( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:36:58.90 ID:QAymmm7j0
- 旅をしているときに、最も厄介なものとはなんだろうか。
- モンスター。襲われれば命すら落としかねない凶悪な獣たち。これは相当厄介だ。
- 金銭的な問題も大きい。寝床や水、食料の確保から装備の充実まで、全てに金がかかる。
- しかし金などギルドで稼げばいいし、今や撃退出来ないモンスターの方が少ない。
- だからこれらの問題は頭を悩ませるほど厄介という訳ではないのだ。
- 俺が考える、旅で最も厄介なこととは、体が汚れるということである。
- 靴の中には泥が入り込み、髪はぼさぼさ、体は垢でまみれ、常に体臭を嗅いで生活しなきゃいけなくなる。
- 山を越えるとき、俺はいつも宿屋で入る風呂のことを想像している。
- しかし時々温泉を発見することがある。観光地ではない、自然の秘湯だ。
- こんな時だけ神さまありがとうと、いつも愚痴ばかり向ける天上人へそっとお礼を呟くのである。
- ξ*゚听)ξ
- ( ´,_ゝメ)
- 最初は小さな泉だと思ったが、よく見ると微かに湯気が出ていて、それが温泉なんだとわかった。
- 非常に運がいい。なぜなら俺が連れている仲間は、汗臭い戦士でも毛むくじゃらの山男でもない。
- 二十代の女なのだ。
- 6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:38:24.18 ID:QAymmm7j0
- #27
- *――SASHIMA――*
- 7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:41:57.86 ID:QAymmm7j0
- 『覗いたら斬るからな』
- ツンから物騒なことを言われたのは、俺の鼻の下が伸びていたからだろうか。
- ポーカーフェイスには自信があるのだが、女の勘というのは中々侮れないものだ。
- だが断る。俺は勇者としての運命を背負い、男としての本能を携えているのだ。
- 勇者とは、勇気ある者、行動すべき者という意味。
- 悶々とした気持ちを抱えたまま過ごすというのは、精神衛生にも悪い。
- クーとの仲だって、俺が風呂を覗いたから発展した可能性があるんだ。
- いまいち距離感のあるツンとの関係が、この覗きによって縮まるのであれば万々歳ではないか。
- かといってわざとばれるような真似はしない。
- あくまでこっそりと、隠密に、静かに、紳士的にことを運ぶつもりである。
- つまりばれてもばれなくても、どちらに転んでもお互いが満足する結果になるということだ。
- これで覗かないやつは男ではない。いや人間じゃない(俺がまだ人間かどうかは正直けっこう不安だが)。
- それと俺の人格が疑われるのは癪だから一応いい訳をしておこう。
- ツンが裸を見られて本気で落ち込むタイプなら、俺は覗かずに温泉の本来の目的を遂行するだけだ。
- だが男勝りな性格、さばさばした大人の女という感じのツンが、まさか思春期の女学生みたいな反応をする訳が無い。
- せいぜい『なにをやっている!』と一括して剣で斬りつけるくらいだろう。いや斬られたくはないけど。
- とにかくツンの性格を考慮しての行動であるので、俺は何ら悪いことはしていないのだということをご理解頂きたい。
- さて前置きが長くなってしまったが、最後にこれだけは付け加えておこう。
- 犯罪はしてはいけないぞ。
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:45:32.01 ID:QAymmm7j0
- *―――*
- ちゃぽちゃぽという水音と、星の明かりを受ける湯気が、草むらの向こうに見えていた。
- 足下に注意し、四つん這いになって影の中を移動する。
- ツンは自分のことを落ちこぼれと称していたが、それでも一級の騎士であることには変わりない。
- 一瞬の油断が命取りになる。心臓の音さえ聞こえそうなほど集中し、一歩ずつ慎重に近づいていく。
- 距離が縮まるにつれて、果たしてこんなことをやっていいのかという疑心にかられた。
- その度に頭を振って、最初に決心した気持ちを思いだし、また前へ進む。
- 覗きというのは人生に似ている。試行錯誤し、道を探して迂回し、前を目指して突き進む。
- 行き着く先が天国か地獄かわからないまま、希望を夢見て草木をかき分けていく。
- 時には立ち止まって、自分の選択が正しいのか悩む。
- 人によってはそのまま帰ったり、答えを出せないまま歩き出したり、延々と立ちすくんだまま動けなかったり。
- 様々な思惑が自分の頭の中で台風のように駆け巡るのだ。人はそうやって成長していくものである。
- 悪とはなんだ。正義とは。
- 俺にはわからないし、きっと誰にもわからないものだろう。
- 自分が信じる道を選び、悩みながら歩き続けるのが人生であり、結果とか答えとかよりもその道程に
- 示されたものが、そのまま自分の経験になり、力になっていくのだ。
- 最後の茂みの前までやってきた。この向こうにツンがいる。
- 虫の鳴く声、鳥の羽ばたきに混じって、人の出す音が奇妙なほどくっきりと耳に残る。
- ああ、女が風呂に入っているときの音というのは、どうしてこうもロマンティックに響くのだろう。
- 水のしたたる音も、ただのため息も、全てが甘美に思える。
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:50:20.95 ID:QAymmm7j0
- はやる気持ちをおさえ、葉が生い茂る茂みに手を入れた。
- 手に枝葉が突き刺さり、皮膚をまさぐる。なるべく音を立てないようにして、小さな隙間を作った。
- 光の加護をこんな場所で使うのは精霊たちに申し訳無い気持ちになるが、意識は本能的に右目に偏り、
- 暗闇を淡い光が照らしていった。
- ξ*゚听)ξ「………………」
- ( ;´_ゝメ)「!」
- 茂みの間から、ツンの背中と尻が見えた。立ち上がり、太ももを洗っているようだ。
- 引き締まった肉体と、柔らかそうな女性的な肉つきが、アンバランスだが艶めかしく映った。
- だが問題はそこじゃない。
- 背中に大きく刻まれた赤と黒の紋様の異様さが、俺の煩悩を上回った。
- あれはなんなんだ。
- タトゥーのように見えるが、ツンはオシャレで体を傷つけるような女ではない。
- そもそもあんな柄のタトゥーは見たことが無い。
- 外側は、横に平べったく伸ばしたカエデの葉を上下に重ねたようなものが描かれている。
- カエデよりもよほど刺々しく伸びた刃のような形は、攻撃的な輝きが宿っていた。
- その内側にもトゲを突きだしたハリネズミのような物体が描かれており、中心に黒い丸があった。
- なにかを象った紋様かもしれないが、一目見ただけではわからなかった。
- 強いて言えば目。人のものではなく、モンスターの目に近い毒々しい雰囲気を感じた。
- もしかして、サイゼリアで魔女から取り調べがあったとき、時間が長引いたのはこれが原因だったのか。
- 男の俺でさえ身ぐるみを剥がされたのだから、女のツンが身体検査をされなかったとは考えられない。
- 魔女たちが服を脱がそうとしたとき、背中を見られたくないが為に抵抗したのではないだろうか。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:53:39.06 ID:QAymmm7j0
- ではそこまでして見せたくなかったこの背中の意味とは。
- やはり、ツンがずっと隠している神官連に関してに違いない。
- 神官連に関してはわからないが、少なくともツンは悪いやつでは無いはずだ。
- だからこそ今まで隠し事があるというのを見逃していた。
- しかしこの背中を見て黙っていられるほど気は長くない。
- 背中に付けられた紋様、これは俺にもある。
- 巨凶の力、レイジ。ともすれば、ツンにも同じ力が宿っているのではないか。
- 堪えきれず立ち上がった。
- ツンはこちらに背を向けて、濁り湯に体を沈ませている。
- ( ;´_ゝメ)「ツン!」
- ξ゚听)ξ「え?」
- 人でなくなっていく自分、それを体感し続けるというのは気が触れそうになるほど恐怖なことだ。
- 正体不明な力の根源をツンが知っているのなら、今すぐ教えて欲しかった。
- ( ;´_ゝメ)「おまえは……」
- 続く言葉は、ツンの悲鳴によってかき消えてしまった。
- ああ、思春期の女学生は、きっとこんな声を出すに違いない。
- *―――*
- 13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:56:21.57 ID:QAymmm7j0
- 濁り湯に浸かっている間も、殴られた鼻から血が垂れ続けた。
- 白濁した湯にぽつぽつと赤い血が混じっては消えるのを、虚脱気味の頭で眺めていた。
- ツンは怒っていた。
- それはもう血が蒸発して煙が立ち上るんじゃないかというくらい顔を赤くして激怒していた。
- 怒りの中には恥じらいの感情もあったかもしれないが、そんなものを見つける前に殴られ、
- 10メートル以上吹っ飛ばされたので俺にはわからなかった。
- 一体あれはなんだったんだろう。
- 結局訊くことは出来なかったが、もう隠し通せる状態では無いので、いつか教えてくれるかもしれない。
- そうだ、今はそんなことを考えても仕方無いので、とりあえず後回しにしよう。
- とにかく体の汚れを落として、暖かい湯に気持ちを落ち着かせることに専念していればいいのだ。
- ((#)゚_ゝメ)「あぁぁ〜」
- 空を見上げれば星が輝き、耳を澄ませば森の声が聞こえる。
- 美しい自然の恩恵を体全体で受け止められる今を大事にしようじゃないか。
- こうやって美しいものを美しいと感じることが出来るのは、俺がまだ人間であるという証なのだから。
- ああちくしょう。覗いた後じゃなかったら今の言葉格好良かったんだけどな……。
- 14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/13(火) 02:57:04.07 ID:QAymmm7j0
- #SASHIMA
- 終わり
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