( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

85: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:40:42.33 ID:HzwlrCb/0

 捕まえた魚を入れたポットリーフを持って、樹木のアーチが連なる川沿いを歩いていた。
水気を含んだ風が心地よい。
地面にはコケのついた石がごろごろと転がっていて、足を踏み出す度に石と石がぶつかり音を立てた。

 薄暗い森の中で、そよ風が枝をしならせる音と、鳥の鳴く声が時折耳に届く。
人の気配を感じない自然の中にいると、不可侵の聖域に足を踏み入れているような気がして不安になる。
世界中でただ一人になってしまったような孤独感も、言いようのない不安に拍車を掛けていた。

 日が落ちるにつれて狭まってきた視界の先に、青いテントの壁が見えた。
くぼんだ土の壁に押し込まれたように立てられたテントから、俺の気配を感じ取ったのか、ツンが顔だけを出してこちらに目を向けた。

ξ゚听)ξ「遅かったな」

 テントから出てきた彼女にポットリーフを渡した。今日の夕食当番はツンだ。
彼女と入れ替わりでテントに入り、丸まった毛布のそばに腰を下ろした。

 毛布をめくると、虚ろな目をしたクーの顔があった。
表情には生気が無く、手話をする元気も持っていないようだ。俺たちは無言のまましばらく見つめ合った。

 もうそろそろかなと、冷静に考えている自分がいる。
その実、激情に呑まれそうになる瞬間もあった。

 恐怖を覚えた夜があれば、悲しみに伏せった夜もある。
いくつもの不快な感情を乗り越え、ここまでやってきた。
いつか見えてくるだろう終わりに目をそらさず、受け止める覚悟はしていたはずなのに、
胸を締め付けて離さない、後悔という感情が芽生え始めていた。



89: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:42:02.54 ID:HzwlrCb/0













#22

*――タンデム――*



93: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:43:55.68 ID:HzwlrCb/0

 好転と悪化を繰り返していたクーの体調は、ここにきて悪化の一路を辿っていた。
夜は毎晩うなされ、呼吸すら出来ないほど苦しそうにするときがあった。
頻繁に熱も出ていて、多めに買っていた風邪薬は既にストックが尽きている。

 夜眠るときは必ず俺かツンが交代で見張りをしているが、見張りの仕事にクーの看病も追加された。
俺とツンには加護の力があり、常人より頑丈でそうそう睡眠不足に陥ることは無い為、体力の心配は無い。
しかしクーが度々不調を訴え、移動に小休止を挟むようになってから、あからさまにツンは不満そうだった。
そんなときに交代制で看病もすることになったものだから、彼女の不満は表情からでも分かるほど露骨なものになっていった。

( ´_ゝメ)「ツン。交代しよう」

ξ゚听)ξ「ああ」

 テントの近くの大岩に腰を下ろし、腕組みをしながらじっと前を見つめていたツンは、目を合わせること無く返事をした。

( ´_ゝメ)「今日はもういい。朝まで眠っていてくれ」

ξ゚听)ξ「そうさせてもらう」

 岩から降り立つと、ツンはさっさとテントに潜り込んでいった。
ツンが座っていた大岩に一足飛びで乗り上げ、あぐらを組んで座った。
これから30分に一回クーの額を冷やすタオルを取り替え、暇つぶしにカタナを研ぎ、
モンスターの気配に神経を尖らせる作業を朝まで行う。

 一人で過ごす長い夜は、考え事をするには十分過ぎる時間があった。
しかし考えても仕方の無いことしか浮かばない今の自分にとって、これほど苦痛なことも無い。



95: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:45:40.76 ID:HzwlrCb/0

 袖をまくり上げ、肘のところまで腕を晒した。
モンスターとの戦いでつけられた傷まで覆い、黒の紋様が侵食を広めている。
手首近くにまで伸びてきた紋様のせいで、半袖の服が着られなくなった。

 このまま闇鴉のような体になってしまったら、俺は一体どうなってしまうんだろう。
あの少女のように殺戮を繰り返す存在になるのだろうか。
まともな意識が残っている内に、何とかしなければならない。

 「あ、あぅ」

( ´_ゝメ)「クー?」

川 ゚ -゚)「あぅ」

 獣の意識だけを探っていた為、クーがテントから出ていたことに気がつかなかった。
彼女は俺の座っている大岩によじ上りたいようだ。

 まだ寝ていなければならない体で、無理はして欲しくない。
けれど彼女とゆっくり話が出来る機会が、これから先どのくらいあるだろうかと考えると、
この貴重な時間をむげにしたくないという思いが強くなっていった。

 岩から身を乗り出し、右手を彼女に差し出した。
両手で俺の手首を掴んだ彼女の手を握り返し、落とさないように慎重に引き上げた。
やせ細った彼女はあまりにも軽くて、強く握るだけで崩れてしまいそうなほど脆く感じた。

川 ゚ -゚) <ごめん。話したいことがあって>

( ´_ゝメ) <どうして謝るんだ。座ろう>



97: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:47:21.86 ID:HzwlrCb/0

 二人で座ると、自然と体を寄せ合い、肩をつける体勢になった。
お互いが少しずつ体重を預けて、しばらく無言のまま時間を過ごした。

 初めてクーと出会ったあの村で、屋根に上って二人で見上げた夜空を思い出した。
あのときの星より、今見えている星の方がずっと輝いている気がする。

川 ゚ -゚) <昔の話。まだ私が子供だったときの話。聞いて欲しいの>

 手話は真横からだと見づらい。
人によって癖もあるので、クー以外の者と手話で話すときは、注意して手の動きを見続けなければならない。
でも彼女の手話は、頭に溶け込むようにすんなりと馴染む。共有した時間の量が違うのだ。

川 ゚ -゚) <私のお父さんとお母さんは、凄い魔法使いだったの。
       二人で旅に出て、いろんな場所を巡っていたから、結構有名だったみたい>

 彼女の口から両親の話が出たは初めてだった。

川 ゚ -゚) <私が生まれてからはずっと村にいたけど、いろんな人がうちに来て、仲間になってくれって誘われてた。
       でも私の為に、二人が旅に出ることは無かった。
       あんまりしつこい人には、雷を落としたり、お尻に火をつけたりしてた>

( ´_ゝメ) <過激な性格だったんだな。おまえによく似てる>

川 ゚ -゚) <うるさい。でもある日、お父さんとお母さんは神官の人に連れられていっちゃったの。
       さらわれたとかじゃなくて、二人とも納得して行ったみたいに見えた。
       やらなくちゃいけない仕事があるって言ってた。遅くならずに、すぐ帰るって>



99: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:49:03.42 ID:HzwlrCb/0

 淡々と話しているように見えたが、表情の裏にある感情が見え隠れしていた。
いらない相づちは挟まずに、次の言葉を待った。

川 ゚ -゚) <二人は帰ってこなかった。代わりに神官の人が来て、二人が死んだってわかった。
       おばあちゃんが凄く怒ってて怖かったよ。神官の人が嘘をついているかどうか調べたりもしてた。
       結局嘘はついていなかったみたい。事故で死んじゃったんだって。
       どういう事故か私は知らないけど、おばあちゃんは知ってるみたい。話してはくれなかった>

 良い印象がない神官連だが、ペニサスさんが事情を知っているなら、本当に仕方の無い事故だった可能性が高いだろう。

川 ゚ -゚) <たくさん泣いたよ。ご飯が食べられなくて、何度も吐いた。夜が怖くて、一人が怖かった。
       眠ったら悪夢ばっかり見た。凄く悲しくて、どうしたらいいかわからなくて。
       木の棒を拾って振り回したり、そこら辺に生えてた木を手当たり次第叩いたり。
       大声でああああって叫んだりもしたよ。跳び回ったり、走り回ったり、地面を蹴ったり殴ったりもした>

 幼い少女が、死の悲しみに錯乱する姿を想像するのは、胸が痛かった。

川 ゚ -゚) <本当に、私は馬鹿で、でもどうすればいいのか、わからなくて。
       子供だったから。何とかなるんじゃないかって思ったの。
       おばあちゃんが隠してた本に書いてあった禁術を使えば、また二人に会えるって。
       またいつも通りの生活に戻れるって考えたの。なにも知らない、馬鹿な子供>

( ´_ゝメ)「……」



103: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:51:00.79 ID:HzwlrCb/0

川 ゚ -゚) <夜中にこっそり家を抜け出して、倉庫に入ってた本を盗み出した。
       魔法陣を描いて、呪文を詠唱して。光が見えた。それから先は覚えて無い。
       気がついたらベッドの中だった。私はおばあちゃんに叱られると思って、怖かった。
       でもおばあちゃんは叱らなかった。ごめんねって謝った。村の人も、誰も私を叱らなかった。
       喋れなくなったことよりも、みんなが優しくてくれたことが、一番怖かった>

 手話をする手がどんどん速くなり、いくつもの感情がそこから溢れていた。
クーは一旦話すのをやめて、膝に頭を埋めた。

 久しぶりに長い手話をしたので、少し疲れてしまったようだ。
しばらく休ませると、ぼんやりした顔を上げて、こちらに目をむけた。

川 ゚ -゚) <ツンさんは、私のことが嫌いなんでしょう?>

 どきっとしてすぐに返事が出来なかった。
いまさら誤魔化すことは出来ないし、なによりも意味が無い。
しかし面と向かってはいそうですよと俺から言うのは、ツンにもクーにも悪い気がした。

川 ゚ -゚) <でも私は好き>

 返す言葉を困っていたところに、思いも寄らない言葉が繋がれた。
てっきり彼女はツンを苦手にしていると思っていた。

川 ゚ -゚) <私のこと、たぶんわかってる。禁術のこと、呪いのこと。
       でも同情なんかしないで、ちゃんと一人の人間として見てくれる。君がそうしてくれたみたいに。
       だから好きだよ>



106: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:52:39.99 ID:HzwlrCb/0

 昔のクーは、好意的に接してくれる人間以外は見向きもしなかった。
いつも感情的に行動し、人と接することを避けてばかりいた印象すらある。
今では他人を認め、他人の行動を冷静に受け止めることも出来ていた。

 旅をしていく間に、随分とクーは強くなったようだ。
俺は彼女の成長にいまさら気がついたのか。

川 ゚ -゚) <足手まといにならないように頑張るよ>

 今でも十分過ぎるほど頑張っているように感じるが、彼女の意志を否定する訳にもいかず、ただ頷くだけにしておいた。

川 ゚ -゚) <それとね。良い報せか悪い報せかわからないけど。ううん。たぶん良い報せ。
       君が認めてくれれば、きっと良い報せ。あるよ>

( ´_ゝメ) <なんのことだ?>

川 ゚ -゚) <まだちょっと言えない。けどいつか言うよ>

( ´_ゝメ) <わかった。楽しみにしておく>

川 ゚ -゚) <それとね>

 クーは俺の方を向いて座り直した。

川 ゚ -゚) <今までありがとう。私といてくれてありがとう。私を魔法使いだって言ってくれてありがとう。
       君のことが大好きだよ>



110: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:54:42.42 ID:HzwlrCb/0

 一つ一つの言葉が紡がれる度に、嵐のような感情が体を駆け巡った。
ありがとうなんて、とんでもない。俺が言うべき言葉だ。
何千、何万回言っても足らないほどの言葉だ。

( ´_ゝメ) <俺を勇者として見てくれたのは、家族以外ではおまえが初めてなんだ>

川 ゚ -゚) <本当に? みんな見る目が無いね>

( ´_ゝメ) <二人でずっと一緒にいよう。ずっと、ずっとだ>

 エセ勇者と罵られようが、クーさえ認めてくれれば俺は勇者でいられる。
クーだって、ちゃんと魔法が使える魔法使いだ。
ペニサスさんが言っていた言葉の意味が、今、ようやくわかった。
俺にかけられた魔法は、あまりにも強力だったという訳だ。

 もう後悔なんて考えない。
行けるところまで、一緒に行こう。



113: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/15(月) 21:55:49.35 ID:HzwlrCb/0


#タンデム

終わり



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