( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:24:35.12 ID:RLnFRv740
- 子供の頃、意味もわからず憧れていたものなど誰にでもあるだろう。
- 俺の妹は魔法使いに憧れていて、よくほうきにまたがって空を飛ぶ練習をしていた。
- 弟は剣士。やつがまだ幼かったとき、ほうきを持って素振りをする姿をよく見ていた。
- 姉さんはたしか、理容師だったか。ほうきの毛先をはさみで切っていたのは、理容師の練習をしていたのだろう。
- 俺の家族はほうきが好きらしい。
- ただし理想と現実は異なる。
- 魔法使いというのは才能と努力と環境が必要であり、一般人がなろうと思ってなれるもんじゃない。
- 剣士はなろうと思えば誰でもなれるが、せいぜい僻地の警備兵になるのが関の山だ。憧れとはほど遠い。
- 理容師は一番現実的といえる職業だが、姉さんは大人になるにつれて他のものに目がいくようになり、
- いつの間にか理容師のことは口にも出さなくなっていた。
- 子供の頃にだけ見られる夢というものを、人それぞれが持ち、それを捨てることで大人になっていくのかもしれない。
- 夢を持ち続ける大人というのも、俺はいいと思うけどな。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:26:26.06 ID:RLnFRv740
- #30
- *――ダムドジャスティス――*
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:30:52.85 ID:RLnFRv740
- 残り数日で山のふもとまで出られるというところまで来ていた俺たちは、岩だなの上で休憩を取っていた。
- 快晴の空の下、遠くまで見渡せることが出来る切り立った崖の上で、他愛もない雑談をしていたとき、
- 俺の不用意な一言がツンの心の奥底にしまわれていた夢をすくい上げてしまった。
- 『魔法みたいな技を使えれば戦いが楽なんだがな。一撃で仕留められるような必殺技とか』
- 言葉に深い意味など無かった。そういう技を持っていればいいな、という淡い願望である。
- ξ*゚听)ξ「必殺技か。確かにそういうのがあると格好いいよな」
- 別に格好いいから使いたいなどと言った訳では無い。
- しかしツンのきらきらした瞳が訂正する余裕を与えてくれなかった。
- ξ*゚听)ξ「私もな、一時そういうものを使いたいと思っていた頃があって、色々と考えたんだ」
- ( ´_ゝメ)「そうか。どんなやつだ?」
- ξ*゚听)ξ「見せてやろう」
- 鞘から剣を引き抜いたツンは、今まで見せたことのない活き活きした表情をしていた。
- ξ゚听)ξ「まずはこれ」
- 両手で持った剣を斜め上に構えて、片方の握り手を素早く逆手にする。
- そこから振り下ろすのではなく、逆方向、自分の背中の方へ剣を回し一回転させて、下方から振り抜いた。
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:34:13.00 ID:RLnFRv740
- ξ*゚听)ξ「どうだ? 振り下ろすと見せかけて下から斬り上げる技だ」
- ( ´_ゝメ)「ほう。なるほど」
- フェイントの効果を狙っているようだが、動作に無駄がありすぎる。
- これならいっそのこと剣を止めたまま足で蹴った方がいい。
- ξ*゚听)ξ「今の技は昇天霞返し(しょうてんかすみがえし)という名前だ」
- ( ´_ゝメ)「おまえが考えた技なんだよな?」
- ξ゚听)ξ「もちろん。次にこれ」
- 次に見せてきたのは、横一文字に軽く剣を振るってから、振り切るよりもまえに体を剣の軌道の逆方向によじり、
- 同じ軌道を今度は逆戻りにもう一度斬るという技だった。
- 馬鹿力と体の柔らかさ、瞬発力が必要になる高等テクニックだが、剣のプロ相手には通用しそうにない技だ。
- 一撃目と二撃目の間にどうしても隙が生じてしまう。
- 戦闘では零コンマの先にある時間で生死が決まるのだ。この技を実践で使う勇気は無い。
- ξ*゚听)ξ「今のは鶺鴒双斬(せきれいそうざん)と名付けた。鶺鴒はわかるか?」
- ( ´_ゝメ)「鳥だろ。鳥のように俊敏に斬る、という感じか?」
- ξ*゚听)ξ「まあそういう感じだ」
- 34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:37:16.47 ID:RLnFRv740
- ( ´_ゝメ)「名前を付けるのが好きらしいな」
- ξ゚听)ξ「名前が無いと、斬るとき叫べないじゃないか」
- ( ´_ゝメ)「叫ぶ? 必殺技の名前を叫ぶつもりなのか?」
- ξ゚听)ξ「当たり前だろう。必殺技なんだから」
- ( ´_ゝメ)「しかし、戦闘中だぞ。余計なことを喋る暇があるのか」
- ξ゚听)ξ「名前を言わないと敵が必殺技かどうかわかってくれないだろう。
- それに名前を言う方が格好いいじゃないか。だから言うものなんだよ」
- 顔は真剣そのものだ。冗談で言っている訳では無いらしい。
- 敵に必殺技の名前を教えてどうするんだとか、格好良さがどういう風に戦闘に関わってくるんだとか、
- 考えるだけ無駄だろう。教えたいから教えるんだし、格好いいから格好いいんだ。それ以上の理由は無さそうだ。
- 岩だなに座り直し、組んだ足の上に肘と顎を乗せて、次々に技を繰り出す彼女を見守り続けた。
- たまに褒めてやったり、動作の意味を尋ねたり、名前の由来を聞いてやるだけで彼女はとても嬉しそうにする。
- 昔はよくチャンバラごっこをしていたとツンは言っていたが、その頃に編み出した技なのだろうか。
- 剣技というにはあまりにも稚拙で、見た目だけしか考えていないような技も数多くあった。
- これらの中で実践で使えた技はいくつあるのだろう。1つも無いかもしれない。
- 少なくとも俺といたとき、戦闘で彼女が必殺技の名前を叫んだことは無い。
- 35: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:42:19.85 ID:RLnFRv740
- ξ*゚听)ξ「どうだ。覚えたい技があったら教えるが」
- ( ´_ゝメ)「俺は我流でしか剣を振るえないんだ。悪いな」
- ξ゚听)ξ「残念だ」
- 教えられなかったことが少し不満そうだが、思う存分剣を振ったことで旅のストレスが抜けたらしく、頬が緩んでいた。
- 鞘の口を握り、剣をしまおうとした直後、ツンは思い出したようにもう一度剣を構えた。
- ξ゚听)ξ「聖騎士団の中だけに伝わる技があるんだ。一応それも見せておこう」
- ( ´_ゝメ)「俺なんかに見せていいのか?」
- ξ゚听)ξ「大丈夫だ。この技は別に秘密にしているものではない。
- 演武などで公開している技だ。秘伝ではないのは、加護を受けた者しか使えない技だからだ」
- 辺りを一瞥し、人の大きさくらいに突きだした岩に目を留めると、ツンは岩の前に移動した。
- 剣身を岩に当てたまま、腰を落として構える。最初から剣が相手に触れている状態から斬る技なのだろうか。
- 空気がぴんと張り詰めた。
- ツンの扱うロングソードが、辺りの空間を巻き込んでぎゅっと凝縮したような感覚を覚えた。
- 彼女の体躯の割に大きめの剣が、このとき彼女の体の一部になったような錯覚さえ見えた。
- 彼女との距離は近くないのに、剣を鼻先に突きつけられているような圧迫感が立ちこめる。
- 精神集中の為の時間はもう少しだけ続いた。
- 右目の力を発動させて、なにも見逃すまいと気合いを入れた。
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:45:45.23 ID:RLnFRv740
- ところが意外なほど必殺技はあっさりとしていた。
- 剣身を岩に当てた状態から、ただ振り切ったようにしか見えなかった。
- ( ´_ゝメ)「……おお!」
- ただし威力は凄まじかった。岩は大小のかけらを散らし、上半分が完全に粉砕された。
- ツンは振り切った体勢のまま肩で呼吸をしている。今のたった一撃にかなりの体力を消費したらしい。
- ( ´_ゝメ)「ツン、凄いな。今のはどうやってやったんだ?
- 全力でたたき割っても今のような壊れ方はしない。
- まるで爆発したみたいだった。今のは本物の必殺技だ」
- ξ;゚听)ξ「ありがとう。理論は簡単だ。加護の力を体から剣に移して斬るだけだ」
- ( ´_ゝメ)「それだけでいいのか。だったら俺にも使えそうだ」
- ξ;゚听)ξ「馬鹿を言え。肉体の中ではなく、物質に力を移動させるんだ。
- それだけで1年の鍛錬が必要になる。
- さらにインパクトの瞬間に力を移さなければいけないから、タイミングが死ぬほど難しい。
- 今のように最初から剣を当てていれば別だが、実践では難度が高すぎて使い物にならない。
- これを実践で使える者は、私の知る限りでは3人しかいない。500人以上いる聖騎士団の中でたったの3人だ」
- 腰に差している鞘からコテツを引き抜いた。
- 片手で握って意識を集中してみる。しかし力の移動というのがまずイメージ出来ず、すぐに諦めた。
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:49:16.45 ID:RLnFRv740
- ( ´_ゝメ)「この技の名前は?」
- ξ゚听)ξ「聖交差法・二の太刀というのが正式な名前だ。かっこ悪いだろ?」
- ツンは続けて「もっと格好いい名前にすればいいのに」とぼやいた。
- ( ´_ゝメ)「いつか俺にも使えるようになるかな」
- 自分で言った何気ない言葉に、ぞっとした。
- この技を使わなくてはいけない敵というのは、どういうやつなんだろう。
- もしも人間相手に使えば、体がバラバラに吹き飛んでしまう威力だ。
- ξ゚听)ξ「さあ……わからない。使わなくていいなら、使わないにこしたことは無い気がするよ。
- 大いなる力には、相応の覚悟と責任が伴うものだからな」
- 俺が持っているのはほうきではなく、殺傷する為に作られた武器だ。
- 必殺技とは、当たれば確実に死ぬ技という意味。命を奪うやりとりに、感覚が鈍くなっているのだろうか。
- ( ´_ゝメ)「俺は、ツンの考えた技の方が好きだな」
- ξ*゚听)ξ「そ、そうか? ありがとうな。考えたかいがある」
- 必殺技の名前を叫びながら、ほうきで叩き合うくらいが俺には似合ってる。
- 子供の頃は、剣を持って旅をするなんて考えてもいなかったのに。
- いつの間にか戦いが当たり前になり、命の瀬戸際が日常になっていた。
- 40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:54:59.55 ID:RLnFRv740
- 過去に戻りたいとは思わない。しかし、未来に望むものがあるとも思えない。
- 今俺が置かれている立場が、急に際どいものに思えてきて、不安に動悸が速くなった。
- コテツを鞘にしまった。
- 近くの岩山を駆け上り、360度見渡せる岩山のてっぺんから、ぐるりと山を見渡した。
- この山で、ツンにウサギの美味しさを教えた。クーの過去を知った。不思議な男と出会った。
- 若い魔女たちと一夜を過ごした。襲撃者と闘った。凶悪なモンスターと闘った。ツンの裸を見た。この世で一番大切なものを失った。
- もうすぐ山を下りる。
- また人間社会に戻るのだ。
- 両手を広げて空を抱き留めた。
- 太陽が光と熱で抱き締め返してくれた。
- 風が踊っている。
- 草原が波打ち、草木が宙を掻いている。
- 雲を塗りつけた空を、鳥たちが泳ぐ。
- ( ´_ゝメ)「ツン。俺は生きている。問題はあるか」
- ξ゚听)ξ「無いな。安心しろ。全てがうまくいっている」
- 途端にわくわくしてきた。
- 地平線の向こうでなにが待ち構えていようと、ほうきで返り討ちにしてやる。
- 俺は、勇者じゃない。
- 俺は兄者だ。
- 41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 01:56:07.73 ID:RLnFRv740
- #ダムドジャスティス
- 終わり
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