( ^ω^)ストロベリーフィールズで逢いましょう

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:36:45.37 ID:1l5OrdjT0
※ ※ ※



私が、私について今現在知っている情報。四方数十cmのこの運転免許証に凝縮されている。
津出麗羅。1978年生まれ、いて座、次の免許更新日は2ヵ月後? どうでもいい。
今一番知りたい情報は、なぜこの内藤という男と食住を共にしているかということだ。
退院してから一週間が過ぎた。まだ頭の中はぼやぼやする。
脳髄通りを大きくて重たい石が、ごろごろ転がっているような気分。


ξ゚听)ξ「あの、内藤さん」

(メ●ω●)「なんだ」

ξ゚听)ξ「夕飯、何にします?」

(メ●ω●)「……秋刀魚がいい」

ξ゚听)ξ「わかりました。それじゃ魚屋さん経由で100円ショップ行ってきますね」



黒い背広にサングラスの、つい先日までアウトローだったこの男。
記憶が戻れば、この男が自分にとっての何なのかがきっと分かるはず。
それまでは同棲時代を演じるしかない。私、この免許証によるともう三十路なのに。
そう思い外へ出た。 街を吹き抜ける風は、近頃鋭さを増してきた。



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:39:57.59 ID:1l5OrdjT0
内藤水平(32)

恋人、兄弟、あるいは親戚。
そのようなカテゴリのいずれかに該当すればいいのだが、残念ながら違うらしい。
私の脳髄を転がる石がどうも暴れているのは、彼の正体の不明さにあった。

私が事故で記憶を無くし、途方に暮れている傍で、彼は「家へ来い」と言ってくれた。
その理由を尋ねると、きまっておかしなことを言うのだ。



「死にかけたとき、一組の少年少女を見た」

「少年は小さいころの俺だった。
 そして少女はあんたに似ていた。だから、家に来い」



…何か抽象的なことを表したいのか、詩的なことを言いたいのかと問うと、
そうでもないらしい。 実際に見たままが全てだと言う。


そしてさらに私達の関係を捻じ曲げているのは、彼の頭についてだ。



内藤もまた、20歳から前の記憶が全くないらしい。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:43:45.19 ID:1l5OrdjT0
「はい、秋刀魚二匹。お姉さん見ない顔だね。引っ越してきたの?」

ξ゚听)ξ「え、ええ。そうなんです」

「よーしそれじゃ、引越し祝いにもう一本おまけしちゃおう! 」

ξ*゚听)ξ「え、いいんですか?」

「遠慮すんなって!」


この街の人々は私を知らない。 ということは、私が住んでいた街はこことは別にある。
本当の出身地は免許証に記されてあったが、そこに向かう気がしなかった。
免許証に記されている街も、今、私にとっては知らないどこかなのだ。

そこで私と面識ある人と出会ったとしても、お互い辛さや悲しさを覚えるだけだと分かっている。たとえ親や親類だとしても。
要するに、段階が早い。
もう少し自分を取り戻してから、その場所に赴くつもりだと決めている。



ξ゚听)ξ「一匹多くもらっちゃった」

ξ--)ξ(あいつ、二匹食べるかな)



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:47:14.15 ID:1l5OrdjT0
しかし、その時まであの内藤に護ってもらうのもシャクだ。
正確に言うと、衣食住のうち、住だけだが。

事故後の私に残されていた情報は実はもう一つあって、運良く忘れていなかった銀行の口座には、莫大な金額が蓄えられてあった。
この秋刀魚だって、自分がその貯金からほんの僅か下ろして財布に入れたお金で買ったもの。
実は自分が小金持ちだったのは嬉しいが、あの無愛想な男と暮らしを共にするのは中々辛い。
内藤、ちっとも働かないで、いつもパチンコしてるし。 楽しい話の一つもしてくれない。


早く記憶よ戻れ と頭を小突いてみる。しかし痛みだけ残った。
……なんだか物凄く冷えてきた。100円ショップには明日行くことにして、帰路を急ぐことにした。





最近日が落ちるのが早い。 そろそろ雪でも降るのかな。
年を越すまでには記憶が戻っていればいいなあ。



18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:50:22.86 ID:1l5OrdjT0
※ ※ ※

ξ゚听)ξ「美味しい?」

(メ●ω●)「ああ」

ξ゚听)ξ「前から言ってるけどさ、食事のときくらいサングラス外してよ」

(メ●ω●)「断る」

ξ゚听)ξ「…はぁ」

ξ゚听)ξ「お仕事、見つかった?」

(メ●ω●)「働く気が、今は無い」

ξ#--)ξ「……」

(メ●ω●)「おかわり」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:53:37.77 ID:1l5OrdjT0
何言ってるのよあなた。それでも現代を生きる30代?
今頃 あなたと 同年代の人たちは 額に汗しながら 日本の 将 来 のために その身を 磨耗しまくってるわよ。

と言いかけたがやめた。
しかし、今夜はその理由たるところを尋ねようと私は思った。


ξ゚听)ξ「どうして? パチンコはそんなに面白いかしら?」


こんな一端の妻みたいな口をしてしまうのは、何故だろう。
事故の後に初めて鏡を見たとき、自分は正直20台の半ばの若さだと思った。外見上はね。
だけど、中身はやっぱり三十路かもしれない。

(メ●ω●)「んー。なんだろ」

(メ●ω●)「ひっく」

ξ゚听)ξ「ひっく じゃないわよ!」



20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:55:30.02 ID:1l5OrdjT0
(メ●ω●)「いやね。俺もあの事件から少し変わってきた」

(メ●ω●)「今まで驚くほど無関心だった過去を、どうにかして取り戻そうとこれでも必死なんだ」

(メ●ω●)「だから、少し人生の猶予をくれ」


内藤の語り口と、酩酊した瞳がなんだか苛立たしくて、私は口を尖らせてみる。


ξ゚听)ξ「内藤さん、あんたそれ、ヒモでいさせて って頼んでるようなものじゃない!」

ξ゚听)ξ「危ない世界に身をおいてきたはずなのに、随分情けない発言ね」

ξ゚听)ξ「男のプライドはどうしたのよっ!」



(メ●ω●)「……プライドより、今の俺にとっては大事な気がするんだ」

(メ●ω●)「麗羅、酒をついでくれ」



21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 01:59:14.23 ID:1l5OrdjT0
馴れ馴れしく下の名前で命令をする内藤も内藤。
その言葉に従順になっている私も私。 ねえ、内藤さん、私達本当に……


ξ゚听)ξ「恋人や家族じゃないんでしょうね?」

(メ●ω●)「ああ。そうだよ。赤の他人かもな」

ξ;--)ξ「……もしそうだったら、記憶を取り戻したあとが恐いわよ〜」

(メ●ω●)「ふん。何も言わず去ってしまってくれや。ご馳走様。銭湯行ってくる」

ξ゚听)ξ「自分の茶碗くらい洗いなさいよっ」

(メ●ω●)「めんどい」

ξ#゚听)ξ「……」


テーブルの上を片付ける私を尻目に、内藤は鼻歌交じりで部屋を出た。
無愛想で、面倒くさがりやで、身元も危なっかしい。 世の一般女性が好意を持つようなタイプでは決してない。
それでも我慢していた。全ての審判は…… この人と共同生活は正しい判断だったのかは……
記憶が戻ったあとに分かるのだ。 その日をひたすらに待ち望んでいた。
それでも生まれ故郷に行きたがらないとは、なんという矛盾だろうか。 自分の弱さに虚しくなる。


えいっ と、また頭を小突いてみた。



23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:01:50.67 ID:1l5OrdjT0



※ ※ ※


近頃の風はびゅうびゅうと、所狭しと駆け巡っている。
こんな寒い中、女を歩かせてしまったかと、不覚な心地になった。
あの女の言う通り、そろそろ職を探さなければいけないとも思う。

しかし、組を出るときに貰った金の包みがまだ残っていて、それが尽きないうちは頭も体もあまり使いたくなかったのだ。
これは俺が長年培っていた怠惰心に他ならない。
虚しさを込めた溜息やただの呼吸に関わらず、吐く息は白かった……



24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:04:55.75 ID:1l5OrdjT0
風呂場に着いたら、暖かな空気がすっと背中に入り込んだ。
人の気配は少ない。番台のテレビから、中継が叫んでいた。今シーズンも確か明日明後日くらいで終わりだ。


「やあ内藤さん。今、空いてるよ。ラッキーだね」

(メ●ω●)「親父、新しい石鹸もくれ」

「ああオッケー。 …内藤さん、うちの入浴料250円だってば。倍のお金払わなくてもいいよ」

(メ●ω●)「いや。体に彫り物がある男を湯に浸からせてくれる貴重な場所だ。感謝の気持ちさ」

「……まあ、やくざもんは確かにあまり入れたくないけど。
 内藤さんはもう引退したし。全然悪い人じゃないし」

俺はけろっとした顔で言い放った。

(メ●ω●)「現役の時はバリバリで悪い人だったぜ。
       おやっさんが顔面蒼白になるような悪事を、今ここで言い連ねることもできる」

「か、勘弁してくれよっ。今はいい人だからいいんだ。さっ、空いてるうちに入っちまいなよ」

(メ●ω●)「ああ」



25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:07:47.52 ID:1l5OrdjT0
脱衣所でサングラスを外すと、鏡の向こうにそれはそれは間抜けな面が現れた。
俺は手前のふぬけた面が大嫌いだ。だけれども手前とは勿論俺のこと。
そそくさと戸を開けると、湯のいい匂いが俺を包んだ。


( ^ω^)「あつつ…」

(うわ… 刺青だぜありゃ)

(^ω^ )ギロッ

(に、睨みつけてるみたいだけど、優しい顔であまり恐くないな…)

(^ω^;)(やっぱりサングラスがないと、駄目だな。チッ)



27: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:10:28.23 ID:1l5OrdjT0
湯に浸かると、胸の傷がずきずきと痛む。
あの出入りから二ヶ月が経っていた。結果として俺は生きていた。なんという悪運の強さだと思う。
しかし、死を望まざるを得ないあの窮地から這い上がらせたのは、他でもない、過去の俺だ。
もっと詳細に言うと、過去の俺が引き連れていた、あの女の子。




(メ-ω-)(あれは一体誰なんだ……?)




28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:13:50.65 ID:1l5OrdjT0

死の淵から目覚めて、ふと隣のベッドを見ると、女がいた。
もう立派な女性になっていたが、あの少女の面影を見事にくっきりと随所に残していた。

この人と会話をすれば、何かが分かるかもしれない。
そしてそれを知るために俺は命を神様から延長させてもらったんだと、胸は高揚した。
しかし、当時の彼女の瞳は、年の割りにまるで純真すぎる。何も知らない赤ん坊みたいだったのだ。



そう、不慮の事故で彼女は記憶を全て無くしていた。



傷が全快した俺は、身寄りがない彼女を引き取り、組を辞めた。 
俺が運ばれる前から病院にいたというのに、誰も彼女の見舞いにすら来やしない。
話を持ちかけたとき、彼女の睫毛がうっすら濡れているのに気がついた。 しかし今では小うるさい女房気取りだ。


あの少女の正体が知りたいだけなら、そんな面倒なことはしなかったかもしれない。
だが俺は、麗羅に出会ったとき、何か、猛烈な懐かしさを感じたんだ……



29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:16:21.25 ID:1l5OrdjT0
(メ●ω●)「ただいま」

ξ゚听)ξ「お帰りなさーい。…あれ、何かしらこの匂い」

(メ●ω●)「焼き鳥買ってきた。食べよう」

ξ゚听)ξ「…ごめん。悪いけど私もう秋刀魚でおなかいっぱいよ?」

(メ●ω●)「じゃあ俺が一人で食べる。缶ビール持ってきてくれよ」

ξ゚听)ξ「またお酒飲むの? あんたまるでバッカスね!」

(メ●ω●)「うるせえ! 誰だよそれ! 早くもってこいよ!」

ξ--)ξ「はいはい…」



こんな感じで二人の生活はギクシャクしながらも、続いていた。
二人の間にあったのは、愛か? 興味か? 母性か? はたまた郷愁か?
いまひとつ実体を掴めぬままに、夜は過ぎていく―――



30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:19:37.74 ID:1l5OrdjT0
※ ※ ※


勿論、私たちはきっちり布団を二つに分けて寝る。
今日の内藤は酒が沢山入っているのでイビキが五月蝿いだろうと、私はげんなりと布団へ潜った。

しかし、今夜の内藤はそれほどでもなく、私に会話を持ち掛ける余裕さえあったようだ。


( ^ω^)「なあ、麗羅」

ξ゚听)ξ「なぁに? ……私、もう眠い」

( ^ω^)「この絵、いいよな」

( ^ω^)「お前が、描いたんだろ?」

ξ゚听)ξ「それすらも今は分からないの」

( ^ω^)「ふぅん」



31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2008/11/24(月) 02:20:21.05 ID:1l5OrdjT0





二人の目線の先には、壁に飾った絵画があった。
ツンが手持ちのバッグ以外に持っていた、唯一の所有物。


絵に見える風景。
柔らかな太陽。
古ぼけた建物。
はしゃぐ子供達…………



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