( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 19:53:23.51 ID:FGx+Eqqu0

 世の中が不条理な事だらけというのは、大人になるにつれて明らかになった事だ。
何が正しくて何が間違いなのか、決めるのはいつも力を持ったものだけ。
力の無い俺は誰かの小間使いになるしか無かった。
いや、力が無いというより、変に力を持っていたからこんな災難に遭っているのかもしれない。

 あの時俺が緋色に光る宝石から現れた精霊に『選ばれし戦士』と呼ばれなかったら。
今頃こんな安宿の堅いベッドの上にはおらず、家でぬくぬくと漫画でも読んでいたはずだ。

 何処から間違えたんだろう。そもそも俺のせいなのか。
俺が城で行っていた勇者選抜パーティにタダ飯目的で行ったのがまずかったか。
それとも家に現れた魔王の使いとやらに弟者を攫われたのが原因なのか。

 いずれにしても、精霊に選ばれた俺は魔王を倒さなくてはいけなくなった。
弟者が攫われなければ俺は『魔王なんて知らないもん!』とダダをこねて部屋に引きこもれたのに。
全ての出来事が俺の意志に反するように動き出している気がする。
精霊の言葉を借りれば、これが『運命』ってやつなんだろう。

 もし『運命』ってやつがヒゲもじゃの白髪のおっさんなら殴り飛ばしているところだ。
セクシーな女神だったら、まあ、その時はその時で考えるさ。
ケースバイケース。何が起こっても平常心、ってね。



2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 19:54:42.63 ID:FGx+Eqqu0













#1

*――ファンタスティックチルドレン――*



3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 19:58:29.44 ID:FGx+Eqqu0

 宿暮らしにも慣れてきた。
最初は日によって違うベッドの感触に戸惑っていたが、今では布団に潜った五分後には意識を失う。
山越えする時なんか野宿する日も多いので、布に包まれて寝られるだけで有り難いものだ。

▼・ェ・▼「クゥーン」

 布団に潜ったまま、ランプの光で小説を読んでいた俺に、ペットの蘭子がじゃれてくる。
蘭子は元々姉さんが飼っていた犬なんだが、旅のお供として今は俺と一緒にいる。
こいつがいなければ俺は孤独な一人旅を強いられる所だったので、そういう意味では感謝している。
しかし悲しいかな、

( ´_ゝ`)「餌が欲しいのか? このいやしんぼめ!」

 こいつも精霊に選ばれた勇者の一人(一匹)なんだ。
最初はびびったよ。俺と同じ目的(タダ飯)なのか知らないが、城までついてきやがって。
精霊が俺を名指しで『勇者』と呼び、会場がどよめいている中、精霊はこう続けたんだ。
側でチキングリルを貪り喰っていた蘭子に、『貴方も勇者なのよ』と。

 俺はびびったし、台座でふんぞり返っていた王様もびびってたし、立派なヒゲをはやした大臣もびびってた。
鎧が歩いているような格好をした城の兵士たちもびびってたし、力自慢のハンターたちもびびってた。
おまけに蘭子を『勇者』って呼んだ精霊自身もびびってた。お前が驚いてどうするんだよ。
精霊もどうやら自信が無かったらしく、終始首を傾げていた。

 とは言っても、運命が導いたのだから仕方が無い。
みんなが首を傾げている中、俺と蘭子は『勇者』として選ばれたのだから。



4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:01:47.88 ID:FGx+Eqqu0

 ただし戦闘の経験が無い俺と、それ以前の問題である蘭子との旅は困難を極めた。
モンスターと遭遇した時は基本的に逃げ一択だし、傷を負っても次の町まで治療出来ない。
回復魔法が使える魔法使いを仲間にしたい所だが、そう簡単には事を運べない。

 聞くところによると、城では再び勇者選抜パーティが行われているらしい。
俺と蘭子が選ばれたのは、何かの間違いだったという結論に至ったみたいだ。俺もそう思うよ。
噂が知れ渡っている今、犬と旅をしている冴えない勇者の仲間には誰も入りたがらない。
かといって旅をやめる訳にはいかない。世界なんかどうでもいいが、一人の男の命がかかってるんだから。

▼・ェ・▼「ワン!」

 『ワン!』じゃないよ。隣の部屋か宿屋の主人から苦情が来るからさっさと寝てくれ。
という俺の気持ちなんていざ知らず、妙にハッスルしている蘭子は部屋中を駆け回っている。

 しつこいようだが犬が勇者ってどうよ。選ばれし“人”ですら無いからね。犬だからね。
伝記物の主人公なら美少女魔法使いが仲間である事がほとんどだ。
俺の仲間なんて魔法使いってレベルじゃないからね。犬だからね。
窮地に陥った俺を魔法で華麗に助けてくれるのが戦士の仲間の条件じゃないだろうか。
戦っている最中に近くの茂みにマーキングするのが勇者の仕事とは思えない。

( ´_ゝ`)「蘭子。落ち着け。発情期か?」

▼・ェ・▼「わふ!」

( ´_ゝ`)「わふ?」

 そういえば蘭子はメス犬だ。立ち位置で言えばヒロイン的ポジションであるので、メスなのは結構。
ただ出来れば人科のメス(決して女性を軽視している訳では無い)が良かった。
これじゃあ旅の道中に起こるかもしれないムフフなイベントも期待出来ない。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:07:04.65 ID:FGx+Eqqu0

 じゃあ旅が終わった後ならどうなるかと言えば、今の所何も期待出来ない状況である。
何故なら攫われているのは俺の弟の弟者なんだ。助け出した所で何か起こる訳じゃないだろう。

 どうせ助けるなら美しい姫君とかが良い。
吊り橋効果で俺に惚れた姫と結婚して一国の主になるという流れなんて王道そのものだ。
読み物としての王道は嫌いだが、自分が主人公の立場に置かれているのなら話は別。
例え角を曲がった先でパンを口に咥えた少女とぶつかってそこから恋が始まっても全く問題無し。
ばっちこーいなのであるが、残念ながら今の所フラグのフの字も見えない。

 大体弟者を助けに行くっていう時点で大分萎える。攫われるなら普通女だろ。
かの有名な赤い帽子のヒゲのおっさんだって攫われたのが弟ならモチベーション下がりまくりのはずだ。
桃色の姫が攫われたからこそ、あの過酷な冒険に耐える事が出来たのだと思う。

 せめて妹が攫われて欲しかった。
こんな事を口に出せば元格闘家現主婦の俺の母親に正拳突きを喰らわされるだろうな。
しかし男を助けるっていうのは絵的に問題有りというか、後生まで語り継がれるであろう俺の自伝に傷が残るというものだ。
弟者にとっても、格好悪い伝説になるじゃないか。

▼-ェ-▼「くふぅぅ」

( ´_ゝ`)(やっと寝たか。俺も寝ようっと)

 小説を閉じ、戸棚の上に置いた。窓から見える月が恐ろしく綺麗だ。
どれだけ愚痴をぼやいても月と太陽はぐるぐると周り続ける。
世界は抗えない力によって動き回り、その螺旋に俺と蘭子が巻き込まれている訳だ。

 世界は不条理で、不透明で曖昧だ。螺旋の先を知るのは、人間にはとても出来ない所行である。
明日生きているかわからないような冒険の先に、何が待っているんだろう。
目を瞑って考えている内に、俺の意識は遠ざかっていった。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:08:44.93 ID:FGx+Eqqu0


#ファンタスティックチルドレン

終わり



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