( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:08:43.74 ID:+jSnCPht0

 最初に異変を感じたのは一ヶ月前だった。
宿屋の女将さんがサービスで作ってくれたカップアイスを食べていた時、

( ´_ゝ`)「美味いか?」

 満足げにアイスをほおばっていたクーに、何気なく聞いた一言だった。
返事はすぐに返ってくるものだと思っていたが、クーはまるで聞こえていない素振りでアイスを食べ続けた。

 思い当たる節は他にもたくさんある。しかし確信は持てなかった。
いつもおかしい訳では無いし、何より俺自身が信じたくなかったというのが本音だ。

 クーの耳が、聞こえなくなってきているなんて。



46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:09:30.54 ID:+jSnCPht0













#13

*――星降る夜に――*



51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:13:30.27 ID:+jSnCPht0

 降りしきる雨が地面を叩く音と、二人分の憂鬱そうなため息が交わった。
山でスコールに遭った俺たちは、洞窟を見つけて避難したものの、みんな水を被ったように体を濡らしてしまった。
たき火を起こすまで、寒さで死んでしまうのではないかと本気で思ったくらいだ。

 洞窟の中には枯れ葉や枯れ木が大量に散乱していたので、燃料には困らなそうだった。
今日は山越えを諦め、この洞窟でビバークすることに決めた。

 下着以外の服を全て脱ぎ、木の棒で即席の洗濯棒を作ってたき火に当てている。
ほとんど全裸になった姿を見て、聖書で見たアダムとイブみたいだね、とクーが言った。

( ´_ゝ`)「蘭子がイヴ?」

川 ゚ -゚) <じゃあ私は誰?>

( ´_ゝ`)「蛇かな。知恵の実を食べさせた」

 パンチに備えて手で顔をガードした。しかし無防備になっていた腹の方を殴られる。
一緒に旅を始めた頃は軽いものだったが、クーに筋肉がついてきたので近頃は冗談を言うのにも覚悟がいるようになった。

( ;´_ゝ`)「ごめんごめん。じゃあイヴはお前だ」

▼・ェ・▼「ワン!」

川 ゚ -゚) <蘭ちゃんは?>

( ´_ゝ`)「えー、あー、やっぱりイヴかな」

川 ゚ -゚) <イヴが二人いるよ>



53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:16:09.46 ID:+jSnCPht0

( ´_ゝ`)「アダムだって両手に花の方が嬉しいだろ」

川 ゚ -゚) <浮気な男は嫌い>

▼・ェ・▼「ワァン!」

( ´_ゝ`)「イヴに追放されるならアダムも本望だよ」

 たき火の火が弱くなってきたので、燃料のストックを被せ、棒でつついて形を整えた。

( ´_ゝ`)「寒いから蘭子貸して」

 今蘭子は抱き枕のようにクーに抱えられている。
蘭子のふさふさした毛が気持ちよさそうに見えた。

川 ゚ -゚) <すぐに返してね>

 蘭子を受け取ると、今まで蘭子によって隠されていたクーの胸が露わになった。
桃色の乳頭が白い肌の上にちょこんと乗っている。
俺の裸と比べると、やっぱり女のクーの方が綺麗で、裸婦画が数千年前から人気がある理由がわかる。

川 ゚ -゚) <スケベ>

 俺の視線に気がついたクーは、自作のスラング手話を使って俺を罵る。
だが隠そうともしないクーにも問題があると思う。
裸くらい今更気にすることでも無いんだが、恥じらいがあった方が男の俺としては嬉しかったりする。



55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:20:00.74 ID:+jSnCPht0

( ´_ゝ`)「そろそろ乾いたかな」

 服を手にとって確かめると、熱を持ったぱさついた布の感触がした。
着替え直し、ようやく原始人から進化する。
もう少しクーの裸が見たかった気もしたが、暖まった服の肌触りが心地よかったので良しとしよう。

( ´_ゝ`)「今日はもう寝よう。この洞窟ならモンスターから襲われることも無い」

川 ゚ -゚)「あぅ」

 一枚の毛布を取り出し、クーたちと一緒に丸まって地面に横たわった。
寝袋もあったが、こうやって寝る方が保温性が良いので、最近はこうしていた。
抱き枕扱いが定着していた蘭子は、俺とクーに挟まれた格好で毛布にくるまっている。

( ´_ゝ`)「おやすみ」

川 ゚ -゚) <おやすみ>

▼・ェ・▼「クゥ」

川*゚ -゚) <今私の名前言った>

( ´_ゝ`)「はいはい」

 毛布から火掻き棒にしていた木の棒を伸ばし、たき火の山を崩した。
やがて火の勢いが無くなってきて、洞窟が暗闇に覆われ始めた。闇は怖い。嫌な事を思い出すから。
蘭子を抱いている腕に思わず力が入り、小さなうめき声が漏れた。ごめんね、蘭子。



56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:23:01.47 ID:+jSnCPht0


*―――*


 久々に固い地面の上で寝たからか、深い眠りにはならなかった。
雨音に反応して、目を覚ましてしまった。まだ雨が降っているのか、と起きてすぐにうんざりする。

 外は当然のようにまだ暗い。おそらく3時間くらいしか眠っていない。
寝ぼけた頭で、寝直そうと体の位置を直した時、妙に毛布の中が広いことに気がついた。

( ´_ゝ`)「クー?」

 抱いていた蘭子はいるが、クーがいない。

 トイレかと思い、しばらく毛布の中で待った。
しかしいくら待っても、クーは戻ってこなかった。

 毛布から抜け出て、洞窟の奥へ進んでみた。
声の反響から、奥行きがそこまで無いのを知っていたので、洞窟の奥は調べていなかった。
案の定角を曲がった先はすぐに行き止まりで、クーの姿はもちろん無かった。

 早足でたき火の場所まで戻り、外していたベルトから短剣を引き抜き、洞窟の出口を目指した。
豪雨とまではいかないが、隙間無く降り注いでいる雨のカーテンに、頭を入れて外を見渡す。
岩棚の上で膝を抱えてじっとしているクーを見つけたとき、胸の奥がずきんと痛んだ。

 後ろ姿しか見えないから、表情はわからない。だが想像するのは簡単だ。
きっと叱られた子供みたいな顔して、泣いているに決まってる。
俺はクーの、こういう所が嫌いだ。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:25:23.21 ID:+jSnCPht0

 短剣を地面に投げ捨てて、後ろから近づいていった。
いつからそうやって座っていたのか、せっかく乾かした服がずぶ濡れになっていた。
悔しいから、しばらく声をかけるのを待って、俺もずぶ濡れになろうと思う。

川  - )「!」

 ところが気配でも感じ取ったのか、声をかける前にクーはこちらを振り返った。
暗いので表情は一切わからない。クーも俺の表情はわからないだろう。
でも何となく、この時俺たちは情けない顔で笑い合ったのだと思った。

(  _ゝ )「何をしてるんだ」

 尖った口調に怯えたのか、クーの肩が小さく跳ねた。
そりゃあ少しくらいは怖がってもらわないと困る。俺は久しぶりに怒っているんだから。

川  - ) <*****。************。********>

(  _ゝ )「見えないよ」

 手話がわからないと、会話する手段が無くなる。
クーは困ったように首を捻り、顔を俯かせる。

 もう有無も言わさず洞窟の中に引っ張っていこうかと考え始めた時、クーがぱっと顔を上げた。
するといきなり俺の手を取って唇に指を押しつけた。冷え切った唇の柔らかさに、どきっとする。

 クーは読唇術で俺に言葉を伝えたいようだ。
しかし唇の動き、それも触っただけで読み取れというのはあまりにも難しい。



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:26:53.78 ID:+jSnCPht0

 苦心した結果、かろうじて“音”“耳”“星”という三つの言葉を拾った。
聞くのが怖かったが、もう自分に嘘をつくのはやめよう。

(  _ゝ )「耳が聞こえない時がある。そうだろ?」

 クーはこくりと頷いた。出来れば否定して欲しかった。

(  _ゝ )「雨音が聞こえないから、外に出たのか。外に出れば聞こえると思って」

 もう一度、首を縦に振る。

(  _ゝ )「聞こえるまで外に出て待っていたんだな」

 クーは頷きかけて、思い直したようにかぶりを振った。
俺の目の前に右手を掲げて、手を閉じたり開いたりを、何度も何度も繰り返した。
これだけ目に近ければ手話もわかる。これは『星』という意味。

(  _ゝ )「星が、見たかったのか」

 肯定も否定もせず、彼女はただ体を萎ませてうなだれた。

 俺はゼウスじゃないから、気候を操って雨を止ませることは出来ない。
彼女の涙を止めることさえ厳しいエセ勇者だ。

 ここまで思い詰めるということは、耳が聞こえなくなる時間が徐々に延びているんだろう。
この症状が進行していけば、いずれ彼女は音の無い世界で生きることとなる。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:28:55.01 ID:+jSnCPht0

 更に恐怖なのは、侵食されているのが耳では無く五感かもしれないという可能性である。
禁術の代償は大きく、時には命も落とす。後遺症が、彼女の体を蝕み始めているのだろうか。

(  _ゝ )「雨は今夜中は止まないよ。星は見れない。だから帰ろう」

 禁術の後遺症の他にも、クーは心に深い傷を負っている。
まだ聞かせてくれない彼女の過去に、心を不安定にさせる何かがあったんだ。
おそらくその中心に、彼女の両親の死がある。

 俺はまだ何も知らない。
抱えている苦しみの欠片さえ、俺には渡してくれない。彼女は全てを背負うつもりでいる。
俺はクーのそういう所が嫌いで、だから好きになったんだろう。

 いつかこの雨の代わりに、億万の星を降らせよう。
手話がちゃんと見えるように、夜空を照らしてやろう。

川  - )「あっ」

 抱き締めた体は、力を入れれば溶けて崩れそうな程脆かった。

 どうしようもなく退屈な人生を送っていた俺にとって、世界なんてどうでも良かった。
魔王に滅ぼされるなら、それでも良いなんて考えていた。
けれども旅をしている間に、いろんな人間と出会い、クーと出会って、俺の世界は日々移り変わっていった。
世界がこんなにも尊く、愛おしいものになった。何としてでも護りたいと思った。

 命を賭けられる人が、出来たから。



62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/12/16(火) 22:29:28.05 ID:+jSnCPht0


#星降る夜に

終わり



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