( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 01:54:52.66 ID:Gt2suaHC0
- 石灰石と大理石で作られた街は、格調高く、神々しくさえあった。
- 街の中心に造られた巨大な神殿には、内陣を囲んでいる石柱に無数の宝石による装飾がされており、青白く光っている。
- 民家一つっても手抜きは一切無い。
- 外壁にテラコッタで模様が描かれていて、街全体が芸術作品のような美しさを持つ。
- もしも落書きなんかした日には、かみなりが落ちてくるかもしれないな。
- ここは神と同居している街、ラシャトリカ。
- 俺たちは遂に、光の神殿にたどり着くことが出来た。
- 待ち受けていたものが、闇とも知らずに。
- 6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 01:56:25.27 ID:Gt2suaHC0
- #15
- *――ラフィングダークネス――*
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 01:59:56.58 ID:Gt2suaHC0
- ( <●><●>)「光の神殿へ行くまえに、宿屋の方へご案内します」
- 街の入り口に立っていたのは、鎧に身を固めた警兵でも、暇そうな門番でも無く、
- 導師服に身を包んだ馬鹿丁寧な口調で話す、この街の司教だった。
- 『私の名前はワカッテマス。光の神殿で、神官長を務めております。
- お待ちしておりました、兄者様。クー様。蘭子様』
- 蘭子にまで様をつけるやつを初めて見たよ。
- 俺たちが勇者パーティとして、今日この瞬間に街に来ることを、ワカッテマスは明らかに知っていた。
- おそらく神官連直属の魔法使いが“見通し”を使ったんだろう。
- 準備のいいこった。流石に神の使いたちともなると勇者への扱いには気を付けるみたいだ。
- ( ´_ゝ`)「どうした?」
- ワカッテマスの後ろについて街を歩いている途中、服の袖をクーに引っ張られた。
- 川 ゚ -゚) <綺麗な所だね>
- 辺りをきょろきょろと見回しながら、少々舞い上がった様子で手話を使ってくる。
- 田舎者だってばれるぞ、と注意すると、頬を膨らましてそっぽを向かれた。
- 用事が済んだあと、クーと一緒に街を回ってみるか。
- ( <●><●>)「ここに来るまで、長旅だったでしょう」
- ( ´_ゝ`)「ええ、そりゃあもう」
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:02:21.13 ID:Gt2suaHC0
- 湿った風が、ワカッテマスが着ていた導師服の紫色のマントをはためかせた。
- 艶のあるボブヘアのせいで歳が分かりづらい。おそらく40歳以上だと思うが、定かではない。
- ( <●><●>)「神殿には、もういくつか行かれましたか?」
- ( ´_ゝ`)「いえ、この光の神殿が初めてです」
- ( <●><●>)「え?」
- 聡明そうな顔をしたワカッテマスが、目を見開いて言葉を無くした。
- きょとんとした顔をされると、ますます歳が分かりづらくなる。
- ( <●><●>)「そう、ですか。いや、むしろそうでないと、おかしいですものね。
- これも一つの、神のおぼしめしなのかもしれません」
- ( ´_ゝ`)「どういうことです?」
- ( <●><●>)「失敬。こちらの話です」
- ワカッテマスは前に向き直って、それから無言で歩き続けた。
- 俺はクーと一緒に、田舎者らしく街を眺めながら進んでいった。
- 妙だ。この街は、今までと何かが違う。
- 言うなればある種の殺気を感じる。警兵の数もかなり多い。
- 逆に見える範囲にいる街の人間は少なかった。大通りも閑散としている。
- 民家の多さや街の広さを考えると、もっと人がいていいはずなのだ。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:04:00.83 ID:Gt2suaHC0
- 川 ゚ -゚) <あとでお買い物しようね>
- ( ´_ゝ`)「ああ」
- ▼・ェ・▼「ワン! ワンワン!」
- 蘭子の声に反応して、数人の警兵がこちらに顔を向けた。
- 殺気立ったハンターのような目をしている。街に住んでいる警兵の目つきじゃない。
- おそらく何処か大きな都市から派遣された者たちだろう。
- ( ´_ゝ`)(くさいな)
- 短剣を入れているホルダーを、腰の後ろから前に回した。
- ベルトにくくりつけている煙玉と目つぶしの位置を手で確認する。
- 不自然にならない程度に警戒しておこう。この街は、何かがおかしい。
- *―――*
- 案内された宿屋は、二階の無い平べったい家だった。
- ワカッテマスが宿屋の中に入ると、カウンターにいた宿屋の主人らしき人物が立ち上がって敬礼した。
- 小さく会釈を返してから、ワカッテマスは通路の奥へ進んだ。
- シンプルな作りになっている宿屋だが、床に敷いている絨毯や置いてあるランプは相当な価値のあるものに見える。
- ( <●><●>)「一応部屋を二つ取っておりますが、どうされますか?」
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:06:17.46 ID:Gt2suaHC0
- ( ´_ゝ`)「一部屋で十分です。ありがとうございます」
- ( <●><●>)「若いですものね」
- ( ´_ゝ`)「はい?」
- ( <●><●>)「若い男女が共に旅をしていれば、いずれはそうなるでしょう。
- ええ、わかっていますとも。ははは」
- ( ;´_ゝ`)「ははは」
- 苦笑いしか作れなかった。
- 司教の割には意外と俗っぽい性格なのかもしれない。
- クーを見る。恥ずかしがっているかと思ったら平然とした顔をしていた。
- こういう話にはもう慣れたのか。昔は顔から火が出るくらい恥ずかしがっていたのに。
- ( <●><●>)「神殿は、この宿屋の裏手の通りを北に進めばすぐに着きます」
- ( ´_ゝ`)「差し支えなければ、クーと蘭子を連れて行っても構わないでしょうか?」
- ( <●><●>)「もちろん大丈夫です。光の精霊は、きっとあなた方全員を待っておられるでしょうから」
- ( ´_ゝ`)「そうですか。安心しました」
- ( <●><●>)「私は先に神殿に戻っております。準備が整いましたら、こちらにいらしてください。
- 部屋のクローゼットに数着の服を用意しておりますので、宜しければどうぞ」
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:07:52.40 ID:Gt2suaHC0
- ( ´_ゝ`)「何から何までありがとうございます」
- ( <●><●>)「勇者様ですから、こちらとしては当然のことです。ではまた後ほど」
- 今までの旅が嘘のような歓迎ぶりだ。
- やはり勇者というのはこうでなくては面白くない。
- ワカッテマスは仰々しいお辞儀をしてから、宿屋の入り口の方へ戻っていった。
- *―――*
- 部屋の内装は多少宗教じみた装飾が多いこと以外、ごく普通の宿屋という感じだった。
- クーと蘭子は大きなダブルベッドの上で飛び跳ねている。
- シャワールームを確認してから、クローゼットを開いた。
- 導師服に似せた服が多く掛けられていて、その中で動きやすそうな服を選んで手に取った。
- ( ´_ゝ`)「風呂に入ったら、すぐに神殿に行こう。待たせちゃ悪い」
- 川 ゚ -゚) <じゃあ一緒に入ろう>
- ( ´_ゝ`)「ん、そうするか」
- 蘭子を放し、クローゼットの前に立つと、眉間に皺を寄せながら服を選び始めた。
- いつもならまず値段を見てから選んでいるのが、今日はどれを着てもいいということになっている。
- 目を輝かせて服を選ぶ彼女は、やっぱり普通の、田舎者の女にしか見えなかった。
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:09:33.87 ID:Gt2suaHC0
- *―――*
- 風呂には蘭子も一緒に入らせた。
- 初めて立ち入る神殿に、獣臭い仲間を引き連れていくのはどうかと思ったからだ。
- 着替えたあとは、さっそく神殿へ向かった。
- 道が格子状に伸びている街なので、道に迷う心配は無かった。
- 川*゚ -゚) <大きい>
- クーにそれ以外の感想は無いのか、と言いたかったが、かくいう俺も大きいとしか思えなかった。
- ただ大きいだけじゃなく、見る人間を圧倒するような存在感がある。
- 雨風にさらされているはずの外壁は、太陽の光を反射して、傷一つ無い滑らかな光沢を放っていた。
- ( ´_ゝ`)「行こう」
- ▼・ェ・▼「ワン! ワン!」
- 川*゚ -゚) <うん>
- 正面の入り口に続いている、横に長い階段を一段ずつ上っていった。
- 入り口の両脇には警兵とは格好の違う兵士がいた。神殿を警備する者たちだろうか。
- 赤い鎧なんて初めて見た。
- ( <●><●>)「お待ちしておりました」
- 26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:11:50.54 ID:Gt2suaHC0
- 大理石の床に敷かれた、絨毯の切れ端の部分に、ワカッテマスが立っていた。
- 「精霊のいる部屋までご案内します」また彼の後ろについて行くことになった。
- 外に面した、列柱に挟まれた通路を歩いていく。
- 神殿は神官連の住居や、会議の場としても使われるので、それなりに部屋が多かった。
- 角を曲がり、さらに奥へと足を踏み入れる。
- 突き当たりまで歩くと、ワカッテマスは俺たちを振り返った。
- ( <●><●>)「この先が、精霊のいる神霊堂となっております。
- ここから先は特別な用事が無い限り、私でも入ることは出来ません。
- 案内させて頂くのはここまでです」
- ( ´_ゝ`)「ありがとうございました」
- ( <●><●>)「私はここで待たせて頂きます。中へどうぞ」
- 精霊と会うのはこれで二度目だが、同じ精霊ではないし、状況がかなり違う。
- ここに来て今更だが、流石に神に近しい存在と会うのは緊張した。
- クーに至っては初対面ということなので、俺以上に気を張っているように見えた。
- ▼・ェ・▼「ワン」
- 蘭子は、まあいつも通りの蘭子だ。頼むから失礼なことはしないでおくれよ。
- いくらレディだからって俺もたまには怒るぞ。
- *―――*
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:13:43.88 ID:Gt2suaHC0
- 神霊堂は礼拝堂くらいの大きさのある、乳白色の壁で囲まれた部屋だった。
- 高い天井からは、淡い光が部屋中に注がれている。
- 一番奥に扇状に作られた台座があるだけの、簡素な部屋だった。
- 俺たちは一直線に、台座を目指した。
- 『勇者、待っておりました』
- 台座に近づくと、中心に飾られている黄金色の宝石が語りかけてきた。
- 歩みを止め、直立不動で宝石を見つめる。
- 宝石から放たれる光が、徐々に人の形を作っていった。
- 『初めまして。私は光の精霊、アヌヴィス。
- あなたたちを導く者。闇を照らす光の使い』
- ウェーブのかかった金色の髪をした女が、空中を揺らめいている。
- 片膝をつき、顔を伏せようとしたところ、アヌヴィスがそれを制した。
- 『ちょっと、やめてやめて。堅苦しくしないでよー。
- ふだんから結構気を使ってるんだから、今日だけはフランクにさせて。ね?』
- ( ;´_ゝ`)「あ、はあ」
- まるでそこらの小娘みたいなしゃべり方になったアヌヴィスは、空中で足を崩して座った。
- おかしいな。想像していたのはこんな感じじゃなかったんだが。
- 川*゚ -゚) <女神様、綺麗ですね>
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:15:18.53 ID:Gt2suaHC0
- 『いやん、もっと褒めていいわよ』
- クーの手話が通じるのは、精霊が人間社会に博識なのか、心を読んでいるからか、どっちなんだろうか。
- いやそれよりもいやんって。神に通じるはずの精霊がいやんってどういうことだ。
- 『えっと、見た感じ加護は受けてないみたいね。
- じゃあ城を出てから精霊に会ったこと無かったんだ?』
- ( ´_ゝ`)「ええ、そうです。今まで神殿が重要な拠点だと知らなくて」
- 『んー、そっか。まあきっと何とかなるわよ。つじつまさえ合わせれば問題無いもん』
- ( ´_ゝ`)「つじつまとは、どういう意味ですか?」
- 『ごっめーん! こっちの話』
- またはぐらかされた。神官連は俺たちに何かを隠しているんだろうか。
- まあいい。今はとにかく、勇者の務めを果たさなくては。
- ( ´_ゝ`)「勇者は神殿にいる精霊によって、力に目覚めていったと聞きます。
- これは本当なのでしょうか?」
- 『ええ、そうよ。精霊は人間に対し、“加護”っていう儀式をして、特殊な力を与えられるの。
- 私は光の精霊だから、あなたたちに光の加護を授けるわ。闇を打ち消す光の力よ』
- ( ´_ゝ`)「魔王を倒すのに必要な力なのでしょうか」
- 『旅の役にも立つはずよ。むしろ、今まで加護を受けずによくここまで来られたわって感じ』
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:17:35.30 ID:Gt2suaHC0
- 修羅場は幾度となく潜ってきた。死にかけたことだって一度や二度じゃない。
- 神殿に寄ってさえいれば、もっとまともな旅になっていたのかもしれないと考えると、悔やまずにはいられなかった。
- 『もしこの光の神殿に来なかったら大変だったわね。
- ヴィラデルフィアに行くなら、パダ山脈を越えるんでしょう。
- あそこのモンスターは凶悪なやつばかりだから、加護を受けずに行ったら命を落としかねないわよ』
- ( ´_ゝ`)「ヴィラデルフィアとは、大神殿のある都市のことでしょうか」
- 『そう。聖都ヴィラデルフィア。あなたの旅の発着点になる場所よ。
- あの街の地下に、魔界に通じる扉があるんだから』
- ( ;´_ゝ`)「それ、どういうことですか?」
- アヌヴィスは困った顔をしている。俺が無知過ぎるのがいけなかったのか。
- というかさっきから情報が出すぎて、整理出来ないでいる。
- 『そっかー。今まで精霊に会ってなかったから、説明を受けて無かったのよね。
- いいわ。少し話してあげる』
- アヌヴィスは、正直な話説明が下手だった。
- すぐに話が脱線したり、唐突に話が戻ったり飛んだりする。
- その度に俺が質問し、アヌヴィスが答えるということをして、全ての説明が終わるまで30分かかった。
- 今までの情報にアヌヴィスの話を付け足して要約すると、次のようになる。
- 精霊とは各地に散らばった“神の意志”が具現化した存在。
- 世界の秩序を保つ為に、人に力を貸している。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:18:59.99 ID:Gt2suaHC0
- かつて魔族との紛争が激化したとき、神は世界を二分させた。
- 俺たちがいる世界を聖界、魔族たちが住む世界を魔界と呼ぶ。
- 図書館に置いてあった歴史資料にも、たしか似たようなことが書いてあった気がする。
- しかし完全に世界を分かつことは不可能で、二つの世界を繋ぐ扉が出来てしまった。
- それが聖都ヴィラデルフィアの、地下遺跡という場所にあるらしい。
- その扉を通って魔界に行き、魔王を倒すのが俺の役割という訳だ。
- 世界各地にある神殿に寄るのは、加護を受ける為と、旅をして強くなる為、そして世界を知る為。
- 『人間界の代表者なんだから、世界を知るのは当たり前の義務なの』
- 魔族の代表者、魔王。人間の代表者、勇者。二つの存在が、世界を賭けて戦う。
- では魔王が負ければ魔界が無くなり、勇者が負ければ聖界が無くなるのかというと、そうではない。
- 『人間も魔族も、互いの世界に直接介入することは出来ないわ。
- あくまでバランスなの。負けたほうの世界では、秩序が崩壊する。
- 運命がどちらの世界を選ぶか。あなたの手にかかっているのよ』
- 魔王復活の影響によって、聖界と魔界のバランスが崩れ始めた。
- 天候が不安定になったり、モンスターが凶悪化したのは、これが原因だ。
- バランスをどのような形で安定させるかを、勇者と魔王が闘って決めるということのようだ。
- 『魔界にも精霊がいて、魔族に力を貸している。条件は五分よ』
- つまりこれは、代理戦争だ。
- 人間と魔族の戦争を、俺と魔王が代理しているだけなのだ。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:20:23.26 ID:Gt2suaHC0
- だったら俺は負けてもおかしくない。
- 運命が勇者の俺に味方しているという考えで旅をしていたが、考えを改めた方が良さそうだ。
- それにしても、アヌヴィスの話はどうも信じがたい部分がいくつかある。
- 疑問に感じた所を質問しても、答えを濁されることが度々あった。
- 第一互いに干渉できないのなら、俺の弟を連れ去っていった魔族の使いとやらは誰なんだ。
- 『さあ説明は終わりよ。じゃあさっそく、あなた方に加護を授けるわ』
- 一体何を隠しているんだ。
- 『勇者の兄者と蘭子には、光の加護を授けます。右目と左目、どちらが良い?』
- 突然の質問に面食らい、どういう意図で聞いたのかわからなかったので答えにためらった。
- 『加護は体の一部分に力を与えるものなの。
- 闇を打ち消す光の力を、どちらか一方の目に授けます。どちらが良い?』
- ( ´_ゝ`)「両目は駄目なのですか?」
- 『闇と光は表裏一体。別のものでは無いの。真の光を得るには、闇を見る目も必要だわ』
- なるほど、そういうことか。
- 俺は一瞬考えたあと、利き手に近い方の右目を選んだ。
- 『あなたに幸ある光の加護を』
- 41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:23:15.59 ID:Gt2suaHC0
- アヌヴィスが俺たちに向かって指先を伸ばすと、白い発光が視界全てを覆い尽くした。
- 光に包まれた途端、右目がじんじんとうずく感覚を覚える。だが決して痛くは無い。
- むしろ心地よい力の波動を感じ、体に残っている疲れを忘れるような爽快感すらあった。
- 『終わりよ』
- 加護はほんの十数秒で終わった。思わず自分の右目に手を当てる。
- 触っただけでは、別に何か変わった感じはしなかった。蘭子の目を覗いても、特に変化はわからない。
- 『加護は体に備わっている能力も飛躍的に上げるわ。
- 体が軽くなった感じがしない?』
- ( ´_ゝ`)「ええ、少し。能力を上げるというのは?」
- 『簡単に言えば、強くなったっていうこと』
- ぐっと拳を握ってみる。
- 以前より力が増したような気がするも、あまり実感は無かった。
- 服の下に隠してある短剣を振るえば、流石に違いがわかるだろうが、精霊の前でそんなことは出来ない。
- 『クー。あなたには光の魔法を―――』
- 言いかけて、精霊は口を閉じた。クーを見ると、顔を伏せて唇を結んでいた。
- そうか、彼女は魔法を使えないんだ。
- 『あなた、禁術を使ったわね』
- アヌヴィスの声色が変わった。責めるような口調になっている。
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:25:45.22 ID:Gt2suaHC0
- アヌヴィスの視線から逃げるように、クーは顔を伏せたままだ。
- 『クー。ごめんなさい。少し兄者と話をさせて』
- 川;゚ -゚)「あぅ?」
- 『席を外して。その子も一緒にね』
- アヌヴィスが指さしたのは、俺の足下にいて、退屈そうにしている蘭子だった。
- クーは助けを求めるように視線を向けてきたが、俺は首を横に振ることしか出来なかった。
- 蘭子を抱えて、とぼとぼと部屋を出て行く彼女の背中を、見えなくなるまで見つめていた。
- 『兄者』
- 深刻そうな声で話しかけられ、心臓がびくんと跳ねた。
- 彼女に関することは、出来ればあまり聞きたくない。深刻であればあるほどにだ。
- 『禁術の後遺症というのは知っていますか』
- ( ´_ゝ`)「はい。彼女はその後遺症で、口が利けなくなりました」
- 『そうですか。他に何か、体に変化は?』
- ( ´_ゝ`)「……時々、耳が聞こえなくなるみたいです」
- アヌヴィスは一瞬俺から目をそらした。
- 俺は顔を見上げて、彼女からの言葉を待った。
- 44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:28:18.55 ID:Gt2suaHC0
- 『禁術とは、世界の秩序を崩す魔法です。成功したとき、術者は命を落とします。
- 例え失敗しても、魔力が体を蝕む呪いにかかります。この意味が、わかりますか』
- フランクにいこうって言ったのはアヌヴィスの方だ。
- 丁寧に喋られると、余計に怖くなる。
- 『彼女はこれから、呪いによって徐々に石人形になります。舌は何も感じなくなります。
- 目は閉じ、耳は塞がります。手足は動かなくなります。そして―――』
- ( _ゝ )「治す方法は無いんですか」
- 絶対に聞きたくない言葉は、何とか遮った。
- アヌヴィスは、今度は俺から目を逸らすことはしなかった。
- 『ありません』
- 神霊堂の乳白色の壁が、アヌヴィスの声を静かにこだまさせた。
- 美しく震える声に、僅かな望みさえ断ち切る圧力を感じた。
- 『これは世界の摂理による罰なのです。あるはずが無いのです』
- 不思議なくらい落ち着いていた。怒りも、悲しみも無かった。
- むしろ心を占める感情が無くなり、ただただ気だるい脱力感だけを感じた。
- *―――*
- 48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:31:22.54 ID:Gt2suaHC0
- ( <●><●>)「お疲れ様でした」
- 神霊堂を出ると、扉のすぐ横にいたワカッテマスが声をかけてきた。
- 彼の横に、沈んだ顔をしているクーもいた。
- ( <●><●>)「兄者様たちの為に会食を開こうと考えているのですが、流石にお疲れでしょう。
- 今日は旅の疲れをゆっくりと癒すということで、明日の夜はいかがでしょうか?」
- ( ´_ゝ`)「すみません。そうしてくれると助かります」
- ( <●><●>)「わかりました。宿屋には何泊でも出来るよう手配しておりますのでご心配なく。
- では明日の夕刻、宿屋の方へ迎えを出させます」
- 話している最中も、クーのことが気になって仕方が無かった。
- おそらく、彼女は自分がこれからどうなるか、うすうす感づいている。
- 無理して笑って、食べて、歩いて、闘っているんだ。
- ( <●><●>)「宿屋まで、また案内させて頂きます」
- ( ´_ゝ`)「いえ、神殿の外までで結構です。ありがとうございます」
- クーの方を見ても、目も合わせてくれない。俺は彼女の肩をそっと抱いて歩き出した。
- ワカッテマスは、見て見ぬふりをしてくれている。彼はクーのことを知っているのかもしれない。
- *―――*
- 51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:34:09.26 ID:Gt2suaHC0
- 神殿の入り口で、神官と赤い甲冑の兵士が何やら話し込んでいた。
- 彼らを見た途端、ワカッテマスは「すみません」とだけ言い残し、早足で彼らに近づいていった。
- ワカッテマスの態度を見る限り、彼よりも地位の高い神官のようだ。
- しかしそれだとおかしい。神官長よりも地位の高い神官が、ここに居るはずが無いのだ。
- ( ФωФ)「あなたが勇者の兄者様ですね。初めまして」
- 老獪な表情をした神官は、長い白髪を揺らしながら深いお辞儀をした。
- 立ち振る舞いが優雅でありながら、動作に一切の無駄と隙が無い。
- これはただ者では無さそうだ。
- ( ´_ゝ`)「初めまして」
- ( ФωФ)「私はロマネスクと言います。明日の会食には?」
- ( ´_ゝ`)「出させて頂こうと思っています」
- ( ФωФ)「そうですか。私もご一緒させて頂くつもりです。楽しみにしておりますよ」
- 兵士を引き連れて、ロマネスクは神殿の中へ入っていった。
- たしか警兵は神殿の中には入れない決まりになっていたはずだ。
- やはりあれは神官連が雇っている警備員のようなものだろうか。
- ( <●><●>)「ロマネスク様は、神官連を束ねる法王様直属の大神官です。
- 明日の会食では、いずれお会いする法王様のことを聞けるでしょう」
- ( ´_ゝ`)「そんな偉い人が、どうしてここに?」
- 53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:35:19.17 ID:Gt2suaHC0
- 一瞬だけ見せた『まずいことを喋った』という表情を俺は見逃さなかった。
- 「それではまた明日、お会いしましょう」マントをひるがえし、ワカッテマスは神殿の中へ消えていった。
- ( ´_ゝ`)「クー。帰ろう」
- 川 ゚ -゚)「あぅ」
- ▼・ェ・▼「ワン! ワンワンワン! ワンワン!」
- ( ´_ゝ`)「そうだな蘭子。お腹空いたよな」
- 川 ゚ -゚) <私も>
- ( ´_ゝ`)「俺もだ」
- 知るというのは体力を使う。
- 新しい情報が大量に入ってきたせいで、旅の疲れよりも精神的な疲れが体を重くしていた。
- 気になることは山ほどある。
- でも今は、夕食をたらふく食べて、熱いシャワーを浴びて、さっさとベッドに潜りたい気分だった。
- 空を見上げると、青々としていた晴天の空に、どす黒い雲が立ちこめようとしているのが目に入った。
- 陰惨な気分をさらに後押しするような色から、目を背けた。
- *―――*
- 57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:39:20.62 ID:Gt2suaHC0
- ( ; _ゝ )「!」
- 暗い天井が見える。全身が薄い汗の膜に包まれているようで気持ちが悪い。
- 嫌な夢を見たような気がするが、内容は思い出せなかった。
- ベッドから体を起こし、時刻を確認する。
- ランプの小さな光に照らされた時計は、2時過ぎを指していた。
- 隣で眠っているクーを起こさないように、静かに布団から這い出る。
- 床に脱ぎ散らかした衣服から、下着だけを拾い上げ身につけた。
- 窓から見える夜空には、星一つ見えない。
- ( ´_ゝ`)「?」
- おかしい。星どころか民家すら見えない。
- たしかこの部屋の窓から、通りの向こう側にある家々が見えたはずだ。
- いくら星の無い日だからといっても、数メートル先の建物すら見えないことはありえない。
- この街のほとんどの民家には、夜中でも道が歩けるように家火が備えられていたからだ。
- 窓を開け、身を乗り出してみた。
- 通りの先から先まで、全ての建物が闇にうもれていた。
- まるで自分が墨汁の中にいるような、深い深い闇だ。
- 闇を打ち消す光。確かアヌヴィスはそう言っていた。
- 右目に意識を集中させて、闇に埋もれた通りを睨みつけた。
- 体の底からわき上がる不思議な力の波動が、右目に集まってくるのを感じた。
- 59: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:41:10.35 ID:Gt2suaHC0
- 黒く塗りつぶされた景色が、光にあぶり出されていく。
- 建物の輪郭が見えてきた。道に何か落ちている。これは倒木か。
- いや違う、ゴミか。それも違う。小さいものから大きいものまである。
- 赤と銀と黒と白。混ざっていた色が、徐々に形を取り戻していった。
- ( ; _ゝ )(嘘だろ……!)
- それはゴミでも倒木でも無い、人間の死体だった。
- どうして死体だとわかったか教えてやろう。
- 見えたものが、手足が千切れ、頭がもげ、皮が焼けただれている人間のカケラだったからだ。
- 一人じゃない。二人や三人じゃない。
- 街を警備していた警兵たちが、おそらくこの通りで数十人死んでいる。
- 胃の中のものがせり上がってくるのを感じた瞬間、窓の下に吐いていた。
- むせ返る血の匂いが、あの忘れもしない闇夜を体に思い出させる。
- 急いで服を着替え直し、短剣などの闘う為の装備を整えた。
- クーをどうしようか迷ったが、『部屋に籠もっていろ。すぐ帰る』という書き置きだけしていくことにした。
- 彼女を巻き込みたくないという気持ちもあったが、足手まといになるからという理由の方が強かった。
- やつを相手に、彼女を護りながら闘う自信なんて無いからだ。
- 宿屋を出てから、何処に向かおうか考えた。
- 混乱しながらも、そもそも考える余地も無いことだと気がついた。
- この街に何か目的があって来たのなら、それは光の神殿以外に考えられない。
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:43:35.15 ID:Gt2suaHC0
- 血肉が飛び散った道を、神殿に向かって全速力で駆けた。
- どうして得体の知れない相手に対し、こんなに早く行動できるのか、自分でも不思議だ。
- 言うなれば本能で、やつに会わなければならないと感じていたんだろう。
- 一種の使命感にも似た感情が、俺を奮い立たせていた。
- 神殿にたどり着くと、大理石の階段を四段飛ばしで駆け上がった。
- 入り口をその勢いのまま駆け抜けようとしたが、足を止めざるを得なかった。
- 赤い絨毯をさらに赤く染めているワカッテマスが、虫の息で倒れていたからだ。
- *―――*
- ( ;´_ゝ`)「しっかりしてください!」
- (;;;<○><−>)「兄者様、でしょうか」
- ワカッテマスの整っていた顔立ちが、右目を残し黒くただれていた。
- 残っている右目も、すでに機能していないようだ。
- 開ききった瞳孔は光を無くし、ただ虚空を彷徨っているだけで、何も見えていない。
- (;;;<○><−>)「逃げてください。あなただけは、逃げて」
- ( ;´_ゝ`)「喋らないでください。今医者を呼びます」
- 医者を呼んでも助からないのは分かっていた。
- だが辛そうに声を絞り出す彼を、まともに見ていられなかった。
- 66: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:45:43.64 ID:Gt2suaHC0
- (;;;<○><−>)「分かったんです。ようやく、分かった」
- 息も絶え絶えになっているのに、声には力強さがあった。
- どうしても伝えたいことがあるように聞こえ、黙って話を聞くしか無かった。
- (;;;<○><−>)「やつは、りゅ……生き残り。復讐、しようとしている」
- (;;;<○><−>)「秩序による因果が、やつを生んだ。私たちの犯した、罰、だ」
- (;;;<○><−>)「世界を崩壊、させる力、持っている。勝てない。私たちには、勝て、ない」
- (;;;<○><−>)「やつは、パラドックスが生んだ、もう一つの、世界……」
- 血が喉に詰まったのか、ワカッテマスは片目を見開き、苦しそうに喉を鳴らした。
- 結局それは、彼の小さな断末魔となった。
- 生き残り。復讐。因果。罰。世界の崩壊。
- パラドックス。
- 何もわからない。理解が出来ない。
- 絶対に答えのわからないパズルのピースだけを渡された気分だ。
- ワカッテマスの右目に触れ、目を閉じさせた。
- のんびりと供養している暇も、悲しみに伏せっている時間も無い。
- 立ち上がり、神殿の中に向かって走り出した。
- 68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:47:51.77 ID:Gt2suaHC0
- 街に倒れている警兵同様に、神殿の中でも細切れになった神官の死体が転がっていた。
- 血の匂いが道しるべになっている。どうやら昼間に行った神霊堂へ続いているみたいだ。
- ( ; _ゝ )「!?」
- 奥に進むにつれて、さらに闇が濃くなっていった。見えていた道が再び黒で塗りつぶされていく。
- 視界が閉じたと同時に、頭の左半分が急激に痛み出した。
- 痛みは左目から発しているようだ。やがて体全体に、痺れるような痛みが広がっていった。
- 呑まれる。闇に。
- 膝をつき、痛みに涙した。残った力を振り絞り、右目だけに意識を残す。
- 体の中で光と闇が闘っているようだ。右目から涙が、左目からは血が出ているのがわかった。
- ( ; _ゝ )「おおお!」
- がくがくと膝が笑っているが、気力を振り絞ると立ち上がることが出来た。
- 左目を手で押さえながら、右目だけを開いた。
- 良かった。光が見える。道が見える。まだ歩ける。俺は歩ける。
- 踏みしめるように一歩ずつ前に進んだ。
- 気を抜けば今にも意識を失いそうだった。
- 汗で全身が濡れている。もしかしたら、血かもしれない。
- 何分経っただろうか。何時間経っただろうか。何年経っただろうか。
- 俺の前に、神霊堂へ続く扉が現れた。
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:50:13.47 ID:Gt2suaHC0
- *―――*
- 淡い光に包まれていた部屋は、全てを飲み込む闇に覆われていた。
- 見えていたはずの道が消えた。この部屋では足下すら、いや自分の体すら確認出来ない。
- 真っ直ぐ歩けば精霊がいる台座にたどり着くはずだ。
- 右足から前へ。
- 次は左足。
- また右足。
- 左足。
- 鉛のようになった体を引きずって歩く。
- 自分の体はもはや闘えるような状態では無かったが、逃げることは考えなかった。
- 決して何とかなるだろうという楽天的な考えをしていた訳じゃない。
- この時点で俺は、ほとんど自分の意志では動いていなかった。
- 引き寄せられるように足を動かしていただけだ。
- やがて足の先に石の感触を感じ、そこで立ち止まった。
- 手を伸ばすと、ひんやりとした台座に指先が触れた。
- 撫でるように台座を触ると、ガラスの破片のようなものがあるのがわかった。
- 目が見えなくとも、これが何かわかる。
- ( ; _ゝ )「闇鴉!」
- 声が闇に溶けているのか、あるはずの壁や床には反射しなかった。
- 75: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 02:55:18.88 ID:Gt2suaHC0
- ( ;´_ゝ )「いるんだろう。出てこい」
- 神官連が自分の味方だとは考えていない。
- やつらが俺に隠し事をしていて、それが何かわからない以上、信用が出来ないからだ。
- だが神官連が敵であろうと味方であろうと、変わらないことが一つある。
- この部屋に充満しているどす黒い殺気の正体が、本物の悪だということだ。
- 背中に気配を感じた。
- もはや立つことすらままならない俺は、倒れ込むようにして台座に背中をあずけ、後ろを向いた。
- ゚ 「オマエ、勇者ダロウ」
- 闇に浮かぶ目玉が見える。あの日見たものと同じ、底の見えない輝きを持った目だ。
- 短剣を持とうとしたが、手が動かなかった。蛇に睨まれたカエルだ。
- もはや言葉を喋ることさえ出来ない。
- ゚ 「アノ夜殺サナカッタノハ、タダノ気マグレダ」
- 男とも女ともつかない、かすれた声。耳に聞こえるというよりは、頭の中に響いているようだった。
- 一体どんな生き方をしたら、こんな声が出せるようになるんだ。
- ゚ 「ダガ面白イ。オマエハ疑エル人間ノヨウダ」
- ( ;´_ゝ )「……!」
- 78: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:00:35.56 ID:Gt2suaHC0
- 全身を拘束していた体の痺れが、一瞬にして溶けるように消えた。
- 指を動かしてみる。ちゃんと動くようだ。左目は塞がったままだが、右目の視界が開けてきた。
- 体の五感が正常な感覚を取り戻そうとしている。
- 黒一色だった世界に、色が戻った。
- イル゚ -ナ从「今はまだ早い。互いが互いを欲した時、また会おう」
- 白い部屋に、一人の少女がいた。まだ月経も来ていないような10歳くらいの女の子だ。
- 全身が赤と黒に統一されたゴシックファッションだった。
- チェックのスカートの上に、ベルトバックに繋がれたチェーンが垂れ下がっている。
- 黒いシャツから伸びるやせ細った両腕は、漂白されたように白かった。
- その白い肌を隠すように、入れ墨のような黒い紋様が体中に刻まれている。
- 顔にもあるその紋様は、傷で塞がった左目から溢れているようにも見えた。
- イル゚ -ナ从「忘れるな。世界が今のままで在り続けようとする限り、パラドックスは笑い続ける」
- 声ははっきりと聞こえるが、彼女の口は微動だにしていない。
- まるでこの少女を通じて何処か別の場所から話しかけてきているような、不思議な感覚だった。
- 気配はあるが、生気は無い。
- そこに居るが、存在はしていない。
- 言葉で表そうとすればするほど、違和感が増していく。
- ( ;´_ゝメ)「おまえの目的は、復讐か」
- 82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:03:21.85 ID:Gt2suaHC0
- ワカッテマスが遺した言葉を、意味もわからないまま闇鴉に問いだした。
- 密閉されているはずの部屋で、闇鴉がいる方から風が吹き始めるのを感じる。
- 風に乗ってひらひらと宙を舞っているのは、黒い羽。カラスの羽だ。
- イル゚ -ナ从「いや、おまえと同じだ。世界平和だよ」
- 風が強まり、目も開けていられないような突風となった。
- 吹きすさぶ風の音に混じって、何処からか女の子の泣き声が聞こえた気がした。
- *―――*
- 気がつけば、闇鴉はもう居なかった。
- 乳白色に囲まれた部屋で、淡い光が部屋を漂っていた。
- 体が極限まで疲労していて、立ち上がるとき目眩に体がぐらついた。
- 左目に触れると、生暖かい血の感触と痛みが走った。どうやら左目は、一生開かなくなったらしい。
- ( ;´_ゝメ)(クーに会わないと)
- 助かったという安堵感よりも、クーが気になった。虫の報せというやつだろうか。
- ふと台座を振り返る―――砕け散った宝石から目を逸らすように、俺は駆けだした。
- *―――*
- 85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:05:52.11 ID:Gt2suaHC0
- 片目だけだと距離感がつかめないので、走るのに多少苦労した。
- 光の加護を受けた右目じゃなければ、暗くて道が見えなかったに違いない。
- それから予想通り、死体は全て消えていた。
- さっきまでのことが全て夢なら最高なんだが、俺の左目はこれからも闇を見続けるだろう。
- 死体を消すのも、闇鴉の持つ能力の一つなんだろうか。
- パラドックス。
- ワカッテマスも闇鴉も、この言葉を言っていた。おそらくこれが、最も重要なパズルのピースだ。
- この謎を解かない限り、パズルは完成しない。
- また考えなきゃいけないことが増えた。勇者というのは本当に面倒な職業だ。
- 魔王を倒すだけのシンプルな旅じゃなかったのか。一体どうしてこんなことになるんだ。
- ( ФωФ)「おやおや、満身創痍だね。兄者くん」
- 川;゚ -゚)「うぁあ! うあぇ!」
- だから面倒なことは嫌いだって言ってるのに。ちくしょう。
- *―――*
- 神殿の入り口で待っていたのは、赤い甲冑を着た兵士四人と、ロマネスクだった。
- 兵士たちによって、蘭子とクーが捕まっている。この図、まえにもどっかで見たぞ。
- 89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:09:27.12 ID:Gt2suaHC0
- ( ´_ゝメ)「そいつらが何をしたか知らないが、放してやってくれ。じゃなきゃぶっ飛ばすぞ」
- ( ФωФ)「この兵士たちが誰か分からないかね」
- ( ´_ゝメ)「知らないな」
- ( ФωФ)「聖都ヴィラデルフィアを支える新鋭騎士団だ。聖騎士団の方が名が通っているかな。
- 大神殿で“聖なる加護”を受けている。君が適う相手では無いぞ」
- 俺だって一般人離れした戦闘の経験は持っているんだ。
- 自分より強いかどうかくらい見れば分かる。
- |::━◎┥
- /▽▽
- [ Д`]
- (十)
- 例え一対一でやっても勝つのは厳しいな。加えてこちらの体力はほぼゼロ。
- 向こうには人質がいる。ああ、隕石でも降ってこないかな。
- ( ФωФ)「無駄な抵抗はやめて欲しい。大人しく捕まってくれないか。
- なあに、悪いようにはしない。こちらも困っているんだ。助けると思ってさ」
- ( ´_ゝメ)「何が目的なんだ」
- 90: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:11:11.51 ID:Gt2suaHC0
- 手首を捻り、服の袖に隠していた煙玉をばれないように手に取った。
- これで何とかなればいいが、望み薄だろうな。大人しく諦めた方が良いかもしれない。
- 旅はこれで終わりか。
- ( ФωФ)「我々の望みはいつだって同じことだよ。世界の秩序を護りたい。ただそれだけだ」
- 手にした煙玉を見て、異変に気がついた。
- ベージュ色だったはずの煙玉の表面が、黒く変色していたのだ。
- 焼き焦げたような色ではない。さっきまで俺を囲っていた、あの吸い込まれるような闇の色だ。
- ( ´_ゝメ)「おまえは俺たちの敵なのか。味方なのか」
- ( ФωФ)「君の対応次第だよ」
- 良いじゃないか。賭けてみよう。
- 俺の旅はいつだって行き当たりばったりだったんだから。
- 煙玉を握ったまま、指だけを使ってヒモを引き抜いた。
- おかしいな。このヒモは、こんなに軽く引き抜けたっけ。
- |::━◎┥「ロマネスク大神官、やつは何か持っています」
- ( ФωФ)「なに?」
- もう遅いさ。思った通り、煙玉から出てきた煙は黒く濁っていた。
- この煙はただの黒煙じゃないぞ。意識をはぎ取る、闇の霧だ。
- 92: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:13:48.67 ID:Gt2suaHC0
- 煙を吐き出し続ける煙玉を、ロマネスクに向かって思い切り投げつけた。
- 意表をつかれた五人は、すぐさま煙に巻かれていった。
- 「何だこれは!」
- 「ただの煙じゃない! 吸うな!」
- 黒い霧の中であたふたとしている五人の姿が、残っている右目にしっかりと見えていた。
- 俺は足音を消して煙の中に飛び込み、クーと蘭子を押さえつけていた兵士を蹴り飛ばした。
- 蘭子は光の加護を受けていたからか比較的無事な様子だったが、クーは綺麗に気絶していた。
- 右肩にクーを担ぎ、左手で蘭子を抱え、神殿の階段を駆け下りる。
- 荷物は宿屋に残したままだが、このまま逃げ去るしか無いようだ。
- クーはシーツを体に巻いただけで、ほとんど全裸である。
- 気がついて服が無いって分かったら、半狂乱になるかもな。
- 闇が晴れた空には、青白く笑う月が張り付いていた。
- 「おまえに望み無き闇の加護を」
- かすれた声が、生ぬるい風に乗って聞こえてきた気がした。
- 振り返ることはせず、ただ走り続けた。
- 94: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/03(金) 03:14:34.17 ID:Gt2suaHC0
- #ラフィングダークネス
- 終わり
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