( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:19:04.29 ID:EvnlJ0um0
- 閉ざされた密林の奥に、人知れず暮らす魔女だけの村、サイゼリアはあった。
- クーが住んでいた村と似ているが、食虫植物が道の脇に生え、奇形な生物が闊歩するこの村の方が数倍は妖しい。
- 男子禁制の村らしく、俺を見るとぎょっとした顔をして体を固くする者ばかりだった。
- やがて俺たちは大勢の魔女に取り囲まれ、質問攻めにあった。
- 『どうやってここに来たの』『モンスターに会わなかったの』『お兄さんいくつ?』
- 『どこの人?』『あなた喋れないの?』『騎士の人かしら』『結婚してる?』
- よくよく見てみると、みんな十代か二十代の若い魔女ばかりだ。
- こんなに多くの女の子に囲まれたことが無かったので、どういう顔をしていいかわからず、不覚にもにやついた顔をしてしまった。
- クーから思い切り足を踏まれる。
- ツンからは零距離の肘鉄をもらった。
- もてる男は辛い。
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:21:22.13 ID:EvnlJ0um0
- #23
- *――スーパーノヴァ――*
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:24:28.91 ID:EvnlJ0um0
- サイゼリアは魔女の訓練の為に作られた村らしい。
- この村の長であり、若い魔女たちの教師でもあるバレッタという老婆から話を聞いた。
- 『この村に出入りするには、通常転送用の魔法陣を使います。
- 一部の魔法使いしか使用を許されていないものなので、陣の場所は言えません。
- 一人前の魔女と認められれば、ここから出て旅をすることを許されます。
- しかし買い物の為に街へ出た魔女が、男に一目惚れして帰ってこなくなったことが多々ありました。
- 兄者さん。年頃の娘が多いので、変な気は起こさないで下さいね』
- 村の公民館らしき建物の、会議室で使えるような広い部屋に長老はいた。
- 魔女の村らしい趣味をした部屋で、紫色の照明やおどろおどろしい部屋の装飾がめっぽう怖い。
- ( ´_ゝメ)「ええ。それはもちろん。肝に銘じます。
- だからこの鎖は外して頂きたいです」
- 現在の俺の情けない状況を説明すると、長老の魔法によって椅子に鎖で縛り付けられているという具合だ。
- さらに鎖には強力な魔力が込められていて、物理的な力では外せそうになかった。
- 女の子に囲まれていい気になっていたところに、魔女の教師たちが駆けつけたのはまずかった。
- 魔法の力で拘束され、いい訳も出来ない内に長老たちの元へ連行されることとなった。
- 勇者という身分をばらし、聞かれた質問には洗いざらい答えたのだが、まだ完全な信用は得られていないようだ。
- ξ゚听)ξ「兄者は男だからという理由で通りますが、どうして私も同じ状態なのでしょうか」
- 面白かったのは、魔法をかけられたのが俺だけではなくツンもだったということだ。
- 同じように鎖で縛られている姿は、俺と合わせて滑稽だった。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:26:40.10 ID:EvnlJ0um0
- 『強力な力の波動を感じたからです。先手必勝でなければ勝てないと思いましたので。
- あなた方が怪しい者でないとわかれば、その鎖は外しますよ』
- 答えたのは、長老の横にいた教師たちの内の一人だった。
- ( ´_ゝメ)「調べるならいくらでも調べていいのですが、もう一人の仲間は何処に連れて行かれたんですか?」
- 『安心してください。彼女は具合が悪そうだったので、我々が保護して看ています。
- 彼女は鎖で縛ったりはしていませんよ。なにせ、この村には女性は歓迎するしきたりがありますから』
- 言ってから、教師ははっと口をつぐんだ。
- 穏やかでないツンの視線から逃げるように、彼女は他の教師の後ろに隠れた。
- *―――*
- 体の隅々まで調べられるということになったので、ツンとは別の部屋に連行された。
- 倉庫のような場所に連れて行かれ、手足に鎖をつけられたまま服をはぎ取られる。
- 魔女たちは、服を一枚脱がす度に意味深なため息をついていた。
- (゚、゚*トソン「ミセリ。私我慢出来そうにないわ」
- ミセ*゚−゚)リ「辛抱してトソン。私だって抑えがたい衝動を感じているのよ。ああ、でもいい体してるわね……」
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:29:00.53 ID:EvnlJ0um0
- 荒い鼻息が耳に届く。身の危険を覚えつつも、作業は続いた。
- 上半身の服を全て脱がされたとき、彼女たちの手が止まったのがわかった。床に転がったまま視線を向ける。
- (゚、゚;トソン「なに、これ。タトゥーじゃないわ」
- ミセ;゚−゚)リ「呪いかも。他の先生方を呼びましょう」
- 右半身を埋め尽くす黒の紋様に驚いているようだ。
- これが原因で追い出されたり、ましてや拷問されるのでは無いかと少し不安になってきた。
- 間もなく早足でやってきた魔女たちは、俺の背中を見て体を固まらせた。
- 恐る恐る俺の背中に触れた魔女は、難しい顔をして唸った。
- それから魔女たちに針のようなもので刺されたり、怪しい薬を塗られたりされたが、紋様のことは彼女たちにもわからないようだ。
- 『もう一度訊くけど、これはどうやってついたの?』
- ( ´_ゝメ)「闇鴉という者に会い、彼女が出す黒い霧の中に入ったあと、この紋様が浮かび上がってきたんです」
- 『やみがらすって誰か知ってる?』
- (゚、゚トソン「わからない。黒い霧って魔法かしら」
- 『聞いたことが無いわ。バレッタ様に来てもらいましょう』
- 一人の魔女が駆け足で部屋から出て行った。
- 長老を呼びに行っている間も、魔女たちは念入りに紋様を調べていたが、みんな首をかしげるばかりだ。
- どうでもいいが、衆人環視の中でべたべたと体を触られるのは、かなり恥ずかしかった。
- 16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:31:02.88 ID:EvnlJ0um0
- *―――*
- バレッタ長老は、紋様を見るなり険しい表情になった。
- 部屋にいる魔女たちにも長老の緊張が伝わったのか、先ほどまで騒いでいた魔女たちは全員無言となった。
- 『いくつか質問をするわ』
- 穏和だった長老の声が、がらっと刺々しく変わっていた。
- 左目がうずいた。
- 『その紋様がついてから、なにか変わったことがあったでしょう』
- 長老が聞きたいことはわかっている。
- 悪意に反応する紋様。視界を覆う黒い霧。殺意の衝動。わかっている限りを長老に打ち明けた。
- 話し終えてからも、長老の顔は険しいままだった。
- 『心に巣くう闇が見えます。植え付けられた憎しみの衝動。黒い波動が。
- 怒りを餌に、この紋様は成長します。破壊衝動については、バーサクという魔法とよく似ていますが、あなたの場合は違う。
- 衝動が体を巡っている間にも、しっかりと意識がある。この紋様の力に名前をつけるならば、レイジ(狂気)。
- 荒れ狂う修羅の力です』
- 左目のうずきが、かすかな余韻を残しつつ消えていくのがわかった。
- 長老は大きなため息をついたあと、険しい表情を解き、最初の穏和な老婆の顔に戻った。
- 18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:33:31.51 ID:EvnlJ0um0
- 『ただし、あなたの心にはレイジにも負けない光の波動があります。
- 右目に加護を受けているようですが、その加護とは無関係の力です』
- ( ´_ゝメ)「加護以外の力……?」
- 魔女たちの視線が長老に集まった。
- 『私のようなおばあちゃんが言っても、あまり様にはなりませんが、人が愛と呼ぶ力のことですよ』
- 緊張していた魔女たちが、肩の力を抜き、一斉にため息をついた。
- 小声でささやき合っている声が聞こえる。顔を赤らめ、何処か遠くを見つめる者たちもいた。
- 魔女たちはロマンチストが多いらしい。
- 『左目がうずくのでしょう? 体の右側に紋様が出たのは、左目を中心にしてレイジに侵されているからです。
- このままでは体を乗っ取られるかもしれません。加護にはほど遠い魔力ですが、似たような力をあなたに授けましょう。
- レイジの脅威からほんの少しだけあなたを遠ざけてくれるおまじないです。
- ちょうど左耳にピアスをしているので、そのピアスに魔法をかけます。じっとしていて下さいね』
- 長老が目の前で指を鳴らすと、人差し指の先が淡い青色の光を発した。
- 小さな光の球体だったが、優しく大きな波動を全身に感じた。
- 光を放つ指先で、左耳を触られる。
- そこにはリドヴェラスで出会った女から貰ったピアスが刺さっている。
- 長老の顔に反射していた淡い光が消えてから、長老は手を戻した。
- 『あなたに汚れ無き慈愛の加護を』
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:36:25.17 ID:EvnlJ0um0
- 立ち上がった長老が両手を叩くと、手足を縛っていた鎖がバラバラに外れた。
- 自由になった体でまずしたことは、腕に引っかかっている服を着直すことだった。
- 魔女たちの未練がましい視線が突き刺さってきたのは、予想していたことだ。
- *―――*
- 最初に長老と会った広い部屋で、椅子に座ってツンを待っていたが、彼女の取り調べは思ったより時間がかかった。
- 憔悴した顔のツンが戻ってきたのは、既に日が沈んだあとのことだった。
- 魔女たちの計らいで、そのまま部屋で教師たちと一緒に夕食を取ることになった。
- クーのことが気になったが、魔法で治療していると聞き、
- せっかくの好意を邪魔するのも無粋だと思ったので、クーがいないまま会食に参加することにした。
- 案の定俺たちは魔女から質問責めにあった。
- 長老がいないのをいいことに遠慮無く飛んでくる質問に、多少呆れつつも漏らさず答えていた為、食事の手は全く進まなかった。
- 質問の内容は旅のことから始まったが、やがて俺とクーの関係についてのことばかりになった。
- いつから好きだったのか。相手の何処を好きになったのか。
- 告白の言葉やその状況まで訊かれたものだから本当に参った。第一、告白なんてしていない。
- 若い女の子が多い村だが、魔女の教師たちともなると俺よりも年上が多い。
- それなのに他人の色恋で顔を赤らめて、興奮する彼女たちを見ていると、俺の方が先生になって子供たちを相手にしている気分だった。
- 22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:41:20.29 ID:EvnlJ0um0
- ミセ*´ー`)リ「愛の力って偉大よね。トソン」
- (゚Д゚*トソン「愛は憎しみに打ち勝つのね。ミセリ」
- まあ、楽しそうで何よりだ。
- 黄色いスープにスプーンをくぐらせながら、だらしなく口元を緩め合う彼女たちに気がつかれないように、こっそりため息をついた。
- 俺はこのとき、加護を受けたあとにバレッタ長老から言われた言葉をずっと頭の中で反芻していて、恋話どころではなかった。
- *―――*
- 村の教師たちには家が与えられ、まだ半人前の魔女たちは寄宿舎で生活しているという。
- クーはミセリという魔女の家で治療中なのだそうだ。
- 飛び交う質問をあしらいながら何とか夕食を終えたあと、トソンとミセリという魔女の二人に案内してもらい、クーの元へ急いだ。
- ここ最近はずっと付き添っていたから、離れると不安になるのだ。
- ミセ*゚ー゚)リ「あの子、クーちゃんっていうのね。可愛いわよね。好きになったのわかるもん」
- ミセリは一目見てクーを気に入ったそうだ。
- 一人っ子の家庭で育ったから、クーのような妹が欲しかったとミセリは言った。
- (゚、゚トソン「でも茶髪の方の子は怖いよね。他の先生から聞いたんだけど、あの人少し暴れたんだって?」
- トソンは両肩を抱いて、大げさに怖がるジェスチャーをした。
- ツンは確かに少々短気なところがあるが、全くの常識知らずという訳ではない。
- 彼女がこれくらいの尋問で暴れ出したというのが気になった。
- 27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:44:47.87 ID:EvnlJ0um0
- ミセ*゚−゚)リ「兄者さん。ちょっと聞いて欲しいの」
- ミセリが顔を伏せて、急に声を潜めたので、トソンと俺は歩きながらミセリに寄り添うように体を近づけた。
- ミセ*゚−゚)リ「聞いた話なんだけど、あのツンっていう人、魔法がかけられているみたいなの」
- ( ´_ゝメ)「加護の力ではないのか? 彼女は元聖騎士団だ」
- ミセ*゚−゚)リ「ううん。それとは別の力。私たちは、ある程度心の中を読むことが出来る。
- でも彼女にはそれが通じなかった。強力な魔力のプロテクトがかかっていたみたい。
- バレッタ先生の力でも解けなかったほどの魔力よ。聖騎士団って、神官連直属の兵団でしょう。
- 私たち、あんまり神官連を信用してなくて、信仰も無いの。
- こんなことを言うと、きっとあなたは怒るでしょうけど、あの人をあまり信用したらいけないのかもしれない。
- あなたは勇者だけど、神官連の人たちとは違う気配を感じたから言っちゃった」
- 一気にまくし立てると、ミセリはまた元のように歩き出した。
- ツンが仲間になったのは偶然の出会いが生んだ結果で、意図的なものではない。
- 加えて彼女に何らかの悪意があるとすれば、すぐさま紋様が反応するはずなので、俺にはツンが敵だとは思えなかった。
- しかし神官連が敵ではないと断言できる材料は無い。ツンは聖騎士団をやめて、神官連から離れている。
- ツンが敵でなくとも、これから神官連と敵対する状況に陥ることも十分に考えられる訳だ。
- 神官連は謎が多すぎる。
- そういえば、ツンは神官連が抱えている謎を少なからず知っているはずだ。
- 以前に訊いたことがあったが、話せないときっぱり言われ、それ以降話題にすることは無かった。
- ツンが神官連側の人間でないのなら、何故彼女は話せないなどと言ったのだろう。
- もしかしたらツンは、もう一度神官連につこうと考えているのかもしれない。
- 30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:47:07.74 ID:EvnlJ0um0
- いや、やめよう。疑いだしたらきりが無い。
- そもそもツンと仲間になったのは、彼女が闇鴉という別の目標を追って旅をしていたからだ。
- 矛先が違えば敵対することも無いと判断した。今のところそれが間違っているとは思えない。
- とにかく今は、考え事を増やさないように努めよう。
- *―――*
- ミセリの家は屋根が大きく歪んでいて、遠くから見るとキノコのような形をしていた。
- 木の柵で覆われたテラスの中に、わざと湾曲して作られた玄関のドアがついている。
- 俺たちが家に入る前に、家のドアから数人の魔女が出てきた。
- ミセリとトソンを見つけると、彼女たちは手を振り近づいてくる。
- 『そっちは終わったのね。やっぱり悪人じゃなかったんだ。良かったわ』
- 魔女たちはトソンとミセリの耳元でなにかをささやいたあと、その場から散っていった。
- ミセ*゚ー゚)リ「入りましょう」
- ミセリを先頭に家に入り、クーのいる奥の寝室まで案内してもらった。
- 扉を開けた先に、ベッドの上で横になっているクーが見えた。
- 俺を見つけると、彼女はぱっと顔を明るくし、早くこっちに来いと手招きを始めた。
- ミセ*゚ー゚)リ「今日はこの部屋に泊まっていって。家の中にいるから、用事があるときは私かトソンに言って頂戴。
- ちなみに騎士の彼女は別の家に泊まってもらうことにしたから。それじゃあ、ごゆっくり」
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:49:12.71 ID:EvnlJ0um0
- ミセリたちが寝室から出て、扉を閉めた瞬間に、クーは布団の上から俺に飛びかかってきた。
- 骨に皮が張り付いただけの手を首に回され、思い切り抱きつかれる。
- 川*゚ -゚)「あぅああぁ」
- ( ´_ゝメ)「重いよ」
- 両脇に手を通し、子供を抱き上げる要領でクーを持ち上げた。相変わらず軽い。
- 彼女を床に降ろすと、さっそく目がまわるような手話が始まった。
- 魔女たちから魔法で治療してもらったことが相当感激だったらしい。
- 栄養の行き届いていない体をしているのに、みずみずしい笑顔が止まらずに溢れてきた。
- こんなに元気そうなクーは、本当に久しぶりだ。
- 間近で見た魔法のことを、手話で表現出来る限界まで彼女は語った。
- 途中までお互い立って話をしていたが、長くなりそうだったのでクーをベッドに座らせ、自分も隣に座った。
- 枯れ木のようにやせ細った腕を振り回し、優しくて乱暴な手話をする彼女は、滑稽で見ているだけで笑えてくる。
- 俺が笑ったのを見て、クーも笑った。
- 笑顔のクーを見て、俺はさらに笑い、肩を震わせる俺を見て、クーが膝を叩きながら笑った。
- こんな掛け合いがもう一度出来るとは思わなかった。
- 村を出る前に魔女たちにお礼をしなくてはいけないな。
- 川 ゚ -゚)「あ」
- すっかり笑い上戸になっていた俺たちだったが、唐突にクーから笑顔が消えた。
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:51:10.44 ID:EvnlJ0um0
- 川 ゚ -゚) <思い出した。君に話そうと思ってたことあったんだ。今話すよ>
- 緩んでいた表情が見る間に緊張していくのがわかった。
- 悪いことばかりが頭に浮かんだ―――が、ふいに彼女から、いい報せがあると聞いていたのを思い出した。
- 何故かそのときは教えてくれなかったが、話したいこととはそれだろうか。
- わざとらしい咳のあと、クーは言った。
- 川 ゚ -゚) <あのね、生理が来てないの。3ヶ月前から>
- 生理が来ていない、3ヶ月前から。言葉の持つ意味が鈍く頭を巡った。
- それがどういう意味を持つのか、すぐにはわからなかった。
- ( ´_ゝメ)「え?」
- 川 ゚ -゚) <認めてくれる?>
- ( ;´_ゝメ)「え?」
- 3ヶ月前から、生理が来てなくて、俺が認めないといけないもの。
- 子供だ。
- 子供以外考えられない。
- 赤ちゃん。出産。俺が父親で、クーが母親。
- 想像しても頭にもやがかかったように、中々イメージが固まらなかった。
- 38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:53:25.78 ID:EvnlJ0um0
- ( ;´_ゝメ) <本当に?>
- 川;゚ -゚) <うん>
- 心当たりは―――ある。
- 数え切れないほどある。しかしこれは凄いぞ。
- ( ;´_ゝメ)「赤ちゃんが……」
- 落ち着こう。
- 二人とも慌てていては、話が進まない。
- ( ;´_ゝメ) <赤ちゃんが出来たってことだよな>
- 川;゚ -゚) <たぶん>
- 3ヶ月前から来ていない生理で、俺の赤ちゃんがクーの母親。
- よくわからなくなってきたが、とにかくなんだか、凄いことになってきた気がする。
- ( ´_ゝメ) <やったな>
- 川 ゚ -゚) <うん>
- ( ´_ゝメ) <これは凄いぞ>
- 川*゚ -゚) <うん>
- ( ;´_ゝメ) <そうだ。横になったほうがいい>
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:55:43.59 ID:EvnlJ0um0
- クーの体を支えて、ベッドにゆっくり寝かせた。
- さっき飛びつかれたとき、そっと体を持ち上げておいて良かった。
- シーツを被り口元まで覆い隠したクーは、目だけで笑いながら俺を見上げた。
- この子から赤ちゃんが生まれるということは、俺がその赤ちゃんの父親になるということだ。
- つまり―――上手く言葉が見つからないが―――とても素晴らしいということだ。
- 川*゚ -゚) <名前を決めようよ>
- もっと他に考えなくてはいけないことがある気がした。
- しかし溶けた鉛のように鈍い反応を示す頭では、大人しく彼女に従うしかなかった。
- 川*゚ -゚) <男の子だったらなにがいい?>
- 期待に満ちた瞳を揺らす彼女に応えたいところだが、あいにくなにも思い浮かばない。
- こういうセンスには一番自信が無い。重要なことであればあるほど、口が固くなってしまう。
- 腕組みをして唸る俺を見て、彼女はまた目だけで笑っていた。
- 父親としてびしっと決めたい場面であるので、頭を捻ってなんとか名前を一つ考えた。
- ところがクーはぴんと来なかったらしく、少し困った顔になった。
- なんとかもう一度笑わせようと、思いついた端から名前を挙げてみたが、結果はどれも似たり寄ったりだった。
- 二人してため息をつくと、とてつもなく馬鹿らしいことをしていた気分になり、顔を見合わせて笑い合った。
- ( ´_ゝメ) <すまん。思いつかない>
- 川 ゚ -゚) <じゃあ女の子>
- 42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:57:51.07 ID:EvnlJ0um0
- 女の子の名前については、悩む余地は一切無かった。
- この名前しかないと思ったし、クーが反対することも無いだろうと思った。
- ( ´_ゝメ) <蘭子>
- クーはただ笑っていた。
- 悪戯好きの元気な少女の姿が、そのとき強く頭に浮かんだ。
- *―――*
- クーが寝入ってから居間にいくと、難しそうな本を読んでいるミセリを見つけた。
- 俺を見つけると本を閉じて、『お茶でもどう』と勧められた。もちろん頂く。
- 湯を沸かすのかと思ったが、ミセリが宙で円を描くと、小さな光の発散と共にティーセットがテーブルの上に出現した。
- 魔女のやることは相変わらず常識外れだ。椅子に座り、茶の入ったカップを口に傾けた。
- かなり癖の強い茶だが、飲む度に舌に馴染む茶だった。
- ミセ*゚ー゚)リ「彼女の様子はどう?」
- 気分は落ち着いているし、体調もかなり良くなっているようだと伝えた。
- ミセリは微笑んだが、どこか悲しそうな表情にも見えた。
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/06/30(火) 23:59:40.84 ID:EvnlJ0um0
- ( ´_ゝメ)「ヴィラデルフィアに行くつもりなんだけど、あとどのくらい歩けばこの山を越えられるかな」
- 重い空気を変えようとミセリに話しかけた。
- 彼女は少し考えてから、
- ミセ*゚−゚)リ「普通なら三ヶ月弱くらい。ルート次第では二ヶ月ちょっとかな」
- と言った。
- ミセ*゚ー゚)リ「勇者って、やっぱり大変?」
- 今までの旅を振り返ってみたが、大変などという言葉で済ませられないほどの重労働だった。
- 全て話していたらきっと夜が明けてしまう。短い言葉で肯定だけしておいた。
- ミセ*゚ー゚)リ「理不尽って思わなかった? どうして自分が、とかさ」
- ( ´_ゝメ)「毎晩そう思っていた。意味の無いことだと考えて、今は受け入れることにした」
- ミセ*゚ー゚)リ「そう」
- 俺のカップが空になっているのを見つけると、ミセリは自分のカップを大きく傾け、茶を飲み干した。
- ちょうどそのとき、トソンが玄関の扉を開けて入ってきた。
- 何処に行っていたか知らないが、表情は暗かった。
- ミセ*゚−゚)リ「どうだった?」
- ミセリの問いに、トソンはなにも答えなかった。
- もしかすると、答えなかったというのが、彼女の答えだったのかもしれない。
- 48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:01:46.44 ID:A8NqG36E0
- (゚、゚トソン「兄者さん。ちょっと話がしたいから、外に出ましょう」
- 開いたままの扉に手をかけているトソンの金髪が、外の風に揺られてなびいた。
- 今日だけは、全てを忘れて夢物語に酔っていたかったのに。
- *―――*
- トソンは外に出てすぐの、テラスのベンチに座った。
- 彼女の横に並んで座ると、削り取られた月の破片が鮮やかに照っているのが見えた。
- (゚、゚トソン「もうすぐ新月ね」
- 月の命日を告げるトソンは、間を長引かせたいのかしきりに手で髪をとかしていた。
- ちらちらと彼女の横顔に目をやったが、こちらを振り向いてくれる気配は無い。
- こんなとき、奇抜な変形を遂げた月がちょうど視線の対象になってくれるのが有り難い。
- (゚、゚トソン「クーさんのこと、どのくらいまで知ってるの?」
- クーのこととは、もちろん彼女の生い立ちや性格の話ではなく、禁術の呪いのことだろう。
- アヌヴィスから聞いた話も交えて、彼女の呪いについて知っていることを全て話した。
- 静かに頷きながら聞いてくれるトソンが、だんだんと暗いかげりを見せていくのがわかった。
- (゚、゚トソン「悲しいね。本当に」
- ( ´_ゝメ)「ああ」
- 50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:04:36.53 ID:A8NqG36E0
- (゚、゚トソン「十分知ってるだろうけど、でも言わせて欲しい。禁術の呪いは、本当に悲しくて恐ろしいものなの」
- トソンは前を向いたまま、言葉をはき出すように言った。
- 痛みを堪えるように口元がひきつっていた。優しい人だと思った。
- (゚、゚トソン「死に至るような呪いなんて、この世にいくつも存在しない。
- 呪いは厄災の塊。そして強力な魔力と道しるべとなる記号が無ければ成り立たないもの。
- 禁術の場合は、禁忌という罰がその道しるべとなり、術者本人の魔力を使って呪いを成長させているの。
- 悲しいよ。あの子は魔法使いになりたかったんでしょう。魔法を見せたら、凄く喜んでたって言ってたわ。
- 魔法使いの素質も十分ある。私にも、彼女の中に大きな魔力の波動があるのを感じた。
- でも今は、それが彼女の首をしめている。こんなに悲しいことは無いよ」
- ( ´_ゝメ)「ああ……」
- 責められているような気がして、返事の言葉が思いつかなかった。
- 禁術については様々な文献を読みあさり、呪いのことも熟知していた。
- 呪いの恐ろしさも、クーの抱えている絶望の深さも十分わかっている気でいた。
- ただ人からそれを突きつけられたときに、焼け火ばしを当てられたような心の痛みを感じるのは、
- 知っているだけで受け止められてはいないということなんだろう。
- (゚、゚トソン「今は魔法の力で、鎮痛作用が効いてるから、少しは楽になったはずよ」
- ( ´_ゝメ)「……ありがとう」
- (゚、゚トソン「でも……もう、まずいらしいの。その、言いにくいけど、彼女はもうすぐ……」
- ( ´_ゝメ)「……ああ……」
- 53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:06:20.54 ID:A8NqG36E0
- 彼女の顔を見ることが出来なかった。
- 彼女もぼんやりと視線をさまよわせて、俺を見ようとはしなかった。
- フクロウの鳴き声が聞こえた。深い森に溶けていくような声だった。
- この声がクーの耳に届くことは、決して無い。
- ( ´_ゝメ)「子供が出来たって、クーが言っていた」
- (゚、゚;トソン「子供……」
- トソンの反応が知りたくて、視線の端でトソンを捕らえた。
- 彼女は信じられないという顔つきになり、一瞬だけ俺を振り向いた。
- 目が合う、がまたすぐに逸らされた。
- 俺たちはまた前を向き、視線を平行にした。
- (゚、゚トソン「無理です。子供なんて」
- ( ´_ゝメ)「ああ」
- わかりきっていたことだ。
- それでも、自分が認めてしまうことが怖かった。
- ここで自分が認めてしまえば、彼女の喜びを肯定する人間がこの世からいなくなってしまう。
- 彼女をひとりぼっちにさせるようなことはしたくなかった。
- 56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:08:16.78 ID:A8NqG36E0
- ( ´_ゝメ)「生理が来ていないらしい」
- (゚、゚トソン「……そうなんだ」
- 体の機能が徐々に麻痺していくのが、禁術の呪いだ。
- 声は枯れ、目は潰れ、耳は塞がり、舌はただれる。手足が固まり、血が流れを止め、心臓が止まり、魂が消滅する。
- その過程で、生理が来なくなるのは当たり前のことと言える。
- (゚、゚トソン「小さい頃、魔法の先生から禁術の呪いはやすりなんだって聞きました」
- 俺を気遣っているのか、トソンの声は優しかった。
- (゚、゚トソン「幸せをどんどん削っていくやすりなんだって。
- 音のある世界を削って、光のある世界を削って、手足を削って、未来を削っていく。
- やすりみたいに、ゆっくりと外側から削られていく。気がついたら、世界そのものが無くなって、闇の中にいる。
- どれだけ恐ろしいことか、考えなくてもわかるでしょう」
- なにも無い闇の中で、一人うずくまるクーを想像した。
- 時間すら止まった無の世界、苦しみさえ感じられない地獄の世界だ。
- 植物のように心を閉ざし、存在を風化させていく。
- 手足の先から侵食する焦燥を感じた。
- 目隠しで針の上に立つような不安定さが、いたずらに心を掻き乱していった。
- (゚、゚トソン「これからどうするつもりなの?」
- 自分で自分に向けたような質問だと思った。
- 太陽と月が空を駆ける度に、この答えを探してきた。
- 58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:10:38.50 ID:A8NqG36E0
- ( ´_ゝメ)「ヴィラデルフィアに行く。勇者とは無関係に、あそこには用事がある。
- クーの呪いを解く方法を探す為でもある」
- この答えに行き着くのはわかっているが、螺旋になって続く自問自答に終わりは無かった。
- (゚、゚トソン「……無いよ」
- ( ´_ゝメ)「……」
- (゚、゚トソン「呪いの解き方なんて、無いの」
- ( _ゝメ)「わかっている」
- もっと言いたいことが、伝えたいことがあったのに、それだけしか言葉にならなかった。
- 悲しいはずなのに、なんの感情も起こらなかった。心の一部が欠損しているみたいだ。
- (゚、゚トソン「呪いは、クーさんの魔力がある限り侵攻を続ける。
- 呪いが解けるのは、魔力が無くなったとき。魔力が無くなったときっていうのは……」
- トソンは言葉をためらい、それ以上は続けなかった。
- 月が雲に隠れ、辺りを青黒い闇が覆った。
- 世界がぎゅっと凝縮されたような圧迫感が、今の心境に相応しく感じた。
- トソンは喋らなかった。俺も喋らなかった。動物の鳴き声が時折聞こえる以外、なにも聞こえない静かな夜だった。
- いつまでそうしていただろうか。
- 月を隠していた雲が流れ、月明かりが再び辺りを穏やかに照らしている。
- 木々の枝の合間から差し込む光の柱を縫って、ツンがこちらに歩いてくるのが見えた。
- 61: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:12:45.13 ID:A8NqG36E0
- *―――*
- ξ゚听)ξ「無理を言って、村を散歩させてもらっている」
- (゚、゚トソン「ええ、別に構いませんよ。ここは魔女の村ですから。目が無くとも見えている」
- トソンの言っていることの意味が、数秒遅れて伝わってきた。
- つまりこの村にいる限り、常に俺たちは監視されている状態であるということだ。
- (゚、゚トソン「あなたたち、いつこの村を発つんですか?」
- 休んでいる暇は無い。クーの体調次第で、明日にでもすぐに発とうと考えていた。
- クーには既に話していることだ。
- ξ゚听)ξ「どうなんだ」
- 答えはとうにわかっているだろうに、ツンはわざわざ俺に尋ねた。
- ( ´_ゝメ)「明日にでも出発したい」
- (゚、゚トソン「そうですか……。ツンさんには、クーさんのことを話しても?」
- ( ´_ゝメ)「ああ。構わない」
- (゚、゚トソン「わかりました。ツンさん、ちょっとこちらに」
- 65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:15:31.84 ID:A8NqG36E0
- トソンはベンチから立ち上がり、テラスから降りていった。
- 別にここで話してもいいと言ったが、女同士でしか話せないこともあると言われ、トソンは少し離れた場所にツンを連れて行った。
- 話を始めた彼女たちの背中を、ぼんやりと見つめていたが、いつの間にかまた空に顔を向けていた。
- パダ山脈を上るにつれて、星の光が強まってきたような気がする。
- 一つ一つは小さな光だが、これだけ数が集まると昼間の空よりも明るい気がする。
- そう時間もかからないうちに、彼女たちの話は終わった。二人がこちらに戻ってくる。
- 彼女たちは並んでテラスを上り、俺の座っているベンチの傍までやってきた。
- (゚、゚トソン「私はもう寝ようと思います。お二人も、あまり遅くならないようにしてください」
- ( ´_ゝメ)「あ、待ってくれ」
- (゚、゚トソン「はい?」
- ( ´_ゝメ)「クーの治療、ありがとう。この恩はいつか必ず返す」
- (゚ー゚トソン「うん……。おやすみなさい」
- ドアを閉めてトソンの姿が消えると、辺りが一瞬の静寂に包まれた。
- ツンは険しい表情をしていた。怒っているようにも見えた。
- ξ゚听)ξ「あの子をここに置いていった方がいい」
- 隣に座るか聞こうとしたところに、ツンが言葉を重ねた。
- 彼女もそんなことを言い出すのではないかと思っていた。
- 今日この台詞を聞いたのは、実は二回目であった。
- 68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:17:56.17 ID:A8NqG36E0
- ( ´_ゝメ)「それは出来ない」
- ξ゚听)ξ「仮にだ。ヴィラデルフィアにあの子を助ける方法があるとしよう。
- 私とおまえが全速力で山を抜ければ、かなり時間が短縮出来る。
- それから呪いを解く方法を探した方が、三人で行くよりよほど助かる確率が高いだろう」
- ( ´_ゝメ)「駄目だ。クーを一人にしておけない」
- ξ゚听)ξ「あの子を連れていって、なんになるんだ。……あの子は助からない。
- わかっているだろう。わかっていたことなんだろう?」
- ( ´_ゝメ)「ああ」
- ξ゚听)ξ「可哀想だとは思わないのか。呪いのかかった体で無理をしてきたんだ。もう楽をさせていいだろう」
- ( ´_ゝメ)「出来ない」
- ξ゚听)ξ「どうしてそんなにむきになるんだ」
- ( ´_ゝメ)「旅を続けることが、俺たちの希望なんだ」
- 無表情だが、いつものツンより迫力があった。自分が正しいという自信を瞳に感じた。
- 実際彼女は正論を言っていると思う。それでも俺は譲れなかった。
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:21:03.18 ID:A8NqG36E0
- ( ´_ゝメ)「俺は勇者で、彼女は魔法使いなんだ。
- 世界を救う旅をしている途中だ。まだ立ち止まる訳にはいかない」
- ξ゚听)ξ「そんなものは茶番だ」
- ( ´_ゝメ)「大根役者でも台詞くらいは覚えられるさ」
- ツンはおさげを揺らし、顔をそむけた。
- 唇が小さく歪んでいる。歯を食いしばっているように見えた。
- ξ )ξ「例え望みのない旅でも、おまえは続けるのか。
- 絶対に手に入らないものを求めて、おまえらは旅を続けるつもりなのか。
- それを幸せだと思っているのか」
- ( ´_ゝメ)「幸せなんてとうに諦めた」
- 俺はただ、
- ( ´_ゝメ)「限られた選択肢の中から、俺たちはこれを選んだ。それだけだ」
- ツンから睨みつけられた。
- 彼女の目からは怒り以上に、悲しみの気配を感じた。
- ξ゚听)ξ「私にはわからない。わかりたくもない」
- 捨て台詞を吐いてツンはテラスを降りていった。
- 大股で遠ざかっていく彼女もまた、優しい人なのだと思った。
- 73: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:23:54.92 ID:A8NqG36E0
- *―――*
- 出発の朝は、クーに揺り起こされて始まった。
- 横になっていたソファーが柔らかすぎたのか、少し腰が痛い。
- 毛布にくるまって床に雑魚寝していた方がよほど寝覚めは良かっただろう。
- ミセリの焼いたパンを食べ、食後のコーヒーを飲み干してから、出発の支度を始めた。
- 朝が弱いのか、トソンが目をこすりながら起きてきたのは、俺たちが家を出る寸前だった。
- トソンとミセリに見送られて家を出た。出るときトソンからクーの呪いを抑える薬をもらった。
- 焼け石に水だけど、と彼女は付け加えたが、抵抗する手段が一切無い今の現状で、このプレゼントは嬉しかった。
- 外では半人前の魔女の生徒たちが、家の前の掃除や飼い犬(見たことのない犬だったので、犬に似ているだけの生き物かもしれない)
- に餌をやったり、ロッドの手入れをしたりしていた。
- 俺たちに話しかけてくる者も多く、今からこの村を出ると告げると、みんな少し寂しそうに別れの言葉をくれた。
- 彼女たちは耳が聞こえないのを承知でクーにも話しかけていた。
- クーは少し困った顔をしつつも、一つ一つの言葉に小さく頷く横顔は、嬉しそうに微笑んでいた。
- 散歩がてらに当てもなく村をさまよっていたが、同じように散歩をしていたらしいツンと出会い、やがて足は村の出口に向いた。
- サイゼリアの出入り口には、けばけばしい色のペンキが塗られてある木の門柱が立っている。
- 雨風にさらされ全体は色あせているが、奇異な外観の柱で、その損傷自体がデザインにも見える。
- バレッタ長老は2本の門柱の間に立っていた。
- 近づくと皺の入った顔を緩ませて、俺たちに笑いかけた。
- 77: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:26:41.75 ID:A8NqG36E0
- 『挨拶も無しに出ていくなんて、無礼だとは思いませんか?』
- 長老が待ち伏せしているかもしれないという不安はあった。
- 逃げるように村から出て行こうとしたのは、昨日彼女から、クーを村に置いていく気は無いかと聞かれていたからだ。
- 穏やかな表情に強引な意志を感じ、心が揺らぎそうになった。
- そうして自分の決定にまだ自信が持てないでいることを知り、昨日はずっとそのことが頭に引っかかっていた。
- ( ´_ゝメ)「すいません。元々俺たちは部外者なので、すぐに出ていった方がいいと思ったんです。
- たしかに挨拶くらいした方が良かったですね」
- 白々しい台詞に、長老はなにも言わなかった。
- 体調はいいか、道具はちゃんと揃っているか、そんな他愛もない会話を交わした。
- 横にいるツンがあさっての方を向き、退屈そうにあくびをしたのがわかった。
- ( ´_ゝメ)「大変お世話になりました。それでは、さようなら」
- 『ええ。お気を付けて』
- 魔女は心を読むことが出来る。
- しかし、心を読ませることまで出来たなんて知らなかった。
- ―――せめて立ち止まらずに歩き続けなさい。星に手を伸ばすようなことであっても、その輝きは受け止められるから
- 長老の横を通り過ぎ、門柱をくぐって村から離れていった。
- 耳に刺したピアスがいつもより重い気がする。このときうずいたのは左目ではなく、左胸の方だった。
- 80: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/07/01(水) 00:28:06.00 ID:A8NqG36E0
- #スーパーノヴァ
- 終わり
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