( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:26:48.44 ID:FGx+Eqqu0
- 何の為にこの世に生まれたのか考えた事があるだろうか。
- 簡単には見つからない答えだし、考え抜いた末必ずわかるものでも無い。
- それでも人は自分という存在の意味を求め続ける。
- 人間というのは愚かで儚く、弱々しい生き物なのだ。
- 俺が初めて彼女に出会った時、彼女は生きる意味を見失いかけていた。
- 自分が作り上げた鳥かごの中で、頭上に広がる大空から目を逸らして。
- それなのに大空で羽ばたきたいと夢を見て、傷ついた羽を必死に動かしていた。
- 鳥かごの蓋には鍵がついていない。中から開けるのは簡単だ。
- かといって囚われの鳥には開いたままの蓋なんて目に入らないんだ。
- 格子の隙間から誰かが手を差し伸べる必要があった。
- 自由を知らないまま朽ち果てていくのは、いくら罪深い人間でも許されない事だろう。
- 58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:27:21.34 ID:FGx+Eqqu0
- #6
- *――ギンガムチェックの世界で――*
- 60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:32:29.47 ID:FGx+Eqqu0
- 魔法使いは一人で旅をしない。
- 通常は戦士やハンターなどの、いわゆる戦闘が出来る旅人と一緒に旅をしている。
- 呪文の詠唱中に無防備になる為、守ってくれる相手がいなければすぐにやられてしまうからだ。
- しかし魔法使いの使う魔法は強力無比だ。たちどころに傷を癒し、一瞬で魔を滅する。
- 旅をする者なら是が非でも仲間にしておきたい人である。
- ところが一人で旅をしない以上、仲間にするのは大変難しい。
- 既に誰かとパーティを組んでいる者がほとんどなので、街で見かけても誘えない事がほとんどだ。
- 運良く誰ともパーティを組んでいない魔法使いを見つけたとしても、仲間になってくれる可能性は低い。
- 魔法使いはその有能さ故に、自由に相手を選ぶ事が出来る。
- ゆえに彼らはリスクの少ない、より強い人間と組もうとするので、簡単には誘いに乗らないのだ。
- そんな訳で俺も幾度となく仲間にし損ねた魔法使いだが、転機がやってきた。
- 俺が今いる村は、魔法使いが大勢いる『魔法使いの村』なのだ。
- これは俗称で、本当の名前は『スクイットヴィレッジ』、魔力の高い霊山に三方を囲まれた閉鎖的な村だ。
- 歴史のある村で、歴代の勇者をサポートした魔法使いを何人も出している事で有名である。
- この村にいる魔法使いはほとんど独り身なので、アプローチし続ければいつか仲間に出来るかもしれないと踏んでいた。
- ▼・ェ・▼「ワン」
- ( ´_ゝ`)「甘い考えだよなあ」
- ▼・ェ・▼「クゥーン」
- 村の中央にある噴水広場のベンチに腰を下ろしている俺は、自分の考えの甘さに肩を落としていた。
- 犬を連れて歩くエセ勇者の仲間になるような奇特な魔法使いは、結局見つからなかった。
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:34:34.79 ID:FGx+Eqqu0
- 一日かけてほぼ全ての家を訪ね、交渉をした結果なのだから、受け止めるしかない。
- それでも気持ちが沈み込んでしまうのは仕方が無い事である。
- ( ´_ゝ`)(のんびりした村だな)
- 柔らかい風が肌を撫で、村を侵食するように生えた木々の中で鳥たちが鳴く。
- 都会の喧騒など知らないといったように、ゆったりとした時が流れていた。
- 立ち並ぶ家々はほとんどがレンガで出来ていて、プロではなく自分たちで作ったのか少々不格好な所があった。
- 魔法陣を練習した跡が所々に出来ていたり、毒々しいオブジェが村の至る所に飾られてあったりするのが、いかにも魔法使いの村らしい。
- ( ´_ゝ`)「蘭子。腹減ってないか?」
- ▼・ェ・▼「クゥーンクゥーン!」
- ( ´_ゝ`)「わかったわかった。飯にしよう」
- そろそろ日が落ちてくる時刻なので、宿に戻ろうと腰を上げた時だった。
- 背中の方で何者かの気配を感じ、即座に振り返った。
- 蘭子の方が一瞬早く気がついたらしく、歯をむき出しにして戦闘態勢に入っている。
- 川 ゚ -゚)「!」
- 噴水の向こう側、村を囲む塀の影に、女の子の姿が見えた。
- 目が合った瞬間、脱兎の如く女の子は逃げ出してしまう、と思ったら転んだ。
- ( ´_ゝ`)「ストーカー?」
- ▼・ェ・▼「クゥン……」
- 62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:36:24.28 ID:FGx+Eqqu0
- 顔を打ったのか、手で顔を覆ってうずくまっている。
- 構う必要なんて無かったし、俺の事を見ていたのは気のせいだったかもしれない。
- ただ何となく気になった俺は、蘭子と一緒に恐る恐る近寄っていった。
- ( ´_ゝ`)「あの、もしもし?」
- 川 ゚ -゚)「あ!」
- 声をかけると、尋常じゃない早さで振り向き、ひきっつった顔で俺を見上げた。
- 歳は俺より一回り小さいくらいだ。前がはだけた濃紺のローブを着ている。
- クリーム色のスカートを翻し、ロッドを使って立ち上がると、無表情でじっと睨んできた。
- 格好から間違いなく魔法使いだと分かったが、それにしてもよくわからない女だ。
- 俺の事を見ていたのは間違いでは無かったらしいが、用事があるのか無いのか、声すらかけてこない。
- ただじっと俺の瞳を見つめているだけである。
- ( ´_ゝ`)「俺に何か用ですか?」
- 川 ゚ -゚)
- あどけない表情に、潤んだ瞳で見上げられると、何か悪い事をしている気分にさせられる。
- 頬に赤みがかかっているのは、元からなのか、恥ずかしがっているのか分からない。
- 川 ゚ -゚)「あ、あぁ」
- ( ´_ゝ`)「え?」
- 川 ゚ -゚)「あぅ、あああうぁう」
- 65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:39:55.72 ID:FGx+Eqqu0
- 喋ったと思ったら、喋れてない。
- 言葉の喋れない赤ん坊が必死に喋ろうとしているみたいに、呻くような声を発するだけだ。
- ひょっとすると、この子は、
- ( ´_ゝ`)「耳が聞こえない?」
- 女の子はかぶりを振って、無言で否定した。
- てっきり耳に障害のある子だと思ったんだが、どうやら違うようだ。
- 川 ゚ -゚)「あ、あわぃ、あ、あぅ」
- ( ´_ゝ`)「耳が聞こえるけど、言葉が喋れない?」
- 川 ゚ -゚)「あぅ」
- 今度は首を縦に振って肯定する。彼女の長い黒髪が動きに合わせてさらさらと流れた。
- だとすると失言症のような、心の病気という事なのだろうか。
- ( ´_ゝ`)「あ」
- ▼・ェ・▼「ワン」
- 考えている内に、彼女は逃げ出していた。
- ローブの裾をはためかせて、村の外へ向かって遠ざかっていく背中だけが、俺の目に映った。
- 一体何だったんだろう。彼女は俺に、何を伝えたかったんだろう。
- *―――*
- 68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:50:25.02 ID:FGx+Eqqu0
- 『あの子はクーっていうの』
- 言葉を喋れない女の子に会ったと伝えたら、宿屋の女将さんはそう教えてくれた。
- 彼女は禁術とされる魔法を使おうとして、言葉を失ったらしい。
- ( ´_ゝ`)「宜しければクーさんが何処に住んでいるか教えて頂けませんか?
- 旅の仲間に魔法使いが一人欲しいので、交渉をしに行きたいのですが」
- 女将さんはかなり渋ったが、どうしても会っておきたいと伝えたら、何とか聞き出す事が出来た。
- 俺の事を不審者か何かかと思ったのかな。それともエセ勇者なのがばれてるから、どうせ無駄だろうと思って教えたくなかったとか。
- 『今日は遅いから明日になさい。それとこれ、一応貸しておくわね』
- 女将さんから渡して貰ったのは、一冊の分厚い本だった。
- 表紙に『手話辞典大百科集』という何だか詰め込み過ぎて失敗したようなタイトルがついている。
- クーは言葉が喋れない代わりに手話が使えるそうだ。
- 交渉の時に役立つかもしれないと思って、有り難く頂戴しておいた。
- ▼・ェ・▼「ワン!」
- 女将から案内された部屋はワンルームにしては広かった。
- 食事が出ない事を考えても、一泊の料金でこの部屋に泊まれるのなら安いものだ。
- 蘭子も興奮して部屋中を駆け回っている。とりあえず捕まえて頭を叩いておいた。
- ( ´_ゝ`)(さて、と)
- 明日の為に手話辞典大百科集を広げた。まずは基本的な挨拶から覚えておこうかな。
- クーが仲間になるかもしれないという期待感から、手話を覚えるのは苦にならなかった。
- 俺の事を見てたっていうのが自意識過剰から来る勘違いでなければ、明日は期待出来るぞ。
- 69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:52:48.27 ID:FGx+Eqqu0
- *―――*
- 舗装されてない狭い小道を抜けた先に、ツタが張っているレンガの家を見つけた。
- ここがクーの家らしい。クーの家は村から100メートル程外れた場所にぽつりと建っていた。
- ツタが這っているレンガの家は、周りに家が無いので寂しく感じる。
- 木の扉をノックし、中からの返事を待った。
- すぐにどたどたと足音が聞こえ、木の扉が軋みながらゆっくりと開いた。
- 隙間から出た顔は、昨日会ったクーだった。
- 川;゚ -゚)「あ」
- ( ´_ゝ`)「あの」
- 扉はすぐに閉じられた。俺は蘭子と顔を見合わせ、ぽかんと口を開けたまま動けないでいた。
- もう一度ノックしようとした時、扉は勝手に開き、中から別の人物が顔を出した。
- ('、`*川「こんにちは」
- 出てきたのは穏和そうな老婆であった。黒いマントで体を隠している。
- 杖にかざした手には綺麗な宝石がついた指輪がいくつもつけられていて、雰囲気から魔法使いだと分かる。
- ('、`*川「中にお入り。あの子に会いにきたんだろう?」
- ( ´_ゝ`)「え、ええ。そうです」
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 21:56:17.06 ID:FGx+Eqqu0
- ('、`*川「水晶は何もかもお見通しじゃ」
- 老婆が呟いた意味ありげな言葉に、もう一度蘭子と顔を見合わせた。
- 一流の魔法使いは“見通し”という術が使えると聞いた事がある。
- 人間には見えない、わからないはずの未来や心の声を感じ取ることが出来る不思議な術だ。
- 使える魔法使いがいない事からもはや伝承の中の魔法になっているはずなのだが、まさか、ひょっとして、いやまさかな。
- ('、`*川「何をやってる。早く入りなさい。犬連れでも構わないよ」
- ( ´_ゝ`)「お、お邪魔します」
- ▼・ェ・▼「ワン」
- 老婆に急かされ、薄暗い家の中へ入っていく。中はものが乱雑に溢れかえっていて、正直汚かった。
- 二人ともだらしない性格なのだろうか。というか、二人暮らしなのか?
- 母親は? 父親は? 今出かけているのだろうか。
- ('、`*川「いないよ。二人とも。この家は私とあの子しか住んでないんだ」
- ( ´_ゝ`)
- 今日は何も考えないようにしよう。うん、そうしよう。
- *―――*
- 73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:00:41.70 ID:FGx+Eqqu0
- 川 ゚ -゚)「あぅぇ、あぁぁあお?」
- ('、`*川「うんにゃ、違うみたいだよ」
- 川 ゚ -゚)「あぅ」
- 居間らしき部屋に通された俺と蘭子は、出された肘掛け椅子に座っていた。
- テーブルを挟んだ向こう側に、老婆とクーが座っていて、何やら会話をしている。
- 老婆はペニサスと名乗った。クーとはどういう関係なんだろう、と考えていたら『あの子は私の孫娘だよ』と教えてくれた。
- 川 ゚ -゚)「うぅあぁああう、あぇああぇぃ?」
- ('、`*川「さあ。それは私にもわからないね」
- 彼女たちの会話は全くもって意味不明である。
- 心の声を理解出来るペニサスさんだからこそ、言葉を喋れない彼女と会話出来るのだろう。
- ただしこちら側には何も伝わってこない。もしも悪口とか話されてたらどうしよう。
- だんだん不安になってきたので、少々失礼だが無理矢理本題に入らせて貰うことにした。
- ( ´_ゝ`)「クーさん」
- 川 ゚ -゚)「!」
- ( ´_ゝ`)「今日は貴方に、大事な頼みがあってきたんです」
- 彼女の怯えた小動物のような瞳が気になるが、駄目で元々、話を切り出した。
- ( ´_ゝ`)「俺とパーティを組んでください。一緒に魔王を倒しましょう」
- 74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:03:15.81 ID:FGx+Eqqu0
- 川*゚ -゚)
- 元から赤みがかかっていた頬が、さらに赤くなった。
- 無表情ゆえに大人びた印象があった彼女だが、こういう表情の時はとても子供らしい愛嬌がある。
- でも何で恥ずかしがっているんだろう?
- ('、`*川「あんたさ、あんまり強そうに見えないけど、この子を守れる自信があるのかい?」
- ペニサスさんは表情こそ変えなかったが、鋭い光が灯った目で俺を睨んできた。
- 孫娘の命がかかっているんだから、慎重にならざるを得ないのは当然だ。
- 目を逸らす事なく、真っ直ぐに見返して俺は言った。
- ( ´_ゝ`)「はい。命に代えても守ります」
- ('、`*川「ふぅん。言葉だけなら誰でも言えるからねえ」
- まるで心の中を探っているような目の動きに不安を覚えるも、俺の言葉に偽りは無い。
- 堂々と胸を張って先を続けた。
- ( ´_ゝ`)「俺は勇者です。使命を果たすまでは死なない。勇者の俺が守る彼女も、絶対に死なない。
- いえ、俺が死なせません。だから、お願いだクーさん」
- 川*゚ -゚)
- ( ´_ゝ`)「俺と一緒に来て欲しい」
- 川////)
- 77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:06:20.19 ID:FGx+Eqqu0
- 彼女の顔は赤みがかかっているというよりむしろトマトみたいになっていた。
- 俺は生来間の抜けた顔をしているから、真剣な気持ちを伝えない時は言葉を選ばずに言う。
- もしかしてあまりにも臭いアプローチに、彼女の方が逆に気恥ずかしい思いをしているのかもしれない。
- しかしここまで来てしまっては後戻りは出来ない。だめ押しの言葉を付け加えよう。
- ( ´_ゝ`)「手話、使えるんでしょ?」
- 川*゚ -゚)「!」
- ( ´_ゝ`)「一緒に旅をするとしたら、言葉が通じないといけない。
- もし俺と一緒に来てくれるなら、手話、覚えるよ。今日も少し覚えてきたんだ」
- 俺はまず人差し指で自分の鼻を指し示した。これは『私』という意味。
- 次に左手の手のひらを相手に見えるようにかざし、右手親指で手のひらの中心を押さえる。これは『名前』。
- 続いて拳を握って、親指を水平に伸ばした状態で突き出す。『あ』。
- 親指を戻して拳に戻した後、人差し指と中指を横向きに伸ばす。『に』。
- その状態のまま親指を上に伸ばし、右横に振る。『じ』。
- 最後に拳を突き出した状態から親指と小指を水平に、それぞれ逆方向に伸ばし、手前に振る。『ゃ』。
- <私の 名前は あにじゃです>
- 川 ゚ -゚)
- 伝わったかどうか微妙だった。一つ一つの動作は鈍く、自分でも美しいとは思えない動きだった。
- クーは口を半開きにして、呆けた顔で固まっていた。まずい、駄目だったか。
- もう一度同じ動作を、今度は前より早く、出来る限り滑らかになるように努めて繰り返した。
- それでも彼女から反応は返ってこなかった。やはり一夜漬けの努力なんて、知れてるものなのだろうか。
- 78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:08:42.52 ID:FGx+Eqqu0
- 川;゚ -゚)「あ、あ、あ」
- 突然彼女は、高速で両手を動かし始めた。
- 縦横無尽に動き回る手の動きは、まるで踊っているように優雅だった。
- 俺は見とれていたので途中まで気がつかなかった、これは手話だ。
- ('、`*川「ふふ」
- 川;゚ -゚)「あ、い、あ」
- 彼女が最後にやった手話は、俺と同じ動きで『あにじゃ』と示していた。
- 俺の手話が伝わった事、初めて彼女と会話が出来た事は、言葉じゃ言い表せない喜びがあった。
- 単なる会話に過ぎない行為なのかもしれないが、心が通じあったように感じたのだ。
- ( ´_ゝ`)「良かった。練習したかいがあった」
- 川*゚ -゚)「あぁぃあおぅ」
- 彼女は続けて、左手の甲を上に向け、右手で手刀を下ろすように1回叩いた。
- これは何だったっけ。覚えておいて、後で調べてみよう。
- ('、`*川「手話を覚えるなら、旅をするには苦労しなさそうだね」
- ペニサスさんの言葉は、俺とクーが旅をする事を許してくれたような響きがあった。
- クーだって、まんざらでは無さそうな感じだ。これはひょっとすると、ひょっとしたか?
- ('、`*川「でもね、この子は連れていけないよ」
- 79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:12:54.67 ID:FGx+Eqqu0
- 高揚していた気分を突き落とすかのような一言だった。
- 何もかもが上手く運べていたような気がしたのは、俺の気のせいだったのか。
- だとしても、せめて理由が聞きたい。エセ勇者だから、という答えでも良い。
- 彼女も俺も納得するような理由が無ければ、ちょっと引き下がれない思いだ。
- 心の中で強がっていた俺に、ペニサスさんはこう続けた。
- ('、`*川「この子は魔法が使えないんだ。一つもね」
- この時ばかりは、何も言えなかった。
- 俯いた彼女と同じように、俺の言葉は何処かへ消えてしまった。
- *―――*
- 宿屋へ帰る途中、ずっと彼女の事を考えていた。
- 旅に連れて行きたいと言った時、俺の勘違いでなければ、彼女は嬉しがっていたはずだ。
- 魔法使いは伊達に魔法を覚える訳では無い。
- パーティを組み魔法の力によって誰かをサポートするのが、自分たちの使命だと思っている。
- 彼女だってきっとそう考えているに違いない。本当は旅に出たいんだ。
- けれど魔法が使えない魔法使いは、旅に出ても役に立たない。
- 強力なアシストになるどころか、パーティのお荷物になってしまう。
- 彼女が俺に会いたがっていたのは、旅に出たかったからだ。
- 面と向かって会うのを渋っていたのは、旅に出られない事がわかっていたからだ。
- 俺よりもずっとずっと旅立つ事を望んでいる彼女は、今絶望の淵に立たされている。
- 何とかしたいと思った。だって俺は、人々の希望の象徴、世界を救う勇者なんだから。
- 81: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:16:47.79 ID:FGx+Eqqu0
- *―――*
- 次の日、俺は蘭子を宿屋に預け、もう一度クーの家に向かった。
- 両側から伸びる木々のせいで昼間でも薄暗い小道を抜ける。
- 家に着くと、扉の前に立ち、しばしの間悩んだ。
- きっぱりと断られた上でもう一度家を訪ねるのは非常に憚られたからだ。
- 下手をするとストーカーだと思われかねない。
- クーはおせじ抜きに美人だから、よからぬ事を企んでいると勘違いされたらどうしようかと思ったのだ。
- ('、`*川「そんな事考えないよ」
- いつの間にか目の前のドアは開いていた。
- そういえばペニサスさんは心を読めるんだった。俺は自分で思っているより馬鹿なようだ。
- ('、`*川「何をしにきたんだい?」
- にやついた口元は、どういう意味を表しているんだろう。
- 何にせよ俺の目的を知っている上でこの質問はちょっとやらしい。
- ( ´_ゝ`)「クーさんに会いに来ました。もう一度交渉させて下さい」
- ('、`*川「駄目だ。あの子は魔法が使えないんだから、私が許可出来ないね」
- 伝記に出てくる悪者の魔法使いは、大抵は意地悪なお婆さんと描写されている。
- あえて言うが、今のペニサスさんの雰囲気はまさしく伝記の魔法使いそのものだった。
- 82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:20:13.39 ID:FGx+Eqqu0
- ここで退いては男、もとい勇者がすたる。
- せっかく新しい手話も覚えてきたんだ、絶対に彼女に会ってやる。
- ( ´_ゝ`)「魔法が使えるようになれば、旅に連れて行ってもいいんですね?」
- ('、`*川「そうだねえ。もし使えるようになれば考えても良いよ。
- 無理なのはわかってるけどねえ」
- ( ´_ゝ`)「わかりませんよ。例え貴方に千里眼が使えても、人の未来は誰にもわからない」
- ('、`*川「ふぅん」
- 見えないものを見る“見通し”は近い将来を予言出来る。
- それでも俺は抗ってみたかった。未来は誰にでも希望が溢れているはずなんだ。
- 俺がそれを証明してみせるんだ。
- ( ´_ゝ`)「クーさんに会わせて下さい」
- ('、`*川「ああ、いいよ。無駄なあがきだと思い知りな」
- ここまで露骨に嫌みを言われると逆に腹も立たない。
- むしろ燃えてくるというものだ。
- ペニサスさんの背中を追い、中に足を踏み込んだ時、俺の心にはメラメラと闘志が芽生えていた。
- *―――*
- 83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:24:00.40 ID:FGx+Eqqu0
- 川;゚ -゚)「あぅ?」
- 居間の肘掛け椅子に座って本を読んでいた彼女は、俺を見つけると訝しげに見上げてきた。
- ( ´_ゝ`)「えっと、昨日の今日ですいません。
- やっぱり貴方と旅がしたいので、またやってきました」
- 川;゚ -゚)「えお、あぁいは、ういあぁあ」
- 彼女は人差し指で自分の鼻を指した後、首元で左を指さした。
- それから手をチョキの形にして、数回振り払う。
- 最初の手話は『私は』だが、次の手話がわからない。
- おそらく指文字だと思うのだが、俺には解読出来なかった。
- ('、`*川「無理、だってさ」
- 思い出した。左を指さしたのは、『む』の指文字だ。
- 腕を振り払っていたのは、『り』の右の斜線を描いていたんだ。
- ( ;´_ゝ`)「大丈夫。魔法が使えるようになれば、旅に出ても良いらしいから」
- 川;゚ -゚) <無理です>
- 流石に二回目は読み取れた。
- もうこの手話を忘れる事は無いだろうが、彼女を連れて行けなければそれも意味が無い。
- ('、`*川「ものは試しさ。奥の修練室貸してあげるから、まあやってみな」
- 84: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:26:28.76 ID:FGx+Eqqu0
- 川;゚ -゚)「えぉ、えいあいああぁ」
- ('、`*川「私は野草を摘みに行くから、あんたたち二人で頑張ってね」
- 言うだけ言ってペニサスさんは部屋を出て行った。
- 残された俺とクーの間には、微妙な空気が漂っていた。
- 気まずい空気を打ち消すように、わざと明るい声を出す。
- ( ´_ゝ`)「さあ、頑張ろう。修練室ってそこ?」
- 悪魔のような顔が描かれた悪趣味な扉を指さす。
- クーが頷いたのを確認すると、俺は先に扉の方へ歩いていった。
- 彼女はあまり乗り気じゃなさそうだが、とにかくやれるだけの事はやりたい。
- ( ´_ゝ`)「この部屋が、修練し」
- 意気込んで扉を開けた俺は、部屋の異様な雰囲気に面くらい、言葉が途切れた。
- 修練室の壁や天井は濃い紫色で統一されている。
- 本来ならポスターやペナントが貼られている壁には、動物の剥製が何体も飾られていた。
- 床一面には淡く光る魔法陣が描かれていて、魔法陣の周りにお香が焚いてある。
- 天井からは髑髏や気味の悪い人形が力無く垂れ下がっていて、何もかもが不気味な部屋だった。
- ( ;´_ゝ`)「個性的な部屋だね」
- 川*゚ -゚)「うあぅ」
- クーの顔がまた少し赤くなる。
- 自分の部屋を異性に見られた女の子が取る反応と同じものなのか、俺にはわからなかった。
- 85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:33:22.58 ID:FGx+Eqqu0
- 俺が部屋の中から手招きすると、彼女は渋々といった様子で部屋に入ってきた。
- 今の状況をもう一度振り返ると、若い女の子と部屋で二人っきり、なのである。
- ちっとも魅力的に思わないのは、限りなく内装に原因があるだろう。
- ( ´_ゝ`)「試しに魔法を使ってみてくれないかな」
- 川 ゚ -゚)「ふぇ?」
- ( ´_ゝ`)「失敗してもいいんだ。出来ないからって焦る事は無い。ゆっくりやっていこう。
- 一つでも使えるようになれば、旅に出て良いって言われてるから」
- 川*゚ -゚)
- “旅”という言葉に反応して、彼女の顔が少しだけ明るくなった。
- 彼女は無表情なのに、気持ちが手に取るようにわかる、不思議な子だ。
- クーは隅の机に置いてあったロッドを手に取り、魔法陣の中心に立った。
- 二、三回深呼吸をしてから、ロッドを勢いよく床に刺す。
- 川 ゚ -゚)「あぁあいいあ、あいぉあおうぇぉあ、あぃああいあ」
- 彼女の言葉に反応して、魔法陣から発していた光が強くなってきた。
- おそらく呪文を詠唱しているのだろう。
- 言葉にはなっていないが、元々呪文というのは心で唱えるものだと聞いた。
- だから喋れるか喋れないか、俺が理解出来るかどうかというのは関係無いのだ。
- 川;゚ -゚)「いぇいああい、あいうあいぃあいあいうぅえいおぃ」
- 89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:49:32.67 ID:FGx+Eqqu0
- 魔法陣の光が輝きを増していくと共に、彼女の顔に疲労が浮かんできた。
- 天井から吊されたオブジェがカタカタと鳴り始め、魔法陣の中心にいる彼女から見えない波動が届いてくる。
- 波動はやがて肌で感じられる風に変わり、彼女のスカートとローブがばさばさとはためいた。
- 呪文の詠唱も終わりに近づいているらしく、呟きだった声が大きなうなり声に変わる。
- まさか最初の最初でいきなり成功するのでは、期待に胸が膨らんだ、その時だった。
- ( ;´_ゝ`)「!?」
- 彼女から発生した閃光が視界一面を包み、何も見えなくなった。
- 上も下もわからなくなった世界で、体の至る所に衝撃が走る。
- 成功なのか失敗なのかもわからない。とにかく恐ろしくて、手足をばたばたと動かしていた。
- 目はすぐに見えるようになり、辺りの状況や、自分の状態がわかった。
- 俺は床に倒れていた。周りを見渡すと、立てかけられてあった剥製が倒れ、お香が床にぶちまけられていた。
- ずきずきと痛む頭を抱えながら、何とか起き上がる。
- まだぼんやりとしている視界の中で、魔法陣の中心にうずくまったクーを発見した。
- ( ;´_ゝ`)「クー!」
- すぐさま体を起こし、彼女の元へ走り寄った。
- 彼女の体を抱きかかえ、声をかける。意識はあったが、目を閉じたままとても苦しそうに呼吸していた。
- 何が何だかわからなかったが、二つだけ理解出来た事がある。
- 魔法が失敗した事と、魔法の練習は思っていたよりずっと難しいという事だ。
- *―――*
- 90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:55:00.05 ID:FGx+Eqqu0
- ヤカンと茶葉を見つけたので、具合の悪そうなクーの為にお茶を沸かした。
- どうでも良いが、妖しい薬品だけじゃなくて、普通の茶葉も置いてあった事に少し驚いた。
- 湯気の沸き立つコップを手に、居間のテーブルを目指す。
- テーブルに突っ伏しているクーの頭の脇に、驚かさないようにそっとコップを置いた。
- 川;゚ -゚)「あ」
- ( ´_ゝ`)「ごめん。勝手に台所使ったよ」
- 川;゚ -゚) <ありがとう>
- 昨日覚えておいたおかげで、彼女の手話がすんなりと理解出来た。
- 手話というのは不思議なもので、言葉の意味が頭の中で、じわりと滲んで溶けるように感じるのだ。
- とても柔らかく、心地よく響く、彼女の“声”。持ってて良かった手話辞典大百科集だね。
- ( ´_ゝ`)「体の方はもう大丈夫?」
- 手話が来るかと思って身構えたが、彼女はこくりと頷いただけだった。
- ( ´_ゝ`)「ごめん。無理に魔法を使おうとさせちゃって。もう、やめた方がいいかな?」
- 川 ゚ -゚) <ううん。******>
- 首を振った後の手話がわからなかった。動作は右手の指先を左胸に当てた後、右胸に当てるものだ。
- 明確な意味は理解出来なかったものの、彼女がまだ練習を続ける意志を持っている事は明らかだった。
- 燃えたぎる闘志が、彼女の目を光り輝かせていたからだ。
- 放っておいたらすぐにでも修練室に向かいそうだったので、続きは明日にしようと早めに釘を打っておいた。
- 心配する必要も無いくらい、彼女はとても強い子のようだ。
- むしろ俺と蘭子の宿代の方が、よっぽど大問題だな。
- 91: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 22:58:25.17 ID:FGx+Eqqu0
- *―――*
- それからというもの、俺とクーの練習の日々が始まった。
- 俺が家に行くと、決まってペニサスさんは何かしらの用事をつけて、何処かへ行く。
- だから練習はずっと俺と彼女の二人きりだった。
- 川;゚ -゚)「はぁ、はぁ」
- ( ´_ゝ`)「大丈夫?」
- 川;゚ -゚) <大丈夫>
- 彼女の魔法はちっとも上達しなかった。
- 呪文を詠唱しては、二人揃って倒れ込む日が続いていった。
- 休憩している間は、クーの監修の元、手話の練習に勤しんだ。
- こちらはぐんぐんと上達していった。やはり新しい言語の習得には実践が一番なんだな。
- たまにわからない単語があれば、辞書を引いたり、筆談で教えて貰うなどして覚えていった。
- 時折、どうして彼女が魔法を使えないのか疑問に思う時がある。
- 彼女の実の祖母であるペニサスさんは、素人の俺から見ても高い能力を持った魔法使いだ。
- ペニサスさんの孫娘であるクーが魔法を使えないというのはおかしな話である。
- ひょっとすると以前ちらっと聞いた、“禁術”が関係しているかもしれないと思って、クーに聞いた事がある。
- しかし彼女は何も教えてくれなかった。それどころか、泣きそうな顔で黙り込んでしまった。
- 以来“禁術”は禁句だと考え、口にしていない。彼女の過去に、何があったんだろう。
- 92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:04:45.21 ID:FGx+Eqqu0
- ペニサスさんと二人で生活しているというのも少し引っかかる。
- 彼女の両親はいない。これも以前ちらっと聞いた話だ。
- いないというのは、この世にいない、つまり亡くなっているという事だろうか。
- 流石にクー本人に聞くような真似はしないが、どうしても気になってしまう。
- 村はずれの薄暗い林の中で、魔法を使えない魔法使いは、今までどんな人生を歩んできたんだろう。
- どうして彼女は言葉を失ってまで、使ってはいけないとされる禁術を使おうとしたんだろう。
- 彼女の事は、わからない事だらけだ。
- *―――*
- 村に来てから早くも一ヶ月が過ぎようとしていた。
- 彼女の魔法は、上達どころか、逆に酷くなっているような気さえした。
- 失敗したときの反動がより強く、体に返ってくるようになったのだ。
- 以前なら一日十回くらいは詠唱出来た魔法が、今では一日三回以下になっている。
- 彼女の体の負担と共に、俺の体の擦り傷も酷くなっていった。
- 俺たちを見かねてか、とうとうペニサスさんが動いた。
- ('、`*川「もう待てないよ。明日。明日までに魔法が使えるようにならなかったら、もう諦めて頂戴」
- 俺たちにとっては、死刑宣告並に重い告知だった。
- ペニサスさんが家を出て行ってから、さっそく練習に取りかかったが、上手くいく訳が無い。
- 三回詠唱した後、クーは倒れて寝込んでしまった。
- この調子じゃ、明日も駄目だろう。すると明日が、俺とクーのお別れの日になる。
- 96: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:10:56.20 ID:FGx+Eqqu0
- 遂に一度も魔法を成功させる事が無かったが、楽しい日々だった。
- 手話でのたどたどしい会話も、彼女が作ってくれる料理も、今日で、終わりか。
- 寂しいとは違う、悲しいでも無い、喪失感が俺の中で膨らんでいった。
- 肘掛け椅子にもたれ、誰もいない居間で一人考え込む。
- この一ヶ月で、俺が彼女にしてやれた事って何だろうと。
- ただ傍らで応援し、時々お茶を出して、手話で会話しただけだ。
- これじゃエセ勇者と言われても仕方が無いと、口元がにやけ、自嘲した。
- そして疲労が溜まっていたのは、どうやら俺も同じみたいだ。
- 背もたれに体を預けた俺は、徐々に意識が無くなっていった。
- *―――*
- ( ;´_ゝ`)「!」
- 誰かの声が聞こえた気がして、はっと目を覚ました。
- 眠り込む前と同じ居間だ。部屋には誰もいない。でも俺は確かに声を聞いた。
- 泣きじゃくる女の子の声だ。
- 恐怖と悲しみが入り交じって、感情がぐちゃぐちゃになっていく感覚もした。
- 今のは一体何だったんだ。考えてもわからない。それより、そうだ、クーはどうしたんだろう。
- 彼女を運び込んだ寝室の扉をノックし、返事を待った。しかし扉は開かないし、返事も聞こえない。
- 恐る恐る扉を開くと、中はもぬけの空だった。
- 一瞬頭が混乱したが、よくみると天井の板が一枚抜かれていて、そこに梯子がかかっていた。
- 躊躇う気持ちもあったが、意を決して天井裏へと続く梯子を一段一段踏みしめるように登っていった。
- 98: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:16:42.13 ID:FGx+Eqqu0
- 頭だけを天井裏に入れると、暗闇に包まれた天井裏に、光が差している場所があった。
- 板が抜けないようにそうっと体を滑り込ませ、四つん這いで天井裏を這い、光の当たっている場所を目指す。
- 光は屋根に出来た大きな割れ目から差しているようだ。
- 近寄ってみると、大人でも十分に通れる大きさだとわかった。
- 割れ目から切り取られた星空が見える。ここから屋根の上に出られるようだ。
- 服が引っかからないように注意して、割れ目に体を潜り込ませた。
- 視界が広がり、満点の星空が頭上に広がる。かび臭い天井裏と比べると、外は空気が澄んでいて気持ちよかった。
- 首を回すと、彼女はすぐに見つけられた。
- 斜めに連なった木の板で出来た屋根に、腰を下ろして膝を抱えていた。
- ( ´_ゝ`)(クー)
- 川 ゚ -゚)
- 夜空を見上げている彼女の表情は、いつも通りの無表情だった。
- ただ俺には、どうしようもなく孤独で、抱えきれないものばかりを背負っている、痛々しい女の子の姿にしか見えなかった。
- 今彼女にどう声をかければいいんだろう。『頑張れ』か。それとも『よくやったよ』なのか。
- どんな台詞も空しく聞こえるだけだ。彼女の無表情に隠された暗い感情を払拭する事は出来ない。
- やっぱり俺は人一人救えないエセ勇者なのか。いや、違う。
- 例え世界は救えなくても、目の前で泣いている人に手を差し伸べる事くらい出来るはずだ。
- ( ´_ゝ`)「クー」
- 川 ゚ -゚)「!」
- 99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:20:49.06 ID:FGx+Eqqu0
- 振り返った顔は、出会って間もなかった頃の怯えた小動物のようだった。
- 彼女をこんな風にした出来事を、俺は知らない。
- それでも彼女の悲しみは、無言の言葉になって俺に伝わってくる。
- ( ´_ゝ`)「隣、良いかな」
- 川 ゚ -゚) <うん>
- 滑って落ちないように注意して、屋根を伝って近寄っていった。
- あんまり近すぎないように、でも離れすぎて話せなくならないように、彼女の隣に腰を下ろした。
- ( ´_ゝ`)
- 川 ゚ -゚)
- 最初は俺の事を見ていた彼女だったが、次第に元のように視線は空に移っていった。
- 俺も彼女と同じように、雲一つ無い夜空を見上げた。
- 夜空の星々を見ていると、いつも思う事がある。
- 人間はなんてちっぽけなんだろうとか、全ての悩みは小さい事なんだな、とかありふれた事だ。
- しかし今日の俺はもっとロマンチストだった。
- 人の数だけ宇宙があって、星の数だけ選択肢がある。
- だから人は迷い、悩むんだなと、こんな事を考えてたんだ。
- ( ´_ゝ`)「あの、さあ」
- 川 ゚ -゚) <何ですか?>
- 100: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:24:38.61 ID:FGx+Eqqu0
- ( ´_ゝ`)「君と出会えて、本当に良かった。俺にはこれしか言えない。
- 俺は勇者のはずなのに、何も出来なくてごめんよ」
- もっと気の利いた台詞を言えればいいのに、思いつく事なんて出来やしなかった。
- 淡い星の光に照らされた彼女は、頷くことも、否定する事もせず、静かに俺を見つめていた。
- 言葉なき言葉が、彼女の瞳から溢れているようだった。
- 俺たちはどちらともなく体を寄せ合い、体重を相手に預けた。
- 二人で見上げる星空は、涙が出そうな程美しかった。
- *―――*
- 見慣れた修練室には、いつもはいないペニサスさんがいる。
- 万が一奇跡が起きれば、彼女と旅を続ける事が出来る。
- 魔法陣の中心で、静かに精神統一する彼女を、祈るような気持ちで見ていた。
- いつもはうるさい蘭子も、この日だけは俺の足下に静かに佇んでいた。
- 犬の気持ちは正直よくわからないが、何となく蘭子も祈ってくれている気がする。
- 神様なんて信じていない癖に、俺は神様に向かって懇願していた。
- 都合の良い時だけおねだりするエセ勇者に、神様は微笑んでくれるのだろうか。
- 川;゚ -゚) <始めます>
- 彼女は目に見えて緊張していた。肩に力が入りすぎている。
- 俺はあの日の彼女を思い出して、手話で彼女に言葉を伝えた。
- 右手の指先で、左胸から右胸に手を伸ばす。『大丈夫』という、メッセージだ。
- 102: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:27:21.93 ID:FGx+Eqqu0
- 彼女が俺を見ていたかどうかわからない。
- ただ彼女のかちこちだった体が、ほんの少し柔らかくなったのは感じた。
- 川 ゚ -゚)「あぁあうぁうあ、あぁえええあぁ!」
- 相変わらずうなり声にしか聞こえない詠唱だが、俺にははっきりと分かった。
- 彼女が持つ魔力と魔法陣が呼応し、形となって力が集まる波動を。
- 成功しても良い。失敗しても良い。彼女が何かを手に入れてくれたら、俺は満足だ。
- 柄にも無く、良い人を気取ってみた。
- 思ったより、気持ちが良かった。
- *―――*
- 結局魔法は失敗してしまった。
- 崩れ落ちるように倒れた彼女に駆け寄り、大丈夫かと声をかける。
- もはや合言葉のようになってしまった手話で、彼女は『大丈夫』と返した。
- ('、`*川「仕方無いね。約束は約束だから」
- 俺も彼女も、覚悟は出来ていた。既に旅支度も調えてある。
- 向かい合って立った俺とクーは、別れを惜しむように最後の手話を交わした。
- 左手の甲を右手の手刀で叩き、『ありがとう』。
- 誰でも知っている手話、手のひらを見せて横に振る、『さようなら』。
- これが最後の手話になると思うと、胸に熱いものがこみ上げてきた。
- 103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:29:41.17 ID:FGx+Eqqu0
- ('、`*川「この子を頼むよ」
- 魔王を倒したら、帰りにこの村に寄っていこう。
- その頃にはきっと彼女も魔法が使えてええええええ?
- ( ;´_ゝ`)「今、何て?」
- 川;゚ -゚)「あぅ?」
- ('、`*川「だから、約束だよ。ふつつかな孫娘だけど、宜しく頼むよ」
- わからない。ペニサスさんの言っている事がわからない。
- 飛び上がって喜んで良い事なのかもしれないけど、真意がわからない以上素直に喜べない。
- だって約束では『魔法が使えたら』彼女を連れて行っても良いとなっているはずだ。
- 彼女は魔法を使えない。一度も魔法は成功しなかったはずだ。
- 何を言っているんだろうかペニサスさんは。ぼけたのかな。
- ('、`#川「アホ! まだ現役じゃ!」
- ( ;´_ゝ`)「ご、ごめんなさい。でもどうして?」
- ('、`*川「だから、魔法を使えてるって事だよ」
- 川;゚ -゚)「えあぁあいあぅお?」
- ('、`*川「気付いてないのかい。まあ気付くまで私は何も言わないよ」
- 104: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:31:32.63 ID:FGx+Eqqu0
- 意味がわからない。彼女は一体何の魔法を使ったっていうんだろう。
- でも、とにかく、そうだな、今は、大声で叫びたい気分だ。
- ▼・ェ・▼「ワォーン!」
- 蘭子に先を越された。ワォーンじゃないよワォーンじゃ。
- ああ、くそ、でも嬉しいぞ。嬉しいな。良かった。本当に良かった。
- ( ´_ゝ`)「クー」
- 川 ゚ -゚) <兄者さん。私で、良いの?>
- ( ´_ゝ`)「君じゃないと嫌だ。君だから、君なんだ」
- 川*゚ -゚)
- もう意味なんてわからなくていい。俺は今初めて勇者らしい事が出来たんだ。
- 人を救える事が出来たんだ。クーと、一緒に旅が出来るんだ。
- こんなに嬉しい日は無い。これが魔法だとしたら、俺は勇者を辞めて魔法使いになるね。
- *―――*
- 人は望まれて生まれてくるものだ。
- 親に、兄弟に、親戚に、神に、大地に、誰かから必要とされて生まれるんだ。
- 生きる事の意味なんて、生まれた時からひっついてきてるものなんだろう。
- 考えるだけ無駄だ。俺たちが出来るのは、ただ一生懸命生きるだけなんだ。
- 106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:33:01.57 ID:FGx+Eqqu0
- それでも人は、星の数だけ迷い、悩み挫折する。
- 一人で何とかする人もいれば、誰かの助けが無いとどうしようも無い人がいる。
- 人を助けるというのは、自分を助けるという事でもあるんだ。
- 転んだ人を見つけられるのは、俯いて歩いている人間だけだから。
- 肩を貸して立ち上がれば、自然と目線は上がるものなんだ。
- 川 ゚ -゚) <これから何処の街に向かうんですか?>
- ( ´_ゝ`)「さあ。歩きながら考えるよ」
- 川 ゚ -゚) <そうですね>
- ちなみに、女将さんから借りてた手話辞典大百科集はそのまま譲って貰った。
- さらに今までの宿代全てを旅の資金にと返してくれたのだ。
- 俺じゃ無くて、クーにとても人徳があるらしい。
- 人に良い事してると、ちゃんと返ってくるもんなんだな。
- それにしても気になるのは、彼女が使った魔法の事だ。
- ペニサスさんは嘘や同情で言っていた様子では無かった。クーは確かに、何かの魔法を使ったのだ。
- 一体どんな魔法を、いつ、どういう形で使ったんだろう。
- どうしてペニサスさんは、俺たちを見てにやついていたんだろう。
- まあ、いいか。
- ( ´_ゝ`)「ふぅ―――」
- 今日は晴れそうだ。俺が出来る唯一の“見通し”。
- 全然あてになんないけどな。
- 107: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/09/25(木) 23:34:11.94 ID:FGx+Eqqu0
- #ギンガムチェックの世界で
- 終わり
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