( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:16:42.40 ID:l1XS9TKd0

ζ(゚ー゚*ζ「起きてるときより、寝てるときの方が幸せって気付いちゃったんです」

 自分の意識が何よりも煩わしいとデレは言っていた。
彼女は三日後、墓石が列を連ねる霊園の中に眠る予定だ。

 生きていれば良いことあるよとか、人生捨てたもんじゃないよとか、
何処かで聞いたような嘘くさい台詞は、彼女の耳に届いても心には響かないだろう。
命の軽視や、死に忘我的な陶酔をしているのでは無く、彼女はただ選択したに過ぎない。

 物体は生から死へ状態を変質させる。ただ彼女は、それを早めただけ。
ただ彼女は、生きるのをやめるだけ。それなのに、どうしてこんなにも悲しいんだ。

 俺が生きているからだろうか。
生者としてでしか、死を考えられないからだろうか。

 人はどうして、自分の為に死ねるんだろうか。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:18:27.95 ID:l1XS9TKd0













#17

*――踊るゾンビガール――*



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:21:10.41 ID:l1XS9TKd0

 機械工業が発達したリドヴェラスは夜も眠らない都市だ。俺が元々住んでいた街とよく似てる。
都会らしく空気が汚染されていて、目をやられる極彩色のネオンに彩られた街に、人間とゴミが散らかっている。

 住民たちの染髪された頭は街に擬態しようとしているみたいな蛍光色が多い。
格好で個性を出そうとすることを否定する気は無いが、あまりにも奇抜なセンスを持つ者が多すぎてうんざりしてくる。
自分の存在を主張し続けないと消えてしまうとでも思っているのだろうか。

 ドミトリーは多かったが、普通の宿屋はなかなか見つからなかった。
こういう街は夜になると治安の悪さが二十割増しになる。
早いとこ避難所を見つけないと、たちの悪い連中(大体が夜行性だ)が活動を始めそうだ。

 かといって値が張る所には入れない。
おばあさんから半ば強制的に渡されたお金があったが、贅沢の為に使うのは流石にためらいがあった。

 夕方になってようやく宿屋が見つかり、実に三週間ぶりの風呂に汗を流した。
クーなんか臭いを気にしていたのか、日が経つに連れて徐々に俺と距離を置くようになっていたので助かった。

 宿屋の食堂であまり美味くない夕食を食べ、部屋に戻る頃には、外は暗くなっていた。
することも無いので、竜紋の短剣を砥石で研いでいると、後ろからクーが抱きついてきた。

川*゚ -゚)「あぅ」

 肩から腕を回し、俺の視界を塞ぐようにして手話を始めた。
左手の手のひらに、伸ばした右手の人差し指と中指を裏返しにして乗せる。
右手の人差し指を下に突き出して、そのまま前に出す。
両手の人差し指と中指を、右手を上にして上下に重ねた。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:23:44.06 ID:l1XS9TKd0

( ´_ゝメ) <ごめん。今日は疲れてるから>

川 ゚ -゚)「うー」

 クーは暇そうな声を上げながら、ベッドの上をごろごろと転がり始めた。
バックリーフから取り出したスキットルを渡すと、大して時間もかからず勝手に酔いつぶれた。
これは一人になりたい時よく使う方法だ。

 研ぎ終わった短剣にさび止めを塗り、元のホルダーに収める。
煙玉と目つぶしは、しけって使えなくなっているようなので、備え付けのゴミ箱の中に放り投げた。
これからは勇者らしく短剣一つで闘うっていうのも良いな。俺は十分過ぎるほど、強くなれたから。

 バックリーフから、宿屋を探していた時に拾った小さな丸棒の鉄材を取り出した。
両手で握り、雑巾絞りの要領で絞り上げる。鉄の棒が悲鳴を上げながらねじ切れた。
鋭利に尖った切り口を見てから、ウェストリーフの方に二つに断裂した丸棒を入れた。

 鉄の棒をいとも簡単にねじ切ることが出来るやつを、人間って呼んでも良いのだろうか。
少なくとも人間業じゃないだろう。俺は加護の力で、人間じゃなくなったのかもしれない。
光の加護の力なのか、それとも―――今日はもう、寝よう。
明日は今日行った雑貨屋にもう一度行ってみるか。


*―――*


 閉店セール中の雑貨屋“シャカナッツ”は若い女が一人で営業している。
黒ずんだタイルが地面を埋め立てている通りに、その店は傾いた看板を掲げていた。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:26:12.18 ID:l1XS9TKd0

ζ(゚ー゚*ζ「いらっしゃいませ」

 商品が陳列されたパレットラックが、部屋の壁にそって置かれている分だけ、店の中は狭く感じた。
生活用品が多いが、旅人の為の商品もそれなりに扱っている。

 アクセサリーも数が多く、その中で一番種類が豊富なのはピアスだった。
店主のデレの趣味だろう。彼女は左耳に七つ、右耳に四つ、鼻と口に一つずつピアスを付けていた。
緩やかなカーブを描く亜麻色の髪と、光を反射するシルバーピアスが、彼女を形容する時の端緒となる。

ζ(゚、゚*ζ「お客さん、ひょっとして昨日リーフセットを買ってくれた人ですか?」

( ´_ゝメ)「あ、はい」

ζ(゚、゚;ζ「もしかして不良品だったとか」

( ´_ゝメ)「違います。今日はただ、ふらっと寄ってみただけです」

 仕事に対して熱心なのか、ただの心配性なのかわからないが、心底安心した顔をしていた。
これが明後日死ぬ人間だなんて、とても信じられない。

 わざわざ奥から引っ張り出してくれた椅子に座り、彼女の顔をカウンター越しに見上げた。
悟りきった死刑囚でも、こんな笑顔は作れないだろう。


*―――*



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:28:52.98 ID:l1XS9TKd0

ζ(゚ー゚*ζ「てっきり私、ハンターの人だと思ってました」

 職業を訊かれたが、ただの流れ者だということにしておいた。
今では勇者は神官連から追われる身の、犯罪者同様の身分だから、隠しておかなくてはいけない。

ζ(゚ー゚*ζ「昨日一緒にいた女の子はどうしたんですか?」

( ´_ゝメ)「二日酔いで休んでます」

ζ(゚ー゚*ζ「魔法使いの方に見えましたけど」

( ´_ゝメ)「ええ。あれとパーティを組んで旅をしているんです」

ζ(゚ー゚*ζ「恋人ですか?」

 どう言えばいいのか迷った。クーとの関係は改めて考えると酷く曖昧だ。
歴代の勇者は、パーティのメンバーと関係を持ってしまったとき、どう解釈していたんだろう。

( ´_ゝメ)「恋人のようなものです」

 煮え切らない男が言葉を濁しているみたいでかっこ悪かったが(実際その通りなんだろう)、
彼女としてはその答えで充分だったようで、何処か嬉しそうにしながら頷いていた。

ζ(゚ー゚*ζ「良いですね。恋人と二人旅なんて。憧れちゃいます」

 本当はつい最近まで、とびきり可愛い女の子がもう一匹いたんだが、話す必要は無いか。
話題を彼女に移すチャンスだと思い、質問される前に口を開いた。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:32:16.77 ID:l1XS9TKd0

( ´_ゝメ)「あなたは」

 恋人はいないんですか、と聞きかけて慌てて口を閉じた。
彼女はもうすぐ死ぬんだから、恋人なんているはずが無い。

( ´_ゝメ)「名前……名前をまだ訊いてなかった。俺は兄者です」

ζ(゚ー゚*ζ「デレです」

 誤魔化せただろうか。
彼女は表情を崩さず、笑ったままだ。

 ピアスは自分で開けたんですか。鼻と口に開ける時、痛くなかったですか。
この店を開いた経緯は? 綺麗な髪ですね。どういうお手入れを?
ご両親は何をされている方ですか? 休日はどうやって過ごしますか?
ご趣味は? 好きな食べ物は?

( ´_ゝメ)「死ぬの、考え直しませんか」

 自分に嘘を吐いても仕方が無い。訊くべきことは最初から決まっていた。
死がどれだけ悲しくて、どうしようも無いことだって知っているから、俺はここに来たんだ。

( ´_ゝメ)「家族や友達が悲しみます。死は君の痕跡を全て消してくれる訳じゃない。
      生きていれば、辛いことの一つや二つあって当たり前なんです」

ζ(゚ー゚*ζ「生きていることが、何よりも辛いんです」



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:35:20.46 ID:l1XS9TKd0

 彼女の発する気配には通常の人間と異なる部分があった。
生きようとする活力が感じられず、死者のような退嬰的な匂いがつきまとっている。
それでいて刹那に過ぎる今に深い愉楽を感じている一面も見て取れた。
果たしてこれは、生きているといえる状態なんだろうか。

( ´_ゝメ)「でも」

ζ(゚ー゚*ζ「家族はいません。みんな自殺してしまいました。
       友達はいますけど、大した問題じゃないでしょう。
       私だって友達が死んだら悲しいですけど、泣いて、寝て起きたらまた元通り。
       私の日常が変わることはありません」

( ´_ゝメ)「死で誰かの人生が変わることだってある」

ζ(゚ー゚*ζ「例えあったとしても、私には関係ありません。他人なんですもの」

 関係無いなんて言い切れるものか。
人と人の絆というのは簡単に割り切れる程安っぽいものでは無い。

ζ(゚ー゚*ζ「この街、みんな自由に生きているでしょう。
       他の街を知らないから何とも言えないですけど、みんなよく笑っていませんか?」

 確かに街の賑わいや、生き生きとした住人の活力のようなものは感じる。
生活水準が高度なのか、潤沢な資源があるからと思っていたが、話を聞く限りでは特に他の街と違うところは無かった。

 たった一つの奇妙な政策を除いて。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:38:10.10 ID:l1XS9TKd0

ζ(゚ー゚*ζ「死があるから、安心して暮らせるんです。
       死があるからこそ、私はこうやって笑えるんですよ」

 リドヴェラスでは“自殺”が法律的に認められている。
管理局があり、そこに申請書を出しておけばほぼ例外無く自殺の権利が得られ、死ぬことが出来る。
人目のつかない場所でやるとか、あらかじめ後始末の都合を付けておかなければならないとか、
色々と規定はあるがマニュアル通りに従えば誰でも簡単に自殺が出来るのである。

 いつでも死ねるという安心感によって、人々は悠々自適に今を過ごせる。
死を常に身近な選択肢の一つにして、逃げ場を作っておくというのが、この政策の狙いらしい。

ζ(゚ー゚*ζ「旅人のあなたにとっては、信じられない思想でしょう?」

( ´_ゝメ)「ああ。まるでいかがわしい宗教みたいだ」

ζ(゚ー゚*ζ「でもよく考えてみて。あなたはいつか必ず死ぬの。
       もちろんあなたの大切な人だって、例外無くその時が来れば死ぬんです。
       死があるから生がある。生と死は全く同じ次元にある、同一の存在だと思いませんか?」

 生と死を表裏一体のものと考えるのは、特別な思想では無い。
でも彼女が口にする表裏一体の生死は、表と裏の境界が限りなく曖昧な感じがした。

ζ(゚ー゚*ζ「この街には“今”しか無い。だから、一生懸命になれるんです。仕事でも遊びでも、恋愛でも。
       未来に怯えたり、過度な期待をしたりなんてしません。それって、凄く幸せなことでしょう?」

 以前にも、“今”だけしか無い街に寄ったことがあった。
あそこには性根の腐ったやつらしか居なかったが、この街は違った意味で腐っている。



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:40:34.73 ID:l1XS9TKd0

( ´_ゝメ)「わからない。俺には」

 まるで死と共存しているような街だ。
忌み嫌うはずの死が生を支えている。

( ´_ゝメ)「どうして死のうなんて」

 小首を傾げてほころぶ彼女は、透き通ったガラスのように美しく、脆く見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「彼氏にふられちゃったんです」


*―――*


 店を出るとき、銀髪の男とすれ違った。
ぶかぶかのズボンから、趣味の悪い貴金属をいくつもぶら下げた格好をしていた。
リドヴェラスでなければ浮いてしまうような奇抜なセンスだ。

 ガラス戸の向こうで、男とデレが話し込んでいるのが、カーテンの隙間から見えた。
知り合いのように見えるが、親しそうというよりはむしろ険悪な雰囲気を感じる。

 しばらく隠れて様子をうかがっていたが、二人の話は終わりそうにない。
通りを歩く人々の視線を背中に感じた。不審者だと思われる前に、退散しよう。



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:43:38.71 ID:l1XS9TKd0


*―――*


 夜になるとすることが無くて暇になる。
この街の店はかなり遅くまで開いているが、夜に出歩くと面倒なことになりそうだから部屋から出られない。
そういえば、そもそも遊ぶ金なんて無いんだったな。

 体がなまりそうなので筋トレを始めた。
腕立て伏せが何回できるか、クーに数えて貰うことにした。
腕を曲げて顎が床に着いたら一回というルールに従い、黙々と数をこなす。
何もしないよりは、体を動かしている方がよほど有意義で、精神的にも楽だった。

 両腕でやっていたが、きりが無さそうだったので途中から右腕だけに変えた。
バランスを取るのに苦労したが、慣れると両腕と同じ速度で出来るようになった。
確かに加護を受ける前と比べると、格段に筋力がついている。時間も忘れて、腕立て伏せに夢中になった。

 最近は悩み事が多すぎて、体よりも頭の方が疲れていたみたいだ。
こういう時は単純作業で疲れを紛らわすに限る。現実逃避しても、問題は解決しないけれど。

 この街を出たあと、何処かで金を稼いで用心棒を雇おう。
パダ山脈は世界でも有名な霊山で、モンスターの聖地とも呼ばれている。
俺一人ならまだしも、クーを護る為の仲間がどうしても一人は必要だ。
海を迂回するルートもあるが、それではあまりにも時間がかかる。
ヴィラデルフィアに行くには、この山を越えるしか方法は無いだろう。

 そうだ、俺には―――俺たちには時間が無い。
クーの体を蝕んでいる魔力が、いつ暴れ出すかわからない。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:46:01.06 ID:l1XS9TKd0

 クーは耳どころか、視力もかなり悪くなっている感じがした。
前々から抜けているやつだったが、何も無い道でつまずいたり、目の前にある探し物を見つけられなかったりと、
ちょっとしたへまが目につくことが多くなった。彼女は何も言ってくれないが、呪いは着実に進行している。

 目が見えなくなったら、次は手が動かなくなるんだろうか。
足が固まって、歩けなくなるんだろうか。

 クーの死が何よりも怖かった。
俺にとって、彼女の命は世界と同等の価値がある。
世界を失ってなお、剣を取ることが出来るのか。誰かの為に闘えるのか。
どれだけ頭を働かせても、はっきりとした答えは出そうになかった。

 しかし心の奥底では、まだ希望を捨てきれない自分もいた。
精霊は禁術の呪いを解く方法は無いと言っていたが、あくまで神官連側に属している精霊の言い分だ。
禁術を解く方法を隠している可能性がある。
やつらの言う摂理とか秩序なんていう言葉は、全部嘘くさいまがい物にしか聞こえないんだ。

川;゚ -゚)「あうぅぅ」

 クーのため息混じりの声が聞こえた。腕立て伏せをやめて、足を崩して座る。
気がつけば全身汗だくだ。時刻を確認すると、腕立てを始めてから一時間以上が経っていた。

( ;´_ゝメ) <何回だ?>

川;゚ -゚) <わからない。でも二千以上はやってる>



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:49:01.95 ID:l1XS9TKd0

 汗の量は相当なものだが、疲労はそこまで感じない。
でもクーの方が疲れているようだったから、筋トレは終わることにした。

( ´_ゝメ) <風呂に入り直すよ>

川 ゚ -゚) <待ってる>

 クーは自分の体のことをよくわかっている。だから俺以上に焦っていた。
彼女を救える可能性というのが、過度な期待ではないことを祈ろう。
未来に怯えるなんて、勇者パーティにはあっちゃいけないことだろう。


*―――*


 二日間の内に装備は調え終わったが、すぐに出発することはせず、夜まで待つことにした。
この街を出てからすぐに山越えをしなければならなくなるからだ。

 理由はもう一つある。
宿屋の主人から、今夜“煌夜祭”という祭りが行われることを聞いた。
煌夜祭とは、リドヴェラスで年一回行われる、死者に対しての鎮魂祭のことだ。
話だけ聞くとかしこまった儀式に感じるが、実際はただ飲んで騒ぐだけの祭りらしい。
せっかくこの街に寄ったんだから、祭りを見てから出発しても遅くはないだろう。

 クーは夜まで寝かせることにした。
多少は慣れているとはいえ、体力が無い状態で徹夜の山越えは厳しい。
俺も夜まで寝ようと思っていたが、デレのことを考えると目が冴えてしまった。



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:52:07.45 ID:l1XS9TKd0

 最後にもう一度だけ、彼女に会わなきゃいけない気がした。
勇者だからとか、彼女に好意を持っているとか、そんな次元の話ではなく、
言うなれば運命めいた繋がりを彼女に感じていた。
彼女の絶望から、目を逸らしてはいけない気がした。


*―――*


 まだ夕刻にもなっていないのに、シャカナッツは店を閉めていた。
カーテンに遮られていて、部屋の中の様子はわからない。
流石に死ぬ前日は営業をしないか。しかしおずおずと帰るのも納得いかない。
どうしようか決めあぐねていると、店のガラス戸が突然開いた。

 『また来るからな』

 体にまとわりつく店のカーテンを振り払って、中から出てきた男は早足で去っていった。
今の銀髪は見覚えがある。昨日デレと親しげに話していた男だ。

 また来るというのはどういうことだろう。デレにまたは無いはずだが。
男が閉めずにいったガラス戸から、店の中を覗いた。

ζ(゚、゚メζ「あ……」

 かがんだ姿勢で、割れたガラス瓶の破片を片付けているデレと目が合った。
頬に引っ掻かれたような傷が出来ている。血こそ出ていないが、くっきりと赤い筋が横切っていた。



34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:54:50.32 ID:l1XS9TKd0

 たった今すれ違った男を捕まえて、何が起こったか体に訊いてやろうかと思った。
引き止めたのはデレの気丈な声だった。

ζ(゚ー゚メζ「いらっしゃいませ。本当は今日、お休みなんですけど」

 どうしてこんな時まで笑おうとするんだろう。泣きたいなら泣けば良いじゃないか。
笑える人生を送りたいなんて夢物語だ。無理して顔を作って、心で泣いてちゃ意味が無い。

( ´_ゝメ)「まだ時間はあるんですか?」

 俺から目を逸らしたデレは、ちりとりに纏めたガラスの破片を、ゴミ箱の中へ投げ入れた。
ゴミ箱の中で、破片がぶつかってガチャガチャと音を立てた。

ζ(゚ー゚メζ「今はいつだって今ですから」

 未来はいつまでも、未来のままだとでも言いたいのだろうか。


*―――*


ζ(゚ー゚メζ「さっきのが私の彼氏です。元ですけど」

 何となくそうだろうとは思っていた。
デレは昨日よりも、一昨日よりも雰囲気が軽くなっている。
脳天気な表情で話す言葉には、白痴的なニュアンスさえ感じた。



36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 22:57:44.40 ID:l1XS9TKd0

 いよいよ全て捨て去ったみたいだ。
もう彼女は悲しむことも、本当の意味で笑うことも出来ない。
誰かを愛することも、愛されることも出来ない。

 彼女は生を放棄した。
生きながらにして死んでしまった。

( ´_ゝメ)「結局昨日は訊けなかったけど、ふられたから死ぬって本当?」

ζ(゚ー゚メζ「きっかけはそれ。理由はいろいろ。かな」

( ´_ゝメ)「話してはくれないのか」

ζ(゚ー゚メζ「あなたに話せば、何かが変わるのかしら?」

 未来が存在しない彼女は幽霊みたいだった。
闇鴉と通じる匂いを感じ取ることが出来る。そこに居るのに、存在はしない。
思考はあるのに、意志は無い。命があるのに、何も無い。

ζ(゚ー゚メζ「選択肢は無限にあった。一つ一つを潰していって、死までたどり着いたの」

 涙が涸れるという表現があるが、命まで枯らせてしまった人間を見たのは初めてかもしれない。
重い病気にかかった人間や、酷い事故に遭った人間なら両手で数え切れない程見てきた。
彼らは誰もが生きたいと願っていて、例え投げやりな態度であっても、その振る舞いには命の律動が感じられた。

 人はどうして自分の為に死ねるんだろう。



37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:00:33.23 ID:l1XS9TKd0

ζ(゚ー゚メζ「あなたが私を引き止めようとする理由、当ててみせようか」

 脇に嫌な汗をかいてきた。

ζ(゚ー゚メζ「身近な人で、命の危機に瀕している人がいる。そうでしょう?」

 死を約束された人間なら、一番近くにいるさ。

ζ(゚ー゚メζ「あなたはその人と私を重ねているだけ。優しそうに見えて、すっごく自己中心的よ。
       自分が悲しむのが怖いだけの、臆病で卑怯な人間よ」

( ´_ゝメ)「それがどうした」

ζ(゚ー゚メζ「開き直って自分を納得させようとする所も、卑怯でクズらしいわね」

 背中がうずいた。遠くでカラスが鳴いたのを聞いた。
闇色をした片翼が、この女を殺せと言っているような気がする。
残念だったな。こいつはもうとっくに死んでるよ。

( ´_ゝメ)「クズで結構だ。自覚してる」

ζ(゚ー゚メζ「じゃあ……」

( ´_ゝメ)「だがクズにだって、通したい筋ってものがある。あんたが捨てたものの一つだ」



39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:03:09.32 ID:l1XS9TKd0

 潰れた目、塞がれた耳、閉じた口、もがれた手足、削がれた肌に、焼かれた骨の女。
過去を捨て、未来から見捨てられ、今すら奪われた女は、笑いながら言った。

ζ(゚ー゚メζ「その左目で見えるものを、大事にしてあげて」

 頭の中でカラスが鳴き続ける。
痛んだのは、胸の奥にある名称不定の臓器だった。

 デレはカウンターの下に手を入れ、針のついた小さな器機を取り出し目の前に置いた。
唇を貫通している銀の輪っかが、彼女の動きに合わせてあだっぽく光った。


*―――*


 煌夜祭は日付が変わる頃に始まった。
大通りを埋め尽くす人だかりから逃げるように、路地裏に隠れて人の波を見つめていた。
鎮魂の儀式とは思えない活気に、呆れて感想も思いつかない。
夜空の星は騒ぎに臆しているのか、月を残してほとんど見えなくなっていた。

( ´_ゝメ)「クー」

 毒々しいネオンサインを、口を開けたまま見上げている彼女は、俺の声に気がついてくれない。
肩を叩いてこちらを振り向かせた。

( ´_ゝメ) <荷物を見張っていてくれ。少し行くところがある>



41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:05:51.92 ID:l1XS9TKd0

川 ゚ -゚)「あぇ?」

( ´_ゝメ) <少しで良い。頼むぞ>

 ものが詰まったバックパックを下ろして、路地裏の奥を向いた。
セントラルパークからシャカナッツまで、全速力で行けば3分程の距離だ。
通りは人で溢れかえっているので、裏道で行こう。

 「あぅぅ!」

 『置いていくなんて酷い!』という意図らしき叫びを背中にぶつけられた。
祭りということで警兵がそこら中で目を光らせているから、少しの間なら大丈夫のはずだ。

 ダストボックスを踏み台にして、路地裏の両側から突き出たベランダによじ上り、建物の屋上に移動した。
屋上から屋上を飛び越え、一直線にシャカナッツを目指す。

 体を押さえ込もうとする風圧が今だけは心地よかった。
遠ざかるパレードの喚声が、星の無い夜には相応しい物寂しさを漂わせている。
ネオンの連なりが作るけばけばしい星座が、頭上で不安定な点滅を繰り返していた。

 悪い予感は随分とよく当たるんだ。
屋上から、シャカナッツのある通りに飛び降りると、黒服を着た集団が店の前にいるのが目に入った。
六角形を下だけ引き延ばした形をした箱を、店から運び出している。

 引き止めて箱の中身を確認することも出来たが、大して意味は無いのでやめておこう。
あの中に彼女が入っているのは確定的で、ありもしない希望にすがる真似をするのは、エゴでしかないから。



43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:08:42.65 ID:l1XS9TKd0

 『うお、マジかよ』

 例の銀髪の男が、たちの悪そうなやつらをぞろぞろと引き連れて通りの角を曲がってきたのは、
彼女が入った棺桶が台車に積まれようとしている時だった。
葬儀屋たちは慣れているのか、やつらには見向きもせず、口を閉ざして作業を続けた。
銀髪は剣山みたいな髪の毛を手でいじりながら、ばつの悪そうな表情で、

 『ごめん。あいつ死んだみたい』

 連れてきた連中を振り返って言った。
サイケデリックな柄の服を着たモヒカンの男が、近くに置いてあったダストボックスを蹴り壊した。
木くずが地面に散らばるのを合図に、一斉に愚痴を叩かれた銀髪は、唇を尖らせて拗ねた顔を作る。

 『どうすんだよ。今から他の女探すなんてめんどくせえぞ』

 『警兵が多いから滅多なこと出来ねえし』

 『あーあーもうめんどくせえ。誰でもいいよ。早く行こうぜ』

 彼女の言う通り、俺は卑怯者のクズだ。

 『さっきから何見てんだてめえ』

 彼女の中に垣間見えた、クーと同じ種類の絶望から目を逸らして、
ただ自分が傷つきたくないが為に、いたずらに彼女の心を掻き乱した。

 『聞いてんのかよ。おい』



44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:12:05.33 ID:l1XS9TKd0

 本当に大切なものは、きっとこの右目じゃ見えないものなんだろう。

 『無視かよ』

 『あれ? てめえ、そのピアス何処で手に入れた?』

 左目なら見えたかもしれないものを、忘れないように魂に刻もう。
彼女が生きていた証を、左耳に刻んだように。

( ´_ゝメ)「おまえは少し、痛みを知った方が良い」

 ウェストリーフからあの断裂した丸棒を一本取りだした。
シルバーチェーンで飾ったズボンに、アクセサリーをもう一つ増やしてやろう。
銀髪の太ももめがけて、尖った先端を突き刺した。肉がえぐれる感触がした。

 『ぎゃあ!』

 数瞬遅れて銀髪は地面を転がった。
背中を丸めて痛がる様は、まるで芋虫のように滑稽だった。

 何だこいつ、泣いてるぞ。
中身が未熟なのは知っていたが、赤子そのものだな。

 『何すんだよお! いてえよ! 死ぬ!』

 死ねるならそのまま死ねば良い。



48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:15:07.34 ID:l1XS9TKd0

( ´_ゝメ)「痛いか? 痛みがあるなら大丈夫だ。死ぬ時は痛みすら感じなくなる」

 『ぶっ殺せ!』

 背中の皮一枚下にある部分が、じんじんと熱を持ち始めた。
何百、何千ものカラスの鳴き声が聞こえてくる。

 多人数との戦闘は初めてでは無い。
だからか、高ぶった感情とはうらはらに、頭は冷静に働いていた。

 視線を這わせて人数を確認する。転がっている銀髪を合わせても十人。
大した数ではないし、見るからに弱そうなやつばかりだ。すぐに終わりそうだな。

 拳が目の前を通過する。右にいたやつか。
スナップを利かせた裏拳を鼻の真ん中にたたき込んだ。鼻が潰れる感触がした。

 背中を蹴られた。振り向かずに、足だけ使って後ろに蹴りを繰り出す。
みぞおちにかかとがめり込んだみたいだ。何本か骨が折れる音がした。

 楽しいなあ。

 左を振り向いた。二人がナイフを持って襲ってこようとしている所だった。
ナイフを紙一重で躱して、二人の内一人に絞って迎撃しよう。
なんて考えたは良いが、あまりにも動きが遅すぎる。こちらが先に攻撃しても大丈夫じゃないのか。

 軽いジャブのつもりで左の拳を振る。
相手の顎に当たると、骨が砕けるのがわかった。



50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:18:55.71 ID:l1XS9TKd0

 脆すぎる。
人間っていうのはこうも脆いものだったのか。

 視界に暗幕が被さってきた。
失ったはずの左目に、黒い炎が燃えさかっている。

 もう一人は片方がやられたことにすら気がついていないみたいだった。
ナイフが届くまでまだ十二分に余裕がある。

 顎から頭を吹き飛ばすように、無造作に拳を振り上げた。
当たった瞬間、両目が充血し、眼窩からこぼれそうなくらい飛び出るのがはっきりと見えた。
拳が当たったやつは、ナイフを構えたまま空中を半回転し、顔から地面に刺さった。

 人間がこんな飛び方をするのを見たのは初めてだ。
興奮して思わず笑みがこぼれる。

 後ろに気配を感じ、振り返った。目が合う。あのモヒカンだ。
両手に割れた酒瓶を持っていた。これで俺を刺そうとでもしていたのか。
この俺を。おまえらみたいなクズが。

 爪を立てて顔を引き裂いた。肌を削り、肉がはじけ飛ぶ様が鮮明に見えた。
鼻の先が無くなり、顔中から血が溢れた。

 『うわあああ!』

(  _ゝメ)「待て」



52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:21:42.55 ID:l1XS9TKd0

 まだ戦いは終わっていない。
背中を見せて逃げだそうとしたやつらに向かって、モヒカンが持っていた瓶を投げた。
後頭部に当たり、破片が飛び散ると、そいつは転んだまま動かなくなった。

 残っていたやつも、逃げようとしていたやつも、全員が散っていった。
自分の命は何よりも可愛いんだな。でもどうしよう。誰から殺せばいいんだろう。

(  _ゝメ)「?」

 追いかけようとした時、右目に刺すような痛みを感じ、足が止まった。
頭の中でカラスが鳴いている。殺せと殺せと囃し立てている。
カラスが鳴くのは決まって頭の左側からだ。

 自分の中で相反する二つの波動があるのがわかった。
右と、左。光と闇が頭の中で殺し合いをしている。

 心臓がはち切れそうな程鼓動していた。
破裂してしまうんじゃないかと本気で心配する速さだった。
背中を覆っていた熱が徐々に冷めていく。狭く、暗くなっていた視界が元に戻っていった。

 俺は一体、どうなっちまったんだ。


*―――*



54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:24:09.80 ID:l1XS9TKd0

 体には奇妙な虚脱感が残った。

 『あんた、つ、強いな。名のあるハンターなのかい?』

 腰を抜かしている葬儀屋の一人が、怯えた目を俺に向けている。
退屈な日常から脱却できる刺激でも欲しがっていたのか、その目には好奇の色も強く浮き出ていた。
睨みつけるのは可哀想なので、俺の方から視線を外した。

 背中が焼けただれたような痛みを発している。
脂汗に包まれた体を、ぬらりとした風が通り抜けた。

 ひょっとすると、俺はクーよりもまずいことになっているのかもしれない。
デレと重ねていたのは、俺自身だったんだろうか。自分が何処までもクズに思えてきて、空しさで鼻が詰まる。

 地面でうめき声を上げている連中を一瞥し、傷の方を確認した。
こんなやつらでも殺してしまっては後味が悪い。

 死んではいないことがわかると、ようやく肩の力が抜けた。
右目で見えるものは、今は欠けた月だけだ。
左目で見えるものは、今は何も無い暗闇だけだ。

 『な、なああんた』

 首を動かすのも億劫だったが、今からクーの元に帰るには、どうせ葬儀屋の横を通らなければならない。
声をかけてきた男の方を向き直り、足を引きずりながら歩き始めた。
すれ違うとき、葬儀屋は言った。



57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:27:10.03 ID:l1XS9TKd0

 『さっき、背中から黒い羽みたいなのが生えてたけど、ありゃあ何なんだい?』

 俺にわかるなら、ことはもう少し簡単なんだろうけどな。


*―――*


 セントラルパーク前は、餌に群がる虫みたいな人の群れのせいで、歩きづらくてうざったかった。
肉の壁を押しのけながら、一歩ずつ前に進んでいくが、気を抜けば押し戻されそうになる。
自分で歩いているはずなのに、人の波に流れていくような感覚もした。

 流れて、押しのけて、流されて、はねのけて、それでも歩いた先に、何が待っている。
いっそ身を任せて流され続けられれば、もっと楽に進むことが出来るんだろうな。
例えたどり着いた場所が、腐臭の満ちた暗闇の路地裏だろうが。

川*゚ -゚)「あぅ!」

 クーを置いてきた路地裏の口から、目を輝かせて手を振る彼女の姿が見えた。
片手を上げて応えると、俺が近づくよりも先にクーが飛び出して抱きついてきた。
胸の中から見上げてくる顔には、眩しいくらいの光が満ちていた。

川*゚ -゚) <ダンス! 行こう! 楽しい!>

 周りの通行人を殴るくらい激しい手話は、支離滅裂で下手くそで、愛らしくて愛おしかった。
振り回している腕ごと抱き締めようとしたが、振りほどかれてしまう。
セントラルパークで行われているダンスパーティにどうしても出たいそうだ。



58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:29:42.65 ID:l1XS9TKd0

( ´_ゝメ)「クー」

川*゚ -゚)「うぁうあぅ!」

( ´_ゝメ)「俺の手を離すなよ」

 彼女の耳は、たぶんもうほとんど聞こえていない。
今まで一度も言えなかった言葉だけど、恥ずかしくて考えるのも億劫だった言葉だけど、
耳障りな喧騒がかき消してくれるだろうから、今伝えるよ。

( ´_ゝメ)「愛してるよ。クー」

 踊らされ続けている俺たちでも、きっと自分から踊り出すことは出来るはずだよな。
もしおまえの両目と、俺の右目が見えなくなっても、この手は絶対離さない。
今はもういない、ゾンビのような女の子から貰ったピアスが、左耳で揺れた。

 それにしても、おまえの耳はこんなに赤かったっけ。



61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/04/19(日) 23:30:25.58 ID:l1XS9TKd0


#踊るゾンビガール

終わり



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