( ^ω^)と無人の城のようです

5: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:28:30.29 ID:xUr1GQYG0
一歩。
二歩。


肉を求めるように。血を求めるように。
地響きに似た唸り声が弱者を内側から戦かせる。

歯茎に並んだ黄色い歯が、それを奏でる器のように震える。

唸り声をより低くし、一頭が踏み出した。
前足の爪と床とが擦れて鋭い音を鳴らす。

一頭に続いて、後ろに控えていたものたちが続々と足を踏み出した。
他のどれより巨大で、赤い毛並みが艶やかなその一頭は、見るものをそれらすべての王者であると確信させる。


そして今一度、更に幅を大きくして踏み出すと、頭を斜め上にもたげ。
音高く、吼えた。



7: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:32:17.51 ID:xUr1GQYG0
第六話 ― 五十二年の火蓋、命の差を天秤にかける




( ´_ゝ`)「お!」


上階から響いて来た咆哮に兄者が反応し、階段の方へ顔を向ける。

いびつに膨らんだ袖を弄っていた弟者が、少し遅れて同じ方へ目をやった。
今度は咆哮ではなく、情けない悲鳴が次々聞こえて来る。

それが聞こえると、兄者は同意を求めるかのように弟者へ笑い掛けた。
阿呆らしいと言わんばかりに、弟者はわざと表情を変えないまま兄者と目を合わせる。
暫くすると背を向け、また袖を弄くり始めた。



10: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:35:32.94 ID:xUr1GQYG0
( ´_ゝ`)「なあ弟者、判るだろう?ヒートが動いたぞ!奴らそろそろ部屋に着く頃だ」

(´<_` )「……無視された事に気付けよ」


ぼそりと呟くと、だるそうに首だけを動かして兄者へ振り向く。
その弟者の視界一杯に、こちらが苛立つ様子を伺うようなにやにやとした笑顔が映り込んだ。


(*´_ゝ`)「ふふふ。ふふふふふふふふ。それ位で挫けると?この俺が?」

宜しくない調子の声で言うと、弟者の鼻の頭を人差し指でぐいぐいと押す。
弟者はそれに対してすぐには反抗しない。ただただ目の周りの闇が濃く深くなって行く。

不意に鼻を押し続けていた兄者の指が、弟者の右手で包み込まれた。



11: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:37:27.28 ID:xUr1GQYG0
( ´_ゝ`)「? おと」












手入れをしたばかりなのに、出来ればまだ汚したくなかったんだがな。

弟者はそうぼやくと、溜息を一つ吐いてから立ち上がる。
金槌に付着した誰かの血を、いびつなままの長い袖で拭き取りながら。



13: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:42:02.04 ID:xUr1GQYG0
(´<_` )(しかし、あと数分で討伐隊一行がここに来るのは間違い無いという訳で)

ヒートが待機していたのは、ハインの待ち構える部屋がある三階に到達してからすぐの廊下である。
恐らく、もう暫くすればブーンが討伐隊を誘導し終わり、再び一階へ―――出口へと降りて来るだろう。


二人はハインから逃げて来た分を向かえ撃てるよう、一階の広間と階段とを繋ぐ廊下で討伐隊を待ち構えている。
作戦会議時、兄者は三階のハインの部屋を出てから一番近い場所にある階段に見当を付けていた。

二人の現在地は、その階段を降りきった位置を見張るため、広間へ向かう最短ルートにあたる廊下である。
ブーンとハインの誘導が上手く行けば、討伐隊はほぼ確実にこの廊下を渡るだろう。
この廊下を抑えておけば、二人は楽に討伐隊を転ばせる事が出来る、という事になる。

万一討伐隊が他の階段から降りて来ても、今居る廊下は全ての階段からあまり距離がない。
弟者にとって不満なのは、この位置を考え付いたのが兄者である事だけだった。


(´<_` )(そろそろ周囲の音に気を配らねば。集中しろ、集中)

(#´_ゝ`)「ってえええええ!ちょっと洒落にならんぞこれ!すんっごいじんじんするぞ!
さては前殴って出来たたんこぶと同じとこ狙ったな、弟者!」

(´<_` )「なんならもう一個たんこぶ増やしてやろうかこいつ……」



14: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:46:33.78 ID:xUr1GQYG0
( ´_ゝ`)「あー?何か言った?物事を伝えるときはもっとはっきりと喋りなさい」


手を出したら負け。

これは全ての揉め事において共通する言葉だ。
だがそれを実行出来るかどうかは、その時の相手の態度にも大きく依存する訳で。


(´<_` )「やかましい。もう頼むから黙ってくれ。いい加減真剣なふいんきを作ってくれ」

( ´_ゝ`)「それだ、それ!弟者は些か神経質過ぎるぞ。別にそんなに気を張って音を消す必要もないだろうに。
さっきから何回袖を確認した?俺は数えてました、きっかり十回です。こりゃちょっと酷過ぎだろう?
確認すべき事柄をちゃんと確認出来るのは大事だが度が過ぎるとモテなくなるよ!あとふいんきじゃなくて雰囲気な」


だからこの場合、俺に非は無い、と弟者は考えた。



15: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:50:39.11 ID:xUr1GQYG0
(´<_`#)「……、……っ、”もういっぺん”死ね!」


袖から再び金槌を取り出し、思い切り勢いをつけて背後へと放つ。
しかし、弟者の耳に返って来たのは、金槌が床に衝突した鈍い音だけだった。

振り返ると、そこには地面を九十度時計回りに回転させたような形で、窓枠に両手を掛け屈んだ体勢を保つ兄者の姿があった。

( ´_ゝ`)「同じ手は二度通用しなーい」

片腕を窓枠から離すと、茶化すように顔の横でひらひらと掌を振る。
弟者のこめかみに青筋が浮かんだ。



17: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:52:55.36 ID:xUr1GQYG0
(´<_`#)「どうしてあんたはこういう真面目な時に、一番して欲しくない態度を取るんだ!」

いつもならば一度弟者に叱られるか、鉄槌を食らったあたりで、兄者は適当におふざけを止めていた。
それがどうだ、こういった真剣めな場面を迎えると、必ずそのおふざけがいつもの度を過ぎるのだ。

弟者が壁へ向かって跳躍する。
ぎりぎり衝突する所で壁を蹴ると、その反動に合わせて右の袖を大きく振るう。

そこから、先端に鉄球の付いた銀の直線が飛んだ。
真っ直ぐに兄者の方へと直線が伸びる。鉄の擦れ合う音は、その直線が鎖である事を示していた。

( ´_ゝ`)「俺は弟者の緊張を和らげてやろうとだな」

兄者はその場から動かず、首を右へ傾げる。



19: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 22:56:54.91 ID:xUr1GQYG0
瞬間、今の今まで兄者の首が位置していた壁へと鉄球がめり込んだ。


(´<_` )(……)

弟者が舌打つ。
兄者は窓枠から飛び降りて地へ戻ると、余裕綽々といった風に服を払う。


払う腕を顔の横へ上げると、そのまま前方へ伸ばし、長い両の袖をだらんと垂らす。
頭を少し下へ垂らし、まるで何かを求めるようなその姿勢は異様で、奇妙な威圧感を放っている。

( ´_ゝ`)「見ろ。すぐ頭に血が」

登る、と言葉が出る前に大きく腕を開き、何かを抱え込むように一気に交差させる。
同時に両の袖から、弟者のものより細い直線が走った。



21: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:00:03.34 ID:xUr1GQYG0
低空を飛ぶ二本の鎖は、弟者の左右に少し距離を取って、弧を描いていく。
やがて二つの弧が繋がって輪を描くと、兄者が素早く袖を引いた。

すると輪は中心である弟者へ向かって崩壊し、弟者を捕らえるように先端の鉄球が方向を変える。
弟者はそこから後ろへと高く跳ね、自分を狙う鎖を回避する。


しかし弟者が跳ねた位置へは既に、小さく鋭利な何かが数本放たれていた。


(´<_` )(小刀か!)

魚群のようなそれらの向こうで、兄者が口の端を吊り上げる。
弟者が左の袖を持ち上げ、中で何かを構える。それを眼前へ持って行くと、幾つもの金属が同じ金属に跳ね返る音が響いた。



23: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:04:05.97 ID:xUr1GQYG0
そのまま地へ降り立つ弟者の袖に、引っ掻いたような傷跡が残っている。

その袖からは、大きな円盤状の銅版が覗いていた。
弟者の前へ、銅版に弾かれた小刀が落ちてゆく。


( ´_ゝ`)「はっはっは。銅鑼を使うのは上手くなったんじゃないか」

笑いながら床に放ったままの鎖を引き戻し、袖の中に鉄球を収める。
弟者も同じく鉄球を戻すと、未だ戦意を失っていないと主張するように袖を前へ垂らした。

( ´_ゝ`)「それでも、遠距離系の武器はまだまだ下手だな。もっと相手の行動を読んで使え」

(´<_`#)「銅鑼ってゆーな!これは歴とした防具だ!
……言ったな兄者、言ったな!後悔するなよ、望み通り俺の得手で性格叩き直してやる!」



25: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:09:58.72 ID:xUr1GQYG0
叫ぶと、今までのものより一回りか二回り大きな金槌、文字通りの鉄槌を手に兄者に向かって駈け出した。
異常な速さで兄者の前に辿り着くと、高さを抑えて跳ね、頭を狙ってそれを振り下ろす。

( ´_ゝ`)「おーおーまだやるか。別に望んでないけど、兄者ようやっと楽しくなって来た」

その鉄槌を兄者が避ける、避ける。
右から薙ぐように、鼻を挫くように、何度も向きを変えて振るわれるそれを、毎回擦れ擦れの所で兄者が回避し続ける。
その間に兄者も距離を取り、小刀を幾つか放つが、弟者は俊足で銀の魚群をかわす。


(´<_`#)「そぉの減らず口縫い付けてやろうかああ!」


鉄槌をぞんざいに投げると、一度手を袖に戻す。
そして再び現れた手には、太い針を指の間に数本ずつ仕込んであった。
先には釣り針のようなかえしが付いており、大きさはないが十分凶悪な外見をしている。



28: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:14:56.24 ID:xUr1GQYG0
(*´_ゝ`)「すぐ熱くなる所が幼いのう幼いのう。ぷくくく」

兄者はそれを見ても、まだ弟者を扇情するような言葉を続けた。


弟者が再び兄者へ接近し、針と共に腕を降ろす。
針は兄者の袖を貫き、そのまま弟者の掛けた体重で下へと下がっていく。

(´<_` )「貰っ……!?」

弟者はそのまま馬乗りになる形へ移行しようとしたが、途端に何かが自分の額へ思い切りぶつけられた。



31: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:18:12.51 ID:xUr1GQYG0
暗転、視界が大きく歪む。
一瞬で状況が判断出来なくなり、弟者は額への衝撃から後ろへ仰け反る。
その足を何かが、恐らく兄者の足が払い、弟者は更に後ろへと体全体を落とすように倒れて行く。

咄嗟に袖の中身を組み替えて支えを作ると、危うく倒れるという所から立ち直った。
まだ視界がはっきりとしないまま兄者の方へ顔を向けると、その額が赤みを帯びているのが見えた。


(´<_` )「……頭突きは反則だって、約束してたじゃないか……」

痛みから、自分の意思とは関係無く自然と涙が滲む。



32: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:20:54.74 ID:xUr1GQYG0
それに気付いているのかいないのか、兄者は新たに武器を取り出すのをやめた。

潮時か。
そのまま弟者も戦意を失ったように、指から針を外す。


( ´_ゝ`)「俺も痛いからおあいこだろう」

(´<_` )「何がおあいこだ馬鹿兄者。妹者に言いつけてやる」

(;´_ゝ`)「うおっほぉ!?そそそれこそ反則だろう弟者!ずる……、……」

(´<_` )「……兄者?」

急に兄者の言葉が、それ以上紡がれなくなった。
よく見ると、兄者の視線は弟者に合わされているのではなく、どこか後ろへ向かっている。



34: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:24:47.33 ID:xUr1GQYG0
(;´_ゝ`)「ド、ドナタサマデスカー……?」

ぽつりと、明らかに弟者以外の対象へ、ぎこちなく兄者が言った。
自分以外の対象があることをを察した弟者が、背後を振り向く。




そこには、体中の水分を失いそうな程に色の悪い汗を垂らし、しかし真顔で、青獅子の付いた刀剣を構える男が一人立っていた。



36: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:28:08.65 ID:xUr1GQYG0
************




/ ,' 3「小童あぁ!!次はどっちじゃああああ!!!」

(;^ω^)「ひだりー!ひィだァりーっ!!」


背後から情け容赦無い速さで追い来る狼の群れから、ブーンと討伐隊一行は必死に逃げていた。

”人狼”。

ただでさえほとんどの個体の大きさが凄まじいが、先頭の一匹、ヒートは常軌を逸している。
ブーンはその赤い毛並みから、先頭の大きな狼が一目でヒートだと判ったが、彼女は会釈を取る間すら与えてはくれなかった。
牙を剥き出しにしながらこちらへ襲い掛かって来るその迫力に果して屈せずにいられただろうか。無理だ。

もしかすると、こちらを本気で殺しに掛かってるんじゃあないか。
彼女らが自分の味方であると判っていても、ブーンは少し躓く度に漏らしてしまいそうな感覚を覚えていた。



37: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:31:15.29 ID:xUr1GQYG0
「ああっ!た、隊長!隊長ーっ!!」

「うわあああああ!!アンカイチが転んじまったー!!」

「後ろを向くな!遅れないで隊長に続け!!」


背後から聞こえるのは、死屍累々を予感させる声ばかり。
ミルナが脱落したためにブーンは先頭へ回され、スカルチノフがその誘導で”城主の部屋”へと向かっていた。

(;^ω^)(このまま真っ直ぐ行けば、このまま真っ直ぐ行けば……!)



39: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:34:40.83 ID:xUr1GQYG0
暗い廊下を進むにつれて、少しづつ奥の闇が薄れて来る。
スカルチノフが腰の鞘に手を当てたのが見えた。


そう、このまま直進すれば、ハインの部屋の銀色をした扉が見えてくる筈だ。
それで自分の役目は終わり、後は見ているだけ。このまま直進すれば銀の扉が見えてくる筈なのだ。

見えてくる、筈だったのに。



「―――五十、二年だ!」



40: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:37:11.78 ID:xUr1GQYG0
狼の咆哮と足音が、一斉に止む。


怒りと喜びとが複雑に拗れたような、それでもなお高い中性的な声が、廊下に響き渡った。
その場にはそぐわない、それでも聞いた誰もが足を止める高らかな音で、響き渡った。

廊下の闇の奥から、その闇とは違う黒をしたマントが現れる。
一歩一歩を確実に踏み締めて、足音で空気を研ぎ澄ませながら、その姿を露にしていく。

白銀の頭髪は、風もないのに揺れ、マントと共にざわめいている。


「久しぶりに顔を見せたと思ったら、何だその様は。酷すぎるんじゃねえか?
俺は、待った。五十二年待ったぞ。お前がここを訪れるのをやめたあの日から、今日まで、ずっとだ」



41: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:42:26.05 ID:xUr1GQYG0
/ ,' 3「……」

兵士達もブーンも、それが言葉を続けるのを何も言わずに見ている。
その言葉がスカルチノフに対してのものだと、誰もが理解していた。

「俺はこの世のあらゆる事象や感覚の中で、退屈が一等嫌いだ。
なのにあれから二十年位は、本当に退屈で退屈で仕方無かったんだぞ。
お前みたいな奴にはもう会えないとすら思っていたのにどうしてくれる。俺は人間で言えば半生分の楽しみを無駄にした」


/ ,' 3「…………今日こそが、その分の清算だ」


スカルチノフが長い間をおいて、漸く言葉を返す。
それを聞いた白髪―――こそ、誰もが城主であると気付いていた―――は、長く笑いを堪えていたように引いた笑い声を漏らす。
長く、本当に長く、計り知れない時を堪えていたように。



42: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:45:18.26 ID:xUr1GQYG0
/ ,' 3「わしが勝てば、小童は貰う。城は国軍の支配下となる。お前が勝てば、もうこの城へ兵士を送らせない」


(;^ω^)(……へ?)

「はははっ、ブーンを賭けるのか。……乗ってやる」

(;^ω^)(えー、ええー?えええええー)


訳も判らず賭け金扱いにされたブーンが困惑する。
その隣で唐突に、スカルチノフが鞘から刀剣を抜き出す。
太く、重々しく、白くありながら鈍い光を放つそれが、前方を指した。


/ ,' 3「……」



44: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:48:43.99 ID:xUr1GQYG0
从 ∀从「くく、……ふふふ、ふふ。はははは、ははははは。
清算か……はっは、清算。清算!清算!!ははは!!はーっはっはっはっは!!!」


黙って刀を構えるスカルチノフとは間逆に、怖気のするような高笑いを上げる。

清算と何度も繰り返すその姿で、ブーンの困惑は吹き飛んだ。

笑いが収まると、マントを翻し、軽やかに足を鳴らして小さく跳ねる。
そのまま、地へは戻らない。宙に浮遊したそれの双眸が光り、スカルチノフを睨む。



45: ◆TARUuxI8bk :2008/07/14(月) 23:49:56.10 ID:xUr1GQYG0
从 ゚∀从「―――勝負だ、スカルチノフ!!」


城主が、ハインリッヒが、叫んだ。




― 第六話 了



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