/ ,' 3 ある作家とある編集のある日の話   のようです

3: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:50:50.57 ID:/QCLXa1I0
 

   act.1『ある作家とある編集者のある昼の話』


姓は荒巻、名はスカルチノフ。ふさげた名前だ。勿論本名ではない。文名である。
作家として細々と飯を食う生活が続いてはや八年――長くもなく、だからと言って短くもない月日である。
然したる賞も戴かず、しかし局地的な知名度がない訳ではなく、
一般的に『中堅処』と呼ばれる立場にいる私がふと目が覚めると、枕もとにスーツ姿の女性が立っていた。


('、`*川 「なんですか、これはー?」


一瞬、強く脈打った心の臓。はっと息を吸う。
私はそれが幻ではないことを確認するようにぱちくりと何度か瞬きをした。
それからゆるゆるとため息を吐き、頭から布団をかぶりなおす。

充満する闇。
途端頭へ昇ってくる布団に籠った熱。

ここまでの全ては現実だと理性が言う。
さて、横っ面を殴られたかのように世界は鮮明であるが、それに反比例して気持ちが沈んでいっている。


……まいった。覚醒一番にあれが視界へ飛び込んでくるとは。


そんな後悔をするよりも早く、闇が払われた。



4: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:52:12.14 ID:/QCLXa1I0
侵入した光に目がくらみ、染み込んできた寒さに身が震えれば、
やはり枕もとに焦げ茶色のリクルートスーツに身を包む彼女が仁王立ちで立っていた。
彼女の手には私から剥ぎ取った布団と、A4サイズのファックス用紙が一枚。



('、`*川 「ねぇ先生、なんですかこれは?」



語気は荒いがあくまで顔は笑顔である。それがまた殊更怖いのである。


/ ,' 3「なに、とは」

('、`*川 「『指がかじかんでキータイプできませんので書けません。
だから原稿はむりです。しかし悪いのは小生ではありません。全てこの冷え症です』」

/ ,' 3「ああ」

横になったまま少々わざとらしく納得すると、彼女は頭痛を耐えるかのように手を頭へ持っていった。
仕草こそ大人染みているが、その相貌はまるで子供だ。
どれだけ高く見積もっても歳は十六、十八程度にしか取れない。
童顔が悩みなのだといつか打ち明けられたような気がする。
あの用紙に覚えはある。つい一時間前ほどに、私が彼女の所属する会社の部署へ送りつけたものだ。



5: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:53:13.49 ID:/QCLXa1I0
('、`*川「まっことに不本意なんですけどね、締切の度にやれば慣れも来ますよっ」

/ ,' 3「これこれ、人のピロートークに突っ込みを入れる物ではないよ?」

('、`*川「腹式呼吸だったおかげでもうバッチリ聴き取れましたから!」


はははは、とお互い笑えば(彼女の声は乾いていたが)時計の針が動く。
そのタイミングで私たちの笑い声は止まり、変わりに魔女の釜の奥から這い出てきたようなあの声がする。


('、`*川「うぁああ、もう嫌ですよもう嫌です!
これはもう、なんと言うか某国防省が私を追い詰めようと動いているとしか思えません
じゃないとこんな作家がこの世にいていいんですかそこの所どうなんでしょうか神様っ!!」

/ ,' 3「私のバックにいるのは五角形か。まいったな、いつのまに私はそんな大物になったのだろう」

 
('、`*川「あーもー冗談通じねぇよ! その飄々とした態度が本当にムカつきますね先生いっそ尊敬します!」

/ ,' 3「いやいや、私なぞ怪奇現象に助けを求めた君ほどではないと思うよ?
電話が掛って来たと思えば何やら聞き覚えのある声で『もしもし、私編集。今あなたの家の前にいるの』」

('、`*川「あーあーあーあーあーあー、人の黒歴史を軽く掘り起こさないでください無視し続けたくせに!」

/ ,' 3「メリーさんの対処法はそれだと聞いたことがあるのでな」



7: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:54:22.46 ID:/QCLXa1I0
('、`*川「そういう態度とり続けたら本当にいつか孤独死しますよ先生」

/ ,' 3「それは『孤独死』ではなく『孤立死』と言うんだよ。まったくこれだからゆとりは」

('、`*川「なに年長者ぶってんですかこの野郎!」


むきー、と仁王立ちしたまま激昂する彼女を見ながら、年長者か。と彼女の言葉を反芻する。
四十と三年ほどしか生きていないが、これでもいろいろあったな、と。


/ ,' 3「なあ、編集君。ひとつ、昔話をしようか」

('、`*川「…………?」

/ ,' 3「なに、そんな訝しんでくれるな。とりあえずそこに座りなさい」


あやす様に言うと、彼女は小首をかしげながらも従った。
座布団など気の利いたものがない部屋なので、畳の上に直座りであるが。


/ ,' 3「昔話、と言うよりはある作家の話さ――」


寝床と机と箪笥しかない六畳一間の部屋に、滔々と私の声が響いた。
何故彼女に話そうとしているのか。何故話す気になったのか。
そう疑問に思わなくもないが、私は答えに似た感情を既に持っている。

ああ、それはきっと――――



8: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:54:53.83 ID:/QCLXa1I0
――――――



『ある所にある一人のある作家がおりました。彼は新人作家でした。
 原稿を落とさないこと――締め切りを守ることを心情にして生きている作家でした。』

『ある所にある一人のある編集がおりました。彼女は編集者でした。
 原稿を落とさせないこと――締め切りを守らせることを得意にして生きている作家でした。』


『新人作家はその時、恋をしていました。相手は――自分の担当編集者でした』
『編集者はその時、恋をしていました。相手は――自分の担当作家でした』


『彼らは当然のように惹かれあい、そして恋人になりました。
担当作家と担当編集者としての、体面を保ったまま――』



『しかしある時ある事件が起こったのです。それは、ある夜の日のことでした。』




――――――



9: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:55:31.14 ID:/QCLXa1I0
( ^ω^)『書き終わりましたお! ありがとうございます、クーさん!』

川 ゚ -゚) 『お疲れ様。編集長にはこれでOKもらえると思う。ご苦労だったね』

( ^ω^)『ありがとうございますお!』


深々と頭を下げれば、彼女はよしてくれ、と柔らかな声で言った。
顔を上げれば、広がるのは殺風景な自室と微笑む愛しい人の笑顔。
彼女の着る茶色のリクルートスーツは、持ち主の落ち着いた雰囲気をより内から滲み出たものにしている。
だから僕は、彼女のその服装とその雰囲気が好きだった。


川 ゚ -゚) 『うん、ご褒美に何か買ってあげようじゃないか。
コンビニエンストアに売っているもので、120円までのものだけどね』

( ^ω^)『うわいらねぇ。と言うかそれかなり品物が特定されませんかお?』

川 ゚ -゚) 『それよりも一緒にいたいって? ブーン君は甘えん坊だね』

( ^ω^)『コーヒーをお願いしますお』


即答した僕に、彼女は一瞥をくれると緩やかに破顔した。
それからハンガーに掛けてあったコートを手に取り、二人で玄関へ歩いていく。



10: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:56:21.66 ID:/QCLXa1I0
( ^ω^)『一緒に行きますかお?』

川 ゚ -゚) 『とりあえず君はその不精鬚を剃ってなさい。デートはそれから』

( ^ω^)『了解した。オサレして待ってますお』






了解した、と彼女が笑う。
了解された、と僕は笑う。






( ^ω^)『いってらっしゃい』

 川 ゚ -゚) 『いってきます』



11: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:57:46.99 ID:/QCLXa1I0
 
『けれども――それから作家の下に、彼女が帰ってくることはありませんでした。

その日、ある事件は起こったのです。

――彼女は、コンビニエンストアからの帰り道に事故に遭い、帰らぬ人になりました。』


『誰も彼もが彼を慰めました。誰も彼もが彼女の死を悼みました。
そして作家は、後悔しました。
彼の頭の中では、いくつもの『もしも』がぐるぐると回ります。


もしもあの時、コーヒーなどいらないから一緒にいたいと言えば――
もしもあの時、自分が原稿を上げていなかったら――



     かのじょはしななかったかもしれない 。



そしてある作家は、コーヒーを飲めなくなったのです。
そしてある作家は――締切りを守れなくなったのです。』



12: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:59:04.82 ID:/QCLXa1I0
話が終わり、ゆっくりと沈黙が降りてきた。
息をついてから顔を上げれば、口を開けたり閉めたり繰り返している編集者がいる。

('、`*川「それ、って……」
/ ,' 3「質問は無し。よくある与太話かな。流行りのスイーツ(笑)小説だと思ってくれればいい」

('、`*川「ねぇ、せんせい。先生。その作家さんはそれからどうしているんですか?」
/ ,' 3「さぁね。今も作家をやっているんじゃないかな。――締切りを守れない作家になってね」

長い長い静けさだった。
自分の心の中にある言葉を尽くそうとするからこそ生まれる、独特の沈黙だった。
慣れない空気であるが、決して嫌いではない。


('、`*川「…………先生、あの、私、お茶入れてきます。何を飲みますか?」

/ ,' 3「コーヒーがいいなぁ」

('、`*川「……紅茶にします」


私の言葉に、苦笑しながらもそう答えた茶色のリクルートスーツ。
それを見ながら、私はそっと息を吐く。
彼女が台所へ消えていくのを確認し、そこでやっと答えを掴んだ。

年甲斐もなく寝起きにどきりとしたのは『枕もとに人がいたから』ではなく――
枕もとに『茶色のリクルートスーツの女性』がいたからであって――



14: 1 ◆YcgYBZx3So :2008/03/25(火) 19:59:48.19 ID:/QCLXa1I0
 






/ ,' 3「書けなくば死ね。懐かしい言葉だ、と思えば――
 そうか。あの時君に言われた言葉そのものだったか」







クーさん。
そう呟いてから、私は机へ向かうべく立ち上がった。



                  了



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