こころ、のようです
- 2: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/21(水) 23:58:30.92 ID:7Iue3e0G0
- (十二)
- その日も、いつもの時間にいつもと同じ道を通り、
- いつもと同じ海へいつもと同じ服装の先生に会いに行くのに、
- ただひとつだけ、違うものがあった。
- つまり、この私自身の心持ち。
- よく考えてみれば、いやよく考えなくても、
- 私は完全に愉快な友人たちの戦略に嵌っていた。
- ろくに考えずにわかった今日言ってくると元気に宣言してしまったけれど、
- ”今夜は月が綺麗ですね”がI love youの訳となるということは、
- それを言うということは、結局、私が愛してますと告白することと同じことで。
- これは、とんでもない事態だ。
- 5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:02:14.30 ID:7Iue3e0G0
- そういう理由があるので、かれこれ三十分くらい石垣の陰から
- 先生を眺めているこの状況も、仕方のないことだと思う。
- それにしても、自分の手に息を吐いたり、マフラーを巻きなおしてみたり、
- そんななんの特別でもない動作すら、先生がしてみるとなぜだか愛おしく感じてしまって、本当に困る。
- 私にとっては、先生が何をしても、そこに存在しているというただそれだけの理由で、
- ほとんど奇跡みたいに見えてしまうのだ。
- こんな風に人を好きになれることが、そもそも奇跡のようなものだから、
- そう考えてみるとおかしいことではないんだけど、こんな感情は初めてだから戸惑ってしまう。
- 見ているだけで、切ないくらいいとおしい。たぶん、これこそが恋なのだ。
- と、結構ロマンチックなことを考えていた最中におっさんみたいなくしゃみをしてしまったので、
- 妙に冷静になってしまい、そうは言ってもこれじゃただのストーカーじゃんとようやく自覚することが出来た。
- お陰で先生の元に向かう決心がついた。くしゃみもたまにはいいことをするなあ。
- 8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:05:34.51 ID:VjkBOU+U0
- ζ(゚ー゚*ζ「先生、こんにちは!」
- (´<_` )「おや、こんにちは」
- ζ(゚ー゚*ζ「遅くなって、ごめんなさい!」
- 言ってから、これはまるで恋人同士の会話みたいだなと少し嬉しくなってしまう。
- そんな私の気も知らず、先生は別に待ち合わせているわけじゃないし謝らなくてもと笑った。
- (´<_` )「なんで、急にそんなことを言うんですか?今まで気にしてなかったでしょう?」
- ζ(゚ー゚;ζ「え、いや、なんとなく…」
- 11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:12:08.63 ID:VjkBOU+U0
- 言われてみれば、私の来る時間はいつも違っている。
- 友人たちと下校時間ギリギリまで喋ることもあれば、サスペンス劇場に気を取られてしまうこともあるし、
- チャイムと同時に飛び出して、一直線に此処に来ることもある。
- それでも、来てみれば必ず、先生は居た。
- 居なかったのは、私が学校をサボっていったあの一回だけ。
- 私はそれが当たり前だと思い込んでいて、待たせているかもなんて考えたこともなかった。
- けど今日は違う。少なくとも三十分は先生を待たせてしまっていたと知っている。だから私は謝ったのだ。
- もしかしたら、いつもあんな風に、寒そうにしながら待っていてくれてるのかな。
- と、幸せな妄想をしてみたけれど、よくよく考えてみたら、
- 先生は、別に私に会うためにこの海に居るわけじゃない。
- たぶん、海に居ることは先生の日課みたいなもので、だからこそ私は先生に出会えた。
- 12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:15:32.54 ID:VjkBOU+U0
- そういえば、先生は何故海に居るのだろう。初めてあったときのことを思い出す。
- 私は迷子だった。そして先生もそうなのだといった。
- 迷子だから、海に居る、というのは全然つながらないのだけど、
- それ以外に理由も見当たらないし、とりあえず私の中ではそういうことにしておこうと思う。
- 先生は、別に私に会うためにこの海に居るわけじゃない。
- ほんとうに今更ながら気付いてしまったこの現実。
- 私が毎日海に来ているというこの現状を、先生はどう思っているのだろう。
- 15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:18:55.32 ID:VjkBOU+U0
- ζ(゚ー゚*ζ「あの、」
- (´<_` )「はい?」
- ζ(゚ー゚*ζ「私、あの、毎日先生に会いにきて、その……迷惑じゃないですか?」
- 先生は少し悲しそうな顔をした。
- (´<_` )「……ええと、私、何か貴方にそう思わせるようなことをしてしまいましたか?」
- ζ(゚ー゚;ζ「いや、そんなことはないんですけど!でも、あの、私、先生の日課を邪魔してるっていうか…」
- (´<_` )「日課?」
- ζ(゚ー゚;ζ「海に迷子に来るっていう……」
- (´<_`;)「……」
- ζ(゚ー゚;ζ「……」
- 先生は凄く困ったような顔をした。
- 17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:22:11.48 ID:VjkBOU+U0
- (´<_` )「えーと……あー、なるほど。最初に会ったときのことですね」
- ζ(゚ー゚*ζ「そ、そうです!」
- (´<_` )「誤解をされているようなので言っておきますが、あの日は特別に用事があっただけで、
- 私に海へ迷子に来る日課はありませんよ。まあ、たまに来ていたことは確かですけどね」
- ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、何で来てるんですか?」
- (´<_` )「……あのねえ、それを言わせるんですか」
- ζ(゚ー゚*ζ「え?」
- 19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:24:59.20 ID:VjkBOU+U0
- 私が本気でわかっていないことを顔を見て悟ったのか、
- 諦めたように先生は溜息をついて、言った。
- (´<_` )「そりゃあ、貴方に会うために決まっているでしょう」
- それだけでも十分、それはもう、天と地が分かれても仕方がないくらいに大変なことなのに、
- (´<_` )「こんなに寒いんだから、それ以外の理由では中々来ませんよ。
- あなただって、私に会うために、寒いなかでもこんなところに来ているのでしょう。
- それと同じことですよ」
- などとさらに先生が言うものだから、
- 頭がくらくらして、胸が苦しくて、幸せなのにせつなくて、
- ああつまりもうそういうわけで、私は大パニックになって、
- かっこよくいえばゼンゴフカクに陥っていて、
- もうこれは今あれを言うしかない、と何の脈絡もなく思った挙句に
- 何の根拠もなくその決断の正しさを確信し、何の覚悟もなくそれを言ってしまったのだった。
- 21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:27:05.65 ID:VjkBOU+U0
- ζ(゚ー゚*ζ「せんせえっ!」
- (´<_`;)「うわっ。は、はいなんでしょう」
- oζ(゚ー゚;ζ「今夜は!月が!綺麗ですね!」
- (´<_`;)「えっ」
- 沈黙は一瞬だったけれど、私を我に返らせるには十分だった。
- こんなの、ムードもなにもあったもんじゃない。
- さりげなく言えとの友人のアドバイスが泣いている。ついでに私も泣きそうだ。
- 告白なのに、人生で初めての告白なのに、夏目漱石なのに、先生なのに!
- わけがわからない叫びを心の中でしてしまうほどズタボロの私に、
- さらに追い討ちをかける事実がひとつ。
- (´<_` )「……まだ月出てませんけど…」
- ζ(゚ー゚;ζ「ええええ?!」
- 日が沈むのが早くなったとはいえ、
- 四時くらいでは太陽だってまだ引っ込む気がないし、
- また月だってでしゃばる気もない。
- まったくもって、完全なる夕方だった。
- 23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:29:58.03 ID:VjkBOU+U0
- 終わった。完全に終わった。
- 此処まで壊滅的だと諦めもつくかと思いきや、
- そこはやっぱり一世一代の恋だから、そう簡単に諦められるはずがない。
- (本当にそうなるかはは別として、人は恋をするとき、いつだってそれを最後の恋と信じているに決まっている。
- そうと信じられないのなら、それを恋だなんて神聖な名前で呼んじゃあいけないんだ。)
- そういうわけで、しどろもどろに弁解を始めようとするのだけど、
- 出てくるのはああだとかううだとか、役に立ちそうもない言葉ばかり。
- その代わりに涙ばかりが出てきて、もうどうしようもなかった。
- とても先生の顔を見られる状況ではなかったけれど、
- どうも場にそぐわない笑い声が、なんと先生の方から聞こえてくるものだから、
- 勇気を出してそちらを見てみたら、やっぱり先生が笑っていた。
- ただ笑っているだけならまだしも、目じりに涙を溜めて、
- 必死にこらえようとして、それでもこらえきれなくて笑っていた。
- 25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:32:42.52 ID:VjkBOU+U0
- (∩<_ *)「……あの、ご、ごめんなさい……泣いているのに…」
- ζ(;ー;*ζ「酷いです!いくらなんでも酷いです!私はこれでも真剣なんです!」
- (∩<_ *)「わ、わかってます、というか、わかってるからこそおもしろ、」
- ζ(;ー;*ζ「面白いって言ったあああああ!」
- (∩<_ *)「あははは、もうやめてください、ちょっと、」
- ζ(;ー;*ζ「必死なんです!このすっばらしー夕焼けが目に入らないくらい必死なんですううう!」
- (∩<_ *)「ああ、もう……ちょ、勘弁してください……くっ…」
- ζ(;ー;*ζ「なんですか!何がそんなに面白いんですか!」
- (∩<_ *)「だって今夕方……」
- ζ(;ー;*ζ「だから必死だったんですってばああ!」
- (∩<_ *)「だからその必死さが面白いんですってば…」
- ζ(;ー;*ζ「先生のばかああああ!」
- 26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:35:09.77 ID:VjkBOU+U0
- 先生は決して馬鹿笑いをするひとではないけれど、
- 一度ツボに入ったら中々抜け出せないらしく、結構長いあいだ笑っていた。
- その間に私はなんとか涙を止めることが出来た。
- (´<_` )「貴方は何でそう面白いのですかね。芸人でも目指しているのですか?」
- ζ(うー;*ζ「そんなわけないです……」
- (´<_` )「貴方が舞台に立つときは教えて下さいね。徹夜してでも最前列のチケットをとりますから」
- ζ(;ー;#ζ「たちませんー!」
- 私が本気で怒れば怒るほど、先生は面白いようだった。
- けどだからって怒るのを止められるほど器用な私ではない。
- だいいち、自分の意思で怒るのをやめられるなら元から止めている。
- 29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:39:49.47 ID:VjkBOU+U0
- (´<_` )「それにしても……誰に習ったんですか?」
- ζ(゚、゚;ζ「うっ」
- (´<_` )「う?」
- ζ(-ー-;ζ「な、なんでわかるんですか……」
- (´<_` )「私は、貴方のことなら大抵わかってしまうんです。不思議なことですね」
- ζ(゚ー゚;ζ「うう…」
- (´<_` )「顔に書いてある、なんて所詮形容句だと思っていましたが」
- ζ(-ー-;ζ「うー……友達に、教えてもらいました…」
- (´<_` )「なるほど。学のあるお友達です」
- ζ(゚ー゚*ζ「がくがある?」
- (´<_` )「まあ、知識や教養があるというくらいの意味ですよ」
- 31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:43:10.20 ID:VjkBOU+U0
- ζ(゚ー゚*ζ「そう、なんですよね……」
- ζ(゚ー゚*ζ「わたし、知識も教養もないし、馬鹿だし……」
- (´<_` )「知識も教養も、今から身につけていくものじゃありませんか。
- それに、貴方は馬鹿じゃありませんよ。何故そんな風に思ってしまうんですか?
- まさか、勉強の出来不出来で馬鹿かそうでないかが決まるとは思ってないでしょうね」
- ζ(゚ー゚;ζ「えっ、違うんですか」
- (´<_` )「勉強なんてもんは、すればある程度はどうにでもなるものです。
- そんなものでは馬鹿とか阿呆だとかは決められません。
- 頭のいい馬鹿はたくさん居ます。むしろその方が多いくらいです。
- 私の持論と照らし合わせると、貴方は間違いなく馬鹿や阿呆なんかではありません」
- ζ(゚、゚*ζ「でも……でも、私、わからなかったんです」
- ζ(゚-゚*ζ「友達二人は、この、今夜は月が綺麗ですねっていう訳に、すっごく感心してて
- でも私は、よくわかんなかったんです。なんでこれが、……愛してるって意味になるか」
- 33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:46:50.07 ID:VjkBOU+U0
- (´<_` )「なんだ、そういうことですか。
- こういうのは感性の問題ですから。心に来なかったのなら、それは仕方のないことです」
- ζ(゚-゚*ζ「でも……でも、先生は、この言葉、いいって思います?」
- (´<_` )「………そうですね。中々風流だとは思いますし、なんとなくわかる気がします」
- ζ(゚-゚*ζ「だったら、私だって、わかりたいです。教えてください」
- (´<_` )「こういったものに、正解などないのです」
- ζ(゚ー゚*ζ「先生の答えが知りたいんです!」
- だらだらと話しているうちに、日は沈んで、今更出たって遅いのに、月が煌々と輝き始める。
- せめてロマンチックに満月ならよかったのに、
- その日の月は、満月でも半月でも三日月でもない中途半端な形をしていた。
- それでもその光はいつもと同じように優しく、先生の横顔を照らす。
- (´<_` )「……そうですね、」
- (´<_` )「………」
- (´<_` )「この月を一緒に見たのが貴方であったこと、それが、わたしの仕合せです。」
- スクリーンみたいな砂浜に、ふたりぼっちの影が伸びている。
- 34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:50:57.49 ID:VjkBOU+U0
- ζ( - *ζ「……」
- (´<_` )「少し、わかりやすくなりました?」
- ζ(うー *ζ「……わかりました、なんか、すっごく、……」
- ζ(;ー;*ζ「あ、う、なんかおかしいですね、……なんで、泣いてるんでしょうね」
- 理由なんてわかっていた。
- 先生のあいのことばを通じて、
- 夏目さんの言葉の意味が、痛いほどわかったからこそ、
- ぜんぶわかってしまったんだ。
- そのうつくしい言葉は私のためのものじゃない。
- 私がみたこともない何処かの誰かを想って紡いだものなんだって。
- このことが意味するところが、なんなのかくらいはよくわかってるつもりだ。
- もしかすると、私は感性も知識も教養もないけれど、
- 先生の言うとおり、馬鹿ではないのかもしれない。
- 36: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 00:57:39.20 ID:VjkBOU+U0
- ζ( 、 *ζ「……わたしに言うのなら、どうします?」
- 先生が返事をしてくれるまでは、少しかかった。こういったことは、たまにある。
- 私の言葉をほんとうに正しく受け取ってくれようとしているから。
- 先生は一度だって、私の言葉を取り違えることなんてしなかった。
- それは全部私のための努力だった。先生はきっと否定するけれど。
- (´<_` )「そうですね。貴方だけに捧げるのなら」
- (´<_` )「……誤解のないように言っておきますけど、さっきのも、貴方に捧げたんですよ。」
- だから私も、取り違えることのないようにしなければならない。
- 先生が私のために言わなかった言葉を、ちゃんと知っておかなければならない。
- 先生のやさしさを取り違えることのないように。
- けど一番の理由は、自分が傷つきたくないからなんだろう。
- 私と先生との違いはそこにあった。先生はやっぱり否定するだろうけど。
- 39: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 01:00:22.07 ID:VjkBOU+U0
- (´<_`;)「結構恥ずかしいんですから、一回しか言いませんよ」
- ζ(゚ー゚*ζ「早く言ってくださいよー!」
- (´<_` )「年寄りを冷やかすもんじゃないですよ」
- oζ(゚ー゚*ζ「私はいつだって本気です!」
- (´<_` )「それは知っていますけどね」
- ζ(^ー^*ζ「先生がいつでも本気だってこと、私だって知ってます!冷やかしません!」
- (´<_` )「ああ、もう。貴方にはかないませんね」
- (-<_- )「………どうか、」
- (´<_` )「貴方に毎夜、うつくしい月が降り注ぎますように」
- 41: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/22(木) 01:05:16.31 ID:VjkBOU+U0
- あの日から何度も、私なりの先生へのあいのことばを紡いできました。
- どれも拙いものばかりで、きっと友人たちに見せたら笑われてしまうでしょう。
- それでも先生は笑わないで、受け止めてくれるってわかってる。
- 貴方がそこに居るのなら、地の果てへでもこのことばを届けてみせるのに、
- 何故だかどこにも貴方が居ないから、ただ心の中で繰り返すのみなのです。
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