( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/01(水) 23:53:06.53 ID:ZlS6vVvN0

 奴と遭遇した時、初めて死よりも深い恐怖を体験した。
負の感情の塊、狂気の実体化、どんな言葉を使っても形容出来ない、闇そのもの。
その時の俺にはまだ、奴の一端すら理解出来なかった。

 世界は複雑に絡み合った悪意の元で成り立っていた。
魔王を倒せば世界が平和になると思っていたのは、大きな勘違いだったのだ。
勧善懲悪の物語なんて、戦いの中に存在しないんだ。
この話は、まだ俺がこの世界の事を何も知らなかった時の出来事である。



40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/01(水) 23:53:39.93 ID:ZlS6vVvN0













#9

*――クロウ――*



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/01(水) 23:55:44.30 ID:ZlS6vVvN0

 農業が盛んな村、シェルジアは大きな河と森に挟まれた緑豊かな場所だった。
畑や田んぼが大部分を占め、家から家までの距離が長い。
公民館らしき建物の近くには、小さな商店や旅館もあり、一応旅人への配慮も伺える。
それでも普段から旅人が寄る村では無さそうで、農作業をしていた村人たちからの視線が少し気になった。

 旅館の一階は食堂になっており(むしろ泊まることが出来る食堂という感じの旅館だ)、夕食はそこで食べた。
畑で取れた作物をふんだんに使った料理は、ヘルシーで美味しく、何より安かったので気に入った。
ご飯のおかわりが自由との事なので、俺は三杯、クーは四杯食べた。
お上品にちょこっとだけ食べる女より、俺はクーの方が好きだ。

 『あんたなんでこの村にきたんだ?』

 食堂にいた料理人兼、旅館の主兼、おばちゃんは田舎特有の馴れ馴れしさで俺たちに聞いてきた。
俺の旅は最終目標こそあれど、明確なルートは何一つ無い。
だからいろんな場所で寄り道をして、何か情報でも無いかと探っている最中だった。
隠す必要も無いだろうと思い、俺が勇者である事、魔王を倒す為に旅をしている事を伝えた。

 おばちゃんははっと息を呑み、それ以降俺たちと喋ろうとはしなかった。
急に態度が変わった事に何か秘密があるような気がしたが、追求しようなどとは思わなかった。
勇者っていうのは余計な事に首を突っ込んで事態をややこしくするもんだからな。
俺は面倒な事が嫌いなんだ。後世に残る俺の伝記はさぞかしつまらないものになるだろうね。


*―――*


 俺たちが泊まっている旅館に村の村長が訪ねてきたのは、夜の十時を回った頃だった。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/01(水) 23:57:55.07 ID:ZlS6vVvN0

 杖が無いと歩けないよぼよぼの体なのに、わざわざ男衆を付き従えてやってきた。
俺と蘭子とクーは同じ部屋に泊まっているが、彼女たちは既に眠りについている。
起こしてはいけないと思い、一階の食堂まで下りてそこで話をする事にした。

 食堂のテーブルに向かい合って座ると、村長の深いしわが刻まれた顔がぐにゃりと歪んだ。
笑いかけてきたんだろうが、不気味すぎて愛想笑いを返す事を忘れた。

 『勇者様、なんじゃな?』

 しわがれた声で村長は言った。

( ´_ゝ`)「はい、そうですが」

 こういう時おどおどしていると怪しまれるので、堂々と胸を張って言った。
村長は二、三度咳をしてから、嬉しそうに数回頷いた。

 会話の内容は実に他愛も無い話だった。
『よく来てくれなすった』とか『何も無い村だがゆっくりしていってくだされ』とか。
何処かで聞いたような好々爺の台詞を一方的に浴びせられただけだった。
ただ会話の締めくくりであった『宿泊代を払う必要は無い』という言葉は素直に嬉しかった。

 十数分で会談は終わり、男衆に支えられながら村長は帰って行った。
彼らの足音が聞こえなくなってから、読みかけの小説を読むため部屋へ戻った。
寝室のドアを音を立てないようにしてそっと開ける。
暗い部屋の中、布団の上で正座したクーがじっとこちらを見ていた。



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/01(水) 23:59:24.72 ID:ZlS6vVvN0

 <置いていかれたかと思いました>

 いつもは踊っているように見える手話が、その時は力無く宙を泳いでいた。
彼女は一人を好み、孤独を恐れる。
情緒不安定で、時々理由もなく不安になったり、怒ったり、悩んだり、喜んだりする。
今夜はちょっと酷い方だ。

( ´_ゝ`)「ごめん。ちょっと客が来てたから」

 ドアを閉めると、窓から差し込む月明かりだけが光源となり、部屋はさらに暗くなった。
本当は小説の続きが気になっていたが、今日はもう寝る事にした。
クーの隣の布団に足を入れ、上半身だけをクーに向ける。
握り拳を頭に当ててから、人差し指を上に伸ばした両手を向かい合わせにして、人差し指を曲げる。

( ´_ゝ`) <おやすみ>

 彼女は耳自体が聞こえない訳じゃないから、俺が手話で話す必要は無い。
でもこうやって手話を使うと、彼女のぐらぐらに傾いた心がちょっとだけ立ち直るのを知っている。
彼女がちゃんと手話で返事をしたのを確認してから、布団に潜り込んだ。

 目を瞑った直後、隣の布団から伸びた手が、俺の腕をちょこちょことつついた。
体の位置を変え、手を取って握ると、向こうからもぎゅっと握り返してきた。
クーと手を繋いだまま、その日は眠りについた。


*―――*



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:03:02.77 ID:soTQRlyt0

 村人たちの態度が急変したのは、次の日からだった。
道ばたで俺たちと出会えば、まるで国王に謁見しているかのようにへりくだって挨拶をする。
商店は無料で商品を提供し、住人たちから家に呼ばれてごちそうになる事もあった。
勇者効果がここまで出た事は無かったので、俺もクーも(たぶん蘭子も)上機嫌だった。

 ただしひねくれ者の俺には、優しい態度の裏に何かがあるような気がしてならなかった。
旅の中で、様々な人と出会っているので、並の人間以上の観察力はついている自信がある。
しかしクーにその事を話しても、≪気にしすぎ≫とたしなめられるだけだった。

川 ゚ -゚) <もう少し人を信用する事を覚えたらどうです?>

 かわいげの無いうちの魔法使いは、もう少し人を疑う事を覚えたらいいと思うんだが。
まあ実際の所、特に変わった事も起こらず時間だけが過ぎていった。
杞憂だろうと考え直し、どうせ歓迎されているならとシェルジアにはやや長く滞在していた。
ところが村を発つと予定していた滞在五日目の昼に、とうとう事件は起こった。


*―――*


 『勇者様。お話したい事がありますのじゃ。お時間宜しいですかな?』

 旅支度を調え、旅館から出た直後に、村長と村の男衆に囲まれた。
正直な話、驚きよりもやっぱりかという気持ちが大きかった。

( ´_ゝ`)「いいですよ。何ですか?」



47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:04:45.52 ID:soTQRlyt0

 わざわざ体格の良い男衆を呼んで囲んでおいて、何が宜しいですかなだ。
いちいち腹を立てるのも馬鹿らしいので、涼しい顔で先を促せた。
案の定、村長は話し出すのを渋っている。クーの手前、話しにくいのだろう。

 『ここじゃちょっと……。勇者様だけ、わしの家に来てくれませんか?』

 面倒な事は嫌いだし、彼女を置いてけぼりにするのは、もっと嫌いだ。

( ´_ゝ`)「ここで話せない事なら、聞く気はありません」

 俺の態度が気にくわなかったのか、男衆の視線がより強く、鋭くなった。
村長は一瞬だけ男衆を睨んでから、また元の好々爺の顔に戻った。

 『わかりました。お話ししましょう』

 村長の話はあの日食堂で交わした会話より、ずっと短いものだった。
要約すると、この村は山賊たちに襲われている。彼らを退治して欲しい、というものだった。
これで今までの親切が全て説明出来た。見返りを期待した優しさほどいらつくものはないな。

( ´_ゝ`)「嫌です。というか、無理です」

 断った瞬間空気が変わった。
今こいつらは間違いなく、俺を敵と見なした。

( ´_ゝ`)「俺にそんな力はありません」

 予定が違うじゃないかと言わんばかりにざわめきが起こった。
ささやき合っていた声は、やがて俺たちを非難する罵倒へと変わった。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:05:49.26 ID:soTQRlyt0

 『勇者というのは名ばかりかい』『情けねえ奴だ』『何の為に旅をしてるんだ』
 『飯を食わせてやった恩を忘れてやがる』『とんでもねえ野郎だ。信じられねえ』
 『まあ犬を仲間に連れてる奴だからな』『犬畜生と同じって訳かい』
 『魔法使いだっているじゃないか』『あいつ、魔法が使えないらしいぜ』
 『じゃあ魔法使いじゃないだろ』『魔法が使えない癖に魔法使いを名乗るな』

( ´_ゝ`)「おい」

 俺は全てを聞き流すほど広い心は持っていない。
拳を握りしめ、殴りかかりたくなる衝動を抑えるので精一杯だった。

 『何ですかの?』

( ´_ゝ`)「俺たちは世界を救うんだ。邪魔をしないで欲しい」

 一瞬の沈黙の後、嘲笑の波が起こった。

 『何が世界を救うだ。山賊にびびってるくらいじゃ、魔王を倒せるはずが無い』
 『寝言は寝て言え』『こりゃあいつまで経っても平和はこねえな』
 『流石はエセ勇者様。人を笑わす術を心得てなさる』

(  _ゝ )

 もう我慢の限界だった。俺だっていくつもの死線をくぐり抜けた男だ。
この場にいる奴ら全員と戦り合っても勝てる自信がある。
ただ俺以上に我慢の出来ない女二人が、遂に癇癪を起こした。



49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:07:34.51 ID:soTQRlyt0

川#゚ -゚)「あああああ!」

▼・ェ・▼「ワン! ワン!」

 声が割れる程の絶叫を上げて、クーが村長につかみかかろうとした。
しかし側にいた男が阻止し、クーの胸ぐらを掴んで怒声を張り上げる。
すると男の足に蘭子が噛みついた。男はまるで少女のような悲鳴を上げ、胸ぐらを掴んでいた手を外した。

川#゚ -゚)「あぁ! あぁあうぁあ!」

 『このアマ!』

 村長は男たちの後ろに隠れ、クーは三人の男に囲まれてしまう。
蘭子は首根っこを捕まえられ、宙ぶらりんの状態になっていた。

 咄嗟のことで動けなかった俺も、仲間の危機とわかってからはすぐに足が動いた。
クーの元へ駆け寄ろうとすると、二人の男が両手を広げて立ちはだかった。
一度小さく左に飛び、フェイントをかけてから男たちの間をするりと抜けた。

 三人の男たちが、じたばたと暴れるクーを押さえつけようとしている。
男たちの内、こちらに背中を向けていた一人を足を引っかけて転ばせた。
もう一人は腕を捻って地面にたたき付けるように押し倒す。

 あと一人という時に、周りから怒りに我を忘れた男衆が飛びかかってきた。
両側から挟むように、同時に突進してきた二人には、ぶつかる直前で身を翻し頭をぶつけ合って貰った。

 今度は三人が、正面から一人ずつやってきた。
短剣を使えば事は簡単だが、人殺しまでする必要は無いので、素手のまま小さく構えを取り迎え撃つ体勢を取った。



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:09:46.94 ID:soTQRlyt0

 三人の内先頭にいた者は、多少の格闘の心得があるのか、服の襟元を掴んで投げ飛ばそうとしてきた。
足が浮く前に半身を相手の正面に回り込ませ、腕を取ったまま逆に投げ飛ばした。

 顔を上げると、視界の隅で何かが動いたのが見え反射的に体を仰け反らせた。
すぐ目の前を握り込まれた拳が通過する。
空振りして不安定によろめく体を、抱きかかえるようにしてがっちり掴み、腹に膝の一撃をたたき込んだ。
小さなうめき声を上げ、男は地面に沈んでいった。

 『俺が相手をする!』

 男衆の中で、一際体の大きい大男が拳を振り上げて殴りかかってきた。こいつはタフそうだ。
まずノーモーションで顔面に掌底をたたき込み、ひるんだ隙に腹を一発殴った。
ガードが下がったので顔面にもう一発、続けて胸部に二発、腹を五発殴る。
もう一発、横から拳を振り抜くようにして顔を殴ろうとしたら、しゃがんで躱された。
反撃が来るかと思い身構えたが、大男は膝をついて座ると、顔から突っ込むように地面に倒れ伏した。

 『ま、参った。俺たちの負けだ』

 男衆の中にはまだ動ける者が何人かいたが、あっさりと負けを認めた。
クーを掴んでいた男は手を離し、両手を上げて降参の構えを取る。
いつの間にか解放されていた蘭子は、俺の足下でだらしなく舌を垂らしていた。

( ´_ゝ`)「クー。怪我は?」

川 ゚ -゚) <大丈夫>

( ´_ゝ`)「蘭子は?」

▼・ェ・▼「ワン!」



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:11:31.24 ID:soTQRlyt0

 流石は勇者パーティだ。
群れないと戦えない情けない奴らとは、心の強さが違う。

 『わしらが悪かった』

 遠巻きで見ていた村長は、憎たらしい好々爺ではなく無表情の顔で言った。

 『行っていいぞ』

 村長の一声で、男衆はさっと身を引き、道の両側に退いた。
クーと蘭子は意気揚々と男衆の間を歩いていったが、まだやり残した事がある俺は、その場から動かなかった。

( ´_ゝ`)「盗賊団の名前、隠してないで教えてくれ」

 俺の事をエセ勇者と知っていて尚、盗賊団に差し向けようとする。
奇妙な矛盾が、俺の頭に引っかかったのだ。

 『ディアクロウ。頭はジョルジュという者じゃ』

 村長の口から出たのは、行く先々で耳にする、この国で最も名を上げた盗賊団の名前だった。
矛盾の正体は暴かれ、体の力が抜けていった。
盗賊団を退治してくれなんて、嘘だったんだ。本当は誰が行っても良かったんだ。

 ディアクロウの頭、ジョルジュは元々国家直属の新鋭騎士団の一人だった。
ある時汚職事件によって騎士団を首になり、国家に裏切られたと勘違いした彼は、ならず者たちを集め盗賊団を作り上げた。

 戦鬼ディアクロウ。戦いを何よりも好み、国でさえおいそれと手出しが出来ない最強の盗賊団だ。
滞在先の村や町では、住人たちにある条件を課し、条件が満たされない限りそこに居着くというルールがあった。



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:12:56.63 ID:soTQRlyt0

 条件とはすなわち、戦闘狂ジョルジュとの一対一の決闘。
勝ち負けは問わないので、誰か一人を戦いの場へ差し出せというものだ。
つまり俺が勝とうが負けようが、村にとってはどちらでも良かったという事になる。
俺はこの村の生け贄にされる所だったんだ。

川 ゚ -゚)「あぁ!」

▼・ェ・▼「ワン!」

 遠くから早く来いと急かす彼女たちを尻目に、俺は村長に言った。

( ´_ゝ`)「最初からそう言えば良かったんだ。行くよ。奴らは何処にいる?」

 村長の顔が、初めて作り笑い以外の表情、驚愕の顔になった。
何も知らないクーと蘭子は、まだ叫び続けていた。


*―――*


 星の明かりだけを頼りに、なるべく足音を立てないようにして森の中を進んでいた。
自分が馬鹿な事をしているという自覚はある。
クーが涙目になりながら必死に引き留めてきたのを無視した罪悪感も、ちゃんとある。

 勇者としてのプライド以上に、仲間を馬鹿にされたのが悔しかった。
所詮自分はエセ勇者だと思って納得出来るのは、自分だけの事であってクーと蘭子は違う。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:13:58.08 ID:soTQRlyt0

 長い間俺と蘭子が歩んできた道を否定された。
クーの苦しみも知らず魔法を使えない彼女を否定された。
全ては俺の力不足であり、力無き正義は罪であるという事だ。

 例え決闘に勝てずに命を落としても、村を救うことが出来る。
勇者としての定めが誰かを救う事であるなら、命を賭けて証明してみせる。
ここで死んでも、それまでの男だったという訳だ。

 精霊の勘違いから始まった旅なら、もう終わりにしよう。
何も守れない勇者なら必要無い。
身勝手な自己満足で、クーと蘭子、俺の家族を悲しませる結果になっても、仕方が無い事なんだ。
『運命』が選択した事に、誰も抗えないのだから。

 弟者。
 母者。
 父者。
 姉者。
 妹者。
 末者。
 蘭子。

 クー。

 俺を許してくれなんて思わない。でも、正直もう疲れた。
先の見えない旅の中で、いつも疑問に感じていた。
自分が何の為に戦っているのかを。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:14:49.32 ID:soTQRlyt0

 選ばれし勇者は、作られた運命の中でしか生きられない。
無限にあるはずの選択肢は消滅し、可能性は全て否定される。
目隠しで綱渡りさせられるような戦いは、もう嫌なんだ。

 ここを死に場所にしよう。
連れ回すだけ連れ回し、結局置いてけぼりにしてしまったクーの事。
今頃魔王の元でめそめそと泣き伏せているだろう弟者の事。

 心残りはたくさんある。
いつか本当の勇者が魔王を倒し、彼らに幸せが訪れるのをあの世で祈ろう。
エセ勇者に出来るのは、それだけなん―――。

( ; _ゝ )「!?」







 今のは、何だ?







58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:15:37.29 ID:soTQRlyt0

 寒気がする。全身に鳥肌が立った。
怖い。殺気では無い。闇を感じる。
体が痺れる程の恐怖。

 悲鳴が聞こえた、気がした。

 足が動かない。この先に何があるんだ。
ジョルジュたちがいるんじゃないのか?
他に誰か、いるのか?

 この気配は本当に人間なのか。
モンスター、でもない。もっと別の何かだ。

 とてつもなく強大で、計り知れない力を感じた。
まるで引き寄せられるように足が動く。
自分の意志では無いみたいだ。

 怖い。どうしようもなく怖い。
星の光が届かなくなってきた。
見えていた道が見えなくなる。
暗闇だ。自分の姿すら見えない暗闇。
一体何が起こっているんだ。

 引き返せ。今なら間に合う。
駄目だ、足が勝手に動く。
嫌だ、見たく無い。

 『ああああああああ!』



60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:18:48.87 ID:soTQRlyt0

 吐き気を催すような絶叫が聞こえた。
人間の断末魔だ。
すぐそこで聞こえた。

嫌だ、見たくない。
知りたくない。帰りたい。

 足よ、止まれ。止まってくれ。
戻るんだ。村に戻れば、クーと蘭子がいる。
もう一度旅がしたい。
彼女たちに会いたい。

 助けて、誰か。
お母さん。お父さん。
助けて。

 視界が開く。
星の光が蘇った。
木々の無い地面が見えた。
まだ燃えさかっているたき火も見えた。
地面に転がる、無数の死体も見えた。

( ;´_ゝ`)「―――」

 死体はすべてちりぢりに引き裂かれていた。どう考えても人間業では無かった。
かといっていくらモンスターでも、ここまで残虐な殺し方はしない。
もっと凶悪な何かが、ここで暴れたのだ。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:20:39.82 ID:soTQRlyt0

 たき火の向こう側で、甲冑に身を包んだ男が一人、仁王立ちで立っていた。
剣を片手に、体を血まみれにしながら荒く呼吸をしている。彼の足下には血だまりが出来ていた。
  _
(;;;゚∀ )「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 顔の片方がえぐれ、原型が無くなっていた。
意識を保っているのがやっとのようで、もはや戦意など見えない。
何となく、本当に何の理由も無いが、彼がジョルジュなのだとわかった。
  _
(;;;゚∀ )「認識、が、甘かった」

 よろよろと俺が近寄ると、彼はぽつりぽつりと語り出した。
  _
(;;;゚∀ )「俺、たち、がたばで、かか、れば、例え騎士団、が相手、で、も、勝てる」

 喋る度に、口から血の塊が吹き出している。
致命傷を負った体は、もう長くないだろうと思った。
  _
(;;;゚∀ )「でも、あいつ、は、人間じゃ無かった」

( ;´_ゝ`)
  _
(;;;゚∀ )「も、も、も、もちろん、魔族、でも無い。俺、み、たいな、殺人、狂でも、無い。
     まる、で靴紐を、結ぶ、みたいに、人、を殺すん、だ。次元が違い、す、ぎ、る」



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:22:56.23 ID:soTQRlyt0

( ;´_ゝ`)「誰に、やられた?」

 ジョルジュの残った片目から、光が失われていく。
  _
(;;;゚∀ )「『闇鴉』。俺、た、ち、の界隈、で、は、そう、呼ん、で、い、る」

 最後の言葉を言うと、ジョルジュは前のめりにばたりと倒れた。
彼の背中は、甲冑ごと肉をえぐられていた。

( ;´_ゝ`)「やみ、がらす」

 彼が最後に遺した言葉を復唱する。
初めて聞くその名は、凄惨な光景と共に心に深く刻まれた。

( ; _ゝ )「!」

 まただ、また暗闇が襲ってきた。
たき火の音が聞こえるのに、まるで目隠しをされたように何も見えない。
先程とは違い、体が一切動かなくなった。

 恐怖で気が狂いそうになる中、首筋で何かを感じた。これは、呼吸?
生臭い息がうなじに吹きかかる。殺気とは全く別物の、歪んだ気配が体を支配した。

 気配は背中から正面に回った。
全てを飲み込む、夜の闇よりも濃い暗闇の中、一つの点が浮かび上がった。
こちらを睨みつける目玉だった。

 ゚  「オマエ、誰ダ」



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:25:08.37 ID:soTQRlyt0

 男とも女ともつかない、かすれた声が聞こえる。
暗闇の空間に貼り付けられた目玉は、こちらを見つめたまま動かない。
手足の感覚が無くなり、自分の存在すら曖昧になっていく。
俺の意識はどこまでも暗い闇に呑まれていった。


*―――*


 目を覚ましたのは、既に夜が明けた後だった。
周り中に転がっていたはずの死体は、何故か全て消失していた。
血の跡すら、見つけられなかった。

 全て夢だったら良かったのだが、思い通りにはいかない。
微かに鼻をくすぐる人間の血の臭いが、夢にさせてくれなかった。


*―――*


 村に戻ると、クーに抱きつかれ、泣かれ、殴られ、引っ掻かれた。
村人たちからは何か食べた方がいいと勧められたが、食欲が無かったので、旅館の布団に飛び込むように眠った。

 俺が起きたのは次の日の朝だった。
寝ぼけた頭で朝食を取ってから、村長にジョルジュたちはもういないと話した。
闇鴉の事は、隠したままだった。



65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:29:13.65 ID:soTQRlyt0

 俺はあまりにも無知過ぎた。
世界はとてつもなく広く、まだまだ知らない事だらけだというのはわかっているつもりだった。
ただ闇鴉のような自分の認識を遙かに超えた存在がいるなんて、考えもしなかった。

 この先旅を続けるなら、必ず奴ともう一度会う。
縁起でもない予感が、俺の心を不安にさせた。

川 ゚ -゚) <大丈夫?>

▼・ェ・▼「ワン!」

 シェルジアを発ってから半日、ずっと暗い顔でいる俺をクーたちが心配そうにのぞき込んできた。
今は何も考えないようにしよう。助かった事に変わりは無いんだから。

 もう一度、彼女たちと旅が出来るんだ。戦う理由なんて、今から見つければいい。
死に急ぐ必要は無いんだ。

( ´_ゝ`)「クー。蘭子。好きだ」

川*゚ -゚)

▼*・ェ・▼

 痛い痛い痛い。照れ隠しならもっと優しくしてくれ。
顔を叩くな。引っ掻くないててて。足首を噛むなって。おい、やめろ。
ははは、生きてるって素晴らしいね。

 無知故の幸せ、もう少しだけ、噛みしめて生きよう。
いつの日かやってくるかもしれない、辛い別れに悔いを残さないように。



66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/10/02(木) 00:30:02.07 ID:soTQRlyt0


#クロウ

終わり



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