( ・∀・)悪魔戦争のようです

4: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:08:04.00 ID:QUPqygSI0



 天国なるものがこの世のどこかにあるとしたら。

 完全な何かに人類が触れることができるとしたら。
 おそらく、「進化」というその場しのぎの集積から出発した継ぎ接ぎの脊椎動物としては、
 これこそが望みうる最高に天国に近い状態なのだろう。
 社会と自己が完全に一致した存在への階梯を昇ることが。

 いま人類は、とても幸福だ。

 とても。


 とても。




 (伊藤計劃『ハーモニー』より)



6: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:11:03.20 ID:QUPqygSI0

 人々は幸福を求めるが、それに追随する他者の不幸には目をつぶるらしい。



( ・∀・)悪魔戦争のようです



第四話:【フューネラル】



9: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:12:59.15 ID:QUPqygSI0

 過去の記録。


 新暦1017年、ウォルクシア王国に一人の男児が誕生した。
 由緒あるロードネス家に生を受けたその男児は、両親によって『リカーナ』という名を授けられた。

 リカーナ・ロードネス。

 優しい両親の愛情を一身に受けて育った彼は、その期待を決して裏切らなかった。

 新暦1032年、十五歳となったリカーナはウォルクシア国立魔術士養成所・召喚術学科に入学。
 入学試験を首席通過、一回生当初から類稀なる才能の片鱗を見せ始めた。

 一回生二学期:一回生で扱う全ての悪魔と契約を済ませる。
 一回生修了時:「全ての三回生の成績を既に上回っている」と、ある教師が発言する。

 二回生三学期:中級悪魔『ゴーレム』との契約に成功する。

 この時点でリカーナは魔術士養成所の卒業資格を手に入れた事になる。

 リカーナに対する周囲の評価はただ一つ、『天才』であった。
 しかし彼は、その手のタイプにありがちな他人を見下す態度をとることはなく、人付き合いが上手だった。
 リカーナの周りには自然と人が集まった。誰もがリカーナを尊敬していた。



13: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:16:02.07 ID:QUPqygSI0

 三回生二学期:中級悪魔の半数程度との契約を済ませる。

 リカーナは以前から魔法に興味を示していなかったが、この時期より魔法の習得にも力を入れ始める。
 魔法に関しては、流石に召喚術ほどの才能は持っていなかったが、一流の魔法士として通用する程度にはなった。

 また、彼が魔法に興味を示した理由は明らかになっていない。

 三回生四学期:中級悪魔のほぼ全てと契約を済ませる。
 三回生修了時:上級悪魔『ネロアンジェロ』との契約に成功する。

 この時点でリカーナは魔術士養成所に勤める教師の半数以上を超越した。

 四回生二学期:上級悪魔『グラシャ=ラボラス』『アスタロト』『メデューサ』との契約に成功する。

 ロードネス家の長男に関する公的な記録は、ここで一旦途切れる。
 二学期が修了する前に、リカーナは忽然と姿を消してしまったのだ。

 空前の天才が失踪したという事実をウォルクシア王国は重く受け止め、大陸全土に捜索隊を派遣した。
 しかし、無事ウォルクシアに帰還した捜索隊は一つとして無かった。

 巷では「天使に暗殺されたのではないか」という噂がまことしやかに囁かれ始めた。

 リカーナ=ロードネスが再び歴史に登場するのは、五年後の事である。

 彼の称号は『天才』から『史上最悪の反逆者』へと変更される。



19: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:18:21.02 ID:QUPqygSI0

 新暦1040年、六月二十五日。

 連合国軍により、リカーナ=ロードネスは討伐される。享年二十三歳。

 リカーナの反逆の結果、ロードネス家の名は地に墜ちた。

 『マッドロード』という言葉が生まれたのもこの頃であると推察される。

 新暦1041年。

 リカーナの妹、イクス=ロードネスに長男が誕生。

 ロードネス家九代目のリカーナが子を遺さなかったため、その長男が十代目を継ぐことになった。

 名を、モララー=ロードネス。


( ・∀・)


 そのモララーは現在、魔術士養成所の屋上に寝転んでいる。



26: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:20:16.76 ID:QUPqygSI0

( -∀・)「空はどんな人の上でも青い――、か」

 はぐれ雲が一つ、大海のような蒼穹にぽっかりと浮かんでいた。

 陽光の眩しさにモララーは目を閉じる。

( -∀-)「…………」

 微かな煙の匂いが鼻についた。首都ハイアの火葬場から流れてくる、死骸が焼ける匂いだ。
 普段はここまで煙が流れてくることなどほとんど無い。今日は風がこちらに向いているらしい。

 焼かれているのは天使達とヒッキー=ディフォー。

( -∀-)(敵と一緒に葬られるってのも、どうなんだろうな)

 あるいは光栄なことなのかもしれない。ヒッキーが倒した天使も何体かは含まれているだろう。
 戦時中にきちんと荼毘に付されるというのは滅多にあることではない。
 休戦約定のおかげで、ここ数年は平和な状態が続いていたが。

( -∀-)(よかったな、ヒッキー)

 別れを告げられるだけの時間があるのはお前が最後かもしれんぜ。

 モララーは、心の中で、そう呟いた。



31: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:22:12.56 ID:QUPqygSI0

(;^Д^)「あっちぃー」

 階段がオファニエルに吹き飛ばされたため、屋上の隅には下階に続く梯子が架けてある。
 その階段を上って来たのは、顔中に貼られた絆創膏が痛々しいプギャーであった。

( ^Д^)「おぁっ、こんなとこにいたのかモララー」

( -∀・)「まーたうるさいのが……」

( ^Д^)「お前、なんでヒッキーの葬式に出なかったんだ?」

 モララーが横になっている煙突の影まで歩き、プギャーは宿敵の隣に腰を下ろした。
 近付くな、と言わんばかりにモララーは、ごろごろと転がって距離を開ける。

( ・∀・)「ああいう儀式は好きじゃないんだよ。別れは個人的に済ませればそれでいい」

( ^Д^)「とんがってんなあ、このカスがwwwwwww」

( ・∀・)「丸くなりたくはないな、このクズが」

( ^Д^)「ばーっかだろお前、球体ってのは一番頑丈な立体なんだぜwwwwwww」

( ・∀・)「だから嫌なんだ」



34: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:24:22.35 ID:QUPqygSI0

 例の襲撃事件から、四日が経っている。

 建物の傷み、多数の負傷者。戦火の爪痕はあちこちに残っていた。
 三日前に教師陣は授業を行える状態ではないと判断し、一週間の休校を決めた。

( ・∀・)「授業があったらあったで面倒だけど、なくても暇だな」

( ^Д^)「それはわかるwwwやることねーっつーのなwwwww」

( ・∀・)「寮に居たって寝るくらいしかないし」

 ウォルクシア魔術士養成所は全寮制であり、敷地内に男子寮と女子寮が設置されている。

( ^Д^)「お前の同室ってデルタだろ? いいよなぁ、面白いヤツで」

( ・∀・)「お前はバグとだっけか。どんな奴なんだ?」

( ^Д^)「妙に馴れ馴れしい奴だぜ、俺に気に入られようって魂胆が見え見え。うざってぇwwww」

( ・∀・)「はあん。腹黒そうだな」

 手っ取り早く自分の地位を手に入れようと思ったら、誰かの下につくのがベストの方法だ。
 三回生全体でもかなり目立つ存在である、プギャーと手を組もうとするのはわかりやすい思考である。

( ^Д^)「その黒そうな腹を思いっきり蹴ったら態度一変したwwwwwww」

 そのバグという生徒の計算違いは、プギャーが見た目どおりに頭の悪い人間ではなかったという事だ。



39: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:26:24.61 ID:QUPqygSI0

( ・∀・)「あんまり馬鹿ばっかやってんなよ。お前は天然で敵を増やすタイプだからな」

( ^Д^)「お前もな、『マッドロード』wwww」

(#・∀・)「……二度とその口開けないようにしてやろうか?」

( ^Д^)「おおっと、冗談だよ冗談。前言は撤回させてもらう」

 身体を起こしかけたモララーは、いつになく変わり身の早いプギャーに驚く。

( ^Д^)「一応、感謝の気持ちを表しとかねーとなあ」

( ・∀・)「は? 感謝? 何を似合わないことを」

 笑って、頬の絆創膏を指差した。

( ^Д^)「応急処置してくれただろ? その礼だよ。今日くらいは殴らないでやるよwww」

( ・∀・)「何様だお前……」



 二人の青年の上を滑空してゆく、銀蜻蛉が一匹。

 初夏の空は目が痛くなるほど澄み切っていた。



43: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:28:20.23 ID:QUPqygSI0


 『セブンスフィア』あるいは『七領域』という呼称。


 それは一般に天界のみで通用し――ごく一部の限られた上級悪魔以外には――下界でその名を呼ぶ者はない。
 (この場合の『天界』とは天使が住む『世界の上層部』を示し、
  『下界』とは人間が住む『現実界』と悪魔が住む『魔界』を合わせて呼ぶ際に使われる語句である)

 現在生存している上位天使は七人。

 彼ら自身の事を、または彼らが定例的に開く集会の事を『セブンスフィア』という。



('A`)「――はずなんだけど、なんでこうも出席率悪いんだろう?」

('A`)「これじゃ『フォースフィア』じゃん」

 妙に顔色の悪い男が呟き、大きな円卓に座る面々を見渡した。

爪'ー`)y‐

(,,゚Д゚)

ノパ听)



49: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:30:14.09 ID:QUPqygSI0

 天界の最奥部、神の眠る神殿。
 ここは――壁、天井、調度類に円卓や椅子まで、全てが白い石で形作られた大広間である。

爪'ー`)y‐「色々と忙しいのでしょう。時期が時期ですから」

 煙草をくゆらせるフォックス=アドラー=サハクィエルがそう言うと、全員が彼の方を注視した。

(,,゚Д゚)「誰のせいで忙しくなったと思ってるんだゴルァ!」

 どん、と円卓を拳で叩き、短い茶髪の男が唸る。
 彼の名はギコ=シャティエル。

ノパ听)「そうだそうだぁ! だいたい私は煙草の煙が嫌いらっれ……噛んだぁ!」

 涙目になって口元を押さえている赤毛の少女の名は、ヒート=S=O=ラビエル。

 声の大きい二人に睨まれながらも、フォックスは余裕の笑みを浮かべる。

爪'ー`)y‐「騒がしい輩は七領域にふさわしくないと思いますが?」

('A`)「そうだぞ、ギコ、ヒート。トップとしての自覚ある言動を心がけてね」

(,,゚Д゚)「ぐぬ……申し訳ございません、ドクオ様」

ノパ听)「ごめんなさいっ! ドクオ様!」



53: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:32:29.20 ID:QUPqygSI0

('A`)「さて、じゃあ、始めようか。四人しかいないけど」

('A`)「まず最初に、先日の無許可出撃についてだ。フォックス、弁解はある?」

 セブンスフィアの議長、ドクオ=セラフィムは人差し指をぴんと立て、フォックスに向ける。

爪'ー`)y‐「弁解……と言われましても。特に悪いことをしたつもりはないのですが」

(,,゚Д゚)「面白い事を言うな、貴様。ドクオ様の許可無しに下界へ降りただけでも重罪だぞ」

ノパ听)「さらにさらに、知ってるぞぉ! 休戦約定を勝手に破ったってこともなっ!」

('A`)「中位天使だったら即死刑もんだよ。もちろん、理由あっての行動なんだよね?」

爪'ー`)y‐「休戦約定については、全く知りませんでした。なんせ一週間前まで監獄にいたものですから」

 顎に手を当てて煙を吐き出すフォックス。

爪'ー`)y‐「十五年間の禁固刑は辛かったんですよ、ホント」

(,,゚Д゚)「はっ。貴様の自業自得だろうが」



55: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:34:21.40 ID:QUPqygSI0

ノパ听)「聞いた話では、君、中位を二人も死なせたんだろ! それもギコ君の部下をっ!」

(,,゚Д゚)「……何ィ? 戦死者の報告は聞いたが……俺の部下だと?」

('A`)「うん。ギコんとこの中位が二人死んだみたいだね」

 ドクオの言葉が終わる前に、一陣の風が吹いた。

 がしゃ、という椅子の倒れる音が響くと同時に、ギコはフォックスの首に刃を押し当てていた。

(,,゚Д゚)「――貴様、それは俺への宣戦布告と見なしてよいのだな?」

爪'ー`)y‐「別に君と闘うつもりはないんだよ。勝ち負けの見えた勝負なんてつまらないよ」

(,,゚Д゚)「何だと……!」

 ギコのこめかみにはっきりと青筋が浮かぶ。
 ナイフを握る手は小刻みに震え、怒りの発散場所を探していた。

('A`)「ギコ、下がって」

 やんわりとドクオが言う。彼の細い目には鋭い光があった。

(,,゚Д゚)「っ……しかし! このような侮辱、我がシャティエルの名が許さな――」

('A`)「ここは神の眠る地、そして僕達は『セブンスフィア』。仲間割れは僕が許さない」



59: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:36:28.31 ID:QUPqygSI0

(,,゚Д゚)「くっ……セラフィム様に感謝しろ、サハクィエル!」

 ギコは荒々しく吐き捨てると、次の瞬間には元の席に戻っていた。
 倒れたはずの椅子も、いつの間にか起き上がっている。

爪'ー`)y‐「敵じゃあるまいし、天名で呼ばなくてもいいのに」

('A`)「さて、フォックス。無断出撃の言い訳を聞こうか」

爪'ー`)y‐(あら、誤魔化せたと思ってたけど)

 そう上手くもいかないか、と呟いてフォックスは溜息をつく。

爪'ー`)y‐「申し訳はありません」

ノパ听)「なにぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

爪'ー`)y‐「ただし、一つだけ。私は常に神と天界のためを思って行動していますので」

('A`)「今は言えないってわけ? ふーん……なんだかなあ……」

ノパ听)「もっかい監獄に入れちゃったらどうでしょう! ドクオ様!」

爪;'ー`)y‐「君はさらっとひどい事を言うね」

('A`)「そうもいかないでしょ。これ以上、トップに一人いない状態は続けられない」



63: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:38:19.45 ID:QUPqygSI0

('A`)「今回の事は不問。ギコ、ヒート、それでいいね?」

 しぶしぶ、といった感じで二人は頷いた。
 反論は山ほどあるが、ドクオに逆らうほどの問題でもない、と判断したらしい。

('A`)「んでもって、約定だけど……破っちゃったもんは仕方ない。只今からは戦時状態とする」

(,,゚Д゚)「しかし、下位天使の製造数が足りませんが? 中位天使の数も十分とは言えません」

('A`)「下位天使は急いでもらうしかないなぁ。無駄遣いを抑えるように」

('A`)「中位については……若い人達に頑張ってもらいたいね」

爪'ー`)y‐「ドクオ様もそろそろお相手を見つけられては?」

('A`)

(;A;)ブワッ

ノパ听)「あー! それは禁句なのにぃ!」

(,,゚Д゚)「だだだっだ大丈夫ですドクオ様! 子を成せないからといって悪くはありません!」

('A`)「そ、そ、そうだよね。童貞は悪くないよね。童貞万歳! DTB!」(DTB=ドウ テイ バンザイ)

(,,゚Д゚)「DTB!」



69: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:40:18.73 ID:QUPqygSI0

爪'ー`)y‐「まあギコ君は子供作りまくりなわけなんですけれども」

(;A;)ブワワッ

(,,゚Д゚)「ゴルァ貴様ぁ! ドクオ様のグラスハートをこれ以上傷つけるなァ!!」

爪'ー`)y‐「いや、今のは君が傷つけたんじゃないかな?」

ノパ听)「大丈夫ですよドクオ様っ! 先日行ったアンケートの一項目『子供作ったことある?』によりますと!」

ノパ听)「上位天使のうち、『ない』と答えた者は実に約14.29%!」

('A`)「え? そんなに!?」

ノパ听)「つまり七人に一人です!」

('A`)



(;A;)「僕だけじゃねえかああああああああああ!!!!!!」

ノパ听)「しまったあああああああああああ!!!!!!」



爪'ー`)y‐(これが泥沼ってやつか……)



73: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:42:30.91 ID:QUPqygSI0


 さて、所変わって、現実界。

 ウォルクシア王国・ハイア城――国王を守護する堅固な古城。

 百万の民が暮らす首都ハイアの中心にそびえ立つ、人間世界の象徴とも言える巨大な建造物である。
 二百年以上前に造営され、幾度にもわたる天使の侵略にも屈せずに当時の面影を遺している。

 そのハイア城の門前に、黒いマントを身に纏った男が立っていた。

[ Д`]

 彼の名はキングポップ=O=エンジン。
 国立魔術士養成所の現所長にして、ウォルクシア国教育庁長官でもある。

[ Д`]「忘れてた……今、六月なんだったァ……」

[ Д`]「白いマントにすればよかったァ……」

 だらだらと滝のように汗を流すエンジン所長は、そそくさと門の中に入ろうとする。
 しかし。

[ Д`;]「え、ちょっと。私だよォ。怪しいもんじゃないって。大丈夫だって。大丈夫大丈夫ゥ」

[ Д`;]「なんで槍を突きつけてるの? それは新しい挨拶か何かァ? いたっ! ちょ、何!?」

 門番によって拘束され、縛られ、引きずられていくエンジン所長(52)。



78: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:44:26.12 ID:QUPqygSI0

 【ハイア城・国王の間】

(’e’)「ほう……手違いで牢獄に? ふぉっふぉっふぉwww」

 金の冠、立派な髭、美麗な意匠の毛服。
 大理石の椅子に頬杖をついて座っている壮年の男は、気品を感じさせる仕草で哄笑した。

 ジョーンズ=セントラル=ウォルクシア。
 彼こそがウォルクシア王国の現国王であり、つまりは現実界での最大権力者ということになる。

[ Д`]「笑い事じゃないですよ。警備を厳しくするのは構いませんがねェ、教育もきちんとして頂きたい」

 片膝をついて敬意を示すエンジンに、国王は「堅苦しくするな」と言って頭を上げさせる。
 この謁見用の広い部屋に、彼らは二人きりだった。

(’e’)「確かに悪かったのう。しかし、滅多に顔を見せに来ないお主も悪いのだぞ」

(’e’)「魔術士養成も大事だが、一般教育の充実にも力を入れてもらわねば困る」

[ Д`]「……承知しております。そろそろ教育庁へ帰るべきでしょうかねェ」

(’e’)「ほう? あれほど役人稼業を嫌っておったお主が、どういう心境の変化だ?」

 韜晦するように両手を広げ、エンジンは自嘲気味に笑みを見せる。

[ Д`]「いい加減にもう歳ですしィ。先日、ついに相棒にも見放されてしまいましてねェ」



82: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:46:19.99 ID:QUPqygSI0

(’e’)「相棒? というと、あの『デイダラボッチ』かの?」

[ Д`]「はい。もう私に上級悪魔を召喚する魔力は残ってないみたいですねェ」

(’e’)「そうか……時の流れとは残酷だのう。お主にも衰えがやってきたか……」

[ Д`]「寿命ってやつは、人間には避けられぬモンですからなァ」

 ふう、と溜め息を一つ。

 エンジンの目尻に刻まれた皺が、彼の人生が波乱に満ちたものであったことを暗示している。

(’e’)「ワシも最近、身体が思うように動かなくなってきてな。潮時かもしれんの」

[ Д`]「お世継ぎが産まれるまでは、休んでなどいられませんよォ?」

(’e’)「もちろん。バツの婿と息子を見るまでは死んでも死にきれやせんわ」

 ジョーンズには娘が一人いるだけで、王位継承者がいない。
 一人娘のバツに息子が誕生すれば、間違いなくその子は次期国王になるだろう。

(’e’)「――さて、挨拶はもういいだろう。そろそろ報告を聞かせてくれんかの」

[ Д`]「承知しました。では報告します、国王様」



86: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:48:36.18 ID:QUPqygSI0

 懐から数枚の紙片を取り出し、目前に広げて読み上げるエンジン。

[ Д`]「――――以上で終わります」

(’e’)「ふんむ。死者一名とな?」

[ Д`]「ええ。前途有望な若者だったんですがねェ、残念です」

(’e’)「少ないとは思わんか? 約定を破ってまでしたかった事が、それだけか?」

 その事を疑問に思っていたのは――エンジンも同じであった。

[ Д`]「ですよねェ。自虐ではありませんが、養成所の対応が完璧だったとも思えませんし」

(’e’)「天使側から持ち出してきた約定を、本人達が破るとは思わなかったからの」

[ Д`]「どうも不自然なんですよォ。もっと効率の良い攻め方があっただろうに、彼らはそれをしなかった」

(’e’)「倒した天使は本物であったのか? 人形だとか幻覚であったとかは?」

[ Д`]「それはありません。流石に解剖まではしていませんが、偽物では無かったとのこと」

(’e’)「何か、別な目的があったのかのう。考えてみれば養成所を襲った事自体がおかしい」

 豊かな顎鬚を撫でつけ、王は首を捻る。



91: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:50:35.86 ID:QUPqygSI0

(’e’)「盗まれた物、壊された物、あるいは残された物はあるか?」

[ Д`]「いえ、特には……建物は多少壊れましたし、負傷者も多いですが」

[ Д`]「国王様がお考えのようなものは、全く」

(’e’)「腑に落ちん。実に不快な気分だ」

 王がそう呟くと、しばしの間沈黙が満ちる。

 外では雲間から太陽が顔を出したのだろう。薄暗かった室内に光が差し込んだ。
 大きなステンドグラスを通った光線は、様々な色で石の床を染め上げる。

 ウォルクシア王が立ち上がった。エンジンは視線を上げて王の姿を見る。
 輝かんばかりの極彩色を背負った王は、まるで太陽の化身の如く神々しかった。

[ Д`](この人は……間違いなく、王の器だなァ……)

(’e’)「過ぎたことはもうよいわ。過去は不変だからの」

[ Д`]「は、その通りですねェ」

(’e’)「可変なるは未来、真に見据えるべきは未来よの……」



     『例の計画も、そろそろ始動段階に入らねばならぬのう』



94: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:52:34.23 ID:QUPqygSI0

 【何処か】



 暗い部屋、ベッドに横たわる青年が一人。


( 0 0 )「ぐ……うぅ……」


 毛布に覆われた身体、が。

 波打っている?


( 0 0 )「ウ……ア゙……」


 苦しげに呻く青年の顔は、悪夢を見ているかのようにひどく歪んでいる。

 身体の波打ちは激しさを増し――明らかに人間ではない輪郭を形成していく。


( 0 0 )「ウラミヲ……ハラセ……」



98: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:54:25.39 ID:QUPqygSI0

( 0 0 )!?

 こんこん、とノックの音が聞こえた。
 青年(果たして正しい形容かは不明だが)はびくりと体躯を震わせる。

『おーい、まだ辛いのか? そろそろ晩飯だぞ』

( 0 0 )「グ……ゥ」

 盛り上がっていた毛布が急速に収縮し、人間と同じようなシルエットに戻った。

( 0 0 )「ち……ちょっとまだ出られないっす、ごめんっす」

『そうか。夏風邪はこじらせると厄介だからな、まーゆっくり休めや』

『今日は俺、談話室で寝っからよぉ』

( 0 0 )「すまないっす。頑張って早く治すっす」

 こつ、こつ、と足音が遠ざかっていった。

( 0 0 )「……妙な夢を見たっす」

 まるで、自分が自分では無いような――と呟いて、青年は再び眠りに就いた。



102: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:56:18.33 ID:QUPqygSI0

 【魔術士養成所・男子寮・談話室】


( "ゞ)「あれ? なんでこんなところで寝てるんだい、プギャー君?」

( ^Д^)「昨日からバグの奴が風邪ひいててよwww感染したら困るじゃんwww」

( "ゞ)「なるほど。お見舞いにでも行ったほうがいいかな」

( ^Д^)「やめとけやめとけ、光に当たりたくないらしいからww」

( "ゞ)「ふーん……」

( ^Д^)「お前こそなんでこんな夜中に部屋出てんだ?」

( "ゞ)「モララー君が戻ってこないんだ。どこにいるか知らない?」

( ^Д^)「知ったこっちゃね……いや、今日何日だ?」

( "ゞ)「二十五日だね」

( ^Д^)「やっぱりか。じゃあ多分――今晩は帰ってこないぜ、あの野郎」



106: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:58:17.93 ID:QUPqygSI0

 月はどのような命の上にも明るく昇る。

 それを誠実と見るか傲慢と見るかは各々の自由である。

 どのように見ようと、月は己の姿に誇りを持って照り映えるだけだ。

 かつて『史上最悪の反逆者』と呼ばれた男は、この上なく月を愛していたという。



( ・∀・)「今日はやけに月が紅いな……」



 反逆者の血を引く若者が呟いた言の葉は、宵闇の冷たい空気にふわりと浮かび。

 形を為すことなく、消えた。



110: ◆BR8k8yVhqg :2009/05/24(日) 18:59:20.33 ID:QUPqygSI0

 月は冷たく、美しく笑っていた。


 第四話:【フューネラル】 了



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