美しい秘密のようです

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:03:50.21 ID:OGMEfzDcO
 
ドクオの庭は10月に入っても色とりどりの花を咲かせていた。
 
('A`)
 
ドクオは学校が終わるといつもこの庭にやって来ては1人黙々と花の手入れをする。
ドクオには友達はいなかったし、家に帰っても誰もいないから。
母さんは男を作って家を出て行ってしまっていたし、父さんは仕事ばかりで、夜遅くに帰ってきてはドクオが起きるより早く家を出てしまう。 その庭は、ドクオにとって唯一の安息の場所。
誰にも見つからない秘密の場所。



5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:04:32.00 ID:OGMEfzDcO
 
はずだった。
 
(*゚ー゚)「あの…」
 
その日、声をかけられるまでは。
しゃがんで雑草を摘み取っていたドクオは驚いて飛び上がる。
振り返ると、そこには色白で綺麗な顔立ちの、見るからに良い所のお嬢さんという感じの女の子が立っていた。
 
(*゚ー゚)「今日私が此処に来たのはお別れを言うためなんです」
 

女の子は静かだが凛とした響きのある美しい声で言った。



6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:05:17.70 ID:OGMEfzDcO
 
フェノメノンのPコートを着て、マックダディーのブーツを履き、黒のグログランリボンが飾られたFATの白いベレを斜に被っている。
どれもストリート系のブランドだったが、
何よりセンスが良かったのは彼女の赤茶の縮れっ毛だった。

ドクオはその子に見とれた。
しかし、お別れを言いに来たなんて言われても、ドクオはその女の子に少しも見覚えはなかった。



7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:06:08.66 ID:OGMEfzDcO
 
こんなに綺麗な女の子だったら、1度会っていれば決して忘れたりしないだろうに。
 
('A`)「お別れって、君何言ってるの?どういう事?僕たち初対面じゃない」
 
ドクオは高揚して、自分が普段よりお喋りになっているのを感じた。
 
('A`)(そう言えば、今週に入って初めて他人と口きくんじゃ無いかな?)
 
父さんとはまだ顔を合わせてないし、学校の奴らは陰気臭い奴ばっかりで、くだらなくて付き合ってられない。
無視を決め込んでいたら、もう誰もドクオに声を掛けようとはしなくなった。
父さんの経営する工場で働く労働者の息子や娘ばかりが通う学校が、ドクオは嫌で嫌で堪らなかった。



8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:08:03.04 ID:OGMEfzDcO
 
自分がくだらないと思っている連中に、母さんの事でからかわれるんだから我慢が出来ない。
自分と父さんを捨てて、父さんよりも金持ちの男と再婚した母さんは酷い。
 
2年前の冬。最後に見た時、母さんはカルティエのキツネのコートを着て、真珠のネックレスを着けていた。
とても美しかったけれど、ドクオに対しては終始憐れみの表情を投げ掛けていた。
憐れみなんて、そんな気持ち欲しくなかった。
 
 
欲しかったのは…………………



9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:09:45.32 ID:OGMEfzDcO
あれから2年かけて、この庭を育てた。
大切に大切に。
母さんの事を思いながら。
 
(*゚ー゚)「私ずっと見てました。あなたのこと。あなたのこの庭のこと。
ずっとここに来てあなたとお話がしたかったわ。今その夢が叶いました」 
ドクオの庭は、30年も前に稼動停止した紡績工場の中庭にあった。
レンガの建物と、同じくレンガの高い塀に囲まれて外から覗く事は出来ない。
おまけ2箇所に設けられた門はどちらも板が打たれて開かないようになっていたので、敷地内に入るには、蔦の影にドクオが発見した、子供がやっと通れる程の隙間を潜る以外には、梯子を掛けて塀をよじ登るしかない。



10: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:11:31.04 ID:OGMEfzDcO
中に入って来ないで、どうやってこの庭にいるドクオを見る事が出来たのであろうか。
ドクオは不思議に思った。
 
('A`)「君、この近くの家の子?」
 
(*゚ー゚)「私は高台の屋敷に住んでいます。病気の為に、生まれてからほとんどあの屋敷を出た事がありません」
 
高台の屋敷の事はドクオも知っている。有名な旧家で、この街では一番大きな屋敷だ。
旦那様は何年か前に奥様を病気で亡くして、今は新しい女と暮らしている、という噂もよく耳にする。
でもその旦那様に娘がいたとは知らなかった。
屋敷はこの庭の塀越しにも見上げる事ができた。
そうだ、何故か今まで気付かなかったが、見上げる事が出来るなら見下ろす事も出来ただろう。
つまり、この街で高台の屋敷だけはここを上から見下ろせる位置にあるのだ。



11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:12:21.66 ID:OGMEfzDcO
 
(*゚ー゚)「外に出る事の出来ない私はいつも屋敷の自分の部屋から街の様子を眺めていましたが、
そこから見える景色は灰色の空と灰色の建物ばかりでした。
でもその灰色の世界の中にあなたのこの美しい庭を見つけたんです。それがどんなに嬉しかったか。
この庭は私にとって一筋の希望の様に思われました。私、あなたが季節毎にこの庭に様々な花を咲かせるのを本当に楽しみにしていたんですよ。熱が出て苦しくても、あなたのお庭を見れば元気が出たの」



13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:13:39.78 ID:OGMEfzDcO
 
自分の庭がそんな風に思われていたなんて。ドクオは心底驚いた。
 
(*゚ー゚)「私この頃は特に気分が優れません。お医者様はやはりこの街の空気が悪いせいだろうと仰って。もっと自然が豊かで気候の良い街に移ることになりました。明日には発つわ。
こんなに励ましてもらったあなたをもう見れなくなると思うと、いてもたっても居られなくて。侍女の目を盗んで抜け出してきたんです。
今は不思議に元気なのよ。あなたのこのお庭の力だと思うわ」



14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:14:38.90 ID:OGMEfzDcO
 
少女はドクオに向かい、にっこりと微笑みかけたが、すぐ寂しそうに言う。
 
(*゚ー゚)「残念だけどご挨拶だけで帰らなくてはいけないわ。私のせいで侍女のタマが叱られるのは可哀想だもの。
ねぇ、このお庭の思い出に、このお花を一輪私にくださいませんか。」
 
女の子は足元に何十株も見事に咲き揃う花を指差して言った。
それまで夢の様な気持ちで聞いていたドクオは、その言葉ではっと我に帰る。
肌寒い夕暮れ時だと云うのに額に汗が滲む。
女の子の指差すその花は、その紫色の可憐な花は…



15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:15:45.44 ID:OGMEfzDcO
 
トリカブト
 
ドクオがいつか母さんを殺す時の為に育てていた花。
今年になってやっと花を咲かせた、死へと誘う花。
 
(;'A`)「その花はダメだよ」
 
激しい動悸に息を詰まらせながらやっとかすれる声を絞りだした。
 
(*゚―゚)「そう……」
 
女の子はしょんぼりしてしまった。
トリカブトだけではない。
この庭に咲く花の多くが、か弱い少女を死に至らしめる毒を持つ。



16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:17:27.47 ID:OGMEfzDcO
 
何か代わりに女の子に渡せる物はないか。
ドクオはある事を思い出して咄嗟に上着のポケットに手を突っ込む。
あった。
 
('A`)「花はすぐに枯れちゃうだろう。代わりに此をあげよう」
 
ドクオはポケットから蝶のモチーフの彫られた、真ちゅうの鍵を取り出した。
白い掌にその鍵を乗せてやると、女の子の顔がパァッと明るくなる。
どきっとするくらい魅力的な笑顔だった。



17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:19:53.34 ID:OGMEfzDcO
 
(*゚ー゚)「綺麗な細工だわ。秘密の花園の鍵ね」
 
('A`)「そうだよ。その鍵に見覚えはない?」
 
(*゚ー゚)「え?」
 
('∀`)「何でもない。早く良くなるといいね」
 
(*゚ー゚)「ありがとう。お守りにするわ」
 
例の鈴のような声で礼を言うと、女の子は塀の隙間から帰って行った。
赤い髪の揺れる後ろ姿はドクオの瞼に暫く残像を残した。
 
女の子に渡した鍵は、ドクオが別れ際に母親のハンドバッグから盗み取った、母親が男と暮らす屋敷の鍵だった。
 
 
 
(おわり)



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