( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:06:27.47 ID:RLnFRv740

 月が出ていない限り、夜の暗闇は街のそれとは比べものにならないほど濃いものとなる。
足下さえおぼつかない山の闇夜で移動するのは至難の業だ。
ただしそれは一般常識の話で、光の加護を受けている俺は星の明かりさえあれば充分に見ることが出来る。

 ツンは加護こそ受けているが、聖なる加護のみなので目に関する特殊な能力を持っていない。
なので夜営するのに適した場所が見つからないときは、俺がツンを背負って移動することにしていた。
最初は大反対された(騎士が子供の真似なんか出来るか、という理由だ)が、近頃は抵抗なく背負わせてくれる。

 この日の夜も、目が見えないツンを背負って夜の闇を駆けていた。細いクヌの木を避けて進む。
湿った枯れ葉が積もっている山の斜面を下りながら適当な休憩地を探すが、なかなか見つからない。

( ´_ゝメ)「え?」

ξ゚听)ξ「どうした?」

 ひょっとすると一晩中走り回らないといけないんじゃないかと思ってきた頃に、それは聞こえた。
泣きじゃくる幼い子供の声だった。気のせいかと思って立ち止まってみるが、声は止まらない。
聞こえてくる方角がわかるくらいはっきりした泣き声だった。

ξ;゚听)ξ「どうしたんだ。モンスターか?」

( ´_ゝメ)「いや……」

 ツンには聞こえていないらしい。ということは、お化けか妖術の類か……。
俺の一番苦手な分野だな。ツンと一緒じゃなかったら泣いていたかもしれない。



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:07:18.88 ID:RLnFRv740













#29

*――最果ての村――*



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:09:07.42 ID:RLnFRv740

 ツンに事情を説明すると、肩に置かれている手が途端に震えだした。
彼女は俺以上に幽霊などの類に弱いらしい。いくら騎士でも剣で斬れなければ闘えないしな。

ξ;゚听)ξ「どうする。子供の泣き声であれば、すぐに駆けつけたいが」

( ´_ゝメ)「問題は生きている子供かどうかってところだな」

ξ;゚听)ξ「冗談でもそういうことを言うのはやめろ!」

( ´_ゝメ)「すまん。しかし本当に聞こえないのか?」

ξ;゚听)ξ「聞こえないものは仕方が無い。私は霊感が無い方でな」

 ツンの口から霊感という言葉が出て、吹き出しそうになった。
どうやら彼女は幽霊肯定派らしい。現実主義だと思っていたから妙な親近感が沸いた。
そしてこういう得体の知れない恐怖を感じたとき、自分より怖がっている者が身近にいると、逆に安心するのだということもわかった。

( ´_ゝメ)「俺は行ってみようと思う。本当に子供が泣いていれば、見過ごす訳にはいかん」

ξ;゚听)ξ「そうか。まあ、そうだな。しかし本当に聞こえないぞ。
       実際は聞こえないけど聞こえているふりをして、私を怖がらそうとしているんじゃないのか?」

( ´_ゝメ)「そうだったら話は簡単なんだが」

 声のする方角を探りながら、斜面を斜めに突っ切っていった。
肩に置かれていた手は徐々に前に伸びてきて、いつの間にか抱きつかれている体勢になった。
闇鴉にけんかを売ろうとしている人間が、こんなことで大丈夫なのだろうか。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:12:56.26 ID:RLnFRv740

*―――*


 斜面を下りきると、黒い腐葉土の地面になった。
クヌの木は無くなってきたが、今度はトゲのある葉が生えていて行く手を阻んだ。
多少体が傷つく覚悟をして突っ切る。

 声は徐々に大きくなっていった。
相変わらずツンには聞こえないらしいが、確実に声の主には近づいていた。

 冷たく湿った空気が肌寒い。
凍えるというほどではないが、早く火をおこして暖を取りたかった。
背負っているツンがいい具合に暖かいのが救いだ。

ξ゚听)ξ「なんか、寒いな」

 今夜は確かにいつもより気温が低い感じがする。
肌に突き刺さるような寒さではなく、芯から凍らしていく冷気を浴びているような、不思議な感覚だ。
ひょっとすると冷気ではなく、霊気なのかもしれない。ツンの手前、口に出すのはやめておこう。

 お互い無言のまま、声に向かってひたすら歩いた。
すでに声が聞こえてから1時間近く経っている。それでもまだ声の主の気配は無い。

 何度かツンに「引き返そう」と遠回しに言われたが、ここまで来たら行けるところまで行きたくなるのが人の性だ。
ツンの提案をやんわり否定しながら、ただ歩き続けた。



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:15:47.31 ID:RLnFRv740

 それからさらに1時間が経ったとき、空にどっしりと構えていた雲が移動したことで、隠れていた月が姿を現した。
木々の間を縫って差し込む月明かりが、まるで道を示すようにおぼろげに森を照らした。
ツンを背中から降ろし、二人でその道を歩いた。先になにがあるかわからないのに、俺たちの足取りには一種の確信があった。

 導かれた先に、木々の無い開けた空間があるのを見つける。
雑草が少なく、誰かが整備した跡のようなものが伺える。畑の名残も見つけた。
加工した木の板や、なにかの材料らしき石も転がっている。

ξ゚听)ξ「村だったんだ。ここ」

 いつの間にか、泣き声が聞こえなくなっていた。


*―――*


 平らな場所を少し掃除してから、そこにテントを張った。
周りに視界を遮るものが無いので、モンスターからふいに襲撃されるようなことは無いだろう。
木の板を集めて、たき火をおこした。火を囲んで暖かいスープを飲みながら、ツンとこの場所について話した。

 誰が住んでいたのか。どうして廃墟になったのか。
そもそもこんな場所にどうして村を作ろうと思ったのか。

ξ゚听)ξ「サイゼリアのような魔女の村があったのかもしれない」

( ´_ゝメ)「一応聞いた話では、パダ山脈にある人の集落というのはサイゼリアだけらしい。
      デルタのような者が他にもいる可能性はあるが、こんなに大きい村はあり得ないだろう。
      それも道から外れたこんなへんぴな場所に」



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:18:27.56 ID:RLnFRv740

 考えれば考えるほどおかしな村だ。
もしも村が生きたまま残っていたら、今までの旅の中で一番奇妙な思い出が作れたかもしれない。

( ´_ゝメ)「おかしなことはもっとある。この村は割と最近廃墟になったはずだ」

ξ゚听)ξ「そうだな。整備されていないにも関わらず、雑草があまり伸びていない」

( ´_ゝメ)「それなのに家の跡が残っていないというのはどういうことだ」

ξ゚听)ξ「誰かが跡形もなく取り壊したんだろう」

( ´_ゝメ)「何の為に?」

ξ゚听)ξ「……見つけて欲しくないから、かな。この村の存在を知られたくなかった誰かがいるんだろう。
      村の住人自体がそうやって、自分たちの村を壊していったのかも」

( ´_ゝメ)「それはどうかな。これを見ろ」

 さっき拾った木の板の一枚をツンに渡した。
彼女はたき火の明かりに板を照らしながら、まんべんなく板を眺め、やがて険しい表情になった。

ξ゚听)ξ「掻きむしった跡か?」

( ´_ゝメ)「ああ」

 木の板はおそらく家の一部だろう。壁か、床かわからないが、板には爪で引っ掻いた跡があった。
誰かが木の板が削れるほど強く引っ掻いたのだ。この村の終焉について不穏な気配を感じる。



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:20:51.73 ID:RLnFRv740

ξ゚听)ξ「この村は神官連で調べてみることにしよう。
      私たちの情報網があれば、なにかわかるかもしれない」

( ´_ゝメ)「そうしてくれ。どうも嫌な予感がするんだ」

 消滅した村には、空虚な感情と、もう一つ、高密度で充満している感情があった。
ツンを心配させないように黙っていたが、左目が痛いくらいにうずいているのだ。

 村に渦巻いていたのは憎しみ。
どす黒い負の感情が描き出す烈火の憤怒だ。

ξ゚听)ξ「この村に住んでいた者は、こんなに大きな月を見ていたのだな」

 ツンの瞳の中で、月が邪悪に揺らいだ。
地面に置いたカップから立ち上るスープの湯気が、宙で滲んでは消えていく。
風のない夜は、久しぶりだった。



22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:22:51.96 ID:RLnFRv740


#最果ての村

終わり



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