( ´_ゝ`)パラドックスが笑うようです

3: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 18:48:53 ID:w9PBzvmw0

 ガスマスクをしていても、よくわかった。
焦げ付いた肉の臭いと、乾ききっていない血の蒸気が混ざった、ヘドロのような空気が立ちこめている。
頭にこびりついて離れない、あの夜の死の臭い、闇の気配、今またすぐ傍に感じる。

 濃厚な砂嵐の向こうで聞こえる断末魔の悲鳴に、心臓が縮み上がり、足がすくんだ。
恐怖で小便が漏れそうになるのと同時に、驚喜で笑みを堪えきれなかった。
死に対する拒絶感と、生き死にの境界で感じる悦楽が、胸の内で形にならずに漂う不快な感覚を覚える。

( ;´_ゝメ)「おい、誰かいないのか……! 返事をしろ!」

 ガスマスクのせいで視界が狭まっていたが、砂嵐が一瞬だけ薄くなった瞬間に、状況は把握できた。
手足をねじ切られた死体が重なるようにして転がっている。
俺のすぐ足下にも、皮膚が黒く変色し、仰向けなのか、うつぶせなのかわからない死体があった。

 血だまりと飛び散った肉片の上に、砂嵐が黒く覆い被さる。
命がゴミになり、風化していく様子が目に見えてわかった。

 ここは地獄だ。
光の一切届かない、地の底にある吹きだまりのような場所だ。

 「愛おしい。兄者。愛おしいよ」

 吹きすさぶ嵐の雑音に、やつの声が混じった。
今日は旅立ちの日だったはずなのに、感じるもの全てに終わりの予感を覚えた。



4: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 18:50:27 ID:w9PBzvmw0













#35

*――ねじれの星――*



.



5: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 18:55:21 ID:w9PBzvmw0

 【大神殿】
 -六日目-

 神官についていき、エントランスホールまでやってきた。
近づくにつれて、若い女の声がはっきりと耳に届くようになる。

 入口の傍で、数人の兵士に囲まれながらも、小さな手足を振り回して抵抗するメイド服の女が見えた。
顔に見覚えがある。あれは確か、ツンの家のメイドのヒートだ。

 左右の腕を兵士につかまれ、身動きを封じられている姿は、本人としてはせっぱ詰まっている状況なのだろうが、
見ている分には笑えなくもないやり取りに見える。

( ´_ゝメ)「すまない、知り合いだ。その手を離してもらえないか」

 こちらを振り返った兵士たちの間から、恐る恐る顔を出したヒートは、俺のことを見つけるとぱっと表情を明るくした。

ノハ*゚听)「勇者様!」

ノハ#゚听)「ほら言ったじゃないですか! 私は勇者様の知り合いなんです! 早く手を離しなさい!」

 数人の兵士は、ヒートと俺を交互に見渡して、それから手を離した。
彼らは聖騎士団ではなく、大神殿の警護兵のようだ。聖騎士団特有の“凄み”が感じられない。

( ´_ゝメ)「どうしたんだ、一体」

ノハ;゚听)「それが、ツン様のご様子がおかしくて。何があったのかも教えてくれなくて……!!
      勇者様なら、何かご存じじゃないかと思って、その……」



6: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 18:58:07 ID:w9PBzvmw0

 ツンとは気まずい別れ方をしてから会っていなかった。
様子のおかしい理由が俺にあるのなら何とかしてやりたいが、軟禁状態の今ではそれも難しい。

( ´_ゝメ)「俺にはわからない」

ノパ听)「そうですか……」

( ´_ゝメ)「わざわざ来てもらったのに悪いな」

ノハ;゚听)「勇者様。大きなお世話というか、出過ぎた真似だとは思うのですけど……」

( ´_ゝメ)「なんだ?」

ノハ;゚听)「別にその、理由とかは特に無くて。強いて言えば女の勘というか。
      万が一というのがあるかもしれないし、あの、でもなんて言えばいいのか」

 「探しましたよ。兄者くん」

 少々しわがれた、しかし芯の通った声が聞こえた。
紺色のローブに身を包んだ鴨志田が、吹き抜けの二階から降りてくるのが見えた。


*―――*



7: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:02:25 ID:w9PBzvmw0

 彼の後ろには、ふてくされた顔をしているフォックスもいた。
以前会ったときよりよそよそしいのは、外部の人間が傍にいるからだろうか。

( ´_ゝメ)「俺に用ですか?」

(‘_L’)「ええ。探している例の女性についてと、外出許可についてです」

( ´_ゝメ)「外に出てもいいのか? というか、居場所はわかったんだな」

(‘_L’)「特別に一度だけ。その女性と会うこと以外は、やはり謹んでもらいますが」

 頭に浮かんだロマネスクの疲れた顔に、ねぎらいの言葉を心の中でつぶやいた。

( ´_ゝメ)「十分だ。ありがとう。難しい注文だったろうに」

(‘_L’)「いえ、数分で済みましたよ。名だけとはいえ、私も三賢者の一人です。
    ちなみにいつ外出されますか? こちらとしては早い方が何かと都合がいい」

( ´_ゝメ)「なら今日行きたい」

(‘_L’)「そう仰ると思って付き人も連れてきました」

 鴨志田の目線の先にはフォックスがいた。
いつも以上に不機嫌そうだったのは、こういうことだったのか。

 目が合うと、フォックスは露骨に舌打ちをし、文句を飲み込むように口をへの字にしぼった。
彼の様子を見て、鴨志田が小さくため息をついたが、フォックスは気がつかなかったようだ。



8: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:10:15 ID:w9PBzvmw0

(‘_L’)「そちらの女性はお知り合いのようですが、用件は済んだのでしょうか?」

ノハ;゚听)「うあ、はい! お騒がせしました……」

 鴨志田はさっきまでの騒ぎを知っているのだ。
ヒートを見つめる表情に、彼女を咎めるような感情が少なからず見えた。

( ´_ゝメ)「鴨志田さん。誰かに頼んで、彼女を家まで……」

ノパ听)「いえ、私のことはお気になさらず! でも、一つだけお願いがあります」

 真剣な目つきだった。

ノパ听)「ツン様のこと、よろしくお願いします。
     たぶん、あなたじゃないと駄目なんだと思います」

 買いかぶり過ぎじゃないかと思ったが、ここで謙遜しても意味がないので、無言のまま頷いた。
ヒートは深々とお辞儀してから、小さな体を揺らし、小走りで駆けていった。

 あまりにもいろんなことが起こっている中で、本当に大切にしなければならないものに気が回らなかった。
ツンは強いから大丈夫と、無意識のうちに軽く考えている節もあった。

 俺たちはお互い、ぎりぎりの場所で生きながらえていた者同士だ。
離ればなれになった今、壊れ始めているものがあるのかもしれない。

爪'−`)y‐「おい、さっさと行くぞ。日が暮れるまえに帰るんだからな」

 双剣使いは今日も愛想が無い。



10: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:15:39 ID:w9PBzvmw0

( ´_ゝメ)「俺もそのつもりだ。案内してくれ」

爪'−`)y‐「場所はサウスピリオドのリナロードってとこだ。
      まあ知らねえだろうな。けっこう遠いから馬車を使うぜ。もう手配してある」

(‘_L’)「フォックス。勇者様には敬語を使いなさい。失礼ですよ」

 鴨志田はわざとフォックスを怒らせようとしているようにも見えた。
実際のところ、鴨志田の小言を無視して歩き出したフォックスは、いつ爆発するかわからない火薬のようだ。

 たとえば不意にレイジの状態になり、俺がフォックスを殺してしまったらどうなるのだろう。
神官連は俺のことを始末するに値する理由を得ることになり、聖騎士団の精鋭たちによって俺は抹殺されるのだろうか。

 ふと先日の、電気王の襲撃を思い出し、首筋が冷たくなった。
もしかすると彼は自分の身を犠牲にし、俺がここにいる危険性を皆に伝えようとしたのではないだろうか。
あのとき剣を持っていたら、振り向きざまに彼を斬り捨てていたかもしれない。

 電気王の襲撃は、神官連を分かつ二つの派閥、俺を擁護する派と、そうでない派の論争に対して、
何らかの実証を投げかけるための襲撃だったと考えることができる。
それが本当だとすれば、今の神官連に立ちこめる疑惑と争乱の根源は、想像以上に根深いものなのだろう。

 全ては闇鴉から始まっている。
闇鴉が何者かさえわかれば、様々な疑問が融解するように思えた。

爪'−`)y‐「おい、早く来い。勇者、さ、ま」

( ´_ゝメ)「剣を返しに行くんだ。一旦部屋に戻って、剣を取ってくる」

 謎を謎のまま、保留してしまう癖がついてしまわないか、少し心配になってきた。



11: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:19:52 ID:w9PBzvmw0

*―――*


 通りを南下していくと、徐々に建物が古く、粗末な造りになっていった。
どうやらフィラデルフィアの南部は貧民街のようだ。
その中でも、サウスピリオドという地区はとりわけ貧窮した者であふれかえっていた。

 ストリートチルドレンが短くなった煙草を分け合い、浅黒い顔を無表情に凍らせている。
動く気力の無い者は壁にもたれて、ただ時が過ぎるのをじっと待っているように見えた。
神官連の神官らしき男がパンを配っていたが、それを受け取る気力すら無い者も多い。

( ´_ゝメ)「ヴィラデルフィアにもスラムがあるんだな」

爪'−`)y‐「当たり前だ。これだけ人がいれば、上も下もできる」

( ´_ゝメ)「神官連が何とかしないのか?」

爪'−`)y‐「これでも昔よりマシんなったんだよ。俺だって、三日三晩食べられないことも……」

 馬車の中から窓の外を見ていたフォックスが、しまったという顔つきで一瞬俺に目を向けた。
すぐに表情を戻し、また視線を窓の外に向ける。

爪'−`)y‐「これが自然なんだ。自然のままが一番だ」

( ´_ゝメ)「まあ……そうだな」



12: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:21:47 ID:w9PBzvmw0

 フォックスのことはあまり知らない。
訊いてもどうせ教えてはくれないだろうから、興味も持たないようにしている。

 けれども口を閉ざし、神妙な顔つきで何か考え事をしているフォックスの横顔が、少し気になった。
理屈ではないし、勘とも違うのだが、この男との付き合いは、長くなる気がした。


*―――*


 リナロード通りで馬車を降り、フォックスの先導でジャンヌの家にたどり着いた。
日に焼けた石灰石の壁を、木材で無理矢理補強した家屋だった。

 中から子供の声が聞こえた。
コテツを握りしめ、目線でフォックスに合図してから、木造のドアを数度ノックした。
はじめは反応が無かったか、二度、三度ノックを繰り返すと、中から張りのある女性の声がした後、ドアが開いた。

ノリ, ^ー^)li 「誰だい? こう見えても暇じゃないんだけど」

 中から出てきた還暦を目前に控えたぐらいの年齢に見える女性は、見た目に反して若い声を発した。

( ´_ゝメ)「ジャンヌさんですか?」

ノリ, ^ー^)li 「そうだけど……」

( ´_ゝメ)「エクストという名前の息子さんが、おられませんでしたか?」



13: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:23:55 ID:w9PBzvmw0

 ジャンヌは全く表情を変えなかった。
変えたくても変えられなかったのかもしれない。

ノリ, ^ー^)li 「中で話してくれるかい」

( ´_ゝメ)「えっと……」

爪'−`)y‐「いいぜ。だが俺も行くからな」

 「入りな。水くらいなら出すさ」そう言って中へ戻っていったジャンヌを追って、家の中へ入った。
彼女の家族らしき男女と、数人の子供たちが、こちらをじっと見ている。
彼らの中には、鮮やかな金髪の者が数人混じっていた。死に際しか覚えていない男の顔が、頭にちらついた。


*―――*


 足が折れかけのテーブルで、俺たちと彼女は向かい合っていた。
それぞれ目の前に、水の注がれたコップが置かれている。

ノリ, ^ー^)li 「手のかからない子だったよ」

 事の顛末を話し終えるのに、数分もかからなかった。
それはそうだ。何せ俺とエクストは別に友人でも何でもなく、ただ彼の遺言を預かっただけのつながりなのだから。
彼のことよりも、むしろ自分のことを説明する方に手間がかかったくらいだ。

ノリ, ^ー^)li「何でもかんでも、自分でやりたがるんだ」



14: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:26:03 ID:w9PBzvmw0

 全てを話し終えると、彼女は静かにエクストの事を語り始めた。
手元にあるコテツを渡せたらすぐに帰ろうと思っていたが、フォックスが何も言わないので、素直に彼女の話に耳を傾けた。

 エクストは母親想いで、自立心と腕っ節の強い男だったそうだ。
成人するよりも先に家を出て、用心棒として金を稼ぐ旅をしていた。

ノリ, ^ー^)li「何となく、いつかこうなるとは思ってたんだけどね。魔王が復活した今、旅は昔より危険になったし。
       勇者のあんたなら、わかるだろう」

( ´_ゝメ)「ええ。まあ」

ノリ, ^ー^)li「あの子は最後に、何を言っていたんだい」

( ´_ゝメ)「あなたの手料理が食べたかったと」

ノリ, ^ー^)li「私の手料理? 何か、あったかねえ。特別なものなんて、作れなかったけど」

 ジャンヌはコップを手に取り、一口水を含んでから、わざとらしくため息をついた。
虚空を見上げて目を細めている仕草は、昔を思い出しているような、懐かしんでいるような、そんな表情に見えた。

ノリ, ^ー^)li「死んだんだね……本当に」

 コップを持つ手が震えている。
表情は最初に会った時から、ずっと変わらないままだ。
おそらくずっと、泣き続けているのだ。だから表情が変わらないのだろう。

 視界の端で、フォックスがたばこに火をつけようとした手を止めて、たばこをポケットに戻すのが見えた。
しばらくの間、彼女のすすり泣く声を、俺たちは黙って聞いていた。



15: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:28:42 ID:w9PBzvmw0

ノリ, − )li「痛かったかな、あの子は」

 薄い壁の向こうから、子供たちの笑い声が聞こえた。

ノリ, − )li「苦しかったかなあ?」

( ´_ゝメ)「……」

ノリ, − )li「こんな貧乏な家で生まれたから、旅にでちまったのかもしれないね」

爪'−`)y‐「そりゃあ、関係ないぜ」

ノリ, − )li「幸せだったのかなあ? あの子……」

( ´_ゝメ)「少なくとも、あなたのことを愛していた。最後の最後で呼んだ名前が、あなただったんだから。
      人を愛せるというのは、幸せだったという証です」

 悔しそうな表情だった。人が死ぬと悲しい。同じくらい悔しい。
そういうものだと、俺は知っている。

ノリ, − )li「あの子は、何のために、この世に生まれたんだろうねえ……」

 彼女は結局、エクストの遺していった剣を受け取ってはくれなかった。
どうせあっても売れないし、使うことも出来ないから、そのまま持っていて欲しいと言われた。
そして時々、エクストのことを思い出してやって欲しいと。

 こうして、エクストがジャンヌに遺していったのは、思い出だけとなった。



16: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:30:38 ID:w9PBzvmw0

爪'−`)y‐「気が済んだだろ。帰るぜ」

 俺はこの世に、何を残せるだろうか。何を―――残したいのだろうか。
無くなってしまったものばかりが、頭に浮かんだ。


*―――*


 その夜、部屋の明かりを消して、ずっと星を見続けていた。
寝るにはまだ早いが、何もするにも、遅すぎる時間だ。

 何の為に旅を続けるのか、まだ答えを出せてはいない。
もしかすると死ぬまでわからないものなのかもしれない。

 そもそも自分は、何の為に生まれたのだろう。
勇者という、言ってしまえば人類の命運を背負っている自分でさえ悩み抜く問題なら、
普通に生きている者なら誰しもが考える問題だろう。

 何の為に……誰の為に。
神官連の者はきっと、世界を平和にする為に生まれたと答えるだろう。
俺は―――昔の俺なら、たぶん……おそらく、きっと―――何の為に生きるのか、答えられた。

 今はただ、動く足で、見える道を進んでいるだけなのだ。
それは生きているのではなく、死ぬ理由が無いだけともいえる。

( ´_ゝメ)「……?」



17: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:32:38 ID:w9PBzvmw0

 ずいぶんと控えめではあったが、ドアをノックする音が聞こえた。
返事をすると、やや間が開いてから、静かにドアが開いた。

ξ゚听)ξ「起きていたか?」

( ´_ゝメ)「……ツン?」

 ほんの数日ぶりの再会なのに、あの旅の日々を随分と昔のことに感じて、懐かしい気持ちになった。
部屋の明かりをつけようとしたが、なぜか彼女に止められる。

ξ゚听)ξ「少し報告をしに来ただけだ。すぐに帰るから、そのままでいい」

( ´_ゝメ)「あ……ああ」

ξ゚听)ξ「元気か?」

( ´_ゝメ)「まあな」

ξ゚听)ξ「退屈しているだろう」

( ´_ゝメ)「そりゃあそうだ。でも今日外に出た。いい気晴らしになったよ」

ξ゚听)ξ「そうか。それは良かった」

 カーテンが風になびいたのを見つけたツンは、開いたままの戸をくぐってテラスへ出た。
彼女に続いて夜空の下へ出る。



18: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:35:25 ID:w9PBzvmw0

ξ゚听)ξ「ここは景色がいいだろう」

( ´_ゝメ)「ああ」

 久々に二人で話せると思うと、胸が躍った。
監視付きなので込み入った話は出来そうもないが、こうやって二人でいると、旅の日々を思い出す。
辛いことが多い旅だったが、思い出はいつも、スクリーンに美しいものを映してくれる。

ξ゚听)ξ「法王様への謁見の日程が決まった」

( ´_ゝメ)「ということは、魔界へ行く日も……」

ξ゚听)ξ「ああ。三日後、午後二時より、大聖堂で謁見となった。
      それから四日後、つまり今から一週間後に、魔界へ出発だ」

( ´_ゝメ)「何か、急な話だな」

ξ゚听)ξ「私もそう思ったが……とにかく、そういうことだ」

( ´_ゝメ)「どうしてロマネスクが伝えに来なかったんだ?」

ξ゚听)ξ「え?」

( ´_ゝメ)「今までそういう報告は大体あいつがやっていた。
      どうして今日はツンが寄こされたんだ」

ξ゚听)ξ「私じゃ不服か?」



19: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:40:53 ID:w9PBzvmw0

( ´_ゝメ)「そういう意味じゃない。ただ……」

ξ゚听)ξ「ただ、何だ?」

( ´_ゝメ)「もしかしたら、誰かにお礼を言わなきゃいけないのかもしれないと思ってさ」

 月の明かりで青白くなったツンの表情が、微かに優しくなったがわかった。

ξ゚听)ξ「誰が私を指名したか、私にもわからない。
      でも、そうだな……私もその方に、お礼を言いたいな」

 テラスを吹き抜けた風が、ツンの緩やかにカーブした髪を揺らした。
いつもはおさげにして縛っていたが、今夜はほどけた髪が胸元まで伸びている。
風に乗って、かすかにソープの匂いがした。

ξ゚听)ξ「この前はすまなかった」

 テラスの柵に寄りかかって、ツンがそうしているように、街の光に視線をさまよわせていた。

ξ゚听)ξ「おまえが魔界に行く前に、謝っておきたかった」

( ´_ゝメ)「大して気にしてないよ。俺自身、俺が誰なのか、わからなくなってきた」

ξ゚听)ξ「おまえは兄者だ。勇者じゃなく、闇鴉でもなく、兄者」

( ´_ゝメ)「だといいな」



21: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:43:58 ID:w9PBzvmw0

 それからしばらく、互いに口を閉じて、夜の音に耳をそばだてた。
沈黙を心地良いと感じられる人間が側にいるというのは、貴重な事だとわかった。
ずっと誰かと一緒に旅をしていたから、どうも一人の感覚が抜け落ちている。

ξ゚听)ξ「ドクターラヴィが、おまえのことをお話していた。まだ、目は痛むか?」

( ´_ゝメ)「ラヴィ? ああ……あの医者のことか。そうだな、目は痛むし、時々頭痛もする」

ξ゚听)ξ「見せてみろ」

 不意に近寄ってきたツンに体が反射し、びくっと肩が震えた。
俺の反応に構うことなく、ツンは俺の左目辺りを指でなぞり始める。

ξ゚听)ξ「痛くない?」

( ´_ゝメ)「見た目は火傷みたいだが、普通の傷じゃない。触られても平気だ」

 ツンの細く、白い指が、左目から伸びる紋様をなぞる。
すぐ側に彼女の顔があった。
初めて会ったときは、女と少年の、中間のような顔立ちだと思っていたが、以前のようなあどけなさは感じられない。

 シルクで作られた薄手の服は、胸元が少し開いているデザインで、
しかもツンは見上げる姿勢で覗き込んできていた為、視線の置き所に困った。

 彼女はしばらく、左目の紋様に指を這わせていた。
そっと撫でるように、時々力を入れてひっかくように、まるで愛撫のように。



25: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:46:05 ID:w9PBzvmw0

 触られている間、ツンの目を覗き込んでいた。
彼女はまっすぐ俺を見返してくる。

 昼間、ヒートが言いかけていた言葉を思い返していた。
彼女が何を言いたかったのは、本当は知っていて、わざとわからない振りをした。

ξ゚听)ξ「もう、見えないのかな」

( ´_ゝメ)「たぶんな」

ξ゚听)ξ「怖くないのか?」

( ´_ゝメ)「まだ右目がある」

ξ゚听)ξ「じゃあこうしたら、どう?」

 左目に触れていたツンの手が、右目を優しく覆った。
視界が全て消え、後には闇だけが残った。

 「怖いか?」

 さっきよりも、声が近くから聞こえる。

( ´_ゝメ)「いいや」

 「どうして?」

( ´_ゝメ)「いい匂いがする」



27: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:50:25 ID:w9PBzvmw0

 「じゃあこうしたら、どうなる?」

 ツンはいたずらっぽく笑い、直後に鼻をつままれた。
両手を使っているからか、さらに声が近くから聞こえるようになる。
彼女の吐息が顔に当たるのがわかった。

 「怖くなったか?」

( ´_ゝメ)「いいや」

 「耳があるからか?」

( ´_ゝメ)「ああ。それに口もある」

 「そう……だったら」

 右目を覆っていた手が外され、視界が開けた。
目の前には、ツンの濡れた瞳がいっぱいに広がっていた。

ξ )ξ「これなら、どう?」


*―――*


 始めは触れるだけだったが、やがてむさぼるように唇を重ねていった。
形を確かめるように互いの舌を絡めて、吐息を吸い合う。
隙間から唾液が垂れると、それを舌ですくい取り、また口の中でもてあそんだ。



28: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 19:56:11 ID:w9PBzvmw0

 彼女は俺の首に両腕を絡めていた。
俺は彼女の腰を引き寄せ、くびれた部分を中心に、服の上から体を触っていた。
多少筋肉質ではあるが、柔らかい部分は柔らかく、女らしい体型なのがわかる。
足の付け根に手を伸ばすと、風呂上がりの湿った皮膚が、指先の動きに合わせて震えた。

 服の隙間に手を差し込み、素肌を軽く撫でると、溢れた吐息にあえぎ声が混ざり、耳をまさぐった。
辺りの空気がぼんやりと溶け出して、どちらの舌が立てた音なのか、誰が喋った声なのか、区別がつかなくなる。

 お互い、両腕にめいっぱい力を込めて、嬲るように求め合った。
全身でキスをしているような感覚だった。
だがそれは、欠けていたものをお互いが埋め合わせようとしているだけだと知っていた。

ξ )ξ「んっ……ん、ふっ……あ…んっ……」

 俺たちはあまりにも大きく欠けていた。
消失した部分に何かを置いて、その上に美しいものを被せようとしている。
真実から目を背けて、あり合わせのもので、幸せを感じたがっていた。
だからこんなにも、星が綺麗に見える。

 気がつけば、お互い涙が溢れていた。
どれだけ舌ですくい取っても、涙は頬を伝っていった。

(  _ゝメ)「……やめよう」

ξ )ξ「うん……」

 抱き合ったまま、二人で別々の空を見上げていた。
一つも流れない流星に、いつか願っていた夢を重ねていた。



30: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 20:02:36 ID:w9PBzvmw0

 愛が無い訳じゃない。
情欲のはけ口にしようとしたり、代わりのものを探そうとしている訳でもない。
自分を形作っているものがあり、そして今もそれは左目の奥に残り続けている。
ツンも、同じだ。

(  _ゝメ)「俺はブーンじゃない。おまえはクーじゃない」

 見えないものが、見えるものを覆おうとしている。
今はまだ、お互いが向き合えていなかった。

 傷つけ合い、むさぼり合い、無理矢理心の形を変えようとしている。
こんなに悲しいことはない。
俺が救えなかったのは、俺自身でもある。

ξ )ξ「いつか、同じ夜に、また会いましょう」

( ´_ゝメ)「ああ……いつか、また」

 「おやすみ」耳元でささやいた言葉を最後に、ツンは部屋を出て行った。
まだ手の中に残る体温に、想いがつのる。

 どうして俺たちは、幸せになれないのだろう。
愛しているのに、お互い傷ついてしまう。
想いが強くなるほど、呪いのように心を蝕んでいくのがわかる。



31: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 20:05:20 ID:w9PBzvmw0

( ´_ゝメ)「三日後、か」

 相変わらず立ち止まったままだが、世界は順調に回っている。
今はただ、流れていくしかないのかもしれない。
望まなくても月は落ち、また日は昇っていくものだ。

 眠気は無かった。何をするにしても、遅い時間であった。
星を見るには、いい夜だった。



32: ◆UhBgk6GRAs :2013/05/19(日) 20:06:03 ID:w9PBzvmw0


#ねじれの星

終わり



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