('A`)と春のようです
- 22: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:28:38.76 ID:OGMEfzDcO
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今日は朝から風が強い。大学からの帰り道、ドクオは緑色のfive-oのナイロンジャケットをはためかせながら歩いていた。
風は濃厚な春の匂いがする。
これは何の匂いなんだろう。
---水の匂い。
---泥の匂い。
---埃の匂い。
---草の芽の匂い。
---花の匂い。
沈丁花も来週には花開くだろう。
引っ越しの準備の為に荷物をどんどん縮小していたドクオだったが、沈丁花を描くために、白の絵の具は買い足そうと思った。
- 23: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:30:09.50 ID:OGMEfzDcO
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マンションへ帰って来たらエレベーターが調整中になっていた。
14階の住人であるドクオは、1年前にここに越して来てから1度も使った事の無い階段を仕方なくぐるぐる登っていたが、すぐに疲れてきたので、5階の踊り場まで来た所で休む事にして、手摺に寄りかかった。
そこから見える景色には、
('A`)(――何もない。)
広大な荒れ地を分断するように線路が走る。駅前の商業施設は此処から見ると巨大な白い箱のようだ。
- 24: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:32:26.56 ID:OGMEfzDcO
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空を見上げる。午後から西の空の雲行きが怪しい。
今日は朝から風が強かった。春一番だ。
この街は出来てまだ新しく、
多くの分譲地にはまだ買い手が付いておらず、駅からマンションまでの1q程の道のりはずっと吹きっさらしの野原だったので、
髪の毛がボサボサになったし、風に当たり過ぎてこめかみの辺りもズキズキ痛くなった。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:34:06.15 ID:OGMEfzDcO
- でも、こんな季節のこんな天気の日が、ドクオは一年中で一番好きで、ソワソワしていたし、胸がきゅっと締め付けられるような切なさを感じていた。
低い空をちぎれ雲が走り抜けるような速さで流れていく。
草地からやってくる風は濃厚な春の匂いがする。
('A`)(これは何の匂いなんだろう。水の匂い、泥の匂い、埃の匂い、草の芽の匂い。)
('A`)(―――別れの季節の匂い。)
- 26: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:37:03.35 ID:OGMEfzDcO
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ζ(゚ー゚*ζ「あ、お兄ちゃん!」
ぼんやりしていると上から声が降ってきた。体をひねって見上げると、
ドクオの頭の丁度真上にデレの首が見えた。長い髪が垂れ下がって風になびき少々ぎょっとする。
ζ(^ー^*ζ「おかえりなさい」
デレは2フロア上の踊り場からにっこり笑いかけてくる。
('A`)「ただいま」
ドクオは答えるが、そのままの体勢で会話するのはキツいので、首を引っ込めて階段を登った。
デレは7階の踊り場で待っていた。高校の制服姿だ。チェックの短いプリーツスカートから細い脚がにょきっと生えている。ドクオは、デレのスカートが風で捲れ上がって、下着を見せびらかしながら帰って来たんじゃないかと心配した。
- 27: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:39:58.91 ID:OGMEfzDcO
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('A`)「参ったなぁ、エレベーターが故障なんて。上の階の人間はこんな時困るよね」
ζ(゚ー゚*ζ「私は別に困らないわよ。階段て楽しいね」
デレはまたにかっと笑って、先に立って元気良く登りだした。
デレはぼんやりした変わった子で、何を考えているのか分からない。ドクオが返事に困っているのも構わずどんどん話し始める。
ζ(゚ー゚*ζ「踊り場に来る度に空が見えるじゃない。1階、空、2階、空、3階、空って。まるで空に向かって登ってるみたい。」
ロマンチックな話だとは思ったが、ドクオにはやっぱりよく分からない。だがそんな風に無邪気に話す高校2年生にしては幼いデレを、ドクオは可愛らしく微笑ましく思う。
- 28: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:41:59.14 ID:OGMEfzDcO
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('A`)「デレは今日は何で帰りが早いの?」
ζ(゚ー゚*ζ「学年末テストだった」
('A`)「ああ、そうか。で、どうだった?」
ζ(゚ー゚*ζ「まあまあかな。何だか最近やる気なんてないのに、他にやることもないから勉強がはかどっちゃって。バイトでもしようかな」
('A`)「なんだよ。良い事じゃない。来年は3年なんだし、勉強して良い大学目指せよ」
ζ(゚ー゚*ζ「大学なんて行きたくないもーん」
- 29: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:43:56.52 ID:OGMEfzDcO
- ('A`)「大学行かないならどうするのさ。将来何かやりたい事があるの?」
ζ(゚―゚*ζ「やりたい事なんてない」
そこでデレは振り返った。切ない表情で見つめてくるデレと目が合って、ドクオは心が寒くなった。
―――――デレの存在が重い。
母親と二人で越してきたデレも、大学に通うために越してきたドクオも、1年前に新築でほぼ同時に入居して、隣の部屋同士として付き合いが始まった。
デレは何故かドクオに良くなついた。お兄ちゃんなんて家族みたいに呼ぶ程に。
なつき過ぎた。
- 30: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:45:35.34 ID:OGMEfzDcO
- 今ではデレはこの何も無い街で、この荒れ地にぽつんと建つマンションで、何年も何年も永遠にドクオと過ごす事を望んでいる。
だが、それは叶わない事だ。堪えられない。ドクオは根なし草のようにさ迷うのが本来性に合っている。
現にもう3ヶ月も前から、来年度から校舎が変わるのに合わせて別の街に引っ越そうかと考えているのだ。新しい部屋も探し始めている。だが、デレにはまだ言い出せないでいた。
- 31: ('A`)と春のようです :2009/01/01(木) 22:46:39.34 ID:OGMEfzDcO
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言ったら、きっとデレは泣くだろう。
だから女の子は嫌なんだ。
早く言おう。
言ってしまえば楽になる。
こんな殺風景な街さっさと出て行って、もっと賑やかな街に住もう。そしてその街にも飽きたら次の街へ行こう。
今まで通り。
もうとっくに14階に到着しているのにどちらも廊下を歩き出そうとしない。
二人とも廊下の壁に寄りかかって、脚をだらけさせている。
- 32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/01(木) 22:49:10.57 ID:OGMEfzDcO
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ドクオがうまい言葉を探して口をぱくぱくさせているうちに、デレはドクオが何を言い出そうとしているのかを察したらしい。
空を見上げて、デレがぽつりと言った。
ζ(゚―゚*ζ「私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたい。」
(;'A`)(先に言うなんてズルいなぁ)
ζ(;ー;*ζ「ずっと、お兄ちゃんが絵を描いてるのを横で見ていたい。」
デレの大きな目から涙がぽろっと溢れた。
('A`)(泣くなんてズルいなぁ)
慰める言葉も見つから無かったので、ドクオはデレの頭を撫でた。
撫でながら、1年間描き続けた荒れた土地と広い空に、
知らないうちに強い愛情を抱いていた事を思い知らされていた。
ここがゴールだったのではと錯覚する程に。
おわり
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