( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:35:06.03 ID:COSnz/v20

 パダ山脈を全て見渡せる崖にテントを張った。
ここがパダ山脈で最も高い場所であり、世界で一番空に近い場所だ。

 しばらくの間、ここで休もうと決めた。
ツンはなにも言わず、了承してくれた。

 クーの容態は今までで一番最悪最低だ。
ドラゴン相手に魔法を使った日から三日間、高熱によってずっとテントの中でうなされていた。
目を覚ましたあと、視力を完全に無くし、手足の神経が死んでいるのがわかった。

 なにも聞こえない、なにも見えない、深淵の暗闇の中で、彼女はなにを思うのだろう。

 ごめんよ、ごめん。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
あなたを旅に連れ出してしまってごめんなさい。
幸せにしてやれなくてごめんなさい。
謝罪の言葉すら伝えられなくて、ごめんなさい。

 おまえは俺を憎んでいるのかな。ごめん。ごめんよ。
憎しみを伝える方法すら、おまえには残されていないんだ。

 クーの声が聴きたい。なんでもいい。罵倒でもいい。
心細くて死にそうだ。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:36:24.66 ID:COSnz/v20













#25

*――ストロングマシン――*



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:37:46.70 ID:COSnz/v20

 クーの食事は全て流動食にする必要があった。
固形のスープの素があるので、食べられる雑草を切り刻み、スープを作って飲ませる。
肉食で大食いだった彼女の面影はもう無い。

 手が動けば手話が使えるのだが、彼女の手足は血の巡りが無くなり、黒く変色している。
会話などは不可能で、うなり声を聴いてこちらから意志をくみ取るのが精一杯の状態だった。

 無理に動かそうとすると体が痛むらしいので、ずっと寝たきりのままにしておく他無かった。
よだれや痰が喉につまるときがあるので、2時間に一回は喉に指を突っ込んで、とってやらなければならなかった。
用を足すときはスカートと下着を脱がし、尻の下に草を積んだ簡易トイレを敷いて済ませた。
草はいつも血の色で染まった。

 近くに小さな泉(大きな水たまりだろうが)があるので、水の補給には困らなかった。
一日に一回そこから汲んだ水を沸かして、クーの体を拭いてやった。
食べて寝て出すだけの彼女を、少しでも人間らしい姿にしてやりたいという気持ちがあった。
大きなお世話よ、と彼女は言って、俺の肩の辺りを殴るんだ。昔なら。

 全く動けなくなったら、体の肉がますますそげ落ちていった。
目はくぼみ、白くみずみずしかった肌は乾いてかさつき、所々ひび割れていた。

 一番辛かったのは食事をさせるときだった。
体を起こし、スプーンを使って口元にスープを持っていくのだが、二回に一回はむせてスープをはき出すのだ。
苦しいのはわかるが、食べないとますます弱るだけだ。
動けない人間に無理矢理ものを食べさせるというのは、何度やっても慣れなかった。

 もう一週間ほど寝ていないが、とても寝られる心境では無い。
目を瞑ると、自分が暗闇の中に呑まれるようで、眠気が全く起こらないのだ。
夜はツンと交代で見張りをしているが、今モンスターに襲われたら簡単に死んでしまう気がする。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:42:42.38 ID:COSnz/v20

 いっそ殺された方が楽だろうなんて時々考える。
馬鹿な考えだとすぐ否定するのだが、時間が経ったらまた同じことを思うのだ。
肉体より精神の方が衰弱していた。


*―――*


 極細の月が弧を描く夜だった。
岩がむき出しになった地面の上で、どこを見るでもなく膝を抱えて座っていた。
崖の下から山の向こうまで、夜の闇が広がっている。
加護の力を使えばもっとましな景色が見えるだろうが、余計な体力は使いたくなかった。

 自分に近づいてくる足音を察知し、脇に置いていたコテツを握りしめた。
振り返った先、オレンジ色のたき火の向こうにツンがいた。テントの前で、こちらに向かって手招きしている。

 一応見張りという仕事があるが、この辺りにモンスターはいないんじゃないかと思ってきところだった。
手招きに応じ、彼女を追って一緒にテントの中へ入る。
狭いテントの中で、半分を占領して眠っているクーの横に俺たちは腰を下ろした。

ξ゚听)ξ「眠れなくてな。少し話でもしようかと」

 テントの中に集まったのは、クーに異変が起こったとき、二人ともテントの外にいるとまずいからだろう。
火打ち石を使って、ランプに明かりをつけた。穏やかな光がテントの中を包んだ。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:43:39.09 ID:COSnz/v20

ξ゚听)ξ「最近、食べてるか」

( ´_ゝメ)「……ああ。クーよりはな」

ξ゚听)ξ「いざというときに力が出せないようでは困る」

( ´_ゝメ)「すまん」

 クーの髪を撫でた。
閉じた瞼が微かに動いたが、起きているかどうかはわからない。

ξ゚听)ξ「以前にも聞いたが、闇鴉は子供の姿をしていたらしいな」

( ´_ゝメ)「ああ。ほんの10歳くらいの少女に見えた」

ξ゚听)ξ「とても信じられんことだが、あまりにも嘘くさすぎて逆に信じる気になってしまうよ。
      あれだけの殺戮を一人で実行出来るのだから、普通でなくて当然だろうし」

( ´_ゝメ)「ん……ああ。そうだな」

ξ゚听)ξ「十五番隊は、聖騎士団の中では下位兵士が多い部隊だが、決して弱くない。
      特に隊長は武闘大会でも上位に食い込む実力者だった。
      私は今でも、あの夜の出来事を思い返し、寒気を感じる。悪夢の夜だった」

 あの夜とは、ツンが属していた第十五番隊が闇鴉に襲われた夜のことだろう。



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:47:14.52 ID:COSnz/v20

ξ゚听)ξ「おまえは私のこと、強いと思うか?」

( ´_ゝメ)「ひいき無しにそう思うよ」

ξ゚听)ξ「ありがとう。でもな、私は総勢500を越える聖騎士団の中でも、一番弱いんだ。
      聖騎士団に入れたのは、私がか弱い女だからなんだよ」

( ´_ゝメ)「どういうことだ」

ξ゚听)ξ「政策の一つだと聞いたことがあるが、詳しい事情は知らない。
      かいつまんで話すと、神官連のイメージアップの為に私は聖騎士団に入団出来たんだ。
      女でも地位と名誉ある騎士になれると。それで男女平等をアピールしたかったんだろうな」

( ´_ゝメ)「なるほどな」

 ツンが自分のことを特待騎士と紹介したのを思い出した。
あまり気に留めていなかったが、そういう経緯があったのか。

ξ゚听)ξ「私が選ばれたのは、珍しい女の騎士で、そして神官連に対し忠誠を誓っていたからだ。
      でも私はこれをチャンスと考えた。法王様に直接貢献出来るのは、神官と聖騎士団だけだからな。
      そしてただのマスコットとしての騎士ではなく、手柄を立ててちゃんと仕事が出来るのだと認められたかった。
      実際は隊を全滅させられ、戦いに参加しなかった私だけが、生き残った」

( ´_ゝメ)「どうしてその日は闘えなかったんだ?」

ξ゚听)ξ「それは……」



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:48:22.16 ID:COSnz/v20

 口をつぐんだツンは、落ち着き無く視線を這わせた。
「私がか弱い女だからだ」とだけ言い、話を続けた。

ξ゚听)ξ「選ばれた戦士だと思っていたが、この様じゃそれは間違いだったみたいだ」

( ´_ゝメ)「生き残ってラッキーだったと思うしかない。功績はこれから勝ち取ればいい」

ξ゚听)ξ「そうしたいが、聖騎士団にはもう戻れないだろうし、正直先が見えない状態だよ」

 ランプの火が不安定にちらついた。
消え入りそうな火が、か細い光を点滅させた。

ξ゚听)ξ「信じられないことばかりが起こる。
      人生を捧げるつもりで聖騎士団に入団したのに、今ではこうやっておまえと旅をしている。
      いいか悪いかは別として、人生はなにが起こるかわからないものなんだな」

( ´_ゝメ)「予定通りにいく方が珍しいもんだ」

ξ゚听)ξ「今ではそう思うよ」

( ´_ゝメ)「剣術は誰から習ったんだ?」

ξ゚听)ξ「母様が雇った専属の先生がいた。
      ただ教えるのは上手いが、実戦経験が無い人だったから、実力はさほどでも無かったよ。
      聖騎士団に入団してからは、幼なじみによく剣の相手をしてもらった」



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:51:52.84 ID:COSnz/v20

( ´_ゝメ)「おまえの剣の相手が出来るとなると、その幼なじみも聖騎士団のやつか?」

ξ゚听)ξ「そうだ」

 テントの入り口の隙間から、ツンは空を見上げた。
星を見ているのではなく、もっと遠くの光景を見ているような目つきだった。

ξ゚听)ξ「第十五番隊隊長、ブーン。剣聖と言われ、若くして部隊長に昇格した男だ」

 十五番隊ということは―――そういうことなんだろう。
先を聞いていいものか迷ったが、ツンは構わず続けた。

ξ゚听)ξ「小さい頃はよく一緒に遊んでいた。子供らしい遊びもしていたが、剣を使ったチャンバラごっこが一番楽しかったな。
      ブーンは聖騎士団に入るつもりは無いと言っていたが、彼が18歳のとき、強引にスカウトされた形で入団した。
      私は祝杯を上げたよ。素直に嬉しかった。私の勘違いでなければ、彼も嬉しそうにしていた」

( ´_ゝメ)「おまえも一応スカウトで入ったんだろう。聖騎士団は向こうから誘われて入るものなのか?」

ξ゚听)ξ「いや、通常は厳しい入団テストをパスし、適性検査を合格したものだけが入団出来る。
      アカデミーと呼ばれる騎士学校の推薦があれば少し入りやすくなるが、それでも実力で席を勝ち取らなければならない。
      ブーンは例外で、私は例外中の例外だ。違うのは彼が本当に強い騎士だったということ。
      十五番隊ではなく、さらに上位の騎士たちが集う隊に入隊出来る話も上がっていた。
      私と違って彼には栄光の未来があったんだ。もちろん他の隊員にもだ。それらを全て闇鴉は奪った。
      許されるものではない」

 闇鴉の話になると、ツンはいつも熱くなる。
彼女の憎しみは傍にいる俺にも届き、敏感な右の背中がうずくのだ。
今にも黒く染まった翼を羽ばたかせ、闇の中へ飛んでいこうとするように。



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:52:54.46 ID:COSnz/v20

( ´_ゝメ)「ブーンという男は、どんなやつだったんだ?」

ξ゚听)ξ「ブーンは……」

 テントの中を行き来していたツンの視線が、がっちりと俺に向けられた。
ツンがそそくさと目を逸らしたことで、若干気まずい空気になった。

ξ゚听)ξ「お人好しだった」

( ´_ゝメ)「酷いな。優しいって言えばいいのに」

ξ゚听)ξ「他人の為に自分を犠牲にして、それを何でもないように振る舞うやつだったよ。
      とにかく大きなやつだった。計り知れないエネルギーを持っていた。
      一度話しただけで気を許してしまいそうになる雰囲気も持ちあわせていた。
      そして何度も言うように、人並み外れた剣才の持ち主だった。
      今思えば、私は彼に憧れて騎士を目指したんだろう。
      自分の夢だとばかり思っていたが、彼を追うことに夢中だった自分がいた」

( ´_ゝメ)「恋愛感情は無かったのか?」

ξ゚听)ξ「無かった」

 その言葉のときだけ、また俺の目を見返すようにのぞき込んだ。
否定したいのは俺の言葉ではなく、俺の瞳に映っているだろう彼女自身かもしれない。

ξ゚听)ξ「……と思う。今となっては、もうわからない」

( ´_ゝメ)「すまん。喋りすぎた」



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:53:56.73 ID:COSnz/v20

ξ゚听)ξ「いいよ。気持ちの整理はついている。
      少し夜風に当たってくるぞ。テントからは離れないようにする」

 火のついたランプを手に持ち、ツンはテントから出ていった。
ランプの光がツンを追うように外へ逃げていく。テントの中が薄暗い濃紺色の闇に染まった。
思わずクーの手を握った。闇は怖い。見えないというのは、凄く怖い。

 「兄者。強いってなんだろう?」

 少し離れた場所から、テントの壁ごしに声が聞こえた。
ツンにしては抽象的で、具体性の無い質問だった。
彼女はこういう質問に関しては、言うのも答えるのも苦手なはずだ。

( ´_ゝメ)「俺にはわからない。強いやつに訊いてくれ」

 「私は強くなりたい」

( ´_ゝメ)「今よりもか?」

 「どれくらい、とかはわからない。でも、大切なものを護れるくらいに強くなりたい」

 心臓を鷲づかみされた気分だった。
動悸をこらえる為に、服の上から手で胸を押さえつけた。

 「おまえは自分のことを責めて、楽になろうとしている」

 しばらく間が空いてからツンは続けた。
声の方向はこちらを向いていた。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:56:36.66 ID:COSnz/v20

 「全て自分の責任にして、今までの旅を丸ごと否定しようとしている。そうだろ?」

 動悸は依然収まらず、さらに酷くなっていった。
冷や汗が滴り落ちた。頭痛もした。

 「クーちゃんは、おまえと出会えたこと。おまえに出会ってから今までの全てを受け入れていた。
  そしてこれからの運命も覚悟していた。おまえは彼女の苦しみから逃げるつもりなのか?」

( ;´_ゝメ)「おまえになにがわかる……。憎んでいるに決まっているだろ。耳を失った。目を失った。手足を失った。
       奪ったのは俺だ。受け入れられる訳ないだろうが」

 「彼女を信じられないというのか? いや、おまえが疑っているのはおまえ自身だろうな」

( ;´_ゝメ)「へえ……おまえが女である自分を嫌うようにか?」

 「おまえと言い争うつもりは無いよ」

 クーの手を握っている腕に力が入っていた。
慌てて手を離し、クーの手が何ともないか丁寧に調べた。

 「でもな、彼女がおまえを憎んでいるということは絶対に無いよ。むしろ反対だ。
  彼女はおまえのことを全力で愛している」

( ;´_ゝメ)「どうしてそんなことが言えるんだ。女同士だからわかるとでも?」

 「それもあるが、忘れているのか?」



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:57:54.78 ID:COSnz/v20

( ;´_ゝメ)「なにを?」

 「おまえが彼女といて、一度でも左目が反応したことがあるか? 無いだろう。そういうことだ」

 レイジは憎しみに対して反応を起こす。
とっさに左目を押さえた。癒着した傷に触れるだけで、なんの反応も感じなかった。

 反応を起こしたのは右目だった。
石のように丸くした体から、ダムが土石流で決壊するように目から涙があふれ出た。
冷たく凍りついた体が火をつけられたように熱くなってきた。

 クーを想う気持ちは誰にも負けないつもりだった。
実際は、見えていたはずの彼女の気持ちから目を背けていたのだ。

 本当に辛いのは彼女なのに、自分の方が不幸になったみたいに取り乱して。
本当に泣きたいのは彼女なのに、自分ばかりが涙を流して。
こんな救いがたい自分を受け入れてくれた彼女すら否定して、俺はなんの為に旅をしていたんだ。

 強く生きたいと感じた。そして彼女にも生きて欲しいと思った。
諦める手段を探すよりも、一生をかけて彼女を愛そう。
苦しみも悲しみも全てひっつかまえて、同じように愛してしまえばいい。

 「クーちゃんは強いな。私たちでは到底足下にも及ばない。なあ、そうだろ?」

(  _ゝメ)「ああ……」

 「兄者。一緒に強くなろう。さあ、もうすぐ新月だ。モンスターが騒ぎ出す頃だぞ。
  少し休め。眠れなくても目を瞑って横になるだけでいい。見張りは任せておけ」



26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 01:59:20.93 ID:COSnz/v20

(  _ゝメ)「すまん……」

 クーの隣に寄り添って体を寝かせた。
涙はまだ止まらなかった。目を瞑ると、毛嫌いしていた暗闇が視界を覆った。

 闇の向こうから、クーの体温と吐息を感じる。
暗闇が、気がつけば彼女の暖かい気配に満ちていた。
心地よい闇に抱かれて、意識が落ちていった。



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/08/01(土) 02:00:02.88 ID:COSnz/v20


#ストロングマシン

終わり



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