( ・∀・)悪魔戦争のようです

2: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:06:08.42 ID:UR6dWLJG0
ひっそりと十二話投下!

【あらすじ】

 ウォルクシアからズーパルレへ。ハインリッヒが登場しました

【主要登場人物紹介】

・人間

( ・∀・) モララー=ロードネス:主人公。黒丸を使いこなしたりはしない。

( "ゞ) デルタ=S=オルタナ:物知り。トラツグミの声は出さない。

ξ゚听)ξ ツン=D=パキッシュ:謎多き女の子。感情を食べたりはしない。

从 ゚∀从 ハインリッヒ=ハイヒルズ=クラシカ:科学者。Madな研究者ではない。

・悪魔

▼・ェ・▼ ビーグル:元・中級悪魔『ケルベロス』。今はか弱い子犬



3: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:08:48.30 ID:L9wi8oIO0



 いったいどんな樹の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。
 それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むように、また、音楽の上手な演奏がきまってなにかの幻覚を伴うように、
 灼熱した生殖の幻覚させる後光のようなものだ。
 それは人の心を撲たずにはおかない、不思議な、生き生きとした、美しさだ。

 しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。
 俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。
 俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持になった。しかし、俺はいまやっとわかった。

 おまえ、この爛漫と咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まっていると想像してみるがいい。
 何が俺をそんなに不安にしていたかがおまえには納得がいくだろう。

 馬のような屍体、犬猫のような屍体、そして人間のような屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。
 それでいて水晶のような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪な蛸のように、それを抱きかかえ、
 いそぎんちゃくの食糸のような毛根を聚めて、その液体を吸っている。
 何があんな花弁を作り、何があんな蕊を作っているのか、俺は毛根の吸いあげる水晶のような液が、
 静かな行列を作って、維管束のなかを夢のようにあがってゆくのが見えるようだ。

 ――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美しい透視術じゃないか。
 俺はいまようやく瞳を据えて桜の花が見られるようになったのだ。
 昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。



 (梶井基次郎『桜の樹の下には』より)



6: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:11:20.33 ID:L9wi8oIO0

 大地を貫き天を支える樹を見よ若人。



( ・∀・)悪魔戦争のようです



 第十二話:【とある十代目のサイコロジー】



7: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:13:16.16 ID:L9wi8oIO0

 インクレクの村に存在する宿屋はわずかに一軒のみであった。

 名を『林檎亭』というその古い宿は、円形に家々を連ねるインクレクのほぼ中央に立つ。
 この地の建物は特異な形状である。樹齢三百年はあろうかという巨木の幹を中心として、
 その樹を大切に護るかのように、ぐるりと周りを囲むかたちで木造の家屋が建てられているのだ。

 村内とその外側の、明確な境界線というものは存在しない。
 深い森の中に比較的密度の薄まった空間があり、それこそがインクレク村である。
 開放的とも閉鎖的とも形容できるそのたたずまいは、秘境と形容できるような雰囲気を醸し出していた。

 半径五百メートルほどの円。家と共にそびえ立つ巨木が十数本ある以外は、小さな畑と歩道になっている。

 人口はわずかに五十人ほど。ほとんどが高齢者である。

 そして――広く知られていることではないのだが、この村には奇妙な慣習が息づいていた。

 村人達は言う、「この村は『守り人様』に護られている」と。

 インクレクから数十分歩いた先にある『リワリの滝』、また、そのすぐ側に座っている緑色の巨人。
 村人達はそれのことを『守り人様』と呼び、敬い崇め奉り、信仰の対象としているのだ。

 これはこの大陸において類を見ない事実である。

 何故ならば、神は既に神ではないのだから。

 神は人を救う存在ではないと――千年も昔に、証明されたのだから。

 信仰の対象を必要とするような、例えば宗教のようなものは、全くと言っていいほど発達していないのだ。



8: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:15:14.73 ID:FoLbTkOl0

( ・∀・)「へぇ……そんなに凄いのか、あの守り人ってやつは」


 場は夕食の席である。モララーは川魚の塩焼きにかぶりつきながら、そう言った。

 大きくて頑丈そうな木のテーブルに並べられた、野菜や魚が中心のディナー。
 天上から吊り下げられた数個のランプが、夕餉を囲む者達に暖かい光を投げかけていた。
 ここは宿屋『林檎亭』の食堂。片側の壁には、建築の中心となる巨木の幹が露出している。

『凄いなんてもんじゃないでさ。この村があるのは守り人様のおかげだで』

 料理を載せたお盆を持ち給仕をしていた老婆は、皺だらけの顔をほころばせる。
 この宿屋は老夫婦の二人きりで経営しているという話であった。

从 ゚∀从「心の拠り所って意味じゃ、信仰もまんざら悪いもんでもねえよなァ」

 木のフォークで野菜を突き刺しつつ、難しい顔でうなずくハインリッヒ。
 インクレクにある宿屋が一つだけということで、当然ながら彼女も林檎亭の客なのだ。

 質素だが素朴な味わいのある部屋の空気に、彼らはとても気を良くしているようだった。
 ビーグルはテーブルの脚に寄り添うように丸まり、すうすうと寝息をたてて眠っている。

( "ゞ)「しかし驚いたね。この世にあれほど大きい生物が存在するとは」

ξ゚听)ξ「え? あれって生きてるの? 植物じゃなくて?」

( "ゞ)「たとえ植物だったとしても、生きているさ」



9: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:18:29.20 ID:FoLbTkOl0

『守り人様がいるからだでよ。ここいらの川に魚がおって、野菜が採れるのは』

( ・∀・)「へぇ? そりゃいったいなんで?」

( "ゞ)「モララー君、話す時には物を食べない」

『ずぅっとずぅっと昔――新世界が始まって間もない頃は、この辺りは荒れ果てとったでさ。
 大地はひび割れ、雨は降らず、ネズミすら生きてけねえ死の荒野だで。
 「インクレク」は「死んだ命」って意味でよ。そう呼ばれるほどに、ひどいモンだったということよ。
 ところがある時、守り人様が地の果てからやってきなすった。地を踏み、天を歩き、やってきなすった』

 老婆が一息の休憩を入れると、ハインリッヒが目を閉じて、思い出したように付け加える。

从 ゚∀从「新暦三十年頃の話だと言われているらしいなァ。あくまで推測にすぎねえけどよォ」

『おやまあ、お客さん、歴史に詳しいんだでか? とてもそうは見えねえこってよ』

从 ゚∀从「ああいや、ただの受け売りさ。気にしねェで続けてくれ」

 立って話すことに疲れたのか、老婆はどこからか粗末な椅子を引っ張り出してきて、それに腰掛けた。
 デルタは礼儀正しくフォークを置いたが、モララーやツンは特に気にせず食事を続けている。

『守り人様はインクレクの近く、フォボハル山のふもとで脚を休められ、座りなさったでよ。
 すると、ずっと乾いていた大地に雨が降り始め、小さな川となって流れ始めた。
 川はどんどん大きくなり、滝を作り、地を潤していった。最初にできたのがリワリの滝だでさ。
 やがて緑が芽生え、一月ほどの間に大きな森が出来た。守り人様を囲むのは鎮守の森さ』



11: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:21:31.07 ID:2UTsx1dF0

『今、ズーパルレに広がっている森は、ほとんど守り人様が作ったものだと言われとるでよ。
 ありがてえことに、守り人様はこの地を気に入ってくださり、ああして今も見守ってくだすっとる。
 おかげでこの村には竜巻もこねえし洪水もねえ。ズーパルレでも一番恵まれとる地域だで』

( "ゞ)(本当のことだとしたら、あれはとんでもない力を持っているな)

 雨はともかく、生命を生み出して森林を形成する力のほうは、デルタが聞いたことも無い能力である。
 千年もの間それを行使し続けているとすれば――その魔力は底が無いほどの規模だ。
 あの巨人が悪魔や天使である可能性は低そうだ、と彼は考えていた。

( ・∀・)「でもよ、おかしくねーか?」

 自分の前の皿を空にし、隣のツンの皿に腕を伸ばして彼女に手をはたかれたモララーが、言った。

( ・∀・)「そんなすげーやつの話を、俺は今まで聞いたことがない。なんでだ?」

ξ゚听)ξ「そうよね。モララーはともかく、私も初耳だわ。デルタは?」

( ・∀・)「どういう意味だ? そりゃ……」

( "ゞ)「僕も初めて知ったよ。少なくとも、歴史や地理の授業じゃ習わなかったね」

 揃って首を傾げる三人が老婆を見るが、老婆は困ったように微笑むだけだった。

『さあてな、ワシはこの村から出たことが無いからわからんでよ』



14: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:24:49.76 ID:2UTsx1dF0

从 ゚∀从「説明してやろうか? オレも専門家じゃねェんだがな」

 助け舟を出すようにそう切り出したのは、科学者ハインリッヒ=ハイヒルズ=クラシカだった。

从 ゚∀从「ズーパルレ国家は『守り人』の存在をできるだけ秘匿するような政策をとっている。
   バアさんは知らんだろうが、恐らくはあの馬方の業者から、オレらもそれに関する注意を受けるだろう」

( "ゞ)「周りに漏らすな、と? それはいったい何故です?」

从 ゚∀从「森を創るなんて能力を他の国に知られてみろ。こぞって奪い取りに来てもおかしくねェ。
     一応この世界では国家間の戦争はご法度だが、皆が皆平和主義者ばっかりなわけねえからなァ。
     もちろん、こうしてオレが知っているように、ウォルクシアや他の大国の中枢部にとっちゃ既知の事実さ。
     それでも大々的に知れ渡らない限りは――軍事行動に出るのは難しいだろう?」

 今現在、大陸における全ての国々が友好を保っていられるのは、『天使』という共通の敵を得ているからである。
 天使に対抗するためには協力せざるをえないのだが、それが理解できない愚かな政治家もいないわけではない。
 『守り人』という存在を隠すことが――ウォルクシアなどにとっても、最善の選択なのである。

从 ゚∀从「ま、帰っても誰にも言わねェことだな。王の私設軍に消されるかもしれんぜ」

( ・∀・)「…………マジで?」

 大マジだよ、と嘯いてハインリッヒは食事を再開した。

『ふうむ……そういえば村長もそんなことを言っとったような気もするでよ』



17: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:27:04.58 ID:1/Mh2CNX0

 あらかた食事が終わり食器が全て片付けられた後、老婆は二つの鍵を手に食堂に戻ってきた。

『さあて、これがあんたがたが泊まる部屋の鍵だで。まあこの村に泥棒はおらんけんどもな』

 大きく、重そうな鍵だった。老婆がテーブルの上にそれを置くと、鍵と飾りがちゃがちゃ音を立てた。

『部屋は三階。どうせ二つとも中身は同じ、好きな方を選ぶといいでよ』

 そう言ってぺこりと頭を下げ、老婆は食堂を出てどこかへ歩いていった。

从 ゚∀从「どうせ一緒なんだろ、オレらはこっちを選ぶぜ。じゃあツン、行こうか」

ξ゚听)ξ「あ、はい」

 男が二人に女が二人である。予約を取っていなかったツンは、ハインと同じ部屋に泊めてもらうことになっていた。
 残された鍵を拾い上げ、食堂を出て階段へ向かうハイン達の背中を見つめるのは、デルタ。

( "ゞ)「…………」

( ・∀・)「どーした? 延々馬車に乗りっぱで疲れたからよ、早く休もうぜ」

( "ゞ)「ああ、そうだね。なんでもないよ」

 古くから使われているものなのだろう。デルタの手の中の鍵は、ところどころが錆びついている。
 明らかにただの鉄の塊であり、魔法に対するセキリュティ能力を持っているようには見えなかった。
 ここは本当に平和な村で――魔法を悪事に使う者など存在しないのだろう――デルタは、自分の故郷を思い出した。



19: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:30:18.25 ID:1/Mh2CNX0

▼・ェ・▼「わう! わうわうわふん!」

 扉を開けるなり中に走り、全身をバネのようにして跳ね回るビーグル。
 部屋に据え付けられたベッドの上でシーツを滅茶苦茶に掻き乱す。

( ・∀・)「テメー、それは俺への反逆と見なしていいな?」

Σ▼・ェ・;▼「わふっ」

 氷よりもなお冷たいモララーの視線に気付き、ビーグルは慌ててベッドの下に隠れた。
 担いできた荷物を床にどさりと置いて、デルタは乱されていない方の白いシーツに腰掛ける。

( "ゞ)「それにしても、ビーグルは本当に子犬みたいな行動をするようになったよね」

( ・∀・)「ああ……それがプラス変化かマイナス変化かは、わからんけどな」

 モララーの元に預けられて三日ほどの間は、全く彼の言う事を聞かない犬だった。
 しかし、雪が融けるように、錆が落ちるように、徐々に馴れてきたのである。

( ・∀・)「『ブラックドッグ』時代はどこへやら、といった感じだよな、マジで」

( "ゞ)「うん。……それにしても、あの事件に関して、少し納得のいっていない事があるんだけど」

( ・∀・)「あー?」

 皺の寄ったシーツを直そうともせず、正面からベッドに飛び込むモララー。
 柔らかなマットの端が跳ね、木製の脚が軋んだ。



21: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:32:53.34 ID:hblqH6I10

( "ゞ)「『ケルベロス』を召喚したのはバグ=メガヘルツだということだけれど」

( ・∀・)「そりゃ違いねーよ。だからこそあいつにケルベロスが取り憑いたんだろ?」

( "ゞ)「まあ、そうだね。それは疑いようの無い事実なんだろうけど……だとしたら、
    バグ君に中級悪魔を召喚できるほどの力があったのかって事が問題だ」

 デルタの抱える違和感に気付き、モララーも眠たげな目を上げた。

( ・∀・)「そうだな……そう、確かに、それはおかしい点だな。おい、出てこいビーグル」

 寝転がったままのモララーがベッドの横で手をひらつかせると、恐る恐るビーグルが這い出てきた。
 その首根っこをいきなり掴み、子犬の体を空中に持ち上げる。じたばたと抵抗する毛玉。

( "ゞ)「ビーグル。君を召喚するには、多少の力不足があってもいいのかい?
    それとも、バグ君が何か特殊な方法をとったんだろうか?」

▼・ェ・▼「わふん?」

( ・∀・)「駄目だ。こいつ、すげー勢いで知能が下がってやがる、覚えてないな」

( "ゞ)「うーん、今更どうこう言う問題でもないか。『ケルベロス』の研究は専門家に任せよう。
    それにしても、どうしてバグ君は教師に隠れて魔界に潜ったんだろうね?」

 無許可での潜界は校則で禁止されており、また多大なる危険が伴うことでもある。
 ただ悪魔との契約を望むのなら授業で充分なはずだ、とデルタはそう言いたいのだ。



23: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:35:31.48 ID:hblqH6I10

( ・∀・)「知らね。ちょっとした反抗心か、火遊びのつもりだったのか。
      あるいはそう――俺たちのように、特訓してたのかもしれんぜ?」

( "ゞ)「僕達の場合は無許可でも事故など起きないけどね。何故ならこの僕がいるからね!」

( ・∀・)「…………」

( "ゞ)「……嘘だよ。その腐った死体を見るような目をやめてくれ」

( ・∀・)「いやぁ、信頼してるぜ、デルタ。お前の指導なら俺も強くなれそうだ」

( "ゞ)「今までさんざん僕の忠告を無視し続けてきたくせに、何を言っているんだろうね君は」

 じろりとデルタが睨みつけると、モララーは視線を逸らして口笛を吹いた。

( "ゞ)「君だってマジメに頑張ればエレメントの一つも召喚できるはずなんだ。簡単に入学できたんだから」

( ・∀・)「ありゃマグレってやつだ。入学試験以来俺の魔力はホコリひとつ生み出しゃしねえ」

 大陸全土から生徒を募るウォルクシア王国立魔術士養成所、その入学試験の内容は至って単純である。
 どんなことでも構わない、魔力を使った特技、いわゆる『魔術』を試験官に披露するのだ。
 召喚術士を目指す者は下級悪魔の召喚、魔法士を志すものは簡単な魔法を見せるのが通例となっている。

 しかし、モララー=ロードネスはそのどちらの技術も会得してはいなかった。

 反対すべき家族もいなかったので、彼はなんとなく魔術士養成所の試験を受けることにした。
 その年の試験官を務めていた教師――その年に退職したが――は、恐るべきものを目撃することになった。



24: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:38:25.50 ID:hblqH6I10
 少しだけ当時を振り返ろう。

 目の前の生意気そうな少年がロクに魔力を使いこなせないと知った試験官は、しばし呆然とした。
 そんな者がどうやって高額な試験費を支払い、養成所の門扉を叩いたのだろうか、と疑ったのだ。
 少年の姓名を改めて確認してみれば、なんのことはない。彼は『マッドロード』であった。
 いくらか国に差し押さえられたとは言え、腐るほどの金をこの少年は相続しているのだ。

 狂える天才、リカーナ=ロードネスを輩出したロードネス家の末裔。ならば、才能はあるかもしれない。

 冗談半分のつもりで、試験官はその場での『潜界』を彼に命じた。
 リカーナの才能を受け継いでいるならば、魔法よりも召喚術に馴染みやすいだろうと踏んだのだ。

 そして、試験官は目撃した。

 床に横たわる少年の上で――びしりと空間に亀裂が入り、銀色の粒子が漏れ出してくる光景を。

 明らかに異様だった。場に満ちる魔力はどう考えても下級悪魔のそれではなかった。
 亀裂から何者かの腕が生え伸び、具現化を始めたとき、試験官はモララーを叩き起こした。
 すると、寸前までの異常な緊迫感は消え去り、部屋は静寂を取り戻したのだ。

 モララー=ロードネスは何も覚えてはいなかった。何一つ。
 試験官の執拗な質問にも、ただ一言「寝てただけだ」と答えただけであった。

 試験官は悩んだ末に所長のエンジンに相談し、結果的に彼の入学は認められる運びとなる。
 もしリカーナのような才能を秘めているのなら、国を挙げて監視せねばならないからだ。
 その事実は彼ら二人及びウォルクシア王以外の人間には秘匿され、隠蔽された。

 そしてモララー自身にも、「やや強力な下級悪魔を無意識下に召喚した」と虚偽が伝えられた。



26: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:42:07.36 ID:7rn1fgbu0

( ・∀・)「つってもまぁ、俺がどんな悪魔を呼んだのか、知らねえけどな」

( "ゞ)「合格できたんだから何でもいいんじゃない?」

 そこに眠る真実を追究しようとはしないのが、彼らの若さの証明であろうか。
 今が良ければそれでいいという刹那的な考え方に陥りやすい年頃なのだ。

( -∀・)「ねみ……」

 ビーグルを床に降ろして、飼い主は大あくびを一つ。

( "ゞ)「久々に温かいお風呂に入れるみたいだけど、どうする?」

( -∀・)「今日はいいや。どうせ明日滝に打たれるんだろ?」

( "ゞ)「いや……君がしたいならすればいいけどね。僕はしないよ?」

( -∀-)「何言ってんだ……身体の鍛錬の前に……精神……ぐぅ……」

 だんだんとモララーの声が小さくなっていき、最後は静かな寝息に変わった。
 慈母の目で彼を見るデルタは、ベッドの脇に畳んで置いてあった薄い毛布を掛けてやった。

( "ゞ)「さて、実りある日々になればいいけれど――お休みモララー君、『ツーク』」

 デルタが人差し指を軽く振ると、部屋を照らしていた数個のランプの炎が消え、暗闇が満ちた。



29: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:45:22.12 ID:7rn1fgbu0

【何処か】

 闇に蠢く影が一つ、二つ、やがて数を増す。


『……これがインクレク、か。頭を数えろ』

『全員揃っております』

 影の中でも一際大きな輪郭が、側に立つ誰かに向かって指示し、誰かが答えた。

『いいか。誰にも、何にも気付かれるな。時期を待つのだ』

『了解しています。……しかし、此度の任務、私には理解しかねますが』

『理解する必要などない。剣は意思など持たなくてよい』

『は。……それは重々承知しております』

 さわさわと辺りを走る熱帯夜の風が、南国の極彩色に染まったような香りを運んでくる。
 それは木々の葉、花や果実、そしてむせ返るような「生」の匂い。

『我々の地と比べますと、少々空気が雑多にすぎるようですな。……散開』

 その言葉を最後に、再び影たちは姿を消していった。
 それは徹底的に実戦を想定して訓練された動き――まるで軍人のように、鮮やかなものであった。



33: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:47:48.05 ID:7rn1fgbu0

 モララーの目覚めは、誰かに頬を舐められる感触によってもたらされた。

( -∀-)「ん……むう……」

▼・ェ・▼ペロペロペローリ

(;・∀・)「……うわっ! べっとべとじゃねえかてめえ!」

 慌てて飛び起きたモララーが怒鳴ると、ビーグルは跳ねるように逃げ、開け放たれた扉から走り去っていった。
 小さな窓からはぎらぎらと日光が差し込み、素朴な部屋の空気を温めている。
 年中平均して気温の高いこの地方では、夜が冬に相当すると言われる。――つまり、春先の陽気である。

 軽く頭を振って眠気を払い、モララーは部屋を出た。


 階段を下り、食堂に入ると、彼以外の全員が揃っていた。

ξ゚听)ξ「ちょっとあんた、何で昨日と同じ服なのよ」

( ・∀・)「……後で着替えるさ。そう言うお前も同じじゃねえか」

ξ゚听)ξ「あたしは外側だけだもん。中はちゃんと着替えたもーん」

 空いていた椅子を引いて座るモララーに、隣のツンが話しかけた。
 テーブルを挟んで反対側にはデルタ、ハインリッヒ、そして昨日はこの場にいなかった老年の男。
 きっと彼がここの主人だろう、とモララーは推測する。



37: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:50:54.90 ID:7rn1fgbu0

『皆さん、昨日は顔も見せんですまんかったでよ。ワシが林檎亭の主人だで』

 果たしてモララーの予想は当たっていたようで、その老人は静かに語り始めた。

『一週間ほどご滞在なされるそうで?』

从 ゚∀从「あぁ。ま、オレはそれより短くなることはねェだろうな」

( "ゞ)「ええ、僕達もです。どうせならハインさんと一緒に帰ったほうが楽ですしね」

 彼らを運んできた馬車は現在村の外れに停留されており、馬方の男はそこで寝泊りをしている。
 もしもハインリッヒと学生三人が違う日に帰ることになれば、違う馬車をどこかから呼ばざるをえない。

『そうかそうか。なんも無い村だでども、食い物だけは余るほどあるで、堪能してってくださいな』

 そう言って老人は立ち上がり、深々と頭を下げて、去っていった。
 食卓の上には色鮮やかな、朝食にしては豪勢過ぎるとも言える料理が並べられていた。


从 ゚∀从「――やっぱ、料理が旨い所は、それだけで訪れる価値があるもんだぜ」

 ばりばりと青葉を咀嚼しながら言うハインリッヒ。
 彼女は、惜しげもなく露出している腰元のラインからは想像できないほどの大食家であった。
 そのことを前日のディナーで知ったモララーは、密かに対抗心を燃やしていた。

( ・∀・)「なー、ハインは今までどこに行ったことがあるんだ?」



40: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:53:17.93 ID:7rn1fgbu0

从 ゚∀从「んん? そーだなァ、仕事でも趣味でも色々行ったもんだ……。
      北はウォルクシアのバゼロ島、南はアロウカ部族連合、タチバナにゾエアメガロ。
      だいたい十五くらいの国にゃ一回は行ったことがあると思うぜ?」

 さらりとハインリッヒは言ってのけたが、それは現存する国の七割を超える数である。

( "ゞ)「それは凄い! いずれその時の体験談を聞かせてもらえますか?」

从 ゚∀从「もちろん。時間がある時ならいつでも話してやんよ」

 それから銀髪の科学者は話題を変え、モララー達の予定について訊いてきた。

( ・∀・)「俺たちはリワリの滝へ行くんだ。なあ、デルタ?」

( "ゞ)「そうです。とりあえず今日のところは下見が主な目的ですけれど。
    ハインさんはここで何をされるんですか?」

从 ゚∀从「じゃあオレも同行しようかねェ。いやなに、今日は特にすることが無いもんでね。
      お前らもこの辺の地理に詳しい人間がいたほうが心強いだろ?」

( ・∀・)「ああ、俺たちの方は別に問題ねーな。道案内よろしく、ハイン」

ξ*゚听)ξ「やった! ハインさんも一緒に行くんですか?」

 ツンが顔をぱっと上げ、嬉しそうな笑顔を見せた。ハインリッヒも笑顔で答える。
 旅をする内に、ハインリッヒという女性はツンにとって、とても近しい存在になっていた。



43: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:55:52.44 ID:7rn1fgbu0

 朝食後、四人はいったん部屋へ戻ってそれぞれの準備をし、再び宿屋の外に集合した。

 畑を耕作する老人や青年達、旅行者を物珍しげに見つめる小さな子供達。
 そういった村人達に、時には挨拶したりもしつつ、四人は村の外へと出る。

 一歩踏み出せばそこは鬱蒼と茂る熱帯林であり、鳥や猿の声が響く未開のジャングルである。

从 ゚∀从「勝手に道を外れるんじゃねえぞォ……ここらには魔物もたくさんいるからなァ。
    自分で自分を守れる自信が無いなら、道の真ん中を歩いたほうがいいぜ」

 それを聞いた直後、三人の生徒は慌てて歩くコースを狭い道の中央に寄せた。
 ただの動物ならまだしも、魔物に不意を襲われては、まだ未熟な彼らは太刀打ちできないだろう。


 気楽に軽快な足取りで進むハインリッヒ、恐る恐る彼女の後ろに付き従って歩く三人。
 蒸し暑く、背の高い樹木のせいでろくに日光も地表には届かない、薄暗い道を小一時間ほど。

 微かに聞こえていた水音がだんだん大きくなり始め、やがて大きな湖に注ぐ滝の姿が見えてくる。
 それほど凄まじく響くわけではないが、何か神秘的な空気の漂う荘厳な場。

 ――――リワリの滝。

 例の『守り人』はかなり近い位置に居るはずだが、木々の葉に遮られて見えない。



44: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 18:58:04.87 ID:7rn1fgbu0

( ・∀・)「おぉーすずしー、やっぱ滝は涼しくていいな」

( "ゞ)「綺麗な湖だね。ここで魚を獲っているのかな?」

 体力の有り余る男子二人は水場の風景に気分を高揚させ、声のトーンが一段上がる。

(*・∀・)「よっしゃ泳ぐぞ! 来い、デルタ!」

( "ゞ)「仕方ないな……まぁ、これだけ暑ければ風邪も引かないだろう」

 言うが早いか、二人は上身の服を脱ぎ捨て、湖に向かって走っていった。ビーグルがそれに続く。
 子供のようにはしゃぐ彼らを、ツンはげんなりした目で見ていた。

ξ゚听)ξ「疲れた……なんであんなに元気なのよ、あいつら」

从 ゚∀从「男っていうのはそういうもんさ。水棲の魔物はいないっつー話だし、許してやろうぜェ。
    そんなことより、ツン。前から思ってたんだが、ずいぶん暑ッ苦しい格好してんなァ?」

 ツンのコートの端を少し持ち上げて、ハインリッヒは真面目な顔で言う。

ξ゚听)ξ「あ……えっと、それは……」

从 ゚∀从「体質や趣味で片付く問題じゃねえだろォ。現に、一時間も歩いて汗一つかいてねェのは何故だ?
    言いたくねえなら別にいい――無理に詳細を聞き出そうとは思わない、けどよォ」

从 ゚∀从「お前……まさか、『魔人』か?」



46: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:02:17.01 ID:7rn1fgbu0
ξ゚听)ξ「…………」

从 ゚∀从「沈黙もまた言葉だ。……やっぱり、そうか。お前の体には、悪魔が憑いている……」

 消えかける悪魔が物体に憑依すれば『呪品』、生物に憑けば『魔物』となることは、珍しくない現象である。
 ここで一つ考慮に入れておかねばならないのは、悪魔が人間と融合する事は非常に稀であるということである。
 理由には諸説あるが、人間の知的能力が高く発達していることが原因ではないかと見られている。
 尚、『ケルベロス』がバグ=メガヘルツに憑いたのは『ケルベロス』自身の能力に拠るものだ。

 しかし、まだ知能が低く、種々の動物にすら劣る乳児期の人間ならばどうか?
 悪魔と融合し、魔物となることは――可能なのだろうか?

 答えは是。

 十年に一度ほどの頻度で、人間と悪魔が融合したという事例が報告されている。

 他の魔物と違い、外見に差異が生じたり凶暴化したりといった影響はほとんど見られない。
 だが、憑依された赤ん坊が、その後普通の人生を送ることは極めて困難である。
 彼らに顕現する悪魔の能力は一生涯失われることがなく、隔意や畏怖、時には憎悪の対象にさえ成り得るのだ。

 一般に彼らは『魔人』と呼ばれる。平均して寿命はニ十五年ほどしかない、儚い命だ。

ξ゚听)ξ「モララーとデルタには……内緒にしておいてください」

 言外にハインリッヒの言葉を認め、ツン=D=パキッシュはふわりと微笑んだ。
 その暖かい仕草に、科学者は名状し難い寒気を覚え、背筋を凍らせた。

从 ゚∀从「報告書を読んだことがある。十数年前、上級悪魔『エル・ディアブロ』が女児に憑依したってなァ。
      そうか、お前がそうなのか。魔人をこの目で見るのは初めてだぜェ」



47: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:06:41.96 ID:fKXef7T40

 自ら科学者を名乗るハインリッヒ=ハイヒルズ=クラシカにとって。
 単純に、滅多に見られるものではない『魔人』をその目で拝めたことは、僥倖としか形容できないものだった。
 だが――ただ喜んでいるだけでよいのか、という思いもある。

从 ゚∀从「あいつらにはまだ言ってねェのか。そりゃ、どうなんだろうな?」

 水しぶきを上げて遊んでいる二人を顎で示して、腕を組む。

从 ゚∀从「気持ちはわかるが――友達なんだろォ?」

ξ゚听)ξ「ええ、それは……いつかは言うつもりです。でも、今はまだ」

ξ゚听)ξ「打ち明けても嫌われないって確信できたときに、言おうと思って」

 彼らが出逢って、まだ一ヶ月も経ってはいない。
 十代の女の子の胸襟を開かせるには、それは決して充分な時間では無かったのだろう。

ξ゚听)ξ「きっと受け入れてくれると――信じてますけどね」

从 ゚∀从「……そうかい。青春だねェ」

 『魔人』の魔力は、いかに自身の能力をコントロールできるかという一点にかかっている。
 完璧に己を律することができれば――リカーナには及ばなくとも――相当に強大な力を扱えるのだ。
 ハインリッヒの見た感じでは、ツンは『魔人』として大成しているとは言い難い。



48: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:09:11.25 ID:fKXef7T40

 しかし――懸念すべき事柄であることは間違いない。

 もしも。

 ハインリッヒの任務の障害となるようなことがあれば――。

从 -∀从(――消すもやむなし。やだねェ、大人ってやつは)

 脳裏によぎった黒い思考を追い払うように頭を振り、ハインリッヒは歩き始めた。

ξ゚听)ξ「あれ、どこへ行くんですか?」

从 ゚∀从「こんだけ開けた場所なら大丈夫だろうが、いつ魔物が現れてもおかしくねェからな」

 ――それに、自分の仕事をしなければならない、という事情も。

从 ゚∀从「辺り一帯に結界を張ってきてやるよ。魔力を持つ者が通れば警戒音が鳴るぜ」

 そのまま振り返らず歩き、ハインリッヒは茂みに消えていった。

 残されたツンは、湖で戯れる男二人を一瞥し、溜息をついて、木陰に座った。
 背中に担いだ鞄を紐解き、ハイアの図書館で借りてきた本を数冊取り出す。

 魔法学の基本は座学、すなわち理論の暗記と応用力が求められるものである。
 訓練と実践力で悪魔を調伏する召喚術とは違い、己が内なる魔力の完璧な制御を目指す魔術体系なのだ。
 彼女にとっての特訓は、本を読むこと以外にない。



52: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:11:37.52 ID:xObnxepu0

( ・∀・)「くらえデルタ! 奥義! 『三連川魚』!!」

        ___
    <´゚ノ ヽヽヽヽ`,><《
       `  ̄ ̄ ̄
     ___                 
 <´゚ノ ヽヽヽヽ`,><《            (・∀・ ) 
    `  ̄ ̄ ̄                 ミつ
           ___               ブオンッ
       <´゚ノ ヽヽヽヽ`,><《
          `  ̄ ̄ ̄


( "ゞ)「甘い! 秘技! 『水草の舞』!!」

          ,.:人ノ
       藻藻,. "~フ
        藻藻`,><《
         藻藻ツ・
( "ゞ)つ    .藻藻`,><《  ドグワッシャアアアアアア
         藻藻'',.;:
        藻藻`,><《
       藻藻 ノレ”

( ・∀・)「くっ……やるな、それでこそ我が永遠のライバル……!」

( "ゞ)「君の実力はそんなもんじゃないだろう? かかってこい!」



54: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:14:19.24 ID:xObnxepu0


           _
        / ̄ ξ゚听)ξ⌒\    『ローテス・アイゼン』
   __    /  _|     |   |
   ヽヽ   /  /  \    |   |           ,,,,,,,iiiiillllll!!!!!!!lllllliiiii,,,,,,,
    \\|  |____|   .|   |           .,llll゙゙゙゙゙        ゙゙゙゙゙lllll,
     \/  \       |   |           .|!!!!,,,,,,,,       ,,,,,,,,,!!!!|
     | ヽ_「\      |   |、         |  ゙゙゙゙!!!!llllliiiiiiiiiilllll!!!!゙゙゙゙ .|
     |    \ \――、. |   | ヽ         .|     .゙゙゙゙゙゙゙゙゙゙     |
     |   / \ "-、,  `|  |  ヽ       |               |
  _/   /    "-, "' (_  ヽ  ヽ      .|               |
/    __ノ      "'m__`\ヽ_,,,, ヽ      |               .|
`ー― ̄          ヽ、__`/ー_,,,, ゙゙゙゙!!!!!!!lllllllliii|               .|
                    \゙゙゙゙゙゙゙!!!!!lllllllliiiii|               |
                      \   ヽ   |               |
                       ヽ   \  |               |
                        |     \.|               |
                        `ヽ、,,_ノ|               |
                              ゙゙!!!,,,,,,,,       ,,,,,,,,,!!!゙゙
                                   ゙゙゙゙!!!!llllliiiiiiiiiilllll!!!!゙゙゙゙
                                /.// ・l|∵ ヽ\  ←アホ二人



55: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:15:13.19 ID:xObnxepu0

 ツンの金属性魔法が炸裂し、モララーとデルタは水底に沈んだ。

(;"ゞ)「ごぼがばごば!!」

(;・∀・)「デルタぁぁぁぁぁちくしょうあの冷血女あああああああ!!」

ξ#゚听)ξ「誰が冷血女だ誰が! あんたらいつまで遊んでんのよ! うるさいわよ!」

( ・∀・)「くっ、お前の仇はとるぞ……デルタ……」

( "ゞ)「いや死んでないけど……」

 さすがにはしゃぎすぎたと気付いたのか、ざばざばと泳いで岸に戻る二人。

( ・∀・)「おい……俺の服と荷物が無いぞ?」

ξ゚听)ξ「水がかかるといけないと思って移してあげたわ。余計だったかしら」

( "ゞ)「あれ……僕のはそのままになってるね?」

ξ゚听)ξ「忘れてたわ」

( "ゞ)「ああそう……うわぁべったべたになってる……」

:▼・ェ・▼:ブルブルブルブル

 二人に続いて水から上がったビーグルが、体を震わせて水滴を飛ばした。



57: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:19:15.50 ID:C29CO81W0

ξ゚听)ξ「とにかく、あたしは勉強してるから。邪魔にならないようにしてね」

 モララーの額に人差し指を突きつけて宣言し、彼女は再び木陰へ戻った。

( ・∀・)「なんで勝手についてきたあいつがあんな偉そうなんだよ。
     そしてそれに慣れつつある自分がなんか嫌だ。すっげぇ嫌だ!」

( "ゞ)「知らないよ。君の心情には心底興味ないよ……。でも、そろそろ特訓、始めなきゃね」

 特訓!

 それは、意味も無く人を前向きな気分にさせる、魅力的な言葉である。

 そして召喚術士を目指す召喚術学科生における特訓とは、すなわち実践を意味する。
 要するに魔界へと潜り悪魔との契約を目指す――『潜界』だ。

( "ゞ)「この溢れる自然の中で地に体を横たえ、精神を統一する。素晴らしいね。
    普段よりも良い成果を上げられそうだと思わないかい?」

( ・∀・)「思わない。徹頭徹尾思わない。ちょー暑いんですけど」

 『潜界』は普通、監督者の下か、覚醒状態の生徒と二人組で行われる。
 魔界に精神を送り込んでいる状態の肉体は完全に無防備であり、非常時に対応できないからである。
 今回の特訓でモララーとデルタがバディを組むことにしたのも、そういう理由なのだ。

( ・∀・)「ええと……じゃあ、どうするよ。何をしたらいい?」

( "ゞ)「先に潜界するかい? 君が?」



59: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:22:20.09 ID:C29CO81W0

( ・∀・)「ん、そうするか」

( "ゞ)「とりあえず、いつものようにやってみてよ。何が悪いのかはその後で考えよう」

( ・∀・)「失敗前提かよ! 少しは期待しろよ!」

 しかし決して否定はできないな、と思いながらモララーは体を草の上に横たえた。
 組んだ腕を頭の下に敷き、ゆっくりと目を閉じ、呼吸を落ち着かせる。

( -∀-)「『始祖たる悪魔リーヴェ』『宰相たる悪魔ルキフゲ・ロフォカレ』『我を魔界へと導き給え』」

 意識すべきは自身の魔力。想起すべきは魔界の門扉。
 千年前から一句として変わらない呪文が、モララーの口から流れ出す。

( -∀-)「『不在の証明』『永久機関』『秩序を保つ混沌』『声無き悪魔エンマ』『呪われしネロアンジェロ』」

( -∀-)「『我が音を聞け』『我が光を見よ』『睥睨する悪魔ラプラス』『逆巻く悪魔マクスウェル』」

 側に立つデルタは彼の呪文を聞き、特に間違いが無いことを改めて確認していた。

( "ゞ)(だったら、いったいモララー君の何が問題なんだろう?)

 長くはない呪文である。間もなく、終わりを迎えようとしている。

( -∀-)「『形造りし悪魔サブナック』『人間との契約に従い』『我を汝の世界へ迎え入れよ』」



60: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 19:25:54.91 ID:C29CO81W0


( ・∀・)「――――『魔界の扉は開かれん』」


 か、とモララーの目が見開かれ、そして、ゆっくりと目蓋が落ちる。
 彼の意識は現実界から抜け落ち、深く昏い魔界へと沈んでいったのだ。

( "ゞ)「オーケー、今のところは満点だよ。ここからは君次第だ」

 柔らかく微笑み、デルタは親友の横に腰を下ろした。
 視線の先では、毛玉のような子犬が、水と戯れていた。








 そして、目の前にそびえたつ巨大な扉。

( ・∀・)「……やっぱ変わんねーんだよな。芸のない世界だぜ」

 俺は大きな溜息を一つ吐いて、辺りを見回す。もう見慣れすぎて反吐がでそうな光景だ。
 黒く、不吉に広がった雷雲。草一つ生えていない、果てなく続く荒野。陰気で冷たい空気。
 魔界の入り口に――俺は、立っているのだった。



68: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 20:12:03.89 ID:P94zig660

 鉄扉に手を触れる。力を込めずとも、自ずから内側に開いてゆく。軋み声を上げながら。
 中の部屋には白い人形のような悪魔が立っている。『サブナック』の眷属、『ビコーズ』だ。

( ∵)「ようこそ狭間の空間へ。私はビコーズ」

 老人のような赤子のような、奇妙な声で俺に話しかけてくる。

( ∵)「汝、何を望むか?」

( ・∀・)「…………」

 俺はビコーズの問いに答えず、目だけ動かして、部屋の奥の扉を見た。
 緑、赤、青の扉。資質に適合した悪魔との契約を望んだ場合は、緑色の扉を通ることになる。
 では、その他の何かを望んだ場合はどうなるのか? 実は、それは養成所では教わらない。

( ・∀・)「契約だ。とっとと通せよ」

 噂では、赤い扉は上級悪魔『サブナック』――ソロモン72柱の一つ、魔界を創った悪魔――の根城に繋がっているとされる。
 青い扉は魔界の最奥部へ続いているとも、天界へ続いているとも言われている。

( ∵)「よかろう、ならば緑の扉を選ぶがよい」

 それらの噂が単なる噂の域を出ないのは、誰も実際に確かめたことがないからだ。
 何を言っても、このビコーズは契約以外の道を選ばせてくれない、らしい。
 否、一人だけ緑以外の扉を開いたと言われる人物がいる――リカーナ・ロードネス、俺の伯父だ。



69: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 20:14:45.27 ID:P94zig660

( ・∀・)「じゃあま、今回も気楽に行かせてもらいましょうか」

 脇に退いたビコーズに手を振りつつ、俺は緑の扉へと歩いて行く。落下の覚悟をしながら。

( ∵)「……汝に伝言がある。聞きたいか?」

 扉の飾り取っ手に指をかけたその時、後ろからビコーズに呼び止められた。

( ・∀・)「あ? 伝言?」

 こんなことは初めてだ。職務と関係ないことをこの下級悪魔が喋るとは、考えたこともなかった。
 いや、それとも、これも職務上の話なのか? 俺に誰かからの言葉を伝えることが?

( ・∀・)「聞かせてくれ」

( ∵)「『お前はこれから途方も無く奇妙な人生を歩むことになる。しかし決して足を止めるな』」

( ・∀・)「……誰からだ? それ」

( ∵)「詳しくは言えぬ。さあ、心して扉を開けるがよい」

 そう言われてしまっては、俺が言うことは何も無い。
 なにか釈然としないモノを感じながら、俺は指先に力を込めて、重い扉をゆっくりと開く。

( ∵)「私は認めぬ。貴様のような  者  ル  様  人と        」

 ビコーズの呟きも、扉も、床も天井も、全てが薄く薄く薄く消えていった。



70: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 20:17:10.79 ID:P94zig660

 自由落下の模様は、俺にとってあまり好ましくないものなので、割愛する。

 次の場面は暗闇の底。光の羽虫が消えた後の、問答の空間だ。

( ∵)「汝、契約を望むか?」

( ・∀・)「ああ、望む」

 この言葉が開始の合図。いつもどおり、意味もクソも無い答えを考えておく。

 しかし今回に限っては、ビコーズはすぐに質問を繰り出してこなかった。

( ∵)「…………」

( ・∀・)?

 その代わりに、あるのか無いのかわからないような目で、俺の顔を見つめてきた。

( ∵)「アクバーラの亀と世界を為す階段。汝はいずれを駆けんや」

( ・∀・)「は?」

 ようやく口を開いたかと思えば、俺が想定し得なかった問いを発するビコーズ。
 妙だな、どちらかを選ばせるような質問があるだなんて、授業で言っていたか?

( ∵)「否。此れは我が問いにあらず。汝、漸く定められし段階に達すと見える」



73: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/20(日) 20:21:05.58 ID:HxE8912e0

( ・∀・)「え? なんだって? 何言ってんだ?」

( ∵)「振り返りて見よ。道は汝が前にあり」

 ビコーズの指先が――俺の肩を射抜き、さらにその後ろを――示した。
 思わずそれにつられて、俺は後ろへ振り向いてしまった。


 そこには、銀色の扉が。否、銀色ではなく、銀でできた扉。


 輝くような美しさでは、ない。金属光沢すら、ほとんど失われてしまっている。
 しかし――どこがとは言えないが、奇妙な高貴さを感じさせる、古い扉だ。


( ∵)「開けよ。彼の御方がお待ちだ」

 下級悪魔の言うがままに、俺は美麗な意匠の扉に手を触れる。
 もはや、何も考えられない。膨大な莫大な魔力が、俺の脳髄を延髄を脊髄を、撫で回し掻き混ぜる。
 疑いを抱く余裕すら、すでに、奪われてしまっていた。

 空間に穴を開けて、扉が、ゆっくりと、開く。
 小さな小さな隙間から、何かが、銀色の粒子が、溢れ出してくる。

 俺は、



2: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:31:41.34 ID:20Wh78Z90


『――――きろ――』



『起きろ! モララー君!』



4: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:35:03.16 ID:20Wh78Z90


(;・∀-)「ふぉあぁっ!?」

 強く体を揺さぶられて、モララーの意識は現実界へと帰還した。
 跳ね起きた彼の額と、親友であるデルタの額が、勢いよく激突した。

(;"ゞ)「痛っ……」

(;・∀・)「ぐっ……。なんでお前俺の顔を覗き込んでたんだよ、気持ちわりぃな」

( "ゞ)「いや、君を起こそうと……そうだ、結果はどうだった?」

( ・∀・)「結果? ああ……えーと……覚えてねぇ。まぁ駄目だったんだろ」

 額を手で押さえるモララー。彼の中で、魔界の記憶はほぼ全て消えていた。

(;"ゞ)「そんなことより、大変なんだ! 湖を見てくれよ!」

( ・∀・)「そんなことってお前な……」

 少し時間が立ち、日が高くなっている湖畔。
 心なしか、騒がしかった森が鎮まっているような――違和感を、モララーは覚えた。

ξ゚听)ξ「…………」

 モララーがデルタに引っ張られていった先には、ツンが呆然と立ち尽くしていた。



9: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:43:16.62 ID:J3PUdeiX0

( ・∀・)「おいツン、何をアホみたいな顔して突っ立って――」

 彼女の視線の先に目をやったモララーは、思わず息を呑んだ。

 ――そこに湖は無かった。

 湖底の水草や、ぴちぴちと跳ねる魚が、白日の下に晒されている。
 しかし、あれほど青々と湛えられていた水が――湖の水が、全て無くなってしまっていた。
 相変わらずリワリの滝は轟々と流れ落ちているが、その水は湖底の中央に開いた穴に飲み込まれている。

(;・∀・)「な……なんだ、こりゃ」

( "ゞ)「わからない。かすかに地響きがしたと思ったら、急に水が引いていったんだ」

 頭がおかしくなるような光景だ、とモララーは思った。

( ・∀・)「か、活断層とか? 地下水脈がどうとか」

( "ゞ)「あそこに階段みたいな構造がある。湖底に降りられるようになってる」

( ・∀・)「じゃあ人為的な仕掛けか? んなアホな。なんのために」

( "ゞ)「定期的に、あるいは不定期的に水が無くなるのは間違いないだろうけどね」



11: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:47:02.12 ID:J3PUdeiX0
      パーン
ξ゚听)ξ
  ⊂彡☆))∀・)


(#)・∀・)「えっ?」


パンパンパーン
      ∩
ξ゚听)ξ彡☆
  ⊂彡☆))∀・)
      ☆

ξ゚听)ξ「ふう、冷静になったわ」

(#)・∀#)「そりゃよかった。ところで俺も冷静になりたいんだが殴っていい?」

ξ゚听)ξ「自傷行為はあんまりよろしくないわよ?」

(#)・∀#)「自分の頬は張らねえよ! 馬鹿にしてんのか!?」

( "ゞ)「まあまあ、そう大きい声を出さない。大人げないよ」

(#)・∀#)「くそっここには敵しかいねえ! 俺の味方はビーグル、そうお前だけ……」

ξ゚听)ξ「あの子犬なら流されていったわよ」

(#)・∀#)「ままままままままマジで!?」



12: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:50:11.87 ID:J3PUdeiX0

ξ゚听)ξ「ええ、こう、竜巻に呑まれる感じで……あの穴の中に」

( ・∀・)「やべえなそりゃ……」

 ビーグルはただの犬ではない。ナリは小さくとも悪魔である。
 主人であるモララーと離れすぎると、魔力の繋がりが切れてしまう可能性が高い。
 普通の悪魔であればその時点で魔界に送還されるだけだが、ビーグルは魔界に戻ることが出来ない。
 その場合はどうなるのか――、モララーは試してみたいとは思わなかった。

( "ゞ)「とりあえず、あの階段を降りてみよう。あの穴の中にも降りられると思うよ」

ξ゚听)ξ「どうしてそう思うの?」

( "ゞ)「そうでなければ、階段を造る意味が無いからね」

( ・∀・)「嫌だな……とにかく嫌な予感しかしないぜ」

 三人は湖の円弧に沿って歩き、階段が伸びている淵にまで到達する。
 何か特別な材質で造られているのか、長々と続く石段には、水草や藻の類は付着していなかった。
 滑らないように気をつけながら、モララー、ツン、デルタの順番で降りていく。

ξ゚听)ξ「振り向くんじゃないわよ。モララー」

(・∀・ )「なんで?」

ξ#゚听)ξ「HELL TO YOU!」

 次の瞬間、ツンの分厚い靴底が、モララーの顔面に炸裂した。



14: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:54:08.96 ID:68AuBZQ60

(;・∀・)「ぐげぎゃああああああああああ!!!」

 体を支える手摺などない。モララーは湖底まで真っ直ぐ転がり落ちていった。

( "ゞ)「いや、気持ちはわかるけれども……そのロングスカートで?」

ξ゚听)ξ「長さの問題じゃないの。精神衛生上の問題なのよ」

( "ゞ)「女の子の考えることは理解しがたいね……」

 時間をかけて二人が湖底に降り立つと、ふて腐れたモララーが待っていた。

( ・∀・)「なあ、なんで俺は蹴られたんだ?」

ξ゚听)ξ「いいから」

( ・∀・)「よくねえよ。今んとこ俺殴られて蹴られてんだよ。俺が何かしたか? あん?」

( "ゞ)「さて……結構深い穴だね。ロープがいるかな。頑丈なワイヤーか何か」

ξ゚听)ξ「あたしが作るわ。金属性ならだいたい覚えてるのよ」

( ・∀・)「ちくしょー、だんだん俺のポジションが適当な感じに……」



16: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 10:59:03.00 ID:68AuBZQ60

 ツンが作り出したワイヤーで縄梯子をつくり、三人は深い穴へと降下していく。
 今度はモララーが先頭をデルタに譲った。彼も、決して学習しないわけではなかった。

 穴の入り口こそ、半径五メートルほどの狭いものだったが、中には広大な空間が開けていた。
 壁伝いに降りることはすぐに不可能になり、命綱一本で体を支えなくてはならなかった。

 岩壁から滴り落ちた雫が、遥か下に広がる水面を叩く。
 澄んだ水音の重なりが洞穴一杯に響き、奏でられる複雑な音階。

( ・∀・)「すげえ……」

 闇を照らすのは上方の口から射し込む日光だけである。
 荘厳で神秘的な雰囲気。何か不可侵的な美しさが、その洞穴には満ちていた。

( "ゞ)「地下にこんな空間が……よく崩壊せずに残っていたもんだ」

ξ゚听)ξ「ねえ、ちょっと。地面が水に浸かってるけど、それ立てるの?」

( "ゞ)「大丈夫みたいだよ。ほら……水深はせいぜい数センチだね」

 一番先にワイヤーの端まで到達したデルタは、水の溜まった地面に飛び降りた。
 続いてツン、最後にモララーが洞窟の底に降り立つ。

( ・∀・)「広いな。暗くてよく見えない」

( "ゞ)「契約履行、『エレメント』具現化」



18: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:02:29.91 ID:+S4rleb50

 デルタとツンが下級悪魔『エレメント』を召喚した。蒼い光が冷ややかな空気に染み入る。
 二つの人魂に照らされ、洞穴の全体像がおぼろげに浮かび上がった。

( "ゞ)「水が流れていく道がどこかにあるはずだよね」

ξ゚听)ξ「うーん……」

( ・∀・)「ビーグル! ここにいるのかー!?」

 声を張り上げるモララー。しかし、彼の声が八方の壁に反響するだけで、返事はない。

( "ゞ)「……あれかな。行け」

 デルタが何かを発見し、腕を振ってエレメントをその方向に飛ばした。
 悪魔の光が作り出す陰影が、人がぎりぎり通れるくらいの穴を形作り、進むべき道を示した。

ξ゚听)ξ「他に道は無いわね。どれくらい時間があるかわからないし、行きましょう」

( ・∀・)「そーだな」

 冷たい水に波を立てつつ、三人は浮遊するエレメントの元へ急いだ。
 どうやら地面は水平になっているらしく、水深はほとんどどこでも変わらなかった。
 一分もしないうちに到着し、デルタが横穴を除いて呟く。

( "ゞ)「ゆるやかに上に向かっているみたいだね。三人とも入って行くのは危険かもしれない」



19: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:05:08.33 ID:+S4rleb50

ξ゚听)ξ「どういうこと?」

( "ゞ)「いずれこの洞窟は水が満ちるだろう? この道の先が地上ならいいけど、塞がっていたら?
    上に向かって泳ぐのは簡単だけど、下へ向かって泳ぐのはなかなか難しいよ」

( ・∀・)「確かにな。この先に進んで行こうってのはかなり無謀な試みだぜ」

ξ゚听)ξ「でも、犬はたぶんこの先にいるわよ?」

( "ゞ)「こうしよう。一番体力のあるモララー君が一人で横穴に入る。ロープの端を持ってね。
    ビーグルを見つけるか、先が行き止まりなら引き返す。先が地上なら、強く二回ロープを引いてくれ」

( ・∀・)「そしたらお前らも俺の後を追うってわけだな。なるほど」

( "ゞ)「もしも君が戻らないうちに水位が上がってきたら、こっちからロープを二回引く。
    そして、それを適当な岩に結び付けておくよ。そうすれば泳いで戻ってきやすいだろう?」

( ・∀・)「俺、せいぜい二分くらいしか息止められねえけど……大丈夫かな……。
      ここまで戻ってきた後、さらに湖の上まで泳がなきゃならないんだろ?」

( "ゞ)「あんまり道が長いと思ったら途中で引き返せばいい。また別の方法を探そう」

ξ゚听)ξ「頑張れ。正直あの子犬がどうなってもいいけど、あんたはまだ死んじゃダメよ」

( ・∀・)「マジで死にたくはねえなぁ……じゃ、命綱を作ってくれ」



20: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:07:04.95 ID:B4TYoN+d0


 モララーが潜行を始めてから五分。

ξ゚听)ξ「まだ先があるのかしら。ずいぶんと長いわね」

 水上に突き出た岩の上に腰掛け、腕組みをしていたツンが、ふと顔を上げてそう言った。

( "ゞ)「やっぱり人工的な道なのかな。そういえば、分かれ道の事を考えてなかったな……」

 ゆっくりと鋼鉄のワイヤーを手繰り出しながら、デルタが答えた。
 要領のいいモララーのことだ、大した問題ではないだろうと彼は思い直した。

 その時、強くロープが二回跳ねた。モララーからの合図である。

( "ゞ)「地上が見えたみたいだね。じゃあ、行こうか」

ξ゚听)ξ「……待って。何か聞こえない?」

 歩き出そうとしたデルタを押し留め、ツンが耳の横に手を当てる仕草をした。
 何か、小さな音が――非常に不吉な音が、したような気がしたのだ。

( "ゞ)「…………ん?」

 ごぽ、ごぽ、と。



22: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:10:44.24 ID:B4TYoN+d0

 嫌な予感にデルタが振り返れば、広い洞窟のあちこちで、水が湧き出しているのが見えた。
 その勢いは尋常ではない。徐々に足元の水かさが増していくのが、肌で感じ取れた。

(;"ゞ)「まずい、もう水が戻ってきた!」

ξ゚听)ξ「どうする? 急いでモララーの後を追えば、間に合うかも――」

(;"ゞ)「――いやだめだ、不確実すぎる。大人しく上に戻ろう」

ξ;゚听)ξ「でも……正直に言うと、あの縄梯子を上まで登りきる自信がないんだけど」

(;"ゞ)「大丈夫だよ。ロープさえ掴んでいれば、水位が自然に上がっていくから」

 まあモララー君は戻って来れないかもしれないけど――と言いかけて、デルタは目を見開いた。

 先程は気付かなかったが――高い岩壁の中腹あたりに、大きな穴が開いている。
 そして、その中の暗闇に、巨大な赤い目玉が二つ、ぎらぎらと輝いていたのだ。

(;"ゞ)「水棲の魔物――クソ、この洞窟から出られないくらいに大きいのか!
    さっきは水が無かったから襲われることはなかったが――」

ξ゚听)ξ「え? どうしたの?」

(;"ゞ)「早くモララー君の後を追うんだ、ツン。悠長なことは言っていられないよ!
    あの穴まで水が達したら――鰐か鮫か知らないが、とにかく僕達の運命は終わりだ!」



23: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:14:11.99 ID:EYusEqmP0

( ・∀・)「綱を二回引く……っと」

( ・∀・)クイクイ

( ・∀・)「これでいーんだよな」

(・∀・ )

( ・∀・)

(・∀・ )「先行ってようかな……」

( ・∀・)「でもあの劣悪な環境で待っててくれたわけだしな……」

( ・∀・)「やっぱ俺も待っててやるべきだよな……」

(・∀・ )

( ・∀・)「ん? なんか水音が聞こえるぞ……」

ドドドドドドドドド

( ・∀・)「ついでに人の声も聞こえるな……」

      Oノ
      ノ\_・'ヽO.
       └ _ノ ヽ ←モララー



25: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:17:37.15 ID:EYusEqmP0

( ・∀・)「はぐぁッ!?」

ξ゚听)ξ「あら、今何か踏んだような気がしたけど……?」

(;"ゞ)「うおおおおおい! 人間だそれ! モララー君だよ!」

ξ゚听)ξ「え? 本当。よかった、知らない人じゃなくて」

(;・∀・)「全然これっぽっちもよくねえよ! なんなんだお前ら、今日の俺に対する態度の悪さは!?
      うわあああ! つーか水きてんじゃねえか! どけ! 降りろ!」

ξ゚听)ξ「あ、光が……地上だわ! 助かった!」

( ・∀・)「頭を踏むなああああああぁぁぁぁ!!」


 遠くに見えていた微かな光が、だんだんと大きくなって近付いてくる。

 暗く冷たい地底から、明るく暖かな土の上へと。

 引っ張り合い、転び、騒ぎ、駆け抜けた。

 彼らの前に現れたのは、周りを急峻な岩壁に囲まれた、広い草原。

 そして――その中央に陣取るのは――巨大な、あまりにも巨大な、樹。

 否、樹ではない。『それ』は緑色で、まるで人間のような形を――――



27: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:19:53.93 ID:N8Gq8qpp0




『よく来た、若人達よ』




29: ◆BR8k8yVhqg :2009/12/21(月) 11:20:49.47 ID:N8Gq8qpp0


 遺されし道を歩き始めた青年。彼の運命は何処へ行く?


 第十二話:【とある十代目のサイコロジー】 了



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