( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:23:15.45 ID:HzwlrCb/0

 パダ山脈にも人は住んでいる。
外界の者たちとほとんど関わらないので、偏屈者が多いと聞いたことがあるが、その日出会った彼は噂に違わぬ変人だった。

 広大な湖のほとりに建てられた丸太小屋に、彼は一人で住んでいた。
放し飼いにされた牛や羊と暮らす彼は、農作業をするとき以外はずっと家に引きこもり、紙にペンを走らせるという。

( "ゞ)「魔女の村が割と近くにあってね。彼女たちから物々交換で紙を貰っているんだ。
     だから紙が無くなる心配は無いんだよ。問題は時間でね。
     生きている間に解決出来る問題が少ないことが不安なんだ」

 デルタと名乗った中年の男は、元々数学者として寺院などで教授をしていたそうだ。
数学の研究に没頭するあまり、人にものを教える時間が惜しくなり、わざわざ用心棒を雇ってここに引っ越してきたらしい。
甘いホットコーヒーを出してくれた彼は、伸びきった髪とひげを撫でながら、嬉しそうに口元を緩ませた。

( "ゞ)「121時間前にも、二人の人間がここを訪ねてきたよ。
    魔女以外の人と会うのは29784時間ぶりだったから嬉しくてね。丁重にもてなしたよ。
    しかしまた人がやってくるとは驚きだ。パダ山脈の中でも一番危険なルートを選択しなければここには来られないんだが」

( ´_ゝメ)「人に会うのを避ける為にここに住んでいるはずでは無かったのですか?」

( "ゞ)「数学は人生だ。他人との連立が解法への足がかりとなることもある。
    それに気がついたのはここに来てからでね。皮肉なものだよ」

 デルタから今日は泊まっていけと勧められたので、親切に甘えることにした。
最近クーの体調があまり良くなかったし、今日は無理をせずにゆっくりと休むことにしよう。

 開け放った窓から、牛の鳴き声が聞こえてきた。
「3311285回」とデルタがそっと呟いた。



63: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:24:58.54 ID:HzwlrCb/0













#21

*――インパルス――*



68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:27:01.46 ID:HzwlrCb/0

 寝室のベッドを貸してもらい、そこにクーを寝かした。
呼吸する度にのどが渇いた音を立てている。
額と額を合わせてみたところ、少しばかり熱が出ているのがわかった。

 デルタから貰った風邪薬を飲ませると、疲れがたまっていたのか、クーはすぐに眠りについた。
ハンカチで額の汗をふいてやってから、ツンたちがいる隣の部屋に移動した。

( "ゞ)「様子はどうだい。かなり疲れていたようだけど」

( ´_ゝメ)「とりあえず落ち着いたみたいです。今日休めば、回復すると思います」

( "ゞ)「無理はさせない方が良い。君らほど体は強く無さそうだ」

 あまり女性という観点で見られていないツンだったが、彼女は気にしていないようだった。
ツンはデルタとチェスをしていた。早くも追い詰められていて、腕組みのままチェス盤を睨んでいる。

( "ゞ)「君もやろう。チェス盤は2つあるからね」

 二人を同時に相手するつもりらしい。
ボードゲームには自信があるので、彼を楽しませる意味も込めて本気でやってやろう。

 ツンの向かい側になるように、丸太で作られた椅子に座った。
この位置だと、負けず嫌いな彼女の焦りが手に取るようにわかった。

( "ゞ)「君らは旅人なのかい?」

( ´_ゝメ)「ええ。ヴィラデルフィアに行く途中です」



70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:28:44.72 ID:HzwlrCb/0

( "ゞ)「ヴィラか。航路を使って一度行ったことがある。あそこの大神殿は凄いから、一度見た方が良いよ」

( ´_ゝメ)「はい。そうします」

( "ゞ)「良かったら旅の話を聞かせてくれないか」

 もはや耳に馴染んだその質問をされたのは、デルタのポーンが前に進んだのと同時だった。
ツンはまだ盤上に手を出せずにいる。自軍のポーンをつまみながら、なにから話そうか考え始めた。


*―――*


 夕食の時間になったので、クーを起こす為に寝室へ向かった。
彼女は既に目を覚ましていて、俺と目が合うとのそのそと起き上がり、汗で額に張り付いた前髪をかきあげた。

( ´_ゝメ) <おはよう>

川 ゚ -゚) <おはよう>

( ´_ゝメ) <夕食の時間だ>

 クーは気だるそうにうなだれ、長いため息をついてからベッドから離れた。
見るからに食欲が無さそうだが、食べなければ後々困ることを知っているのだ。



72: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:30:36.13 ID:HzwlrCb/0

 クーの手を引きながら居間に戻り、料理の乗った皿が並べられたテーブルに座らせた。
調理済みの野菜と肉、湖の魚がそれぞれバランス良く皿に取り分けられていて、見た目にも豪勢な夕食だ。

ξ゚听)ξ「食べ終わったらまたチェスで勝負したい」

( "ゞ)「いいよ」

 負けん気の強いツンは、9連敗という大敗をしてなお挑むつもりのようだ。
かくいう俺も1勝7敗という自慢できない戦績だったが、もうデルタに挑戦しようなんて考えていなかった。

 今はチェスよりも、この美味しそうな料理を腹一杯食べることに気をかけたい。
嬉しいことに全ての皿がおかわり自由と聞いていたので、遠慮はせずにパンクするくらい食べるつもりだった。
もてなしをされるときは図々しいくらいが丁度いいのだ。旅をしていく過程で学んだことの一つである。

( "ゞ)「デザートにケーキも用意してある。三つしかないが、良かったら食べなよ」

ξ*゚听)ξ「本当か。それは嬉しい。食べるぞ」

 ツンは年甲斐の無い浮かれようでケーキに反応した。
容赦なくモンスターを斬り捨てるときの彼女と比べると、随分と女らしい反応だった。

 デザートまで用意してくれた親切さには頭が上がらないが、あいにく俺もクーも甘いもの(酒を除く)は苦手だった。
ツンにそう言うと、「甘いものが嫌いな女なんてあり得ない」とばっさり言い捨てた。
彼女の価値観はいつも何処かが偏っている気がする。
デルタはケーキを遠慮し、結局ツンはデザートのケーキを全て平らげた。



74: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:32:19.04 ID:HzwlrCb/0


*―――*


 夕食を食べ終わってもクーの調子は戻らなかった。
お湯とタオルを借りて、彼女の体を拭いてやり、それを風呂代わりとした。
さっぱりするとまた眠たくなったようで、彼女はベッドに逆戻りすることとなった。

 寝顔から辛い表情が消えたのを確認してから、ツンたちの元へ向かった。
約束通りデルタはまたツンとチェスをしていたが、今度は小説を読みながら片手間でやっていた。
そのハンディのおかげか、盤上の動きを見るとツンが圧倒的に優勢なのがわかった。

( "ゞ)「それにしても、よくここまで旅をしてきたね」

 デルタは小説をたたみ、棚の上に投げ置いた。

( "ゞ)「君の旅の話はとても面白かった。やはり人間は人間を相手にすることで成長をするものだ」

( ´_ゝメ)「そうだと思います」

( "ゞ)「旅人は皆、人生を表情に刻んでいるが、君の人生は過酷さと慈愛に満ちているように見える」

 過酷だったのは間違っていないが、慈愛というのは言い過ぎな気がして、背中がむずがゆくなった。



76: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:34:03.24 ID:HzwlrCb/0

( "ゞ)「この世界の人間たちは、離散的なパラメータでありながら、その本質に連続的な関連性を持っている。
    全ての人間は互いに影響を及ぼしながら生きているんだ。数学ではなく、哲学の話だが」

( ´_ゝメ)「わかります。俺は旅に出て、新しい人と出会うことで変わっていった」

( "ゞ)「良くも悪くも、出会いは人を変え、人が出会いを形作る。
    話は少し変わるが、私は運命というものを信じていてね。
    といってもベクトルと運動量による未来予知の類だが、全ての事象はあらかじめ推測可能であると考えているんだ」

 デルタが言っているのは、昔なにかの文献で読んだことのある理論だった。
全てを解析する飛び抜けた頭脳を持つ存在がいるというものだ。ある人は神と呼ぶ存在である。

( "ゞ)「世界そのものの動きが全て決まっているとしたら、どれだけ素敵で恐ろしいことだろうね。
    もしも私が世界の先を全て掌握していたら、おそらくそれを変えようとするよ」

( ´_ゝメ)「何故です?」

 デルタのルークが大きく移動したことにより、ツンの顔色が変わった。
先ほどまで優勢を誇っていた表情が、険しく歪み始めた。

( "ゞ)「どれだけ明るい未来だとしても、きっとさらに優れた世界が創造出来ると思ってしまうからだ。
    暗い絶望に満ちた世界であるならなおさらね。いつの時代でも、研究者は“今”を改良したがるものなんだよ」

( ´_ゝメ)「では、もしも自分が満足するような未来だとしたら?」

( "ゞ)「面白い質問だね。あり得ないと切り捨てれば簡単だが」



79: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:36:36.73 ID:HzwlrCb/0

 ひげを片手でいじりながら、デルタはナイトを動かし、ツンのクイーンを討ち取った。
ツンが小さく悲鳴を上げた。

( "ゞ)「なにを犠牲にしてでも、その未来を維持しようとするよ」

 頭を抱え込んだツンは、テーブルに突っ伏して動かなくなった。


*―――*


 翌朝は快晴に恵まれ、だだっ広い高原と合わせて世界が広がったような気分だった。
クーは夜中に少しうなされていたようだったが、朝には体力も回復していて、表情も戻っていた。
しかし夜通しチェスをしていたツンは、目の下にクマを作り、寝不足に苛ついていた。

 最後の好意として朝食を食べさせてもらい、それから出発とした。
別れの挨拶を交わし、小屋を出て数十メートルほど歩いたときだった。
背中に呼びかけるデルタの声に気がつき、後ろを振り向いた。

( "ゞ)「兄者くん!
    君がなにを抱えているか知らないし、私が聞いて解決するものでは無いだろうから、訊くつもりは無い」

 小屋の前で仁王立ちするデルタは、手を筒代わりに口に当て、離れている俺たちに向かって叫んだ。



82: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:38:18.21 ID:HzwlrCb/0

( "ゞ)「だが忘れないで欲しい。数学は人生で、人生はインパルス関数だ。
    極小時間に無限大の可能性を秘めている。賭けてみる価値は十分にあるんだよ」

 近くで牛が鳴いた。
鳴き声が終わるのと同時に、デルタの口が小さく動いた。



83: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:39:04.00 ID:HzwlrCb/0


#インパルス

終わり



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