こころ、のようです
- 37: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:19:37.07 ID:/gKUy1zz0
- ( 八 )
- この嬉しい気持ちを、真っ先に先生に伝えたくて学校からそのまま浜辺へと走る。
- そうしたらちゃんと先生が居て、もっと嬉しくなって、
- 舌がもつれて上手くしゃべれなかった。
- 先生は笑って、私は逃げませんからどうか落ち着いてください、と言った。
- その言葉が嬉しくて、私は上手くしゃべれないまま、今日のことを説明した。
- ζ(^ー^*ζ「びっくりじゃないですか?!昨日の今日で、いきなり友達が出来るなんて!」
- (´<_` )「そうですかね。要はその人達、きっかけを待ってただけで、貴方に興味があったんでしょう」
- ζ(゚ー゚*ζ「……そうなんですか?」
- (´<_` )「それは彼女たちにしかわからないですけれど、
- 興味がなければそんな風に接してはこないと思いますよ」
- ζ(゚ー゚*ζ「そうなんですかー」
- とにかくしあわせで、話し終わったあとも私はずっと笑顔のまま。お陰で頬の筋肉が痛い。
- その気持ちを共有するのに会話は必要なくて、だからしばらく波の音だけを聞いていた。
- 40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:23:12.07 ID:/gKUy1zz0
- (´<_` )「貴方は、すごく魅力的なひとですよ」
- しばらくしてから、先生が思いだしたようにぽつりと呟いた一言は、
- なんかもう、爆弾のような威力だった。
- ζ(゚ー゚;ζ「うぇっ?!」
- (´<_` )「前に言いそびれてしまいましたからね」
- ζ(゚ー゚;ζ「え、えええ?」
- (´<_` )「ほら、貴方は強い子だから、大丈夫ですよといった私に、
- 貴方は何故そう思うのだと理由を求めたでしょう」
- どうも先生は私が動揺している理由を勘違いしているようで、
- 自分で言ったことを忘れないでくださいよ、と笑っていた。
- そうじゃなくてですね、あ、いや確かに今の今まで忘れてましたけど、
- 先生、さっきなんか超嬉しいことを言いませんでした?
- 43: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:28:47.14 ID:/gKUy1zz0
- ζ(゚ー゚;ζ「そっ、その理由が」
- (´<_` )「貴方が、魅力的なひとだからですよ」
- ζ(///*ζ「ふひゃあああああ」
- (´<_`;)「……ど、どうかしましたか?」
- ζ(///*ζ「なんでもないです……」
- 45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:31:47.16 ID:/gKUy1zz0
- 熱くなった頬に、耳に、潮風の冷たさがちょうどいい。
- 先生の緑色のマフラーが揺れている。
- なんの下心もなく、そんなことを異性に言えてしまう人が居るんだ、と考えてから、
- そもそも異性として見られてないのかもという可能性に気付いて少し落ち込む。
- しかもよく考えてみればその可能性がかなり高いのだから、悲しい。
- 考えてみれば当たり前なんだけど、先生からしてみれば、私なんて本当にこどもなんだろう。
- 先生が教師をしていたころ、生徒さんにもこんな台詞を言っていたのだろうか。
- 何故かはわからないけれど、そんなことを考えれば考えるほど悲しくなってくる。
- それだけじゃあない。なぜか、胸がじりじりと焼かれるように痛む。
- いつのまにか、私は笑顔ではなくなっていた。
- 46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:34:51.03 ID:/gKUy1zz0
- (´<_` )「……気分でも?」
- ζ(゚-゚*ζ「先生って……むかし、生徒さんにモテました?」
- (´<_`;)「……ええと」
- 困ってる先生は、いつもなら好きだけど、今はぜんぜん嬉しくない。
- (´<_` )「内緒です」
- この場合の内緒、はモテました、と変わらないですよね。
- 急に不機嫌になる私、困った顔のままの先生。
- 結果、会話が止まり、聞こえるのは波の音だけ。
- ついさっきと同じ状況なのに、今度は凄く気まずい。
- 時間がずしりと重くなって、全然過ぎていってくれない。
- いつもなら、先生との時間は、いくらあっても足りないってくらいに早く過ぎてしまうのに。
- 47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:38:37.99 ID:/gKUy1zz0
- (´<_` )「そういえば、貴方、読書はしますか?」
- ζ(゚-゚*ζ「できません。本を読んだら眠くなります」
- 不機嫌さを隠そうともせずに私が答えても、先生は微かに笑みを浮かべたまま。
- 私が悪いのに、年の差を見せつけられているような気がして、機嫌はさらに悪くなる。
- (´<_` )「そうですか。夏目漱石は知っていますね?」
- ζ(゚-゚*ζ「……前の千円札の人ですか?」
- (´<_` )「ええ。その人が書いた本で、『こころ』というお話をご存じですか」
- ζ(゚-゚;ζ「………夏目漱石って作家だったんですか?千円札の人だと思ってました」
- (´<_` )「まあ一応。まあ、日本で最も読まれているという説もある程度ですけど」
- 一瞬、へえ、と返そうとして。
- ζ(゚ー゚;ζ「……ええっ?!それって凄いんじゃないんですか?!」
- (´<_` )「あはは、貴方はやっぱりそうじゃないと」
- 49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:43:29.88 ID:/gKUy1zz0
- ――だから、先生はずるいんです。
- 先生の笑顔に、胸が苦しくなる。涙が出そうになる。
- 汚い気持ちが全部流されて、その代わり切ない何かが残る。
- この気持ちは一体、なに?
- ζ(゚-゚*ζ「……なんでそんな話を?」
- (´<_` )「ああ、いやね。教師時代を思い出していたのですが、
- 私が教師をしていた頃は現国の教科書に『こころ』が一部ですけども、載っていたんですね」
- ζ(゚-゚*ζ「……」
- (´<_` )「そういえば、『こころ』の中に描かれているふたりの関係は、
- 私と貴方の関係と似ているなあと思いまして」
- ζ(゚-゚*ζ「……どういう、お話なんですか?」
- (´<_` )「えー、そうですね」
- ζ( - *ζ「……」
- 50: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:49:15.91 ID:/gKUy1zz0
- いやだな、と思う。
- そうすると、胸に残った切ない、綺麗な何かが、どろどろに溶かされて、汚く濁っていく。
- 私が目の前に居るのに、私が居ないときのことを考えて欲しくない。
- ああ、そんな優しげな笑みを浮かべないで。
- その記憶を、先生は決して教えてはくれないのだろうと、なんとなくわかっていた。
- だから余計に、苦しい。
- でも、先生が自分から何かを言ってくるのは珍しいことで、
- それを聞きたいという気持ちもあって。
- だから私は、海を見ていた。
- もう沈みかけの夕日に照らされた海は、ただ綺麗だったから。
- 52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:52:42.62 ID:/gKUy1zz0
- (´<_` )「Kが自殺してしまったので先生も自殺するお話、ですかねえ」
- ……うん、全く読みたいと思えない。
- もしかすると、先生なりのジョークなのだろうか。
- いやでも本当にそういう話なのかもしれないし。
- ζ(゚-゚;ζ「えっと……Kってなんですか?」
- (´<_` )「先生の親友、ですね」
- ζ(゚-゚;ζ「………ど、どこが先生と私の関係に似ているんですか」
- (´<_` )「そうですね。このお話は上・中・下の三部構成になっているのですが、そのうち上、中は
- ひょんなことから先生と知り合った若者の視点から語られるのです。
- その若者と先生は、海で出会うんですよ」
- 53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/02(月) 23:56:42.77 ID:/gKUy1zz0
- ζ(゚-゚*ζ「海、で」
- (´<_` )「先生と呼ばれるその人は、別に教師の経験もないのですが、
- 若者は尊敬から彼を先生と呼び、先生と懇意…親しくなります。
- 若者は先生の家に通い、先生の奥さんとも仲良くなり、
- 先生と若者は哲学めいた会話を重ねます」
- ζ(゚-゚*ζ「……」
- でも、先生は私を家に呼んだりは絶対しないと思う。
- 人と話さなくなって久しい、と言っていたのだから、奥さんだっていないだろう。
- 話だって、先生が私の話、というか愚痴を聞いてくれているだけだ。
- 頭の悪い私に、テツガクなんてわかるわけもない。
- 57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:00:26.48 ID:1d+Q9hZC0
- ζ(゚-゚*ζ「海で出会って、先生って呼ぶところだけですか?」
- (´<_` )「先生は、若者に過去を語ることを頑なに拒みます」
- ζ(゚-゚*ζ「……!」
- (´<_` )「若者はそれが不満でした。先生の言動は、
- しばしば暗い過去を仄めかすものでしたからね、気になるのも当然です」
- ζ(゚-゚*ζ「……」
- (´<_` )「……似ている、でしょう?」
- 挑発するように先生が囁いた。
- ζ(゚-゚*ζ「若者は」
- ζ(゚-゚*ζ「先生の過去を、知ることが出来たのですか?」
- わかっていても、いなくても、私はそれに乗ってしまう。
- (´<_` )「ええ」
- (´<_` )「第三部である下では、先生が若者に過去の全てを語ります」
- 60: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:02:38.99 ID:c+8sVDGn0
- (´<_` )「………貴方も」
- (´<_` )「望みますか?」
- ζ(゚-゚*ζ「……」
- (´<_` )「私の、過去を知ることを」
- (´<_` )「私の過去を訐(あば)くことを」
- 62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:06:05.56 ID:c+8sVDGn0
- あばく、というその言葉の重さが、なんの遠慮もなく私にのしかかる。
- その言葉は刃物のように鋭く、冷たい。
- 触れたらきっと凄く、痛い。死んでしまうかもしれない。
- そんな思いを抱かせるほどに。
- そんな言葉を躊躇いもなく言い放つ先生が、
- ただの言葉にこうも重みをつけてしまう先生が恐ろしい。
- 65: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:08:41.27 ID:c+8sVDGn0
- ζ(゚-゚*ζ「教えて、くれるんですか?」
- (´<_` )「貴方が望むのならば。貴方にはその権利があります」
- いつの間に私は、そんな権利を手に入れたのだろう。
- 一体何処に持っているのだろう。
- わからない。先生の言うことがこんなにもわからないなんておかしい。
- だって先生はいつだって説明してくれるもの。私の為に。
- だから、きっとわざとなんだろう。
- そして、聞いても答えてくれないんだろう。
- ζ(-、-*ζ「………じゃあ」
- ζ(゚-゚*ζ「教えてください。先生の過去を。知りたいです」
- 67: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:11:56.54 ID:c+8sVDGn0
- 今までも、先生のそのずるさは幾度となく主張してきたけれど、
- その中でもこのときは特別だ。
- 本当に、本当に酷いと思う。ずるいと思う。
- このときに戻れたらと、いままで何度願ったかわからない。
- このことが、直接的な引き金になったわけじゃあない。
- けれど、引き金を引くきっかけになったのは確かなのだ。
- 68: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:15:36.59 ID:c+8sVDGn0
- (´<_` )「………」
- (´<_` )「”よろしい”」
- やけにはっきりと先生はそう言うと、
- ゆっくりと息を吐いて、それからしばらく何も言わなかった。
- (´<_` )「”話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう”」
- 何分か海を眺めたあと、やはりはっきりと、台本を読みあげるように先生は言った。
- 今までの優しげなものとは違う、初めて聞くような力強い声。
- 私にではなく、海に投げかけているような。
- 何故か声が出なくって、私は返事を返すことが出来なかった。
- 69: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:18:36.14 ID:c+8sVDGn0
- (´<_` )「まあ……いつか、ね」
- いつものように先生が微笑んで、やっとからかわれていたのだと気付く。
- ζ(゚ー゚;ζ「ず、ずるーい!」
- (´<_` )「あははは。あんまり落ち込んでしまわれたので、
- 悲しくなって、ついつい意地悪をしてしまいました」
- ζ(゚ー゚;ζ「なんで悲しいと意地悪するんですか!」
- (´<_` )「なんででしょうねえ……年だからでしょうか」
- ζ(゚ー゚;ζ「もー!先生のばかー!」
- 70: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/02/03(火) 00:22:40.89 ID:c+8sVDGn0
- 今の私は、先生の過去を全て持っています。先生が捨てていってしまったから。
- けれど、それが何になるというんでしょう?
- 全てを知ってもなお、どうしても私は先生を嫌いになどなれません。
- ただその悲しみをひとりぼっちで抱え込んでしまった先生が、愛おしくなるばかりで。
- 私が必要としていたのは、先生の過去でも未来でもありません。
- ただ、そのどちらも持った先生その人です。
- おこがましいと、先生は思うのかもしれません。
- でも私は、先生が好きだから、その過去を知りたかったんです。
- どんな過去を持っていても、好きでいる自信がありました。
- そしてその自信は真実となって、今も私の中にあります。
- 困ってしまうくらい力強く息づいて、私のこころを彩っているんです。
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