(,,゚Д゚)ギコと从 ゚∀从ハインと学園都市のようです

4: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:15:44.56 ID:MKLaU0zR0

――――第二十四話

               『スタートライン』――――――――――






          今、誰もがそのラインの上にいる
          では、その最先端にいるのか誰か



9: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:18:07.41 ID:MKLaU0zR0
竜の咆哮が響く学園都市。
もはや沈みつつある陽を浴びた都市は、淡い橙色のフィルターを得ている。

その南東部では、破壊の音を中心として光や風が迸っていた。

戦闘が行われているのだ。
訓練でも、人と人との争いでもない。
そこに描かれているのは、衝動に任せて暴れる竜と、それに抗う小さき人間達。
大きさも種別も何もかも異なる対決は、圧倒的な力を持つ竜が優勢に立っている。


そして、誰もが気付いていなかった。


戦闘が始まってから既にある程度の時間が経っている中、
学園都市の戦いを見ている『何か』が、離れた位置に存在していることを。



11: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:19:24.22 ID:MKLaU0zR0
都市から東に数キロの地点にある山地。
そこに、件の『何か』が在った。

航空艦だ。

学園都市からの視線を逃れるため、山陰に隠れて浮遊している。
魔術によるステルスモードを展開することで、普段なら重く響く駆動音さえも隠し通していた。

その航空艦には大きな特徴があった。
頭が二つ存在――つまり『双胴艦』ということである。
漆黒の色を纏う双胴は、二つ首を持つ蛇のようにも見受けられる。

実のところ、この艦は世界的にも有名な航空艦であった。
名を聞けば誰もが恐れ、姿を見せれば戦意を失わせるほどに。


――――『無邪気な姉妹《ウンシュルディヒ・シュヴェスター》』。


大国『チャンネル・チャンネル』が誇る空軍の旗艦とも言える存在が、
何故か姿を隠しながら、竜と戦っている学園都市を観察しているのだ。

口も手も出さず、身動きすらしない。

沈黙を保つ漆黒の双胴艦は、ただひたすらに不気味としか言いようがなかった。



14: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:21:37.29 ID:MKLaU0zR0
『無邪気な姉妹』、その司令室は緊張に包まれている。
その大部分を発しているのは、艦長席に腰かけた小柄な老人。
肘をつき、正面ウインドウに映っている学園都市の様子を眺める姿勢だ。

空軍長であるセントジョーンズ、その人である。

(’e’)「……ふむ」

一つ長い息を吐き、

(’e’)「あれが学園都市VIP……。
    過去の災厄を封じ、しかし何も知らない都市、か」

半刻振りに放たれた彼の声は、しわがれていながらもハッキリと司令室内に行き渡る。

「「…………」」

その周囲、艦を動かすための機器に向かっている船員達がいた。

無駄な言動どころか、応答すらしない。
自分達の上司の厳しさは身をもって知っているし、
何より彼らには、『無邪気な姉妹』の一端を担っているというプライドがあるからだ。



16: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:23:22.95 ID:MKLaU0zR0
セントジョーンズの異名である『不墜鳥』。

彼が指揮する艦は絶対に沈まないことからついた名である。
事実、彼の判断や指揮は全て迅速かつ正確で、彼に仕える船員達はそれを理解している。
だからこそ、セントジョーンズの言う通りにやれば何も間違いない、と心の底から信頼もしている。

そんな船員達が恐れているのは、セントジョーンズの判断ミスなどではなく、
自分達の油断や驕りで彼の仕事に悪影響が出ることだ。

故の沈黙である。
ただ彼の指揮の下、一片の疑問すら発さず己の責務を果たしているのだ。
統率力という点で言えば、これ以上の完璧は存在し得ないだろう。

しかし、そこに無遠慮な音が飛び込んできた。


ミ;゚Д゚彡「――セントジョーンズ空軍長!!」


司令室の出入り口から、一人の若者が入ってきたのだ。



18: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:25:07.24 ID:MKLaU0zR0
若く、張りのある声に対し、セントジョーンズは振り向きもせず、

(’e’)「……フサギコ君か。
    確か航空戦艦のノウハウを学ぶために乗り込んできたらしいが、収穫はあったかね?
    これでも国内において最新かつ最強の装備と人員を保有しているのだが」

ミ,,゚Д゚彡「え? は、はい、もちろんです。
     いやぁ、流石は『不墜鳥』の戦艦ですね。
     設備はもちろん、搭乗員の練度も文句無しで、もう学ぶことばかりと言いますか――」

ははは、と笑い、しかしすぐに真顔に戻り、

ミ;゚Д゚彡「――って、違います! 話を逸らさないで下さい!」

(’e’)「別に逸らしたつもりはないのだが……で、何を慌てているのかね?」

ミ;゚Д゚彡「貴方が今見ている学園都市のことですよ!
      どうしてこんなに近付いているのに、援護しに出て行かないのですか!?
      あのままだと……!」

(’e’)「あのままだと?」

問われ、フサギコはしばらく固まり、

ミ;゚Д゚彡「え、ええと……ど、どうなるのでしょうか!?」

(’e’)「それなら簡単だ。 ウインドウを見たまえ」



20: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:28:25.74 ID:MKLaU0zR0
画面上では戦闘の様子が映し出されている。
まだ未熟な生徒達が、未熟な装備と戦術で竜と戦っていた。

(’e’)「彼らは抵抗しているよ。 おそらく本気で、必死に。 そして何も知らず」

ミ;゚Д゚彡「……ですが、相手はあの竜種ですよ!
     我々軍人ならともかく、学生が勝てるかなんて考えるまでもないじゃないですか……!」

(’e’)「そうとも言い切れん。 あの竜はワイバーン、つまり竜の中でも下位種族だ。
    もっと詳しく言うならば、竜属の下位飛竜系、そして小型だ。
    もし上位種ならば勝負にすらならないだろうが、あのレベルならば人間の手にギリギリで負える。
    脅威と言える『竜砲』も、『竜叫』も使えないしな」

言葉に、フサギコは沈黙した。
しかし何も言えずに黙ったわけではない。
床を見た視線は真っ直ぐで、しかしどこも見ていないのは思考中である証拠だ。

ミ;゚Д゚彡「……セントジョーンズ空軍長。
     今の言葉に、一つ問いたい疑問があります」

未だこちらを見もしないセントジョーンズへ言う。
それは、

ミ;゚Д゚彡「本当なのですね?
      あのワイバーン種を、暴走させた上で学園都市へ送り込んだというのは!?
      竜種は繊細故、個体別の差異が他生物に比べて多い!
      遠距離からの観察程度で、『竜砲』や『竜叫』の使用可否など解るはずもないのですから!」



25: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:30:50.73 ID:MKLaU0zR0
(’e’)「それは我々の権限に抵触する疑問だな。
    答えることは出来ん」

温度の低い言葉に、フサギコは微かながら俯いた。
しかしすぐに顔を上げ、

ミ,,゚Д゚彡「確かに、陸軍所属の私が口を挟める問題ではないのでしょう」

それは認めるところだ。
自分は陸軍で、今いるのは空軍が支配する場である。
本来ならばこうして口を出すのも立場的に危ういはずだが、フサギコは感情が走るのを止められない。

それは、彼が信条としている一つの定義が理由となっていた。

ミ#゚Д゚彡「――しかし、私はその前に一人の『騎士』です!
     騎士は領土全ての民を守ることを責務とする!
     目の前で人々が竜に襲われているのなら、それを見過ごすことなど絶対に出来ないッ!!」

強く言い、その感情を示すように右腕を振った。
布を叩く音が司令室に響き渡る。



28: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:33:19.80 ID:MKLaU0zR0
しばらくの沈黙。
ウインドウから響く、ノイズ混じりの戦闘音のみが留まる。

やがて、セントジョーンズが首を回し、ようやくフサギコを視界に収めた。

(’e’)「若い……若いな、フサギコ君。 そこで騎士論を持ってくるか。
   チャンネル・チャンネル軍部に属している以上、私も騎士の端くれ……。
   ならば、その論の正当性については同意するしかあるまい」

ミ;゚Д゚彡「で、では――」

(’e’)「――同意はする。 だが、その『意見』は却下、だ。
    我々には我々の考えがある」

刺すような声色だった。
小柄な老人が放ったとは思えない声に、フサギコは思わず背筋を震わせる。
彼の弁を『意見』としたのは、セントジョーンズなりにフサギコを認めているからだろう。
しかしこれ以上噛みつこうものなら、おそらく軍にはいられなくなるはずだ。

ミ; Д 彡「……っ」

フサギコは拳を握り、肩を震わせる。
納得はいかない。

だが、納得するしかない。



31: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:35:31.70 ID:MKLaU0zR0
そんな葛藤と悔しさを読み取ったのか、セントジョーンズは一つ小さな溜息を吐いた。

(’e’)「やれやれ……。
    陸軍長であるヴォルフから聞いてはいたが、随分と正義感が強いようだな。
    このような男を部下に持つとは、ヴォルフも幸いなことだ」

ミ;゚Д゚彡「い、いえいえ、それほどでも……。
      自分は真面目であることしか取り柄がありませんし、
      先ほどだって廊下でつまづいて――」

(’e’)「そして同時に、随分と自ら話を逸らすのが得意なようだな?」

ミ;-Д-彡「あう……」

申し訳なさそうに視線を落とすフサギコ。
同じようなことを、上司であるヴォルフによく言われていたからだ。
染みついた性根を直すことなど出来ないのは解っている。
しかし、だからと言って開き直ることはしたくない故に、フサギコは反省を姿勢で示した。

そんな様子に、セントジョーンズは首の位置を戻した。
再び、戦闘の映像を流すウインドウを見つめながら、

(’e’)「――竜を仕向けたのには理由がある」

と、まるで独り言のように言った。



34: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:39:00.56 ID:MKLaU0zR0
ミ;゚Д゚彡「え?」

(’e’)「実のところ、この行動は『プロフェッサーK』に知らせていない。
    つまり私の独断で『無邪気な姉妹』を動かし、ここまで来ている」

ミ;゚Д゚彡「……!」

口調こそ平静そのものだが、それが大事であることは言うまでもない。

『プロフェッサーK』は長らくチャンネル・チャンネルの技術力を支え、発展させてきた。
今や『プロフェッサーK』の持つ権力や発言力は、もはや各軍部の長と同程度のレベルだ。
特に学園都市関連においては、『プロフェッサーK』の方が強い権限を持つケースも多々ある。

ミ,,゚Д゚彡(何せ、あの学園都市VIPの建設は
      『プロフェッサーK』の主導の下に行われましたからね……)

一都市の建設を任せられる。
それは、本国の政治などを司る上層部に通じる影響力を持っている、ということだ。

セントジョーンズの行動は、そんな人間を敵に回す可能性を孕んでいた。
『プロフェッサーK』と深い繋がりのある国の中枢が動けば、いくら空軍のトップだろうとひとたまりもないだろう。
違反や裏切りは、それまでの実績を全て裏返すものであるからだ。

ミ;゚Д゚彡「…………」

だが、疑問がある。
そこまでして動く理由とは何か、と。



35: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:40:20.05 ID:MKLaU0zR0
(’e’)「……個人的な興味だよ」

フサギコの心を読んだかのように、セントジョーンズは語る。

(’e’)「かつての話だ。
    あの都市が作られる前、ここで一つの事故が起きた。
    ほとんど知られてはいないがな」

ミ,,゚Д゚彡「事故……?」

そういえば陸軍長ヴォルフも、
学園都市を語る時に『事故』などと言っていた気がする。
建設中に起きたものだと勝手に解釈していたが、どうやら違うようだ。

(’e’)「その時、まだ若かった私と、ヴォルフと、海軍長も居合わせていた。
    『プロフェッサーK』の技術給与によって新造された、世界初とも言える航空艦に乗って、な。
    理由は、あの都市の地下にあった『何か』の調査だった」

だが、

(’e’)「……あれは不幸な事故だったのだろうか。
    今になっても私には判断することが出来ないが、大きな事故となった」



38: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:42:13.07 ID:MKLaU0zR0
その話はまったくの初耳だった。
軍部に入ってまだ十年も経っていないが、それなりの地位にはいる。
しかし、セントジョーンズの語る『事故』について、さっぱり心当たりがない。

セントジョーンズが苦笑した。
当然だな、と小さく呟き、

(’e’)「今の各軍部長は、その事故によってそれぞれ何かを失っている。
    だから、あの場の中心にいたはずの『プロフェッサーK』を、今でも信用することが出来ずにいるのだ。
    失われた原因が解らない以上、奴が何かしでかしたのではないのか、と」

そして、下らぬ感情だ、と吐き捨てるように付け足した。
一息。

(’e’)「『プロフェッサーK』はその後、あの事故を覆い尽くすように都市を建設した。
    それが学園都市VIP。
    そして『プロフェッサーK』は、VIPに何か期待しているらしい。
    全てはそこから始まっているだけの話だ」

フサギコはようやく大部分を理解した。
セントジョーンズが竜を学園都市へ送った理由とは、

ミ;゚Д゚彡「かつての事故の上に作られた都市……その是非を確かめるために……?」



44: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:43:59.21 ID:MKLaU0zR0
少し震えた声で問うと、セントジョーンズは小さく振り向いた。
しかしその顔は怪訝そうなもので、

(’e’)「――何だ? まだいたのか?
    老人の独り言を聞くとは、趣味の悪い騎士もいたものだな」

なるほど、そういうことか。
納得を得たフサギコは、小さく頷くことで返答とする。

(’e’)「……ところでフサギコ君。 時間はあるかね?」

ミ,,゚Д゚彡「え? あ、はい。 あとは本国に戻って艦を降りるだけです」

(’e’)「そうか。 ならば――」

視線を正面ウインドウへ戻し、

(’e’)「――終わりまで見ておくといい。
    結果次第では、お前も大きく関わることになるかもしれない」

ミ;゚Д゚彡「え……?」



47: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:47:47.42 ID:MKLaU0zR0
セントジョーンズの言葉に、フサギコは首を捻った。

確かに興味深い出来事ではあるが、
学園都市VIPはチャンネル・チャンネルに所属する都市だ。
陸軍であるフサギコにとって、ほぼ間違いなく関連はない。

あそこの卒業生が軍部に入る、という話はよく聞く。
実際、フサギコの同僚や後輩にも学園都市からやって来た者もいる。

だが、それだけだ。

(’e’)「難しい顔をしているな……私の言った言葉の意味が解らぬと見える」

ミ;゚Д゚彡「えっと……はい、正直に言えば」

(’e’)「ならば言葉を変えよう」

頷き、

(’e’)「私の勘が正しく、そして予想通りに事が進めば……。
    君はおそらく、あの都市と敵対することになるだろう。
    だから、色々と覚悟をしておくといい」

ミ;゚Д゚彡「!?」

今度こそ意味が解らなかった。
セントジョーンズはもう何も言わない。
彼の視線に誘われるように見れば、そこには正面ウインドウ。

竜との戦いが、続いていた。



49: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:49:16.75 ID:MKLaU0zR0
ノパ听)「んッ?」

( ゚∋゚)「……どうした? 余所見していると落ちるぞ」

学園都市上空。
『黒翼』で飛行状態に入っているクックルの背、ヒートがふと学園の外へ目を向けた。
平行視線の先には緑より空色の方が多い中で、東の方角に見慣れない何かを見た気がしたのだ。

視線の端だったため確証はなく、
だからというように顔ごと東を見るが、しかし在るのは遠くに見える山脈だけ。
上空特有の冷えた、そして乾いた風を全身に受けながら、ヒートは首を捻る。

ノハ;゚听)「? 何か見えた気がしたんだけどなぁッ。 黒色っぽいのッ」

( ゚∋゚)「……目が良いのか、それとも夢見がちなのか判断に困る」

ノハ;゚听)「うーんッ」

五指を広げた手を額に当て、遠くを見ようとするが、やはり見えるのは山である。
あの奥に不自然な濃い黒色が見えたような気がするのだが、見間違えだったのだろうか。



52: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:50:32.64 ID:MKLaU0zR0
( ゚∋゚)「それより、そろそろ仕掛けるぞ。
     準備は良いのだろうな?」

問われたヒートは、真っ赤なトンファー『炎噛』を構えて頷く。
姿勢は安定を優先するための中腰状態で、

ノパ听)「おうッ! いつでも良いぞッ!」

その視線が見るのは、真下だ。
学園都市の大部分を見渡せるような光景の中、都市南東に大きな動きがある。

竜だ。

藍色とも言える鱗を持つ巨大生物が、翼を広げて暴れている。
街並みを破壊するというより、前を走る何かを執拗に追いかけている動きだ。
竜の前を疾走しているのは、陽炎を噴くローラーブレードを履いたハインリッヒ。

ノパ听)「あの竜を背に凡ミス無しで走ってるのは、度胸がある証拠だなッ。
     私は好きだぞッ、ああいうのはッ」

( ゚∋゚)「うむ。 並の生徒が出来る芸当ではないだろうな」

ノパ听)「……よしッ、行こうッ!!」

( ゚∋゚)「承知した」



54: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:52:07.23 ID:MKLaU0zR0
言い、一気に身体を傾ける。
頭を下へ向ける動きに対し、ヒートは更に腰を落とすことで対応。

( ゚∋゚)「――突撃する!」

そして『黒翼』が魔力の火を噴いた。
押し出されるようにクックルの巨躯が、真下を向いて加速を開始する。
背にしがみつくヒート共々狙うのは、都市で暴れている傍迷惑な竜だった。

猛スピードの落下軌道。
周囲の景色が、同じ速度で空へと落ちていく。
示すような前方からの強風があり、そしてそれを顔面に受けながら、

ノハ--)「私は――ッ、一度ハインを疑ったッ」

メールをクーからの指令だと勘違いし、まったく疑うことなく彼女を裏切り者だと疑った。
しかし今、彼女は間違いなく学園のために動いている。
生徒会役員の自分なんかより、もっと危険に身を置きながら、だ。

ノパ听)「――簡単に許してもらおうとは思わないッ!
     けど、学園を想う気持ちは絶対に負けてないッ!
     だから……行くぞ、クックルッ! 競うんじゃなくて、協同するためにッ!」

( ゚∋゚)「お前のそういうところが好きだ、ヒート。 そこらの男より男らしい」

そして更に加速。
逸早く戦場の最先端へ参じるため、赤と黒の色が落ちていった。



55: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:53:40.00 ID:MKLaU0zR0
ヒートとクックルが高速落下してくるのを、地上で見ている者がいる。

从;゚∀从「アイツら無茶すんなぁ……!」

ハインだ。
ローラーブレードから陽炎を噴きながら、全速で突っ走っている。
背後には当然、生徒達の攻撃を受けながらも速度を落とさない竜が迫ってきていた。

現在、都市の南東を回り終えようとしているところだ。
あとはこの大通りを行き、いずれ見えるT字路を左折する。

都市の東の大部分を占める商業区画へ入ってしまえば、
あとは背の高い建物や入り組んだ道が、ハインと竜との差を広げてしまうだろう。

だから、行く。

直線道路に入り、障害物や曲がり道が使えなくなる以上、もはや純粋なスピード勝負だ。
ハインはローラーブレードと己の身体を、竜は翼と巨体を使って速度を求めるだろう。
しかし、

从;゚∀从「ちっ……残量が、ちょっとまずいか?」

手持ちのマジックカートリッジが遂に無くなった。
魔力を使って速度を上げるローラーブレードにとっては死活問題だ。
どこかでカートリッジを補給する必要がある。



57: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:55:18.71 ID:MKLaU0zR0
思い、少し眉を歪めて上げた視線の先、

ξ゚听)ξ「ハイン――!!」

大通り脇の一つの建物の陰から、ツンが身を乗り出して手を振っていた。
その手にはハインが求めるカートリッジが握られている。

从 ゚∀从「丁度良い! 補給ポイントか!」

小さく安堵したその瞬間、

ξ;゚听)ξ「!? ハイン! 後ろ――!!」

从;゚∀从「え――」

竜が手の届きそうな位置まで迫ってきていた。
ハインが油断したのを見逃さなかったのだ。

『――――!!』

判断は一瞬。
今にも振り下ろされようとしている足爪から逃れるため、
残り僅かしかない魔力に火を入れ、バーストさせる。

音と共に速度が追加された。



60: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:56:40.84 ID:MKLaU0zR0
从;゚∀从「ちィっ――!!」

ハインがいる位置を爪が砕き、今日何度目かの激音を立てる。
その音を背中のすぐ後ろで聞き、今日何度目かの冷たい汗を得る。
恐怖を払うように強く首を振るのも、今日何度目かの抵抗行動である。

だが、そこでタイミングがズレてしまった。

ξ;゚听)ξ「あ」

という間に、路地から身を乗り出していたツンとすれ違ってしまう。
慌てて手を伸ばしたが、加えられたばかりの速度がそれを許さない。

カートリッジが受け取れなかった。
非常にまずい。
焦燥が胸の内に生まれる。

ここまで逃げてこられたのは、ローラーブレードの加速力の恩威によるものだ。
加速を生む燃料を受け取れなかった今、もはやハインに速度を得る手段はない。

今度こそ竜が迫る。
翼を一つ叩き、風を押し退けるようにして来る。
再び足が振り上げられ、逃げることの出来ないハインの背を――


ノハ><)「アチョ――――ッ!!!」


という咆哮が震わせた。



61: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 20:58:41.06 ID:MKLaU0zR0
次の瞬間、ヒートを乗せたクックルが竜の背を打撃した。
『黒翼』の速度に落下加速を加えた一撃は、たとえ竜と言えどもたまったものではない。
が、という苦悶の呻き漏らし、その巨躯が反るようによじられた。

从;゚∀从「お、お前……」

ノパ听)「行けハインリッヒッ!」

( ゚∋゚)「少しばかりの時間を稼ごう」

その言葉だけで十分だった。
強く頷いたハインは、前を見て疾走を再開する。

ξ;゚听)ξ「あ――」

止まらない状況に置いていかれたのはツンである。
ハインに渡そうとしていたカートリッジを手に、腕を伸ばそうとして思い留まった格好。
既に彼女の背は掴めそうなほど小さくなっている。

飛び込んできた竜に怯えてしまった、自分のミスだ。

初めて目にした竜、あまり出たことのない前線、実戦という極度の緊張。
この世界、この都市においてそれらの言い訳は通用しない。
もし通用する場があるのなら、そこはきっと平和で、豊潤で、満たされているのだろう。



63: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:00:35.16 ID:MKLaU0zR0
悔しい。
学園都市に来て何度か思った感情だ。
サポート役に徹しているが故に感じる、ジレンマだった。

ギコやエクスト達なら上手くやったのだろうか。
この程度の仕事すら自分には果たせないのだろうか。

悔しくて、悔しくて、目元にじわりと熱が来て、

( ^ω^)「任せるお」

と、いつの間にか隣にいたブーンが、ツンの手からカートリッジを取り上げていた。

( ^ω^)「僕に任せるお、ツン。
      君に出来ないことを、僕が必ずやり遂げてみせるから。
      だから――」

走り出し、

( ^ω^)「――君は、君にしか出来ないことを、お願いするお」

ξ;゚听)ξ「!!」



65: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:02:20.47 ID:MKLaU0zR0
突き動かされるようにツンの手が動いた。
白い指輪が、加速していくブーンの背へ向けられ、


《 Get Set ―――――――――術式プログラム選択=干渉系魔法類【フィアレンス・アーツ】。
  Code【Leg=S-Lv3-30】―――脚部性能強化/付加レベル3/接続時間30秒。
  Target Default.
  All Ready――Execution=【ブーン専用強化Ver.B】――》


レクリエーションでは使われなかった、性能重視の速攻型脚部強化術式。
ブーンの足に淡い光が来た瞬間、彼の速度が爆発的に上がった。

ξ゚听)ξ「行って……!」

拳を小さく握り、

ξ><)ξ「お願い! 行ってブーン! 私の分まで!!」

応えるように、圧倒的な速度を有すブーンの足音が聞こえた。



68: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:03:45.92 ID:MKLaU0zR0
ハインはすぐに気がついた。
自分以外の疾走の音が、背後に追加されたことを。

何かに追われている。
気配の大きさからして竜ではないが、しかし誰なのか。
そもそもかなりの速度を出しているはずなのだが――

(#^ω^)「ぬおおおおおおおおっ!!!」

从;゚∀从「あれえぇぇぇぇぇぇ!?」

それはあり得ない光景だった。
こちらはローラーブレードで、残り僅かな魔力を使って突っ走っている。
速度的には魔道列車に及ばないものの、それでも高速である。

だが、ブーンは自分の足だけで追いついてきていた。

両手を後ろに投げ出した格好。
足は光を迸らせながら、石畳を砕く勢いで叩き込んでいる。
その力強さを証明するように、ど、という鈍い音が連続していた。

从;゚∀从(ツンの話だと俊足だったらしいが……こりゃあ規格外だろ!?)

機械と術式を使ってこのスピードに対し、ブーンは術式と自分の足のみ。
速度が自慢だった彼女にとってこの現実は衝撃の一言である。



72: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:05:47.55 ID:MKLaU0zR0
(;^ω^)「ハ、ハイン! これ、を――!!」

そう言って差し出された右手にはカートリッジ。
ツンが先ほど渡そうとしていたものだ。

从;゚∀从「サ、サンキュ……」

(;^ω^)「これ、で! ツン、の、ミス、を、無し、に! して、ほしい、お――!!」

成程、ブーンは彼女の失敗を取り戻すために疾走しているらしい。
タイミングを合わせられなかったのはこちらであり、元からミスなどと言うつもりはなかったのだが、
彼の真剣な表情を見たハインは、何も言わず頷くことを返答とする。

从;゚∀从「でも、どうしてここまでして……」

すると、ブーンが嬉しそうな笑みを浮かべ、

(;^ω^)「だって、僕は! ツン、の、騎s――」

と、

(;^ω^)「あ」

石畳の凹凸に爪先を引っ掛け、

(;゚ω゚)「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜――……!!」

一瞬で後方へ消えていった。



77: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:08:24.36 ID:MKLaU0zR0
从;゚∀从「…………」

思わず振り向いて見送ってしまったハイン。
この速度で転ぶのは非常に危険なのだが、ブーンだし大丈夫だろうきっと、と思い直す。
背後の方で、何かが壊れるような音と、いくつかの悲鳴が聞こえた気がしたが、無視する。

从 ゚∀从「でも、これで――!」

新しいカートリッジをセット。
補充された魔力は、ハインに速度という礼を返す。

从 ゚∀从「ありがたいよな……!
      だから、俺も絶対に成功させてやる!!」

スピードアップ。
石畳を削る勢いで、ハインは更に前を目指す。

背後から、竜の怒りに満ちた咆声が響いていた。



80: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:09:48.44 ID:MKLaU0zR0
『――――!!』

苛立ちに満ちた竜の声。
トソン達の射撃を始め、ミルナやレモナの攻撃、他生徒達の妨害など、
ここに至るまで何度も足を止められており、いい加減、煩わしく感じているのだろう。

その感情の矛先は、背に乗っているヒート達へと向けられた。

首を捻り、燃えるような両眼がヒートを見る。
口が開かれ、喉奥が発光を始める。

(;゚∋゚)「まずい……! 吹息(ブレス)か!?」

専用の内臓で作られた粒子を、息に混ぜて吹く行為だ。
危険生物とカテゴライズされる動物の多くが使用する遠距離攻撃だが、
とりわけ竜の吹息(ブレス)は粒子濃度が高く、殺傷性や破壊力は非常に高い。

まず、冷えを感じた。
冷えるということは、熱を奪われているということだ。
みるみる内に竜の喉奥が赤くなっていく。

( ゚∋゚)「このままでは焼鳥か……冗談ではない、退くぞヒート!」

ここに残るのは自殺行為以外の何物でもない。
判断したクックルは、飛び降りようと膝に力を入れた。
そして見る。

ヒートが、赤いトンファーを両手に前へ出たのを。



81: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:11:33.00 ID:MKLaU0zR0
(;゚∋゚)「ばっ――」

か、という言葉すら間に合わない。
既に臨界点を迎えていた竜の息が、ワンテンポ遅れて放射される。
殺到してくる熱がヒートの身を焼く直前、彼女の口が開かれた。

ノハ )「あ」

という単音。
それが続き、伸ばされ、やがては叫びへ変わっていく。

悲鳴ではない。
闘争の叫びだ。
いつも立てている眉を更に立て、右手のトンファーを前へ突き出し、

ノハ#゚听)「――噛め、炎噛ッ!!!」

叫びと共に異変が起きた。
ヒートを包み込もうとしていた炎が一瞬、吸い寄せられるようにトンファーへと軌道を曲げたのだ。
次の瞬間には、トンファーに炎を纏わせたヒートが跳躍していて、

ノハ#゚听)「っだぁぁぁぁぁぁッ!!」

打撃。

『!!?』

首の根元に衝撃を受けた竜が小さく仰け反り、反動によってヒートが投げ出された。
着地点に駆け込んでいたクックルが、大きな背でそれを受け止める。



84: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:13:20.42 ID:MKLaU0zR0
ノパ听)「すまんクックルッ!」

( ゚∋゚)「お互い様だ。 そして、それがお前の技か?」

問いかけの意識はヒートの右手に向けられた。
炎のような色彩を持つトンファーに纏わりついている、本物の炎。
いや、あれは纏っているというより、

(;゚∋゚)「噛みついているのか……?」

炎の一端に歯を立て、残りを引き摺っているのだ。
それでいて消えることなく燃え盛っているのは、炎噛の持つ術式効果によるものだろうか。
携える赤熱が、まるで生きているかのようにのた打ち回っている。

誰もが、そして親しいはずのクックルですら初めて見る光景だった。

ノパ听)「実は、まだ披露するつもりはなかったんだけどねッ」

成程、とクックルは頷きを一つ。
おそらくは三年生になり、パーティを基軸とした団体戦にて使うつもりだったのだろう。
これが彼女にとっての切り札なのかは解らないが、隠していた技を使ったということは、

ノパ听)「クー姉さんが、この都市を本気で守ろうとしているッ!
     だったら妹として、後輩として、部下として、準じないわけにはいかないッ!!」

相応の覚悟は決まっているらしい。
クックルの背の上で構えられた炎が、嫌がるように空へ向いた。



89: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:14:22.59 ID:MKLaU0zR0
前方、既に身を動かし、ハインを追おうとしている竜がいる。
ここまで幾度となく生徒達の攻撃を受けながらも、まだ行動に支障が出ているようには見えない。
異常なまでのタフさは、やはり竜が竜たる所以であるのだろう。

しかし確実に時間は稼げている。
更に、というように、ヒートが声を張り上げた。

ノパ听)「クックルッ!!」

( ゚∋゚)「任せておけ――!!」

追う形でクックルも前へ出た。
『黒翼』のメインブースターから光を吐き出させながら、爆発的な加速を得る。
メートルを切るような距離まで三秒も掛からない。

( ゚∋゚)「背中側からブチ抜くぞ! 怪我をしないよう気をつけておけ!!」

風の中、二人が同時に構えた。
そして、二人が同時に言った。

(#゚∋゚)「速くッ!!」

ノハ#゚听)「熱くッ!!」


「「誰よりも、何よりも――!!」」


直後、強烈な轟音が、都市南東地区を大きく震わせた。



92: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:16:14.51 ID:MKLaU0zR0
前方で響いた大音を、ギコは風の中で聞いていた。

(;゚Д゚)「あの高さから、あのスピードで落下……。
    そして竜に向かって二人だけで突撃……無茶だよなぁ」

呟き、

(;-Д-)「まぁ、俺達も似たようなものだけど」

<_フ*゚ー゚)フ「行くぜ行くぜ行くぜぇっ! 轢かれたくねぇ奴はどけよぉ!?」

呑気な言葉とは裏腹に、彼らの周りの景色は高速で流れていた。
あらゆる光景が一瞬で背後へと吹き飛んでいくのは、二人が高速で移動しているからだ。

エクストが科学技術学部の倉庫から借りてきた、大型単車。

銀とも灰ともいえる鋭角的なカウルを持つそれは、
エクストとギコの二人を乗せて尚、驚くほどの速度を生み出している。

代わりとして排出されているのは、
高い音と低い音を混ぜた重音と、排気筒から噴き出す陽炎だ。
それらを犠牲とすることで、二人を乗せた単車は速度を貪っている。



95: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:17:42.80 ID:MKLaU0zR0
速度を支える要素はそれだけではない。

元から学園都市で運用することを目的としていたのか、
凹凸のある石畳に対応するため、タイヤの形状やサスペンションに工夫がこなされている。
あまり単車に詳しくないギコだが、それでも石畳を走るにしては震動が少ないと気付いていた。

特殊形状のタイヤの歯が石畳に噛みつき、車体を前へ前へと運んでいく。
その数えきれない連続した動きが、今の高速の基礎を形作っていた。

確かに、この速度でバランスが崩れた時のことを考えると、
今も高速落下しているクックル達の心配をする余裕は、まったくないと言えるだろう。
しかも運転しているエクストは、

<_フ*゚ー゚)フ「さぁて、しっかり掴まってろよギコ坊! そろそろ追いつくぜ!」

(;゚Д゚)「あのさ、お前の背負ってる大剣がすげー邪魔なんだけど」

<_フ*゚ー゚)フ「俺のことが大切なら、剣ごと抱きしめて血塗れになってみろよ!
         気にするな! 俺は大丈夫だからカモォン!!」

(;゚Д゚)「お前、テンション上がり過ぎて何言ってんのか自分で解ってないだろ……」

などと昂りまくって大変なことになりつつある状況だ。
もしもの時はエクストごと車体を捨てるしかないな、と心に決めつつ、見上げる。



99: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:19:28.10 ID:MKLaU0zR0
生徒達が暮らす寮の屋根が見え、そして竜がいる。
視線はこちらを見ず、ただ前方を向いているのは、ハインを諦めていない証拠だ。
だからこそ、ギコ達も爆音を奏でながら大胆に近付けるということで、

(;゚Д゚)「――でも、どうやって攻撃を仕掛ける?
    相手は空を飛んでるわけだし、いくらなんでもこの単車が空を飛べるとは思えないし」

<_プー゚)フ「おいギコ坊!? 竜の弱点って知ってっかぁ!?」

(,,゚Д゚)「え? そりゃあ、ドラゴンキラー認定を受けた武具じゃないか?
    竜滅師団が作ってる術式加護があれば、
    どんな防護能力を持つ鱗でも『竜として認識する』から抜けるらしいし……」

<_プー゚)フ「解っちゃいねぇな、ギコ坊!
        そりゃあ災害として見る竜に対抗するための力だ!
        俺が言いたいのは、今この場の話さ!」

言われ、突風の中でギコは考えた。
エクストが言いたいのは、今の状況で突ける弱点がある、と、そういうことだ。
再び空を見上げ、先ほどより少し近付いた竜を見る。

(,,゚Д゚)「……ワイバーン系は腕と翼が一体化してるよな。
    そこを押さえることが出来れば、落ちるはずだ」

<_プー゚)フ「模範解答だが、違う! 正解はぁ――!」

言葉に続くように、エクストが動いた。

よいしょ、という呟きと共に、ハンドルバーを手放して立ち上がったのだ。



103: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:21:51.46 ID:MKLaU0zR0
(;゚Д゚)「……え?」

一瞬、何が起きたのか信じられなかった。
座席の上に立つエクストの足の間、今まで見えなかった前方の光景が見える。
当然ハンドルに触れているものはなく、しかし相変わらず猛スピードだ。

(;゚Д゚)「あれ? え、えーっと……死ぬのかこれはっ!?」

<_プー゚)フ「落ち着けよ。 あまりの速度に興奮するのも解るけどな」

と、背負った得物を抜刀する。
ホルダーから解放された大剣『オフェンスキープ』の切っ先を、ハンドルバーに小さく当てた。
しかしほとんど揺らがないバーを見て、

(;゚Д゚)「自動操縦……?」

<_プー゚)フ「そゆこと! 乗りながらの戦闘を想定した『自動運転』ってやつでな!
        バランサーが内蔵されてっから、手放しでも転倒しねぇように補正が掛かンだぜ!」

そりゃ凄い、と思っていると、目の前に立つエクストが大剣を構えた。

<_プー゚)フ「じゃあ、さっきの正解を教えてやる! よぉーく見とけよぉ!?」

応答する暇もなく跳躍。
唖然として見送る先、エクストは大剣を一度振り回し、その動きで肩に乗せる。

跳躍は直上を目指しており、しかし車体からの慣性力で前を行った。



107: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:22:57.18 ID:MKLaU0zR0
視線の先、竜の背が見える。
エクストが狙うのは、

<_#プー゚)フ「――ここだッ!!」

斬撃音が響いたのは、翼でも背でもない。
尻部から垂れ下がる尾だった。
上方向から切り降ろす軌道で、刃が鱗と擦れて火花を生む。

お世辞にも、大した一撃とは言えなかった。
空中である以上は踏ん張りなど利くわけがなく、姿勢も不安定だ。
しかも尾は不安定に揺れているため、上手く刃が立つわけもない。
だが、ギコは見る。

『――――!?』

疑問の唸りと共に、竜の体勢が崩れたのを。

(;゚Д゚)「そうか……尻尾って……!」

巨躯を浮かすのは翼の仕事だ。
しかし浮遊とは重力に逆らう行為であり、安定した地面を捨てることでもある。
不安定な空間で安定を望むには、結果的にバランサーがあればいい。

それが、あの垂れた尾の役目なのだ。



111: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:24:25.71 ID:MKLaU0zR0
バランスの要に衝撃が入れば当然、姿勢が崩れる。
証明するように巨体が左へとぐらつき、接触した建物の屋根部が薙がれて吹き飛んだ。
破片が雨のように落ちてくる中を単車が突っ走り、そして落ちてきたエクストをキャッチする。

(;゚Д゚)「お前、無茶すんなぁ……」

<_プー゚)フ「でも見ろよ! ほら、竜が落ちて――」

と、二人で前を見る。
竜が斜めになりながら高度を下げる先、T字路が見えていた。
このままぶつかるであろう正面に見える建物は、

<_;プー゚)フ「――あれ!? 俺のバイト先が見えるよ!!?」

『OMU飯屋』と書かれている看板の下、入口から出てきた店長らしき人物が、
すごい勢いで首を振りながら腕を頭上でクロスしているが、どう見ても無駄な足掻きである。

<_;プー゚)フ「店長逃げてぇぇぇぇ!!」

オム;゚ー゚)「無理無理無理! っていうかお前のせいかフザけんな――!!」

そうやっている間にも竜が迫る。
あの巨体がぶつかれば、店長はもちろん建物も木端微塵だろう。

何とかしなければ、と思うが、後を追う形になっているギコ達には何も出来ない。



115: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:25:38.34 ID:MKLaU0zR0
だが、

( ・∀・)「防御術式用ー意!!」

T字路の左右から、駆けつけてきた生徒達が姿を見せた。
モララーの合図一つでそれぞれの術式を起動させる。

(;・∀・)「まったく、いつでも動けるようにスタンバイしてて良かったよ……!」

甲高い音が重奏した。

瞬間、ギコ達の前方で光の壁が多重展開する。
それぞれ細かい装飾や色、形状などが異なるが、全てが防御の力を持つ光壁だ。
それ目掛け、もはや転倒しつつある竜が突っ込んでいく。

轟音。

そして、通りが光に包まれた。



121: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:26:59.67 ID:MKLaU0zR0
「「――……!!」」

だが、それも僅かな間だけだ。
次の瞬間には、

<_;プー゚)フ「……おぉ!」

『OMU飯屋』の前で完全に動きを止め、横倒しになっている竜の姿が見えるようになった。
防御術式による結界の破片が、まるで雪のように降り注いでは消えていっている。
後方からその現場へ向かいながら、エクストが片手でガッツポーズを決めた。

<_プー゚)フ「よっしゃぁ! 流石はモラっちだぜ!
         これで俺のクビもギリギリで無しだ! おそらく!」

(;゚Д゚)「って、おい。 そろそろブレーキ掛けないとぶつかるぞ」

<_プー゚)フ「お? おぉ、そだな」

言い、エクストがブレーキバーを引いた。
硬い手応えが返り、そして更に引くと、

<_プー゚)フ「あれ?」

いきなり手応えがゼロになった。
おかしいな、と思った次の瞬間、エクスト達の真下から弾けるような金属音が一つ。

怪訝そうな表情で二人して視線を落としてみれば、
拳大の機械パーツが音立てながら後方へと消えていくところであった。



128: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:28:37.67 ID:MKLaU0zR0
<_プー゚)フ「…………」

(,,゚Д゚)「…………」

見送った二人の無言は、一瞬だった。

<_;プー゚)フ「あ、あれぇ!? あれれぇ!? 今の間違いなく重要なパーツじゃね!?
        ほら見ろよギコ坊! 今こうやってレバー引いてもスッカスカだぜアハハハハハハハハ――」

(;゚Д゚)「いきなり現実逃避するんじゃない! まずは頬をつねって夢から覚めないと――」

<_;プー゚)フ「はははお前も大概だな――って、こりゃなんだ?」

今まで気付かなかったが、座席下の小さなスペースに紙が挟まっている。
広げて見てみれば、


『自動操縦モードでのブレーキは禁止! 絶対だぞ! 絶対にブレーキかけるなよ!!
 負荷とか凄くて、もう、もう、らめぇ! 耐えられないのぉぉぉ!! って感じだからな!
 by 科学技術学部』


<_;プー゚)フ「さ、詐欺だぁぁぁぁぁ!!」

(;-Д-)「そもそも科学技術学部の作ったのを使用するのが間違いだよなー……」



135: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:30:35.20 ID:MKLaU0zR0
思い返してみれば、科学技術学部関連で今までも様々な事故があった。

圧倒的な洗濯速度を誇る洗濯機『ヒートスラッシュ』は、発生する摩擦によって衣服が裁断されて糸状になるし、
対人センサーを装備した扇風機『照れ屋』などは、センサーを装備しているが故に人を避けて風を送るし――


……って、あれ? これ走馬灯じゃね?


<_#プー゚)フ「――っか野郎! 諦めてたまるくぁぁぁぁ!!」

エクストが姿勢を落とした。
重心を低くする動きと共に、身体とハンドルバーを左へ倒す。
鋭く重い音が鳴り、タイヤが擦れ、しかし進む方向は変わらない。
速度に押される形になっているので、タイヤが空転し、グリップ力を失ってしまっているのだ。

(,,゚Д゚)「! そうかっ!」

エクストのやりたいことを理解したギコは、手伝うように身を動かした。
単車の尻部分に腰を移動させ、その上で重心を落とし、

(#゚Д゚)「おぉ……!」

一度右に振った身体を、勢いつけて左へ。
傾き始めた車体をサポートするように、更にエクストが大剣を路面に叩きつける。



138: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:31:51.95 ID:MKLaU0zR0
金属を引き裂くような強烈な擦音。
剣先から火花が大量に散り、そこでようやく車体が動いた。
重心に引っ張られるように尻部分がスライドし、段々と角度を鋭くしていく。

前方、起き上がろうともがく竜がいる。
腕と翼が一体化しているため、一度倒れたら上手く立ち上がれないのだ。

チャンスとばかりに術式や射撃を撃ち込んでいる生徒の一部が、
横倒しになりながら突っ込んでくる単車に気付く。
手の動きを止めた彼らは、一様にこう叫んだ。

「「――つまりカミカゼか!?」」

<_;プー゚)フ「違ぁーう!!」

ようやく危険を悟ったのだろう。
慌てて退避を始めた生徒達を見ながら、ギコが言う。

(;゚Д゚)「駄目だエクスト、このままじゃ止まれずに横からぶつかる! 左だ!」

通りを塞ぐようにして倒れる竜と、並ぶ建物の隙間があった。
狭い空間だが、あそこを行くことが出来れば何とかなるかもしれない。



145: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:35:03.60 ID:MKLaU0zR0
応じるようにエクストが大剣の角度を変えた。

更に大きな音が響き、やがてグリップ力が戻り、止まることを忘れた車体が方向を改める。
ほとんど制御が利かない状況、この操作を果たしたエクストのセンスは相当なものだ。

飛び込むように隙間へ。
左は建物の壁で、右は起き上がろうとする竜。
ギリギリというタイミングで抜けられるかと思った次の瞬間、

<_;プー゚)フ「!? やべっ――」

もがく竜の足爪が、真横から迫る。
質量の差からいって単車が勝てるわけがない。
このままでは壁に叩きつけられてしまう。

<_;プー゚)フ「ギコ! 拳で何とかできね!?」

(;゚Д゚)「殺す気かお前!?」

だが、そうしている間にも巨大質量が迫り、

(;゚Д゚)「!?」

直前で動きを止めた。
まるで時間が止まったかのような光景、しかしエクスト達を乗せた単車が行く。
本来ならば死んでいたであろう状況から脱した二人は、呆然と背後を見た。

<_;プー゚)フ「……何? 俺達、生きてンの?」

(;゚Д゚)「俺に言われても……」



149: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:36:33.03 ID:MKLaU0zR0
爆音を残して去っていくエクスト達。
それを見ながら、T字路の右折した先でモララーが一つ息を吐いた。

( ・∀・)「ふぅ、なんとかなったね。
     ありがとうハロー。 君のおかげだ」

彼の隣にいるハローは、その金の髪を払い上げながら、

ハハ ロ -ロ)ハ「あら、何のことかしら?
       私がしたことと言えば、エクスト達を見てからの判断で、
       貴方達をここへ連れてきておいただけなのだけど?」

( ・∀・)「それが自分の口から出てる以上、礼の言葉は不要みたいだね」

ハハ ロ -ロ)ハ「私にはこれくらいしか出来ないから」

( -∀-)「……よく言うよ」



157: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:38:55.91 ID:MKLaU0zR0
ハハ ロ -ロ)ハ「どういう意味かしら?
       私はただの術式専攻学部の生徒で、ひ弱な触手系術式の使い手よ」

( -∀-)「本気で言ってるなら、今ここで襲い掛かってみるけど?」

すると、ハローは苦笑しながら、

ハハ ロ -ロ)ハ「別に構わないわ。 された行為に対する報復を為すだけよ。
       まず全裸に剥いて(ピ―――)た上で都市中を(ピ―――)、
       気絶したら(ピ―――)で無理矢理にでも起こして(ピ―――)(ピ―――)て(ピ―――)させて、
       一連の様子を記録した映像や画像、音声に至る全てのデータをあらゆる手段でバラ撒いて、
       (ピ―――)しながらの(ピ―――)で更に(ピ―――)、(ピ―――)、(ピ―――)
       恥辱と屈辱に塗れる貴方の目の前で(ピ―――)で(ピ―――)から(ピ―――)して、
       (ピ―――)が(ピ―――)を片っ端から(ピ―――)のも面白そうね。 ゾクゾクするわ」

ふふふ、と笑う彼女に、モララーはマジ引きする。

(;・∀・)「……だから君は怖いんだよ」

ハハ ロ -ロ)ハ「今頃、気付いたの?」

( -∀-)「いや、そういう意味じゃなくてさ。
     今挙げた行為の中、君自身の力は何一つとして使われていないことが、だよ」

言葉に、ハローの表情が止まった。

( ・∀・)「それだけのことが普通に出来るから君は怖いんだ。
     だって、本気を出せばそれ以上のことも出来る、ってことだから」



169: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:43:50.19 ID:MKLaU0zR0
ハハ ロ -ロ)ハ「…………」

( ・∀・)「三年生になったら、パーティ制が導入される。
     その時、きっと僕達は互いに強力なライバル同士になるだろう」
     その中で、僕が警戒しているのは三人だ」

指を三本立てた。
まずは薬指を折りつつ、

( ・∀・)「最初にギコ。
     本気云々もあるけど、真に怖いのはあの根性さ。
     術式使いにとってこれほど面倒な奴もいない」

中指を折り、

( ・∀・)「そしてレモナ。
     同じ術式使いである以上、ダイレクトに実力が計られるからね。
     もし僕の防御術式より、彼女の攻撃力が勝ったら、僕に為す術はないだろう」

人差し指を折り、

( ・∀・)「最後に君だ。
     はっきり言って敵に回したくないんだよね……僕らの中で一番怖いから」

言い切ると、ハローは一つ反応を示す。
笑ったのだ。

ハハ ロ -ロ)ハ「買い被りね。 えぇ、買い被りよ。 ふふふ、買い被りなんだから」

(;・∀・)(だったらせめて反論しようよ反論……)



171: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:45:09.95 ID:MKLaU0zR0
単車の速度は相変わらずのままであった。
なんとか窮地を脱した二人は、そのままハインを追う形で疾走する。
無理な挙動を強いたせいか、時折、車体から異音がしていた。

<_プー゚)フ「こりゃあ、あとはもう飛び降りて乗り捨てかねぇ」

(,,゚Д゚)「借り物じゃなかったか? 怒られるぞ」

<_プー゚)フ「リスクに対する正当な代価だろ。
        っつーか、このまま壊して『やっぱりブレーキは重要だ』って伝えてやらねぇと、
        確実に第二、第三の犠牲者が続出する。 ここで壊した方が世界のためだ」

容易に想像出来るので沈黙せざるを得ない。

<_プー゚)フ「――っと、来たぜ?」

濃密な感情が、背後から突き刺さるように近づいてくる。
見る間でもなく竜だと解る。

<_プー゚)フ「ったく、しつこいにも程があらぁよ。
         あれだけハインをしつこく狙うっつーことは、やっぱ何かあるよな」

(;゚Д゚)「え?」

<_プー゚)フ「だってそうだろ?
         ありゃおそらく、天然モノの竜じゃねぇ。
         何処かからの命令を受けた兵器としての竜だ」



174: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:46:30.64 ID:MKLaU0zR0
言葉に、しばらくギコは呆気にとられたような表情をして、

(;゚Д゚)「エクストですらこの答えに至るってことは、実はこの問題ってチョロいんじゃ……?」

<_;プー゚)フ「お前あとで一発殴らせろ」

気を取り直すようにエクストは一息。

<_プー゚)フ「ともあれ、そろそろ商業区画に出るぜ。
         細い道やら入り組んだ道が多いから、そうなったらこの単車じゃあ進めねぇ」

(,,゚Д゚)「……解ってる」

ここらが潮時だろう。
あとは、商業区画にて準備をしている生徒達に任せるしかない。
重要な区画であるため上級生が多く構えているらしいので、
ハインの危険という観点から見れば、今までよりよほどマシであるはずだ。

真新しい包帯が巻かれた右拳を見る。
ニダーとの戦いで再び傷が開いており、今も心臓の鼓動に合わせて痛痒感がある。

この拳では、そして自分の実力では、ハインを守れない。



178: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:47:37.94 ID:MKLaU0zR0
(,,-Д-)「…………」

何のためにここまで来たのだろうか。
もちろん都市やハインを守るためであるが、まともな仕事はしていない。
ニダーとの戦闘の疲れや、拳の怪我もあるし、そもそも拳と空飛ぶ竜とでは相性が悪過ぎる。
しかし、

(,,゚Д゚)(それを言い訳には……したくないよな)

実戦だ。
リセットは利かない。
常に準備万端で迎えられるものでもない。

どんな現状であろうとも、それを最大限に活かすのが戦場で生きるコツだ。
それが出来ない奴はロクでもない結果が待っているし、そもそも戦闘には向いていない。

……俺も、そうなんだろうか。

解らない。
しかし、何も出来ていないのは確かだった。

と、そこで、今まで沈黙していたエクストが口を開く。

<_プー゚)フ「さて、と。 そろそろ準備しておけよ、ギコ坊」

(,,゚Д゚)「え……?」



182: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:48:50.84 ID:MKLaU0zR0
<_プー゚)フ「何を阿呆みてぇな顔してんだ。
        次はお前が殴りに行く番だろ? 一発カマしてこいよ」

(,,゚Д゚)「え」

<_プ∀゚)フ「え、じゃねぇよ。
        残念ながらヘタレなギコ君の拒否権は認められませぇーん」

……コイツぶち殺してやろうか……!

と、思う前に、ギコはエクストの気遣いに気付いていた。
何も出来ないことを悔しく思っているギコの見せ場を、この馬鹿は用意してくれようとしているのだ。
普段は馬鹿なくせに、こういう時だけは妙に鋭いのを恨めしく思うと同時、

(,,-Д゚)「……落ちる時は、ちゃんと受け止めろよ」

口端を小さく吊り上げ、ギコは拳をエクストの背中に押し当てた。

<_プー゚)フ「解ってるって。
        こんなスピードで石畳に落ちたら特製擦り下ろしギコ坊の完成だ」

(;゚Д゚)「最悪だなお前」

苦笑し、そして座席に足を乗せて立ち上がる。
視線が高くなり、そして風の抵抗が強くなる中、ギコは後ろを見た。



185: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:50:31.52 ID:MKLaU0zR0
竜が迫ってきている。
狂ったように突っ走る単車との距離を、じわじわと縮めつつあるようだ。
低空飛行なのは射撃を警戒している思考の表れである。

都合が良いな、とギコは右拳を握った。
本来なら更なる損傷を避けるため、左拳を使うべきだ。
しかし、

(,,-Д-)「ここで恐れて本気を出さなかったら、きっと俺は駄目になるよな」

何故なら、

(,,゚Д゚)「お前を何とかした後も、俺の戦いは続くんだから……!」

懐から生徒カードを取り出し、腰へ持っていく。
その先には、今まで滅多に触らなかったもう一つのホルダーがあった。
生徒会活動でも、屋上での戦闘でも、レクリエーションでも使わなかった武器が、そこにはある。

空気の抜けるような音と共にロックが外れる。
中から取り出されたのは、

<_プー゚)フ「……久々に見るなぁ、お前のソレ」

左拳につけているグローブと同じ色をした、やはり似たようなグローブである。



190: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:52:04.86 ID:MKLaU0zR0
だが、決定的に異なる特徴があった。

金属板だ。
今まで使っていたグローブにも同じものはあったが、そのサイズが違う。
手の甲どころか、指先から肘近くまでを覆っている金属板は、幾何学的な模様を纏っていた。

<_プー゚)フ「で、いつも言ってる大好きな『理由』とやらは?」

(,,-Д-)「この都市とハインを守る一端になりたい。
    生徒会メンバーとして……それ以前に、この都市の住人として」

<_プー゚)フ「……いいんじゃねぇの?」

(,,゚Д゚)「いいのかな」

<_プー゚)フ「そりゃお前が決めることだ。
        まぁ、漠然としてる感はバリバリだが……嫌いじゃないぜ、俺は?」

(,,゚Д゚)「……サンキュ」

金属板に指を滑らせると、呼応するように反応が一つ。
甲高い音は、術式の起動音と同一のもので、


「――――ッ!!」


滅多に使わぬ技の名を呟き、ギコは竜目掛けて跳躍した。



193: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:53:19.28 ID:MKLaU0zR0
ギコの戦闘スタイルは『拳』を主体としたものである。
蹴りや投げも状況によって使うが、基本は拳打を主軸に据えた連撃だ。
そして、その基本は父親に仕込まれたものだった。

ギコが学園都市に来た表向きの理由は、自分に拳を教えた父親を見返すことである。
本当は別にもあるのだが、皆に説明する時は大体これだ。

そんな彼が、まず外の世界で感じたことは己の無力さだった。

故郷の街では負け知らずだった。
父親は例外として、喧嘩ではほとんど負けたことがない。
そんな小さく堅い自信は、この広い世界によって粉々に砕けている。

魔法の力。
魔術の力。
科学の力。

ほとんど知らなかった技術は、容易くギコの拳を凌駕した。
人が出来ないことを可能とする理論は、人が出来ることを体得しているギコにとって、
まさに『外側の力』であり、対抗するための知識や術を持っていなかったことが根本にある。

しかし、それでもギコは拳に固執した。

当時の自分の中で強さの頂点にいるのは父親であり、
彼に教えてもらった拳が弱いとはどうしても思えなかったからだ。



197: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:55:31.21 ID:MKLaU0zR0
ギコは自分を鍛えた。
もっと速く、もっと強く、もっと正確に拳を放つため、他の生徒達が術式に興味を持つ間も、
彼はひたすらに修練板や皮布、そして人を殴り続けてきた。

生徒会に入ったのも、これが理由の一つである。

皮膚が破れ、治癒を繰り返していく内に拳は硬くなっていき、より安定した打突を放てるようになった。
思考の読めない生物相手に繰り返した練習は、予測不可能な領域での判断力や勘を養っていった。
そうして他の生徒達よりも格闘を重視して修練しながら、ふとこう思ったのだ。

もっと強い拳を打ちたい、と。

その願望の、今のところの完成形が、ギコの右腕を覆う黒の手甲だった。
内部にはオプションパーツが埋め込まれており、その力とは、

(#゚Д゚)「――ぉぉぉぉおおおっ!!!」

跳躍しながら、竜に向かって拳を構える。
瞬間、黒の手甲が大気を震わせ、魔力光を無造作に散らせる。
粒子は帯とまとまり、やがては一本の板のようなウインドウを作り上げた。


そこに走る文字はアルファベットで、B――――



201: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:57:06.08 ID:MKLaU0zR0
それからのことは記憶にない。
竜の顔面へと拳を放つまでは憶えているのだが。

どうも、その後で気絶してしまったらしい。

久々に全力を出したため、身体がついていかなかったのだろうか。
そういえば二年に上がってからハインのことや生徒会で忙しく、まともな修練をしていなかった。
まったく我ながら情けない、と思うと同時、明日からでも修練に時間を割こう、と思う。


その後の顛末は、翌日の自室で聞いた。
教えてくれたのはエクストやモララー、スズキ、レモナという面々だ。
他のメンバーは都市の修復作業などで外へ出張っているらしい。

つまりコイツらは単なる暇人ということになるわけで。
そのおかげで色々と知ることが出来たことに対しては、ありがたいと思うことにする。



205: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 21:58:20.46 ID:MKLaU0zR0
あの後、商業区画からは上級生達を中心とした戦線が、竜を迎え撃った。
遠くから見ていたというモララーは、

( -∀-)「ま、流石としか言いようがなかったよね」

と、溜息混じりに言っていた。
同意を求める言葉は、その光景がこちらにも想像できるものとして思われているからだろう。

詳しく聞けば、商業区画に入ってからのハインの危機は一度くらいしかなかったという。
狭い路地が多く、待ち伏せや囲い込みが容易であったこともあるだろうが、
それよりも、上級生のレベルの高さがその結果を呼んだといった方が話は早かった。

そして最後は、余裕を持って逃げ切ったハインを追う竜へ、
既に充分なエネルギーを得ていた『田代砲』が光を噴くことで撃墜したのだ。

咄嗟に避けようとしたのか、右翼をごっそりと持っていかれた竜は、
今まで聞いたことのない悲鳴を上げながら落ちていった。
墜落場所は予め予定していた空き地で、特に大きな被害はなかったという。

クーと中心とした生徒会と、竜の生態に詳しい教師、そして科学技術学部の生徒達が
墜落して動かなくなった竜を確保したらしいが、その後がどうなっているかは不明である。



214: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:00:21.44 ID:MKLaU0zR0
そこまで話した頃、床に座っていたエクストが口を開いた。

<_プー゚)フ「田代砲だっけ? アレに竜を消滅させるほどの威力がなかったのが幸いしたよな。
        竜が回収出来りゃ、何か情報を得られるかもしれねぇし」

すると隣でレモナが、

|゚ノ ^∀^)「でも驚きですわ、私達の住む都市の地下にあんな兵器があったなんて。
      学園都市は基本的に戦争介入不可で、兵器を持つことを禁じられているのですのよ?
      違反ではありませんこと?」

菓子をパクついていたスズキも、

爪*゚〜゚)「それに今、学園には見たことのない人が何人か目撃されているらしいであります。
      黒布を羽織った怪しい人とか、古い鎧を着込んだ女性だとか。
      あと最悪なのは、私達が見た半裸もいるとか……怖いでありますよぅ」

シナーやニダー、阿部、そしてあの機械人形のことだろう。
大体の事情を知っているギコは、それを黙って聞いていた。

( ・∀・)「……どうも色々と怪しくなってきてるよね、最近。
     結局、ハインリッヒのことも有耶無耶にされてる感じだし――」

(;゚Д゚)「! そうだ、ハインはどうなったんだ!?」

<_プー゚)フ「安心しろよ、無事だぜ。
        疲労困憊でお前みたく後でぶっ倒れたけど、医院ですぐ目を覚ましたって。
        今は生徒会メンバーが警護してるらしいから、特に問題は起きねぇだろ」



219: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:02:00.16 ID:MKLaU0zR0
言葉に、ギコは安堵の感情をハッキリと得た。
そんな自分に気付き、これはどうなんだろう、と思っていると、

(;゚Д゚)「……何だよ?」

四人がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

( ・∀・)「いや、別に? 友達が助かったんだから安心するのは普通だよ?」

<_プー゚)フ「そうそう、だから安心して安心すりゃいい。 そりゃあもう」

|゚ノ ^∀^)「うふふ、あの安心しきった長い吐息……尋常ではありませんわね」

爪;゚〜゚)「……皆さん趣味が悪いでありますよ。 自分も人のこと言えませんけど」

(;-Д゚)「あーもー、お前らは……。
     で? わざわざ俺の部屋まで来て事後報告ってだけじゃないだろ?
     これからどうするとかないのか?」

言うと、椅子に座っていたモララーが姿勢を正した。

( ・∀・)「今日からしばらくは壊れた建物や道路の復興作業だね。
     こっちは武術専攻、科学技術専攻の生徒、
     あと工業区画に勤めてる職員さんが中心になってやっていくって。
     怪我人の治療もあるから、術式専攻とか錬石科学の人達はそっちってことになってる」



224: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:03:36.57 ID:MKLaU0zR0
<_プー゚)フ「俺も後で復興作業に参加してくるつもりだ。
         今はクックルとかブーンがやってっけど、アイツらばかりに任せるわけにはいかねぇからな。
         ついでにぶっ壊した単車の説明と報告もしてくら」

(,,゚Д゚)「あ、じゃあ俺も行く」

爪;゚〜゚)「ギコ君はもうちょっと安静にしてる方が良いかと……」

(,,゚Д゚)「いや、大丈夫。 一晩寝たら良くなったみたいだしな。
    怪我してるわけでもないし」

そうですか、と引いたスズキの代わりに、今度はレモナがこちらを見て、

|゚ノ ^∀^)「――ギコ。 使ったんですの?」

(;゚Д゚)「え……」

( ・∀・)「レモナ、いきなり過ぎるよ」

|゚ノ ^∀^)「御免なさい。 私はこの中では新参な方ですのよね。
      でも……だからこそ、貴方を知るためにも聞きたいのですわ」

ギコは右手を見た。
昨日とは別の真新しい包帯が巻かれている。
無理に拳を放ったために再び傷が開いてしまったようだ。



227: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:05:08.32 ID:MKLaU0zR0
(,,-Д-)「使ったよ。 で、その結果が気絶だ。 情けないよな」

|゚ノ ^∀^)「本気でしたの?」

(,,゚Д゚)「……きっと」

少し迷ったような返答に、エクストとモララーが小さく眉を上げた。
『多分』でも『おそらく』でもなく『きっと』である理由は一つしかない。


……本気であったなら良いな、と。


そういう意味が込められているのだろう。
本気を出したつもりだが、その確信がないのかもしれない。
それは、

(;゚Д゚)「でも気絶しちゃったんだよな。 これどういうことだろ?」

( ・∀・)「僕が思うに、身体がついていかなかったのかもしれないね。
     このメンバーの中では以前からつるんでるくせによく知らないけど、
     君は一年以上も本気を出すことを封じていたんだ。
     いきなり最大値を求められて、心か身体の方が拒否反応を出したのかな」



232: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:06:31.90 ID:MKLaU0zR0
(;゚Д゚)「……やっぱり鍛錬不足になるんだろうなぁ」

<_プー゚)フ「お前、練習でも手ぇ抜いてる時あっからなぁ。
        たまには身体の方で本気出してやらねぇと、いざって時に動けねぇぞ?」

爪;゚〜゚)「っていうか、動けなかったからこうなったんじゃないかと……」

(,,-Д-)「ううむ」

何事かを考え始めるギコ。
ここまで色々思うくせに本気を出すのを制限しているのは、
彼が真面目であることと、実は頑固者であることの証明となっていた。

( ・∀・)「で、話がズレちゃったんだけど、もう一つ知らせることがあるんだ」

(,,゚Д゚)「?」

( ・∀・)「君は昼前に目が覚めたから知らないだろうけど、
     今朝に行われた朝礼で、クー生徒会長が一つ気になることを言っていてね」

(,,゚Д゚)「気になること……?」



237: ◆BYUt189CYA :2009/07/05(日) 22:10:33.96 ID:MKLaU0zR0
うん、と頷いたモララーは、こう言った。

( ・∀・)「『復興作業が終わった後、私は君達に言わねばならないことがある。
     それはきっと君達の疑問を晴らすもので、そして転機となるだろう』、って」

(,,゚Д゚)「…………」

<_プー゚)フ「あの人はまたとんでもねぇこと企んでそうだよなー」

まったくだ、と皆が言う。
だからこそついて行こうと思えるのだが。

と、ギコは自分の拳が何かを握っていることに気付いた。
開けてみると、

(,,゚Д゚)「?」

小さな石ころのような物体。
端々が尖っていて、握ると小さな痛みを感じる。
何だろう、と思っていると、それに気付いたモララーが笑みを浮かべた。

( ・∀・)「なぁんだ、やっぱり本気出せたんだね。
     不完全だったんだろうけど……君は確かに、あの時は本気を出せたんだ」

(;゚Д゚)「え? どういうこと?」

( ・∀・)「いいからいいから、持ってなさい持ってなさい」

と笑うモララーに、ギコを含めて皆はそれぞれ首を傾げるのだった。



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