( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:10:25.44 ID:FGx+Eqqu0
- 地面に倒れている俺に、冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。
- 雨は普通上から下に落ちているように見えるが、それは地面と垂直に立っている時の話だ。
- 地面と平行になって空を見上げている俺には、中心から拡がってくるように見えた。
- ▼・ェ・▼「ワン! ワン!」
- 動かない俺の側で、びしょびしょに毛皮を濡らした蘭子が吠え続けていた。
- 何て言っているんだろう。『ご主人様。風邪を引きますよ』とかかな。
- それとも『さっさと歩きなさいよ。私はお腹が空いたの』かもしれない。
- 動物と対話できる人間もいるらしいが、俺にそんな能力は無いので蘭子の言葉はわからない。
- ( ´_ゝ`)「蘭子、寒いか?」
- ▼・ェ・▼「クゥーン」
- ( ´_ゝ`)「そうか。俺も寒い」
- 長時間雨に打たれていたので、体温は下がり、体力も奪われていた。
- もっと問題なのは、崖から落ちた時に全身を強く打ち、起き上がるどころか喋るのすら体が軋むように痛い事だ。
- この山の中でひっそりと死んでいくんだろうと想像したら、どうしようも無く怖かった。
- 何とかしなければと思考を張り巡らしていたのは、今から一時間ほど前までの話。
- 今ではもう悟りを開いた僧侶のように穏やかな気持ちだ。
- 諦めたらそこで試合終了なのだが、俺の人生もそろそろ終了しそうだ。
- いや、こんな人生、生まれた時から終わってるみたいなもんなんだろう。
- 9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:12:02.59 ID:FGx+Eqqu0
- #2
- *――崖の下の俺――*
- 10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:14:47.48 ID:FGx+Eqqu0
- 思えば不運続きの人生だった。
- 恋人どころか友達すら少なく、安い給料でこき使われ、石があれば躓き、鳥が飛べば糞をかけられる。
- あげくの果てに精霊に選ばれた事でどう考えても無理がある旅を強いられるハメになった。
- 俺の人生まるでついていない。このまま生き続けた所で、人生がひっくり返るような幸運には恵まれないだろう。
- だったら、ここで死んでもいいじゃないかと思えてくる。
- これも『運命』だと思って受け入れようと、俺の心はすんなりと死を懐に迎え入れようとしていた。
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- ( ´_ゝ`)「蘭子」
- 俺が死ぬとしても、ここで蘭子を道連れにするのは間違っている気がした。
- こいつだって選ばれた戦士であり、俺の家族なんだ。身勝手な諦めに付き合わせる事は無い。
- 残った力を振り絞り、追い払うように腕を振った。
- お前だけでも生きてくれ、柄にも無い願いを込めたが、蘭子には届かなかったらしい。
- 俺の顔をぺろぺろとなめ回し、その場から動こうとしない。
- ( ´_ゝ`)「!」
- 違う、願いが届かなかった訳じゃない。蘭子は俺を見捨てきれないんだ。
- 猫ならいざ知らず、犬の忠心というのは場合によっては自らの死をも上回ると聞いた事がある。
- 蘭子、お前は何て良い犬なんだ。生まれ変わったら、今度は同じ種族同士になって子供を作ろう。
- ここまで考えた時、既に蘭子はいなかった。
- 視界の端で、猛ダッシュで駆ける蘭子のしっぽの先が見える。あいつ、逃げやがった。
- いやいやいや、忠心はどうした蘭子。さっきのは何だったんだ。
- 俺を見捨てるつもりか。おーい。駄目だ、すげえ速い。今まで見た事無いくらい速い。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:20:16.72 ID:FGx+Eqqu0
- 唯一の仲間すら失った俺に、もはや生きる価値など無いだろう。
- より強い諦めの心と、死に対しての感覚が鈍っていくのを感じた。
- この時俺の心を最も多く占有していたのは、“後悔”という感情である。
- もっと適切な言葉に置き換えると、心残りと言った方が良いかな。
- 魔王の城に捕まっているはずの弟者の事だ。俺が死んだらあいつはどうなるんだ。
- まああいつは出来た弟だ。きっと自力で脱出してついでに魔王も倒してくれるだろう。
- のたれ死んだ俺と違ってちゃんとした伝記として歴史に残り、女の子にもモテモテ。
- 国から一生遊んで暮らせるだけの報奨金を受け取り、美少女と結婚して子供を産む。
- 『この子は貴方似ね』『ははは。口元は君かな』なんて会話を赤ん坊の前でするんだ。
- 許すまじ。弟者許すまじ。俺を置いて一人だけ幸せになりやがって。
- 来世でお前と会ったら握手するフリして腕の関節を極めてやるからな。
- 駄目だ。意識が遠くなってきた。体の感覚も無くなってきてる。
- 死ぬんだ。俺は本当に死ぬんだ。せめてベッドの下の秘密を葬ってから、死にたかった、なあ。
- *―――*
- 上も下もわからない暗闇の中にいた。顔中がべたべただ。
- 汗でもかいたかな。気持ちが悪い、風呂に入ってさっぱりしたいな。
- いや違うぞ。誰かが俺の顔にぬれ雑巾を引っ付けてるんだ。
- ううん、もっと小さいものみたいだぞ。それに生暖かいし、生臭い。これは何だ?
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:22:53.61 ID:FGx+Eqqu0
- 『ワン!』
- 何処かで聞いた鳴き声がする。これは犬の鳴き声みたいだ。
- 犬、犬といえば、蘭子だ。蘭子?
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- ぼんやりとした視界一杯に、蘭子が浮かび上がる。
- 舌をだらしなく垂らして、忙しなく呼吸する度に、俺の顔に獣臭い息が吹きかかった。
- ( ´_ゝ`)「蘭、子」
- (’e’)「気ぃついたかぇ?」
- 蘭子の顔の向こうに、人の顔が見えた。
- 意識がはっきりしてくると共に、その人物の格好から、農夫だという事が推測出来た。
- それから俺が助かったのだという事も。
- (’e’)「犬の後ついてきてみれば、アンタここで倒れとったからのぅ。びっくらこいたべ」
- 俺が気を失う前と、変わらない崖の下、変わらない蘭子の顔。
- 違う事といえば、田舎者の農夫が一人いる事と、あんなに激しくふっていた雨が止んでいる事だ。
- 農夫に担がれ、近くの村に運ばれていく最中、俺の心はずっと満たされていた。
- 死によってかき消えたはずの人生を取り戻した事以上に、農夫の後ろをぴったりとついてくる蘭子の事を想ってである。
- この日俺は、蘭子は最高の犬で、最高のペットで、最高の家族で、最高の仲間なんだという事に気がついた。
- 犬が勇者でも良いかもしれない。不運続きの俺の人生に、手を差し伸べてくれた唯一の女神なんだから。
- 蘭子が農夫の畑を荒らし、巻き添えを食らって家を追い出されるまで、俺は本気でそう思っていた。
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 20:24:27.87 ID:FGx+Eqqu0
- #崖の下の俺
- 終わり
戻る/#3