああああああああああああああ」

ツンデレ!ツンデレのことをすっかり忘れていた!



97: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:03:42.89 ID:CiIZ++pVO
从;゚∀从「な、なんだよ、突然でかい声出しやがって」

しかめっ面から、ぼくの大声に驚き表情を変えたハインリッヒ、
けれども構っている場合ではない。

どうする?この様子だと、ショボンも綺麗に忘れているかも、
いや、ここでぼくがまた余計な行動を起こしたりしたら、
もしもショボンに考えがあったとして、
それを台無しにすること間違いない。

(´・ω・`)「ドクオくん?」

とにかく、ショボンに確認をとりたい。
このまま三日経ってしまったら困るし、
その三日の間に、ツンデレを助け出せるかもわからないのだ。

('A`)「つ、」

从 ゚∀从「つ?」

('A`)「つん、つん」

从 ゚∀从「はぁあ?」

ぼくはハインリッヒに怪しまれないように気を配りながら、
それと同時にショボンに視線を投げかけるという、
自分史上最も器用なことをやったのだった。
――成功したかどうかは別として。



98: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:06:44.35 ID:CiIZ++pVO
(´・ω・`)「あ!……あぁ、うん」

ショボンが ぼくの意図を理解したらしいことは
彼の表情の変化から読み取れた。
『しまった』というような動作の後、取り繕って貼り付けたいつものしょぼん顔は、
心なしか不安げである。

从 ゚∀从「あ?さっきっから何だよおまえら」

問題はこちらの人物にあった。
己だけ蚊帳の外、という状況が大嫌いなのだろう、
今すぐにでもぼくたちを問い詰めたいというような様子で
こちらを見下げていた。

('A`)「あ、あはは」

从 ゚∀从「……」

(´・ω・`)「あのですね」

まさかショボンからも忘れられているとは――
いささかツンデレが可哀想に思えてきたところで、
ショボンがハインリッヒに向き直る。

('A`)「……」

ここで止めるのは簡単だが、ぼくの判断で物事を決めて
それで良い方向に転がったことがあっただろうか。
……少し悩んでしまったということは、やはり止めるべきではない。



99: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:09:19.81 ID:CiIZ++pVO
(´・ω・`)「僕たち、ちょっと頼みたい事があるんです」

从 ゚∀从「なんだよ」

ここでツンデレのことを告げたとして、
ハインリッヒの反応はどうだろう。
ツンデレの存在は、どれほど影響力を持っているのだろうか。

彼女があんな中途半端な状態でここに来てしまった原因は、
ぼくの記憶と解釈が正しいのであれば、ショボンなのだ。

ショボンが半ば無理矢理に彼女を連れ出そうとした結果、
失敗したとかなんとかで、
あの世にも珍しい半透明人間ができあがってしまった。

悪気があったなかったではなく
――そしてぼくが関係しているかどうかではなく
ツンデレの存在を知られることによって、
『純粋な迷子』という立場を失ってしまうのが、恐ろしい。

从 ゚∀从「どうした」

(´・ω・`)「……実は、探し物がありまして、」

('A`)「……うん」



101: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:11:55.09 ID:CiIZ++pVO
从 ゚∀从「あぁ、もしかして、くるくる巻き毛の女の子?」

(;´・ω・`)「え?」

(;'A`)「……」

从 ゚∀从「違ったか?
      その子ならお前らと会う少し前にペニサスが見つけて、今修復中みたいだけど」

(´・ω・`)「えっと……修復中?」

从 ゚∀从「なんか誰かの空間移動に巻き込まれたみてーでさ、
      まぁ何日もしないうちに治ると思うし、
      そうしたらゆっくり話聞くつもりだったんだよ」

('A`)「……え?」

从 ゚∀从「制服着てるし、おまえらの知り合いかもな」

さぁ、どう反応するべきなのだろうか。
聞く限りでは、その女の子はツンデレである可能性が高い。

ぼくたちが図書室から出てハインリッヒと会うまでの間に
ペニサスがツンデレを見つけたということか?
擦れ違った形になって?

余計な発言は控えるべきだという基本方針は変わらない。
ここは、ショボンの出方を見たほうがいい気がする。

(´・ω・`)「……」



103: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:14:08.60 ID:CiIZ++pVO
(´・ω・`)「その子かも知れないです。もう少し詳しくお願いします」

从 ゚∀从「えーっと、時空間移動中に何かあったみたいでさ、
      言いにくいんだけど、彼女見た目に支障が出てて」

(´・ω・`)「支障とは?」

从 ゚∀从「……うーん半透明なんだよ。
      移動の際に彼女の情報を全部持ってくることが出来なかったみたいだな。
      たまにそういう奴もいるんだよな、でも治るからヘーキだぜ」

(´・ω・`)「……」

('A`)「あの〜」

ぼくはどうしても気になっていた事を、
どうしても気になったので、仕方なく、本当に仕方なく聞いた。

('A`)「治すのって、誰にでもできるわけじゃあないんですか」

从 ゚∀从「ははーん。やっぱりあの子も仲間なのか」

今のは失言だったのだろうか。
ハインリッヒの口元が意地悪くあがるのを見て、
ぼくはやっぱり言わなければよかった、と後悔した。

从 ゚∀从「治すのはペニサスみたいに技術がないと無理だなぁ」



104: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:16:22.29 ID:CiIZ++pVO
あんな非力そうな女性が、
ここではぼくなんかよりもずっとずっと強いのだろう。
そのツンデレ治療の最中、もしも彼女がどうやってここに来たのか知られてしまったら
ぼくたちはどうなる?。

ハインリッヒはこんなに親しげなのだし、思うより悪くはされないかもしれない。

从 ゚∀从「そうだ。こうしよう。
      ペニサスがあの女の子を治す。もちろん帰り道の確保もする。
      その代わり、お前たちは滞在中オレの手伝いをする」

これが等価交換ってやつなのか。

从 ゚∀从「やってくれるな?」

(´・ω・`)「そんな意地悪い質問は止してください」

从 ゚∀从「安心しろよ。ここでの一週間程度がお前らの世界での一秒にあたる。
     補修に一ヶ月かかったとしても、あっちじゃ精々五秒しか経ってねぇんだ」

散々に言われてきたとおり、時間に関して気にする必要はないわけで、
つまり浦島太郎のように、地上に戻ったら未来でしたなんてこともないはずだ。

('A`)「わかりました」

提示された条件、いくら交換条件と言っても、
こちらは頷くしかないものだし
三日間のんびり過ごすというぼくの密やかな希望は、
ハインリッヒの手伝いをするという、
とても穏やかではなさそうなスケジュールで塗り替えられた。



107: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:20:01.64 ID:CiIZ++pVO
('A`)「あの、具体的にはどういうことをするんすか」

ぼくが率直に問う。
ショボンは、どうやらこれまでの話で納得しかけているようだが
ぼくはというと、そうじゃあなかった。
数字を知らないうちに方程式の説明をされたような気分でいたのだ。

从 ゚∀从「簡単に言えば、警備員みたいなもんだな」

(´・ω・`)「警備員」

从 ゚∀从「そう、時空の治安を守る、警備員」

人差し指をぼくたちに突き立てながら、ハインリッヒは続ける。

从 ゚∀从「悪事をはたらく輩を、ひっつかまえりゃいいだけさ。
      ただし、死ぬ覚悟はしてもらおう」

面白くもないことを、最高に楽しいと言わんばかりに語るハインリッヒに、
ぼくは頷いたものの、けれど心中ただ事ではなかった。

ショボンは、この空間に死ぬという概念がないだのとほざいていたが、
当然俺たちにとっての「死」に変わる何かが存在するのだろうし、
それが死に等しい恐怖であるという覚悟は、必要なのだと思った。

(´・ω・`)「……そんな危ないことを」

('A`)「……」



109: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:21:28.57 ID:CiIZ++pVO
ぼくたちが押し黙ってしまうと、ハインリッヒは、さも面白げに笑い出す。
そうして一頻り笑い転げた挙句に、ぼくたちに言うのだった。

从 ゚∀从「ああ、そんな重っ苦しい顔すんなよ。冗談だってば。
     人手が足りないから頼んでるんだけどさ、そんなに気負う必要ないぜ」

('A`)「からかわれたのか」

(´・ω・`)「からかわれたね」

ハインリッヒはごめんごめんと口走りながらも、尚口角を吊り上げて、
ぼくの顔を見つめてはわざとらしく吹き出すのだった。

从 ゚∀从「どこまで喋ったっけ?ま、だから……簡単なお手伝いだって」

(´・ω・`)「ですから、僕達は立場上断れないので」

从 ゚∀从「あぁ、そりゃそうだ。やる気の確認しただけだよ。
     細かい内容は……飯のあとにでも話すか」

腹をさすりながらハインリッヒが笑う。
ぼくはあまり食欲もなく、というか
食べ物のことを考えると どうしても母が恋しくなるので
意識しないようにしていたのだが、
ショボンの腹の虫が鳴くのを聞いて、渋々頷くこととなった。

(´・ω・`)「あはは……なんかさっきからお腹空いててさ」



111: ◆Y0BMUrTaXI :2008/02/20(水) 00:23:44.41 ID:CiIZ++pVO
从 ゚∀从「オレもハラへったなぁ、食事のメニューはそっちの世界のものに合わせるぜ」

(´・ω・`)「合わせる……やっぱり普段は御飯とか野菜を食べるわけじゃないんですか」

从 ゚∀从「ん?なんだ、2ちゃんねるも似たようなもんか。肉とか餃子とか」

(´・ω・`)「あぁ。ご存じなかっただけですか、どうやら食べるものは同じみたいですね」

从 ゚∀从「いや、時空によっては、食事って概念がなかったりもするしさぁ
     かなり違いはあるんだけどな。似通ったタイプの世界でよかったな」

見た目が人間であること、日本語が通じることに加えて嬉しい事実である。
これから食べるのが朝食なのか夕食なのかもわからないが、食文化は同じらしい。

何せ、三日以上も滞在するわけだからこれは幸福な発見だけれど、
しかし、これまでの時間、歩いても歩いてもハインリッヒとペニサス以外の動物を見かけていない。
野菜はともかく、魚だの肉だのは、一体どのようにして得ているのだろうか。

あぁ、考え始めれば不思議な、というか納得のいかないことばかりだ。
ぼくたちの世界では、無理と道理を同時に通すことはできないはずだが。
ここではそういう物の見方がナンセンスなのかもしれない。

('A`)「自宅以外の警備なんてしたことないよ……」

ぼくのような、ごく普通の男が、まさか時空をまたにかけることになるなんて
図書室を訪れたときは思いもしなかった。
あの瞬間から、一体どれくらい経ったのだろうか。
ぼくの時計は相も変わらず四時三十分を示している。

                      ――つづく



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